パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
アーネカフェ/ジージョベーカリー(新高円寺)
152軒目(東京の200軒を巡る冒険)

女性の作るパンには女性の魅力がある。
それを知ったのは、阿佐ヶ谷にあったベーグルにおいてだ。
住宅街の路地裏に突然現れる、奇跡のような光景。
民家ばかりがつづく車も入れない細い道、マンションの裏口のようなところに人だかりがしている。
小さな厨房、お客ひとりでいっぱいになる小さな店にベーグルや、ハード系のパン、焼き菓子、注文してから作られるサンドイッチ。
狭い厨房で立ち働く、あるいは笑顔で接客してくれる女性たちに会うのも楽しみのひとつ。
なにより、パンの見た目、舌触り、食感、口溶けにある、愛らしさ、やさしさ。
技術よりもっと大事なものの感触をそのパンは教えてくれたのだった。

ベーグルは3年前に姿を消したが、アーネカフェ/ジージョベーカリーとなって、新高円寺で復活している。
姉の宮本麻紀さんがお菓子やサンドイッチ、カフェメニューを作り、妹の早苗さんがパンを作る。
以前通りの、小ぶりでかわいいパンたちに加えて、明るい吹き抜けのあるカフェでゆっくりと過ごす時が、この店の魅力として加わった。

きっかけは十数年前、姉妹で見たニューヨークの小さなベーグル屋。
「ニューヨークに旅行したとき、パンが生活に根ざしているのを見てうらやましくなった。
印象的だったのが、ベーグル屋。
オフィスにいく途中、気軽に毎朝寄る。
旅行者もつかの間、生活者になれる。
受け入れてもらえる。
それを見て、『自分たちもパン屋さんやってみたいね』って。
たとえば、スーパー行っても、サイズが大きくて牛乳1本が買えなかったりするけど、パンっていちばん体験しやすい。
安いし、歩きながら食べれるし。
唯一、アメリカに住んでいる気分にさせてくれる場所でした。
町の住人なんだって。
自分の町を好きになるために、パン屋さんは必要。
『あそこのパン屋さんはいいわよ』ってご近所の話題になるような。
日本でいえばお豆腐屋さん。
町に根づきたいな。
それで裏通りを探しました。
住宅街なので、いろんな人の嗜好に合うよう、いろんなパンを置いています。
みなさんの生活の中に溶け込めないかと。
ここは日本ではなく、NYなんだと、私たちは思いながら。
おしゃれなものでもなんでもない、普通のパン屋さん」

当時は、まだ本格的なパン屋が少ない時代。
いまでこそ、女性のパン屋さんは当たり前だが、製菓・製パン学校を卒業した宮本さん姉妹を雇ってくれるところは少なかった。
自分のペースで、自分だけのパンを作ることはできないのだろうか。
あきらめかけていたところに、アメリカの自由な空気が、女性がパンを作るというハードルを越えさせてくれた。

「日本ではフランスのものをそのまま入れるのが、いいとされているところがあります。
フランスは職人の文化が残っていて、規定も決まっていて、品質が均一。
アメリカはそれが一切ない。
それなら自分たちにもできそうだと思いました。
規定通りのパンを構築するのは、私たちには到底無理でしたから。
アメリカでは、パンはトラディショナルなものではないので、たくさんスタイルがある。
他の民族のものだから。
じゃあ、自分たちもやっていいだろうと思えた。
学校で習うのは、フレンチベーキング。
文化として触れたのは、アメリカ、イギリスのパン文化」

ニューヨークから帰ってきた妹はパンを作りはじめた。
「アメリカで見たのを真似て、ベーグルを作ったりしてました。
妹のパン作りに対する熱意がいいなーと思って」

カンパーニュ。
軽いところと重いところが共存していた。
しっかりと味わいのある重い種に、重い生地(ライ麦、全粒粉)というのが、普通のカンパーニュである。
このカンパの場合、酵母は、酸味も癖もないのだがしっかりとした風合いがあって重いといえる。
一方、小麦は軽やかで、きれいな味わいがする。
つまり、早苗さんの非凡さとは、よく見かける重重や軽軽ではなく、重軽の境地を発見したことだ。
火抜けして風味が籠りすぎていないし、溶けるほどにちゅるちゅると、小麦の味わいを滲みださせる。

ジージョベーカリーのパンはどれも小さく、かわいい。
「彼女のパンは、軽いパン、繊細なパンが多い。
肌触りなのかな。
彼女の手の大きさに合わせた形のパン。
大きなものは成形しづらいですし。
普通のお店では、ひとりで作るのではなくいろんな方が触るので、個性が出にくくなるし、決められたパンの形を守ろうとする。
妹の場合は、個性が出たパン。
『もうちょっと丸いほうがかわいいよね』とか思いながら作る」

妹の才能をいち早く見抜いたのは、自分も製パン学校に行った麻紀さんだった。
彼女のパンに圧倒的信頼を置き、開店以来、妹にパンはまかせ、決して手を触れようとしない。

「お菓子を作ったり、サンドイッチを作ったり、パン以外を私がやろう。
彼女の感性は私にはわかっています。
女性なので、ヨーロッパの方には、昔なつかしいお母さんの味。
家庭を脱しない、女性らしさ。
職人の仕事を重視するヨーロッパやドイツと比べて、アメリカやイギリスでは、『アップルパイはやっぱりうちのママの味がいちばん』という感覚が入る」

本棚に古めかしい本が刺さっていた。
シェ・パニース。
アリス・ウオーターズがカリフォルニアではじめたオーガニックレストランのレシピ集で、うつくしいイラストに彩られている。
あるいは、最近パリから日本に進出したローズベーカリーの女性店主ローズ・カリラーニについて水を向けると、
「あの人も、イギリスの女性ですよね」と。
家庭的なやさしさを感じさせるパンや焼き菓子を売り物にするのは、ヨーロッパ大陸よりも、アングロ・サクソンの伝統なのだった。

あたためること。
いちばん家庭らしさを感じさせるカフェのメニューは? と尋ねたところ、麻紀さんが作ってくれたのは、ソーダブレッド(200円)だった。
ふっくらして、かりかりして、香りがやさしい。
ちょっと甘さが足りない感じなのが、ホイップクリームから甘さを受け取って、ちょうどいい。
普通に買って帰っていたら、むしゃむしゃ齧りつくだけで終わっていただろう。
ほのあたたかくあたためられることで、愛情まで充填されたようだった。

「外国人のお客さんに、なつかしいと言われます。
こんな感じで出てくるカフェがアメリカではよくありますね。
ヨーグルトで代用しているのですが、アメリカみたいにバターミルクがあればいちばんいい。
アメリカのパン屋さんにはスコーンとソーダブレッド必ずある。
アメリカはごつごつした形で、イギリスは型で作っている」

外国の料理本や童話が置かれていることも、西洋へのあこがれを出発点にしている、この店のありかたを示唆する。
「物語の中のお菓子。
女性はそっちからくる。
クランペットは、よく読んでいた本に出てきましたが、当時はホットケーキしかなかったのでわからなかった。
パンケーキもなかったし、クレープってなんだろう。
赤毛のアンなんかがそうですね。
アップルパイを作ってる様子とか。
リンゴ刻んではさむって読んで、どういうことだろうなと思ったり」

そのことも、アーネカフェ/ジージョベーカリーのパンがかわいい理由なのだ。
菓子パン、惣菜パンが、棚に見当たらない。
赤毛のアンがそうしたパンを食べるはずもないのだから。
それは早苗さんのパンへのリスペクトであり、あこがれてきた西洋のパン文化に対するリプライでもある。

「パンありきだと思っていて、パンとなにかを食べるとおいしいんだということを伝えたい。
パンにひと手間加えるとおいしくなる。
たとえば、バターを塗ったりすること。
あまり菓子パンとか、惣菜系は作っていない。
食感とかを大事にしているので。
菓子パンや惣菜パンは、中身が飛び出さないようにしたりするために、成形で手をかけているので、味があまりしなくなっているように感じられます。
パン生地がどこかへ行っちゃってるような。
それより、できあがったパンを加工する。
食パンを薄く切ったらこういう味がして、厚く切ったらこういう味がして。
ヨーロッパにサンドイッチという文化がある。
日本でいえばおにぎりにあたる。
サンドイッチだけ持っていけば、昼ごはんになる。
それとか、パンを切ってなにかを塗ったり。
切り方も、こっちの方向に切ってもありなんだとか、ここに切れ目入れたりするんだとか、そういうおもしろさを伝えたい」

本日のジャムパン
ソフトフランス生地のむにゅむにゅぶりが半端ではない。
小さなまん丸パンに切り込みを入れ、自家製のマーマレードが塗られている。
甘さを控え、苦みが走って、素材の味わいを活かした透明度の高いジャムを、たっぷりというバランス。
のっぺりした小麦の味わいがしっかりと残り、納得のある甘さを皮の苦みとともに飲み下す。
白パン的に、唾液でパンがちょっと丸くなりながら生地が溶けていく感じがなつかしくも、紙一重で口溶けはなめらか。

パンをパンとして完成させたあとに、さらにおいしくする一工夫。
もし、パンといっしょにフィリングを焼きこむジャムパンならば、この味わいのエッジはなかったかもしれない。
フィリングを包んで成形するならば、このもちもちの食感はなかっただろう。
もちろんこの小さな球体を菓子パンに仕立てることも不可能。
「パンとなにかを食べるとおいしいんだ」
パンラブこそ最高の技術である。(池田浩明

アーネカフェ/ジージョベーカリー(A-NE CAFE / gigio bakery)
東京メトロ丸の内線 新高円寺駅
03-3314-3234
8:30〜18:00
火曜、第2・4水曜休み

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マールツァイト(茗荷谷)

132軒目(東京の200軒を巡る冒険)


自家製酵母はさまざまな食品から作られる。
小麦やライ麦といった粉、レーズンなどの果実、ビール酵母や酒種。
目には見えないけれど、それらの食品の表面に酵母菌が付着していて、人間が手をかけ、あたためることによって、活動を活発化させて、パンをふくらませる。
つまり、命が息づいている。
私たちは命を食べ、自分の命をつなぐ存在である。

牛乳からも酵母が生まれ、パンができる。
まろやかな甘さに富んだ、やさしい味わいのパンが。
それはとりもなおさず、母牛は子牛を育むために生み出す牛乳に、たくさんの滋養と体に有用な微生物を含んでいることの証明になる。

だから、10年前、白井幸子さんがマールツァイトを開いたのは、使命感からだったという。
「ミルク酵母のパンを知っていただきたいと思ってこのお店をはじめました。
牛乳のことを知ってもらいたい。
東毛酪農のみんなの牛乳がないと、うちのパンはできないわけですから」

どの牛乳からもおいしいパンができるというわけではない。
スーパーに並ぶほとんどの牛乳は100度以上の高温で瞬間的に殺菌される。
放置して腐敗せず、酵母菌を増殖させられるのは、パスチャライズ製法(62〜65℃、30分)によって作られた牛乳だけだ。
酵母菌の働きを解明したことでも知られるフランスの生物学者パスツールが突き止めたこの温度と時間は、大腸菌など人体に悪影響を及ぼす菌のみを死滅させ、人体に有用なタンパク質を熱変成させないために、必要充分なものだ。

カゼインやホエーといったタンパク質は生乳の状態で飲むと、胃の中で固まるのでゆっくりと消化されていく。
ところが高温で処理されたものは熱によって組成が変化していて、消化されないまま腸へと流れるので、人体にとって負担となる。
また母乳の中に入っていて、免疫力を上げることによって赤ちゃんを病気から守るラクトフェリンという物質も熱で本来の形が失われる。

また、パスチャライズド牛乳は、高温殺菌する牛乳以上に、衛生的な生乳で作られる必要がある。
だから、酪農家が1頭1頭に手をかけ、衛生的に、健康的に乳牛を育てる。

なにより、みんなの牛乳はおいしい。
牛乳を飲むときに必ず感じるあの牛乳臭さがまったくない。
それは高温殺菌によって焦げてしまったための匂いだった。
この牛乳を飲むとき、私が思いだすのは、高山を流れる水を手ですくって飲んだときの記憶である。
牛乳本来の味わいとはさわやかである。
たんぱく質や脂肪分が破壊されていないゆえに、舌で余計な味がしないのだと思う。
舌は体を健康に保つための精巧なセンサーのはずだ。

「ミルク酵母を最初に手にしたとき、『これは酵母じゃない』といわれました。
こんなにおいしいのにどうしてだめなんだろう」

ミルク酵母のパンがパスチャライズド牛乳からしかできないということ。
酵母菌や乳酸菌といった見えない生物たちのコロニーが高温殺菌によって失われなかったからだということは想像に難くない。
命の息づく牛乳から、マールツァイトのパンは作られる。

コンプレ(315円)
石臼挽き全粒粉使用。
マールツァイトのパンを食べた人は思わず「まーるい味」と表現してしまう。
ヨーロピアンながっしりした皮の高らかな香ばしさ。
中身の味わいは複雑でしっかり実が入っているのに、やわらかで、おだやかで、しっとりしている。
急ぎすぎない、まろやかな甘さは、ミルクを彷佛とさせる。
舌と対立してこない、母性的な味わい。
中身の食感はむちっとしたのもつかのましゅわしゅわと溶ける。
カンパーニュらしく、食べる部分によって、クープの香ばしさ、酵母の野趣、ふすまのブラウンな味わい、国産小麦の白い草のような味わいと、さまざまな断面を見せる。

まぎれもない、国産小麦のみずみずしいおいしさがある。
小麦の銘柄の選択さえ、ミルク酵母のことを考えて行ったという。
「国産小麦もいろいろ試したの。
うどんを作るのに最高においしいといわれるものでも、決しておいしいパンにはならない。
ミルク酵母でいちばんおいしくなるのをチョイスしました。
作って食べてみて、この味好きじゃない、とか、深みがないなとか。
味はいいけど、香りが酵母に合ってないなとか、ふくらまないとか。
ヨーロッパの軽い小麦がいいかなと思うと、味わいがない。
いくらいい小麦があっても、不作で今年はありませんということもあるので、何種類か合わせないと。
1種類がなくなっても、それに似通ったものを使いますが、お客さまは小麦がちがうとわかっちゃう。
岩手のゆきちから、南部小麦、長野の白根、北海道の幸せのめぐみを使っています」

チョコパン(168円)
ハートから飛び出すチョコチップ。
全粒粉使用だが、白くて軽めの生地。
そこへチョコレートのほろ苦さが、まろやかで、淡いパンの味わいをじょじょに浸していく。
じわじわと小麦の甘さとチョコの甘さが浸透し合って、グラデーションがゆっくりとひと色になって、溶けた甘い液体は舌の上にひんやりと広がる。

バターフィセル
「ミルク酵母のパンはバターやチーズにとても合います」
それはこのパンを食べてもとてもよくわかる。
重厚なのに、軽やか。
厚みのある皮はかりかり、中身には味わいが詰まっている。
なのに、まろやかなので、強くない。
すぐに、生地の中のバターが舌で溶けはじめる。
すばらしい口溶けのせいなのか、なんなのか、まるでバターそのものを舌の上に置いたように錯覚するほど、その感覚はビビッド。
バターがたっぷりなのに、決してぎとぎとしたパンではない。
それとは反対に、ナチュラルで、マイルド、みんなの牛乳で作るバターは、とてもさわやかである。

マールツァイトのパン作りで譲れないところとは。
酸味のまったくない、きちんと温度管理された種と、もうひとつ意外な秘密があった。
「技術はもちろん大事です。
その中でも成形するところかな。
締め方。
慣れてないと、やわらかくなってしまう。
カンパーニュのような、大きいパンの場合、特に味がちがう気がする。
これだけは人にまかせられない」

自家製酵母のパンを作ることは、酵母といっしょに生きていくことだ。
白井さんの女性らしい感受性にとって、2つは分けることのできないものだ。
「あと、大事なのは、みんなが仲良くやってるということだね。
ぎすぎすしているときは、おいしいパンになってない。
酵母を扱うときは、はじめる前に挨拶してる。
『今日は○○です。よろしくおねがいします』
私がいわなくても、みんなそうするようになりました。
元気だと酵母が活性化していい香りがしてくる。
酵母の香りは毎日匂いを嗅いで確認しているんだけど、気がかりなことがあったりすると、パンが硬くなったりする。
原因は気温とかじゃない気がする。
私がいい気分じゃないとおいしいパンができない。
だから、みんなには、『私に気分よくさせてね』って言ってます(笑)」

自家製酵母を扱ったことのない人が聞くと、まるで迷信のように聞こえるかもしれない。
だが、植物に水をやるとき毎日話しかけると、きれいに花を咲かせることが、科学的に証明されているという。
そして、イーストを作るとき窒素を与えるように、酵母とは植物に似た生き物なのである。
なにより、この話が真実らしく思えるのは、私がマールツァイトのパンを何度も食べているからでもあるだろう。
マールツァイトのパンのまーるい味わいは、やさしさの中で育まれた酵母の味わいのように思えるのだ。

2年前に白井さんから聞いた言葉が、新しい実感を伴っていまさらのように思いだされてきた。
「ミルク酵母でパンを作る前にも、パン教室で教えたりしていましたが、その頃のパンというのは、食パンにしてもそうですけど、型に入れて、副素材や、添加物を入れて、高く膨らませよう、膨らませようとする。
ところが、自家製酵母のハード系のパンは丸めたら、そのままオーブンに入れて、1個1個ちがう形にできたのを、そのまま食べる。
そのままで個性なんだということがわかりました。
それからは、子育てもそのまんまでいいって思えるようになりましたね」

自然に作った生地をそのまま焼いた、やさしい味のパンを食べたあとでは、その言葉はますます私を安心させてくれるのだった。

(池田浩明)

東京メトロ丸の内線 茗荷谷駅
03-5976-9886

11:00〜19:00
日祝休み


#132


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ムーミン ベーカリー&カフェ(後楽園)
73軒目(東京の200軒を巡る冒険)

知られざるフィンランドのパン文化を教えてくれる貴重な店。
キャラクター優先という先入観で見ると真価を見誤る。
ベーカリープロデューサーを務めるのは、あのオーバカナルで辣腕を振るった、池田裕之氏。
福岡から定期的に訪れ、味のチェックは怠りない。

フィンランドのパンの特徴について、池田さんはこう語る。
「ライ麦を使っているという点はドイツのパンに通じていますが、それともちがう。
パンに甘さがある。
フィンランドでは糖蜜を使ってパンを作ります。
むしろ、ドイツ人は甘さを食事パンとして受け入れません。
かつて支配されていた、ロシアの影響があるのではないでしょうか。
北欧各国を旅行した日本人観光客で、パンがいちばんおいしいのはフィンランドだったと言う話を聞いたことがあります。
食パンでも砂糖が入っていて、単体で完結している」

スニフの黒パン(1/2 290円)。
糖蜜の甘さ、ライ麦の甘さ、よく焼けた生地の表面の甘さが響き合う。
しっとりした粘りのある生地に、すーっと歯が通っていく感覚の心地よさ。
生地のねっとり感が、舌に絡みつくように感じられる甘さとシンクロする。
細かい部分に分かれながら溶ける感覚はライ麦独特のもので、それがすーっと溶けていく。

スニフの黒パンサンド(380円)。
クリームチーズ&サーモンと、パストラミポークの2種。
甘い食事パンはおかずと出会ってさらに魅力を増す。
特に黒パンとクリームチーズの相性が印象的。
チーズが生地の甘さをさらにまったりとした甘美なものに変える。
濃く深い甘さはサーモンから臭みを消し、魚のうまみだけを引きだしてもいる。
ライ麦の香りはハムのスモーク感とも響き合う。

プロデューサーに就任した池田さんは2度現地を訪れて食文化を調査している。
「ヘルシンキには白い小麦のパンがありますが、それよりもっと北の、北極圏に属するラップランドでは、昔は白い粉(小麦粉)は手に入らなかったでしょう。
だから、ライ麦を使った重たいパンが多い。
四季のはっきりしている日本人から見ると、一見、貧しい食事をしているように思いますが、それは大まちがいでした。
フィンランドには旬の異なる30種類のじゃがいもがあって、彼らなりに季節を楽しんでいます。
クラウドベリーなどのベリーを摘むのも楽しみのひとつで、人の家になっているものもとっていいらしい。
夏にはザリガニを食べて、ウオッカを飲んで、長い昼を楽しみます」

体をあたためる効果があるスパイス、シナモンとカルダモンは、フィンランド人にとってなじみ深い、クリスマスの味である。
「シナモンやカルダモンを赤すぐりといっしょに煮込んだグロッギは、体をあたためるための一種のホットドリンクで、この香りがカフェから漂うようになると、クリスマスがきたなと思う。
子供はそのまま、大人は赤ワインやウオッカを足して飲みます。
日本人が寒くなると甘酒を飲むのと同じように、フィンランド人のおいしさの感覚に染みついていて、体が要求している。
映画『かもめ食堂』の、シナモンロールの匂いを嗅いでフィンランド人のおばさんがはじめて店にやってくるシーンは、まさにそのことを象徴していると思います」

「プッラ(菓子パン生地)はフィンランド人の朝ごはんで、シナモンとカルダモンの入ったプッラ(シナモンロール)を食べて、仕事へ出かけていきます」
慌ただしい朝、コーヒーで流しこむシナモン味のプッラは、フランス人にとってのクロワッサンのようなものなのだろう。

シナモンプッラ(170円)は池田さんにとって思い入れ深いパンで、ジンジャーを入れたのは、フィンランドの味を日本人においしく食べてもらうためのアレンジだ。
「カルダモンだけだとじーんとして、ストレートすぎる。
ダイレクトに伝わりすぎないよう、隠し味としてジンジャーを入れてみました」
私はこの話を聞くまで、フィンランドのシナモンロールにも、ジンジャーが入っていると思っていた。
それほど違和感がない。
甘いパンから、しょうがの風味がすることは、ペストリーを実に素朴な味わいにしていて、その風味が、食材が豊富でないはずの北の風土に思いを致させるのだ。
カルダモンのすっとする感じが、ジンジャーやシナモンの中にあるほのかな甘さとコントラストを作り出し、噛むごとにエッジを明確にしていく。
プッラ生地は、ブリオッシュに似ているけれど、ふわっとしていながら、もっちりと、やや噛みきれない感じが不思議で、独特。

池田さんは2度目にフィンランドに行く際、完成させたプッラの試作品を、ヘルシンキの老舗エグバーグに持っていった。
池田さんにフィンランドのパンについて助言をくれた工場長は、
「これならプッラと呼んでもいいと思うよ」
とお墨つきを与えたという。

「エグバーグは創業して200年の老舗で、情熱的な姿勢や、やっている内容に、同じパン屋として共感するところがありました。
オーナーには本をもらったり、調理場を見せてもらったり、いろいろやさしくしてもらった。
エグバーグさんのレシピを教えて、じゃなく、あくまでお店が気に入ったので、伝統的なパンや、地方独特のパンを教えてほしいと。
そのお店のスペシャリテを勝手に盗んで売ってしまうようなやり方ではありません。
フィンランドのパンをパン屋が本格的にやるのは、日本ではほとんどなかった。
パン屋には伝統パンを伝承していく使命がある」

フィンランドのパンが、その紹介者として池田さんと出会ったのは幸福なことだった、と思う。(池田浩明)


東京メトロ南北線・丸ノ内線 後楽園駅
03-5842-6300
ベーカリーコーナー:8:00〜22:00(通年)
カフェコーナー:8:00〜22:30(L.O. 22:00)[日・祝は〜22:00(L.O. 21:30)]

不定休
(C)Moomin Characters TM

#073

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ミルクロール(新中野)
72軒目(東京の200軒を巡る冒険)

パン屋の方向性は出尽くした、といわれる。
私たちにはVIRONがあり、ベッカライ・ブロートハイムがあり、フランス以外の名だたるパン文化を持つ国のパンも、秀逸な職人たちによってすでに焼かれている。
それでも、私たちは新しいパン屋を待っている。
そのためにパン屋を巡る。
ときに、開店して15年が経つ店に、パンの未来を見ることもある。

ミルクロールのコンセプトを「ブレッド・コープ」と名づけたい。
やや甘めの、やわらかい生地。
これをあらゆる具材に流用する。
デザインはすべてほぼ同じ、手のひらに収まるほどの丸形にワンポイント、具材のはみだしや、アーモンドスライスやレーズンのトッピングなどでかろうじて識別できる。
同じ丸い形で並んだクリーム色の菓子パンたちの、シンプルなうつくしさ。
作業性を極限まで高め、安く、より多く消費者に提供するための方法が、ミニマムな美を作りだす。

例えば、ブリオッシュ生地にはさまざまな具材が入れられ、菓子パンのヴァリエーションを作りだす。
クリームパン、あんぱん、レーズン、チョコレート、メロンパン…。
人にとってもっとも幸せな甘さ、やわらかさに案配されたブリオッシュ生地はどの具材と組み合わせても、滲みわたるおいしさを見せる。
ひとつの生地がさまざまな具材と出会っているからこそ、逆にそれぞれの素材の味わい、生地とのマリアージュの個性が際立つように思われる。

クリームチーズ(55円)。
ブリオッシュ生地の類い稀なしっとり感が、やさしく舌を撫で、ほんわかと甘さを滲ませるけれど、それはあくまでまったりとした強さにとどまる。
甘さの口溶けが、私たちに備わった糖分の吸収速度とシンクロするようで、だから心地よく感じられる。
やがて、舌にねっとりしようとするその手前、計ったようなタイミングですっと溶けきる。
ブリオッシュとレーズン、クリームチーズの三すくみ的な、完全なるマリアージュ。
ブリオッシュのおだやかな甘さは、ミルク風味でつながりながら、クリームチーズのおだやかな酸味と相補的に響き合う。
甘さと酸味の両方を持ち合わせたレーズンは、アクセントとなって、ひときわ鮮やかに両者を浮かびあがらせる。

焼いた端からパンがなくなる。
お客はみんなビニール袋がいっぱいに膨らむほど買っていく。
いま買わなくてはもういつ出会えるかわからない。
そんな決意を秘めて行列を作っているように見える。

ミルクロール(35円)。
この安さで、ロールパンがある朝食の幸福感はまったく裏切られない。
ほんのりしたミルク味と甘さ。
それが一日のはじまりを持ち上げてくれる。
中身が詰まり、かつやわらかい。
ごくほんのりとした甘さでも、このようにスムーズに溶けつづけて、溶けきるまで衰えることがなければ、それで十分なのだった。
ロールしていない、丸めてちょんと置かれた形。
その慎ましさ、ほんのりとした黄色のグラデーションも、幸福な気分にさせる。

安いから売れる。
売り切れるから欲望をあおられ、何個も買いたくなる。
欲しいパンを好きなだけ買うことができる。
それだけではない。
どのパンもふわふわでほのかに甘く、とてもやさしいことが、渇望を起こさせる。

飛ぶように売れるパンを切らさぬよう、店長がたったひとり、超高速でパンを作りつづける。
列をなすお客たちのために、人の手が動く限界の速度で。
まるでビデオの早送りのようなので、目の前にいる実物を一瞬ヴァーチャルと錯覚するほど。
店長は速度を少しも緩めず私の質問に答える。

「とにかく早く作らなきゃいけない。
だから手間がかかるものはやってません。
カレーパンのようなものは手間がかかりますから。
簡単なものだけでやってます。
なるべく安くしてたくさん売る。
ロールパンは手間がかからないんですが、菓子パンは手間がかかる。
手間かけて安く、というパンも最近は多くなってきました。
クリームも自家製ですし。
最初はロールパンがよく売れてたんですが、菓子パンのようなものをお客さんが求めるので」

「早すぎて雑なんじゃないかというお客さんがいますが、最低限でやっています」
と店長は苦笑するけれど、私には逆に見える。
ミルクロールのパンはうつくしい。
人目を惹くためではなく、より速く、より多くを目的として作られるがゆえに。
クリーム色の菓子パンたちの同じ丸い形。
人の手のひらが、もっとも合理的にすばやく作りだせる形なのだろう。

山形キングスブレッド(210円)。
さくさくとした耳、やさしい発酵の香り、やわらかい甘さ。
いくつもの美点が、一口食べただけで頭の中に渦巻く。
ぷるんとたわんで、ぷりんと歯切れる。
生地は噛むたびに口の中で丸まっていき、味わいの一瞬の凪ぎのあと、口の奥をミルクのやさしい甘さが満たす。
甘さがリーン、という矛盾した表現をあえて使う。

ブリオッシュ同様、紅茶フレンチトーストのような食パンから派生したパンも、まるでそのために作られた生地のように、魔法のようなおいしさがある。(池田浩明)


ミルクロール
丸の内線 新中野駅
03-3381-5541
11:00〜19:00
日祝休み

#072

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ブーランジェリールボワ (中野富士見町)
68軒目(東京の200軒を巡る冒険)



クロワッサン(180円)を食べ、むせ返る。
そんなことはいままで決してなかった。
きなこ餅を食べるときと同じことだが、このクロワッサンの皮はパウダーのような微粒子にまで細かく分かれるので、気管へと迷いこみ、喉につまる。

切断不能のか弱い皮。
森シェフがこだわるのは、ぱりぱりのさらに上の「くしゅくしゅ」という食感。
噛むより前に勝手に崩壊。
口の中で雪のように降る、無数の破片。
バターの滲みだしは、テーブルに落ちた小さな破片をつまんで口にしたときにすら感じられるのだ。
中身の白い部分もあっというまに溶け、消えていってしまう。

ルボワはフランスのブーランジュリーを目指す。
パンの味だけではなく、肌で感じるような目に見えないものまで再現しようとしている。
「空気感、雰囲気が日本のパン屋さんとはちがいますよね。
匂いであったり、感じであったり。
お客さんに雰囲気を楽しんでもらえれば。
行った人にしかわからないような、そういう空気を出していきたい」

何から何までフランスと同じにすることを意味していない。
もしそうだったら、敷居が高くなって、フランスのブーランジュリーのもつ日常性から遊離してしまうだろう。
日常ではあるけれど、気持ちをちょっとだけ高めてくれる。
それがルボワの目指す「空気」ではないだろうか。

この話を聞いているときにやってきた小学生の男子。
常連と思われる彼はひとりで気楽に店に入ってきて、「あのパンも好きだし、このパンも食べたいけど」という感じでショーケースを覗きこみ、気に入ったパンを選んで、本日のおこづかいであろう百数十円を手渡すのだった。
その場面は、フランスでパン屋が、子供たちにとっては、日本の駄菓子屋のようなおやつを買う場所であることを思い起こさせるものだった。

たとえば、ジャムパン(100円)。
小さく、ほっそりとしたパンは水分を飛ばして焼かれている。
しゅっと溶ける目の細かい生地から沸きだす、ほどよい甘さ。
その隙間という隙間にたっぷりのラズベリージャムが滲みこんでいく。
きりりとした酸味とともに。
そのすっぱさを溶かして自分なりの甘さに馴染ませていく作業にいつのまにかはまっていた。
ざりっざりっと心地よく噛みしめながら、ジャムと生地を混ぜ合わせ、ぐっとくる甘さへと育てていく。
食べ終わってもジャムの鮮烈さがじんじんする。
100円では普通は味わうことのできない本物の味がこのパンからはしてくる。

「ヨーロッパのパンそのものでなくてもいいんですよ。
自分の考えるヨーロッパを、クロワッサンやバゲットでだしていこう。
似たものであって、同じものではない。
僕の中でイメージするヨーロッパ」

その話は、かってクロワッサンについて取材したときに森さんから聞いた話を思い起こさせた。
パリに着いてはじめて食べたクロワッサンのおいしさに感動し、それを再現するために長い時間をかけて何度も何度も試行錯誤を繰り返した。
あまりにも長い時間、その一瞬の味わいを追いかけてきたために、もう自分の作っているクロワッサンがそのとき食べたものと似たものかどうかも、本当にはわからなくなってしまったのだと。
それは人の作りだすものが、模倣を超えて本物になっていく過程なのだと思った。

「ていねいに作る」。
しばしばパン職人から聞かれるこの言葉に、森シェフはややちがった照明をあてていた。
「ひとつひとつ正確に成形する。
すべてが同じ形になるように。
きれいに形が出るように。
あんぱんでも、きちんとおしりをつまんで、同じ形になるよう。
パンだから、不ぞろいはあってもいいと思います。
それよりも、気配りをしてあげる。
卵を塗るときにも、ぱーっと手際のいい感じでするのではなく、きれいに端まで塗ってあげる。
製品をチェックするみたいにやってます」

目の前の仕事をきちんと行う。
そのことを完了させることだけをそれは意味していない。
そのときの心のありよう、目線の持ち方が、もっと大事なことにまで波及していくように、森シェフは考えている。

「パンは生き物です。
目をかけて作ってあげたい。
気持ちをこめて作るということ。
気配りがお客さんにちょっとでも伝われば。
おいしいものを提供したいので、心をこめて」

単なる精神論でなく、「心をこめる」ことには合理的な理由がある。
「ひとつひとつ丁寧にやることで、生地のでき具合が焼けるときにわかります。
修正点がわかるので、翌日に修正できる。
いい加減に作ればいい加減にできる。
パンは正直です。
微妙なちがい…色つきやふくらみ具合のちがいを知ることによって、発酵をもっと長くとろうとか、ミキシングを弱めにするとか、理想のパンに近づけていける」

パン1個1個の顔を見ているのだと思った。
たとえば、動物園で猿山を見ても私たちにはぜんぶ同じ猿にしか見えないが、飼育係なら全員の顔を覚えて名前をつけ、その猿にふさわしい接し方をしていることだろう。
パン職人は、同じようにパンの表情を正確に記憶し、生地が分割された瞬間から、焼き上がり、買われていくときまで、追跡調査していく。
つぶさに観察して得た情報は次回の製造へフィードバックされる。
心をこめてパンを成形する時間とは、パンをひとつひとつ心に刻みつける時間でもあった。

売れ残ったパンを、両親のいない子供たちの施設へ届けている。
「誕生日にはその子の好きなものを食べられるのですが、そのとき『バゲット』といってくれた子がいたり。
卒業式に自分のなりたい職業を発表することになっているのですが、『パン屋になりたい」といってくれた子もいたそうです。
思いが伝わって、おいしいと思ってくれてるんですね」

ブロン(130円)。
衝撃のパン生地。
どこまでが生地の食感で、どこからがチーズなのか。
もちもち以上のむちむち。
もわーんと潰れて、にっと歯に触れ、舌にねっとり。
はちみつの甘さが生地の食感と激しく共振する。
その甘さもまたチーズのコクと親しくて、どこからどこまでかわからない。
チーズの酸味という凹と甘さという凸が完全にはまり込むからだ。(池田浩明)


東京メトロ丸ノ内線 中野富士見町駅
03-3229-8015
9:00〜19:00
日曜・第2第4月曜休み

#068


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近江屋洋菓子店(淡路町)
43軒目。

パン屋はどこもそうだけれど、この店の扉を押すとき特に、きてよかったという感に打たれる。
買ってきてもらったパンだけを食べるのではなく、近江屋洋菓子店の雰囲気に触れたい。

高い高いコバルト色の天井、色とりどりの石が敷き詰められた床、一直線のショーケースとカウンター。
弛みもなく整然と椅子や調度品が並べられている。

なんといっても制服がかわいい。
空色のワンピースに白いブラウスとエプロン。

ショーケースの中にはクラシックな洋菓子の数々。
いちばん目を引くのはなんといっても、いちごのショートケーキ。
店主が毎朝太田市場で仕入れるいちごを使い、たっぷりの生クリームが盛り上げられている。

ケーキ屋としては例外的に、たくさんの種類のパンが置かれている。
菓子パンはもとより、惣菜パンが充実している。
この完璧なインテリアの中で、洋菓子という非日常と、惣菜パンという日常との取り合わせは不釣り合いに思えるかもしれない。
近江屋においてはまったくそう感じさせない。
コッペパンの焼き色がうつくしい。
そこに盛られた卵フィリングの黄色やポテトサラダの白には、ショートケーキと同じ品を備えている。

店主夫人で販売を切り盛りする吉田優子さん。
「ケーキ屋でこれだけの量のパンがあるのは珍しいと思います。
それは近江屋が最初パン屋からはじまっていることに関係しています。
2代目が明治30年頃にアメリカでパンと焼き菓子を覚えて帰ってきて、それから本格的にパンを焼くようになりました」

創業120年以上。
近江屋の魅力とは歴史の重さだけなのだろうか。
「そのときその時代の好みや流行りに合わせて変えています。
菓子パン生地も甘みが強い重たいものでしたが、配合を変えて、軽くしました」

クリームパン(116円)。
平らにのばした生地を2つ折りにしたよそでは見ない形。
それがクラシックでいかにも近江屋らしいと思う。
でも、このクリームはとても軽やかである。
卵と牛乳の風味はしっかりと放ちながら甘さは控えめ。
見かけに反して、いま評判になっているクリームパンと同じようなふわふわ感だったので驚いた。
ところが、パンをずっと噛み締めていくと、昔ながらの店でよく味わうような古めかしい感じが滲みでてくる。
新しいようで古く、古いかと思えば新しい、レトロのメビウス。

吉田さんは紙袋を持ってきて示した。
「これは昔の包装紙のデザインを、主人の考えで復刻したものです。
でもすべて昔のままではなく、電話番号もいまのものにしてありますし、ホームページのURLも載せています。
そのまま継承してやっていくだけでは生き残っていけない。
あるものは変え、形は残す。
イーストだって昔はなかったんです。
麹から起こした種を使い、ふとんの中に入れてあたためたそうです。
今年で92歳になるうちの職人さんだった方に聞きました。
13歳から勤めているので、戦前の、7、80年も前の話になるでしょうか」

変わるものと変わらないもの。
時代に合わせて近江屋が変革をつづける、その変え方にも、近江屋らしい伝統が働いているように思われる。
いっぽう、変わらないように見えるものも、時代の波に洗われて無傷ではいられないのだと。
この店には、いつまでも変わらずに、変わりつづけてほしいと思った。


たまご(147円)。
愛パン家・渡邉政子さんが絶賛する卵サンド。
すべてがふんわりしている。
コッペもふわり、卵フィリングもメレンゲのようにふわり。
しかし、味はかなり塩をきかせて、ふわふわなところへめりはりをつけているし、コッペの表面のよく焼けた香ばしい香りは、卵のやさしい甘さに対してアクセントになっている。
隙間なくぎっしりと詰め込む心遣い。
小さめの形、焼き色のうつくしさも洋菓子店ならではの美意識。

あんドーナッツ(158円)。
あんぱんが人気の店のあんドーナッツ。
平たいけれど思いのほかずしっとくる。
表面にカリカリとしたところもあれば、中身はもちもち。
油を吸ってどこまでもしっとりした生地には、すがすがしい歯切れ、心地いいしつこさがある。
あんこの甘さとドーナッツ生地、ふたつのしつこさが競い合うけれど、あんこの後味がさっぱりして、上品にまとめられているのが、近江屋らしい。(池田浩明)

喫茶スペースでは525円の飲み物バイキングあり。


東京メトロ丸ノ内線 淡路町駅/都営地下鉄 小川町駅/JR中央線 お茶の水駅・神田駅
03-3251-1088
[月〜土]9:00〜19:00
[日・祝]10:00〜17:30(パンは休み)

#043


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