nukumuku(中村橋)
2013.07.16 Tuesday 10:13
183軒目(東京の200軒を巡る冒険)
パン屋に見えないパン屋。
ポップの洪水。
店の表に「パン」とはどこにも書かれていない。
ピンクとブルーの壁、ストライプのひさし、まるっこいアルファベットのロゴ、アメリカの企業の看板をいくつも掲げた外観。
それは、どう見ても、アイスクリーム屋かハンバーガーショップである。
中に入れば、ネオンサインが輝き、ハンバーグラー、ドナルド・マクドナルド、その他、名前も知らない大勢のキャラクターたちに出迎えられる。
「ファーストフード中心に、アメリカの会社のノベルティグッズをコレクションしています。
好きな感じになっている形や見た目のものを集めていくと、自然とこうなっちゃいましたね。
ここは自分が寝泊まりしてもいいぐらいの空間です。
趣味はパン作り、じゃつまらない。
お店のことも常に考えるし、パンを追求するのも大事なんですけど、それプラスなにかやっていたい。
ずーっと店にいてもぜんぜん苦じゃない。
よくぼーっと眺めて、かみさんに怒られます(笑)」
だが…、と少し不思議に思った。
ことパンにかける手間やクオリティに関するなら、nukumukuのそれはマクドナルドのようななファストフード店とは遠くかけ離れる。
にも関わらず、なぜ与儀高志シェフはnukumukuを、あっけらかんとしたアメリカのポップカルチャーで彩ろうとするのか。
与儀さんは、一旦アパレル会社に勤めたあとパン職人になるという、ちょっと変わった経歴の持ち主である。
「食べるのが好きで、カフェまわったり、パン屋まわったりとかをやっていました。
そっちを一生の仕事にしたい。
パン業界は、専門学校を出た即戦力か、経験者しかなかなか入り込めない。
夜間の専門学校に行きながら、青山のドンクで見習いとして働きました。
運良く、基本がみっちりできるところに入れた。
そのあとはミクニの丸の内。
ケーキも料理もやっているところだったんで、いろんなことを学べる機会がありました。
でも、独立したいと思っていたから、個人店で働いてみたい気持ちがあった」
いまはなき名店、中目黒ナイーフの門を叩く。
「衝撃でした。
なんだこの店は、と。
種類、クオリティ、お店づくり。
やっと働きたい店が見つかった。
本格的に修行しました。
製法のこと、材料のことを、奥深いことまで教わった。
厳しいですよ。
谷上さん(谷上正幸シェフ)は、どんなに時間がなくても、『細かいことをしっかりやれ』と。
それをきっちりやるのはたいへんだったけど、『パン作りとは』という部分を教えてもらいました。
プロとしてのパン屋はこういうものだと、仕事の仕方を教わった。
最初は塗り玉(菓子パンの表面に溶き卵を塗ってつやを出すこと)ひとつでも直されました。
刷毛の使い方、生地の丸め方。
ひと通りできている自信はあったのに。
僕はそこで叩きのめされた。
素人に毛の生えたような人間から、プロとしての仕事ができる人間に、変えさせられた。
朝は早いし、夜は遅いし、厳しいですよ」
ドイツ修行を経て、練馬・氷川台のアンジェリーナへ。
作りたい店のイメージと商品構成が一致していたからだ。
「お店やるんだったら、パンだけじゃなく、お総菜、ケーキ、いろんなものを置いてあるお店にしたい。
入ってみて、びっくりしちゃう感じでした。
朝、お菓子を終わらせて、午後から明日のパンを作る」
nukumukuのようにパンだけではなく、まったく方向性のちがう商品を揃えるには、料理全般に関する知識とともに、厳しい時間管理を要求される。
「いろんな店のいいところを消化して、受け継ぐことができた。
恵まれていると思います。
でも、本当に悩みましたね、当時は。
仕事の仕方、段取り」
ナイーフで培ったものとは、1個のパンに心血を注いで芸術作品のようにクオリティを高めていくことだった。
アンジェリーナで求められたのは、多品種を作りきるための、スピードと要領のよさ。
どうやってそれを両立させるべきか、与儀さんは悩んだ。
自分自身の技術をレベルアップさせ、矛盾に折り合いをつけるポイントを見つけ。
その葛藤が、いまの商品構成を可能にする。
パンだけで120〜130アイテムという数は個人店として極めて多品種である。
その上、お菓子も、専門店として成り立つほどの品揃えを誇る。
「焼菓子、生菓子、ケーキ。
クリスマスはホールケーキも焼くし、季節ごとにメニューも変えています。
惣菜は手が足りないので、中村橋にある隠れ家的なレストラン「ヨシヤ」に作ってもらっています」
頭の中に思い描く理想の店を作るには、それだけではまだ足りなかった。
最後の鍵を、志賀勝栄シェフがかって率いていたペルティエに求めた。
「志賀さんのところにも行っています。
あそこのお店に行ってなければ、今の店はなかったし、大きいのかな。
アンジェリーナを辞めた頃には、すぐにでも独立したいという気持ちあったが、志賀さんのバゲットがアルトファゴス(ペルティエの前に志賀さんがシェフを務めていたベーカリーカフェ)の時代から好きだった。
あれを学びたかった。
ひと口食べたときのうまみ。
その当時そういうバゲットはまだぜんぜんなく、衝撃でした。
他のパンもおいしかったし。
自分も店やるときは、こういうの出したいな」
丸いフランスパン(230円)
フランスパンを「スパイシー」と表現しては不適切だろうか。
長時間発酵に特有の熟成香があって、噛むたび豊潤に甘さが滲みだす。
バゲット生地が「ブール」の形で作られていて、たっぷりと中身を食べることができる。
しっとりとして、食感はやや重く、その分ますます味わいに満ちて、ミネラル感も濃厚である。
皮は硬すぎず、しかし噛むごとに、じゅわじゅわと甘さが分厚く湧きあがって、それがすーっと消えていく。
「長時間発酵なんですけど、志賀さんの製法に習いつつ、自分なりの仕上がりにしています。
モンブラン、カナダ、カイザー、香りの濃いのをブレンドしています。
カレーを作るときにスパイスをブレンドするみたいなものです。
窯伸び、うまみ、吸水。
いちばん理想のバゲットに仕上げるために。
焼き上げるまでの工程で自分がいちばんしっくりくるような配合に。
ミキシングしたときに水を吸わないな、甘みが少ないな。
いままでの経験で、これだったら作れるだろうな、とか」
小さな違和感をブレンドで消して、完成度を高めていく。
理想のバゲット生地は、たくさんの思いを収斂させ、作り上げられる。
ヌクムクの名物はクリームパン。
かってホームページでこのパンがくるくる回っていた。
ドームのような型に粉糖をまぶし、中心にアーモンドを差して、まるでベレー帽。
「ひと目見て、『ヌクムクのパンだな』と思ってもらえるようなシンボル的なものが1個ほしい。
いうなれば、マクドナルドの『m』マーク。
見ただけでおいしそうだなと思うような。
クリームパンって子供から大人まで、みんな好きでしょ。
そういうのも含めて、考えました。
かわいらしくて、一目惚れ!的なのを」
クロワッサンシュークリーム(250円)
これはクリーム好きにとっての楽園である。
クロワッサン生地で作ったシュー(あるいはバンズと呼ぶべきか)に切り込みを入れ、カスタードとホイップクリームが、後入れでフレッシュなままたっぷりと注入されている。
つまり、クリームパンとクロワッサンという、nukumukuの2大人気商品がコラボレーションを果たしている。
秀逸なクロワッサンと秀逸なクリームとの出会いは、こんなにも食べ手をふにゃふにゃにさせる。
生地がクリームを吸い込んだ部分、ぱりぱりととろとろが口の中ではじめて混ざりあう部分、バターの香りとカスタードの香りが触れあってくすぐりあう部分。
まるで味覚中枢を掻き回されるかのように身悶えしてしまう。
しかも普通のクリームパン以上に食べ方=味わい方のバリエーションは豊富である。
かぶりつくのもいいし、ふたを外してたっぷりのクリームをすくいとるのもいい。
クリームだけ舐めてみたり、底のかりかりした部分とクリームにもまた別の相性を認めることもできる。
あるいは直接火の当たっていない生地の白い部分の生々しいバター感とのペアリング。
指や口のまわりについたクリームを舌でなめとったり、我知らず下品になりながら、一心不乱に食べ進んでしまう。
「パン業界は店作りを含めまだまだ発想が乏しいと思います。
僕は固定観念がないほうなんで。
ここにしかないパン、それを作るのがいちばん。
どのパンを見ても、うちの商品だなと思われるのが理想。
自分らしさ。
オリジナリティがあって、かつ、きれいな仕事をしたい。
ケーキ屋さんのケーキみたいな華やかさがあって、あとは誰にでも親しまれるものを。
よそにはないようなパン、印象に残るようなパンを作れたらいいな」
じゃがいもと薫塩ベーコン(310円)
フライドポテトがパンにくっついている。
つまり、炭水化物の上に炭水化物。
だが、考えてもみれば、ハンバーガー(パン)にフライドポテトは、ファストフードの定番である。
ベーコンも合わせ、このトライアングルは鉄壁である。
ポテトの塩気とスパイス感がベーコンへとふりかかり、味わいを増幅させる。
あるいは反対に、このベーコンは実に味が強くて、ポテトとパンに挟撃されてなお、旨味を波及させている。
薄いパンは引きのあるハード系生地で、それだけに噛みしめるたび味わい深い。
店に飾られたノベルティグッズで表現される楽しさと、きちんとした仕事で作られる商品のクオリティの高さ。
どちらが欠けても、与儀さんの思い描くnukumukuにはならない。
クロワッサンシュークリームしかり、じゃがいもと薫塩ベーコンしかり。
ストイシズムにポップさをプラスして、マニアだけでなく、誰もが愛するパンに仕上げる。
それが与儀さんの、パンへの思いではないだろうか。
「楽しく仕事がしたい。
だから、こういうお店にしている。
楽しみながらおいしいものを作りたい。
それがいちばん幸せじゃないですか。
昔は、おいしいもののためにはぴりぴりして仕事するのもしょうがないって思ってました。
いまはみんなで楽しんで、おいしいパンを作れればと。
みんなが楽しくなるためには、ひとりひとりがきっちりやらなければ。
It's fun and delicious.
僕の理想です。
でもそこがむずかしい。
スタッフに気を使って、楽しくやったほうがいいのか。
その辺は自分も成長する課題。
独立した当初は師匠と同じく厳しいの当たり前だと思ってた。
でも、それじゃいまの時代つづかないし、自分も楽しくない。
いまはスタッフと楽しみながらやってます」
nukumuku
西武池袋線 中村橋駅
練馬区貫井1-7-25
03-3825-5404
10:00〜19:00
月曜火曜休
#183