パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パン家のどん助(東新宿)
129軒目(東京の200軒を巡る冒険)

新宿は平らではない。
丘もあれば谷もあるのだ。
丘のてっぺんである抜弁天から、細い谷道を下っていく。
住宅街に商店がまばらに並んだ、商店街のような、路地のような、久左衛門坂に沿って、この店はある。
およそ、派手な商売には似つかない、地元の人でなければほとんどたどりつけないだろう場所に、隠れるようにして。

あんぱんやクリームパン、カレーパンがならんだ品揃えは、地元密着の飾らないパン屋そのもの。
その中にあって、数少ないハード系のパン、バゲットやパン・オ・レザンの色や形やたたずまいが、このパン屋の非凡さを告げていた。

バゲット(231円)
皮に明るい甘さ、セレアル的な甘さが濃厚にある。
皮は薄く、そして強く、せんばいのようにばりばりと爽快に割れ、ざらつく舌触りも快く、特にクープ周辺のかりかり感がすばらしい。
細身であり、皮がこれだけ乾いているのに、中身はかなりしっとりしている。
だから、皮の味わいの濃厚さにもかかわらず、中身が溶けるとともに酵母の素朴な風味が持ち上がってくる。
時とともに皮の味わいは移ろって、中身の味と合流して、さらに馴染み深いものとなっていく。

主人である斉藤建太郎さんをひと目見たとき、この人こそ「どん助」であろうと私は思ったが、それは早合点だった。

「店名なんてなにも考えていませんでした。
ブーランジェリーなんて名前はちょっとな、と思ってた。
飼い猫の名前がどん助だったので、それを店名にしただけで。
どん助は17歳でいまも生きています。
ちっちゃい頃、父親がこの場所でパン屋をやってました。
製菓学校に行きながら、夜はパン屋さんでバイトをしてました。
パン作るのっておもしろいなと思いました。
浅野屋でバイトから社員になりましたが、すごい修行をしていたわけでもありません」

「開店のとき考えてたイメージなんてまったくないんですよ。
だんだんこうなってきた。
最初は硬いパンも焼いてましたが、売り方が悪いのかもしれないけど、ここでは売れなかった。
それでいろいろ変えていくうちに、いまのようになっただけで。
お昼にお客さんが調理パンがほしいとなったらそれを作ったり」

「考えない」という言葉を何度か使っていた。
それがきっと斉藤さんの持ち味なのだと思う。
お客さんに合わせて柔軟にメニューを変えていくことで、この土地の持つものと店主の個性を自然に混ぜ合わせている。

どん助ごまあんぱん(126円)
猫の手の形。
とろとろのあんこを薄皮が包むさまが、ウォーターベッドのように、手で持つとむにゅむにゅする。
はじめにパンがむちっときて、突き破るとあんこがどろっとする。
あんこの黒ごまの香り高さと、濃厚でコクのある甘さが、喉へと反響していくさまに意識を奪われてしまう。
けれどよく味わうと、パンの秀逸さに気づく。
素朴なやわらかさ、ふさふさした舌触り、小麦味と発酵のあたたかい香り。
甘さがほのかでほんのちょっと足りない感じに、ぎらついたごまあんの甘さが中和される。

「おいしいものを作るっていうのを心がけてます。
技術なんてまったくないですよ。
極力やれる範囲をやろうというだけで。
カレーやトマトソースも作りますし、コロッケも自分で作ってオーブンで焼いたり。
パンは基本のことをやってるだけです。
材料は極力いいものを使おうと思っています。
砂糖、塩、バターなどはパンに入れるものですから、特に心がけて。
砂糖は三温糖、塩は沖縄の塩、ハード系にはゲランド塩を使っています」

斉藤さんのいう「おいしい」とはなんなのか。
どん助のパンの味を思いだしながら私は考える。
それはきっと素材のよさなのだろうし、基本を大事に手間をかけて作ることなのだろう。
2つがベースとしてあり、抜群のバランス感覚でまとめあげる。
皮と中身。
焼き加減としっとり感。
パンの小麦味とフィリングの甘さ。
両者は強く引き合いながら、決着のつかない綱引きのように、均衡している。
ひとつが強すぎないために快く、しかもいくつもの味わいを同時に感じられる。

ラムレーズンサンド(176円)
ソフトフランスのようで、もっとむっちりして、引きがまったくない感じで、歯がちょっとめり込むようで、だが、さくっと歯切れる、生地の感じがすごくいい。
味わいはプレーンなようで、ほのかにミルクっぽいあたたかい甘さがある。
自家製のクリームが秀逸。
甘さがやわらかく、隠し味のシナモンの与えるコクがあって、ラムがじわじわと発揮して甘さをより舌に滲みいらせ、そこへレーズンの酸味が襲ってすべてをさわやかにする。
舌に残らない甘さのバランスがよく、それを生地もうまく受け止める。

斉藤さんはよく笑った。
インタビューをしているときもそうだし、パンを作るときはもっと笑っていた。
ひょっとしたら楽しく作るとパンはおいしくなるのではないか。
どん助の懐深い味わいを思いだすにつけ、そのように感じられた。(池田浩明)

パン家のどん助
東京メトロ副都心線・都営大江戸線 東新宿駅
03-3203-6671
7:00〜19:00
日祝月休

#129






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#129
200(東京メトロ副都心線) comments(3) trackbacks(0)
ベーカリー パンプキン(雑司ヶ谷)
95軒目(東京の200軒を巡る冒険)

池袋の駅前からつづいていく東通りは不思議な商店街である。
わずか数百メートルで東京の喧噪はやみ、山手線の内側ではないようなひなびた雰囲気の町へいつのまにか誘う。
そこが雑司ヶ谷であって、都電荒川線の踏切の音が聞こえるほど近づいたところに、レンガ作りのパン屋がある。

飾りのない昔のパン屋の面影を残している。
近くに住んでいる知人のパン職人に教えてもらったのでなければ、パンを買おうとは思わなかったかもしれない。
この店に売っているもの、ロッテや明治のお菓子、コーラなどの飲料、弁当。
自分で作ったパンだけを売っていなくては、まじめなパン屋とはいえない。
そうした思い込みにとらわれていたが、まちがいだった。
パンは食べてみなくては絶対にわからない。

店主の赤木健二さんは3代目。
「もともとは川越屋という和菓子屋さんでした。
おじいさんがはじめて、それからずっとやってるんですけど、父の代にフジパンを売ってました。
袋入りのではなくて、工場からそのままきたパンを並べて売る商売でした。
それが、30年ぐらい前に、パンを作ることって自分でもできるんじゃないかと思って、スクラッチ(粉からパンを焼きあげて売る店)をはじめました。
私が代わったのは20年前。
ちょうどバブルの頃で、お客さんがいっぱいくるし、よろこぶお客さんの顔が目の前で見えるし、こんないい商売ないと思って(笑)。
私は専門学校をでて、そこの先生にいろんな店を紹介してもらって教えていただいたり、橋本さんというコンサルタントになられた先生に教えてもらったりして、あとは独学です。
父親も独学。
本しか読んでない。
それでパン屋やっちゃったのもすごい」

木製の台の上に焼き上がったばかりの食パンを並べて粗熱をとっていた。
「もう40年になりますかね。
木って匂いがつくでしょ。
それがないんです。
もう古いものだから安心というか。
古いってだけで安心するのもおかしいんですけど(笑)」

道具がさりげなく歴史を物語る。
仕事の習慣には無意識の慣性が働く。
強いこだわりというほどではないが、変えるまでもない。
しかと目に見えるわけではない細部が、実はパンの味を決めているのかもしれない。
父からパンを習ったわけではないという赤木さんは、身近に見ていた後ろ姿や、店舗や道具によって、老舗の力を受け取っているのかもしれない。

「昔はコンビニも弁当屋もなかったし、お客さんがいっぱいきました。
今はそういうの次々とできて、次々とやめていく。
残っていくのはたいへん。
うちは姉と私の家族だけでやってるんで、成り立っています。」

周辺にはオフィスが多く、主な常連客は会社員。
コンビニ、弁当屋との競争に勝たなくてはならない。
「飽きさせないことが大事なのかなと思います。
お客さんは、サラリーマンや、OLさんがほとんどで、毎日くる人が多い。
毎日見てあきちゃうとこなくなるので、商品のサイクルを短くするしかありません。
1ヶ月でなくなるものが多いです。
アンテナを張って新商品の情報を得るようにしています。
お客さんから、どんなに『あれまたやってほしい』といわれても、最低半年は間を置きます。
あるとわかっていて、それを目当てにきちゃうとつまんない。
忘れてもらって、リセットした頃に『ああ、あった!』と。
楽しいなという感覚、店にきて楽しいのを探すという感覚が大事じゃないかと思います」

フレンチトースト メープルシロップ(120円)。
4枚切り食パンで作った分厚いフレンチトーストが、歯で少し触れただけで噛み切れる。
メープルの香ばしさ、そして表面の糖分がカラメルのように焼けた香ばしさ。
そのかりかりと、中身のくにゃくにゃにコントラストが強いのは、この厚さならでは。
シロップの甘さから、食パンの淡い甘さへと、時間とともに甘さが順送りに移ろっていく。
「たしか食パンの4枚切りが余ったとき、これを利用して作ろうと思ったのがきっかけじゃないかな。
食パンを食べてほしいと思って作っています」

袋菓子や弁当とともにパンが並ぶ、昔の雰囲気のこの店には、食パンやあんぱんが似合う。
赤木さんが大切にしているのもそうしたパンだ。
「ポンパドールの袋を持って、あんぱんだけ買いにくるお客さんがいました。
わざわざそれだけのためにきてくれたのありがたいと思いました。
ハード系は他のお店にまかせて、うちは菓子パン、サンドイッチ、食パン。
食パンはよそのお店の方にも、『おまえんとこは食パンうまいんだよなー』といわれます。
このへんのお客さんに、硬いパンは合わない」

BIGかぼちゃパン(400円)。
ご当地パン祭りに東京代表として出場、の声も上がったほどの、雑司ヶ谷の名物パン。
かぼちゃペーストを練り込んだ生地はまるでウコンのようなスモーキーな甘さとほろ苦さが同居し、東洋風ブリオッシュとでも呼びたくなるほど、リッチな香ばしさがある。
かぼちゃあんはもっさりとして、舌にまとわっては、やさしく消えていく。
かぼちゃの種がアクセントとしてちょうどいい。
巻貝のような渦巻型の生地が手でちぎるとするするとほどけていく。
やわらかく、なめらかで、かつかぼちゃのせいなのか繊維状にもなっているので、脱脂綿にも似た独特のふわふわ感。

七福神あんぱん(450円)。
どんなあんこがでてくるか楽しい。
うぐいすあん、塩あん、紫いも、かぼちゃあん、こしあん、白あん、桜あんぱんの7種類。
雑司ヶ谷七福神にちなんで、店でだしているさまざまな種類のあんぱんをこぶりに作って、ひと袋にパッケージ。
生地が秀逸。
やわらかく、ふわふわで、なめらか、そしてちょっと引きがある。
唾液を吸って丸くなり、そのうちねっとりしてきて、あんこと同じ食感になって、響きあう。

昔ながらのパンを大事にしながら、コンビニの新製品攻勢にも正面から勝負を挑む、パンプキンでなくては、この企画はできない。
今度は都電に乗って行ってみたい。(池田浩明)

東京メトロ・都電荒川線 雑司ヶ谷駅/JR山手線 池袋駅
03-3971-7511
8:00〜20:00

#095


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#095
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ラ・バゲット(東新宿)
52軒目

ラ・バゲットのパンを食べて私はフランスを知った。
異質な文化の感触を。
もう十数年前になるだろうか。
新宿・花園神社近くのフランス料理店で、料理の傍らのカゴに盛られたバゲットの香ばしさは、それまで私が食べたことのあるバゲットとはなにかがちがっていた。
こんなにおいしいパンを日常的に食べている国がある。
当時、ラ・バゲットのパンを口にすることは、実際に行ってみることなど思いもよらなかったその国への、飢餓にも似たあこがれを満たす、数少ない方法だった。

日本人の異文化の吸収力はものすごい。
それは文明開化や高度経済成長といった歴史が証明するが、フランスパンについても同様である。
いまや、日本のフランスパンは、フランスのフランスパンよりもおいしくなった。
それゆえに、逆説的ではあるが、ラ・バゲットはいまなお、もっともフランスに近接したパンを焼く一軒だといえる。
にもかかわらず、この店はパン好きにさえ、あまり知られることがない。
なぜか。
ラ・バゲットのパンを採用するフレンチなどのレストランは数百軒に及び、その中には名店とメディアで賞されるレストランも、少なからず含まれている。
プロユースの卸し専門店。
それがこの店の行き方だからだ。

シャッターはいつでも半分閉まっている。
もちろん誰でもパンを買うことができるが、建物内部はすべて工場になっていて中には入れない。
入口で窓越しにパンを指差し、お金を払い、パンを受け取る。
いかにも不親切に思える、事務的なこのシステムが、逆に、パンへの期待感を嫌が応にも高めてくれる。

「渉外担当 鈴野恭司」
シェフであり、オーナーである人物が、名刺に刷り込んだ肩書きである。
なぜ、ラ・バゲットは卸の専門店として成功を収めるに至ったのか。
彼の考えは、およそどのパン屋とも似つかない、営業的な視点に立ったものだった。

「一言でいうと、便利だった。
それまでの納め業者さんになかったぐらいに。
当日注文、当日配送。
レストランさんにとってとても都合のいいシステム。
価格も、味も、扱いやすいパン。
この便利な注文システムにあって、使えるパン。
都合のいいように努力しているだけ。
ばたばたですよ。
でも、どんな案件にもうまく対応しています。
そのあとじゃないかな、パンの味というのは」

味よりももっと大事なものがある。
パン職人がなぜこのような営業的な考えを持つに至ったのか。
いわゆる「パン屋」を断念することから、ラ・バゲットの歴史がはじまっているからではないか、と鈴野さんの話を聞いて思った。

「パンって設備にすごくコストがかかる。
ル・ノートルなどで12、3年修行しましたが、自分のパン屋を開けるかどうかわからなかった。
それで、フランスに旅に出たんですよ。
パン職人はもうやめるつもりで。
1年近く旅に出てた。
帰ってきて、なにしようかなと考えたとき、どうしても粉ものを考えてしまうんですよ。
そば屋とか。
でも、やっぱりパンしかないのかな、と。
29か30の頃です。
先輩から、閉店した店を二束三文で譲り受けた。
13坪。
まるで駐車場みたいな殺風景なところで。
以前、店があった場所は、飲食店に勤めにいく人が多く住んでいて、店で使うためにうちのパンを買ってから出勤する流れがあった。
飲食店というのは、横のつながりがあるから、それが口コミで広がっていった」

「ご存知だと思うんですが、町場のパン屋で、フランスパンは売れない。
うちも、10本、20本しか作っていなかった。
だから、飲食店でほしいといわれても、できるまで待ってもらうことになり、「じゃ、配達しますよ」と」
窯でパンを焼いているあいだに自分で店まで配達した。
当時、1995年頃はビストロブームで、1200円ぐらいで、前菜・デザートもついたプレフィックススタイルが人気になった。
1年目は2、3軒で使ってもらっていたのが、2年目には30軒、3年目には100軒にもなった」

「それまで、フランスパンの配達というのは、だいたいワゴン車とか四輪で行っていたんですが、うちはその横を三輪バイクで走っていった。
ピザ屋の配達のバイクありますよね。
あの箱に合計130本入る。
130本ということは、1軒10本として、13軒に配達できる。
早く配達できるから、当日注文で、その日のディナーにあたたかいパンを提供できる。
その日の天候や客足を見てから注文できるから、ロスがなくなる。
レストランさんにとって都合がよくなるんですよね。
都合がよくなれば、いやでも広まっていきますよ」

パンを売るのに大事なのは、味ではなく、顧客にとっての都合のよさ。
パン自体のことがまるででてこないビジネスの話を聞きながら、私はいぶかしくなった。
自分の舌が、である。
ラ・バゲットのパンが本物のフランスパンだと感じたのは、単なる思いこみだったのか。
鈴野さんは「渉外担当」であり、シェフではないのか。
彼は1年間の旅にでるとき、本当にパン職人であることをやめてしまったのか。
そうではない。
彼はやっぱりフランスへ旅にでた人だった。

「バゲットはおもしろいから作った。
作っていると楽しい。
あんぱん、メロンパンはおもしろくなかった。
食事パンが作りたい。
副素材を使ってないパンは、みそやしょうゆと同じ発酵食品。
パンと対峙して、ゆっくりと作っていける。
買いやすい価格にするために、手に入るもので無理なく作る。
あまり高い素材は使わず。
とてもおいしくて、並ばないと買えない、というパンじゃない。
だけど、ものすごく味の努力はしていますよ。
なるべく小麦粉の風味をだすように。
ものすごく研究しています。
科学の範囲に入りこむぐらい」

「10年前はもっと軽かった。
味は3回変えてます。
だんだん重たくなってる。
時代の流れに合わせて。
ポールさんとか、メゾンカイザーさん、ヴィロンさん、ドミニク・サブロンさん…フランスのパン屋さんが入ってきて、重たい『噛み締めパン』が認知されてきた。
菓子パン、調理パン主流の時代は、軽くて風味がよくて、さくさくだったらよかった。
フランスは意識しています。
何回も行って、本場の味を踏まえながら」

「パンの好みはいろいろあります。
でも、フランスパンにいちばん求められるものって、いちばんは食感、次に味、風味。
味を強くだしちゃうと、食感が崩れる。
食感を強くすると、味が軽くなる。
食感をまず大事にしたい。
その中で風味もなるべくだしたい」
味をとるか、食感をとるか。
二律背反のバランスに苦心し、あわよくばそれを超えて、両者を並び立たせる方法はないかと模索する。

店名に「バゲット」と掲げたこの店が、理想とするバゲットとはなにか。
「十分に小麦の風味を出し切っていて、それで食感もいいものを作るのがいい。
肉も腐る寸前がうまいといいますけど、パンも同じ。
タンパク質を破壊寸前まで分解したパン。
小麦粉のタンパク質を分解して、味をどれだけ引き出すか。
ポテトチップを食べていくと、最後に袋の底に細かい破片が残りますよね。
あのしゃりしゃり加減。
タンパク質というパンの骨組みがどろどろに切れて、破壊されちゃってるんですけど、それを焼いてもう一度固まった状態。
だから、噛むと口の中でしゃりしゃりになる。
味わいも引き出されて、食感もしゃりしゃり。
冷蔵して長時間発酵したパンをいまは2回焼いてますが、電力などの関係ですべてはできない。
ぜんぶやりたいが、まだ早い」

バゲット(263円)。
香り立つ皮が勝手に崩落する。
その感覚をリピートするためだけにさえ、1本をまるごと食べきってしまいそうになる。
強く香るとか、ほのかに香るとか、量の問題以前に、質として目覚ましい。
甘く香るのではなく、高貴に香り、味わいは出てくるのではなく、食べ手が引きずり込まれる。
主張のある風味が皮に集中する一方で、中身の味わいは純白である。
自分の味を持つより、料理に場所を空けるかのようだ。

角食(263円)。
甘い香り、独特の発酵の香りが、一瞬漂ったかと思った。
しかし、食事パンに個性は必要ないとばかり、それは夢のように消え、リーンな口溶けの世界が現れる。
わずかにわずかに溶けていきながら、小麦味は変化を遂げる。
きちんと発酵したパンのもつ実にいい味わいが、溶けるとともに、より小麦の生(き)の味わいを露出させていく。

店で顧客ひとりひとりにバゲットを手渡すのではなく、レストランで供されるという形で、もっともっと多くの人に食べてもらうという戦略。
店名など誰一人知らなくていい。
自分の手がけたフランスパンをひとりでも多くの人に食べてもらえればそれでいい。
一度はパン職人であることを断念し、名刺に「渉外担当」としか書かない人物の、バゲットにかける、形を変えた情熱。


ラ・バゲット
東京メトロ副都心線 東新宿駅/東京メトロ副都心線・丸ノ内線・都営新宿線 新宿三丁目駅
10:00〜18:30
日曜休

#052


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ますだ製パン(北参道)
47軒目

ブーランジュリーで修行し、その手のパンを作るテクニックを持っていたとしても、横文字店名をつける必要はない。
フレンチな外観にする必要もないし、むずかしいフランス語で商品を名づける必要もない。
「そうしなければならぬ」の磁場に、私たちはついつい覆われがちだが、ますだ製パンは、それに感染することもなく、飄々と存在している。

一見、老舗チックな店名に比べ、増田シェフの意外な若さに驚く。
あえて町場のパン屋風の店舗で営業する理由について
「普通にしておけば、なんでもだせるじゃないですか。
こぎれいにしてしまうと、「あんぱんだせない」「カレーパンだせない」となってしまう」

昼時ともなれば多くの人が詰めかける、普段使いのパン屋として成功している。
ブティックやモード系の会社が多いこの町で、下手にブーランジュリーな外観を装うと、本当に敷居が高くなるか、かえって違和感があったかもしれない。
でも、ちょっとずつ、ビビッドな壁の色や、品揃えにあるごく微量のマニアックさで、本気の志はそこはかとなく伝わってくる。

実は、ヒルサイドパントリー、オー・バカナル…と、おしゃれな実力店で修行している。
中でも、隠れた名店として知られるラ・バゲットでは大事なことを学んだ。
「わかったのは『気』ですかね。
そこでは毎日1000本以上のフランスパンを焼いていました。
パンというのは毎日同じようでも、微妙にちがう。
体調が悪いときは、パンのできも悪い。
料理するとき『気持ちをこめる』といいますけど、その感覚がわかった」

この店の名物であるクリームパンの、クレームパティシエールのなつかしい淡さ、ミルキーさは一度食べたら忘れられなくなる。
「薄味のほうがいいと思っています。
濃い味は飽きがきやすい。
薄ければ、途中で食べ飽きないし、もう一回食べてみたい、となるでしょう。
ちょっと物足りないぐらいがちょうどいい。
通りすがりの人は、印象が残らないかもしれませんが(笑)」
あえて主張はしない。
「わかる人にはわかる」感覚は、常連にも、パン好きにとっても実はうれしい。

人へのやさしさは、フランスパンにも感じられる。
「万人に受けるものを作りたいので、ハード系も食べやすくしています。
中には硬いのが好きな人もいて『やわらかくていやだ』というご意見もいただきますが。
僕はパン好きでパン屋になったほうではなく、ごはん党なので、どっちかというと食べやすいほうにいってしまう」

ジャンボンフロマージュ(330円)。
ついいろいろな野菜をはさみたくなってしまうのが人情なだけに、こうした本場と寸分違わぬシンプルなタイプには、意外と出会えない。
「バゲットサンドは口が痛くなるのでいやだ」という人は、ぜひここで試してほしい。
皮のうれしいぱりぱり感は本物のバゲットだと感じさせるのに、至って馴染みやすく、とがりがなく、中身もなめらか。
大量のバターを適当に塗るのもフレンチスタイルで、さすがオー・バカナルにいたシェフだと思わせる。
塗りきれないバターの固まりが口に入った瞬間、ハムとチーズとパンのそれぞれが、バターとのあいだで、マリアージュの炎を燃えあがらせる。

ハイジの白パン(100円)。
白パンとは、生っぽいのが命のパンだが、生すぎても困る。
この生地は生(き)ではあるが、生すぎず、焼き付いてもいない。
むっちりではあるが、口に入れてから溶けるまでどの瞬間にも、味わいの充実がある。
触れれば傷つくほどにやわらかい生地が、噛めばむっちりと潰れ、しゅるしゅると口溶ける。

生キャラメルサンド(160円)。
こんなにおいしいコッペパンがあった。
甘くなく、やや塩気を感じさせて、小麦の味わいがスムーズに広がる。
気泡はやや大きめで、皮は(特に底面は)快い硬さを感じるほどにがっちりと焼かれている。
つまり、フランスパンに近いのだけれど、そのすっきり感がキャラメルのおいしさをとてもよく引き出す。
口にした瞬間のキャラメル味でむせかえる感覚もいいし、それが引いていったあと、キャラメルがほのかに滲みこんだパン生地が、本領を発揮し、小麦味をだんだん強くしていく感覚もいい。
本物のフランスパンを知るシェフが作ったコッペパンは、偽装町パン屋の真骨頂である。(池田浩明)

ますだ製パン
東京メトロ副都心線 北参道
03-5410-7732
9:00〜18:00
日曜祝日および第3・第4土曜休み

#047


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手作りのパン 峰屋(東新宿)
44軒目。

パン屋でパンを買い、食べる。
自分で買いにいく、あるいは、誰かに買ってきてもらう。
そういうノーマルな方法だけではなく、パンとの別の出会い方がある。
いつのまにか出会っている。
誰が作ったのかさえ知らない。
それどころか、ひょっとして自分がその日パンを食べたという意識さえないかもしれない。

峰屋という名前を知らなくても、この店のパンを食べたことのある人はきっと多いはずだ。
都内130店舗ものレストランやカフェに峰屋はパンを卸しているのだから。
名高いのはハンバーガー用のバンズ。
20店舗ものハンバーガーショップが使用し、J.Sバーガーズカフェやスタンダードバーガーズ、ASクラシックスダイナーなどの有名店が網羅されている。

業務用のバンズはオーダーメイド。
サイズは店ごとに異なるし、ときにはその店だけのために配合さえ変えることもある。
ハンバーガーショップがどういうバンズを求めているのか、あるいはふさわしいのか、いっしょに考え、汲み取っていく。
そのようにして、ただ一軒だけのためにバンズはできあがる。

峰屋主人・高橋康弘さんに直接話を聞くことはできなかった。
幸いなことにハンバーガーストリートというホームページにインタビューが掲載されていたので、以下の段落でそこに書かれていたことをまとめる。

ハンバーガーバンズを最初に作ろうとしたとき、もっとも重要だと思ったのは、肉や野菜などそこにはさむものとのバランス。
つまり食事パンなのだから、おかずを引き立てるリーンさが必要とされる。
一方で、食事パンとはいえ、たまにしか食べない「ご馳走」なのだから、しっかりと印象に残るリッチさも必要なはずだ。
リーンでなければならず、リッチでなければならない。
二律背反はこのようにクリアされた。
あくまで控えめに甘みを加える一方、それで足りない印象は、バターによってコクを、酒種によって酸味を加えることによって補ったと。

ハンバーガーバンズ(89円 1個)。
バンズの表面のうつくしい焦茶色の中に甘さまでが焼きついている。
口を近づけたときこの一撃できっと「ご馳走」感はしっかりと印象づけられるはずだ。
J.Sバーガーズカフェでこのバンズ(に近いもの)を食べたときの印象は、にもかかわらず、バンズの甘さは意識されず、具材とパンがしっかりと馴染んでいることが作り出す、一体となったおいしさである。
甘さだけではない。
食感のバランスにおいても考え抜かれていると実感する。
噛みごたえやもちもち感は記憶に残り「ご馳走」と思わせるものだが、それに反して歯切れが実にいい。
業務用といえるこのバンズを買って帰り自分だけのための最高のハンバーガーを作ってみたら楽しいだろうと思った。

峰屋スペシャルバーガー(550円)。
牛肉バージョンもあるが、これはラム。
ラムの癖のある風味に対して、皮の香ばしさ、中身の小麦味の分厚さ、ふくよかさで応える。
マックよりひとまわり以上大きいボリューム。
ぶ厚いけれど、手で潰せば、難なく自分好みの形になる。
けれど中身の組織はつぶれない。
パンとは、私たちの握力に対してさえコミュニケートしてくれる存在だった。

ミニバゲット(200円)。
クラシカルな、すっきりとした味わいのバゲット。
皮に十分な香り、中身は軽く食べやすい。
中身が乾ききらずしっかりとふかふかなので、皮とのコントラストが十分に描けている。
強すぎない味わいが食を進ませる。
軽く軽く、しかしずっとずっとすっきりの味わいが滑空していく。

峰屋のパンを使用している店で私が好きなのは新宿駅内のBERG。
甘いバンズもいいが、この店のホットドッグ用のドッグパンは粉、塩、水だけのフランスパン生地。
ハードな味わいが肉味をしっかりと抱きしめる。(池田浩明)

手作りのパン 峰屋
東京メトロ副都心線 東新宿駅/都営大江戸線 若松河田駅
03-3351-6794
10:00〜20:00
日祝休

#044



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