パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パン工房 風見鶏(東浦和)
125軒目(東京の200軒を巡る冒険)

店に入ると、真っ先に目につくもの。
高い天井から降り注いだ光が、冷蔵ケースに並べられたたくさんのサンドイッチを、色とりどりに照らし出されている。
この店のパンは光を放っている。
風見鶏に行くときは、お腹を空かしていかないと、後悔する。
買いたいパンがありすぎて困る。
ひとつとして普通のパンはなく、オリジナルばかり。
奇を衒っているのでも、新作のための新作でもない。
より本質的であろうと、一歩先に進む努力が、結果として突き抜けさせているのだ。

福王寺明シェフはいう。
「追っかけてます。
一定のレシピはない。
すぐに崩しながら。
新しいなにか、求めるものを探していく。
だから、いつもレシピは変わっていく」

この店には、風見鶏食パンという、名高い天然酵母の食パンがある。
シェフはそれだけでは飽き足らず、誰も思いつかなかったような食パンを完成させた。

石窯焼塩トースト(350円)
300度という超高温で食パンを焼く。
このパンの外観は、備前焼のような素朴な焼き物を見たときと同じ感覚を催させる。
炎と小麦の、激しい衝突の痕。
この香ばしさは唯一無二である。
渋さ、力強さ、崇高さにおいて。
ごく薄く、しかし意志ある硬さをもつ耳を噛み破ると、もちもちでぷりぷりの中身に達する。
口溶けは長く、いつまでも小麦粉の余韻を響かせる。
だが、少しもねちっとはせず、ふわふわとした気泡でできた組織の居住まいを最後まで崩さず、そのまま少しずつ溶けていくように感じられた。
じわじわ下からくる発酵の香りと、高く歌う発酵の香りとがある。
3種類の酵母によって、どこもかしこも、隙なく発酵の風味によってくるまれているのだ。
だから副材料の入らないシンプルさが、純粋さを保って充実している。
塩気は海塩のように甘くなく、きっぱりとして、爽快である。
長い余韻のあいだ塩気によって小麦の味わいが滲み、バターのようにさえ感じられる。

独創的なアイデアはどのように生まれ、どのように商品として結実するのか。
石窯焼塩トーストを例にとる。
「遊びからできた。
高温で焼いたらどうなるんだろうと。
普通、食パンは中温でゆっくり焼いて、全体に火を通す。
中身が膨らみながら、外側も焼く。
最初に外を高温で思いっきり焼いて、うまみを閉じこめてから、中をゆっくり焼いていったらどうなるだろう。
遊びでやってたら見つかっちゃった。
味つけは塩だけ。
その中には、複雑な小麦、複雑な酵母の味わいがある」

「小麦や酵母というのは、常に求めているところ、常に追っているところなんで。
これでいいというのはない。
毎日作ってると自分も飽きる。
なにかやってみたい。
もっとうまくならないか。
たとえば、小麦粉でいうなら、国内産小麦、海外の小麦。
ひとつひとつの特徴を把握しながら、こいつとこいつを入れたらどうなるんだろう。
最初のイメージをどうやったら実現できるか、パズルみたいなことをやってます」

「技術があってできることで普通は焼けない」とも福王寺さんはいう。
いたずらに高い温度で焼けばいいわけではなく、生地の状態を見極め、オーブンの火を自在に操る技が要求される。
焼成だけではない。
オーブンに入れる前の生地が、高温で焼くにふさわしいものでなければ、石窯焼塩トーストはまったく別物になるだろう。
複数の酵母、複数の小麦粉、それらをパズルのピースを合わせるように、繊細に組み上げていくことで、完成される。

石窯焼塩トーストのために選びだしたのは、スパゲッティの原料である、イタリアのデュラム粉だった。
「デュラム粉は焦げにくい、ということは火が入りやすい。
明るい黄色い色合いになる。
もちもちで、水もたくさん入る。
それから、皮と白い部分の間みたいなところを使った小麦粉もブレンドする。
それによって、麦焦がしみたいな味をちょっと加えて」

石窯焼塩トーストには3種類の酵母を加える。
酵母には3種類の力が必要なのだといい、それを「3D」と表現する。
「横の広さはのびる力のこと。
この発酵の力がないといけない。
それから幅、使いやすさのこと。
深みは、乳酸菌を含んだ自然小麦種(小麦から起こした酵母)でだす。
ぬかみそ漬けると酸味が出るけど、うまみ成分がたくさんあるのといっしょで。
ただ、phが低いので発酵を抑え込んでしまうし、たくさん入れると酸味が出る」

自然小麦種の乳酸菌の力で旨味を出す。
それからホシノ酵母を2種類の使い方で。
最初は16時間もの長時間発酵させる中種として。
それから、パンをきちんとふくらませるために、「キック」と表現する分を、もう一度発酵のときに加える。
「多加水(大量の水を含むこと)の生地を補ってくれるのが、種の段階で完全に熟成させた種だから。
普通は流れるのに、ぷるんとしている。
べちょべちょなのにだれない。
だから、300度でも火が入る」

風見鶏の原点。
それは大手パンメーカーで、決まりきったレシピ通りにパンを作っていたときの鬱々とした思いにある。
「ただのパン工場の人ではいたくなかった。
こうしたらどうなんだろうって、年中実験してた。
いつも怒られてた。
よくクビにならなかったもんだ(笑)。
『それはちがうでしょ』って言っちゃう奴だから。
大手では、そんなおいしくないけど、誰でもできるようにレシピが作られてる。
場所場所で環境がちがうのにレシピはいっしょ。
場所が変われば温度も変わるし、発酵状態も変わるのは当然なのに。
自分の味を作りたい。
一定のレシピでたくさん量を作るのがパン工場。
ここはパン工場じゃない。
私は自分の思った通りに、酵母とか、小麦とか使いながらパンを作りたいので」

ほとんどのパンを天然酵母で作る。
イーストのようなあらかじめ決められた味ではない、自分のパンに近づきたいからである。
「天然酵母は味がちがう。
パンの袋を開けたときの匂いがちがう。
イースト特有の匂いがしない。
食感もちがうんです。
ばさばさしないんで。
やわらかいというのが日本人にとっては大事。
パン屋さんはハードに焼きこんじゃう。
日本人はちがう。
やわらかいとか、くちゃくちゃとか、つるつるとか好き。
日本のパンを作っていたい。
私はパンを作る人でありたい。
いろいろ考えながら次の味を作ってみたい。
パン屋さんはみんなレシピを崩さない。
これはこういうものだって。
それはパン工場の人。
私はひとりの料理人でありたい。
(パンという)テーブルの右隅にあるお料理を作りたい」

おいしいパンは単に技術ではなく、頭の中のイメージ、人に対する思いから生まれてくるという。
「相手に食べてもらうイメージを持つことが大事だと思う。
おいしいものを作って、お客さんや家族のよろこぶ顔が見たい。
トイレに行ったときにひらめくこともある。
家族とかいろんな人と食べ物の話とかしているとき、『じゃあもっとおいしいもの作ってやろう』とか、『この人はどういうのをおいしいと思うんだろう』と思う。
それを作ってみたい。
奥さんが旦那や子供に毎日おいしいものを作ろうと思う。
そういうのがいちばん大事」

風見鶏のサンドイッチを食べるとき、この作り手は鋭敏な舌の持ち主にちがいないと思う。
日常よく食べるありふれた食材に新しい側面が見いだされている。
思いもかけぬ部分が強調され、理想的な厚さでカットされ、絶妙のバランスで組み合わせる。

たまぴよサンド(240円)。
スクランブルエッグといわゆる卵フィリングの両方をはさむ。
卵の味はみんな同じではなかった。
フライパンで焼いた卵と、ボイルした卵の味わいは異なる。
卵フィリングのおなじみの味から、スクランブルエッグのひときわ強い甘さが輝きだしている。
同じようで、同じではなく。
甘いようで、しょっぱいようで。
その奇妙なねじれが、不思議な官能を生む。
そして、工房食パンのやわらかさ、しっとり感、やさしさ。
しっかりと味がのっているけれど、リーン。
この食パンあってこそのサンドイッチのおいしさだとも思う。

観察、こだわり、実験。
仕事を離れても料理にのめりこんでしまうという。
それが嵩じて、ラーメン店すら開業しそうになった。
「凝り性なんで、漬け物、おそば、バーベキューに凝ったこともあった。
一度作ろうと思うと、こだわりもってやります。
ラーメン屋やろうと本気で思ったことがある。
あまーい麺。
粉を知ってるから麺はうまくできる。
麺に味があるから、うまい麺ってそのまま食べていける。
もちろんスープつけてもうまい。
遊びで、酵母入れたらどうなるんだろうってやってみた。
麺が浮いてきちゃう。
中にガスが入ってふくらんできちゃうから。
ルヴァンリキッドで乳酸菌を入れたらうまみがでると思ったんだけど。
スープの残りにカマンベールを入れていっしょに食べるとうまい。
かつおぶしみたいなイメージで。
カマンベールでおにぎりつくるとうまいっていうとえーっと思うけど、リゾットだというと食べる。
お茶漬けも出汁が入ってないとうまくないけど、チーズの旨味が出汁になる」

福王寺シェフの話を聞いていると、理に適っているのに常識がどんどん覆っていく、という快い感覚を体験する。
それは、突飛なことを思いつくイマジネーションもそうだが、いまここにあるものを見逃さない感性により多くを負っているように思った。
マスクと帽子の間の、ぎらぎらした目で私を鋭く見つめながら、自らを語るのに没頭しているように見えていたとき、突然こう言い出した。
「鳥肌立ってるけど、空調弱めようか?」
優れたパン職人に共通する、細部への観察力と心づかいが垣間見えた。


JR武蔵野線 東浦和駅
048-874-5831
10:00〜19:30
木曜・第3日曜休み

#125

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#125
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ベッカライ ブロート ツァイト
第3軒目
浦和の町外れの西浦和というところに、すごいパン職人がいた。
麻凛堂の宮林シェフが、「東京近辺でなかなか感心するパン屋には出会わないけど、ベッカライ ブロート ツァイトだけはうまい」といっていたのが、あながち嘘ではないのだ。

オーブンとレジがこんなに近い店をはじめて見た。
このシェフは店の運営をすべてひとりで行っているので、ピールでバゲットをひっくり返したかと思うと、お会計をするめまぐるしさである。

目新しいパンが並んでいるわけではない。
オーソドックスなものばかりである。
ところが、ブロートツァイトの手にかかると、そのよく知っているはずのパンの、まったく新しい本質が開示される。
王道をいって、ゴールテープを切ったのに、まだ走りつづけているような、突き抜けぶりなのである。

パン・オ・クランベリー(350円)。
シェフが得意だという、ハード系のパン。
100%全粒粉の生地がここまでしっとりしていていいのだろうか。
硬い皮に守られた麦ゼリーといっていい。
全粒粉の食べづらさはまったくなくて、それはすべて濃密さであり、コクなのである。
あさっての喩えのように響くかもしれないが、このなめらかさ、このコクは、カステラを食べているかのようだ。
クランベリーの酸味がアクセントとなってかえって濃密さが際立ち、また箸休め的存在になっている。

レモンベーグル(180円)。
口に入れたときは、レモンピールがちょっと強すぎるのではないかと思った。
それが次の瞬間、レモンのほろ甘さと生地自体の甘さが渾然一体となった、あまりにもキラキラした甘みの逆襲にあい、衝撃を受けた。
そして、なにか液体がほとばしっているのではないかと錯覚するほどにしっとりして、フレッシュで、やさしいむちむち感のある生地。
張りつめた皮の薄さもいい。

パン・オ・ショコラ(130円)。
空中を浮遊するほどに、ぎりぎりまで薄く、ぱりぱりに焼き上げられた皮。
齧りついた歯が、ぱりぱりの上皮を通過し、かすかにむっちりした白い中身に達した瞬間、バターと、甘さ、そして信じられないほどの小麦味がほとばしる。
と、そこへチョコレートが襲う。
外皮・中身・チョコのトライアングルの絶妙さ、三位一体は官能的でさえある。
最後に「これもおまけ」とばかりに、チョコレートが苦みの後味を届けてくれる。(ぷ)

ベッカライ ブロート ツァイト
048-706-3030
さいたま市南区四谷1-2-2
10:00〜19:00
月休

#003

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