パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
長野ベーカリー(溜池山王)
118軒目(東京の200軒を巡る冒険)

子供の頃、台所から流れてきた、パンを作り始めるときの匂い。
ドライイーストをお湯で溶いたとき満ちる、甘いような、あたたかいようなあの香り。
パンを作り慣れている人ならばおなじみなのかもしれないが、それをできあがったパンから嗅ぐことはあまりない。
それは悪いものではなく、なつかしさ、やさしさへとつながっていく。

豆パン(120円)
イーストの甘い香りにふんわりと包まれた、愛おしくなるような豆のじわりとした甘さ。
生地は完全ふわふわでなく、ちょっとねっちり、ちょっと硬く、ちょっともこもこ。
この「ちょっと」の按配が、個性となり、素朴さ、親しみやすさになっている。
そして、「ちょっと」焼ききらない白パンは饅頭にも似て、熟しすぎない白っぽい小麦の甘さを滲み出させる。
そして底面に、餃子の羽根のような、ぱりぱり薄焼きの生地が。
発酵を取らない、小麦の素の味わいが、生地本体といっしょに食べたとき、深さと素朴さをさらに印象深いものにする。

「SINCE 1948」と看板に記された通り、創業は四半世紀以上前。
パン屋を一筋につづけるうち、まわりにアークヒルズや、そのほか巨大なビルディングと高速道路の陰に隠れるようになってしまった店舗は、バージニア・リー・バートンの絵本「ちいさいおうち」を地でいくものだ。
創業のきっかけは、「おじいちゃん」こと先代の長野重治さんが、靴の修行のため「洋行」したとき、パンのおいしさに目覚めたことだという。
「材料は落としちゃいけない。
よく吟味して。
おいしいパンを作ればおのずとお客さんはいらっしゃる」
が先代の口癖だった。

「昔からコロッケパンメインの店ですから」といいきる。
昔から付近の会社員、OLさんのお昼の空腹を満たしてきたコロッケパンは、いまなお不動の人気ナンバーワンメニューである。

コロッケパン(200円)
パーカーと店の人が呼ぶ、2つ折りのバンズのような生地は、いまにもしゃべりだしそうな形をしている。
砂糖、卵、牛乳、バターに練乳まで加えて、いまどきにはめずらしくしっかりと甘い。
揚げパンにも迫る濃い甘さゆえに、コロッケが不思議なほど引き立つ。
「コロッケに合わせたパンを試行錯誤で作り上げました」
つやのある薄い表面が割れると、やわらかな中身が勝手にほどけ、ふわふわと小麦の味わいが解けてくる感覚がある。
このコロッケは手作り感があって、パンからやってくるふわふわの流れを止めることがない。
コロッケの衣の甘さ、じゃがいもの甘さ、コーンとにんじんの甘さ。
甘さの多重奏をまとめるのが生地の甘さで、さらにソースの甘辛さが引き締める。

長野悦子さんは、昭和40年代にこの店にお嫁入りして、以来ずっと切り盛りする。
「みんなにおいしく召し上がってもらえるように、愛情込めて。
おいしいってお客さんにいってもらえるからやりがいがある」
昔ながらの対面式販売でパンを売るこの店を、もう一度訪れるときは、「おいしかった」といってしまいそうだ。

カレーパン(185円)
「これがカレーパンだ」と心の中で呟いた。
老舗の洋食屋っぽいカレールーの味。
プラスほどよい油のじゅわじゅわ感覚、プラス生地のほんのりな甘さ。
衣かりかり、中身ふんわり。
ふくらみいく甘さと、ぴりぴりの度を増すスパイスの対比効果が、漸増し、ピークを迎え、漸減し、やがて余韻へと席を譲って消えていく数十秒間。
その時間が、たまらなく甘美で時を忘れる。

長野ベーカリー
東京メトロ銀座線・南北線 溜池山王駅
03-3583-4216
港区赤坂2-17-31
7:00〜19:00
土曜日曜祝日休み

#118
 


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#118
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パンのペリカン(田原町)
83軒目(東京の200軒を巡る冒険)

なにかについて考えるときは、これ以上はなにも取り去ることができないような、もっともミニマムなモデルを考えればうまくいく。
そうすれば枝葉に気を取られ本質を見失うことがない。
スタンダード、オーソドックス、メートル原器のようなもの。
それがペリカンである。

私は食パンを食べるときしばしばペリカンの食パンの味を思いだし、比較する。
ペリカンという常に動かない基準があるおかげで食パンについてより理解できるようになった。

食パン(1斤 290円)。
口にする寸前すっと鼻孔に入る香りのたとえようもないすばらしさ。
発酵の香りが香ばしさのヴェールでくるまれたような。
パンの快楽とは単にやわらかさだけではない。
ペリカンの食パンはそのことを教えてくれた。
弾力に加え張力が重要だという先代の教えは、「欲求の本質的な部分を探る」ことから見いだされたという。
当たりはやわらかく、噛んでいくとやや抵抗し、ぎりぎりに沈み込んだところで、ぷちっと表面に亀裂が入り、歯切れる。
あるいは、「理由はわからないけど無性にあれが食べたい」と思う味。
つまり、毎朝、飽きずに食べつづけられるためには、「理由」に気づかれてはならないのだ。
味わいは特別ではない。
むしろリーン。
口に運んだ瞬間は無色で、口溶けの中に小麦の味わいと、それを活かすだけの最小限の甘さが微妙にたゆたう。
完全に満たされないがゆえに、次の一口を思わず誘われてしまうのだ。

たったそれだけのこと。
あれやこれやを付け加えると邪魔になる。
なぜ人はパンを口にするとき快楽を覚えるのか。
その本質さえパンに仕掛けられていれば必要十分である。

ミニマムはこの店のありとあらゆることに貫かれ、哲学の域に達している。
基本生地は、食パンとロールパン、わずか2種類。
それから、生地は共通のバンズとドッグパン、それらの大きさを変えたもの含めてもわずか10種類のみ、すべてプレーンなパンばかり。

店ではなく、工場である。
入口近くのにいくつかの照明とレジ台を置いて販売スペースとしている。
つまり、店としてもっともミニマムな形態がここでも選びとられている。

撮影をするためにはじめて工場内へ足を踏み入れた。
いままで私は客として訪れながら、あこがれと恐れを同時に抱いていた場所である。
そのリアリティは、パンが小麦と炎の衝突から生まれてくる危険な営為だということを、表していた。
ほとんどのパン職人が客への気遣いからあえて見せようとはしていないこの事実が、ペリカンではミニマムであるゆえに露出している。

形のないもの、ソフトの面にも、それはあてはまる。
現在の店主である3代目の渡辺猛さんは接客についていつもこう考えているといった。
「いかに余計な言葉を重ねないか」
「ひとつの言葉で別の気持ちも伝えられないか」
客に気を遣わせない、そっけなさという名のミニマム。
それを店が心がけていることすらさとらせないような。

パン屋として親から子へ伝えられていくもの。
それを先代は、「種」と表現していたという。
唯一無二の味わいを種として保存し、未来へと伝えていくこと。
それはパン屋だけに許された特権である。
製法、経営、店舗、接客。
単にパンだけではなく、ありとあらゆるものが種として残されているのではないだろうか。

パンを焼く火柱によって焼かれたかのように、グレーに煤けた工場。
職人がみんな帰ったあとのがらんとした場所に、4代目となるだろう渡辺陸さんがひとりいた。
「これから掃除をします」
種を劣化させないためには、1日も休まず、厳しく管理しなくてはならない。
ペリカンはこれからもメートル原器でありつづけるはずだ。

中ロール(5個 350円)。
外は香ばしさが漂い、中身を噛むとバターの甘い香りがふっと湧きだす。
両者とも、やわらかで、つつましやかだが、快さにあふれている。
歯ごたえの魅力は、新雪を踏むときに似ている。
ふわふわの部分を歯で確かめながら、踏みしめて愛おしみたくなる。
唾液に濡れ、香ばしさが消えていくにつれ、ミルクの甘さへと移り変わっていく。
中身の触感のなめらかさと、口溶けの甘さのまろやかさの間に感覚的なシンクロがあって、思わず目をつぶり陶酔してしまう。
この甘さをずっと噛みしめていたい。(池田浩明)

#083



東京メトロ銀座線 田原町駅」
03-3841-4686
8:00〜17:00 
日曜日・祭日・特別休業日(夏・秋・年末年始)


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#
083
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ボワブローニュ(田原町)
74軒目(東京の200軒を巡る冒険)

田原町の駅から合羽橋商店街へいく途中、レトロなたたずまいがどうしても気になる。
創業55年を迎えた下町のパン屋。
三角サンドとコッペパン、あんぱんに、クリームパン。
イメージ通りの昭和パンと、さまざまな昭和の意匠に迎えられる。

この店の名物といえばぶどうパン。
ギネスブックに申請できるぐらいレーズンが入っている。
「昔のぶどうパンといえば、レーズンが数えるぐらいしか入ってなかった。
みんなで分けたとき、どっちが多いかでケンカになったり。
そういう記憶があるんで、自分でパンを作るんだったら、いっぱい入れたのにしようと。
市販のレーズンにさらにワインを足して使っています」

天然酵母ぶどうパン(大 730円)
ぶどうパンには普通の食パンバージョンと、火曜と金曜しか焼かれない天然酵母バージョンがある。
自家製レーズン酵母の生地は、ハード系ではなく、食パンに近いやわらかな食感。
味わい深く、香りも濃く、あたたかさがあるためにぶどうと生地の間に違和感がない。
それにしても、このつぶつぶ感。
噛めば激しくジューシー。
レーズンだけ食べているのとあまりちがわないともいえるし、トゥーマッチであることの贅沢を噛みしめているともいえる。
喉にアルコールがぐっとくる。
甘酸っぱさはワインの芳香にくるまれ、よりさっぱり、より鮮烈にぶどうの味を舌に滲み入らせる。
生よりも、焼いてバターをつけたときが至福。
そして、おすすめの食べ方。
「ピーナッツバター塗るのが好きなんです。
パンが熱いととろけるんです」

天然酵母ぶどうパンをそのままラスクにしたものもある(3枚 210円)。
煮詰めたようにますます濃厚になっている。
ほろ苦さとミルククリームのクラシックな甘さがはまったり、はまらなかったりと、マリアージュの境界線状でゆらぐ。(写真、割れていてすいません)


長男が社長、シェフは次男、長女と末の次女が接客係と、兄弟でパン屋を営む。
だからスタッフのコミュニケーションや商品理解は完璧。
以心伝心、食べ慣れた家族の味である。
「次男は小さい頃から料理が得意だったんですよ。
母がチャーハンを作っても、『ん?』といって、ちゃっちゃと作り直す。
それがおいしいんですよ。
次男がパン屋をやりたがっていたので、それならと、道具屋をやっていた長男が社長になり、店をだしました」

クルミとりんごとクリームチーズ(189円)。
おすすめを訊くと「はまってます」とこれを推薦してくれた。
中心にクリームチーズの入ったふにゃふにゃのリングを手でちぎりちぎり食べていく。
厚さのないてろっとした生地のぐにゃぐにゃ感が心地いい。
焼りんごのきらびやかな甘さが口に入るチーズの量によってまろやかになったりそうでなかったりして、その変化を待ちわびて、たしかに食べやめられなくなる。
ときどきのクルミが香ばしく、これが口に入ったときは、さらに甘さの表情が一変する。

メロンパン 白あん入り(147円)。
関西ではサンライズといわれる白あん入りのメロンパンに、その流れと関係なく、独力でたどりつく。
クッキー生地と白あんはミスマッチに見えて、赤い糸で結ばれているのか。
「あんぱんのあんこのように真ん中に入れないで、パン生地の上にかぶせて置いています。
だからどこを食べても白あんの味を楽しめる」
パン生地が薄く、あんことクッキー生地に重心があるために、ひよこ的おみやげ和菓子感覚を生んでいる。
甘いクッキーに、甘いあんこという、甘さのオーバードライブを、全体が薄いためにしつこくなくライトに楽しめる。(池田浩明)

ボワブローニュ
東京メトロ銀座線 田原町駅
03-3844-1045
9:00〜23:00
日祝、第1・3土曜休

#074


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粉花(浅草)
56軒目

窓から長屋の路上ガーデニングが見える。
台東区、浅草寺裏。

若い姉妹が焼く天然酵母パン屋に訪れる、下町住人たち。
最初は女性のフリーライター。
その次に甘えん坊の少年をつれたお母さん。
つづいて、ニッカポッカの植木職人がきて、野太い声で、
「丸パンひとつくださーい」
映画かマンガの設定で使えるのでは、と思った。
下町にはいろいろな人がいて、ご近所のおしゃれなパン屋にみんな気安く入ってくる。
人と人がつながりあう気配が、東京の西側よりもっと濃密にある。

姉のフジオカマユミさん、妹のメグミさんが2人でパンを焼き、販売をする。
カフェに置かれたアンティークのテーブルに、小さな白い花がよく似合っていた。

小麦粉と塩と水だけで作るシンプルなパン。
食べやすく、やさしい味わいのする、女性が作り手の自家製酵母ベーカリーは、東京にありそうでなかなかない。

押しつけないが、たしかにそこにある。
噛みしめると、「じわじわ」と「そこはかとなさ」が戯れあう。
「素材自体がおいしいんで、パンもおいしくなる
それをじゃましないように、と心がけています」

マユミさんの語る開店への道のり。
「はじめて行った整体院の新患アンケートで趣味を書く欄があったので、「パン焼き」と書いたら、先生が『僕、パンの先生を探してたんです。やってください』。
パン教室の場所を用意してくれたんです。
生徒さんたちといっしょに作って、オーブンを開いて中からパンがでてきたとき、みんなが『うわーっと』よろこんだ。
いつもひとりでやってたから、こんなに人をよろこばせることだって気づかなかった。
これを毎日やりたいな、と思って、その夜、家族の前で「私、パン屋さんやる」といったら、妹が「いっしょにやるー」って」

開店を後押ししたのは、下町らしい人のつながりだった。
「『うちの1階が空いてるよ』と貸してくれる人がいたり、内装工事屋さんも、厨房機器屋さんとか、同級生にみんないて。
飲食店の経験とかまったくないのに半年で開店できました。
『自分の夢は人がかなえてくれる』っていうのをなにかの本で読んだことがあるんですが、そんな感じでした」

酵母をレーズンから起こして、育てている。
「酵母のビンを見て『かわいいよねー』っていってたら妹にいつも笑われるんです。
漬け物を作っている人が、ぬかどこがかわいいというのと同じで。
酵母は私といっしょに生きている。
命じゃないですか。
自分はただ糖分を食べているだけなのに、人をよろこばせる」

酵母は糖分を食べ、アルコールの息を吐く。
それがパンをふくらませ、食べた人がおいしいと思う。
ただ生きるためにしていることが、誰かの幸福になる。
パン職人はパンを作り、工事屋は店を作り、道具屋は厨房機器を売り、お客さんはパンを買う。
世界はそうしてまわっていく。

「自分の夢は人がかなえてくれる」っていうのと同じですね、と私がいったら、マユミさんはこう答えた。
「そうですね。
酵母は自然じゃないですか。
なにかになろうとしない。
がんばらなくても、自分が自分の役割をしてる」

プレーンベーグル(230円)。
「いちばん食べてほしいパン」と。
ベーグルとはなにかといっしょに食べるものだと思っていた。
プレーンを買っても、自分でなにかを塗ったり、はさんだり。
これは素で味わいたい。
ベーグルのことを、はじめてハード系の食事パンとして考えさせてくれたのだった。
国産小麦+天然酵母ならではの、田舎の家のような、なつかしくもあたたかな香り。
とてもしっとり、かつ丁寧な舌触りと、もちもちの食べごたえ。
ベーグルらしい反発力にこだわっていないところが、やさしさを生む。
おいしいまんじゅうを思わせる、和の小麦味。
すべての要素がほのかで、たおやかで、澄んでいる。

カンパーニュ 小(300円)。
強く焼き込まれていない。
焼き込むことは、香ばしさを際立たせ、粉の味わいもひきだすけれど、それがすべてではなく、失われるものもまたある、と気づかされた。
薄い皮に、香ばしさに至らないおっとりした風味としなやかさがある。
中身には十分すぎるほど水分が残って、小麦の味わいは厚みがあるけれどあくまで淡く、時間とともにおっとりする方向へ移ろっていく。
素朴に、けれど完成度は高く。

ショコラアーモンド(260円)。
アーモンドのビスケットのやさしい口溶けと心地いい甘さ。
それだけでもう十分だと思わせるのに、ミルクチョコレートまでがゆったりじわじわと滲み入ってくる。
でも、ぶ厚いパン生地をそれらは決して覆い隠しはしない。
やがてパン自体が、かえってお菓子部分を付き従わせていく。
砂糖の甘さがふところの深いパン生地に吸い込まれて、小麦の味わいをさらにまろやかなものに変化させていく。
こんなにおいしいフィリングでさえ、あくまでプレーンなパン生地自体の新たな側面を見るために存在している。

例えば、お吸い物に醤油を入れるときの、ほんのひとたらし。
風味をつけながら、本体であるだしの味わいや、うつくしい透明感は決して損なわない。
ショコラアーモンドに限らず、プレーン以外のパンにおける、副素材とパン生地との合わせ方は、すべてそうなっている。
「加減」というものは、レシピに書き込めない料理人の天性だというけれど、まさにそう思った。(池田浩明)


東京メトロ銀座線・東武線・つくばEXP 浅草駅
03-3874-7302
10:30〜売り切れ終了。
日・月・火曜休み

#056


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あんですMATOBA(浅草)
55軒目

あんぱんが神様、の世界。
大型サイズの額装あんぱん写真がご神体に見える。
多種多様のあんぱんは想像力の限界を振り切っている。
こしあん、つぶあん、白あん、小倉あん、白あん、栗あん、うぐいすあん、ずんだあん、桜あん、ごまあん、パンプキンあん、抹茶あん、芋あん、ピーナツあん、杏あん、柚あん。
あんや豆を使ったアイテム数、60種。
近未来、あんぱん以外すべての菓子パンを禁じられたならば、世界はこの店のようになるだろう。

オレンジ色のエプロンでそろえた、「あんぱん娘」たちが笑顔で迎える。
「お彼岸に 家庭で作ろう 手造りおはぎ」
白い清潔な空間に、今月の標語が掲げられ、水彩画の商品イラスト付きメニューポスターと、宇宙飛行士・若田光一さんの写真入りサインがひときわ映える。
あるいは、月1で「感謝の日セール」が存在したり、サービスデーが存在することも、山の手のブーランジュリーでは見ない、下町らしさである。

もしこの世に、赤い糸があるなら、あんですMATOBAの誕生は運命にちがいない。
あんこ屋の社長に、パン屋の娘が嫁入りした。
あんとパンのマリアージュはあんぱんを産み落とすほかない。

「お得意様に対して、同じ商売は失礼。
あんぱんを売るのに私は反対だったんですがね、妻には弱い」
83歳にして現役の代表取締役はそういって笑った。
年商17億を誇る、あんこ業界のリーディングカンパニー。
地上9階建て本社屋の1階にあんですMATOBAは鎮座する。
30種類のあんこをそろえる的場製餡所の商品を使ったあんぱんベーカリー。
夫の反対を押し切って、夢を実現した老女将は、いまもあんぱん娘の先頭となって店に立つ。

パンフレットを飾る、あんこ研究室の風景や、あんこ顕微鏡写真。
あんこの研究は日夜行われ、さらにおいしいあんこを生み出そうと、悪戦苦闘がつづく。

それでも、あんこ道60年の的場研二代表取締役はこう語る。
「あんこは家庭で作ったのがいちばんうまい」
それはつまり「物体あたりの熱伝導面積」においしさが比例するからである。
平たくいえば、あんこは少量を作るほどおいしい。
豆にうまく熱が伝われば伝わるほど、うまみは引き出される。
では、長時間、あるいは高温で熱を入れればいいのかといえばそうではなく、豆が熱変成を起こしてしまう。
工場でできた食べ物より手作りのほうがおいしい理由のひとつがここにある。

的場製餡所では、小型サイズの釜であずきを炊く。
R2D2のような、銀色に輝く、自動式球形あんこ釜が36台並んだ光景(パンフレット参照)は、やっぱり近未来を想像させる。

83歳は、若いブーランジェをこう叱咤する。
「自分で作らなきゃ、あんこはわからない。
自分であずきを買って、選別して作らなきゃ。
小豆は怖い。
花は1ヶ月咲いている。
咲いた端から実がなっていく。
どんどん咲いていってしまうから、穂の1番下と1番上とでは1ヶ月の差がある。
先にいくほど粒は小さくなっていく。
同じ穂でもそれだけ粒の大きさに差がある。
粒をそろえないと均一に煮えませんよ。
あんこは煮すぎてもいけないし、早すぎてもいけない」

愛パン家の渡邉政子さんに聞いた、あんですMATOBA必勝法。
午前中早い時間なら、できたてのあんぱんが次々でてくる。
なにも考えずにそれを買って、浅草寺の境内のベンチで食べる(こっそりいうとお茶無料)。
あたたかいあんぱんほどおいしいものはない。
うまくいけばご利益もついてくるかも。

シベリア(170円)。
下町にあって山の手のパン屋にないもの代表。
きちんと作ればこれだけおいしい。
秘密は「ややかための水ようかん」。
水っぽすぎればサンドできないし、硬いとみずみずしさが失われる。
硬すぎずやわらかすぎずのぷるぷる羊羹が、カステラ生地を潤していく。
甘さ+甘さであるけれど、豆と卵のコントラスト、あるいはあんこのつぶつぶな口溶けと、カステラのしゅわっとした口溶けのコントラストが鮮やか。

ずんだあんぱん(140円)。
枝豆の中でもグレードの高い茶豆を使用。
青い夏の風味が口中を席巻する。
やわらかで少しつぶつぶを残したずんだあんがぎっしり詰め込まれている。
生地に混ぜ込まれたよもぎがずんだとの相性を発揮。
草原を想わせる青い味わいを、さらに強調しながらアクセントも加える。
厚すぎず薄すぎずで、歯切れよく、あんと生地のバランスも巧み。

黒ごまきなこあんぱん(140円)。
中華系でしかほぼ食べることのないごまあんがあんぱんになったら。
濃厚なコクの流動体を、パンチのあるあげぱんで迎え撃つ。
インパクトvsインパクトの戦場と化した口の中を、きなこのとぼけた感じが素朴方向へとシフトさせる。
そして、喉の奥からアルコールっぽい芳香が吹き返すとき、ごまあんの醍醐味を感じる。

それぞれのあんに、さまざまな生地、さまざまな形をカップリング。
ひとつひとつ、もっともふさわしい生地が考え抜かれている。
ここは各種あんをお菓子屋やパン屋に売りこむ、見本市会場でもあるからだ。(池田浩明)

東京メトロ銀座線・東武線・つくばEXP 浅草駅
03-3876-2569
9:00〜18:30
日祝休

#055


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パンとエスプレッソと(表参道)
第37軒目

白に出会いたいがために、この店に通う。
内外装のつやつやした白。
あるいは、味覚に関する先入観を真っ白にリセットしてくれるような、気づきに満ちた新鮮な味わいも、イメージにするならばつやつやした白だと感じる。
モダンアートに通じる、普遍的でシンプルな形も、ギャラリーのようなホワイトキューブの中に置いてこそふさわしい。
それは光を反射して眩しいような、都会的で、ちょっと敷居の高い白だけれど、日常の中に、ときにそのような非日常の色合いに身を浸す時間があってもいい。

例えば、プロヴァンス(300円)も白いパン。
このユニークな形にして食事パンである。
とても奇妙だと思いながら、パンを切った断面を見て気づく。
ドーナツ型は、山形食パンをびよーんと伸ばして両端をくっつけたものなのだと。
バジル・ローズマリー・セージといったハーブが練り込まれているといえば、複雑なパンのように感じるかもしれない。
だが、これも余計なものを取り去って、白に近づけていった、引き算のパンである。
ハーブは味を付け加えているのではなく、単に白いという以上にリーンな、小麦の味わいのうつくしさを引き立てるためにある。

数あるパン屋の中でも特別な一軒として惹きつける魅力が、この店にはある。
製造担当の岩崎さんも、勤める前からこの店によくきていた。
「大好きなお店だったので、応募するときは迷いました。
働いてしまったらいろんなことを教わるから、お客さんのままでいたいと。
でも、思いきって応募していまはよかったと思います」

よそでは味わえないような斬新なパンはどのように生まれるのか。
「(シェフの)桜井さんの個性が反映しているのだと思います。
おいしいものってすごくいっぱいあって、その中でも、ここであえて出すなら、を考えている」

パンとエスプレッソと、の個性とはなにか。
「新しさ…」
そういってから、岩崎さんは言葉に詰まり、じっと考えた。
「新しさ、に近いが、ちがう。
見て、『うわっ』と思えるような。
試作はすごく重ねています。
それで桜井さんのイメージに近づけていきます。
ブリオッシュとか、フランスパンとか、一般的にあるオーソドックスなパンとは別に、新しい、はっとするようなものを作りだそうとしています」

岩崎さんが表現したくてもどかしい思いをしたことを、私なりに言葉にしてみるなら、それは「理性」ではないかと思う。
いたずらに、ただ新しければいいのではない。
いままでなかったけれど、なかったことが不思議になるような、おいしさと普遍性を備えていること。
論理的であり、合理的でなければ、あえて作りだす価値はない。
そうした高いハードルを越えてきた感触が、パンとエスプレッソとのパンにはある。

桜井シェフはいまは厨房に立たず、パンの研究に注力しながら、この店のスタッフを指導している。
「桜井さんにはいつも『丁寧に』といわれています。
それは、自分のタイミングや、自分の都合で作らないで、生地のタイミングで仕事をするようにということだと、私は思っています。
例えば、窯前で、さっき熱いものを置いたところの上に、焼く前の生地を置かないこととか。
ちょっと面倒くさいと思うことに手を抜かない。
窯に入れるタイミングも、許容範囲はあるけれど、ベストの発酵状態で入れられるよう、みんなで心がけています」

「丁寧に」。
これもきっと「新しさ」という言葉だけで表現することを、岩崎さんにためらわせた理由のひとつだろう。
どんなに斬新であっても、心がなければ、おいしいパンはできない。
食べる側も新しさだけに目を奪われず、そこに目を向けていたいと思う。

カカオテ(160円)。
パンとエスプレッソと、といって多くの人が想像するのは、この菓子パン生地かもしれない。
この店の多くのパンに共通する、まったく新しい生地の感触。
小さくくにゅっとして、すっと歯が通り、しゃくしゃくと音を立てる。
ブリオッシュのようなバターのきいた生地だけれど、なにかが新しく、表現しようのないなにかがあるので、それがもどかしく何度も食べたくなる。

とろけていない、ペースト状であるがゆえに、じわりじわりと唾液を滲みこませて、ゆっくりと甘さを滲みださせる。
しかも、ヴァローナのチョコはよりせつなく、より深く舌へ滲み入り、余韻はとても長い。
それが、独特な生地に浸透していく。
新しいものと新しいものが重なって、さらに新しい味覚が生まれる。

チョココロネ(180円)。
ただのチョココロネのように見えて、この店に置かれているかぎり、それで終わるはずはない。
チョコクリームがおいしすぎる。
普通のクリーム同様に甘さからはじまる。
それが喉へ達した途端、エッジの尖った信じられないほどのココアの苦みへと急旋回する。
飲み込むときには、チョコクリームに特有の、のどごしの冷たさに潤わされる。
ぷりぷり感のあるブリオッシュ的な生地は、パンとエスプレッソとが得意とするものだが、甘さを極端に控えて、チョコを受け止めることに徹する。
ここにも、引き算的新しさを潜ませている。(池田浩明)

バリスタのいるカフェを併設。

パンとエスプレッソと
銀座線・半蔵門線・千代田線 表参道駅
03-5410-2040
8:00〜20:00
第2,4月曜休み(祝日の場合、翌火曜休み)

#037


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