パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ブランジュリ P&B(西大橋)
第2軒目(関西の200軒を巡る冒険)

「修行してないんです」
という言葉を聞いて驚いた。
P&Bのパンに、独善より、完成を感じていたからだ。

たとえば、P&B食パン(480円)。
ざくざくっという、耳に歯が入っていくときの感触。
鼻を抜けていく発酵の香りの清らかさ。
ただそれだけで確信させるものがあった。
耳が割れるときの快感や苦み走った香ばしさは、バゲットを彷佛とさせるほど。
耳の存在感に比べ、中身は頼りなげで、綿のように見える。
ふわふわして、ぷわんとして、舌の上に着地したらただちに溶けはじめ、唾液を吸って丸くなる、そのいちいちがいい。
そして、甘さの頃合い。
これ以上甘くなければ食べづらくなり、これ以上甘ければ小麦の味が損なわれるという、針の穴の真ん中を射抜く。

「パン屋しようか」
高橋大介さんは、なにげないこの一言で奥さんを誘って、パン屋をはじめた。

「パン屋やるまでは定職にも就かず、ぶらぶらしてました。
他のことできなかった。
サラリーマンできたら、パン屋はやってなかったかもしれません。
夢いっぱい抱いてとか、そんなんないです。
パン好きだった。
ちっちゃいときから親にいいパンを与えられてたのもあって、パンが大好きだった。
いろんなパン、食べてきました。
だからうまいパンがどういうもんかというのはわかってるつもり。
パン屋やったらお客さんよろこんでくれそうやし、僕しかできそうにないし。
場所はどこでもええと思いました。
たまたまここになっただけで。
人通りもないし、大阪の中心でもない。
自信はありましたわ。
でも、修行しなかった分、あとから逆に苦労した。
ぜんぜん思ってるものに近づかない」

路地裏にあるそっけない店。
それが、高橋さんの仕事への姿勢を象徴している。
おいしいパンさえできれば客はくる。
逆にいえば、おいしいパンができなければ、この店の存在価値はない。
この仕事しかない、と退路は断っている。
頭の中にある理想に向かってひたすらパンを作る。
確実にゴールできるという保証はないだけに、他人頼みで修行をするより精神的には厳しいだろう。
心を突き動かすなにかがきっとあるはずだ。

「試行錯誤はしました。
むしろ、店をはじめてからのほうが多かった。
修行してなくても、修行するのと同じだけあとから苦労する。
目的は見えてる。
そこに至る道がわからない。
行き方を誰にも教わってない。
本を読むことと、トライ&エラーで、ちょっとずつ近づくしかありませんでした。
味のイメージは具体的にあって、食べたときにどういう気持ちになるとか、どう感じさせたいかということはわかっている。
ぜんぜん到達しないけど、それに向かってやるだけ」

夫婦ふたり。
高橋さんが話をする横で奥さんは黙々と掃除をつづける。
おいしいパンのためにというただ一点がふたりを結びつけているのだと、その姿を見ながら私は思った。

「毎日うなってますよ。
自分の思ってる理想の1割もできない。
でも、完成しないほうがいいでしょ、夢があって。
毎日、味を見て、足したり引いたりする。
こうしたらこうなるというのはだんだんわかってきました。
歯切れをよくするために薄力粉を足したり。
高い粉を使います。
妥協はしない。
おいしいほうをチョイスするだけ。
2人だけなんで、利益は考えなくていい。
必要なものを足していく。
今日はこれいる、これいらない。
最終目標に近づいていく。
あんまり噛んでるのいややから、噛まなくても溶けるようにとか。
僕は考えてるけど、お客さんはそんなことなんも感じなくていい。
普段通りおいしい、でいい」

もっとふわふわに、あるいはもっと口溶けよく、あるいはもっと…。
材料の割合を変え、発酵時間を変え、イコライザーを回すように、食感や味わいを繊細に+−する。

「日本の人って、耳を捨てる人が多いから、おいしくしたろか思って。
3ないし4種類の小麦粉を混ぜちゃうんですよ。
フランスの粉を2種類。
カナダ産の強力粉1種類。
きび糖、発酵バター、海塩。
卵とか牛乳は使わない。
きび糖を使うのは、普通の砂糖に比べてえぐくならないで、奥行きが出るから」

「パンには4000年の歴史がある。
古い製法、正統っていわれてる技術、パン・トラディショナルに対するリスペクトはある。
昔ながらの製法でめちゃくちゃまじめに作ったら、うまいんちゃうかというのはある。
基本はストレート法で、発酵が長いものは12時間とかやります。
食パンもストレートで、種も使いませんが、発酵時間は5,6時間。
この手の店では普通じゃないでしょうか」

「普通」というけれど、一般の店よりは長いはずだ。
だが、長時間発酵といわれるやり方よりも短くしているのは、食パンの場合、味がですぎることよりも軽やかさを大事にしているからだろう。

ベストのレシピを見つけだすのは当たり前。
その上で、見えないものまで追いかけようとしている。

「生地の叩き加減も大事。
なんとなく、『これぐらい』。
宗教みたいなもんですけど。
生地の触り方やミキシングはもちろん、そのあとの動作によって、できあがりが変わってくるのが、おもしろいとこです」

「気持ちが大事。
技術を上げたいとか、いい商品を作りたいということは重視しない。
大事なのは妥協しないこと。
食べる人のこと考える。
それは製法でも、技術でもそう。
発酵時間を短くしたら、売り上げは伸びるとしても僕はやらない。
手抜きはしない。
その上で、おいしくなかったら、ごめんなさい。
できが悪くて、出さない日もあります」

自分が意識していない動きさえ発酵状態に影響を与えるというのは、日々パン酵母という生物と真剣に向かいあう職人に特有の、すぐれた感性である。
大事なのは、自分にはまだ見えていない世界があるかもしれないという謙虚な想像力なのだ。

「お客さんによろこんでもらいたい。
それがいちばん大事。
それぞれお客さんの食べるシーンで、僕の作ったパンがベストの働きをしてほしい。
そこですわ。
粉や、ミキシングや、酵母や、僕はそんなんどうでもいい。
お客さんも最近は詳しくなってきて、ときどき聞かれることがあるんですが、それをお客さんが考えるなら、自分はまだまだやと思う。
そんなことお客さんに意識させんでいい。
技術より、幸福になるかどうか。
『うぉー、これおいしい』のほうが簡単。
『なんかおいしい』をずっとつづけるの、むずかしい」

ストイックである。
決して追いつけない理想をあえて掲げて、自らにストイックであれと命じているのか。
おいしさという繊細微妙なものへの畏怖が、高橋さんにそれを強いるのか。
小さな店で朝も昼もなく働きつづけるこの人の目つきは、絶えずなにかを追いつづける人のものだと思った。

チョコ(170円)
フランスパン生地にチョコをはさんだだけ。
シンプルであればあるだけ、パンは食べるものの心に深く突き刺さる。
全身かりかりとなったバゲットと、とろとろのチョコというテクスチャのコントラスト。
チョコの濃厚さへむせかえってはバゲットに逃れ、バゲットを味わってはまたチョコを欲し…意識の絶え間ない反復を、このパンは強いる。

パルミジャーノ・レッジャーノ36ヶ月熟成(170円)
無理矢理引きちぎらねばならないほど引きの強い生地に、味わいが凝縮されている。
噛みしめると、じゅっとうまみの液体が流れだすように錯覚される。
この細長いバトン型でなくてはならない。
水分を飛ばし濃縮することで、パルミジャーノの濃厚さに、パンを近づけようとしている。
生で齧ったときのパルミジャーノの味わいの複雑さを殺さず、そこにパンを合体させることで、軽さや広がりまで付け加えることに成功している。

このチーズを使ってこの値段で採算が取れるのか? と尋ねると、
「材料費は惜しまない。
夫婦2人でやってる店なので、自分たちがよかったらいい」と。
おいしさのためならば、あらゆるものを投げ出す。

(池田浩明)

ブランジュリ P&B
大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線 西大橋駅
06-6534-2601
大阪市西区北堀江2-6-15 WINビル1F
11:00〜18:30/11:30〜16:00(土曜)
日曜月曜休み



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