パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
希望のりんご 真夏の陸前高田ツアー
7月26、27日、仮設住宅でのバーベキューを行うため、私たちは陸前高田を訪れた。
5月以来、2ヶ月ぶりの訪問だったが、大きな変化が生まれていた。
津波で壊滅した陸前高田の中心市街地・高田町。
地震によって地盤沈下したこの場所を10mかさあげするための、総延長3キロのベルトコンベアが全貌を現していた。
高台移転のため切り崩される近くの山で発生する土砂を、トラックより効率的に運ぶことができる。

なにもない更地を縦横に行き交う銀色のコンベアの列。
震災前の土地の記憶も、津波の悲しみも、大量の土砂の下に埋もれてしまうとセンチメンタルな気持ちにもなった。
けれど、陸前高田市がこのコンベアへの投資を決断したことで、復興はハイスピードで前に進むことになった。

震災の風化が叫ばれる中にあって、私たちと行動をともにしてくれる人たちはますます多くなっている。
建築家の薩田英男と東京理科大学の学生たちが行う、陸前高田に自生する北限の竹を使って子供たちと遊ぶプロジェクト。

流しそうめんの樋を作るために、学生たちが、希望のりんご農家・金野秀一さんが切ってきた竹の節を抜く。
私たちもこれに協力し、竹を切り、かき氷や流しそうめんを食べるための器を作った。

西荻窪でパン教室「ハッピーデリ」を主宰し、『ポリ袋で作る天然酵母パン』の著書でも知られる梶晶子さん。
ポリ袋とフライパンがあれば、オーブンも発酵器もいらず、簡単にパンができる。
上記の本の着想が生まれた日が、2011年3月11日だったという縁。
それもあり、梶さんは三陸各地で「ポリパン教室」を行ってきた。
道具のいらないポリパンなら、被災地の人たちに、パンを作る楽しみを与えられる。
ひいてはそれが心の平安や希望を与えることになると。

パンで復興を成し遂げたい。
私たちと思いを同じくする梶さんとのコラボが実現。
米崎町を元気にするお母さんたちの会「アップルガールズ」にポリパンを伝授した。
米崎町のりんごジュースを発酵させ、酵母にする。
具材もブルーベリーなど地元の産物を使う。

空気を入れてふくらませたポリ袋に、小麦粉やその他の材料を入れる。
あとは生地になるまでひたすら振るその行為が、ダンスみたいに楽しい。
「私みたく荒っぽいほうが上手に生地になるよ。○ちゃんは上品すぎるんでないの?(笑)」
と、お母さんたちは冗談を言いながら盛り上がる。
梶さんの情熱とアップルガールズの明るさまでミキシングされて、調理場からエネルギーがほとばしっていた。

大ベテランのベーカリーコンサルタント加藤晃さんがかって仮設住宅で披露した大福は、あまりのやわらかさで語りぐさになっている。
今回はアップルガールズからのリクエストで大福の作り方を教えることになった。
和菓子の経験もある加藤さんが作るあんこは、和菓子屋さん、あんこ屋さんレベルのクオリティである。

並行して行われたバーベキューの開催場所は2カ所。
米崎小学校仮設住宅では、恒例となり、住民の方々が楽しみにしている巻きパンを、Zopfの高梨真さん、斎藤弘臣さんが作ってくれた。

お年寄りも子供たちも楽しそうに棒をまわしてパンをこんがりと焼く姿はいつも通り。
今回は米崎小学校の学年行事がちょうど終わったところだった4年生たちが参加し、にぎやかなものとなった。

熱中症でたくさんの人が倒れるとのニュースが流れたこの日。
かき氷はなによりのものだった。
仮設住宅の子供たちがお手伝いし、かき氷機をまわしてくれる。
あまおう、とちおとめ、ゆずなど、国産フルーツを使ったシロップは、ジャムメーカーであるタカ食品工業にご提供をいただいたもの。
あまおうと練乳をかけたイチゴミルクは子供たちに大人気だった。

八戸工業大学第二高等学校の生徒さんと出会う。
米崎小学校仮設住宅にイラストをたずさえてやってきた。

ただの展覧会ではなく、気に入ったものがあれば、持って帰ることができる。
自分のできることをしようという高校生の気持ち。
炎天下の中、がんばっている彼らに、かき氷やパンを食べてもらった。

米崎町の前に広がる広田湾は海の幸の宝庫である。
とれたばかりの、ぷりぷりで甘いホタテがバーベキューの火で焼かれる。

オレンジ色にてらてら光るホヤがその場で切り分けられ、振る舞われる。
見た目がややグロテスクなせいで食べず嫌いの人も多いこの海産物のイメージは、米崎町で食べると一変するだろう。
新鮮なホヤはなんの臭みもなく、「海のパイナップル」といわれる通り、甘さはフルーティ。
みんなにこの味を食べさせてあげたい。

訪れるたびバーベキューの参加者はじょじょに減っている。
自分の家を建て、仮設住宅を出る人が増えているからで、それ自体はよろこぶべきことだ。
米崎小学校仮設住宅の自治会長・佐藤一男さんは、被災地の現状をこのように教えてくれた。
住宅建設の需要に、作る人の数が追いついていない。
たとえ、三陸地域以外の業者に施行を頼んだところで、事情は変わらない。
上下水道は市の指定業者だけが工事をできる。
そのために、柱を立てたはいいが、水道工事が進まずに、床を作ることができず、何ヶ月も雨ざらしになってしまう人もいるのだと。
建設費用もかさむ。
復興の動きが広がれば広がるほど、復興はむしろ遅れるというジレンマに、被災地は陥っている。

りんごがなる丘の上に立つ和野会館では、大阪のパン屋グロワールの一楽千賀さんがフルーツポンチを作ってくれた。
アップルガールズたちとすいかをくりぬき、皮を容器にして、いろんなフルーツを入れ、最後に米崎町の特産品、神田葡萄園のアップルサイダーを注ぐ。
30℃近くにまで気温が上がった暑い日にぴったりの涼やかなおいしさだった。

ラ・テール洋菓子店の中村逸平グランシェフと、リリエンベルグの横溝春雄シェフ。
洋菓子界の巨匠である2人のコラボ。
摘果(間引く作業)で出た青りんごをバーベキューの火にかけ、焼きりんごを作る。
廃棄されるしかない未熟のりんごをおいしく食べる工夫。
折しも、アップルガールズのリーダーで、私たちの活動を変わらずサポートしてくれている菊池清子さんの誕生日。
中村さんは、立派なバースデーケーキを作った。
わざわざ東京で焼いたスポンジを陸前高田へ持ち込み、ホイップクリームも現場で泡立てる。
だからフレッシュなクリームが口の中で溶けていく感じがすばらしくピュアなのだった。
菊池さんは突然のサプライズに目を潤ませた。

ケーキの中に入れたりんごのコンポート、また先述の摘果りんごは、陸前高田で復興活動を行う団体SAVE TAKATAにご用意いただいたもの。
りんごをシンボルとして陸前高田を盛り上げたいという同じ志を持つSAVE TAKATAと私たち「希望のりんご」は、協力しあって目標を成し遂げたいと思っている。

陸前高田が新しく町を作り直していくにあたっての大きな方向性として、戸羽太市長は「ノーマライゼーションという言葉のいらない共生社会」を掲げている。
人口減社会を迎え、過疎がますます深刻になりつつある陸前高田を個性で光らせるためのアイデア。
なにか私たちも協力できないだろうか。

陸前高田市役所の山田壮史さん、佐々木敦美さんを招いて、震災直後より陸前高田での活動にご同行いただいているNGBC(障害者の施設でのパン作りを支援する団体)のみなさんと話し合いを行った。
パラリンピックで15個の金メダルを獲得した成田真由美さんからは、「ゼロからの挑戦ではない、マイナスから挑戦するからもっと大きな力が発揮できる」と、自身の体験に即しての発言があった。
ただ福祉としてパンを作るだけでなく、売れるようにもっていくことで、障害者の経済的な自立に貢献してきたNGBC。
そのノウハウを陸前高田で役立てることのお手伝いもしていきたいと思っている。

翌日、米崎町ホタテ養殖組合さんのご好意で、漁船に乗せていただくことになった。
第八十八丸又丸の船長は金野広悦さん。
いっしょに乗り込んだのは、佐々木正悦さん。
家も船も津波によって流された金野さんが、3年余りを経て、やっと復興させた船だ。

昨年11月、私たちが紐を付ける作業(耳釣り)を手伝ったホタテのところへ連れていってくれた。
海中から紐を引き上げ、1年でこれぐらい大きくなるんだよと教えてくれる。
7、8センチぐらいだったと記憶しているが、いまや11、2センチとぐんと大きくなって、成長を感じることができた。

船上で、とったばかりのホタテの口を開く。
海水で洗っただけの、まだ動いているホタテを食べさせてくれる。
肉厚な貝柱の甘みが海水の塩味で引き立って、参加者からは『人生でいちばんおいしかった』という言葉も出た。

丸又丸の名は、父である又三さんから取った。
そこには金野広悦さんのこんな思いが込められている。

「震災の日は、午後から漁に行く予定でした。
ところが、2ヶ月前に生まれたばかりの孫の子守りを娘に頼まれて、自宅に残りました。
その日に限って、海に行こうという気になれなかったんです。
1時間後、地震がありました。
親父の口癖は、『震動の大きさは関係なく、揺れが長いと津波がくるよ』。
とてつもなく大きな揺れが、長くつづいたので、絶対に津波がくるって直感して、海抜35mのうちの畑に避難した。
家はなくなりましたが、おやじのおかげ、孫のおかげで命をもらえました。
88まで現役で漁師をしていた親父にあやかって、私たちに恵みを与えてくれる、この海を守りたい」

金野さんがどうしても知ってもらいたいことがあるという。
それは新しい防潮堤のことだ。

「大勢の方が地震で亡くなったし、この死を無駄にしないよう、町づくりにも意見を言っています。
いま作ろうとしている防潮堤の高さは12.5mですが、大震災での津波の高さは17mでした。
もし同じ程度の津波がきたら、なんにもならない。
それに、10mを超えるような防波堤で海を隠されたところに、都会の方々が本当にきたくなるでしょうか。
そこに暮らす住民が幸せを感じるでしょうか。
震災のとき、当初の津波の予想は3m。
(当時)6mの防潮堤があったために、みんな安心してしまい、逃げるのが遅れた。
その後、予想は10mに変更されましたが、それから逃げても遅かった。
立派な堤防があることで、逆に逃げない人がいっぱい出てくる。
生活する場所は高台に作り、地震がくれば逃げる。
そういう形が必要だと思います。
人の命を守るのはハードではなくソフト。
大事なのは、逃げるしかないと伝えていくことなんです」

陸前高田で、命からがら逃げた人たちから何度も聞いたことがある。
海が見えたから逃げられたと。
ずっと海と共生してきたこの町に、海と人間とを区切るものが必要なのかどうか。
海の見える風景は、観光資源としてもこの町の宝物なのだから。

金野秀一さんのりんご畑へ向かった。
5月にりんごの花を見てから2ヶ月余り。
りんごの実はすでに姫りんごほどの大きさに成長していた。
夏を通じて少しずつ大きく、色づいていき、ジョナゴールドの場合、10月20日ごろ収穫を迎える。
次はその頃に陸前高田をお邪魔し、自分の手で実を摘み取ってみたい。

りんごのない季節。
なにかを食べられるとは思っていなかったところに、金野さんが桃を出してくれた。
たっぷりの水分がみずみずしく口の中を潤し、あふれる香りもうつくしい。
それはホタテと同じく、私たちの本能をよろこばせるようなものだった。
それを生み出すのは陸前高田の自然である。
そこに寄り添って生き、守り、次代に伝えようとする人たちを、私たちは「希望のりんご」の活動を通じて、サポートしていきたいと思う。(池田浩明)

希望のりんご

ご協力いただいた方々・団体

大屋果樹園
櫛澤電機製作所
こんがりパンだ パンクラブ
金野直売センター
グロワール
薩田建築スタジオ
一般社団法人SAVE TAKATA
株式会社ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
タカ食品工業株式会社
Zopf(ツォップ)
日本製粉株式会社
ハッピーデリ
ブーランジェリー ボヌール
マルグレーテ
民宿志田
米崎町ホタテ養殖組合
米崎町女性会
米谷易寿子(ワーク小田工房)
ラ・テール洋菓子店
ラブギャザリング
レ・サンクサンス
和野下果樹園
そのほか、陸前高田のみなさん、ツアー参加者の方々。

写真・小池田芳晴(シミコムデザイン)
パンを届ける comments(0) trackbacks(0)
トースター、偉大なり!
安いものなら一台3千円もあれば買えてしまうトースター。
食パンを焼くのに毎日何気な〜く使っているトースター。
気が付くと10年位前のを使っていたりするトースター。

最近、その偉大さに目覚めました。

きっかけは愛パン家の渡邉政子さんが
信濃毎日新聞で続けている「主食はパン」(月刊連載、毎月第三土曜日掲載)。


旬の季節の野菜や食材を使った、
「パンに合うお料理」のレシピが紹介されるこの連載。
近所のスーパーで手に入る材料で、自分のような料理原始人でも作れるような
シンプルなレシピが主ですが、
毎日パンを食べている政子さんならではの、
「こんな料理がパンに合うのか!」という奥の深いものばかり。

それと合わせて毎月パンの種類を紹介するコーナーがあるんですが、
パンを美味しく食べる方法にもたまに触れられていまして。

メロンパンの回に書かれていた、
「メロンパンはトースターで焦げる直前まで温め、
1分冷ましてから食べるとおいしい」
という情報が自分的には結構衝撃だったんです。

そもそも、メロンパンをトースターに入れるという発想がなかった…。

クロワッサンやチーズ系のパンなど、
温めたほうが美味しいので、
結構なんでもトースターに入れるようになってたんですが、
メロンパンをトースターに入れる…というのは正直、盲点でした。

というわけで、いても立ってもいられず、
スーパーで買って来た袋入りのメロンパンで試してみました。


少し表面が柔らかめな「神戸屋のこだわりメロンパン」。
表面がクッキー生地っぽくなっている「Pascoのサクふわっメロンパン」。


当たり前ですが、温め方は至極簡単。
余熱したトースターにメロンパンを入れるだけ。


ちょい焦げ…。
会社のトースターは火力が優秀で焦げやすいんですよね。

メロンパンはどうやら焦げやすいようなので、トースターの前に
待機しておくことをオススメします。

ほんの数分ですから。
温め始めると、すぐにクッキーを焼く時みたいなふんわりとした
バターの香りが漂いはじめますので、それを楽しみながら待ちましょう。


温めたメロンパンをやけどしない様にお皿の上に乗っけて、
1分冷ましてからがぶり。

ザクザクッ→ホロホロッとなる表面。
クシュクシュとなるフンワリモッチーな内側。

温めずに食べるものとは別次元の美味しさ。
正直、こんなに違うとは思いませんでした。

どちらのメロンパンもめちゃくちゃ美味しくなりました。

ちなみにカレーパンもトースターで温めると
とっても美味しく召し上がれます。


トースターに入れると表面の油がジワジワとしてきて、
揚げなおしている感じになります。

さすがに中まではなかなか温まらないので、
20秒ぐらい電子レンジで中のフィリングを温めた上で、
トースターで軽くあぶるのが理想的です。


うひょ〜、コンビニのカレーパンもここまで美味しく食べられるのか〜。

ちなみにこの必殺の方程式
「電子レンジちょい温めからのトースター」は
アジフライやコロッケ、唐揚げなどでも実践しましたが、
どれも驚くほどサクサクアツアツになりました。

いや〜、トースターってほんと偉大ですね。
ほんとにちょっとした一手間。
驚くほどに効果があります。

我が家のトースターもそろそろ10年選手なので、
ぼちぼち新しいのを買おうと思う今日この頃です。

【ナカムラ】


ナカムラ comments(0) trackbacks(0)
ぬるいかもしれないけれど、
YOU TUBEで暇をつぶしていたら、偶然パン好きアイドルの映像にぶちあたってしまった。

乃木坂46の星野みなみちゃんはパン好き度なら他のアイドルには負けないぞー! そんな自負があるそうだ。

自分はこの映像を見て、たしかにぬるいかもしれないけれど、心の中ではちょっと喝采を送ってしまった。リアリティー(親近感)を感じてしまったからだ。。


 


みなみのナンバーワン・パンは「食パン」だった。
そのときの周囲のリアクションは少々脱力の混ざった「笑い」だったけれど、
自分は「おっ!」って思ってしまった。

食パンか……いいじゃないか! 
おじさんは、アイドルっぽくクロワッサンとかメロンパンとか、もしくはカニパン(要はキャラパンね)とか言うと思っていたから、ちょっとびっくりしちゃったのです。
たとえ放送作家さんが絶妙なアドバイスを送っていたとしても、
たとえ星野みなみちゃんの情報にぬるさがあったとしても、パン好き感は十分に伝わって来た。

いいじゃないか! 星野みなみ! 応援しちゃうぞ!

釣られているのかな? もしかしてこれが釣るって行為か!?
やばい。パンで釣られそうだ。うは。



ぜひとも「パンラボ」を読んで欲しいところだけど、まだ難しいかもしれない。
まずは「パンの漫画」を読んでいただき、そのあとでパンラボやサッカロに進んでもらえると…
(かし)
 
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第8回チャリティ製パン講習会@日清製粉
今回で8回目を数える、チャリティ製パン講習会が、日清製粉小網町加工技術センターで行われた。
ブルディガラやジェラール・ミュロのシェフを歴任し、現在はアドバイザーなどを行っている山崎豊シェフが発起人となり、Zopf伊原靖友シェフ、ブーランジュリー オーヴェルニュの井上克哉シェフが呼応した。
きっかけは、東日本大震災のとき列車が止まり、山崎さんが東京駅で一夜を明かしたことにある。

「ひと晩ずっと考えました。
自分のできることはなんだろう。
僕ができるのは、講習会を開いてお金を被災地に送ることではないかと思った」

この講習会で積極的に使用されたのは、津波で大きな被害を受けた陸前高田の産物。
ブーランジュリー オーヴェルニュの井上シェフは「気仙味噌パン」を作る。
陸前高田・八木澤商店は工場、そして独自の味を決めるためになにより大事な、江戸時代から守りつづけた樽を失った。
被災直後、河野社長は「ひとりの解雇者も出さない」と宣言。
その通り、いち早く復興し、この1月には震災後はじめての自社生産のしょうゆを絞るところまでこぎつけた。

井上シェフは味噌の香りと呼び合うような、もちもちでやわらかい食事パンを作った。
「日清製粉のルスティカ(ピッツァなどイタリアのパンに向いた粉)はもっちり感があります。
うちの店でも、イタリア系のパンは順次この粉に入れ替えています。
味噌が入るとつながらない恐れがあるので、生地ができあがってから入れます。
レシピの中に『発酵種』とあるのは、前日の生地のこと。
3時間発酵なら、2時間のところで別に取り分けて、冷蔵保存します。
これを入れるのと入れないのでは、熟成の度合いがちがう。
シンプルなパンであるほど、ちがいははっきりとします」

焼きたてのパンを実際に食べてみる。
発酵の香りのあと味噌の香りがやってきて交差し、入れ違いに広がっていく。
発酵食品同士、パンと味噌は合う。
歯で引っ張るととぷりんとちぎれる感触。
もちもちであり、かつ中がすごくしっとりとしていることが食べやすくし、香りも活かしていた。

この講習会では、すでに名のある大御所ではなく、次世代の若手に講師がまかされることが通例となっている。
今回の講師は茨城県パン工房ぐるぐるの栗原淳平シェフ。

「ひたちなか市は茨城でも海寄りのところです。
地方なので、ハード系のあるお店が少ない。
それでも、そういうものが食べたいお客さんはいらっしゃいます。
ライ麦パンがあるよ、と聞くと1時間かけてもきてくれるお客さんもいますし」

1品目は、パン・ド・カンパーニュ。
「種は自分のところで使っているもの。
水分を多くしてゆるめにしています。
ルヴァンリキッド(液状の自家製酵母)のほうが酸味が少なく、甘みも出やすい。
酸味が好きではないので、食べやすいものを。
食パンの代わりに、食べられるような」

水の一部は、ミキシングの途中で、生地の状態を見ながら入れられる。
水分を多く入れ、食べやすいパンを作る「足し水」という手法である。
「足し水をすることで、こねあげ温度を調整できるメリットもあります。
生地温度が低いと思えば水をあたたかくして入れたり、高ければ冷たい水を入れる」

フランスパン用の小麦粉・日清製粉リスドオルに加え、日清製粉オーションが30%、ライ麦粉が5%入る。
「オーションは灰分量が高くて味がある。
リスドオル一本でもできるが、もっと味を出したいと思ってブレンドしました」

オーションはタンパクも多く含まれることから、ボリュームも期待できる。
そのために、ハード系を食べ慣れた人だけではなく、やわらかいパンが好きな人でもおいしいと思える、マニアックすぎないカンパーニュにしあがっていた。
ふわっとして口溶けがいい。
酸味もなく、清らかな味わい。
でありながら、終点でミネラル感が滲み、味わいの深さもあった。

茨城も東日本大震災の被害があった地域である。
「実家の農園が崩れました。
それ以上に、風評被害がひどくて、ものが売れなくなった」

農家で生まれた栗原シェフ。
ぐるぐるでは、栗原農園の素材を使うなど、地産地消を心がけている。

「サラダセットやサンドイッチに栗原農園の野菜を使っています。
前は栗原農園でできた小麦を自家製粉していました。
去年は不作で使えなかったんですが、今年はうまくいったんで、北海道産のゆめちからとブレンドして食パンを作ろうと思っています。
ここでしか食べられないパンを目指して。
クリームパンは、地元の奥久慈卵とつくば産の牛乳でカスタードを作っています。
10個、20個買っていくお客さんもいます。
うちといえばクリームパンなので」

パン屋の武器となる、「ここでしか食べられないパン」。
地域のいい食材を使うことは、その土地ならではのパン、遠くからでもきて食べたくなる理由付けになるだろう。
地元での評判は、ぐるぐるといえばクリームパン、というもの。
そして今回披露した「ごはんぱん」も人気が高い。

栗原シェフはラップに包んだごはんを受講者に示した。
「朝、ジャーで炊いた、炊きたてのごはん。
地元のものが扱いたかったので、実家の栗原農園の米を使っています。
米粉にするのはお金がかかりますし、普通にごはんを炊いて使っています。
湯種という製法があります。
小麦粉に熱湯を入れて、α化する。
ごはんもα化させたものですし、だったらいけるんじゃないかというのがスタート」

湯種とは、原料の小麦粉の一部を前もってお湯でこねて、α化させておき、種にする製法。
α化したでんぷんの影響を受け、他の小麦もα化しやすくなるというものだ。
湯種を使うと、食感はもちもちでやわらかくなり、甘さも引きだされる効果がある。

「食品アレルギーのお子さんもいます。
卵や乳製品を使わなくても、やわらかく食べやすいパンを作りたくて。
今日はプレーンなバンズ生地と、きんぴらを入れたものを作ります。
店では、ひじき、高菜、野沢菜など、おやきみたいな感覚で作っています」

焼き上がったごはんぱんを見て、伊原シェフは「おにぎりみたいなパンだね」と表現した。
丸っこくて、白っぽい焼き色はまさにそんな感じ。
日本人に親しまれるパンにちがいない。
食べてみれば、もちもちの塊。
ほんのりした甘さと、白パンのような溶け味が同居する。
味わいも白米のように清く、さっぱりしている。

もうひとりの講師は、クラブハリエ ジュブリルタンの小金井利嗣シェフ。
ロブションやブルディガラを経て、ジュブリルタンのシェフに着任。
琵琶湖畔の壮麗な店舗で、リゾート地を思わせる、わざわざきて買いたくなるような特別感のあるパンを作る。

「滋賀のクラブハリエは近江八幡が本拠地で、バームクーヘンが有名です。
和菓子やバームクーヘンでは東京にも進出しています。
滋賀では洋菓子、パンと幅広く手がけています。
新しく琵琶湖沿いに店を作るというときに、僕が入りました。
リゾート的な店にしたいということで、フランス・イタリアを視察にまわって。
リゾートは時を忘れるところ、という意味の「ジュブリルタン」と名づけました。
鳥人間コンテストはうちの店のすぐ近くで行われます」

kotobukiという名の、断面が紅白のマーブルになったパン。
レシピを見ると、実にさまざまな酵母を使っている。
「発酵種をいくつか使うことで、簡単にいうと食パンに風味をつけたような構成になっています。
サフのインスタントドライイースト緑はピザ用の酵母。
イタリアのビール酵母「リエビス」も風味がいいので入れています」

「牛乳種は小麦粉、ケフィアヨーグルト、牛乳を合わせたものを、12時間発酵させています。
最初は常温で置き、pHが4.4ぐらいに下がり、ヨーグルトっぽい味がしてきたところで冷蔵庫に入れ保管します。
なぜこういう種を作るかというと、牛乳をそのまま使うと、乳糖の影響で焼き色がついてしまうので、ヨーグルトで分解させるのが狙いです。
そのほうが、牛乳をそのまま入れただけとは異なり、発酵バターのような風味も出ますし」

酵母種を併用する理由についてこう語る。
「いろんな種を入れるのは、料理でいうとダシの役割です。
種は時間をかけて作るもの。
しっかり味わいを出したものと、そうでないものとでは、深みがちがいます。
家庭でもできるパンと一線を引く意味でも、真似できないところをやりたい」

ミキシング後、できあがった生地から一部を取り分ける。
果物で色付けし、うつくしい2色の断面を作りだすためだ。
「白生地と赤生地に分けます。
白生地にはアーモンド。
赤生地にはクランベリーとフリーズドライのイチゴを入れています。
クランベリーは湯戻しし、赤ワイン、地元・高島市産ボイセンベリージュースで漬ける。
ボイセンベリーは、酸味がきゅっとしているところが気に入っています。
クリームチーズを包んで、小さめの細長い食パンのようにします。
白生地と赤生地を重ねあわせて、クランベリーと同じ配合で漬けたりんごも中に入れる。
マーブルになってたほうが断面がきれいです。
クッキー生地とアーモンドプードルを仕上にのせています」

なんと手の込んだパン。
細かいテクニックをいくつも組み合わせて、パンというアートができあがる。
新しい食感。
押し潰れる感触、細かで繊細な気泡がさわさわと舌に触れることに、快楽がある。
クランベリーのひと粒が潰れるとき、飛び出す果汁から漏れ出る風味はあまりにも豊かに口を満たした。

技を尽くしていることは残りの2品も同様。
シャルドネダージリンはワインのシャルドネと紅茶のダージリンが練りこまれる。
「紅茶液には茶葉を出したあと、ブルーベリーの戻し汁を入れます。
ブルーベリーの色の成分であるアントシアニンは、表面に付着しているので、汁の中に溶け込んでいる。
そのまま捨てるのはもったいない。
ダージリンだけだと香りが弱いので、少しアールグレーも使用します」

プレシアンスは、チョコチップとヘーゼルナッツが入った甘いパン。
切り込みを入れたデニッシュ生地をその上からかぶせると、立体的な螺旋のドームが出現し、出席者から歓声が上がった。
「コアントロー漬けのチェリー、ヌガードゥモンテリマール(白いヌガー)を細かくしたもので飾り付けます。
中にガナッシュ、ふちぞいにもチョコレートを絞ります」

華やかな外見もそうだが、食感も驚きを与えるものだ。
まったく引きがなく、さわっとちぎれ、しゅわっと溶ける。
しめった生地が歯にくっつく感じやチョコの口溶けもよろこびとなる。

チャリティ製パン講習会の名にふさわしく、昼食は、山崎シェフ、伊原シェフが、陸前高田の産物を使って作る。
主菜はZopfのカフェメニューをアレンジしたもの。
「大山ハム3種類。
それから、鶏のささ身ともも肉は、塩水に香辛料を入れた漬け汁に昨日の夕方から漬けたものです。
今朝ここのオーブンで焼きました。
ささみは漬け汁につけると、ぱさぱさしないでソフトに食べられます。
スープは陸前高田からホタテを送っていただき、クラムチャウダーにしました」

ホタテは、「希望のりんご」(パン屋さん・お菓子屋さんとともに陸前高田の復興を目指す活動)で、伊原さんといっしょにいつも訪ねる「こんの直売センター」のもの。
「ここのホタテは安くて大きくて、すごくおいしい。
最近だけで5回も送ってもらいました」
と、伊原シェフも太鼓判を押す。
おいしい貝が育まれることで知られる広田湾で上がったばかりを直送されたもの。
ぷりぷりとして、磯の味わいがスープの中にとけ込んでいた。

山崎シェフは、「こんの直売センター」から伊原シェフが持ち帰った海草を使って陸前高田海草ブレッドを作った。
「焼まつも、ふのり。
金ゴマ、餅米の粉と、発芽玄米のパウダー。
パンに餅米を入れるとすごく香ばしくなります」

プレーンで軽い食べ口のパン。
まずは、ゴマが実に香ばしく香って、そのあとからじんわりと海の香りが漂いだす。
日本人の琴線に触れる組み合わせなのに、ヨーロッパという一線はきちんと守られたパンだった。

チャバタには八木澤商店のしょうゆを使用。
「バターとしょうゆで炊いたとうもろこしを練りこんでいます」
パンの風味と塩気をバランスさせ、しょうゆはあくまでさりげなく香らせる、さすがのセンス。

講習が進んでいるあいだ、山崎シェフは袖の窯前でひとりチャバタを作っていた。
目を奪う手さばき。
もっこりとふくらんだ生地にカードを入れ、がしがし分割すると、そのまま天板に並べて指で穴を開け、オーブンへ入れる。
そのライブ感、ダイナミズムはパンの楽しさを教えてくれるものだった。

はや大震災から3年以上が経過したが、客席は50人以上の受講者で満員。
その熱気は、いまだ被災者への共感が失われていないことを示していた。
準備にあたった協賛メーカー各社の関係者の継続的な努力にも頭が下がる。
今後も、京都、名古屋などで講習会を行うべく、山崎シェフは意気込んでいる。
どんな若手が登壇するかも楽しみだ。 (池田浩明)

陸前高田海藻ブレッド
ポーリッシュ種
リスドオル   30%
インスタントイースト  0.1%
水       30%
 
ミキシング   手ごね
発酵      3時間 28℃
 
 
本捏ね
リスドオル   60%
餅米粉     10%
ゲランドの塩   1.8%
モルトエキス   0.3%
インスタントイースト  0.2%
水         40%
八木澤商店本醸造醤油  1.2%
発酵種       25%
玄米パフ      5%
水         6%
及川商店ふのり    1%
及川商店焼きまつも  0.8%
パルミジャーのレジャーノ   4%
煎り金ごま          5%
 
ミキシング  L−6 LM−3 ↓ L−M−1
捏ね上温度   20℃
フロアタイム  60 P 60
分割      250g
ベンチタイム  25分
成形
ホイロ      50分 28℃ 75%
焼成       25分  230℃

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ナショナルデパート、パンへの帰還
湯水のようにあふれるアイデア。
色とりどりの大きなカンパーニュをみんなで分け合って食べる「グランパーニュ」、岡山の新しいおみやげ「ももたん」。
見たことも聞いたこともない商品を矢継ぎ早に発表。
次になにをやりだすのか、ファンははらはらどきどきしながら、ヒデシマ劇場を見つめる。

百貨店の催事会場。
隣りにはミニ鯛焼き屋。
「屈辱です」
旧態依然、昔ながらの業態と横並びになっていることを秀島康右(ひでしまこうすけ)さんは自嘲する。
そして、きら星のような、有名・一流ブランドが並んだ、菓子売り場を指差して言う。
「パンをあっちで売りたいんですよ。
どうやって受け入れやすくするか。
もっと消費者よりのスタンスでパンを売りたい。
お菓子みたいに箱に入れて個包装する。
電子レンジ10秒でふわふわになる。
もう一度、パンをやろうと思ってます。
都内に工場とショールームを作る」

一度はパンからの撤退を宣言したが、本格的にリスタートを切る。
「『パンやめます』って言ったけど、『また、はじめます』(笑)。
みんなわかってるんですよね。
『おかえりなさい』って言われた。
やっぱり帰ってきましたってパターンが多い(笑)」

言いっぱなしなら、誰でもできる。
秀島さんは思いついたことを、本当に形にする。
どんな突飛なことでも。
アイデアに生き、アイデアに死す。
頭の中で生まれた空想に徹底的につきあい、殉じようとする。
商品を企画し、パンを作り、パッケージデザインをし、自ら売り、営業をし、ブログやtwitterを通じて宣伝し、マーケティングをする。
パンの発酵に通じ、同時にデザインソフトや動画編集ソフトも完璧に操る。
元デザイナーだけに、パッケージデザインはパン業界を見渡しても類例がないような鋭さがあり、ネクストレベル。

たとえば、「食のコスメティク」と銘打たれた「CANOBLE」(カノーブル)。
「ジャムじゃなくて、ジュレ(ゼリー)。
パンにゼリーをのっけてから焼くと溶ける。
のっけてそのまま食べてもいいですし」

肉の形をしたカンパーニュ「グランパーニュ・ヴィアンド」に、CANOBLE「パントルクリーム」(ローストファット味)を塗る。
オーブンで焼くこと1分。
香り、味、やや歯ごたえのあるもちもち感さえも。
まるで肉、というより、肉そのものだということに驚き、不思議な浮遊感に襲われる。

ハモネラ(生ハムを置くための台)に肉型のパンを置くという演出。
コスメさながらのスタイリッシュなパッケージと、パンをチューブに入れるという宇宙食のような発想。

広告業界がふさわしいような才人が、パンを作ることになったのはどうしてだろう。
「以前はWEBデザインをやってたんですが、紆余曲折あって。
デザイナーって、クライアントであるメーカーからお金をもらっているんですが、自分で商品を作っちゃえば、儲けをぜんぶもらえるって思った。
パン業界は遅れてると思ったんですね。
10何年前、カフェをやってた頃、『カフェ・スイーツ』がパンの特集をしはじめるぐらい、流行ってきた。
パンは一時やってたし、これはやらんといけんなと。
それでグランパーニュを作った。
デザインが特殊なら、中身も特殊じゃないと」

多くの店がただ実直にパンを作り、そのまま売っているだけのように見えていた。
パンに、すぐれたデザインをのっければ、成功はたやすいと思われた。
ところが、そうではなかった。
挫折に次ぐ挫折。

「売れないからいろいろやってるだけです(笑)。
こじらせちゃった。
売れたらこんなにいろんなアイデア考えてない。
売れるというゴールに向かってずっとやってる」

「なんか思いついたらすぐ試す。
アイデアが出ると、『売れるかな?』って普通は思うと思うんですが、自分の場合は『絶対売れるよ』ってなっちゃう。
脳がおかしくて(笑)。
ボツもいっぱいあるけど、いまやっとかなくちゃいけないって思っちゃう。
コウスケがやりましたよってピンを押さないといけない。
打ったピンをつないでいくとなにかになる。
シャルキュトリーが流行ったら、パン屋がやるならこうじゃないのと思って、CANOBLEができてくる。
人にやられる前に早めにやっとかな。
自分の中であるんですよね」

秀島さんが地球の上に刺したピンを宇宙から見ると、浮かび上がってくるなにか。
それが生き様であり、存在証明である。

「ただやっても売れないだろうというものを、パッケージや売り方によっていかに買うところまで持っていくか。
パン屋さんにわざわざ買いに行く以外の、普通の人に買ってもらうことができるか」

昨年、大ヒットが飛び出た。
それはパンではなくお菓子だった。
岡山といえば桃太郎。
ポップでかわいい桃太郎風のキャラクターを自ら描き、岡山駅に並べた。

「箱が並んでるだけで売れていく。
発売すぐのゴールデンウィークに1日2000個。
機械があると楽だけど、人海戦術。
5,6000万の機械があって成り立つことを3000円の機械でやっています」

注文に応じきれないほど、生産に追われている。
それでもパンに戻ったのはなぜか。

「おみやげの業界って、非常に居心地が悪い。
パンのときみたいに、尊敬できる目標がいない。
メーカーはお金を出すだけ。
パン屋さんってすごいな。
オーナーが職人出身。
みんなメニューを自分で考えている。
作ってる人がオーナーってすごいことだなって感じます。
ビジネスマンであってビジネスマンではない。
うちもパンは絶対自社生産。
OEMなんかありえない」

マーケティングや経営効率で立ち遅れていると思っていたパン業界。
だが、実は、効率以上に大事なものがあるという職人の信念が消費者に共感を呼ぶ、というビジネスモデルだったのだ。
ものづくりがいちばん大事。
最先端のデザインやマーケティングを追いながら、ナショナルデパートもそこからぶれることはない。
けれども、スクラッチベーカリー(パンを作りその場で売る)という業態はすでに飽和状態を迎えつつある。
秀島さんが選んだ土俵はその外にある。

「グランパーニュは賞味期限が長い。
うちはロングライフ。
これからどんどん長くしていく。
pHを下げることによって長くする。
酵母でやっちゃうとすぐ酸味が出る。
それをマスキングするために香りをつけています。
長期保存させるためには、酵母とか酵素の働きが重要になる。
この中には技術がいっぱい詰まっている」

2週間もの賞味期限がありながらこのクオリティ。
ナショナルデパートは、価格帯としても、流通携帯としても、ライバルなき荒野を独走している。

「パンも11年目にしてやっとスタートです。
いままではやり方が悪かったのかな、反省はある。
だけど、儲けたいんだったらミニ鯛焼きやればいいのかって、そうじゃないじゃないですか。
自分が作ったこのパンをどうやって売るのか。
たぶん、ミニ鯛焼きを売っている人は命懸けてないと思うんです。
食うためにやってる。
僕はそういう仕事で生きていけるタイプじゃない。
自分が思いついたものをやる。
命懸けてやる」

命懸け。
これは言葉の綾ではなく、事実である。
秀島さんはガンを宣告された。
進行度に合わせ1〜4まである段階のうち、ステージ3まで進行している。
突然、死に直面させられた秀島さんは苦しみ、絶望に至った。

「リンパに転移していた。
手術しても再発する可能性もある。
5年で生存率は6割。
おととしの10月、11月ぐらいどん底でしたね。
本当に死のうかと思ってたんです。
希望がなくなるってこういうことなんだな。
ル・プチメックの西山(逸成)さんと話した。
機微を感じる人で、レフェクトワールのオープニングパーティに呼んでくれた。
そのとき、がんばろうかなと思えた。
あれから1年半が経った。
またパンに戻ろうと思いました。
パンの世界には尊敬できる先輩がいる。
僕は尊敬できる人じゃないと、親しくなれない。
その人が有名とか有名じゃないとか関係ない。
西山さんとか、ああいう人たちが個性を出してやってる世界で、お客さんに認められて、一歩抜けたいなというのはある。
僕も結果を出したい。
先輩がいなかったら、つづいてないです」

秀島さんの病状はどうなのだろう。
失礼かもしれないと、恐る恐る切り出す。
その気遣いを制するように、病気を笑い飛ばす。
心の中でどれだけ苦しんでいるかしれないのに。
自分の命をギャグにできる人など秀島さん以外に知らない。

「ぜんぜん元気です。
告知の瞬間はまだ30代、39でした。
『いわゆるガンです』って告知されたとき、僕がにやっとしたってうちの奥さんが言うんですよ。
よっしゃ、保険金が入るって思った(笑)。
こりゃもう行くぞ、って。
その足で、モバック、フーデックス(ともに製パン用機械の見本市)に行った。
次の展開のために、製造機械を探しに。
フルーツパフェ味のお菓子を作ろうとしたんだけど、営業かけたら断られた。
門前払いでしたね。
怒りにまかせて、そのまま工場の2階に上がって、パソコンに向かって打った言葉が『ももたん』。
イラスト描いて、これでいくぞって、スタッフに持ってった。
その日に商標登録して、パッケージの展開図を書いて。
20日で作って、営業かけて、岡山駅で販売開始」

保険金で機械を買い完成させた「ももたん」の発売日と、生死を分ける手術の日が同じだった。

「手術後に麻酔が切れて意識が戻ったとき、いちばんに奥さんが訊いたのが、『卵はどこで注文するの?』。
それ聞いて、『ももたん』が売れてるんだなって思った。
抗ガン剤を半年間飲みました。
いちばんつらかったのは副作用の下痢。
酒飲むと、内蔵が焼けてくる。
抗ガン剤って、粘膜をただれて進行を抑えてるから。
激痛です。
お酒で抗ガン剤を飲んでましたし。
楽しかったですね。
ももたんがすごく売れたので」

ガン告知がなければ、「ももたん」のアイデアは生まれなかったかもしれないし、ガン保険が入らなければ「ももたん」の製造はできなかった。
そして、秀島さんは生き残った。
運命。
見えない力は秀島さんに、もっと生きよと命じ、もっとアイデアを生み、もっとものづくりを続けよと励ます。

「死生観は固まりましたね。
いつ死んでも後悔ない。
やり残したことはない。
死ぬことが怖くない。
告知の前はびくびくしてました。
奥さんに『死んだあとのこと考えてるでしょ? だけど、死んだ人は死んだあと関係ないから」と言われて、すっとしましたね。
死んだあとを心配するから怖くなるんだ。
死んだら僕とは無関係の世界になる。
死ぬことは重要なことではないと気づいた。
奥さんいなかったら、告知の時点で自殺してた。
(死の恐怖を)受け止められないじゃないですか。
病室では毎晩おじいさんが泣く。
『なんで俺が』って。
おじいさんは幸せだから、それがいつまでもつづけばいいと思う。
でも、僕の中の幸せって、生きてることでついてくるんじゃなくて、認められるとか、なんらかの影響を人に与えられること。
根っからなんでしょうね。
生きてれば、いろんなことできるって言われるけど、ただ生きてたってなにもできない」

まるで武士のような死生観だと思った。
自分が思いついたアイデアを形にし、それが売れたとき、はじめて生きている自覚を得る。
ナチュラルボーン・クリエイター。
アイデアに生き、アイデアに死す。

パンの世界で私が出会うすごい人たちに、共通することがある。
おそらくはパンの世界でなくても、成功者になるだけの頭のよさや器量を持ち合わせている。
にもかかわらず、パンにこだわりつづける。
まるでなにかに呼ばれたように。
奇しくも、同じ言葉が秀島さんの口から出た。

「神に呼ばれた。
変な使命感がある。
自分で選択したんだけど、やらされてる。
病気は完治じゃなく、一生つづく。
でも、つらいのに、つらいと思いません」

ナショナルデパート

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パンの漫画発刊記念in新宿紀伊國屋書店本店!

6月27日金曜日に行われた「パンの漫画」発刊記念トークイベント。


今回は「パン屋さんと友達になろう」というテーマで、堀さん池田さんに加え、
堀さんの富士見ヶ丘のアトリエのすぐ近くにある「ヨシダベーカリー」の吉田シェフ、
さらに立川にある「シンボパン」の神保シェフをゲストにお迎えしての
総勢4名でのイベントでした。

しかし、この出演者のうち3人は自称「口ベタ」…という
けっこうスリリングな企画です。

場所は新宿にある紀伊國屋書店本店。
紀伊國屋書店といえば、自分の中では「老舗中の老舗」の「ザ・本屋」さんです。

出演しない自分も紀伊國屋というだけで、ちょっと緊張していましたが、
当日の応接室もものすごく高そうな絵画などがかかっていて、
出演者の緊張感を増していました。

さらに会場。


うお! なんか記者会見場みたい!
キッチリと壁で区切られていて今までイベントをした会場の中でも個室感が高いうえ、
客席がとても近い、これまた緊張するパターンだったり。


おかげさまで会場は約50名のお客様で超満員。



一番右がシンボパンの神保シェフ、その隣がヨシダベーカリーの吉田シェフ。
お二人とも「カタネベーカリー」出身のシェフです。

この日はお二人のシェフが作ったパンも持ってきて頂きました。

こちらはヨシダベーカリー、吉田シェフの2種類の国産小麦のカンパーニュ。



一部、紀伊國屋書店の応接室で切らせて頂いた、
コンディション最高で中身はモチモチの状態のカンパーニュです。
カンパーニュは口に入れ、噛み進めて、最後に飲み込むまで、
多くの味のレイヤー(階層)が楽しめるパンですが、
吉田さんのカンパーニュも実に味わい深いものでした。

最初はパンの香り、風味、噛んで行くに従ってモチモチした部分が
溶けていき小麦の甘みが行き渡ります。
さらに噛み進めていくとほのかな皮の苦みが加わり、
最後に口の中では皮の部分が残り、
いつまでも噛んでいたくなる長い旨味の尻尾を味わえます。

実は、ヨシダベーカリーの自分のお気に入りのパンは
カンパーニュのサンドウィッチだったりします。
薄く切ったカンパーニュにチーズとハムをはさんだシンプルな
ものですが、結構ツボなんですよね。


かたやシンボパンの神保シェフにお持ち頂いたパンは
なんだか懐かしい味。


こちらはクルミの入ったパン。
ふかふかの生地、絶妙の塩気。
シンプルで飽きのこない味です。


一口サイズのブリオッシュっぽい生地のパン。


中には実にさわやかな味のジャム。
一口で食べちゃいましたが、口溶けがよいため数噛みで
生地とジャムが渾然一体となって、ス〜ッとなくなっていく。
あっという間の切なさ。


こちらはココナッツのマカロン。香ばしさ爆発。
コーヒーがなくて悶絶しました。
これ、絶対合うよなぁ、コーヒーに。
さらにこの他にじゃがいものパンもあり、
全部で4種類もパンを用意して頂きました。


今回はお客様に参加費を500円頂くイベントだったんですが、
コストパフォーマンス、とってもよかったんじゃないでしょうか。


こちらはシンボパンのチラシ。
めっちゃイイな、これ…と思っていたら、
当日、このチラシを描いた方も
いらっしゃってました。
ぬいぐるみ作家さんだそうで、新刊が出たばかりだとか!


どうぶつぬいぐるみ」文化出版局(おおくぼひでたか)

↑すごくおもしろいので、是非ご覧下さい。


ぬいぐるみ、超カワイイ!
シンボパンの神保さんのもとには、おもしろいクリエーターの方が
集っているようです。

トークイベントの方は、いろいろな方向に脱線、暴走しながらも和やかなムードで終了。
ゲストにお迎えしたお二人のシェフの人柄がとてもよく出た、面白いイベントでした。


イベント後、ゲストのシェフお二人に堀さんから手渡されたお礼の絵。
素敵です。
ヨシダベーカリーやシンボパンに行った際には、お店のどこかに飾られているかも
しれませんので、探してみて下さい。

イベント終了後、イベントを担当してくださった紀伊國屋書店の方が
企画したパンのコーナーがあるというので、拝見させて頂きました。




「836」(はさむ)という架空のサンドウィッチ屋さんがテーマ。
パン関連の書籍、雑誌、さらにパンやサンドウィッチにゆかりの深い小説などもあり、
パンの世界がグッと広がるコーナーでした。
もちろんパンラボ関連の本、パンの漫画、
パンラボのキーホルダーも置かれております。




さらにこちらのコーナーで本を買うと内田有美さんの描いた
パンのブックカバーやしおりが貰えます。
本のパンに具のしおりをはさんでサンドウィッチの出来上がり! というわけ。
シャレがきいてますね。

紀伊國屋書店新宿本店
こちらの特設コーナーは7月末までだそうです。

というわけで、今回のイベントも無事に終わりました。
お越し頂いた皆様、ゲストに来て下さった吉田シェフ、神保シェフ、
お世話になった紀伊國屋書店のみなさま、誠にありがとうございました。

パンの漫画の発刊記念のイベント、毎週のように行ってきましたが、
これでとりあえず一段落。堀さん池田さん、お疲れ様でした。

【ナカムラ】


JUGEMテーマ:美味しいパン
パンの漫画 comments(0) trackbacks(0)
ル・プチメックが京都大丸にオープン!
6月27日、ル・プチメックの新しい店が京都大丸に登場した。
フランスをテーマにしてきたル・プチメックが、ドーナツとベーグルというNYのパンで勝負するサプライズ。
デパ地下はプチメック祭りと化していた。
ドーナツ・ベーグルを求める人たちで、開店から閉店までずっと長蛇の列ができている。
私服姿の西山逸成オーナーはその傍らに立ち、客の反応に聞き耳を立てていた。

「ひまわりの種がついてるベーグルを見た人に、『わしはハムスターちゃうわ』って言われて、さすが関西やと思いました(笑)。
それを僕はおもしろがってるんですよ。
百貨店はそういうお客さんだと思ってるし。
パンマニアだったら、そんなこと絶対言わないでしょ。
ここに並んでる人のほとんどはうちのこと知らない人です。
僕は最初から、デパートにはデパートのやり方があると思ってやってるんですよ。
いままでデパートが売ってきたものとはちがうものを作って、どこまでいけるかやってみたいって好奇心があって、それでこのお話を受けたんです。
想像以上に狙い通りだったので自分自身びっくりしてます。
僕が最初にドーナツとベーグルでいくって言ったとき、うちのスタッフも驚いたし、まわりの人も驚いたんですけど、僕は確信してました。
絶対いけるって。
ふた開けてみたら、あまりにもドーナツ・ベーグルを買うお客さんばっかり」

「どうしてドーナツなの? って言われるかもしれないけど、デパートのお客様は年齢層が広いので、最大公約数に受け入れられるものを考えました。
そこを、自分が売りたいからってハード系をごり押しするのは、僕はちがうと思ってました。
それをおもしろいと僕は思わないし。
うちのハード系をなにがなんでも認めさせるんだっていう意気込みはないんです。
ここでは、デパートにくるようなお客さんにおもしろがってもらえることをやってます。
レフェクトワールなら原宿みたいなアパレルの町にいるクリエイターたちにおもしろがってもらえるものはなにかを考える。
町場のパン屋は近所の人たちがおもしろがってくれるものはなにかを考える。
デパートはデパート特有のお客さんいらっしゃるわけで、その人たちによろこんでもらえるものはなにかって考えたとき、僕はドーナツだと思ったんですよ」

「ドーナツ・ベーグルっていままで一度もやってない、僕が開けてない引き出し。
3ヶ月前からスタッフに言いました。
『ドーナツをやる以上、おいしくなかったら、うちのお客様から、『あーあ、よけいなことしやがって。おとなしくハード系作っときゃいいのに』って絶対いわれる。
だから、そのお客様に、『プチメックはドーナツもできるんだ』『ベーグルもできるんだ』って思わせるぐらいおいしいものじゃなかったら、出さないかもしれないよ。
それができたら出す』って。
それぐらいじゃないとやる意味がないし、逆効果になる。
『やらんほうがよかった』って言われる。
もう3ヶ月間ドーナツ・ベーグルの試作ばっかりやってました。
最初スタッフは混ぜもの(生地に具材を練りこむこと)をしてた。
僕はすぐにやめさせた。
『やめろ。
混ぜものなんてあとでどうにでもなるんだから。
ドーナツも、ベーグルも、なにも入ってないプレーンがおいしくなるまでやりつづけろ』
時間の9割はプレーンに費やしました。
『きれいですね、この上がけ』って取材の方にも言ってもらったけど、それは1日2日で決めちゃったようなもんで、肝心なのは生地なんですよ。
ニューヨークでも食べたし、日本でも食べたんですけど、既存のドーナツって生地自体はそれほどおいしいと思えなかったんですよ。
上がけのチョコレートなどでごまかしてるのがドーナツなんだなって、僕は思いました。
おいしい生地さえ作れれば、上がけは技術的に難しいものでもない。
ちゃんと生地を作って、ちゃんとした材料で上がけを作ればおいしくなるのはわかってたんで。
生地をやりつづけて、これならなんとかOKだろうっていうのができたのは、1週間ちょい前。
これでOKだって。
昔、バゲットを一生懸命作ったときと同じくらい、ベーグルやドーナツも一生懸命考えてやれば、当然ある程度いいものができるだろうっていうのは自分の中であったんで」

「オープンまで1週間を切ってるタイミングで、日本製粉さんが『こんな粉あるんですよ』って持ってきてくれた粉(ブリリアント)が、僕にとってはすごくいい粉で。
『これで、ベーグルやってみて』ってスタッフにやらせたんですよ。
焼けたときに、香りもぜんぜんちがうし、うちの子らでも気づくぐらい見た目がちがうし、持った感触ちがうし、断面ちがうし、食べたらぜんぜんちがうし。
それで思わず『粉ってすごい』って、フェイスブックに書いたんです。
ベーグルでここまで変わるんだったら、絶対ドーナツもいける。
翌日にドーナツを同じ粉で作ってみたら、やっぱり劇的に変わったんですよ。
それ食べてみて、『まちがいない、これで絶対いける』ってOK出したのが1週間切ったとき。
だから、そのタイミングでその粉と巡り合わせがあったのは運だと思ってる。
少なくとも今の日本代表よりは、ぼくの方が ”もってる”と思った(笑)。
なんでその粉がよかったか。
ちゃんとした職人さんにこんな説明したら怒られるかもしれないけど、僕の素人考え、主観ですよ。
その粉は白いんですよ(小麦粉の種類によってクリーム色やグレーなど若干のニュアンスがある)。
いわゆる強力粉。
タンパク量も僕たちが食パンやブリオッシュに使うものと変わらない。
だけど、ぎゅって粉を握って離したとき、すごくばらけるんですよ。
ということは、粒子が粗い。
これは、『おもしろいかもしんない』って思った。
で、スタッフに生地を仕込んでもらったら、『西山さん、これ、水もっと入ります』って。
『そんなに入るんだ、じゃ入れてみて』。
僕の感覚では、水がいっぱい入るのって、灰分が高いフランスパン用の粉(小麦の粒の、皮に近い外側まで挽いている)だった。
タンパク値が高い、こんなきれいに精製された粉(一般にタンパク質の多い粉は、麦の粒の中心の白い部分だけを挽いている)で、そんなに水が入るのはめずらしいと思って。
で、やってみたら、イメージ通りの食感、ボリュームの出方。
うちの子らも『この粉すごい』って。
僕個人の印象では、ハード系向きの粉(味は強いがタンパクは少ない)と、ソフト系向きの粉(味は弱いがタンパクは多い)のいいとこどりの粉に思える。
ベーグルにしても、きれいにあがるし、食感もいいし」

京都大丸での新店準備の視察のために、ニューヨークのブルックリンを西山さんと訪れたとき。
地元の有名店ベルゲンベーグルで西山さんが口にした感想とは、
「NYのベーグルって意外と硬くない」だった。
そしてこうも言った。
「日本でベーグルって硬いイメージありますよね。
だけど、これを再現するのは、むずかしいことではない」
たしかに、ベーグルに対して抱いていた硬いというイメージは、NYで打ち砕かれた。
皮はがっしりとした噛みごたえがあるものの、それを噛み破れば、むしろぐにゃぐにゃにすら感じられるほど中身がやわらかかったのは、予想外だった。
中からは北米産小麦ならではの豊かな香り、麦の外側の雑味まで放たれる。
北米産の小麦粉をおいしく食べるために長年かかって培われた方法がベーグルなのだ。
アメリカで挽かれた小麦は、日本のものに比べて粒子が粗いといわれる。
粗いゆえに口の中で溶けて、濃厚に香りを発する。
西山オーナーが締切ぎりぎりで手にした粉は、アメリカの粉と同じ特長をもっていたのではないか。

ル・プチメックのベーグルを食べてみる。
歯を使うのは香ばしい皮を噛み破るときだけでいい。
中身は勝手に溶けてくれる。
現れた麦のジュースは具材に対するソースになっている。
西山オーナーのサンドイッチ創作欲を刺激する新たな生地となったにちがいない。

塩漬け豚とランティーユ。
NYベーグルにフレンチの具材がサンドされるという夢。
ランティーユ(レンズ豆)について説明するならば、甘くない粒餡といえばいいのか。
口づけの瞬間、皮と香ばしさとともに立ち上がる、ランティーユの野趣。
齧りつくなり、ここに豚の脂がとろけ滲みわたっていく。
噛みしめるごとに現れる麦の興奮。
噛むことのよろこびと味わうことのよろこびはここで完全にクロスしていた。

「ぜひドーナツを食べてみてください」
よほどの自信作らしく、西山さんはそう言ってすすめる。
ドーナツを食べるときに必ず感じてきたストレスや野蛮さ。
そういうものだ、という固定観念をル・プチメックのドーナツは崩しきった。
大福のように、びよーんと糸を引き、そしてぷちんと切れる。
油の重さは感じさせない。
噛んだところからどんどん溶けて白い麦の香りを発散する。
カラフルなスプレッドで色づけされていても、かならずこの麦の味わいに戻ってくる。
その白さは甘さをニュートラルにし、もう一口を欲させる。

バナナドーナツ。
バナナの熟れた香りを嗅ぎながら、バナナチップスをこりこり噛めば、バナナのフォンダン(クリーム状のアイシング)と相まって、さらに香りが口の中にじんじん広がっていく。
濃厚に広がっていくけれど、ナチュラルなものだけに透明感があって、生地の味わいも透かして映し出す。
生地はバナナに負けず白い甘さを、ベーグル以上にジュースのように滲みださせる。

「このバナナのフォンダン、試作のときに、
『香るけど味がしないからだめ。もっとバナナの味強くして』って言いました。
『ドライのバナナを粉砕して、まぶしてみて』と。
バナナのフォンダンつけて、ドライのバナナもつけてるんですよ。
だから、バナナバナナ。
ふわもちでしょ。
売り場にはベーグルがわーっと並んでて、ドーナツがわーっと並んでて、見方によってはジャンクな、黄色とか赤とかがありますよね。
だけど、最初から決めてたのは、そこにかけるものは、業者さんから仕入れて、溶かしてつけるだけっていうのは絶対しないでおこうって。
自分たちでできるだけ加工しよう。
最初、スタッフに『ドーナツどこで買う?』『どんな味がある?』って聞いたら、いちごミルクだ、なんだかんだって、みんな同じ答えになった。
『なんでみんないっしょなの? なんでもっといい材料を使わないの? 僕はチョコレートはクーベルチュール(製菓用の脂肪分の高いチョコレート)を使って自分で作るよ』って言いました。
『それしたらおいしくなるのに、なんでみんなやんないんだろう』ってことをやっただけなんです。
カシスにフランス産のピューレを使ったり。
カシスってイメージがわきにくいのか、出にくいものではあるんですけど、おいしいのはカシスだと思います」

カシスの酸味とうっとりするような香り。
やばい、という言葉が頭の中をかすめる。
それは宿命のようにドーナツのオイリー感とぴったり合って、止まらなくなる。

マンゴーも然り。
ビニール袋を開けたとき、まるでいま南国から運ばれてきたばかりのマンゴーそのものが入っているかと錯覚するほどの印象を受ける。
ドライフルーツのクランチに同じフルーツのフォンダンを重ねるという手法。
果実の中にあった甘さも香りも爆発的に引き出し、あとは油の滲みわたらせる力を借りて、舌に焼きつけ、口も鼻もいっぱいにしてしまう。
人間の欲望をむき出しにする手段を、ル・プチメックは開発したようなのだ。

「コンセプトはアメリカを意識した店ですが、アメリカにあるものをすべてコピーするんじゃなくて、食材やそこで使われている技術はフランス。
ニューヨークに行ったとき、こう思いました。
僕らは、なんでこのサンドイッチを作ったのか、なんでこの材料をはさんだのかって説明ができる。
意図を持って作ってるから。
でも、食べた印象として、アメリカのサンドイッチはそばにあったものを、はさんだって印象を受ける。
それが、たまたま100回に1回奇跡が起きておいしいものができるのがアメリカだって。
ドーナツにしてもベーグルにしてもアメリカのものだけど、僕は意図を持って作ってるんですよ。
ジャンクな材料はだめだし、赤い色がほしかったらちゃんとしたフルーツのピューレを使う。
それをすれば、結果としておいしくないわけないでしょっていう」

一昨年のレフェクトワールの開店頃から、西山オーナーはアメリカのデザインに傾倒している。
カフェやホテルなどジャンルを問わず、かっこいい内装をネットで探してコレクションし、それをコラージュして、この店を自らデザインした。
黒いサッシが縦横に走るガラス張りの外観。
デパートにいる臨場感もありながら、雑踏からは切り離される。
ガラスに沿って設けられた木のカウンター、レジの上を走るパイプに取り付けられたライト、レンガ積みをペンキで白く塗った壁。
それらは西山オーナーが見つけたアメリカのかっこいいものである。

「アメリカがいまの流れだし、時代に合ってると思う。
店作り自体は、デパートに合わせようっていうのは考えてないです。
我を通させてもらいました。
完全に独立させてくれって。
業者さんもイメージ通り作ってくれたし」

デパート指定の業者と戦い、オーダーしたのとちがう色に塗られたサッシを塗り直させたという。
自分のイメージを実現するために、軋轢を厭わず、体を張ったのだ。
木の台の上にのったガラスの冷蔵ケース、そしてまるで水道からそのまま清水が流れ出てくるように、家具と一体となった浄水器。
これもブルックリンのカフェで見て気に入り、盛んに写真を撮っていると思ったら、店づくりに取り入れられていた。
狭い店舗であってもイートインスペースを作り、自由に飲食ができるようにし、店の雰囲気も活性化させるコンセプトは1号店以来つづくもの。
外見はアメリカ、料理はフランス。
異なる文化をハイブリッドさせ、デパ地下に驚きを現出させる。
ル・プチメックとは、このわくわく感のことなのだ。(池田浩明)

ル・プチメック大丸京都店
京都市下京区四条通高倉西入立売西町79
075-211-8111
阪急京都線烏丸駅より徒歩1分(地下道直結)
地下鉄烏丸線四条駅より徒歩2分(地下道直結)
10〜20時
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小麦の収穫を体験する
子供のための絵画・造形教室『代々木公園アートスタジオ』が開催する「麦を育てよう、パンを食べよう」に参加しました。
アートスタジオを主宰する鈴木完さんご一家が、千葉内房・鋸南町にある山を切り開き、自分で家を建て、畑を耕し、薪窯や五右衛門風呂まですべて自作というから驚きです。
定期的にイベントを行い、子供たちとその体験を分かち合っています。
昨年から行っている農業体験、今年は2回目の収穫。
小麦を刈るのは私にとってもはじめての体験となります。
いつもお世話になっているカタネベーカリーの片根大輔さんもいっしょです。

奥行き2、30mの畑に、4、5本の畝。
これを大人と小学生合わせて10人ほどで刈ります。
一握りの麦は、鎌を入れるとざくっという手応えとともに案外簡単に切り取れます。
けれども、無農薬の畑なので、ともすると雑草が混ざり込み、取り除くのは案外やっかいです。
折しも30℃を超える日の日盛り。
汗だくとなりながら、およそ2時間ほどかかって収穫を終えました。
子供たちはそのうちに飽き、虫取りや遊びに興じていましたが。
これだけの苦労をしてできるパンの量は、バゲットで50本分だそうです。
この10人の1週間の食事も満たすことはできません。
普段なにも考えずばくばくパンを食べていましたが、食料を得るのはなんとたいへんなことか。
ものの本で読んだことがあるのですが、ひとつの畝1mの小麦でロールパンがやっと1個だそうです。

そのあとは昼食の用意です。
子供たちがきゅうりやピーマンを自分で収穫。
とれたてのきゅうりはおいしく、野菜の嫌いな子供でもどんどん手が伸びます。

薪窯ではピッツァを焼きました。
子供たちも自分で生地をのばし、具材をちらします。
「窯がすごく楽しいんだよ」
と片根さんも普段扱わない薪窯でのパン作りを楽しんでいます。
薪で焼くパンは、自然の中という環境もあってか、自分で作ったとは思えないほどおいしいものでした。

刈り取って終わりではありません。
小麦を紐で束ねていく作業。
長さや方向がばらばらであるため、簡単ではありません。
束ねきれない麦の穂がばらばらとこぼれ落ちます。
もったいないので、あとから拾いました。
ミレーの『落ち穂拾い』という有名な絵。
なにげなく見ていましたが、あの意味がはじめてわかりました。
なんとはなしのわびしさが画面に漂っていますが、たしかに落ち穂をいくら拾ったところで、どれだけのパンにもならないのです(なにしろ1mでロールパン1個ですから)。
でも、拾わざるを得ない。
農民がそれだけ貧しいということでもあるし、労働や自然の恵みへのリスペクトを表現もしているのでしょう。

竹竿にすべての麦を干し終え、夕刻にやっと仕事は完了しました。
疲れてはいましたが、自然の中での労働は、むしろ運動のあとのように爽快なものです。
子供たちも、遊園地やスーパーのゲームコーナーにいるときよりも、ずっと活き活きとしているように私には見えました。
農作業は楽しい。
苦労して育てた麦がパンに変わるときは、どれほどのよろこびでしょう。
麦は脱穀や製粉を経たのち、この薪窯で、片根シェフの手によってパンになるとのこと。
そのイベントの日が楽しみです。(池田浩明)

麦を育てよう、パンを食べよう


『パンの漫画』発刊記念イベント @新宿紀伊国屋


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パン屋さんと友だちになろう! 堀道広×池田浩明 in 新宿紀伊国屋書店
『パンの漫画』発刊記念イベント「パン屋さんと友だちになろう! 堀道広×池田浩明」が、新宿の紀伊国屋書店本店で行われます!
人見知り漫画家・堀道広さんと人見知りライター・池田浩明さんが、トークショーという機会を利用して、ご参加頂く皆様とともにゲストのパン屋さんとお友達になるトークショーです。

ゲストはお二方。
堀さんのアトリエ近くにあり、よくパンを買っていて顔見知りである、ヨシダベーカリーの吉田稔さん。
堀さんに負けない、いやそれ以上の無口である吉田さん。
本当に仲よくなれるのか、たいへんスリリング。
「沈黙を楽しむトークショー」という新たなジャンルに挑戦いたします。

イラストレーターやアーティストたちと親交のあるサブカルなパン屋、シンボパンのシンボユカさん。
立川駅前の飲屋街に忽然と現れるポップなベーカリーカフェ。
かわいくも、ややぶっ飛び気味のインテリアや食器、BGMを見聞した池田さんが、この人なら堀さんときっと友だちになってくれるはずだ、とオファーしました。

お二人は、代々木上原の名店カタネベーカリーでいっしょに修行されたこともある関係。
もちろん、カタネイズムを引き継ぐパンはおいしく、かつそれぞれの個性も付け加えられ、町のユニークな存在となりつつあります。

当日は、吉田さん、シンボさんにはパンをお持ち頂き、皆様とともに試食も行います。
パン屋さんの説明を聞いて食べるパンは格別となります。

吉田さんは、小麦の品種による味のちがいを楽しめるよう、貴重な農家限定の小麦を使ったパンを披露する予定。
前田農産のキタノカオリを使った食パン、戸倉さん、中川さんの小麦を使ったカンパーニュなどからアイテムを熟考中です。

シンボさんは、池田も食べてうなったジャガイモのフォカッチャ、ジャムサンドなどを予定しております。

【新宿本店】 『パンの漫画』発刊記念イベント パン屋さんと友だちになろう! 池田浩明さん 堀道広さん トークイベント
日 時:2014年6月27日(金) 19:00 〜(開場:18:30)
場 所:紀伊國屋書店新宿本店 8階 イベントスペース
参加費:500円(パン付き)
おかげさまで満席になりました。

お申し込み方法はこちらをご覧ください。


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1000分の1個への挑戦 シェ・サガラ 相良一公
福岡から車で1時間の田主丸。
まさかこんな場所に、と誰もが漏らしたくなる田園地帯にそのパン屋はある。
シェ・サガラ。
オーナーシェフの相良一公さんは、クープ・デュ・モンドという、もっとも権威あるパンの世界大会に挑みつづけている。
この大会の日本代表に選ばれるのはほとんどが、ドンク、ポンパドウル、帝国ホテル、神戸屋といった、大手企業に所属する人たち。
ところが、相良さんは毎日営業をつづけるだけでも大変な個人店のオーナーシェフを務める。
その上にトレーニングを積み、大会ともなれば店を空けねばならず、負担はあまりに大きい。
では、個人店主は代表になれないのか?
例外は、飛騨高山トランブルーの成瀬正シェフ。
2005年の世界大会で3位となり、監督として2012年に日本を優勝に導いている。
相良さんはその成瀬シェフに師事していた。

「トランブルーには3年弱勤めました。
基本を積み重ねるという言葉の意味がはじめてわかりました。
工程を端折らない。
いちばん食べやすく、おいしそうなバランス、生地の厚さにする。
温度、タイミング…いろいろ説明はないが、作業のひとつひとつにすごく意味がありますね。
ひとつ大きいのは、高山という土地柄じゃないですかね。
すごく寒いところなので、発酵にむらができ、安定して毎日いいものを作るのがむずかしい環境。
だからこそ、ひとつひとつの作業を確実に積み上げないといけない」

常に行列ができ、遠方からの客が引きも切らないトランブルー。
レベルの高い商品を生み出す厨房は、空気も張りつめている。

「普段は楽しい方ですが、仕事に対してはすごく厳しい方でした。
修行中は仕事覚えるのに必死で、よそ見する暇がなかった。
それぐらいの仕事のクオリティ。
まわりに意識を向ける必要もなく、脇目もふらず。
いま思い返せば、それがあったから、自分の店を持つレベルにまで行くことができたと思います」

相良さんが、師の跡を継いで、クープ・デュ・モンドに出場するようになったきっかけとは。
「まったく別世界のことだと思っていたので、コンテストも興味なかったですよ。
成瀬さんがクープ・デュ・モンドに出るまでは自分がやるとは思ってなかった。
フランスまで成瀬さんを応援に行ったとき。
成瀬さんが3位に終わって、悔しくて、一晩中涙が止まらなかった。
じゃあ、自分がやろうって」

「いままで3回予選に出ました。
最初に挑戦した2008年大会の予選は勢いだけで決勝に残った。
その次(2012年大会)はダメでした。
スタッフがいなくて、クープ・デュ・モンド用の試作をやれる状況じゃなくて。
個人店の出場資格は、お店をしっかり経営できていることだと悟りました。
やってなきゃダメですね。
日々、考えてないと。
求められるものをどう表現していくか。
5種類の課題、そこに自分のオリジナリティを加えていく。
ベーシックな技術とオリジナリティが同居していることが条件。
基本がないと、応用できない。
きれいに、おいしく作ることに加えて、作業性やスピードが求められる」

2016年に本大会が行われるクープ・デュ・モンドの日本代表選考会は、2013年の3月にモバックショー(パンの見本市)の会場で行われた。
「直前は、睡眠時間が3時間になっちゃいましたし、7キロやせました。
小麦アレルギーもあって、皮膚がただれて、ゴム手袋もできない。
それでもあきらめず、1次予選の前は、1週間ぐらいで詰め込んで仕上げた。
予選でも通って当然ことはぜんぜんなくて、100%、200%のエネルギーを注ぎ込まないと一次予選も通れない」

相良さんは、ヴィエノワズリー部門(クリワッサンやデニッシュやブリオッシュなど甘い系)で決勝まで進出していたが、惜しくも敗退した。
「ヴィエノワズリー部門は、クロワッサンと4種類のデニッシュを作る。
終わったその日は、4年間の思いを出し切ったというすごい充実感。
気になるところもありましたが、トータルではできたかなという感じでした。
でも、あとから振り返れば、競技中に『これぐらいでいい』って感覚があった。
あまりに苦しくて。
自分のイメージに、現実が追いつけなかった。
精度が足りなかった。
求められていることと自分の作品との『ズレ』を感じていました。
余裕はあったんですけど、トレーニングで詰められなかった。
負けたということを受け入れられませんでしたね。
もっとやれたという確信。
逆に、まだやれる可能性はあるし、これからののびしろを感じました」

「あまりに苦しい」とはどういうことか。
私もモバックショーの会場で、大会を観戦したことがある。
パンを作っているところを見ても、素人の私に誰が勝っているとか負けているとかがわかるわけではない。
だが、空気だけは痛いほど伝わってくる。
選手たちはみんな人生を賭けている。
パン職人としてのキャリア、誇りをすべてこの日のために注ぎ込んでいる。
勝負に負けることは、自分に負けることだ。
そう思い詰めた人間だけが放つ極限の緊張感が充満しているのだ。

「真剣勝負。
自分のすべてを賭けられる場があるって、すごく幸せなことです。
あんなに凝縮できる場ない。
個人店の代表のつもりでやってますね。
成瀬さんが切り開いた道なので、広げていきたい。
広げなきゃ、せっかく通した穴がふさがってきている。
個人店は最初っからどうせ無理でしょ、って空気がある。
それがさびしい。
最初からあきらめるのはいやです。
審査員の方にも好みがあるでしょうし、他の選手と競ってるようなレベルでは駄目。
圧倒的に抜けるものを作らないと。
自分が不利だと思っていたら、勝てる勝負も勝てない。
大事なことは環境のせいにしないこと、言い訳をしないこと。
やってる本人が納得してないので、終わったときうちの娘も『なんで?』って言った。
でも、娘には言いました。
『そうじゃないよ。
自分の力が100%出せたなら、抜けてるはずだから。
それはお父さんが足りなかったからだよ』
断トツで抜けない限りは無理ですよね。
成瀬さんには『よかったよ』って言ってもらった。
それがすごくうれしかった」

審査員としてあの場にいた師の一言は、暗闇の中で明かりが灯ったように感じられただろう。
選手だけがわかる手応え。
審査結果とは別に、相良さんの基準で勝ち負けはついているのかもしれなかった。
それを漏らすこともないし、言い訳もしない。
相良さんは潔い人なのである。

「田舎だからできないって、言い訳をする人が多いんですよね。
うちだけじゃなく、どこの地方もそうだと思う。
地方だからフランスパンが売れないってみんないうけど、トランブルーを見たとき、そうじゃないって確信ました。
お客さんがお金を出して買うような、おいしいパンが作れてないというだけ。
言い訳したら可能性の扉は閉じられる」

師を見てしまった限り、「地方だから」は言い訳にできない。
それが相良さんをどれだけ強くしていることか。
田主丸で努力して人気店を作り上げた自信。
それを糧に世界一へのチャレンジをつづける。

「壁とか扉っていくつもあるけど、いま経験してるクープ・デュ・モンドって、でっかくて重い扉。
その先の景色を見たい。
その欲求だけで動いてます。
この扉が開いたらもっと楽しくなる。
もっと苦しくて、だからこそもっと楽しくなる。
いまだってこんだけ楽しいんですから。
本当にパン作ってて、毎日楽しい。
こんないい仕事はない」

クープ・デュ・モンドに挑むのは、技術に加え、体力、気力が必要だという。
アスリートと同じく、年齢的なピークがある。
時間は限られている。

「毎朝考えてる。
次は大丈夫かな、って。
朝はやる気になるけど、次回の予選がある3年後はどうなんだって不安がある。
それでもチャレンジすることで、得られるものがすごく多くて。
パンの見方というか、見る精度がまったくちがう。
普通に見るか、顕微鏡で見るか、ぐらいのちがい。
いつもとなにがちがうか、なんでこうなったのか。
探るのに必死です」

「1000個のうちの1個」。
そう相良さんは言った。
相良さんの目指すパンは1000個作ったうちのやっと1個が到達できるクオリティなのだと。
それを500分の1、100分の1へと精度を一歩一歩磨く。
大会でそのパンが作れたなら、他の選手たちに影をも踏ませず予選を勝ち抜くことができる。
どんな片田舎にいても、意識を高く持って、精進を怠らなければ世界レベルのパンは作れるのだ。
相良さんは日々の仕事でそのことを証明しようとする。

バゲット
ぱりぱりと割れる皮の軽やかさ。
その音はまるでガラスが割れるような。
粉々に散って白い中身にふりかかって、おいしさを倍加させる。
中身も軽く、そして舌をやさしく撫でる。
気泡の膜が薄く薄く広がっていることが、察しがつく。
それほどに唾液が滲み、たやすく口溶ける。
だから、このバゲットの甘さにはあまりに重さがないのだ。

バゲットに限らず、どのパンも焼き色は浅め。
そして食べ口は軽やか。
硬いパン、重いパンに慣れていない人にも食べやすく、地方という立地にうってつけである。

「クープ・デュ・モンドに出ることで学べたことはすごく多くて、感謝しかないです。
たとえば、僕、ハード系が苦手だったんです。
フランスパンに納得できなくて、丸ごと処分したこともあった。
苦手意識がある分、勉強しました。
バゲットも最初はもっと焼き込んでいました。
意味なく色をつけてたんですが、メイラード臭(焦げに近い香り)ばかりで、うまみがなかった。
甘みも、風味も引き出せていなかった。
バゲットって穀物の甘み、香ばしさ。
5年前から、バゲットおいしいなって思えるようになった」

メイラード臭=皮の焼き焦げた香り。
たしかに、強く焼けば強い風味にはなるけれど、淡い、ほのかな小麦の風味は飛んでいってしまう。
それを意識しているからこそ、焼きすぎない。
相良さんは基本を大事にする。

「配合じゃなくて、製法とかタイミングでおいしくする。
変わった粉ではなく、バゲットには、日清製粉のリスドオル(もっともオーソドックスなフランスパン専用粉)にグリストミル(日本製粉の石臼挽き粉)を少しだけ使っています。
いまはみんないろんな粉を使いすぎていると思います。
基本の3時間発酵、そこで甘みを引き出してパンを作れないと、オリジナルのブレンドに進めない。
小麦粉のポテンシャルを引き出せない。
3時間でどれだけ甘みを引き出せるかをやり込んだほうがいい。
ストレート法(基本となる製法)をやってると、他の製法も見えてくる。
骨格、ベースとなるもの。
たとえば、小麦粉の灰分を上げたからミキシングはこうしなくちゃいけない、ということもわかりやすくなる」

パン・トラディショネル(フランスパン)の基本製法であるストレート法3時間。
製法としてただ優れているのみならず、隠れたメリットもある。
方程式の変数が多すぎると解にたどりつけない。
まず基本を固め、それから粉を変え、発酵時間を変え、と変数に進まなければ、見失ってしまう。

「メロンパンの成形も苦手でした。
どうしても生地が切れちゃう。
なんでビスケット生地とパン生地を重ねて丸めるのかな。
それがなければきれいに上がるのにって。
生地だけ丸めて、ビス生地はシーター(生地を伸ばす機械)で伸ばしてから、くっつける。
そうすると、ダメージがないので、上に伸びるし、ビス生地はかりっとする。
苦手意識からそういう作り方になりました」
いまではこの店の名物商品になったという。

メロンパン
ビス生地の薄さ、菓子パン生地のふわふわぶり。
ゆえにひたすら軽やかに。
ビスケットは薄さゆえ小気味よく割れ、パン生地はふわふわゆえ味わいも軽く、舌触りはふさふさ。
メロンパンの常に似ず、もさっとしない。
1個を1個と感じないほどすいすい食べられる。

クロワッサンの軽さにも瞠目させられた。
バターはべとつかず、かつ香りは軽快に広がる。
皮は繊細で、中身はやさしい。
世界を狙うだけのクロワッサンだと思った。

「クロワッサンも、あらゆるところに気は使うんですけど、いちばんはタイミングですね。
生地の冷え具合と伸ばすタイミングでバターと生地の伸び方がちがう。
冷えてないのに伸ばすと、バターと生地が混ざっちゃう。
でも、冷やしすぎると、バターが伸びない。
その加減がむずかしい」

都会でも、立地条件がいい場所でもなく、生まれ育った故郷で勝負する。
田主丸への思い入れは深い。

「自分たちの売る商品は自分の手でやっていきたい。
ここらへんは果樹園が多いところ。
農家さんと直接やりとりして、形が悪いとか、傷みがあるものを使うことができる。
忙しいですけど、キウイを自分でドライに加工して使ったり。
そういう商品って遠方からのお客さんに受けがいいんですよ。
こんなところなんで、お客さんにはわざわざきてもらうことになる。
だから、自分のハードルは高く持ちたい。
うちの店に少しでも多くの人にきてもらって、うちから、いろんなお店やフルーツ産業に行くような形が作れれば。
それが町への恩返しになる」

地産地消、地域に消費者を呼び込み、地域でお金を循環させる。
それが町おこしになる。
世界を見据え、地元から目をそらさず。
パン職人はこんなに大きいことができる。(池田浩明)

シェ・サガラ
福岡県久留米市田主丸町益生田873−12
0943-73-3680
8:00〜18:00(火曜・第2水曜休み)


『パンの漫画』発刊記念イベント 堀道広×池田浩明 パン屋さんと友だちになろう! 
ゲスト 吉田稔(吉田ベーカリー) シンボユカ(シンボパン)

JUGEMテーマ:美味しいパン
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