メゾン・ド・カリテ レパス(本八幡)
2012.03.07 Wednesday 21:43
137軒目(東京の200軒を巡る冒険)
店名のフランス語repasとは「食事」を意味する。
食パン、バゲット、カンパーニュという食事パン中心の品揃え。
東京の中心ならいざしらず、郊外で、シンプルなパンに絞り込んで店をつづけるのは、至難である。
わずかな味のちがいが客足を大きく左右する。
職人技と感性を頼りに、そのタイトロープを渡ろうとするパン屋が、目立たない本八幡の住宅地にあった。
はるゆたかの食パン(450円)
それは真水のさわやかさ、りりしさがある食パンだった。
香ばしさと発酵の香りにバランスがあるゆえに酔わされる。
そのまま食べてもトーストしたかのような、皮の香ばしさ、ビスケットのようなさくさく感。
リーンな中身の味わい。
透明だったはずが、少しずつ甘さのほうへと針が振れていくけれど、心地いい範囲に収まって、完全な甘さにはならない。
かつ、ふわっとしてもちっとした食感は王道。
櫻井幸治さんは、独立前に勤めていたパン屋で、仕事が終わったあと、国産小麦を使った食パンの試作を繰り返した。
そして、ついにたどりついたのが、はるゆたかの食パンだった。
「食パンはイーストで軽さが出る。
副材料は砂糖と塩だけ、あとはなにも使ってない。
試行錯誤しているとき、この味を奇跡で1回だけ出せた。
これならいける、お店を出せると思った。
業務用のミキサーでこねるとパワーが強すぎる。
一方で、しっかり捏ねないとパンにならない。
その辺のバランスを導きだすのに時間がかかりましたね。
同じ粉を使っても、先輩に聞いたやり方だと、いわゆる食パンの味になっちゃう。
1度だけ、『これはおいしい』って味になったんで、それが忘れられなくて。
ペリカンさんの食パンがいちばんおいしい、と思ってたんですけど、あんまり変わらないか、うちのほうがおいしいんじゃないか(笑)」
暗闇を手探りで歩くような試作の連続から、目的地へたどりつけたのは、イメージという羅針盤を明確に持っていたからだろう。
だから、たった1回、偶然にできた理想のパンを見逃さなかった。
店は、はじめイーストのパンだけではじめたが、そのうち自家製酵母も手がけるようになった。
パンの食べ歩きは趣味だったというが、自家製酵母でおいしいと思ったことはなかったそうだ。
それゆえに、なにかを参考にするより、独自レシピの探求へと向かった。
「僕は使い切り(作った種を継がない)でやっています。
酵母って、最初にレーズンなどの素材から起こして作るわけですが、空気中の菌と結びついて発酵して液種になる。
そこに粉を混ぜて種継ぎをすると、雑菌も増えていくイメージ。
僕なりの見解ですが。
ならば、フレッシュなうちに使ってしまったほうが、酸味も出ないし、味にもムラが出ない」
全粒粉のカンパーニュ(380円)
自家製酵母の野生の香りが濃厚にあれど、このパンは癖がない。
皮はかちっ、中身はもちのようにしっとり。
重くはないが、味わいはしっかり、なのにみずみずしい。
溶ければ溶けるほど、いい感じで酵母の風味が滲んでくる。
火の香り、皮のぱりぱり感、ごくすっきりとした甘さ未満の甘さ。
日本人の好きな焼きもちの魅力によく似ている。
「まずレーズンの酵母でパン・オ・ルヴァンを作ったんですけど、バゲットをやろうとしたとき、しっくりこなかった。
それでバナナに行き着いて。
レーズンとバナナ、酵母が2種類あったらおもしろいと。
酵母自体にそんなに差はないんですが、粉の配合もちがうので、味はぜんぜんちがうものになります。
若干、風味が変わるのでそれがおもしろい。
選べる楽しみというか」
バゲット(280円)
イーストのバゲットと錯覚する。
皮の薄さ、味わいの白さ、軽やかさ。
しかし、と思う。
この複雑さ、この味わいの幅は、自家製酵母でなくては作り出せないものだと。
中身の味わいは確かに白いけれど、白さに分厚さがある。
むちむちと豊潤に溶けてくる。
イーストの軽さ、みずみずしさに接近しつつ、自家製酵母のあたたかさを兼ね備える。
「(レパスのバゲットは)イーストかなと思ったら、噛んでいくうちに味が濃くなっていく。
胚芽を種に入れています。
そのほうが発酵が速い。
でも、発酵が長すぎると臭みが出る。
そのぎりぎりを狙っています。
フランスパンは、なにかつけたり、はさんだりしたときのおいしさが大事だと思うので、軽くしたい」
透明さと強さ。
両立しがたいものが両立するゆえにネクストステージの味わいは生まれる。
精密な仕事によって、2つをともに引き出し、バランスを取ることを、シェフは「せめぎあい」と呼ぶ。
「混ぜ方だったり、捏ね上げ温度だったり、砂糖の量だったり、その微妙なちがいで味が変わる。
せめぎあい。
味を殺すけれど、こうやったら簡単にパンになるということもある。
それをやってしまうと普通のパン。
僕の中ではちがうので。
試作の繰り返しで見つかる。
あとは理想をどこに置いているか。
こんなもんだろと思ったら終わり。
いまの味が僕の好み。
自分のパンはこの味。
それによろこんでくれるお客さんがいたらいちばん。
なるべくストイックにいきたい」
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