パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ヨシダベーカリー(富士見ヶ丘)
164軒目(東京の200軒を巡る冒険)

小さな駅の静かな商店街。
素通りしてしまうほど町に溶け込んで、素通りできないほど心地よい感じがする。
ヨシダベーカリーは、カタネベーカリー出身の吉田さんの店である。
白い内外装。
木のカウンターの上に並んだフランスパンがかっこをつけていないし、店の小ささが押し入れに入り込んだような安堵感を与えてくれる。
カタネイズムは、形を変え、受け継がれている。

カタネベーカリーで一度食べて以来心を鷲掴みにされたタルト・フランベと、再び邂逅を果たした。
その横にはこのパンがあった。

いわしとたまねぎ(280円)
タルト・フランベの上にあろうことかオイルサーディン。
ベシャメルソースのミルキーな甘さとたまねぎの鼻へと抜ける容赦ない辛さが、見え隠れし絡まり合う。
タルト・フランベと同じ清らかなバランスを、オイリーないわしが蹂躙する。
噛みしめるほど、溶けゆくミルクの甘さと、いわしの脂が舌の上にしたたってとてつもなく甘美である。
背後にはバゲットの香ばしさが控えていて、感動をより完全なものにした。

カタネベーカリーの秘密を受け継ぎ、さらに新たな個性を付け加える。
それは基本となる食事パンにもいえることだ。
カタネベーカリーのバゲット、食パンにあるさりげなさ。
それを引き継ぎながら、さりげないままに一歩踏みだす、という離れ業を演じている。

吉田さんは言う。
「バゲットは軽くしようと思いました。
より食べやすい普通のフランスパンにしようと」
たしかに口溶けや食感において軽やかであるにもかかわらず、香ばしさや、中身の甘さに関してはいっそう鮮やかになっている。
それは食パンにおいて顕著だ。

角食(300円)
がっちりと焼かれ分厚く中身を取り巻く耳。
特に底面は、生であってもざくざくして、クラッカーのような崩壊感覚さえある。
中身のミルキーさが濃厚ではっとさせる。
しかしあっさりもしていて、絞りたての牛乳を飲むように、生理的な快さを引き起こす。
噛むと、気泡のあいだからぱふぱふとあたたかな香りを吹き出し、なめらかで、どこまでもやわらかで、口溶けがいい。
つまり、理想的な耳と理想的な中身が、理想的なコントラストを描いている。
トーストしたとき、ミルクの甘さは夢のようになり、さくさくとひと噛みごとに音を立てて、気持ちよく歯切れる。

「カタネベーカリーのいちばんの名物であるセーグル・オランジュだけが同じで、あとはぜんぶ作り方がちがいます。
なるべくカタネベーカリーといっしょにならないようにしています。
それでも同じになるんですよね」

それはなぜなのだろう。
フランスパンをおしゃれなものとしてではなく、日常の食べ物として売る。
というコンセプトにおいて、カタネベーカリーとヨシダベーカリーは一致している。
私もその方向性を熱烈に支持したい。
フランスパンとは日常の天才なのである。
お昼にサンドイッチを食べよう、おやつはバゲットにチョコレートをはさんで食べよう。
それが「おいしい」ことが、日々の幸福を保証してくれると思うから。

ブリオッシュサンド あんことバター(150円)
あんぱんよりも、フランスあんぱんよりも。
あんことパンの正しいマリアージュとは、実はこの食べ方ではなかったのかと、興奮でそう口走りそうになる。
あんことバターが混じり合い溶け合うことで、味わいは爆発的に広がり、舌触りも狂おしくなめらかになる。
ブリオッシュがいい色で焼き上げられていて香ばしく、歯切れも口溶けもいいので、フィリングと心をひとつにして溶けていってくれる。(池田浩明)

ヨシダベーカリー
京王井の頭線 富士見ヶ丘駅
03-6326-2754
7:30〜18:30
月曜・第1・3・5日曜休み

#164




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#164
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ル・ルソール(駒場東大前)
149軒目(東京の200軒を巡る冒険)

酵母の香りがフェロモンで、小麦の味わいが野生である。
惹きつけられるもの、心に食い込んでくるものとは、単に口当たりのいいものばかりではない。
おいしいを無上のものにする、+αの余剰。
癖、エグみ、個性。
ル・ルソールのバゲット(240円)にはそれがある。
甘さに加えて、野生。
香ばしさに加えて、そそるなにか。
カビを使ったチーズの匂い、ワインの樽の匂いやミネラルの苦み、あるいは果物や野菜における酸味や苦さ。
甘さや香ばしさといったいわゆる「おいしい」は、それとは背中合わせの感覚とセットで現れるとき、さらなる高みへと上昇していく。
少しでもぶれれば不快さへと転落するような「野生」へ踏み込んでいく勇気。
そこから並外れたものだけを持ち帰ってくるセンスが、このバゲットの作り手にはある。
細身で強い皮、次々と波状的に現れ出る、長時間発酵に特有の陽性の甘さ。
そこに複雑さを与え、裏打ちするのは、中身にある微妙に舌をしびれさせる酸味であり、小麦の野性味であり、酵母の生々しさである。
それをおいしさとして認めさせてしまう強気と実力こそ、ル・ルソールを非凡な1軒にしているものだ。

ル・ルソールは、フランスが濃厚に意識されたブーランジュリーだが、使用するのはフランス産小麦ではなく、選び抜いた国産小麦。
無難な甘さを求めてではない。
唯一無二の個性を求めてである。

「国産は癖がない。
裏返せば、おいしくないということ。
国産のいい材料は本当のおいしさを持ってる。
そこを履き違えてる。
なんでもかんでも国産だからいい、というのはレベルが低いと思います」

清水宣光シェフの口ぶりは自信に満ちている。
「バランスの悪いものはおいしくないです。
おいしいものは食べてきてるし、いいお店でしか働いてこなかったので、それはわかってるつもりです。
種の香りが強いのが好きなんで。
種の管理はすごく重要。
ちがうな、というお店はそういうことができてない。
見て、舐めて、触って、嗅いで。
五感で感じるしかない。
ずっとやってればわかるようになってくる」

自家製酵母・長時間発酵という、小麦の味わいを最大限に引き出す製法を採用する。
「自家製酵母を作っても、おいしくないとまったく意味がない。
手間をかける意味がない。
むしろ自己満足のためだけでいえば、大手から出てる酵母液を使えばおいしくなる。
どうやったらおいしくなるのか、わかんないからやるんですけど、まったく見えてない人がやっても、おいしいのはできない」

製法についての考えのベースとなっているのは、メゾン・カイザーのやり方だ。
清水シェフは、20代そこそこでメゾン・カイザーの立ち上げを体験した。
「メゾン・カイザーのいちばんはじめの社員でした。
1号店開店の1週間前まで、木村さん(木村周一郎メゾン・カイザー社長)と2人だけだった。
パンを作る以外のことが見れました。
出社して1日目が、いっしょに物件を探したり。
僕がひとりで試作してデパートに持ってったり。
クロワッサンのルセット(レシピ)はもらってましたが、バゲットはわからない。
1週間前になってやっとカイザーさんがきて、ばたばたと開店した」

はじめてカイザーのパンを食べたとき、どのような印象を受けたか。
「単純においしいと思いました。
すごく革新的。
衝撃を受けたのは、生地を作る工程がいままで習ったのとぜんぜんちがうこと。
日本にいる間は理解できなかった。
わかってるつもりだったんですけど、わかっていなかった。
フランスに行って、フランスの粉で作って、なんでこの製法になるのか、自分の中で理解が変わっていった。
フランスに行って、その製法が生まれた環境が見えてくる。
すべてなるほどなと思いました。
リスドオル(日清製粉のフランスパン専用粉)から作るパンのやり方とはちがう。
日本のやり方は日本の材料に合わせたやり方」

低温長時間発酵の方法は、それまで清水さんが教わってきたストレート法とはまったく異なっていた。
低温下に置くことによって生地の発酵を止め、熟成により旨味成分を増やす。
それは、小麦の野生をそのまま活かすことを重視する、フランス人が生み出した考えだった。
単にレシピを知っているのではなく、パリのメゾン・カイザー本店で揉まれながら、製法が生み出されてくるファンダメンタルな部分、深層を理解した。
それゆえにか、ル・ルソールのパンは、いま多くの店が低温長時間発酵を採用する中で、個性が抜きん出ている。

「フランスにもいいものも悪いものもたくさんある。
ずっと見てると、判断できるようになってくる。
日本で見て、フランスで見て、削ぎ落とされてくる。
フランス人が全員いいわけではない。
だめなフランス人見て、いいフランス人見ると、すごくはっきりする。
本店のシェフは僕より1個上だったが、10人のメンバーのうち、いちばんよく働く。
時間関係なく働いて、常に率先して仕事を見せてくれる。
すごいなと。
日本では信じられない数をこなした。
バゲットを1日2000本、クリスマスは3000本売ってました。
1回に60キロ(約400本)のバゲットを仕込む」

モンジュ通りにあるメゾン・カイザー本店は伝説になるほど多くのバゲットを売る。
「スポーツ感覚ですね。
400本を20分かかんないぐらいで成形できるようになる。
日本で必要な技術ではないけど、そのスピードを求めるのがフランス。
バゲットモルダー(成形する機械)でできた生地がどんどん流れてくる。
ベルトコンベアにのって流れてきて、ぽとんと落ちる。
その流れを止めないで、機械に負けないように。
正直、それができても日本で役に立たない。
日本では丁寧な仕事が求められる。
それがあるから日本に帰ってきました。
ポジションも上がっていくわけですよ。
成形、仕込み、そしてシェフになっていく。
深いところを知ることができたのかもしれないですけど、バゲットがめちゃめちゃ早くできても日本でその技術はいらない」

ベーカーズ・ハイ。
スポーツに没入する人が、何も考えずとも、勝手に体が動いて、いつのまにか時間が過ぎているように、極限を突破した労働は、普通の状態からは想像のつかない快感をもたらすのだろう。
労働の快楽と、フランスの一流店で仕事が務まっているという事実だけで満足できた時期がすぎると、清水さんは帰国を考えるようになった。
日本で自分の店を出す。
そのとき使うべき小麦はフランス産ではなく、国産小麦だった。

「フランスでは、土地のものを使うのが当たり前です。
アルザスでパン屋をやっている友人にどんな小麦を使っているかと訊いたら、『アルゼピ』だっていう。
アルザス産のバゲットの粉をアルゼピというらしい。
それだったら、日本では、日本の粉でバゲットを作ればいい。
ドミニク・サブロンは北海道の粉でバゲットを作っている。
そういうフランス人の考え方を誰かに教えてもらったわけではないけど、向こうの店で働きながらずっと考えていると、感じられる。
地産地消。
ものづくりはそういうふうに成り立っている。
だから、僕は国産小麦を使おう。
フランスでは、僕と同世代の、24,5歳が有名店のシェフだった。
メゾンカイザー本店のシェフも、グルニエ・ア・パンのシェフも、同じ年。
はじめてる年齢が早いから。
フランスの粉を使っても彼らには勝てない。
いいものはフランスで消費される。
材料で負けてもしょうがない。
日本で手に入る材料で、自分なりに感じとったやり方で、表現してやらないと、意味がない。
フランスが好きで、フランス産の材料も嫌いではないが、いいものも悪いものもある。
そういう過程があったので、国産、国産というのは好きではない」

清水シェフにとってのフランスとは、見上げるべき憧れではなく、対峙するライバルだった。
だから、物まねではなく、国産小麦を使った自分だけのパンを作ろうとする。

「北海道産と九州産をブレンドする。
北海道産は甘さが強く出る品種が多く、ボリューム出る品種もある。
国産はボリュームが出ないとか、水が入らないという意見がありますが、昔の考えだと思う。
水を入れれば伸びる(ふくらむ)。
焼き方や、発酵の仕方が悪いと、伸びない。
粉の特徴に合わせた製法をやれば、おいしいものはできる。
製粉会社が出している外国産小麦はパンが作りやすいようにブレンドされている。
だから、パンがうまくできないのを、国産小麦のせいにするのはちがう。
そうではなく、作りたいパンと合っていないだけ。
ふかふかするパンを作りたいのに、ふかふかしないけど味はいい、という国産小麦を使って作ろうとしている。
そういうときは、ふかふかする粉も混ぜて、味は国産小麦から引き出せばいい。
それがブレンド。
国産がパンに向かないというのは、それはちがう」

冒頭に述べた、+αの余剰。
それは北海道産と九州産小麦をブレンドすることからも生まれている。
ふわりとふくらみ、甘さのある北海道産小麦と、「地粉」のイメージがある九州産小麦のハイブリッド。
暴れる野生は紙一重によって「まずい」に転落する。
それを切り捨てるのか、エネルギーへと転化すべく、さらなる試行錯誤を続けるのか。

「はじめはなにも国産小麦のことがわからなかった。
1年目、2年目、手に入るものは使い倒して、3年目までひどかったと思う。
わかんないのに使ってた。
小麦の中でも、いいもの悪いものはあったけど、一概にはいえない。
いい悪いというより、向いてる向いてないだと思う。
自分の経験の中で、この粉はこういうふうに使えたらいいな、というのがあって、その中でのいいもの悪いものであって。
まだ、たどりついてない。
自分の作るパンをおいしいと思わない。
いまある商品、違和感しかない。
決してこれと思う商品はない。
おすすめはありません。
作りたいパンのイメージはあるが製法や材料が追いつかない。
なんとなく頭にあるものができてない」

頭の中のイメージに現実のパンが追いつけない。
私には不思議だった。
食べたことがないほどおいしいパンとは、どのようにイメージするのか。

「ところどころの断片を集めてる。
このパンのこの味はいいなとか、このパンのこの食感はいいなとか。
この味は出したいけど、この食感はいらないとか。
食感ができてても、味はできてなかったり。
同じ工程でもいつもちがうやり方でやる。
同じバゲットでも、今日はどうやって仕込もうか。
ほんの少しの水を、きょうはもうちょっと増やそうか減らそうか、毎日どうしようか、すべてのものに対して考えてやってます。
ルセットはよく変わる。
酵母の状態によっても、粉も変え、水も変えるし、まったく満足しない。
自分が求めてるものだって、毎日変わっていくし。
たとえば、年を取って、やわらかいものが好きになったら、バゲットはもういいとなる。
それはそれでいいと思います」

「お客さんの『おいしかったよ』にも影響されます。
いいお客さんがいれば、自然とお店はおいしくなっていく。
自分がいいものを作れていて、いいお客さんがいれば、自然といい方向にいく。
同じものを作っても、お客さんの声を聞けなくて、いい循環が壊れてしまう店ってあると思います。
お店は変わり続けないといけない。
停滞は許されない。
自己満足を突き詰めてもいいけど、お客さんも自分も満足できたほうが、うれしい」

つまり、ル・ルソールは幸福を目指す。
そんな甘い言葉を、清水シェフが決して使うはずもないけれど。
幸福を望まない人間はいないが、イノベーションを起こすような革新的な職人にとって、それは漠然とした祈りや善意によって到達するものではない。
想像力と、論理と、自分の腕でたぐり寄せるものだ。

生ハム/ルッコラ
軽やかに持ち上げられ、空気を含んだチャバタ。
一転して、味わいは濃厚。
強烈な酵母が日本のやさしい小麦の甘さと出会っている。
塩が、甘さが、オリーブオイルの流れにのって溶けだし、舌に滲みいる。
濃厚なパンは具材を邪魔するのだろうか。
そうではなかった。
ルッコラ、生ハム、パルメザン、バジルオイル。
定番の組み合わせを1回きりの非凡なものに変えているのは、酵母の風味である。
過剰さというミスマッチをマッチさせ、悶えるようなマリアージュの快楽に変えている。
それは、具材とパンに並外れたバランスがあるからだ。(池田浩明)


ル・ルソール 
京王井の頭線 駒場東大前駅
03-3467-1172
8:00〜19:00
月曜火曜休み



#149
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グード・ファリーヌ(久我山)
89軒目(東京の200軒を巡る冒険)

バゲット(252円)。
いつか出会っていても不思議はないのに、記憶を探っても見あたらない。
新しく、親しみ深い味。

バゲットの製法は二者択一を迫られてきた。
基本の作り方によるあっさりした味わい。
ルヴァン種(自家製酵母)や長時間発酵による甘く深い味わい。
前者は食事パンにうってつけだが、人によっては物足りない。
後者は味が濃いので、さりげなさという点で前者に劣る。
このバゲットは両方の長所を併せ持っている。

自家製酵母といわれなければイーストのバゲットだと思ったかもしれない。
軽さ、食べやすさ、主張のなさ。
食事パンとしてふさわしく、誰にでもどこでも作られうる普遍性がある。
ふわっとして硬すぎず、けれど快い乾きがある。
軽さの中に味わいがあって、ほんの気づくか気づかないぐらい、舌先にひりりとくる酸味、フルーティな風味と、ごくうっすらとした甘さがたなびく。
飽きずに毎日食べられるあっさり味なのに、変化に富んだおもしろさも兼ね備える。
ルヴァン種のパンはひと色の味で全体を塗りこめてしまうが、このパンには真っ白の空白が残されているようで、それがすがすがしさにつながる。

gout de farine =小麦の味。
なんと意欲的な店名だろう。
丸山シェフは、自家製酵母の中種法という、自らの発想による新製法をひっさげて、この店をオープンさせた。
「目指しているところは、食べやすい自家製酵母のパンです。
こんな作り方、普通の人からしたらめちゃくちゃだと思うんですけど、ひらめいちゃったんで、やりたい。
そうすると自分の店を持つしかなくて」

自家製酵母の中種法とは、中種の代わりに自家製酵母種を使うイメージである。
「いままで分けて考えられていた、中種法(前日に作って熟成させた種に当日小麦粉と水を加える製法)と、自家製酵母の種継ぎ(ルヴァン)をミックスしたら、お互いの欠点を補いながら作ることができました。
中種の軽い食感やさくっとした口当たりがありながら、粉の風味がでて味わい深い」

これに近いものを作り出そうとするなら、イーストと自家製酵母を併用するという手もあるかもしれない。
だが、それとも別の味がする。
ベッカライ・ブロートハイムのバゲット(ストレート法のバゲットの最高峰ともいえる)の自家製酵母バージョンという趣きもある。
聞けば、ブロートハイムと同じ粉とのこと。

「日清製粉のリスドオルという極めて当たり前の粉を使ってます。
小麦粉の味にこだわっているというと、国産小麦を使っていると思われがちですが。
一流の食材で一流の味を作るのは普通のこと。
自分の集められる食材で感動させられるものを作りたい。
当たり前のものでも、これだけおいしいものを作れるんだよ、というのがやりがいだし、醍醐味だと思う」

あんぱんやカレーパンは置かない。
ストイックにブーランジュリーでありつづけるのは、フランスパンが大好きだから。
「自動車の整備工をやっていたんですが、新宿の小田急にあるトロワグロに入りました。
最初はパイの工程に入れられてクロワッサンを作っていましたが、ただの折り紙だった。
つまらないなと思っていたら今度はフランスパン工場に飛ばされた。
生地が手にくっついて自分の思うようにいかない。
それがおもしろくて。
焼きたて食べて『なんじゃこりゃー』という衝撃を受けて。
それまでメーカーの袋に入ったパンしか食べたことなかったので。
その衝撃があるからいまもやってます」

アナナス(231円)。
グードファリーヌにはもう1種類フラブールというバゲットがある。
ライ麦と全粒粉、自家製酵母にサワー種を使っている。
「ヨーロッパに住んでいた人に話を聞いたら、向こうには2種類の酵母を混ぜるパンが当たり前にあると。
それまであまり聞いたことがなかったので、うまくいけば看板商品になると思いました」

ドライフルーツではなく、生のパイナップルのみずみずしさ、フレッシュさの衝撃。
透明感のある粉の味わいとコクのある粉の味わいが生地に同居しているのがすばらしく、ココナッツの満ち足りた甘さがパイナップルと生地をつないで、すべての素材が完全に調和している。
パイナップルの酸味は生地の中のごく軽い酸味を、甘さは生地の中のそれを覚醒させ、なじませ、味わい深くする。
パイナップル周縁と、遠く離れた部分の味わいのちがい、グラデーションの不思議さ。
パイナップルの水気をきちんと受け止め、自らのしっとり感に変えてしまう、ふところの深さ、強さが、この生地にはある。

山型食パン(210円)。
ふわふわでしゃきしゃき。
言い換えれば、やわらかさと腰を併せ持っている。
しっとりして、なめらかでという、肌触りの快感と、生地を噛み破るときの快感。
味わいはリーン。
リーンということは、何味とはっきりということができないということなのだろう。
小麦であり、塩気であり、甘みであるような、心地よさとしかいえないようななにか。
ひとつの味に傾かず、快楽だけが追求されているから、毎日食べられる。

あえて食パンだけは普通に作っていると丸山シェフはいう。
それでも特別だと感じさせるのが職人として非凡。
食事パンの充実は、「粉の味」という店名にふさわしい。(池田浩明)

グード・ファリーヌ
京王井の頭線 久我山駅
03-3331-7483
9:00〜19:00
火曜・第3水休

#089



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JUGEMテーマ:美味しいパン
#089
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