パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
つむぎ(公園)
151軒目(東京の200軒を巡る冒険)

店主は研究者。
いうなれば、製パン理論的にもっとも適切なパン屋。
「日本のパン業界のバイブル」との定評がある『新しい製パン基礎知識』(パンニュース社)。
その著者、竹谷光司さんが日清製粉を辞したあとパン屋をはじめた。

竹谷さんといえば、ベーカリーフォーラムという研究会を主宰していたことで知られる。
パン職人たちが意見を発表し、他のメンバーとの自由なディスカッションを通じて、パン屋の運営技術を理論化し、最適解を求めていく。
設立の意図について、資料にはこのように記される。
「お互いに専門分野を提供しあって、トランスフォーマー(合体ロボ)のごとき、巨大な力を作り上げたいと念願しております」

ベーカリーフォーラムという「トランスフォーメーション」が、日本のパン屋のレベルアップに貢献したことは、参加メンバーの顔ぶれからも明らかである。
「スタートしたときはみんな無役。
だけど、金林達郎さんは帝国ホテルのチーフになったし、仁瓶利夫さんはドンクの役員、明石克彦さんはJPBの代表。
若手では、デイジーの倉田博一さんがドイツパン菓子勉強会の会長、トランブルーの成瀬正さんはクープ・ド・モンド(ベーカリーワールドカップ)の監督として2回目の優勝に貢献した。
その他にも全員を紹介したいぐらいの、実力派・個性派がそろっています。
20年間、200回以上もやってきましたからね」
パン業界の重鎮の多くは、この勉強会から輩出された。

ベーカリーフォーラムでは具体的にどのようなことが話し合われていたのか。
「3年目にやったのが『The Bakery』。
こういうパン屋さんあったらいいね。
理想のベーカリー像を作りあげる。
これを作るのと同時並行で、たまたま明石さんがベッカライ・ブロートハイムをオープンした。
明石さんが言うには、『この資料を具現化した店ですよ』」

ベッカライ・ブロートハイムの成功は、ベーカリーフォーラムの高い達成を証明するものだ。
「つむぎ」もまた、その議論を踏まえて、よりおいしく、より生産性の高いお店を模索するために開店した。

研究者としていままで経験したさまざまな製法から、理想的なものが選び抜かれ、パンが「つむぎ」出される。
「私の製法は40年パンをやってきて、自分が食べておいしいと思った製法で作っている。
フランスパンは瓶さんの方法(ドンクの製法)。
仁瓶さんのフランスパンがいちばんおいしかったから。
配合も工程も同じです」

バゲット(240円)
ドンク、ベッカライ・ブロートハイムと通じる、リスドオル(フランスパン専用粉)味の保守本流バゲット。
馴染み深さの中に個性はある。
もっと塩のゆらぎを感じ、もっと小麦の味わいの低音部がぐっと押し出してくる。
息の長い迫力が終わらない。
単純であるゆえに飽きず、もうひと口へと誘う。
軽さとかりかり感がパリの日常のバゲットを思わせる。

リュスティック(クランベリーとクルミ)(240円)
発酵の風味でマスクされない。
白くつややかな小麦の味わいがよく表現されている。
ほのかな小麦の甘さが、鋭いクランベリーの甘酸っぱさで瞬間的にかき消され、一方クルミの甘さもひたひたと忍び寄り、それら副材料が引いたあとは、よりあたためられ、より肌合いに近づいた小麦の甘さが、舌に残っている。
そして、思う。
この甘さ、この香ばしさは味わい深さにつながっていたのだと。

看板に「LABORATORY」の文字を掲げるのはなぜか。
パン屋であり、パンの実験室。
日本のパンの時計を未来へと進めようという狙いからだ。

「世界にいろんなパンがあるけど、それはなぜあるか?
アメリカでは食パンが作られるし、フランスではフランスパン、ドイツにはドイツパンがあるし、インドにいけばナンやチャパティがある。
その土地にあるさまざまな小麦を、もっともおいしく食べる方法がそれだった。
カナダ産小麦1CWでフランスパンを焼いてもおいしくないし、ドイツのライ麦ではフランスパンや食パンはできない。
インドは文明が発達してなかったから、ふわっとしたパンを焼けなかったなんて、とんでもない。
チャパティが無発酵なのは別の理由があるはず。
おそらくインドの小麦はガス保持力が弱いのではないか。
香りや味はいいが、ガス保持力が弱い小麦なんて、世界にはいっぱいある。
世界各地で小麦の特徴を活かしたパンが作られてきた。
それから類推すると、日本の小麦で日本人の味覚に合うパンはできるはずだ」

日本人はまだ、自分たちのパンを知らない。
竹谷さんの指摘は新鮮で、かつ真摯だ。
日本人の好むパンといえば、白くてふわふわとした、食パンのようなパンである。
だが、それを作るために、北米産のような、タンパク量の多い高価な外国小麦を、日本人が世界から買っている。
私たちは外国の製法と外国の材料を使った外国のパンばかり食べ、そのために、国内産小麦の生産量は上がらず、食料自給率は相変わらず低い。
きたるべき食糧難の時代や、里山の環境悪化の問題を見据えたとき、現状のやり方を続けていけるのかどうか。
竹谷さんは「つむぎ」という実験室で、製パン科学の視点から、その問題に切り込もうとしている。

「日本の主力品種はきたほなみ。
平成23年に56.6万トンの生産があり、日本の小麦生産量の65.6%を占めている。
麺用と定義されてるけど、パンを作ろうとしてないだけの話。
日本の主力品種でどんなパンを作れるか。
その切り口を誰もやってない。
日本の土壌や気候にいちばん合う小麦、それを使って作るのがパン屋の務め。
パン主食の国ではみんな主力品種でパンを作ってる。
日本のパン産業はほとんど輸入小麦で作ってる。
国産小麦の主力品種でパンを作ろうという発想がない」

白くふわふわのパンが置き忘れたもうひとつのこと、健康への配慮。
白い小麦粉を精製するために取り除かれる、ふすまの部分に、現代人に不足している栄養素が多く含まれている。

「食物繊維と、ミネラルなどの微量成分が、胚芽とアリューロン層(糊粉層。小麦の粒の外周部分)に入っている。
全粒粉をおいしく食べる工夫をパン屋はいままであまりしてこなかった。
いま現代人に必要だと思う」

バランスの取れた健康的な食事をとるために、オバマ大統領夫人が提唱する
食事ガイドライン「マイプレート」。
「食事のエネルギー量をコントロールし、栄養バランスを改善するための10項目」の7つ目に「半分は全粒粉をとりましょう」という項目がある。
「精製された小麦粉や白米をとる代わりに、全粒粉や精白されていない玄米を増やしましょう」

全粒粉をおいしく食べるための、国民的パンとして考えたパンが、全粒ロール(50円)。
シックなブラウンの香りが匂い立つのは自家製粉のたまもの。
マイプレートの条件を満たして全粒粉を5割配合しているとは、到底思えぬエアリーなふわふわぶり。
味わいはコッペパンに似る。
それにとどまらぬ香りの広がり、落ち着いた甘さ、よどみない歯切れは、ハイパーコッペパンと呼ぶべきか。
押しつぶすとへなへなと潰れるかよわさは、麦の香りは、このパンにはさんでサンドイッチにせよと要求する。
ちなみに、「今日の配合はきたほなみが25%」とのこと。

きたほなみ、全粒粉でパンを作りたい。
そのためにこの店をやった。
日本のきたほなみはフランスの一般品種と似通っている。
フランスパン系統なら無理なく作れるはず。
ただ麺用適性が高まるように製粉してあるので、いいパンができない。
きたほなみをパン用に製粉すればいちばんいいんだけど」

日本の国民的パンを生み出すために必要なもの。
日本人の好きな味わいとはなにか、という認識である。
漠然としか語られなかったこの問題を、竹谷さんは科学的に解き明かす。

「お米の主流はインディカ米。
日本人が好まない、タイ米のような外米のことです。
一方、日本のお米はジャポニカ米です。
大きなちがいのひとつは、アミロースの含量。
でんぷんはアミロースとアミロペクチンという2種類の成分から作られているのですが、その割合がインディカ米では3:7、ジャポニカ米では2:8。
日本のお米はアミロースが少ない。
アミロースってなにか?
アミロペクチンが100%だともちになる。
日本人はもちもちした食感が好き。
アミロースは少ないほうがいい。
小麦も主流は3:7だけど、きたほなみや春よ恋、ハルユタカのような内麦はアミロースが2割しか入っていない、やや低アミロース。
食感にすごく影響する」

つまり、外麦で作った白いパンより、もっと日本人の味覚に合い、もっと健康によく、もっと食糧自給率を上げられるパンを作り出せる可能性はある。
もっと科学的に考えることで未来を切り開けるはずだという、ポジティブな楽天主義。
それが竹谷さんの哲学だと思った。

もうひとつの解決されるべき問題。
パン屋が長時間労働を強いられる現状も憂慮している。
「パン屋さんの仕事を1分でも1秒でも短くしたいと考えている」

トヨタやパナソニックのような日本の2次産業が「改善運動」で大きな成果を挙げたように、知恵を出し合えば必ず克服できるはずだと竹谷さんはいう。
もちろん、効率化によってパンの味を損なわれるのなら、本末転倒である。

「おいしいパンを作るには、手間を惜しまないこと。
効率化とおいしさは矛盾しない。
おいしさを追求しながら、その手間をいかに省くかを考えてる。
1000円のワインと100万円のワイン、1000倍味ちがうと思う?
そんなことないでしょ。
食べ物の味って一部ちがうと、10倍、100倍ちがう。
おいしい、まずいっていうのは、かけ離れた味のちがいじゃない。
紙一重だと思っている。
それがどこからくるか?
ちょっとした手間ひま。
そうなんだけど、必要のない手間ひまもあるはず。
寝る時間もなく仕事するのはよくない!」

効率化とおいしさの追求という二律背反をアウフヘーベン(矛盾した概念を、より高い概念に昇華)すること。
もっと効率的になれば、もっとおいしくなる。
科学の力を使えば、決して不可能ではない。
そのひとつに、生地冷蔵(低温長時間発酵)と呼ばれる方法がある。
「生地玉をいっぺんに2〜4日分を作ります。
その方が効率的だし、味も熟成されておいしくなる
低温下で発酵食品は凍らない限り熟成が進む。
時間とともに味はよくなる」

新興住宅地にある、一見なんの変哲もないパン屋で、実は未来が胎動している。

つむぎ
山万ユーカリが丘線 公園駅
043-377-3752
10:00〜17:00
月曜火曜水曜休み

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