パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ラルカンシェル(尾山台)
190軒目(東京の200軒を巡る冒険)

ミシュランひとつ星のイタリアン、リストランテ・ホンダが、世田谷・尾山台にパンとケーキの店を出している。
小さいながら、裏通りでひときわ輝く、うつくしい店。
最初に目に飛び込んでくるのはきらびやかなケーキの数々。
それと拮抗するように、端正な姿をしたパンが並ぶ。
パンとケーキ、それぞれのシェフが、ハイレベルで相争っているように見える。

宇野幸二さんは、前任者に次ぐ2代目のシェフである。
「開店して約2年になります。
コンセプトは、レストランに出てるパンやケーキを身近で食べてもらいたいということ。
レストランにはないパンも、ホンダ流にアレンジしています」

料理人である本多哲也オーナーとの共同作業で生まれる。
「試作したものはオーナーがぜんぶ食べています。
オーナーの個性も出したいので、調整が入ることもあります。
本多がデザインも考えたり。
特に惣菜系は味を見てもらって、工夫していることが多いですね」

ハード系の食事パンは、レストランと同じものが並んでいる。
「レストランで使っているバゲットはトラディションという長時間発酵のものです。
オーナーの本多は、癖のあるものがほしいと言っています。
パン・ケーキは、普通じゃおもしろくない。
パンに個性があっても、『それに負けない料理を作ればいい』と」

料理人の多くはパンに目立たない役割を求める。
スタンダードで、料理を殺さない、主張のないものをと。
まったく逆の本多さんの考えをおもしろいと思った。
食卓に自由が召還される。
料理とパンはお互いをライバルとみなすことで、熱をはらみ、響宴と化すだろう。

宇野さんは、大阪の「パン工房 麦」で修行をしたのち上京し、ブーランジェリー ラ・テールの厨房に入った。

パン工房 麦は、原材料はシンプルにして、発酵のタイミングを重視していました。
発酵具合とか細かい部分に気を使うと、職人的な感覚になってくる。
そこが自分の原点にもなっています。
東京にきたのは、いまどういうパンが作られているのか、もっと知ってみたいと思ったから。
こっちのほうが関西よりも理論的ですね。
ラ・テールでは素材を重視することなど、勉強になりました。
特に国産小麦のパンについては(ラ・テール前シェフの)栄徳さんのすごさを感じましたね」

北海道、東北、九州。
ラ・テールは各地で作られた地粉を集め、生産者の思いを受け、それぞれの個性を表現する。
現在はブラフベーカリーで北海道産小麦のパンを展開する栄徳剛シェフは理論派の、内麦の使い手。
ラ・テールで学んだそうした方法論を、宇野シェフはラルカンシェルに持ち込もうとしている。

国産小麦の食パン(金・土・日限定)
タンパク量の多い超強力小麦であるゆめちからをメインにした食パン。
8枚切りにしてくださいと頼んだら、できませんと言われた。
スライサーでも切れないほどの、驚異的なしなやかさ。
しっとりして、ねまらかで、独特にくねくねする。
国産小麦らしい、もちっとさ。
それは一瞬であり、さっと気持ちいい歯切れとなり、しゅわっと溶ける。
さっぱりした甘さがすばやく広がって、軽やかな発酵の香りも同時に鼻へ抜ける。
砂糖はわずかしか入れてないとのことで、これは小麦自体の甘さである。
しかもすばらしいのは、微妙で失われやすい、麦の中の穀物的な味わいが甘さにまぎれずに、きちんと残っていることだ。
もちもち感、歯に粘る感覚は、それと通じあって、もちのおいしさの記憶を呼び起こす。
日本人のための、新たな国産小麦の食パンの到達点。

「ゆめちからを食パンで使っています。
外国産の小麦ならおいしいの食パンはできますが、国産ではなかなか見当たらなかった。
ここ2、3年でゆめちからが出回ってきた。
味が薄いのできたほなみとのブレンドを使っています」

バゲット・トロン(231円)
香ばしさのようで甘さ、甘さのようで酸味、酸味のようで塩気。
このめくるめく感覚は塩気がキーとなっているように思われた。
わずかに配合されたライ麦と全粒粉が味わいにもうひと押しのインパクトを加えている。
自家製酵母らしい濃密さ、自家製酵母らしからぬ軽やかさ。
その印象は食感からやってくる。
ゴーフルのようなぱりぱりした皮。
その下の中身はもっちりとしてしっとりと濡れ、ふたつが相まって食感の快楽を生み出す。

甘さと酸味がめまぐるしく移り変わるような独特の味わいは、以下のような手法で作られている。
「3種類の酵母を使っています。
ルヴァン種、ビール種、ルヴァンマシーンで作ってるルヴァンリキッド。
メインとなるのが液体(リキッド)。
わざとあまり発酵させず、酸味を抑えて粉の味が出るようにしています。
ビール種は癖のある味、ルヴァン種は酸味があるので、酸味をきかせる効果を狙っています」
つまり、発酵用のルヴァンリキッドに、味付け用としてビール種、ルヴァン種を加えている。

パン・オ・ショコラ(190円)
よく乾き硬さもあるウェルメイドな皮は細かく割れて、しゃりしゃりという食感になる。
しっかりと焼かれて火が入っているせいで、奥のほうまで茶色く皮化している。
それが空手の瓦割りみたいに、少し噛むと連鎖的にぱりぱりと何枚も割れて、派手な破裂音を響かせる。
発酵バターのいい香り、それにつづいて、ヴァローナのチョコレートの愉悦が加わり、マリアージュになっていく。
軽やかかつ深みのあるカカオの風味、バターが引き起こすオイリーな変化は、ごく自然に身をまかせられる。

パン・オ・ショコラの見事なクロワッサン生地はどのように作られるのか。
「皮がめくれる感じにヴォリュームが出て、ふわっとしてばりばりしてる感じが出したい。
そのために粉はリスドオルとレジャンデール(ともに日清製粉)をブレンドしています。
レジャンデールで皮の表面の粉の味をしっかり出して、ボリュームはリスドオルで補う。
バターの味を出すのが苦労しますね。
たくさんバターが入っているという配合ではなく、きれいに折ること、発酵の温度帯、タイミングに気を使うことで、いい香りのクロワッサン生地ができあがります」

どのパンを食べても食感がいい。
「いい」というのはただうまくできているだけではない。
キャラ立ちしたオンリーワンの食感がきちんと表現されていることでもある。
「食感を大事にしているのは、本多オーナーの意向があります。
こだわってるところですね」

惣菜パン、菓子パン系もすばらしく充実している。
フィリングに本多オーナーの技術とセンスが活かされているからだろう。

カレーパン
焼きカレーパンかと思うほど、油滲みがなく、さっぱりとして、コクのある甘さは表面に集中している。
かりかりであり、かつカレー味を中和する小麦の白さもある。
フィリングの衝撃的な甘み、うまみ。
かと思えば、星がまたたくように、ぴりぴりの数が口の中で漸増していき、やがて口から喉にかけて占領してしまう。
ビーフのダシが溶けこんでコクがあり、フルーティでも、野菜の甘さでもあって、そこへさらに生地の甘さが積み重なって、どんどん豊かに育って、狂おしいほど広がり、どこまでも押し寄せてくる。

料理人のセンスとハイレベルなパン。
両者が競争し、せめぎあうという、レストランのテーブルで起こっていることを、たった1個のパンでお試しできる。
それが、ラルカンシェルを魅力的にしているものだ。

「お客さんに食べてもらうことをいつも考えていますね。
お客さんがなにを求めているか。
お客さんになにを自分が伝えたいか。
時代のなにが流行りかはいつも考えています。
料理関係の情報をオーナーが話してくれる。
それをパンに取り入れることができるのも、この店の強みだと思います」

東急大井町線 尾山台駅
03-6809-7245
9:00〜20:00(月曜、第2・4火曜休み)

200(東急大井町線) comments(0) trackbacks(0)
ヴァン・ドゥ・リュド(尾山台)
163軒目(東京の200軒を巡る冒険)

石畳に青い外観がフランスそのもの。
ヴァン・ドゥ・リュドは、MOF(フランス最優秀職人)のリシャール・リュドヴィックを監修者に迎え、パン業界大手のポンパドールが母体となって、オープンした。
ポンパドールといえば、繁華街や都心の駅前、デパ地下などの立地が多い。
それが、自由が丘からさらに電車を乗り継いだ、尾山台の瀟洒な商店街にこの店を開店させたのだ。

小西店長はヴァン・ドゥ・リュドのコンセプトについてこのように語る
「経営者はいろいろな物件を見ましたが、あえて激戦区ではなく、地域のお客さんに愛されるブランドを目指すため、最終的にここに決めたそうです。
尾山台の商店街は石畳がフランスに似ている。
この辺りのお客様は食に対する意識も高いですし。
パリのような都会ではなくて、地方の小さな町のような雰囲気。
パリのトップのお店を持ってきたのではなく、あくまで、ブルターニュ出身のリシャール・リュドヴィックさん監修のブランド。
リュドヴィックさんは、お店を開いているわけではなく、教育者。
自身のブランドができるのは、はじめてのことです。
店名のリュドはリュドヴィックの愛称、ヴァンは風。
ブルターニュから吹いてくる風をイメージしています」

リュドヴィック氏は、ブルターニュの国立製パン学校で教鞭をとる。
フランス人の名が冠されたブランドの多くは、パン職人かパン屋の店名であり、教育者・研究者監修の店は珍しい。
特に理論的厳密さにおいては、著名なシェフ以上のものをもっているかもしれない。
加えて、パリではなく、ブルターニュという特色ある地域をテーマにしているのもユニークである。

「ブルターニュは寒いところなので小麦が育ちにくい。
そば粉やりんご、素朴な素材を使ったパン作りもこの店のコンセプトです。
製造スタッフはみんなブルターニュに行っています。
製法だけではなく、哲学からなにから、教えを学んで、帰ってくる。
リュドヴィックさんは柔軟な方で、日本でもまったく同じレシピや材料で作りなさい、というわけではありません。
無理して、バターや小麦粉を空輸しなくても、日本にいいものがいっぱいある。
日本の感性で作りなさいと。
ブルターニュで有名なゲランドの塩は使っていますが、そのほかはうまく日本の材料をリュドヴィックさんの方法に融合させています。
バゲットは特に独特でおいしいものに仕上がっています。
何度も何度も試作をして、いちばんこの店の精神が入っているものです」

バゲットLUDO(294円)
このようなタイプのバゲットは私の記憶にない。
軽やかだが、湿り気と味わいに満ちている。
皮が薄いのに、かりっという音とともに、重層的に弾けて、実にクリスピーなのだ。
味わいはみずみずしく透明だが、やがて塩気とセレアル的な風味とともに、次々とさまざまな味わいが湧き上がってくる。
焼きの浅さのために、より軽やかさ、白さが強調されてもいる。

シェフの吉田賢治さんは、ポンパドールで製品開発を行っていた。
最初にブルゴーニュを訪れたのは3年前。
国立製パン学校で、また、リュドヴィック氏の友人のパン屋でも毎日仕事をし、本場のパンを学び取ることに努めた。
そこで学んだのはこのようなことだった。

「向こうのパンの作り方は、あまりこねないで、とにかく発酵を長くとる。
それによって、小麦粉のよさを最大限に引き出します。
ミキサーの高速を使わないで、ほとんどローでゆっくりと生地をつなげていく。
うちでやってるバゲットは、向こうでリュドヴィックさんに習った、冷蔵で15時間発酵をとる方法です。
水もかなり入っています。
ただ、歯切れのよさという意味では、やはりミキシングを抑えることが大事です」

ただ味わいが濃いというだけではなく、風味に複雑性があって繊細に伸びてくるのは、そのためなのだろう。
では、食感の快さはどのように形成されているのか。

「食感を出すために2種類の粉を使っています。
いろいろやっているうちに、向こうの食感に近くなっていきました。
たどりついたのは、フランス産小麦と国産小麦をミックスすること。
フランス産小麦はタンパクが少なくて、灰分量がやや高めな分、粉の風味があります。
国産小麦は、タンパク量はフランス産に近いし、風味も遜色がないのですが、いちばんちがうのは、粒度のちがいです。
フランス産のほうが粒度が粗くて、歯切れが出しやすい。
国産は粒度が細かいので、つながりがよくなり、引きが出た感じになりやすい。
そのほうがふくらませやすく、きれいな形にはなりやすいのですが、歯切れにくくなります」

砂地と岩のちがいといえばいいだろうか。
フランス産の小麦粉の粒は岩のように大きいために、粒と粒のあいだに空間が空き、歯を少し入れただけで、すぐに切れる。
一方、日本の小麦粉は砂粒のようにくっつきあっているために、なかなか歯切れないが、ふくらませることは容易だと。
日本の小麦粉のよさと、フランスの小麦粉のよさをうまくミックスしながら、リュドヴィック流のフランスパンを日本で再現している。

また、溶けていくごとに発揮されてくる、塩味のうまみ。
これは、ブルゴーニュ特産のゲランド塩を使用することによるものだ。

「ゲランドの塩を使うと後味がちがうと思います。
特にシンプルなパンにとっては、塩の存在は大きいですね。
バゲットは塩加減がいいと、言っていただけますね。
塩味が強すぎず、後から効いてくる。
それが尖っていない」

バゲットの白っぽい色合いも一般的な日本のバゲットとは異なっている。
「強く焼きすぎないようにしています。
冷蔵発酵しているパンなので火を入れすぎると、かちかちに硬くなる」

にもかかわらず、音が聞こえるほどのかりかり感がある。
また、中身の味わいの微妙さ、白っぽい領域の味わいが湧き上がってくるように豊かだということも、焼きすぎいないことと関係があるのかもしれない。

私はいままでフランスらしいバゲットとして、VIRONのレトロドールを考えていた。
リュドのバゲットはこれとはまったく異なるが、しかしこれもフランスなのである。
まさにリュドは日本のパンの世界に新しい風を吹かせている。

もっとも、焼きの強いもの、焼きの浅いもの、どちらが正統かという問いは無意味であると、吉田シェフもいう。
「フランスでは色が黒いバゲットも、白いバゲットも統一しないでいろいろ置いている。
お客さんは自分の好みでそこから選んで買っていくのですから」

リンゴのそば粉パン(378円)
そば粉のすばらしい香り。
鼻へと抜け、すがすがしい風を吹かせる。
次の瞬間、その香りをシナモンとりんごのさわやかな甘酸っぱさが更新する。
ごろごろと入ったりんごが、次々と破裂しては果汁を滴らせ、生地の味わいを快いものにしていく。
皮はかりかりして、バゲット同様のクリスピー感がある。
中身はウエットで、おっとりとみずみずしいかと思えば、そばと小麦の味わいが後から後からと湧きだしてくる。
生地の味とりんごの味にじんわりとした調和がある。

「そば粉のパンのレシピもリュドヴィックさんが持っていたものです。
ブルゴーニュらしさを出すために、りんごを入れています」

「人気1位」と書かれていたのは、他のパン屋とはちがい、バゲットでもクロワッサンでも、その他の調理パンでもなく、リンゴのそば粉パンだったのである。
食べやすい上に、生地とりんごにやさしい調和があるためだろう。
ブルターニュのおいしいものといえば、そば粉で作ったガレット(クレープ)とシードル(りんご酒)の組み合わせ。
ブルターニュらしさを売りにする、ヴァン・ドゥ・リュドのコンセプトは確実に受け入れられている。

クロワッサン(168円)
皮にさくさく感がある一方、内側は圧倒的に湿っていて、そのコントラストが秀逸である。
表面近くの皮が軽くて薄いのに、中心部1層が厚めで、それゆえにぷるぷる感までを感じることができるのだ。
その中にたっぷりとバターの甘さをたくわえている。
それはオイリーに滲みだし、コクがあるために、いっそうの満足感を与える。

「クロワッサンはこっちで試作をして、リュドさんと話をしながら、日本に合ったものにたどりつきました。
向こうのはぱさついた感じですね。
カフェオレにじゃぶじゃぶつけて食べるぐらいですから。
ヨーロッパの人は唾液が多いので、水分がないものでも、平気で食べます。
口溶けにバターのジューシーさ、レアさが残る配合にしています」

フランスと寸分違わぬものを提供するという方針ではなく、フランスの本格的な製法を借りながら、日本人の舌に合ったものを提供する。
地域密着であり、長年にわたってポンパドールが培ってきたものが生きているのかもしれない。
国を越えたコラボレーション。
吉田さんとリュドヴィック氏のあいだで、パンに対する思いは一致しているという。

「私もリュドさんも同じなんですけど、愛情をこめて作るということ。
食べてくれる人の気持ちになってパンを作る。
パンは自然のものなんで、自然に感謝して。
パンは技術ではなくて、気持ちなのかな」

ヴァン・ドゥ・リュドに、いまのところ新規出店の計画はないという。
そこにはこのブランドを大事に育てていきたいという意図がある。
リョドヴィック氏の思いとずれないよう、ひとつひとつのパンをきちんと作る。
尾山台の人たちに愛され、ブルターニュのりんごの木のように、この土地にしっかりと根づこうとしている。(池田浩明)

世田谷区等々力2-19-15
03−6809−7405
10:00〜20:00(不定休)

#163



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#163
200(東急大井町線) comments(0) trackbacks(0)
ottoパン(荏原町)
119軒目(東京の200軒を巡る冒険)

10月8日に東横線の祐天寺から東急池上線の長原に移ってリニューアルオープンを果たした。
「公園の前で、駅にも近い。
小さな店はこういう場所がいちばん」
と木内俊弘シェフ。

小さな店には理由がある。
「作るのは自分ひとり、忙しい時間は販売もします。
最初から最後まで自分の目が届くところでやりたかったので。
小麦粉の状態からパンが焼き上がるまで。
修業時代からずっと感じていたことを実現しました」

天然酵母と国産小麦を使用する。
「北海道産の小麦にこだわっています。
自家製酵母で中種を作り、発酵は白神こだま酵母で。
もちもち感をより引き出せるかなと。
メインは、きたほなみという粉です。
うどん屋さんで使う準強力粉で、パン屋さんで使っているところはほとんどないと思います。
もちもち感とコシが私には合っています。
おもしろい食感がだせる。
粉屋さんに探していただいて、いろんなパターンを試して。
偶然というか、いいものを見つけてきてくださいました」

うどん用の粉と聞いてなるほどと思った。
どの粉にもそれぞれの味わいはきっとある。
パン用として一般的に使われる粉とはちがう、豊かさ、たくましさが備わっているものがあるかもしれないからだ。

バゲット(260円)
オレンジ色の皮も、そそり立つクープも、半透明のクリーム色で輝く中身もうつくしい。
味わいまでうつくしいと感じられる。
小麦の甘さが端正である。
おだやかで、豊かだが、野卑ではなく、モダン。
皮は硬く、硬いだけではなく質感をともなって、一方で中身はしっとりさを保っている。
皮の香ばしさを嗅ぐところからはじまって、中身のむっちりとした味わいを感じ、それが派手な甘さに流れていくのではなく、あくまで落ち着いた甘さの快さだけを感じていることができる。

自家製酵母→こだま酵母は、パネッテリア アリエッタの作り方を基本的に踏襲しているという。
アリエッタのパンを一言で表現するなら、もちもちのデパート。
ありとあらゆるパンが、実に心地よく、それぞれの感触でもちもちしている。
ottoは、そのさまざまなもちもちから、木内さんの好きな感触を選びこんで、心地よさの精度を研ぎすまそうとしている印象がある。

松の実パン(200円)
このパンはアリエッタでも食べて、とても感心した覚えがある。
それでもなお、この甘さのまったり感はただごとではないと思う。
とてもおだやかなのに、すばらしくよく広がる。
発酵の香りとはちみつの香りが混ざりあって、うっとりするような香気が醸成され、鼻腔へとふんわり抜けていく。
はちみつの甘さが、中身のしっとり感、やさしいもっちり感とやわらかくシンクロする。
その中にあって、松の実のつぶつぶ感と淡い渋みが、さりげないコントラストになっている。
松の実とはちみつの好相性は希有である。

なるべく自然のままの、国内産の材料にもこだわっている。
「添加物が入っていると、どこかに無理をしていると思います。
なるべく自然なものを使って。
北海道の粉には、北海道の牛乳が合う。
自然ってそういうものなのかな」

クリームパン(170円)
菓子パン生地があくまでやわらかく、かつ食感はぷるんとしていて、味わい豊か。
瞬間的にすぱっと歯切れ、ちゅるちゅるっとクリームが出てくる。
カスタードのすばらしい濃厚さ、快い甘さの圧倒的な広がり。
甘さが喉を通過するときの幸福感。
クリームパンの理想にかぎりなく接近している。

無理をしないことは、ottoのキーワードである。
それはシンプルなパンの形にも表れる。
「作るのがそんなにむずかしくない形にしています。
ひとりでやると忙しい。
発酵は止められません。
ミキシングの間に成形をするので、複雑な形を作っている時間がない。
だからといって、おざなりなものは作りたくないので、どこかを詰めるとしたら、形を簡単にすることになりました。
生地に無理もこないですし。
成形するときねじったりすると、生地にストレスがかかる。
いじめちゃってるときがある。
なるべくそうならないようにしたいと思っています」

30代を過ぎて、パン職人へと転職した。
「もともとは食べるほうが好きでした。
料理は一切できません。
目黒でアンティーク雑貨の店をやっていたんですが、潰してしまいました。
次どうしようかなと思ったとき、パン屋になりたいと。
ただ好きだから、つづけていけるものをやろうと思って。
30代半ばでした。
自分がそれまで食べて、好きだった店にいろいろ電話をしましたが、年齢をいっただけで断られました。
そんなときアリエッタさんに拾っていただいた。
残業も厭わない、きつい世界ですが、お給料をもらって、勉強できるのはありがたいと思いました。
最初から粉に触れるわけではなく、下働き。
キャベツの千切りもできなかったので、15歳も下の女の子に怒られて(笑)」

ottoのパンはむしろ丁寧で、見た目にもうつくしいから、これが笑い話になる。
雑貨店を経営するほどの美的感覚を随所にうかがわせる。
希望だと思えたのは、パン職人を目指すのに、年齢は関係ないということだ。
人は何度でもやり直せるし、好きなことにチャレンジできる。

「料理は下手だと思いますが、ケーキとちがって、パンは作業自体は大雑把。
むしろ感覚的な部分が大事になってくる。
修行が短いのが、コンプレックスで。
オープンしたときより、1年後のいまのほうがおいしくなっています(笑)。
やってるうちに疑問がでて、それを自分で解決する。
答えがわからないので、まわり道するのが、楽しいですね。
素人っぽさがいいほうにでてると思います。
パンっていろいろある。
何を求めるかでパンは変わってくる。
万能じゃないので、僕にできることをやっていこう」

もしも器用で、たくさんの時間が残されているなら、ありとあらゆるパンを焼けるようになろうと思うだろう。
その代わり、自分のパンがなにか見失うかもしれない。
もし不器用で、そんなにたくさんの時間も残されていないとするなら、自分の好きな感じのパンだけを焼けるようになろうと思うだろう。
こと自分の焼きたいパンを焼く、ということに関してなら、一番になれるかもしれないのだから。
年を取ってなにか見えてくるものがあるとするしたら、進路が狭まったからにすぎないのかもしれない。
30代も半ばを過ぎて、パンを焼きはじめた木内さんほど、自分のパンをつかまえている人には、なかなか出会わない。

ひとりですべてを行うということ。
自分の作りたい感覚のパンだけを作っていくこと。
それは突き詰めることにつながる。
つまり、シンプルであるということ。

「シンプルに真っ白に。
それと茶色。
白と茶色の店。
兄(木内達朗氏)がイラストレーターで、絵が飾ってあるだけ。
シンプルなほうが僕は好きです」

#119

(池田浩明)


東急大井町線 荏原町駅
03-5498-0255
10:00〜18:00(完売まで)
毎週月曜第2・第4火曜休み

#119

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JUGEMテーマ:美味しいパン 

#119
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スピカ 麦の穂(旗の台)
113軒目(東京の200軒を巡る冒険)

いまはどこにでもある当たり前のものも、努力と試行錯誤を繰り返したパイオニアがいなれれば、存在することはない。
自家製酵母のパンもそうだ。
30年近く前、降矢泰次さんが、自家製酵母・国産小麦のパンを作ろうと思ったとき、それは海のものとも山のものとも知れなかった。

「醍醐味という吉祥寺にあったパン屋が国産小麦とイーストでパンを作っていました。
すごく画期的な作り方でした。
国産小麦のグルテンの少なさを補う作り方。
コシのあるパンが作れて、短い時間で熟成できる。
麦と酵母をうまく混ぜ合わせるやり方でした」

パンは外麦とイーストで作るのが当たり前の時代。
国産小麦で作るパン屋を発見したことは、大きなできごとだった。
「国産小麦で作れるんだ、と思いました。
歩けば手が届くところにある畑でとれた麦。
製法を探して探してやっと出会った。
いまの着飾ったパン屋じゃなく、のんびりして、手間ひまもそうですし、数を作れない。

次に出会ったのが自家製酵母の草分け、ルヴァン。
働かせてもらい、作り方を覚えた。
それまで勤めていたポンパドールで、時間に追われながら大量のパンを作っていた。
ルヴァンのと出会いは、降矢さんのパンと向き合う態度をも変えるものだった。
「自家製粉で自家製酵母という店。
あの頃、ルヴァンさんしかなかった。
なんでこんなにゆっくりしてるんだろう。
なんで砂糖を使わないでできるんだろう。
ポンパドールでは予備発酵のときにモルトを入れていました。
膨らませるために必要だと思っていた。
モルトは酵母の餌になるんですが、麦芽糖ですからかなり甘い。
フランスパンはそういうもんだと思っていた。
モルトを入れると発酵力がぜんぜんちがいます。
あえて入れない。
粉だけの味でやりたい。
驚きました。
これでいいのかな。
それで興味を持った。
これからのパンになる。
自分たちで菌を作っていける」

当時、自家製酵母でパンを作ることは、私たちが想像もできないほど、困難だった。
レシピもなければ、見本となるものもない。
ふっくらしたパンが本当に作れるのかどうか、それもわからない。
目標となるイメージも、確信もつかめないままの手探りするほかなかった。
「パンの見栄えもよくなかった。
ぼそっとして、酸味もあって。
いまは日本の麦を使った、タンパク量の多い粉も増えてきましたが、昔はうどん用の麦でやってました。
材料も変わっていったし、技術も上がった。
できあがってるところが、どこにもなかった。
あの頃はまだ本当に試行錯誤の連続。
なんの資料もないところからはじめなければいけませんでした。
バゲットを作ったら、すり鉢ぐらい硬くなって、『これは武器になるね』って(笑)」

「ルヴァンのご出身ですか?」と訊ねると、
「ルヴァン経由、という感じですね」と。
スピカのパンはルヴァンの方法にさらに改良を重ねた独自の製法で作られる。
「ポンパドールにいたからパンの作り方はわかっていました。
いちばんの基本はポンパドール。
そこに醍醐味とルヴァン。
3つを合わせてスピカ」

スピカは農家から取り寄せた小麦の粒を自家製粉してパンを作る。
製粉会社から取り寄せた粉と、自分で挽いた粉はどこがちがうのか?
そう訊ねると、降矢さんは冷蔵庫から取り出した、僕の好きなパンをスライスして私にすすめた。
「粉の新鮮さがわかっていただけると思う。
まず香りがいい、普通の白いパンにはでてこない。
絶対にちがう。
ちがうでしょ?
まずいわけないですよ。
挽きたてを使っていますから」

普通のパンとはちがって、小麦の香りのエッジが立っていた。
口全体へ、それから鼻へ、アロマの粒が強く刺さってくるように感じられる。
実は2週間前のパンだった(しかも焼き戻したわけでもない)。

それは、「僕の好きなパン」という名前だった。
生地をあまり感じないほどに口溶けがいい。
隙間なく、惜しみなくまぶされた内国産のオーガニックのくるみは、しっかりと渋く、それが噛みしめるごとに甘さへと反転していくのだった。
これだけレーズンやカシューナッツなどドライフルーツが入っているのに、なお小麦の甘さははっきりと感じられる。

小麦を粒から挽いて作るパン屋はまだまだ少ない。
自家製粉には風味の強さなど、いくつかのメリットがあるが、問題は工程がひとつ増えて、作業性が低下することだ。
「ほんのひと手間なんですけど、商売で考えていくと、数を作らないといけないから、他のパン屋さんはそのひと手間がむずかしいと思うんじゃないでしょうか。
ふるいでふすまを取り除く。
種を作るときにこれが入ると、癖があって、ぬか臭くなる。
取り除いて、生地の段階であとから入れます。
食べ物だから麦には捨てるところがない」

ふるいは、スピカを象徴する道具である。
粒から挽いた粉は、ふすまを取り除くために、必ずふるわなくてはならない。
また、製粉会社から粉の状態で届いたものも、一度ふるいにかける。
「ふるいをすべてかけます。
空気が入ってふわっとなる。
酵母が活性化されるし、異物の混入も防げる。
まったくちがうと思いません?」
手で触らせてもらうと、ふるいをかけたあと、明らかに粉がなめらかになっていた。
握りしめると、写真のように、ほどけずにぎゅっと固まった」

ふるいを使うところを見せてくれた。
熟練した職人ならではの、リズミカルで俊敏な動き。
何千回、何万回と繰り返した動作。
もうなにも考えなくても、もっとも合理的な軌跡を描いて手が動いていくのだろう。

(左が小麦、右がライ麦)

小麦は農家から直接仕入れている。
生産者と思いを共有することも、スピカにとって大事な仕事である。
「最初の頃はいろんな農家を歩きました。
歩いたから自信が持てた。
作るものがはっきり見えてきた。
自分たちは加工業。
いただいたものをお客さまに売る。
「おいしかったよ」というお客さまの声を農家に返していく。
自分たちもお客さんから一言あると、うれしいし、気持ちが入る。
農家は1年に1回しかとれない。
『おいしい』という声を聞く機会なかなかない。
お客さんの声を返してあげるととてもよろこんでくれます。
『スピカさんのパンがおいしい』といっていただけることがありますが、
『うちは材料を作ってる農家がすごくいいんですよ』って答えます」

パンを作ることは、農家から受け取った生命をリレーすることではないか。
小麦の粒を見つめているとそういう感慨が浮かんできた。
一方で、スーパーで加工された商品を買うとき、作り手の顔は見えない。
作り手がどういう思いを抱きながら、どういう過程を経て商品を作ったか、まったく無関心でいられる。
粒からパンを作ることは、農家の苦労にいつも関心を寄せ、向き合おうとする精神的な意味もこめられているのではないか。

「パンは粉の味わいだと思う。
それを出すことにいちばん力を入れています。
粉の味、日本の麦の持ってる味」
職人の味ではなく、小麦そのものの味がいかんなく発揮されたとき、パンはもっともおいしくなると、降矢さんは考えている。

かつて自家製酵母のパンは、いまよりももっと、自然食という生活スタイル、一種の思想運動と密接な関係があった。
スピカはその拠点のひとつである。
「自家製酵母は、自然食のパンというイメージだったが、いまはひとつのアイテムになった。
食べ物の大事なところからはじまったパン。
今日食べたものが明日の体になる。
ぜんぶの食材が、薬のかかっていないもの。
顔が見える農家さんから取り寄せたもの。
食べ物だからちゃんとしたものを提供したい。
薬や添加物のないものを」

「油は、鹿北製油の、自然農法の原料から作られたものを使っています。
塩は自然海塩。
あんな高い値段のものをよくうちが使えたなと思います。
オーガニックのごまは10倍、くるみは3倍。
塩化ナトリウムの食塩なら20キロ2100円、自然海塩は21000円。
なぜそれでも使うか。
現場を見にいって、たとえば海水を汲み上げて塩を作ってるのを見ると、『使いたい』と思ってしまう。
でも、材料がどういうものかは一切書きません。
できるだけ味で見てほしい。
情報ばかりが先行するのが嫌だった。
むかしお客さまにいわれた一言、
『おたくのパンは頭で食べるのか』
その言葉がずっと頭に残ってます」

「硬そうでやわらかいのがスピカのパン」と降矢さん。
硬く見えてやわらかく、軽さの中から、焼きこんだハード系のパンでなくてはありえない濃い甘さが滲みだしてくる。
軽さと濃さがこんなふうに接続しているパンははじめてだった。
身は詰まっているのにふわりとして、溶けるとともに内蔵されていた小麦の香ばしさが次々と息を吹き返し、もっともっと甘さが濃くなっていく。
ちりばめられたレーズンの甘さがアクセントとなり、やがて小麦の甘さと合流し、もっと大きな甘さとなっていく。

「おいしいかどうかは、お客さんが選ぶしかないもの。
ここまでは努力しましたが。
パン作りがどういうものなのか、いまだにわからない。
むずかしくて。
ほとんど感覚。
これでいいだろうな、という。
季節によって発酵状態は変わりますが、プロだから、いつも一定のパンをだせるのが我々。
そこにたどりつくおもしろさ。
味を作りだすおもしろさ。
そういう意味での『職人』に、少しなれたと思う」

スピカ 麦の穂
東急池上線 長原駅 / 東急池上線/大井町線 旗の台駅 
03-3788-5536
11:00〜19:00
火曜水曜休み

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ブーランジュリー コシュカ(等々力)
96軒目(東京の200軒を巡る冒険)

地元に馴染んだ小さなブーランジュリー。
パンひとつひとつもどこにでもある普通のものに見えながら、どこかうつくしいたたずまいをしている。
食べると、レベルの高さに驚く。
普通でありながら、特別である。
普通のパンを突き詰めて、特別なおいしさに達した、とも思われるし、普通さと特別さが矛盾なく接合されている、とも思われる。

チャバタ(270円)。
極めて例外的な、明るい甘さを響かせる。
口に入れた瞬間からすでに甘いのに、噛むごとに果てしなく甘くなっていく。
低温長時間発酵、そしてオリーブオイルが気づくか気づかないか程度、少しだけ含まれていることがこの甘さを実現している。
リュスティックをほうふつとさせる、しっとりとした、ぷるぷるの生地。
そしてリュスティック同様に、焼き切らない小麦の生(き)の味わいがある。

長時間発酵の甘さと、小麦の生々しい味わいの両方がいっぺんに味わえるパンには出会ったことがなかったし、それが可能だとも思わなかった。
「セモリナ粉を使っているから」だと秋元英樹シェフはいう。
チャバタとしては特別なリュスティックのようなぷるぷる感は、長時間発酵の副産物だというが、
「もっちりしすぎると、食事と合わせたときスープを吸わないし、食べたとき重い」
と、シェフは納得していない。
おいしいというだけでは十分ではないというように。
普通の生活と馴染ませてこそ、自分の作るパンは役割を果たすと考えているのだろう。

志賀勝栄シェフの片腕として、アルトファゴスからペルティエへと付き従った。
低温長時間発酵の発見という伝説も間近で見た。
師のことを、親しみをこめて「志賀ちゃん」と呼ぶ。
近寄りがたいイメージを払拭しようと、あえて気さくな人物として描き出すのだった。

「ぶっとんだことはします。
こうやっちゃいけないという常識をぜんぶ取っ払って。
自分がいいと思ったらいいし、枠は作らない。
普通の人が見たら『ばっかじゃねーの』というぐらい、イーストをとんでもなく減らすことをおっぱじめた。
以前から長時間発酵はありましたが、それ以上に長時間にした。
思いつきもすごいけど、ベースの技術があるからできる。
今のパンしか知らない人は、そんなパン(長時間発酵)しかできないけど、志賀さんは普通のパンもできる」

志賀勝栄流の低温長時間のパンをそろえるが、すべてではない。
「低温でやると味は濃くなるが、ボリュームもダウンして、値段も高くなる。
志賀さんは自分のやりたいパンをやっている人で、それでいいと思いますけど、僕らのようなちっちゃい店は、町に根づいてやっていきたい。
ハード系もあるし、チョココロネもあるし、というような店を」

クリームパン(140円)。
豊潤であり、かつ、すっきりとしたクリーム。
甘すぎず、舌に残らない。
バニラの香りが香水のようにうるわしく感じられるのはなぜなのか。
パンの発酵の香りと、二重映しになっているからだった。
ふるふると震えるほどふわふわなパン生地は、食感においてもクリームと響きあう。
パンとクリームという1+1が3にも4にもなっている。
食べるたびにしみじみおいしいと思う。

ハード系からチョココロネ、クリームパンのような普通のパンまで高いレベルでカバーする店といって真っ先に思いつくのは、ベッカライ・ブロートハイム。
秋元さんのもうひとりの師は、ブロートハイムの明石克彦シェフだ。
「ブロートハイムは、あの場所でもう20年以上やってる。
町に根づいたパン屋がいちばんだと明石さん見て思った。
明石さんにはたくさん教えてもらった。
小僧の頃からお世話になってます」

どこにもないようなおいしいパンを作る志賀勝栄と、どこにでもありそうなおいしいパンを作る明石克彦。
コシュカは、両者のいいところがあわさってできている。

明石シェフに秋元さんがいわれたのは次のようなことだった。
「地道にやれ。
みんなはじめからすごい店じゃなかった。
1人2人からはじめて、大きくしていった。
若いときからそんなに求めないほうがいい。
勉強しながらよくしていけばいいんだから」

明石シェフは盛んに講習会を開き、あらゆるパン屋がレシピを参考にする。
にもかかわらず、ブロートハイムに行かなければあの味は決して食べられないのは、どうしてなのだろう。
「教えてもらっても、明石さんのパンはできない。
ブロートハイムのロデヴが好きなんですが、明石さんが作ると、明石さんのロデヴになる。
配合には差がないのに、なんか明石さんのパン。
香りだったりとか。
(完成に)持っていく段階で、明石さんの考えが入っているんでしょうね。
リスドオルも、ロッドによって(品質に)アップダウンがある。
それでも持っていきたい方向に持っていける。
講習会をいっしょにやらせてもらってるんですが、どこの粉を使っても、明石さんの味になる」

秋元さんが明石シェフにいつもいわれる言葉がある。
「普通のものを普通に作る。それがむずかしいことだよ」

「それができるようになりたい。
(具体的にはどういう意味か?)言葉でいい表せない。
なんか重いような、軽いような。
明石さんが毎日そう思って作っている。
特別なものにする必要は、俺もないと思う。
志賀さんのは特別なものになっちゃってますから」

「普通のものを普通に作る」という言葉は謎めいていた。
しかし、秋元さんが、つづいて語りだしたことは、その意味をほんの少し照らしだすようだった。

「震災のとき、うちもそうだけど、パン屋さんには、すごくたくさんお客さんきてくれた。
そうなったとき、俺ら、なにかしらできる。
パン屋さんが根づいているからだと思う」

さまざまなパンをさまざまな製法で焼き分ける技術を持ちながら、秋元シェフはいう。
「自分のパンは作れるようになりたい。
すごいっていわれてる人たちはすごい。
どうしても追っかけてる感じがある。
自分はまだ固まっていない。
自分はこうだ、というのできていない」
だが、思う。
志賀勝栄と明石克彦という2人の偉大なパン職人からたくさんのものを吸収し、なお普通であろうとすることは、極めて非凡ではないかと。

カンパーニュのパストラミビーフサンド(280円)。
ビーフジャーキーのような濃い肉の風味を立ち上らせるパストラミビーフ。
さわやかにアクセントをきかせるオニオンマリネ、トマトのジューシーな酸味、マヨネーズとの組み合わせが至福。
それらを包み込むのは、染み入るように味わい深い酸味とうまみが印象的なカンパーニュ。
濃いだけではなく、癖がなく、すっきりとした部分もあって、それが肉の味わいをうまく引き出す。
食事パンを作るときいつも料理との相性に配慮している秋元シェフの考えが、このサンドイッチを食べてわかった。

ブーランジュリー コシュカ (Koshuka)
東急大井町線 等々力駅
03-3703-5771
10:00〜19:00
日曜休み

#096

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