セルオブレ(武蔵小山)
2011.10.04 Tuesday 00:00
112軒目(東京の200軒を巡る冒険)
sel=セルは塩。
eau=オは水。
blé=ブレは小麦。
セルオブレとは、パンを作るための最低限の材料を意味するフランス語である。
店名の由来とは、という質問に、
「かっこよくいっちゃえば、心構えですけど」
と吉川シェフは答えた。
いつも原点を忘れない、という姿勢。
いちばん大事なものを踏み外さない、というあり方。
「基本が大事というのはあります。
毎日、同じものをだすということはむずかしいけど、それをやっていこう。
お客さんが今日食べたものと、明日食べるものがちがう、というのはよくない。
空調管理しっかりして、生地を手で触って、感覚で状態を見極める。
それが大事」
生地を大事にするということは、地元の人たちの日常を大事にするということだ。
住宅地の商店街にある、地元に根づいたパン屋。
武蔵小山の長い長い、活気あるアーケード街からおよそ50メートルの場所に店はある。
「お客さんがパルム商店街から曲がって、ここまで買いにきてくれる。
その数分の行為をどう考えるか。
パルム商店街は屋根があるけど、雨の日はわざわざ傘をささななきゃいけない。
そのためには目的がないと駄目なんで、おいしいという印象を持っていただきたい。
幸い、『ここの食パンが好き』といってくれる人が多いです」
パンドミ(280円)
ミルクの風味が心地よく香って、スライスの一片は震えるほどやわらかい。
やわらかさの中にコシがあり、表面を噛み切った瞬間、ゴムのようにひきちぎれる感覚がある。
リッチではあるけれど、素材はどれも大事にされている。
しっかりと甘い。
砂糖でごまかした味わいではなく、ミルク自体の甘さであり、小麦自体の甘さ。
噛みつづけてそれがさらに濃厚に膨らむ。
バターやジャムは必要がない。
パンの味わい自体がスプレッドになる。
いいパン屋につきものの感覚だが、小さい店が宇宙になっている。
必要最小限のアイテム。
凝ったオリジナルメニューや、装飾過剰のパンはない。
食事パンはそれぞれ2種類。
リッチなパンドミーと、シンプルでトーストがおいしい食パンとの選択。
バゲットなら、オーソドックスなタイプと、低温長時間熟成で味が濃いタイプとの選択。
おいしくて、コンセプトがしっかりしているから、この2種類だけで、パンを選ぶ楽しみは毎日尽きることがないだろう。
クリームパン、メロンパンと、しかるべきパンが、何の変哲もない外見で置かれている。
安心して手を伸ばすと、口にしたあとで、シェフのたくらみに気づくことになる。
メロンパン(160円)
甘さではなく、バターが真っ先に香りだすのが快い不意打ち。
ビスケット生地は普通のメロンパンではありえないほどかりかり。
弾けたかと思うと、スコーンのような白っぽい甘さとして溶けていく。
パン生地はメロンパンらしい軽さがあるのに、乾いておらず、しっとりとやさしく、ミルクの風味をほんのり甘く漂わせる。
表面にふりかけられた砂糖と、ビスケット、パンと、甘さは実に複雑に絡み合う。
一見、普通なのに、なんとツボの多いメロンパンだろうか。
「パンを作るときには、『自分がどう好きか』ということを考えます。
メロンパンだったら食感と風味。
硬いビスコットのばりばりという感じ。
生地には牛乳と発酵バターを入れて。
クリームパンだったら、口溶けが大事だから、ブリオッシュの生地にして、なおかつクリームは邪魔しないように」
ヴィエノワチョコレート(140円)
表面は香ばしく、タマゴのぷりぷりした感じがある中身。
ほんのしした甘さは、小麦の味が滲みだすのを感じられる境界線上の強さに設定されている。
中からねっとりとしたチョコレートが現れる。
実にビター。
苦みと濃厚な香りが容赦なく襲い、どうしようもなくヴィエノワ生地の甘さがほしくなる。
ゆえに、両者は絡みあい、滲みこみ、戯れあい、溶けあう。
うつろいを確かめるように、何口も何口も、あらゆる角度からちぎって食べた。
「ヴィエノワには余計なものは入れません。
発酵バター、牛乳。
修業してたとこ(ロブション)と、そのまんまのレシピです」
商店街の一見変わったところのない小さなブーランジェリーでこの味が食べられる。
こんな町に私は住みたい。(池田浩明)
sel eau ble (セルオブレ)
東急目黒戦 武蔵小山駅
03-3783-1194
10:00〜20:00
火曜・第3水曜休み
#112
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