シンボパン(立川)
2014.09.19 Friday 16:28
197軒目(東京の200軒を巡る冒険)
おかしなことはいろいろあった。
シンボパンはスナックやキャバクラが並ぶちょっと怪しい町にある。
店の入口では自転車が妙に幅をきかせていて、同じシンボという屋号の自転車屋のシールが、その後ろに貼られている。
パン屋と聞いていたけれど、どちらかというとカフェのようだし、きのこだとか自由の女神だとか、キッチュな置物がいっぱい飾られている。
水玉模様のテーブルに、背もたれだけクラシックなロッキングチェアみたいな椅子と、インテリアもぶっ飛んでいる。
「イメージとしては、プチ歌舞伎町を歩いてきて、不安の中ここにたどりつくと、歩いてきた道を忘れてしまうような異空間が作れたらおもしろいかな、と思ってました。
私のまわりにはすてきなものを作ってる人がたくさんいるので、そういう人たちといっしょに表現したい。
私が歩いてふらっと見つけてきたものを置いて。
家具はmagmaっていう2人組のユニットにお願いしています。
ひと目惚れして調べていったら、立川にアトリエがあって。
行き当たりばったりだったのに、いいふうにできあがりました」
そう語るシンボユカさんは、一目見れば忘れられないし、どんなに遠くからでもよくわかる人だった。
前髪ぱっつんのおかっぱ頭。
それは文字通りのトレードマークとなっていて、店名ロゴの「ホ」の字の点がおかっぱ頭をかたどっている。
店の入口で自転車が気になった訳。
こんな店は前代未聞だが、ここはパン屋であり、かつ自転車屋でもあるのだ。
「昭和12年、祖父の代からうちは自転車屋をやっていて、私で3代目です。
いまでも外で修理したり、地下で組み立てたり、ここでカタログ見てもらって自転車を売っています。
小さい頃も普通にパンク修理の横を通って、家に出入りしてましたね。
水の中にチューブを浸して、ぶくぶくしてるの楽しかった」
そのお父さんはといえば、いつもカフェスペースの椅子に座っている。
お父さんを目当てにお客さんがやってきては世間話をして帰っていく。
みんなが頼むのは、コーヒーとトースト。
ポップな見かけから想像できなかったけれど、ここはご近所の集う喫茶店として機能しているのだ。
「空間を作りたいというイメージが先にありました。
父は自転車で人とつながるイメージ。
私は食べることでつながる。
それには、身近なもの、毎日日常にあるものということで、パンがぴったりだった」
みんながトーストを食べるのをそばで見ていて、食べたくて仕方なくなった。
私が注文したのはバニラシュガートースト。
厚めに切ったトーストをオーブントースターでこんがり焼いて、バターをたっぷりと塗る。
ここまでは普通のトーストと同じだけれど、その上にバニラ入りの砂糖をまんべんなくふりかける。
ただそれだけのものが夢を見させてくれる。
砂糖はバターの甘さを強め、バニラは砂糖に夢のような香りを与えるという、おいしさの雪だるま式3ステップ。
表面はぱりぱりで、中身はふんわり、耳はさくさく音を立てる、絵に描いたような喫茶店のトーストの幸福もそこにはある。
考えてみれば、町の喫茶店は、トーストというパンがあってこそ、みんなの集う空間となっている。
自分の作る空間にはパンがなくてはならないと思ったシンボさんは、パン屋に勤める。
彼女のを惹き付けたのは、地下にカフェスペースを持つカタネベーカリーだった。
生粋のパン職人である片根さんと、料理上手で切り盛り上手の妻・智子さんの仕事は、シンボさんに大きな影響を与えた。
「なに食べてもおいしいし、作るものがすごく誠実だと思った。
それは私がお店をはじめる上で、大事にしたいもの、いちばん身につけなきゃいけないものでしたし。
おいしいものを作るという追究心を近くで見たかった。
おいしいものを食べることが勉強でしたね。
智子さんのお料理、できあがってくるものを食べさせてもらったり、片根さんと智子さんが2人でお店をやっていく過程も勉強になりましたし。
毎年、フランスに家族で行かれる。
帰ってきたあと、イメージが頭にあって、試作をはじめる。
突然やりはじめてる。
味のイメージに近づけていくのに、『これでいいや』はない。
智子さんのやり方というのは、レシピはなくて、素材を食べて作り上げていく。
カタネベーカリーには、おいしくないものが出てない。
フランスパンも、リュスティックも好きだし、嫌いなものがなかったんで、本当に飽きないですよね。
パンって日常的にあるものなので、そこ(飽きないこと)を目指していかなきゃいけない。
カタネさんちみたいなパン屋さんがパン屋さんであるべき。
毎日食べてもらえるパンを作っていきたいと思ってます」
パン屋の厨房は工場(こうば)と呼ばれるが、シンボパンの厨房はむしろキッチンと呼びたい。
食いしん坊のシンボさんがおいしいものならなんでも作りだすコクピットに、パン製造の設備も置かれている、という印象を受けた。
「スープやパンに合うお惣菜、サンドイッチ。
特別なものではなく日常的な感じの食べ物がとても好きで、ランチではパンに合うようなものを作ってます。
立川で野菜がとれるので、それを使ってシンプルに煮込んだラタトゥイユやクリーム煮、野菜といっしょに鶏を蒸し焼きにしたり」
食事のためのパン、パンのための食事。
それは店の中だけで完結するのものではない。
「サンドイッチを気軽に家でしてもらいたいんです。
食べ方は好きにお客さんに選んでもらえたら」
サンドイッチにうってつけのパンたち。
食パン、バゲットはもちろん、フォカッチャ、コッペパン。
チャバタのサンドイッチを食べたい、コッペパンでサンドイッチを作りたいと思っても、ジンボパンのようにパンだけで売っている店は少ないのか。
あるいは、じゃがいものパン、オリーブのパンみたいな、具材のアイデア次第で夢が広がるユニークなパンも、サンドイッチ向きのポーションで売られている。
このパンでサンドイッチを作るとしたらどんな具材が合いますか?
ジンボさんが特に活き活きと語っていたのはこの質問のときだ。
コッペパンには。
「マヨネーズ系が合うんですよね。
タマゴだったり、ツナ。
ツナのフィリングには紫タマネギ、ピクルスをたっぷりしゃきしゃきなぐらい入れるとおいしい。
そこにマヨネーズを入れるときはサワークリームをいっしょに入れるとおいしくなります」
市販のマヨネーズだけのフィリングにはしつこさを感じがちなので、このアイデアはとても参考になる。
フランスパンには。
「いちばん好きなのはハムとグリュイエルチーズ。
バターをたっぷり塗って、生ハムとルッコラをはさむのも好きです。
シンプルなものを合わせておいしくなるバゲットが理想だと思います。
軽くて、ぱりっとしていて、中身がむちっとしているような。
うちのバゲットは、ソースと食べたときの相性を考えたりしているうちに、だんだん軽くなっていきました。
じゃがいものパンには。
「じゃがいもが入っているんで、ルッコラとか水菜とかオリーブとか、香りがある野菜が合います。
じゃがいもが入ってるパンが好きなんですけど、じゃがいもは水分を吸うので、生地がぱさぱさしてしまう。
油でしっかり味つけしてからじゃがいもを入れたらおいしかったんですよね。
生地の外側にはみ出してるのはかりってしたりとか」
フォカッチャには。
「いろんな野菜を、オリーブオイル、レモン、塩コショウのドレッシングにあえたものをはさんで豪快に。
グリルした野菜を和えてもおいしい。
夏はセミドライトマトを作って、モッツァレラチーズと、ルッコラをドレッシングで和えたものをはさんでお出ししてました。
自分でも毎日食べてましたね。
そういうのに合うような味にこのパンは自然になってる」
マッシュポテトとキノコのマリネ
サンドイッチは我を忘れるほどの加速度がないと嘘だ。
このパンは私を野獣にしてくれた。
くにゅくにゅして、一気に歯切れるフォカッチャ。
舞茸の風味をジャガイモが吸い込んで生まれる幸福な相性。
バルサミコの酸味、生地の中のオリーブオイル、パンの表面に水玉のようにトッピングされた塩、イタリアンパセリの爽快感。
そうした具材をおいしくするものたちがあっちからこっちからと素材を攻めてくる。
後味はフォカッチャのおだやかな甘さで締めくくられる。
デザートにはおやつパンを。
そう思って、シナモンのパンとミルククリームをレジで買い、「中で食べます」と宣言。
すると、カラフルかつ面妖なトレーにパンをのせてくれた。
それはまさにシンボ的空間にパンが置かれて完成したスモールワールドだった。
シンボパン
JR中央線 立川駅
東京都立川市曙町2-21-5
042-522-6211
7:30〜18:00(ランチ11:30〜15:00)
日曜月曜休み