パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ポワンタージュ(麻布十番)
180軒目(東京の200軒を巡る冒険)

いつきても活気がある。
ランチのときには行列ができていることもざらだ。
奥に向かって長い店舗の、右がわにはガラスのケースと、バーカウンター。
左側には椅子席。
料理を食べる人、昼過ぎにはお茶をする人、酒を飲む人。
そのあいだを料理やパンをもった店員が行き交う。
ただパンを買いにきただけでも、この雰囲気に浸ると気分が高揚する。

中川清明シェフがこの店を開いたきっかけはどういうものか。
「弟(中川英司シェフ)が、イタリアや、日本のいろんなイタリアンレストランで働いたりしていたので。
どうせだったらいっしょにやろうかと。
去年の6月で10周年を迎えました。
ここに住んで4代目、父の代までは酒屋をやっていたんですよ。
生まれも育ちもここで。
3、40年前までは、料亭街で、その中で酒屋をやっていた。
近所に支えられてきました。
形はどうあれ、地元密着で商売できたらと、この業態になりました。
パン買えたり、酒飲めたり、食事できたり。
パン屋なら、値段も抑えることができますし」

ブーランジュリーであり、トレトゥール(惣菜屋)、カフェ、バール、クッチーナ(食堂)でもある。
本格的な料理とパンを、コストをかけず低価格で供する。
つまり、いま流行のバールやスタンディングバーのような業態を10年前から先取りしていたことになる。
夜だけの営業ではなく、朝から晩までノンストップで開いている点、誰でも入りやすいという点では、もっと先をいっているかもしれない。

ランチタイムが終わったあとの午後3時。
料理人が休憩に入った時間帯には、テイクアウト用に売られていたランチセットやサンドイッチをあたためてサービスする。
パンも売り場にあるものから選ぶ。
焼きたてのあたたかいチャバタやカプチーノといっしょに食べれば満足度は高い。

「はじめは弟の料理に合わせた食事パンや、志賀シェフに教えられたハード系が中心でしたが、地元の人がついてこられないところがあって。
あんぱん、菓子パン、カレーパンとバリエーションが増えました。
アイテムは100種類ちょっと。
多品種少量生産で、買物を楽しんでいただく。
種類があると、お客さんは選ぶのが楽しいじゃないですか。
その代わり、作るほうはクオリティを保つのがむずかしいですね。
ごちゃごちゃしてますけど、それがいいという方もいらっしゃるので」

ミルクフランス(180円)
ポワンタージュといえばミルクフランスが有名である。
巻き付いた薄い皮はうっすらとかりかり。
中身はむにゅっとしてやわらかく、唾液で丸くなって、ミルクの風味を発揮する。
それがクリームにある練乳の口溶けと響きあって、しかも甘すぎない。
いま甘さの頂点にいるのに、しかしさわやかであるという心地よさ。

ガラスケースに並んだたくさんのパンを迷いながら買う。
繁盛店だけに、あとからあとからとお客は押し寄せる。
対面販売だけにいつまでも迷いつづけることはできないという、そのちょっとしたプレッシャーが、パンを選ぶ楽しみにいっそうのスパイスをふりかける。
店に入ってまず目につくのは、低温長時間発酵バゲット、それからドライフルーツや大納言などの入った小さいポーションのハード系のパン。
ペルティエ時代の志賀勝栄シェフが得意としていたものだ。

「志賀シェフにお世話になったのは赤坂のペルティエです。
志賀さんのパンがいちばん好きでしたし。
それまでは、デパートのパン屋、町のパン屋でやってきました。
勉強になったことは、挙げればいろいろあります。
志賀シェフが重要視しているのは、イマジネーションすること。
自分の求めてるものに向かって、仕事を組み立てる。
ルセット、工程、発酵であり。
まず、自分でイマジネーションすること。
そんなこと考えたこともなかった」

ポワンタージュ=一次発酵。
パンを作る工程自体をコンセプトとして掲げ、店の売り物にするのは、当時も、いまも斬新である。

「10年前に名前をつけちゃいましたけど、いま思ってみるとずいぶん大それたことを(笑)。
当時は、長時間発酵に夢中でした。
いまでも発酵って大事だなと思いますけど、パン作りはどこだけをこだわるということじゃなく、工程ぜんぶが大事だと思いますね。
志賀シェフにはまずパン作りの基本があって、あのスタイルがある。
長時間発酵だ、素材だ、国産小麦だ、フランス産だってこだわる要素はいっぱいありますけど、基本は大事だと思いますね」

志賀シェフゆずりの長時間発酵をメインにして店を出発させながら、いま3時間発酵のフランスパンに回帰している。

「たとえば、フランスパンであれば、普通のストレート法(発酵)3時間で、北米産の小麦(リスドオルのような、一般的なフランスパン用小麦粉)、普通の工程の中で、シンプルに塩と水とイーストだけでものすごくおいしいものを作る。
そこを目指して、結局また原点に帰る。
そこすごく大事なこと。
それがわかることで、他のパン作りにも役立つ。
イースト、モルト、塩、水、小麦粉。
砂糖も油脂も入れないで。
志賀シェフのパン作りもマスターしたわけでもないんですが、基本が大事だとつくづく思う」

「いまの環境の中でできる最前を尽くす。
だからこそ基本がある。
パンに限らないんじゃないですか。
もの作りって、これでいいってないんじゃないですか。
死ぬまで、普通においしいパンを目指してがんばるんじゃないのかな。
僕は志賀さんのようにはなれないので、普通においしいパンを目指して、がんばりつづけるだけですかね。
だから、こだわりとかはないですね。
できる限りのことをする」

カンパーニュ
正統派のどっしり感と、ソフトで食べやすいということが両立している。
つまり、皮にはカンパーニュらしい必要十分な厚さがあって、にもかかわらず中身は思いもかけずやわらかいということ。
皮には皮の、中身には中身のライ麦の香り。
中身はミネラル感を含みながら、甘さが発せられる。
一方で、皮からは噛めば噛むほど酸味とうま味が。
味わいの強さとバリエーションに満ち、食べ飽きることがない。

中川シェフは平気な顔で言う。
「夜の6時、7時に出てくるパンもあります。
通勤帰りの人とかで、昼より夜のほうが商品が動くことも。
うちは12時近くまでやっているもので、地元の人たちの生活リズムに合わせて」と。

昼過ぎまでにすべてのパンを焼ききってしまううパン屋が多い中、夜も焼きたてを出す経営努力。
焼きたてパンと料理の香りが店を活気づけ、一杯のコーヒーから飲めることが敷居を下げ、詰めかける客の姿がまたパンを買う客を呼ぶ。
すべてが相互作用で循環しているのだが、それを特別なことでなく、ごく当たり前の顔でやりきっている。

フランボワーズのデニッシュ
編み目と焼き色、ワインレッド、そしておおぶりな形、薄さががうつくしい表情に結実している。
ごくシンプルに、デニッシュの上のたっぷりのフランボワーズジャム。
その酸味を、デニッシュのバター感をまとわせただけで直撃させる。
この薄さがすばらしい。
ほんのちょっとのさくさく感と、ジャムのねちっと歯にくっつく感覚のみ残して、一気に噛み切る快感。
直後に酸味が弾け、喉で甘さを感じる。

かっこいいパンがもったいつけず、放り出してある。
どんな時間でも行きたいときに行ける。
「粋」の本当の意味とはこういうことではないか。
ここに生まれ、ここに育った、麻布という土地が身に付いた人の店である。(池田浩明)

東京メトロ南北線・都営大江戸線 麻布十番駅
03-5445-4707
10:00〜23:00
(ランチ11:30〜15:00、ディナー18:00〜23:00[L.O 21:00]、月曜・第3火曜休み)


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#180
200(東京メトロ南北線) comments(2) trackbacks(0)
パリット フワット(千駄木)
62軒目(東京の200軒を巡る冒険)

「ヘタウマ」という形容詞を、約15年にわたって営業をつづける店に対して使うのは失礼なことなのだろうか。
私が「ヘタウマ」というとき、マティスやピカソのことを想像しているとしても。

あるパン屋さんはこの店のことを「パリット フワットじゃなく、モチット ズシットだよね」といった。
揶揄しているのではなく、愛着をこめて。
そのとき、話題にされていたのは「もう一度いってみたいといちばん思うパン屋」についてだったのである。

この店にきたとき、単に着いたというより、「たどり着いた」と思った。
この店のパンを食べ、「やっぱりたどり着いたんだ」と思った。
パリット フワットを発見するのは二重の意味で簡単ではない。
この店があまりにも千駄木という町に溶け込んでいるからでもあるし、また、数十軒の冒険を重ねたあとでなければ、この感動はひょっとしたら得られなかったのではないかという意味においても。

パリット フワットなパン=幸福、というマスイメージがあるとしたら、そう形容しても差し支えはない。
でも、私としてはモチット ズシットと呼びたい。
皮はなく、ただ固めただけというような。
そばがきのようなパン。
そば粉本来の味を味わうなら、そばよりも、むしろそばがきのほうが食べ方としてふさわしいように、小麦粉という素材の味そのものを味わうのなら、パリット フワットよりも、モチット ズシットのほうが適しているのではないか。
その可能性を、可能性のままにとどめず、すべてのパンに適用してしまった、並外れた感性と勇気。

ほとんどのパンにホシノ天然酵母を使用している。
でも、ホシノ天然酵母らしさはあまり主張されていなくて、パリット フワットの個性をひきだすための道具、あるいは協力者になりきっているように思える。
「ホシノ天然酵母は、私の作りたいパンにとても合っています。
使い勝手とかではなく、味そのものが好きです。
なにより味がおいしくなければならないですから。
ホシノ天然酵母はお米から作り出されていますが、お米が主体の日本人の口に合うのではないでしょうか。
うちではドライフルーツ以外、なるべく国産の材料を使うようにしていますが、ホシノは国産の粉ともよく合っていると思います」

常連に愛されている店。
それは千駄木という土地柄と無縁ではない。
店主はいう。
「私は谷中、千駄木にずっと住んでいるのですが、ご近所同士、顔の見える関係だと思います。
ここら辺は寺町で、おまつりなどで近所の人たちが集まることが多い。
たとえば、災害のときはみんなでなんとかしようと話し合ったり、コミュニティの意識が高い」

お客が店に入ってくる。
そのときの雰囲気が、緊張しながらではなく、水にぷかぷか浮かびながら入ってくるという具合なのだ。
なにもいわなくても、わかりあっている。
同じ町の空気をいつも吸っている人たちの、他人以上、家族未満の関係性。

「クレーム命です。
いってくれる人は本当に感謝、ありがたいです。
開いたときひとりでやっていたので、失敗が多かった。
『あれはちょっとすっぱかったよ』とか『パンの入れ方が乱雑だよ』とか。
この店のことを思っていってくれているのがわかる。
こっちはめげるんですが、そういうクレームがあるかないかで、その後にすごく影響する」
たったひとりですべてを決めなくてはならないと思ったら、ひるむし、勇気がでない。
パリット フワットは常連さんをパートナーにすることで、クリエイションの不安を乗り越えてきた。

「同じパンをいつも買っていただくお客さんがいます。
1日に何個も売れるパンではない場合、作りながらその人の顔がおのずと浮かびます」
たったひとりのことを思って作られるパン。
まるで家族や恋人に料理を作ってあげるときのように。
ことさらな会話はなくても、モチット ズシットなパンを、作り、作られ、結ばれた特別な関係。

ミルク(173円)。
なぜだろう。
プレーンなこのパンにそこはかとなく夏みかんの甘い香りが漂っているように感じられるのは。
白めのパンらしく目が詰まっていて、甘さがちゅるちゅると溶ける。
ややもっちりと、ややふわっと。
やわらかでありながら、噛みしめ、噛みしめられる食感でもある。
甘い口溶けの行き着く先は国産小麦の味わい。
それはじょじょに姿を現し、甘さがつきるとともに自覚されるけれど、やさしい風味で、えぐすぎない。

3つの小さなパン(283円)。
この不思議なパンが現代美術の展覧会に飾ってあったとしても違和感はないかもしれない。
「3つ」といいながら、日によってそれ以上の種類のパンが連結される。
むちむち感。
つまんで、ちぎって、愛おしみながら食べたい。
他のパン同様、皮はない。
すべてはねっちりもっちりに捧げられている。

紫芋…イモ特有のスモーキー感じ、ウコンのような和のスパイシー感、ごくうっすらとしてさわやかな、砂糖とはちがう甘さ。

玄米…口の中の甘さを奪っていくようなマイナスの甘さという表現は変だろうか。
あの玄米のむわっとくる感じがあって、でも味わい深い。
食べたことのないおもしろさ。
味覚を拡張される。

よもぎ…手加減なく鮮烈。
小麦の甘さのあわいに苦みを噛みしめる。

にんじん…にんじんとはこんなに甘かった。
苦みはなく、透き通って。
そして突如甘さは尽き、突き放される。
舌先で甘さを感じていたのに、舌を通過したあとの喉ではもう分解されてしまっているような。
それはさわやかさでもある。

ミルクオレンジ(1/2 399円)
むっちりした白い小麦の味わいに見事に溶け込み、なじむ、オレンジ。
飛沫を飛ばして、自分で皮をむいて、口にふくんで、果肉を噛み潰す、味わいのリアル。
しゅわしゅわと生地がゆっくり溶け、小麦の甘さとオレンジの甘さが完全に同体となっている。
そのために、オレンジの酸味、苦みが完全にスパイスとして感じられる。
一口ごとに、バランスが、オレンジに傾いたり、パンに傾いたりと息をつかせず。
パンがちなとき、ちょっと物足りないのがまたいい。
食べやめられるようで、食べやめられず。(池田浩明)

↓ショップカードのイラストと同じくトウフクロウさんのデザインしたHPが秀逸

東京メトロ千代田線 千駄木駅/南北線 本駒込駅
03-5814-2339
9:00〜19:00
月曜休み

#062


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マルイチベーグル
第5軒目
ヴィンテージ感あふれる
ビルにホワイトキューブが突き刺さっている。
パンといっしょにセンスを食べる店なのだと心した。

これはきっとニューヨークなのだろう、とニューヨークに行ったことのない私は思う。
しかし、ニューヨークに行っても、このような店は微妙にないのだろうとも思う。
リノリウムの白い床、白い家具、白い壁、クラシックな冷蔵ケース(ガラスで外から見えるタイプ)の中にジュース。
外国特有のほったらかし感、殺風景感のかっこよさが表現されているのだが、一方で、それとは反対の実に細やかな感覚が細部にまで行き届いていることもわかる。
客に親切にするほうへ神経を使うことは比較的できやすいことだが、つきはなす方向へ心をくだくことは、かなりのセンスを持っていないとできることではない。

ベーグルもつきはなしている。
ややでこぼこで、いい加減に作って、放り出した風情の雑な形。
アメリカ的な雑さ、アバウトさ。
それを繊細に表現するという離れ業。
本当はもっとなめらかな形にできる。
日本人なら、そういうものを作るほうが自然だし、簡単だ。
サイズも日本人の胃袋を超えている。
日本的な感性を封印し、自分の信じるかっこいいものを作りだそうという衝動に貫かれている。

プレーン(180円)。
生(き)のままの白い小麦の味。
少しもふわふわとしない、目の詰まった生地。
ただの弾力ではなく、とてもむっちりして、押込んだ部分が沈みこんでいく感触を歯に感じる。
押さえきれない、いくつもの弾力が一口の中にもあって、噛み締め、噛み締め、それらを鎮圧していくことに、いつのまにか夢中になっていた。
アメリカの感触。
映画なのか、実際に見た風景かわからないが、これを食べていると、アメリカの記憶が再生される。

セブングレインハニー(220円)。
7種類の穀物とはちみつ入り。
シリアルのもたつき感、カントリー感をスパイスのようにあえて楽しむ。
アメリカにはそういう感性が存在しているのだろうと、これを食べて思った。
はちみつのやさしい甘さと穀類の強い風味が、はまりそうなほど好相性。


ソルトベーグル(200円)+パンプキンサラダ+トウフ(具材2種類500円)。
この店の本領はサンドイッチであり、ぜひ食べて帰らなければならない。
自分でベーグルを選び、具材を選び、カスタマイズする。
具材は1〜3種類の間で選べる。
半分にカットする仕方は、具材を分けるように切るのでも、写真のように2種類が半分半分は入るように切るのでもよい。
この切り方のほうが、2種類の具材がミックスした味も楽しめるとのこと。
どの具材とどのベーグルが合うか、順列組み合わせが多すぎて、予想不可。
すべては食べる人のセンスと偶然にまかされている。

トウフ…
豆腐にラムレーズン。
レーズンとクリームチーズという定番組み合わせの和バージョンにして、それを凌駕している。
言葉も理屈もいらない。
なにも考えられないほど夢中で食べた。
甘い豆腐のおいしさ。
さっぱりとしてコクがある不思議さ。
ラムレーズンと相性抜群。
ソルトは極大粒の岩塩を表面に振りかけたベーグル。
ときどき舌に触れては容赦ないしょっぱさで強烈なアクセントを加え、具材に浸透しては、コクを奮い立たせ爆発させる。

パンプキンサラダ…
かぼちゃ、じゃがいも、豆というほっこり系の甘さの組み合わせだけれど、日本的感性に安住したいところを、これでもかこれでもかと粗挽きのスパイスをふりかけ、アメリカンな世界に持っていっている。

この巨大さでレギュラーサイズ。
一回で食べきれず、翌朝まで持ち越した。
生成りの紙袋の口を握って電車に乗り、仕事場で食べた。
風景は東京だが、まるで自分がニューヨーカーであるかのように思って気分が高揚し、幸福になった。(ぷ)

マルイチベーグル
港区白金1-15-22
8:00〜18:00
月火休

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