パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パラオア(新鎌ケ谷)
176軒目(東京の200軒を巡る冒険)

複雑に甘さが湧きあがってくる。
皮を焼きこむことによって強くした甘さではない。
自然とせりあがってくるような、白っぽい甘さ。
人間に例えるなら、口を開かなくても、雰囲気を濃厚に醸し出している人、というイメージだろうか。
バゲット、リュスティック、食パン…パラオアの食事パンに共通する魅力である。

リュスティック(210円)
発酵臭でマスキングされていないがゆえに、純白かつ濃厚な麦らしい香りが発散されている。
皮は薄くぱりぱり、中身はもちもち、ぷるぷる。
中身の基調は、白、そしてクリーム色のまだら模様。
分厚い弾力の中身をぼわんぼわんと噛み込めば、ミネラルな香りの空気が吐き出され、しっとりとうまみがしたたりだし、それをまた噛みしめる。
それが、焼きすぎなくても十分に濃厚な香ばしいさと、やんわりした発酵の香りと混ざりあって、さらに快さを増す。

真新しい店舗には、池口康雄さんが窯と向かい合う姿があった。
「9月20日に新鎌ヶ谷へ移転しました。
2013年の1月で丸四年になります。
以前はまわりが畑しかないようなところでやっていました」


「自動車の修理屋を15、6年やっていました。
修理っていっても、ただ部品を交換するだけで、機械をいじっている実感がないから、つまらない。
直すよりも、自分で作りたいなと思って。
それで、パンが好きだったので、パン屋になりました。
休みの日にパンを作ったりしてました。
でも家で作ると硬いパンになっちゃって。
なんでパン屋さんのパンって、あんなにやわらかいんだろう。
追求するのは嫌いじゃなかったんで、家で自分で食べるために作っていました。

池口さんには求道者の風貌がある。
道を極めたいという欲求を、自動車修理の仕事は満たしてくれることがなかったのだろう。
そのとき、パンに出会った。
この職業ほど、極めれば極めるほど奥が深くなっている仕事もそうはないはずだ。

「勤めながらいろいろなパン屋に買いにいっていたとき、ニコラに買いにいって、噛めば噛むほど味が出るパンだなと。
それで、守谷のショッピングモールに入っていたニコラに、お世話になりました」

惚れ込んだ店で修行した。
ニコラの杉山洋春シェフは、独特の製法を確立した人だ。

「氷温で熟成させる。
0℃の温度帯で一晩以上生地を熟成させて、作る。
酵素活性を活かす。
イースト(パン酵母)もほんのちょっとしか使いません。
小麦の酵素を、水と合わせることによって、熟成させ、うまみを引き出す。
なるべくゆっくり発酵させて、長いあいだ水と小麦を置いておきたい。
酵母が働かない温度帯で寝かせておく」

「酵素活性」という、むずかしい用語が出た。
小麦の中にはさまざまな酵素が含まれている。
これは、水と反応して活動をする。
代表的なのは、小麦の中にあるでんぷんを分解して糖分を作り出すアミラーゼ。
小麦由来の糖分は当然ながらパンのおいしさの元となる物質だ。
水と小麦を触れさせる時間をなるべく長くとって、味わいを富ませる。
一方で、パン酵母を少なくすることで、発酵の余計な匂いを抑え、酵母に余分な栄養を食いつぶされるのを防ぐ。

「TYPE100とかTYPE85のような灰分(ミネラル)が高めのもの。
それをブレンドをして使っています。
TYPE100(北海道産)でポーリッシュ種(前日から準備する水の多い種)を作って、本捏ねでみなみの穂(九州産)を合わせる。
いろいろ試しました。
最初は1本でやるんですが、深みが出ない。
たんぱくな味になってしまう。
灰分が高い粉をポーリッシュ種(液体状の種を長時間置いておく製法)にすることで、より酵素活性を高められるように。
それを(長い時間)置いといて、準強力クラスの粉で捏ね上げる」

生地からはしっかりとミネラル(灰分)を感じ、単に甘みが強いだけではなく、いくつかの味わいが共存し、時間とともに変化していく。
小麦のささやき声は、低温長時間発酵というアンプを通して、より聞き取りやすい、豊かなものに拡大される。

「自分でやってるからこそだと思うんですけど、自分が納得するものをつくるためには、手間ひまかけないといけないのかな。
もっと簡単な作り方もあるとは思うんですけど。
以前、ニコラでハード系を作ってたときに外麦でやってたときは、本当に簡単に水と粉を合わせて味が出た。
自分の店では国産でと思ってやってみたら、なかなか味が出ない。
だんだん材料もよくなるので新しいこともやっていかないといけないが、昔からある製法も大事だなと思って。
ストレートで作る生地は少ないんですね。
ポーリッシュや、中種を使ってたり、ストレートでもパート・フェルメンテ(古生地)を使って深めてあげようと。
発酵のメカニズムによって発酵フレーバーが出てくる、そこが好きでやってるんで。
極力イーストは少なく。
本当に、いまいろいろな内麦(国産小麦)が出てきているので、また変わってきていると思うんですね。
大手から出ている内麦でもやってみるんですが、なかなか思ったものができなくて」

ニコラの製法を深化させている。
パンが作りやすいようあらかじめ調整された大手製粉会社の小麦粉ではなく、北海道や、九州の地場の製粉会社が作る地粉を使う。
手間ひまはかかるが、個性に富む。

「比較的目の詰まったもっちりした感じになります。
国産小麦を使っているので。
外国の粉よりも、小麦の味を出すのがむずかしくて、なおさら時間をかけるようにしています。
どこまで手間をかけ、どこでやめるのか。
その線引きがむずかしい。
自分が好きではじめた仕事だから、妥協はしたくない」

塩豆パン(140円)
わずかな甘さを塩で引き伸ばす。
硬めに浅くゆでた豆にまるでフキのような野の味わいが残っている。
生地のもちもち感はやさしめで、引きはぷりんとしてかわいい。
食パン生地を丸く成形したものだが、この甘いパンに砂糖は入っていないと聞いて驚いた。
豆の塩気だけでこんなに甘く感じる。
それだけ、小麦から甘さが引き出されているのだ。
塩気の偏在ゆえに、間延びして焦らされたかと思うと、急激に甘さに襲われる。
甘さのまだら模様がエロティックである。

チョコホイップサンド(100円)
デニッシュ食パンを切ってチョコクリームをはさむ。
パンの完成度ゆえに、たったそれだけのものが上等なおやつとなる。
みずみずしく、甘くなく、もちもちしたデニッシュ食パン。
しっかり香ばしく、オイリーすぎず。
バターや砂糖ではなく、職人技で食べさせる。
味の濃くない、ミルクの勝ったチョコクリームも、パンにとても合っている。

いまパラオアでは、従業員が辞め、人手が足りないのだという。
それでもパンは待ってくれない。
池口さんは睡眠時間を犠牲にして、自分の納得できるパンだけを作ろうとする。
パラオアのパンから湧きあがってくる豊かさは静かなる情熱の味である。
それは、電車を乗り継いでこの店までやってきた者を後悔させない。

北総鉄道・京成電鉄・新京成電鉄・東武鉄道 新鎌ケ谷駅
047-468-8046
9:00〜19:00(売り切れ終了)
火曜水曜休み




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#176
200(京成線) comments(0) trackbacks(0)
boulangerie dodo(みどり台)
93軒目(東京の200軒を巡る冒険)

誰もがそうあってほしいと望むものの、もっと先まで。
パンに望む常識の地点が突破されるほどに。
明確なイメージを抱いて、追いかければ、きっとそこへたどりつくことができる。

食パン(263円 1/2)に驚いた。
包丁を入れたところからすぐ垂れていく。
こんなにふわふわで、やわらかでいいのだろうか。
甘い香りが、発酵の香りと相まって、フルーツのように、花のように感じられる。
食パンとしては甘めで、それがごく自然で透明感がある。
上の歯と下の歯にはさまった瞬間、むちっとふくらんでから歯切れる快さ。
空気感、やさしく撫でられるような舌触り、口の中を漂う軽やかな甘さ、そこはかとない香ばしさ。
この食パンは、常識のその先の、天国のような快感にあふれている。

2011年の2月8日に開店した新しい店。
若い女性がひとりでパンを作り、接客もこなす。
名もない小さな駅の住宅街にある、小さな店に本格的なフランスパンを並べる。
本行さんは、志賀勝栄さんがシェフを務めるユーハイムで5年間修行し、そのあとフランス各地で1年間経験を積んでいる。

「志賀シェフの、仕事に対する柔軟なところ、発想力はすごいと思いました。
こうでなければならないというところがまったくなくて。
素材の組み合わせにしても、製法にしても。
型破りで、新しい道を切り開いている」

本行さんもまた、追いかけ、道を切り開く人だ。
話を聞くまで、パンの味だけでは、志賀さんの元で働いていたことに気づかなかった。
食べたパンにいちいち驚き、どんなパンか尋ねると、
「志賀さんレシピではないんですけど…」
と笑いながら答える。
思い描いたイメージを、この店で実現するにはどうしたらいいか、その答えを自分自身で解きつづけている。

母はパンと食のライターの本行恵子さん。
「母の影響は大きいと思います。
幼少期はパンを作ってもらっていました。
母はパンのお教室も開いていましたし。
おやつがパンでした。
おばあちゃんも家庭でパンを焼いていたみたいで。
そういうDNAなのでしょうか(笑)」

東京まで行かなくては食べられないようなパンを地元で買うことができる。
そこに住んでいるわけではない私にとってもうれしいことだった。
志賀シェフの育てた種はさまざまな場所へ飛んでいって、フランスパンを根づかせ、その土地ならではの花を咲かせている。

「販売も自分でやりたかった。
ダイレクトにお客様の声を聞けるし、食べ方の提案もできます。
ユーハイムではお客様と話をしたくても、距離がありました。
あんぱん1個を買っていかれるあばあちゃんもいるし、パンが好きでシニフィアン・シニフィエにいくような方がきてくれたり。
硬いパンは食べられないといっていた方が、ハード系のパンをたくさん買うようになって、家族やご近所に配っていただいたり」

レザンヴェール(368円)。
やや厚めの硬い皮には発酵の味わいがよくのっている。
この本格的なハードパンの中に、こんなにもやわらかい中身が入っているとは。
目が粗くて素朴さがあるのに、しっとりとみずみずしく、あくまでやさしい。
ライ麦の香ばしさのさりげないきかせかたと、グリーンレーズンとがすさまじく合っていて、食べやめることができない。
酵母の香りがレーズンを呼び、レーズンの甘酸っぱさが小麦の甘さを求める。

「志賀さんは『いいんじゃない』としかいわない方で、あまりほめません。
シェフにはまだこの店のパンを食べてもらったことがないです。
怖くて。
一度、開店する前にテストベーキングで焼いたものを持っていったのですが、『いいんじゃない』と(笑)」

ほめないのは、パン作りが、決して最終的なゴールに到達することも、立ち止まることもできないものだからではないだろうか。
だから本行さんも、師匠のようにずっと追いかけつづけていくのだろう。

「買ってくださる方が食べる場面をいつも想像しながら作ります。
気持ちなんですよね。
気持ちの妥協はしない。
『ま、これでいいかな』みたいなのあると思うんですけど、それをしたくないかな」

マンゴーヨーグルト(231円)。
ぷるんとした生地が少し力を加えただけで一気に歯切れる。
歯切れたところから、香ばしさと、それに結びついた甘さが、卵の幸福な味わいとともに漂いだす。
しゅーという口溶けもすばらしく、ブリオッシュ生地の理想型が描きだされている。
ドライマンゴーの南洋的な甘さとクリームチーズのさわやかな酸味の相性も抜群。
「パリで食べたブリオッシュが、卵とバターがふわっとしてとてもおいしかった。
その感じを思いだして作っています」

フランスで食べた料理の記憶は、土曜日限定でだしているサンドイッチにも役立っているとのこと。
今度はぜひ土曜日に行ってみたい。

京成千葉線 みどり台駅
050-1075-9654
11:00〜18:00(売り切れ終了)
日曜・月曜・毎月1日(ついたち)休み

#093


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#093
200(京成線) comments(0) trackbacks(0)
ブーランジュリー オーヴェルニュ(京成立石)
57軒目(東京の200軒を巡る冒険)

東京の東側では貴重な、本格的ブーランジュリー。
京成立石の駅から商店街、つづいてうつくしいさくら並木をたどったあとに現れる。

技術力がすばらしく、数々のコンテスト受賞作が売り場を飾る。
より高く、より速く、より強く。
といえばオリンピックの標語のようだが、オーヴェルニュの場合は、よりやわらかく、よりぱりぱり、よりオリジナルな、と一流のアスリートを思わせる野心と情熱にあふれている。

天使のほっぺ(241円)。
もちもちというより、むにゅむにゅ。
もてあそべばなすがまま、シリコンのように変幻自在に口の中で形を変える。
低反発枕のような沈み込んでいくやわらかさは、たしかに赤ちゃんの肌のようだ。
食パンと同じ生地を下火を強めに上火を弱めに焼くことでこの食感が生まれる。
底面がごく薄く、中身のやわらかさを邪魔しあいほどにぱりぱりとしているのも心地いい。
食パン同様に、ミルク味とごくほんのりの甘さが滲みだしてくる。
ドライのプルーンが練り込まれている。
レーズンより甘さが淡く、酸味が強く、よりさわやかであるゆえに、生地のほのかな甘さがより鮮明に感じられる。

井上克也シェフはいう。
「パンの味は発酵だと思います。
発酵を中心にしてパンを作り、その上で個々のパンの特徴を活かす。
デニッシュであれば層の食感であり、フランスパンなら皮のぱりぱりと中身のしっとり、食パンですと2日経ってもやわらかく、口溶けよく。
ポーリッシュ法(水分の多い液種からより風味のいいパンを作る方法)を使い、そこからパンの種類によっていろいろな展開をしていく。
種を使ってコクをだしたり、長時間冷蔵でひっぱったり(してうまみをだす)。
逆に、カイザーゼンメルのように発酵をほとんどとらないパンもありますし。
粉も数種類をブレンドします。
粉のたんぱく量や灰分からできあがりをイメージして。
ちがう生地を仕込んでちがいがなければつまらないし、買っていただいたお客さんもそのほうがよろこんでもらえるのではないかなと」

発酵を操って多種多様な生地を作り上げる。
シェフのイメージに向けて具材も生地もデザインもすべてがトータルに作り込まれている。
生地の味わいとパンのイメージや具材との相性があまりにも的確である。
だから、ドライフルーツ入りのハード系のパンにも、まるで焼き菓子のような細やかさ、完成度の高さを感じる。

マカダミアミルキー(168円)。
マカダミアナッツとホワイトチョコレートの相性のよさ。
その1+1は細かい計算で2以上のなにかに高められている。
こんがりと甘いマカダミアと生地の中にさりげなく練り込まれたチョコチップが、「全粒粉を入れてコクをだした」という生地とあまりに違和感なく調和しているので、生地自体からナッツやチョコの甘さが輝きだすような印象を受ける。
他のフランスパン同様に、薄い皮は実にぱりぱりと、しかし中身はやわらかく繊細であり、そのコントラストは実に鮮やか。
薄く焼かれているので、ぱりぱりの表面積が多く、それがナッツのコリコリとうまく響きあってもいる。

ヴィエノワズリーも実に多彩。デニッシュもありとあらゆる折り方を駆使して、まるでパン図鑑のようにさまざまな形が並んでいる。

ヴィエノワミルク(157円)。
この長さ、細さ、形に外見のうつくしさ以上の計算がある。
表面かりかり、中しっとり。
さっくり感とうるおいという両立しがたい2つが見事なバランスで実現している。
パンオレ(ミルクのパン)にミルククリーム。
甘いミルキーさの二重の強調は、両者の上品な味わいゆえに、しつこさではなく、ただ愉楽をもたらす。
コクのある練乳クリームは喉をひりつかせるほどに甘く。
しかし、さっと遠ざかっていき、後口がさわやかなミルク味の生地に変わっていく心地よさ。

カスタードクリームのパンしかり、私の食べたオーベルニュの甘いパンすべてにこの感覚があった。
突然、あるいはすーっと。
甘さは劇的に訪れ、すーっと遠ざかって、しつこさを残さない。
接近し、遠ざかる感じを何度も味わいたくて、いつのまにかそのパンにはまっている自分に気づくことになる。(池田浩明)


京成押上線 京成立石/京成本線 お花茶屋・青砥
03-3691-5102
7:00〜19:00
無休

#057


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