パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
タロー屋(北浦和)
199軒目(東京の200軒を巡る冒険)

季節を焼くパン屋。
橋口太郎さんはいろんな植物から酵母を採取し、それを元にパンを焼く。
花、果実、葉っぱ、野菜。
それぞれの植物にはそれぞれの香りと発酵の性質があって、四季折々にさまざまなパンとなって店に並ぶ。

酵母を起こしはじめたきっかけはこのようなものだ。
「元々はデザインの仕事をしていました。
ウエダ家の上田君(パン教室COBOの主宰者)がデザイン予備校の同級生。
発足当時のCOBOの活動に参加させてもらった。
『その辺から木の実を取ってきて、ビンに水といっしょに入れ、ふたすれば発酵する。
パンも作れるんだよ』
こんな世界があったんだと、衝撃を受けました。
フルーツの色彩はきれいだし、活性化した菌がガスのしぶきをあげてる。
目に見えないけど生命感が感じられた。
それが楽しくて、家の床に酵母の瓶をびっしり置いて、生活してたことがありました」

酵母を起こしはじめた橋口さんに起こったよろこばしい変化。
それは世界を見、季節を感じとるための新しい視点を与えた。
身の回りに、それまで見過ごしていたたくさんの自然を発見するようになった。

「このあたりの環境を見返してみると、果物が実る木がいろいろある。
いろいろやってるうちに、ものすごく元気な(発酵力のある)酵母ができたり。
発酵すると、(素材自体の)香りもまろやかになります
実家の母屋は薮みたいな庭ですが、ザクロ、柿、そんなものをいっぱい発酵させました。
植物採集が好きな子供でした。
酵母を起こすうちに、当時の感覚が呼び覚まされてきて。
『あの花は食べられる』とか、そんな知識を手がかりに、果物や花を採集していく。
近くの親戚のゆずも取らせてもらったり。
昨年のシュトーレンはそのゆずで作りました。
ピールを作って、酵母を作って」

身近にありすぎて気づかないけれど、どんな植物もそれ自体香りを持つ。
橋口さんの方法はそれを「可視化」し、パンに乗り移らせることで、食べ物として体に取り入れることを可能にする。
たとえば、桜は見た目にうつくしいけれど、香りもまたうつくしい。

「桜の季節には、八重桜の若葉をつませてもらって、酵母を起こしたり。
桜って、花より葉っぱのほうが香りがあるんですよ。
芽吹きたての若葉は香りがいい。
花はとれる時期が(年ごとに)2、3週間もずれるんです。
『八重桜酵母のパン、そろそろ出るんですか』と訊かれてもお答えできなくて。
八重桜はソメイヨシノよりずっと後に咲く。
葉っぱを取らせてもらうのも4月中旬以降。
ときには5月の連休以降になったり」

どんな花がいつ咲くのか。
誰にも知ることができない季節の巡りにパン作りは翻弄されるけれど、橋口さんはむしろそれを肯定する。

「毎年同じパンができるかもわからない。
(予定していた)素材がとれたらほっとするし、ありがたいと思うし、酵母が湧いたときは毎年感動します」

(左から桜の葉、きんもくせい、りんご)

橋口さんは、瓶の中に浸かっている花や葉っぱを作業台の上に並べ、見せてくれた。

「バラ、桜、きんもくせい、ラベンダーの花。
お花は瓶の中で浮遊するんです。
酵母を眺めているのもすごく楽しい」

橋口さんがおもしろいものを見せてくれた。
これら休眠中の酵母の瓶のふたを開け、ひとすくいの砂糖を投入する。
すると、彼らはふたたび息を吹き返し、しゅわしゅわと泡を立てる。

「活きてるな。
久しぶりにガスも出てるし」

橋口さんの呼びかけに応じ、息をする酵母たち。
まぎれもなく生命。
パンを作るとは、つまり生命と対峙することに他ならない。
橋口さんが見せたかったのはそのことだったのだろう。

別の瓶を取りだし、ふたを開ける。
まるでコーラの瓶を振ったみたいに、口からあふれださんばかり元気に泡を吹き出す。

「これぐらいでパンを仕込むようにしています。
酵母が元気かどうかでパンの上がりが変わってくる。
今日は発酵がよかったです。
ミキシングは昨日のお昼すぎ、今日の朝6時に焼きあがりました。
発酵のコンディションがよかったです。
昨日までは(自分が)冬モードになりきれてなくて、『あんなふうにしなきゃよかったな』とか、後から思ったりしてました」

取材時、2014年12月11日。
やっと本格的な寒さが訪れだした頃。
発酵は季節ごとに変わるという言葉は、特に種を自家培養するパン職人からよく聞かれる。
秋と冬とで、酵母の振舞いかたは変わる。
それをキャッチし、夜通し仕事をつづけながら発酵時間や温度を巧みに調節して、自分の望む方向へ発酵を導く。
自らの感性を開いて生命と対峙するのだ。

この日、焼きあげたパンを手に、橋口さんは各酵母について説明する。
「レモン酵母は、このへんの庭から分けてもらったのを使用しています。
レモンといっても大きくて、園芸種のインドレモン。
皮がすごく厚いんですけど、苦みがちょっと出て、それがよかった。
はるゆたかブレンド、石臼挽全粒粉(ともに江別製粉)を使っています。
酵母が変わると、生地感が変わるので、粉の配合を変えて骨格を変えないと、危ないかなと思いました」

レモン酵母のノアレザン
風味の透明度が高い。
自然発酵種のパンに独特の熟成感をあえて排除し、素材がマスキングされないようにしていることがタロー屋のパンの特徴なのである。
そのために、口溶けの小麦感が生々しい。
私はこのレーズンをみかんのドライを食べているかのように誤解しながら食べた。
それほど、レモン酵母とレーズンが重なって作りだされる甘さは、かわいらしく、好ましいものに思える。
甘さとフレッシュさ、そして後味に柑橘系の香りとわずかな苦みを残す。

どのようなパンにすれば酵母液のもつ香りが活きるのか。
その酵母がどれぐらいの発酵力を持つのか。
香りと発酵力を頭の中でかけ算し、できあがりをイメージしながらパンを作る

「酵母の種類によって生地色も変わりますし。
うちの畑でとれたラズベリーを酵母にしてパンを作ると、ピンクがかった色になる。
(ラズベリー酵母の香りは)ドライフルーツとぶつけても負けないな。
フリュイ(ドライフルーツのパン)をラベンダーで焼くとすごく相性がよかった。
今年いちばんの発見でした。
はじめはラベンダーの酵母でパンができるだけでうれしいから、シンプルに作ってました。
でも、香りが強すぎて、問題作になっちゃう。
はちみつと合わせたり、ベリーを利用して、中和しながら、食べ物としておいしくしていく。
昔は稚拙でした。
酵母の香りを伝えたいということばかり前に出ちゃって。
そういうところだけじゃだめなんだな、食べ物としてよくしていかなきゃ。
だんだんそれがわかってきました」

この日、フリュイはラベンダーに変わって、バラ酵母となっていた。
バラの香りがたしかに香って、散りばめられたドライフルーツたちが、それぞれの甘さを発している。
それはまるで、弦楽器のハーモニーがブーケのように鳴り響く中を、ピアノの音色がぽろぽろと明るくこぼれ落ちる音を思わせた。
音楽的でもあり、絵画的でもあるようなマリアージュなのだ。

橋口さんがパンを買いにきた客と会話をしている。
聞けば、この日店頭に出ていたバラ酵母のパンは、その人の育てたバラを使って作られたものだという。

「たまたま常連のお客さんが、薬かけしてないバラの花をもってきてくれました。
そういうときは、パンでお返しする。
そうやってコミュニケーションをとらせていただいています。
プロの農家さんが作るものはもちろんすばらしいですが、庭になってた果物は農薬もかけないので安心安全。
ほったらかされてる分、野性味が強いし、形がおかしくてもパンにすれば関係ないですから。
消費社会だと、ものを買ってきて、それを元に生みだすのが基本。
でも酵母は、そこらへんに生っているものをもぎとってきて起こせる。
ちょっとだけですけど、自立できてる感覚。
そういういろいろな発見があって、はまっちゃった」

私たちが決して逃れることのできない、資本主義という桎梏。
橋口さんの方法は、そこからほんの少しだけ自由になることを可能にする。
生硬な反資本主義論を振りかざすより、その反逆はずっとうつくしい。

「散歩しながら、よそさまの庭を覗いちゃう。
畑で育てているもの、近所のいただきものを含め、半分以上の酵母は近所でまかなうことができてます。
カリン、ゆず、秋生りのラズベリーはそうですね。
りんごの酵母には畑でできる春菊を練りこんでいますし。
小さいときから食べることが好きで、おいしさの探究心みたいなものが芽生えた」

りんご酵母と畑の春菊、有機黒ゴマのブール
春菊の香りを和のハーブとして嗅ぐ。
それはすーっと香り深まってすがすがしくなっていく。
りんごの酸味が若干の甘さをともなってやわらかく訪れる。
たっぷりの黒ゴマは香りとして訪れ、やがて噛むうちに油となって、春菊の苦味を甘さに変えていく。
中身はしゃきしゃきとみずみずしく、薄い皮はそれを邪魔することがない。 

酵母にすること念頭に置くと、自然を見ることがそのまま食べることになる。
酵母の香りと具材の風味をいかにマリアージュさせるかに、橋口さんはいつも関心を寄せる。

「既成の味の再現は、すでに見えてるから、あまり惹きつけられないんです。
あとから考えると、酵母と具材が両方ともバラ科同士だから合ったんだな、とか思うことがある。
アカシエ(タロー屋と同じくさいたま市にある名パティスリー)のシェフも『品種をたどっていくとカップリング成立するんだよ』とおっしゃってて。
レシピを考えるときは、酵母が起きてからどんなパンにするか考える、という作り方。
逆にいうと、それしかできない。
不器用だけど、それが自分らしさならば、つづけていけばなにか生まれるんじゃないか」

橋口さんはパンを作りはじめたとき、自らのやり方で極めようとした。
それが、タロー屋のあり方を独自のものとした。

「最初はわからないことばっかりでした。
パン教室は行かず、あえて自分の力で(パンを作ってきた)。
ロブションのガラスにずっとへばりついて、パンを作るところを見てたこともありましたね。
見てわかることもいっぱいあるんで。
バゲットの成形を必死になって見ました。
タルティーンベーカリー(サンフランシスコの名店)の窯入れするシーンも(インターネットで見たら)自分の店といっしょで、安心したり。
作るものは同じパンだから、突き詰めるとみんな近いところに行くのかな」

このあたりは、住宅の庭や校庭や寺社の敷地に緑があったり、取り残されたような畑が点在する。
大自然ではなく、小自然。
駅からタロー屋へはたしかに遠いけれど、その道のりを歩くと小さな自然を発見することができる。
私たちはごく身近にそうしたものを持ちながら取り逃がし、自然との関わりを自ら絶ってはいないだろか。
橋口さんの仕事とはそうした回路を取り戻し、自然へと私たちを導いてくれる。

「ひところは街の中の物件も探したことがありました。
こんなところ(駅から遠く離れた立地)でやること自体が無茶すぎる。
ここを選んだのは金額的なこともありますけど、街の中を行き交う人の流れ方がこのパンに合わなかった。
それに、こっちには酵母の元がいっぱい生っていますし。
その中でやらない手はない。
ちょうど開店したのが、インターネットが広まった時期。
ネット通販と卸でできないか(と考えた)。
それが、8年前」

価値あるものは、黙っていても人に存在を気づかせ、作り手はそれを生業にすることができる。
橋口さんはまず近所の人たちにパン屋として迎え入れられたのだ。

「作ったパンを窓辺に置いてた。
それを見た人に、『このパンどうやって買えるの?』と訊かれるようになりました。
決め手は中学生の手紙。
ちょうど中学の通学路にあたっていて、『パン屋さんいつできるんですか?』と手紙が毎日入っていた。
『バナナの叩き売り』(自宅の入口にテーブルを置いてパンを売ること)がはじまって。
びっくりなことにお客さんがきてくれる。
最初、近所の人だったのが、そのうち東京からもきてくれたり」

週に2日しか店は開かない。
すべてのパンが自然発酵種のみを使用して作られるために、長い発酵時間を必要とするからである。
対面販売を採用しているため、行列ができることはしばしば。
でも、列に並んでいる人は前の人をせかすこともなく、穏やかに並んでいる。
自分の番がきたら、販売を担当する橋口さんの奥さんらと会話し、買物を楽しむ。
この店ではゆっくりと時間が流れるようだ。
季節が巡るのを待ち、発酵を待ってパンを作る姿勢が、気配として人に伝わっていくのだろう。

「販売するときにも自然な会話があり、ついついお客さんと話し込んだりするんです。
いちばんうれしいのは、パンを媒介に人とつながれること。
パンがなかったら誰とも話せなかったかもしれない。
パンというか、(酵母の瓶を指差しながら)こいつのおかげで。
やりたいことやって人とつながれるのすごくうれしい。
やりたいことつづけるのも、いまの世の中むずかしいですし」

タロー屋の庭にある畑を見せてもらう。
それは、店の前で交通整理をしながらいつも笑顔で挨拶をしてくれる、橋口さんのお父さんが丹精を込めた作物だ。

(ついでにいうならば、日替わりの「おしながき」を丹念に書き留めた黒板も、美術教師だったお父さんの仕事である。)

春菊、ルッコラ、木いちご、ローズマリー。
酵母の元となり、パンに練りこむ具材になるそれらの作物は、橋口さんがパンを作る上でのインスピレーションのもとである。
と同時に、橋口さんにとってそれ以上のものではないかと思った。
生命を感じ、それによって自分がいま生きていることを実感する手がかりのようなものなのではと。

ふと橋口さんが指差した方向に、大きなケヤキが立っていた。
透き通った冬空を差してそびえ立つその様子は堂々として、神々しいといってもいいうつくしさがある。
なのに、私は橋口さんに導かれるまで、その存在を意識することはなかった。
いま、この木は切り倒されそうになっているのだと、橋口さんは残念がる。
巨木の価値が理解されない。
あまりにも私たちは、身近にある自然に対して盲目なのだ。
目を開けば、そこにきっとなにかがあるのに。(池田浩明)

京浜東北線 北浦和駅
048-886-0910
10:00〜売切れまで(木曜土曜営業)
予約方法はHPで確認。


200(JR京浜東北線) comments(0) trackbacks(0)
トースト(山手)
178軒目(東京の200軒を巡る冒険)

元町から異人館のある丘を越えると、横浜・本郷町に至る。
ここには、赤レンガ倉庫やみなとみらいのようなよそ行きの横浜ではなく、素の横浜の雰囲気がある。
チェーン店や団地ではなく、個人店や個人宅が隣り合う、下町の気配なのだ。

鈴木清文さんは、アフタヌーンティーで、商品の企画や、店舗の立ち上げを行っていた。
「もともと東京でしたが、横浜が好きだったので、家内と結婚してから移り住みました。
東京のスピード感についていけないところもあって。
横浜は緑と都会が混じり合っている」

赤いレンガの外壁。
内装には木の浮き彫りが壁面を覆う、古いイギリスのスタイル。
イギリスというこの店のテーマも横浜にとても合っている。
日本の食パンは、元町のウチキベーカリーが発祥でもある。

「おじがイギリス人。
おばがイギリス人と結婚して、ウェールズに住んでいます。
何度も遊びに行ってて、いろんなことを教わりました。
パンも、文化も。
もともとケーキ屋、パン屋だったので、会社から独立しようと思ったとき、イギリスをテーマにして、そういった業種で店を開こうと考えました。
元々、イギリスのパンが日本で最初に入ってきたのは、この横浜。
場所的にも、地域密着の店になるだろうと思い、食パンをメインにし、個性を出していけたらと」

売り場のすぐそばでパンは作られる。
作り手と会話をしながらパンが買えるのは、得難い機会だと思う。

「表から見たときに、食パンでインパクトがあるように。
日によって増減はありますが、12、3種類を置いています」

ガラス越しに見える、たくさんの食パンがこの店の目印。
真四角の断面、見た目にもわかるほどかりっかりに焼けていることも、古き良きイギリスを思わせる。
そして、単なるアイキャッチではなく、クオリティそのものも客を呼ぶに値する。

プルマン(320円)
型にふたをして焼いた山型食パンを、アメリカの客車の形に見立ててプルマンと呼ぶ。
焼きムラの少ないうつくしい皮の色合いがおいしさを保証しているように見える。
この皮は引きちぎらなくてもがさがさっとすばらしい感触を残して勝手に崩れ去る。
それなのに中身はやわらかで、スポンジケーキに似た感触でわさっと軽く歯切れる。
この歯切れはトーストしてさらにさくさくを増すだろう。
とともに、ブラウンの甘さが視界を覆いつくし、心地よく後を引く。
火通りのよさのせいなのか、スモーキーな香りが、甘さをブラウンにする。
そして、しゅわっとした小気味いい口溶けとともに、ミルクの味わいがそこはかとないほとばしる。

「日本人に向けて、多少アレンジはしてますが、基本配合はイギリスと同じ。
材料も水もちがうので、まったく同じものはできませんが。
プルマンには、ヨーロッパの牛であるジャージー乳の生クリームを使って、しっとり感やコクを出しています。
生地を一晩熟成させています。
食パンといえば、日本では中種法がよく使われていて、前日に作った中種を、当日の本捏ねで、他の材料と合わせる。
でも、イギリスではストレート法(当日にすべての材料を混ぜ合わせる)。
ストレート法だと、時間が経つと、けっこうぱさぱさになる。
ストレートのいいところと、中種法のいいところをとって、低温発酵で18時間熟成させています」

焼き色のうつくしさや、独特の食感は、コンベクションオーブン(ファンで庫内の温度を一定に保つ)が寄与しているだろう。
「この店にはコンベクションオーブンしかないんですよ。
そのいいところを利用しています。
いままで勤めていた職場環境が、コンベクションしかなかった。
コンベクションでもパンはできますよ、ということを発信していきたいんで。
平窯じゃないとできないと職人さんは思っていますが」

日本で意外と知られていない、イギリスのパン事情について、教えてくれた。

「イングリッシュブレックファーストという言葉もあるように、パンとベーコン、卵が主体ですね。
あとは、紅茶にミルクを入れて飲むのがスタイル。
食パンを本当に薄くスライスする。
サンドイッチ用、10枚切りぐらいに。
それをトーストしてバターをたっぷり塗って食べる。
ヨーロッパはだいたいそうですね。
だから、トーストしておいしいパンを作りたかった。
かりっかりになるまで焼いて。
バターが滲みこむぐらいに」

「バターをたくさんつけるのは、オールドスタイル。
若い人はバターをあまりつけない。
日本といっしょです。
マックやスタバで食事をする。
お茶はスコーンといっしょに。
でも、ハイティーをやってる人はほとどいない。
昔は12時から3時まで昼休みだったそうですが、いまはそういう生活習慣がなくなりました」

イギリスやアイルランドでは、パンを買ってくるよりも、ベーキングパウダーを使ってパンを自作する習慣がある。
「クイックブレッド(ソーダブレッド)は、お母さんが作る家庭のおやつです。
食事用に作る塩味のクイックブレッドもあります。
スパイスをいっぱい入れたジンジャーのものがあったり。
発酵させるのではなく、ベーキングパウダーを入れています。
日本でいう蒸しパンと同じ。
重曹なので、香りが似てますよね。
うちのは、ブラウンシュガーを使っているので、その香りもあります」

手早く作るパンだからクイックブレッド。
イギリス同様の、この呼び名をつけているパン屋はめずらしい。

チョコとココナッツのクイックブレッド(200円)
そこはかとなく漂うベーキングパウダーの香りがなつかしい。
周囲はスコーンの外側のようにかりかりしている。
ねとっとした中身に甘さはほのかで、チョコレートの甘さを吸い込んで、まだらに甘くなって、両者は心地よさとともに強く結びつく。
じゃりじゃりとココナッツの小片を噛む。
ねっとりと、ねっちりと。
チョコなのか、生地なのか、わからなくなるほど、溶けてしたたる甘さ。

トーストは、本国でも忘れられようとしている、郷土色豊かなパンを発掘している。

「パースバンズはイギリスのパース地方のパン。
いまはそんなに作られていないのですが、その叔父さんから聞きました」

パースバンズ(280円)
シナモンロールだが、こんなふうにホールで大きく焼いたものは見たことがない。
軽やかだがむちっとして、舌にからまりながら、さっとクリーミーに溶けていく。
と同時にアイシングが愉楽をともなって生地にとろけ落ちる。
甘さはそれほどでもないが、シナモンの香りが濃厚に吹きすさんだかと思えば、レーズンに滲みこんだお酒のせいなのか、フルーティ方向へと快く振れる。

パースバンズこそむちっとしていたが、この店の商品は一言でいえば、さっくり命である。
食パンも、カレーパンのような惣菜パンも、スイーツ系も、わさっといっぺんに歯切れて、食べやすい。
光速の歯切れ、その快楽を信条とするかのように。
これがイギリスなのだ。
バゲットのような、硬く、引きが強く、食べにくいパンの国フランスと、食パンの国イギリスと。
ドーバー海峡を超えただけで、なんと異なることか。
日本のパンは、もともと、ここ横浜居留地のイギリス人がもたらした食パンのようなパンから広まっていった。
だが、ルーツはいまや忘れ去られ、本格的なパンの紹介といえば、フランスに偏重している。
イギリス、この知っているようで知らない国のパンを、もっと食べたい。


JR根岸線 山手駅
045-263-8264
山手駅下車徒歩14分
10:00〜18:00
水曜休み

#178
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ロワンモンターニュ(王子)
130軒目(東京の200軒を巡る冒険)

この店は誰もが気さくに入れる地元密着のベーカリーである。
「食べづらい」とよくいわれる、天然酵母・国産小麦のパン屋に、お年寄りから、サラリーマン、主婦まで、ご近所の幅広い客層が詰めかけている。
ハード系も、食パンも、あんぱん、カレーパン、デニッシュも。
どれも、イーストとまったく遜色なく、食べやすい。

ごった返す昼時の店内で、丁寧にひとりひとりの客に挨拶をする遠山広シェフの姿があった。
たくさんの従業員を率いる老練のシェフが、自ら品出しをし、率先して「いらっしゃいませ」と声を出し、厨房に戻ってはすばらしい速度と確実さで成形をこなしていた。

「ここは私の地元なんですね。
自分の技術を地元の方に、ちっちゃいお子さんにも食べていただく。
安心・安全、おいしいものでなくちゃ。
よく有名な料理人の方が『愛情をこめて』とおっしゃる。
そういう考え方でけっこうだと思います。
添加物は使わず、異物混入ないかどうかも、細かいところまで神経を使って。
自分の子供だと思ったらそういうの食べさせられないじゃないですか」

「うちの仕事はホテルスタイルです」
と遠山シェフは胸を張った。
ロシアから招かれ、帝国ホテルに最初のベーカリー部を作ったイワン・サゴヤン。
その弟子で、ホテルパンの父と呼ばれた福田元吉。
福田門下のパン職人がシェフを務めていた、ルノートルなどで修行を積んだ遠山シェフは、イワン・サゴヤン以来の伝統を受け継いでいる。

「ホテル系統かどうかは仕事でわかります。
ストレート法、押し丸めの仕方。
普通は丸めるとき手前に引いてくるでしょ。
ホテル系統では押して丸める」
押すか、引くか、これはひとつの例にすぎない。
受け継がれた仕事の流儀は、有形無形問わず、あらゆる影響を与えるだろう。

白神(280円)
まっすぐなパンだった。
塩と水と国産小麦と酵母。
白神こだま酵母がほんのりと野性を漂わせながら、やさしく香る。
小麦味はじわりじわりと忍び寄ってくる。
いまくるかいまくるかと思うと、もうそこにいる。
おだやかだが、きらっと光る。
ごはんを口にしたとき、淡い甘さが、噛んでいるうちに思わぬ甘さを獲得しているのによく似ていた。
皮はぱりっと薄く、しなやか。
微妙に引きのない、ふわふわの中身。
なにもかもが急ぎすぎず、日常に寄り添っている。
いくらでも強く、濃くできるものを、あえておだやかなものに抑制している。
そういうやさしさがこのパンにはある。

伝統的なストレート法による、みずみずしく、軽やかな味わいこそ、ホテルスタイルの仕事の特徴ではないだろうか。
ロワンモンターニュと同じくJPB(福田門下の集い)に属する、明石克彦シェフのベッカライ・ブロートハイムなどの名店とも共通している。

「いまのパン屋さんはパンをおいしくしすぎている。
みなさん技術が上がっている。
いまのお店は、液体のサワー種を使って、ぶどうから起こした種を入れて、イーストも入れる。
複合的な味はそれはそれでいいと思います。
私は、パンは味が濃くなくていいな。
ナチュラルな発酵でいい。
他のもの、おかずなどといっしょに召し上がっていただいても、パンが味を邪魔しないような」

2001年のオープンから白神こだま酵母と国産小麦にこだわる。
食事パンでも、菓子パンでも、どのパンを食べても、国産小麦の味わいをしっかりと、まったりと感じる。
癖のない白神こだま酵母によって、決してあざとくなく、まっすぐに、国産小麦のやさしさが引き出されている。

「天然酵母にも、フルーツから起こす種や、ホシノ酵母、あこ酵母、いろいろある。
その中から自分の製法にあったものを選びました。
天然酵母のイメージといえば、硬くて、重くて、すっぱくて。
それじゃ商売としてむずかしい。
白神こだま酵母は、華やかで甘い香りがあって、皮も薄くて、数日間おいしく召し上がっていただける。
しっとりと、やわらかく焼ける。
日本人の味覚はそういうものを好むんですね」

白神こだま酵母は、秋田県の白神山地で小玉健吉博士によって採取された酵母菌を元にしている。
さまざまな長所のひとつは、トレハロースを普通の酵母の5、6倍も作ること。
トレハロースは甘味料として使われるように甘く、化粧品として使われるように保湿効果がある。
だから、ほんのりと甘く、しっとりしたパンが焼ける。
いつまでも食べ飽きることのない、炊きたてのごはんの味わいは、遠山シェフが目指すところのものだ。
国産小麦と白神こだま酵母の組み合わせは、その理想に限りなく近づけてくれる。

「国内産小麦は外麦に比べてグルテンが少なく、でんぷんが多い。
でんぷんが多いともっちり感が強い。
これも日本人好みなんですね。
ライ麦も北海道産はすごく食べやすいし、すべて国産のものは、チーズでもワインでもコクがないでしょ。
日本人のDNAに訴えかけるのかな。
炊いたごはんの感覚好きなのかな。
炊飯器あけたときの、いい香り、いいつや。
なんか食べたくなる。
麻薬みたいに。
国産小麦のパンを毎日食べるのは小さな贅沢。
米だとこしひかり100%にみなさんこだわるのに、なぜパンは外麦でも気にしないんだろう」

グルテンが少ないとパンがふくらみにくいので、ふわふわのパンを作ろうと思えば国産小麦はマイナスである。
だが、白神こだま酵母の発酵力はそれを見事に補う。
遠山シェフは売り場から食パンを持ってきて両手でそれをはさみ、あらん限りの力で押しつぶした。
角食パンは厚切り1枚分ぐらいまで薄くなったが、手を離すとむくむくとふくらみ、完全に元に戻った。

「タンパク量が少ない日本の粉を使っているのに、潰しても戻っちゃう。
研究者の人とお話ししたとき、グルテンは鉄筋で、でんぷんはコンクリートだと。
白神こだま酵母で作ると、グルテンのネットワークがきれいにできて、酵母のガスが保たれる。
その隙間にでんぷんのコンクリートがしっかりと入っているから、鉄筋コンクリートのように強いんですね」

カレーパン(キーマカレー)(170円)
「白神こだま酵母だと生地を揚げても油が滲みこまないんですよ」
遠山シェフの言う通りだった。
カレーパンの、あの厚めの生地の本当の意味が、このパンを食べてわかった。
油に触れた表面だけ強く焼かれ油が滲みて、小麦の味わいがマックスに引き出される。
一方、その数ミリ内側の白い部分は、おっとりと純粋な、白い小麦の味わいをうつくしく保って、かりかりの皮と、もちもちの中身が鮮明なコントラストを描く。
…実は、そんなことをじっくり味わっている余裕はない。
スパイスは爽快に、舌一面をぴりぴりさわさわと刺激し、肉の旨味とコクは怒濤のように襲う。
カレーが溶けたあと、図ったように訪れるひときわ強い甘さによって辛さは一挙に癒される。

運命の石(160円)
おいしい小麦でパンやお菓子を焼くよろこびがこのスコーンには満ちあふれている。
甘さが刺さない。
向こうが透けて見えるような薄布を宙へ放り投げたように、ふわりふわりと舌の上へ落下してくる。
粉の粒が崩れ、微細な粒へ分かれ、じゅわっとやさしい甘さを滲みださせる。
その様がこよなく可憐である。
小麦のあたたかさの中で、ときどきクランベリーの小片が甘酸っぱさを光らせる。
それさえ、はちみつに漬け込まれ、舌を驚かせるところは少しもないのだ。

「口の中でぼろぼろっと崩れるようにスコーンを作ってるんですよ。
粉がすごくいいから。
うちのはみんな、お菓子じゃなくて、おやつね。
パン屋が背伸びしてもしょうがない」

どの菓子パンを食べても甘さがおだやかなのは、花見糖を使用しているせいでもある。
「グラニュー糖みたいに甘さがすかっと切れて、メープルシロップみたいなフルーティな香りがあります」

クロテットクリームというものを教えてくれた(ロワンモンターニュで売っている)。
「あれつけて、スコーン食べると絶対おいしいですよ」
といいながら、食べる瞬間を自分で想像して、相好を崩す。
自分のことを食いしん坊だという遠山シェフはさまざまなおいしいスプレッドも店内に集めている。

食べ歩きが大好きだというだけに、カレーパンのフィリングも、カツサンドのカツも、ホットドッグのウインナーも本当においしい。
おいしいもののこと、小麦のこと、パンのこと。
それを語るときの遠山シェフは本当にうれしそうで、話はいつまでも止まることがない。

パン作りは激務である。
ある年齢に達すると厨房を離れ、経営者に徹する人も多い。
遠山シェフは現場に立ちつづける。

「生地を触るのが好きなんでしょうね。
作る楽しみを忘れてしまうと、お客さまに自分の思いが伝わらない。
感動が伝わらない。
お客さまによろこんでもらうために作っている。
『おいちゃん、またくるよ』『おいしかったよ』。
そういっていただくのが、いちばんうれしい」

実は、遠山シェフが窯前に立つことはない。
厨房の中で、シェフの立ち位置は常に決まっている。
「麺台(成形などをする場所)が司令塔なんです。
仕込み、窯、ぜんぶ見える。
『これどうなの?』って話がすぐできる。
スタッフ本人は一生懸命でも気がつかないことはあります。
だから、『捏ね上げ温度1度ぐらい上げてね』とか、『丸めを強めにやってね』とか。
やな奴がいるとみんな緊張してやるでしょ(笑)」

熟練した感性は、音を聞いただけで、まるで見ているように生地の状態を把握する。
「ブリオッシュは特に『ミキサーの音を聞け』って言われる。
音の変化で生地の状態がわかる。
最初はやわらかいので生地がミキサーの容器の壁に当たる音がしているけど、そのうち固まってくると中心に集まって、当たる音がしなくなる。
それからまたグルテンができると伸びがよくなって、壁に当たる音がしてくる。
音でどれぐらい捏ねるかの加減がわかります」

ロワンモンターニュのどのパンでも、国産小麦の軽やかで、繊細な風味が絶妙に引き出されている。
だから、遠山シェフの話には大いにうなずけるところがあった。
「オーバーミキシングって外麦(外国産小麦)だとならないですね。
反対に、国産小麦はキャパが狭い。
30秒捏ねすぎても生地の状態が変わる。
うちの子たち、外麦を使ってるパン屋さんなら、鼻歌まじりにできるでしょうね。
国産小麦は水を吸わない。
生地が硬めでもあとでだれる。
それを計算しないといけません。
そば屋みたいなもんです」

そばの味やのどごしは水分量の微妙なちがいで決まる。
それと同じように、繊細な国産小麦は、捏ねる時間も、水分量も、最適な分量の幅が狭い。
だから、細やかな気配りと技術が要求される。
それを毎日、全種類のパンでやってのけることが、ロワンモンターニュの誇りである。(池田浩明)

JR京浜東北線/東京メトロ南北線 王子駅
03-3900-7676
9:30〜18:30
日祝、第2・4土曜休み

#130





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#130
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小春日和(大宮)
107軒目(東京の200軒を巡る冒険)

小春日和に行くときは、いつでも小春日和である。
最初に行ったときは冬で、その日だけは晴れて、あたたかかったので足を延ばしてみたくなったのだった。

2度目に行ったのは残暑が厳しい日だった。
店の前の、コンクリートのタイルの隙間から青々と芽吹いたクローバーに日差しが照りつけるのを、涼やかな店の中から大きなガラス越しに見る気分は、夏ではあってもなんとなく小春日和の幸福感なのだった。

プレーン(180円)
ふにゅうととても素直にやわらかく押し潰れて、皮だけがちぎれない。
やっと歯切れると、たくましくむくむくと元の高さへ戻ってくる。
やわらかさ、しなやかさ、コシの強さを併せ持った、新しい気持ちよさ。
甘さを感じたり、小麦の口溶けを感じたり、という境界線上の加減がちょうどいい。
有機のグラニュー糖を使用しているためか、甘さはやわらかく、透明感がある。
だから、素材の味わいとまったくバッティングしていない。
喉で甘さを感じながら、舌の上では、白くてみずみずしい小麦の味わいが、あふれるばかり豊かに溶けだすのを、同時に感じることができる。

小春日和の幸福を感じるべーグルを作るのはどんな人か。
べーグルのかわいい形や、感覚の新しさから、30代のご夫婦が営んでいると睨んでいたら、そうではなかった。

母と息子、2人のべーグル屋。
「ひとりでやろうと思っていたら、たまたま息子が入ってきまして」
とお母さんの角井良さんはいう。
いかにもおいしいパンを作りそうな、やさしく、静かな人だった。

「すべてとはいきませんが有機の材料を使って、ホシノ天然酵母で作っています。
健康的であれば、買ってくれるかな、と思いまして。
小さいお子さんや、お年寄りの方もいらっしゃるので、菓子パンもご用意しました。
窯が小さいので大型のパンは焼けませんが、小さい食パンだけはご用意しています」

食パン(340円)
おやつのべーグルを買いにきて、翌朝の食パンまで買ってしまう。
べーグル屋らしい食パン。
包丁を入れると、皮はばりばりと小気味いい音を発して割れ、中身にはすっと包丁が通る。
薄いけれどしっかりと焼けた皮に、とてもしっとりの中身。
香りも、味わいも、べーグルの甘さ。
それは甘酒にも似ていて、ふわっと漂う感覚がある。
ちょっと甘いパンで目を覚ましたいときにぴったりの、食パンとしては強めの甘さ。
しかしナチュラルで、素材が活きている。
トーストしたときは、香ばしさと甘さが、対称的に混ざりあって、極めて快い。

「食パンは、基本的にはべーグルとまったく同じ配合です。
ちがうのは水の分量だけ。
べーグルはふくらませないように作らないといけないので、ぎりぎりまで水を控えています」
ベーグル屋でなければ買えない食パンは、小春日和を訪れることに、おまけの楽しみを与えている。

すべてのパンに共通して感じるのは、小麦の口溶けの豊かさ、心地よさ。
舌をおだやかな甘い液体がひたひたと浸すように感じられる。
べーグル、食パンはもちろん、甘いフィリングの入った菓子パンでさえ、その目覚ましさは歴然としていた。

「粉には絶対の自信があります。
北海道産のを中心に使っています。
特に庄司農場さんのを使わせていただいています。
熱心な方で、パン屋さんをまわって営業をしています。
以前、小春日和はもっと小さな店だったのですが、そんな店にもまわってきてくださった」

「庄司さんが精魂込めて作った粉。
小麦粉に生産者の名前をつけて売るのはむずかしい。
製粉会社でいろんな生産者の小麦と混ぜられてブレンドされてしまうからです。
庄司さんはこだわりがあって、多少お値段高いが、小麦の味わいや香りがちがうんじゃないかと。
キタノカオリという品種です。
いまはあまり作られなくなってきてて、庄司さん以外では、他の品種とブレンドされたのしか流通していません。
すごくいい粉だと思います。
1種類だけだとふくらみが悪いので、ブレンドはしていますが」

コーヒーキャラメル(200円)
コーヒーを混ぜ込んだもちもちの生地の中に、ねっとりとしたキャラメルを隠し持つ。
キャラメルの甘さとコーヒーの苦みの対比、あるいはキャラメルのほろ苦さとコーヒーの苦みの同調。
いくつかのマリアージュが微妙に交錯するゆらめきが、果てしのないような快さにつながる。
やがて、生地は溶け、小麦の味わいがだんだん強まってくると、小麦に対するコーヒー・キャラメルというマリアージュに、俄然焦点が合わさってくる。
もっともっと小麦味は溶け、ついに口全体を覆ってしまう。

それにしても、べーグルとコーヒーとは、なんと合う組み合わせだろう。
いわずもがなのこの感想を何度でも、再確認してみたい。
おだやかな光差す、小春日和のベンチで。(池田浩明)


小春日和
JR京浜東北線/埼京線/高崎線/宇都宮線 大宮駅
東武野田線 北大宮駅
048-648-5614
11:00〜18:00
月・土・日曜休み

#107


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#107
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パン ア ロルジュ(蕨)
81軒目(東京の200軒を巡る冒険)

いくら食べても、パンから教わることはまだある。
パン ア ロルジュのレトロバゲット(250円)を食べて知ったのは、「素材を大事にする」ことの意味だった。
トラディショナルなバゲットは、粉と水と塩、酵母のみから作られる。
これさえ守られていれば、粉や酵母を純粋に味わうことができると思っていた。
おそらくそうであって、しかしそうではない。
「素材を大事にする」やり方に、個性と深さがある。

皮の香ばしさに気品がある。
強く焼きこむ寸前に止められた加減がそれを生んでいるのだろうか。
香ばしさの隙間から皮の甘みが湧きあがって、口中に満ちる。
ぱりっとした皮の下でもっちりした中身が跳ねる。
バゲットなのに、中身にねっちりするほどのうるおいがあるのだ。
むっちりした食感を噛みしめていくと、リュスティックのような生(き)の小麦味が滲みだしてくる。
まぎれもない国産小麦の風味。
皮の香ばしさと、焼きつかない小麦の味わいが同居しているバゲットは、ありそうでなかなかない。

この微妙なバランスを常に維持するのは難しいことだと、稲村有貴シェフはいう。
「国産小麦を使い、甘みを大事にしています。
パンは温度やミキシングで味が変わるものです。
温度設定を大事にしています。
季節によって分量も微妙に異なってきますし。
帰る間際に置いて帰り、一晩熟成させるのですが、気温が高くなると発酵が進むし、温度管理が必要です。
感覚の問題になる。
いままで取ったデータを元に、勘を働かせる。
特に寒暖の激しい時期はむずかしい」

開店して10年。
小さい店だが、ブーランジュリーであることを貫く。
世田谷ならいざ知らず、蕨という土地柄で、それはストイシズムである。
「フランスパンが好きなんですね。
粉と水と塩だけの素朴な味わい。
そこに深みがあると思うんで。
レトロバゲットが1日に1本2本しか売れなかった時代もある。
でも、フランスパンの味を地元のお客さんに知ってもらうことにやりがいがあると思うんで」

「深み」とは指差すこともできなければ、大声で宣伝してまわることもできない。
パン職人にできることは、ベストのパンを手渡すことだけだ。
1日1本しか売れなかったバゲットが、2本になり、3本、4本になり…。
そこに「深み」への共感が町中に静かに広がっていったことの証しを、職人は見て取るのだろう。

パンドミジャポネ(260円)。
「豆乳を使ってるので、国産小麦のほうがいいかなと。
甘みをだしたいというのがあって」
国産小麦約95%使用。
あとの5%は粉のコンディションによるたんぱく量のちがいを外麦で埋めるためのゆとりだと。
甘いと思えた発酵の香りが口の中でブランデーのような深いすっとする香りに変わるのは不思議だった。
同時に滲みだすごくごくまったりな豆乳の甘さ。
ふかふかに感じられる生地が、噛むと舌の上で重量感を増し、ほどよい噛みごたえを生む。
飲みこんだあとの後口の甘さがとてもいい感じ。
焼きこまない浅い色の皮はやわらかく、苦みを発せず、中身の風味を邪魔しない。

メロンパン。
メロンパンに新しい展開がまだあった。
あえて素朴に。
自然な空気感と軽い甘さ。
やさしい発酵の香りが最高の味つけになっている。
メロンパンとしてはしっとりめの生地。
対照的に、ビス生地は硬く、軽く、さくっと。
甘さは控えられ、素材の味わいに意識は向く。
噛みしめるとともに深まっていくのは、砂糖のそれよりもやわらかい、小麦や卵やミルクの甘さ。
素材を信じ、それに賭けていると感じさせられる。(池田浩明)


パン ア ロルジュ(Pain à l'Orge )
JR京浜東北線 蕨駅
048-262-8206
10:00〜20:00
日曜、第3月曜休み

#081



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#081
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ペストリーショップ ラ・モーラ
第1軒目
ホテルのパン屋という幻想がある。
必ずおいしくなければならない。
リッチである。
ふわふわである。
上品である。
日常よりはちょっと高いところにあるけれど、せめてパンぐらいなら背伸びすれば届く。
と思いつつ、上目づかいで見上げるようななにかである。

浦和ロイヤルパインズホテルにあるペストリーショップ ラ・モーラはホテルのパン屋幻想を裏切らない。
すべてのパンが食べやすい。
パンに関する飲み込みづらい点が先回りしてカットされている。
シンプルにひとつの素材の味をだして勝負するという店ではなく、なにからなにまで手取り足取り、いろんな食べ手のことを考えて、さまざまな副素材を用意周到にミックス、技巧を凝らしてふわふわに作りあげている。
つまり、優雅である。

もはや浦和名物となったクロワッサン・ホーン(200円)。
注文してからカスタードを注入するので、生地が一分の隙もなくかりかりである。
カスタードとデニッシュが少しも馴染みあっていない。
だから、完全にフレッシュな状態で、まったく別々の両者が口の中で出会う。
カスタードの、癖もしつこさもなくただただ気高い卵味と、デニッシュの発酵バターの香り。
とろとろとさくさくが渦を巻いて、溶け合い、ついに飲み込まれるまでの時間が楽しい。

パン・オ・ノア(180円)。
皮とくるみの香ばしさが渾然一体となり相互作用でさらにすばらしいものになっている。
くるみのパンであるから、さっくりいきたいものである。
皮に関しては寸分違わず期待通りにさくさくなのだが、中身はそれを見事に裏切り、あまりになめらかで、もちもち。
皮と中身がこんなにもコントラストを描くのはついぞ体験したことがない。
その秘密は生地に練りこまれたじゃがいも。

半熟たまごカレーパン(210円)。
名前だけで食いついてしまった。
半分に切ってみると、本当に半熟たまごが入っていた。
しかも唇が黄色で汚れそうなほどにとろとろ。
トマトの風味を押し出したイタリアンなカレーはかなりコクがある。
そして時間差でかなりのピリピリがやってくる。
そこへ、救いの神の卵がやってきて、口内を一気にマイルド化していく。
生地も表面カリカリでしっかりともちもち。(ぷ)

ペストリーショップ ラ・モーラ
048-827-1161
さいたま市浦和区仲町2-5-1 浦和ロイヤルパインズホテル1F
10:00〜19:00(土日祝10:00〜20:00)

#001


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