パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
とらやベーカリー(金町)
59軒目(東京の200軒を巡る冒険)

写真が趣味だという森岡進店長は、私が店を撮影していたニコンを見て、自分はキャノンを使っているといった。
なぜニコンではなくキャノンかといえば、
「ニコンはクリアすぎるでしょ。
クリアなのはあまり好きではなくて。
パンの味でもわかると思うんだけど」と。

たしかに、その味は滲み、漂っている。
はっきりとした物体が舌の上にある、というより、口の中に雰囲気のようにある。
カメラにニコンとキャノンがあるように、パンにも、味の鮮明なものと、味のぼやけたものがある。
それぞれに魅力的だが、後者は技術的というよりも、得てして素朴であったり、巧まずしてでた個性であることが多い。
とらやベーカリーが希有なのは、確固とした意志によって、クリアにもできるパンを滲ませているということだ。
雑味はなく、味わいが濃密であることからもそれはわかる。

バゲット(178円)。
このバゲットを食べるためにはやや長い時間感覚を必要とするだろう。
豊かな味わいはダイレクトではなく、くぐもっているがゆえに、あたたかさを感じさせる。
滲んでいて、かつ強く、にもかかわらず純粋である。
あるときには国産小麦らしい味の陰影を感じさせ、あるときには天然酵母の発酵の風味を感じさせるけれど、その変化はごくゆったりとしている。
皮は厚く、力強く、中身は皮の延長のように一体となっている。
なによりすばらしいのは、発酵が完全にコントロールされ、酸味もいやな匂いは一切なく、イーストで作られたものと遜色ない完成度を示していることだ。
(製法に関してはとらやベーカリーのサイトに詳しい)

森岡店長はオーバカナル、ロブション、ペルティエなど数々の名店で修行してきた。
中でも低温長時間発酵のパイオニアである志賀勝栄シェフ(現シニフィアン・シニフィエ)との出会いは、自分のパンを完成させる上で大きかったと振り返る。
「もともと少しのイーストを長く発酵させる方法に注目し、試作を行っていました。
そんなとき食べた志賀さんのパンはすごくおいしく、ぜひ勉強したいと思った。
低温長時間はいちばん手応えのある、自分を納得させる方法でした」

志賀さんからなにを学んだのか? と尋ねるとこのような答えが返ってきた。
「レシピや製法じゃないんですよね。
取り組む姿勢。
ひとつのことにとらわれず、いろいろなアプローチができる。
志賀さんの下で新しい商品開発に取り組んだ。
お題を出して、あとはごちゃごちゃいわず、自由にやらせてくれる。
できたパンを食べても『いいね』とかそれぐらいしかいわない。
それがすごくいい経験になった。
業界の大御所といわれる人、売り上げもだしてきている人のストライクゾーンがわかった。
自分のパンを自己満足じゃないものさしで計ることができた」

直感を大事にしている。
たとえばある製法について、「なぜそうするのですか?」と質問しても、
「自分にとっておいしいから」
としか答えない。
答えられないのではなく、それ以上理屈をつけることを自分に禁じているように思われた。

「意味づけして、論理的にやることもいいことだと思います。
修行中はそういうふうに理論を勉強してやってた。
独立してからは、自然にやったほうがいいんじゃないかと思うようになった。
もちろん守らなければならないセオリーはありますが。
イースト、天然酵母、国産小麦、外麦…。
どれがいちばんいいとかあまり深く考えないようにしている。
いま正しいとされてる業界の常識が、10年後にはまちがいだった、となるかもしれないし。
先輩に『こうやるのが正しい』といわれたことなんて、ホイロにしても、ベンチタイムにしても、いまはやってないことばっかり。
なんでもいいやって。
もちろんそこに、ごまかしや、手抜きや、お客さんに対する嘘があっちゃいけないけど、自分がいらないと思ってやってりゃいらない。
それが正解。
すべてはおいしいと思えるかどうか、俺とお客さんの間だけで成立する世界だと思う」

おいしさとは常識や理論が決めるものではなく、作り手自身と、金を払った客だけが決めることができるものだ。
なにが正しくて、なにが正しくないのか。
それをすべて自分で決めると決意した時点から、目の前に完全な自由の地平線が広がる。
途方もない数の選択肢にひるむことなく、決断しつづける勇気を、森岡店長のパーソナリティからは感じるのだった。

バターフランス(241円)。
香りの中に気配だけあって、見た目にバターは姿を見せない。
食べるとしばらくして、ぱりぱりの薄い皮からバターはじわじわと滲みだしては、舌の上を、淡く、けれど豊かな甘さがたゆたうのを感じる。
リュスティックにも似たもちもちの中身。
そのぷりぷり感がたとえようもないほどぶ厚く、噛むことに底知れぬ快感がある。
滲みだす生々しい小麦の味わい。
それはバターを使った多くの他のパンとは異なり、バター(がそこはかとなく香る)ゆえに、より小麦を純粋に素のままで味わうことができる。

あんずあんぱん(168円)。
発酵の香りの中にあるやんわりとした個性があたたかさと感じられる。
香ばしいゴマが覆う、豆乳を含んだ生地は、この薄さであって実に欲張りである。
ぷりっとしたむっちり感があり、豆乳とあいまってすっきり感じられる小麦の味わいがじんわり口溶ける。
こしあんの甘い香り、舌触りが実によく、しかもおっとりとして、甘さは前に出ず、ただ舌に滲みこむようだ。
そこへまったく逆ベクトルのあんずのすっとする酸味があんこと馴れ合わず同居するその感覚がおもしろい。

葛飾方面で数少ないブーランジュリー。
近所でフランスパンを買って食べる、という習慣から根づかせていかなければならなかった。
「開店した6年前には、まだ世間でブーランジュリーなんていっても、わからなかったと思います。
だから、こういう店の名前にしました。
パンの名前もわかりやすく。
葛飾、金町のお客さんに認めてもらわなきゃいけない」

金町にフランスパンは根づいたのか?
「ハード系の売り上げは毎年だんだん上がっていきます。
(根づいているかどうかは)わかりやすいと思います」

ブーランジュリーのない町に一から根づかせる。
それが他人の判断に頼らない店長独特のパンであってみれば、ますますやりがいのある仕事だと思う。(池田浩明)


JR常磐線 金町駅
03-5660-2355
11:00〜売切れ次第終了
日月休み

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