パンの研究所「パンラボ」。
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パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
グロワール(千林大宮)
第3軒目(関西の200軒を巡る冒険)

千林大宮の駅を出ると、町がひなびていた。
梅田の猥雑さからほんの数駅で、風景はこんなにさっぱりするのだ。
駅前の商店街を歩くと、顔見知りの誰かと誰かが出会い、挨拶を交わす声がそこここから聞こえてきた。
もちろんグロワールからも。
くる人くる人が常連さんばかりなのだ。

奥さん「この辺は気が短い人ばっかりで、待ってられない(笑)。
うちはレジではなくて、ぜんぶ暗算で計算する。
小銭が一番多いのは504円に1000円出してお釣り496円というのですけど、それを出す間が待ってられなくて、いらいらしてる(笑)。
速さ命。
せっかちの人は朝が多い。
お昼すぎたらゆっくりタイム。
おばあちゃんが手押し車押してトングとトレーもって買物する。
お天気とかどこが痛いという話して。
接客は速さと丁寧さ両方必要です」

下町の濃密な空気を通じて、お客さんの気持ちは、売り場に立つ奥さんの心のうちへ、そして夫婦のテレパシーを経て、調理場にいる夫の一楽さんへと伝わって、パンが焼かれる。
と、想像してみたくなる。

ご主人「メニューは3段階に分けてる。
朝、昼、晩。
昼は惣菜パン増やしたり。
晩は帰宅する途中に買って帰って翌朝食べる人対象に、次の日食べてもおいしいパン。
このパンは誰に食べてもらうのか、はいつも気にします。
ぜんぶのお客さんに食べてもらうのか、お年寄りに食べてもらうのか、お子さんに食べてもらうのか。
客層が広いので、ターゲットをどこに絞るのか。
バイトの人に実際食べてもらって、反応を聞いたり」

こてこてのパン。
自分のセンスをお客さんに主張するのではない。
これでもかとお客さんのニーズに合わせる。
甘いのが好きならばもっと甘いものを、ふわふわが好きならばもっとふわふわに。
それが大阪下町クオリティ。



ご主人「ケーキやってるおかげでクリーム使ったり、フルーツ使ったり、普通のパン屋さんよりも仕上げを丁寧にできると思います。
固定観念もないから、惣菜パンなんかでも頭の中で想像して、自由な発想で作ってる」

深煎りピーナッツ(115円)
米粉のぱりぱりを表面にかけてダッチブレッド(オランダのパン)。
といえば舶来な感じがするが、正体はピーナッツコッペ。
と思いきや、パン生地自体は甘くなくてフランスパンっぽいというさらなるひとひねりがあって。これが粒を残したピーナッツクリームと合っている。
表面のぱりぱりがピーナッツのつぶつぶ感と呼応する。
フランスパンだけに、噛めば噛むほど麦の味わいがして、甘さが溶けてピーナッツの素材の味わいが出てきたとき、ますますパンとフィリングが合う。

神戸長田のぼっかけカレーパン(157円)
甘さの中の辛さ。
カレーフィリングに対して甘いドーナツ生地でコクを加えるのがカレーパンという食べ物だが、神戸長田の「ぼっかけカレー」も、同じ原理を採用したソウルフードである。
カレーの中にどういうわけか牛筋煮込みが入り込んでいる。
コテコテの王道カレーパンの中に甘く煮た牛筋とコンニャクのぐにゃぐにゃぷるぷる。
甘さが加わることでカレーにやさしさも厚みも出ている。

ケーキや洋食を出していた店に生まれた奥さんが、パティシエだった一楽さんを見初めた。
結婚という名のヘッドハンティング。
関西弁で聞くそのストーリーは、まるで『新婚さんいらっしゃい』だった。

奥さん「この人は、町のイタリアンレストランでパティシエをやってた。
すごくおいしくて、お客さんがついてた。
お店の前にショウケースがあるんですけど、その中がこの人のマイワールドになってた。
フルーツタルト、ズコット、紅茶プリン、フルーツバターやピューレ。
なんていい仕事するんだろう。
『これを作った人誰ですか?』
それがこの人だった。
店頭には立ってなくて、喋ったこともない。
ガラス張りの仕事場で作ってた。
『私、この人と結婚するわ』と直感で思った。
なんかじっと見てるし、『俺のこと好きだな』と思ったんちゃう?(笑)」

地元密着であり、家族密着。
下町人情がグロワールを回す。

ご主人「娘がダメだし多いし、いちばん厳しい。
『このパンは人気ないから外しな』
『このパンはこうすると売れる』
『置く場所はこっちがいい』
ずばっと核心を突く」
奥さん「生まれながらのパン屋の子やもん。
そりゃ、ええこと言うわ。
あんた、娘の言うことはよう聞くな(笑)」
ご主人「ダメだし多すぎて、ぜんぶは聞かれへん(笑)」

奥さんはツイッターやブログで精力的に情報発信する。
奥さん「あの人は腕はほんまにええんやけど、口数が少なくて、厨房の中ばっかりいて、ずっと黙って仕事してる。
だから、私が代わりに喋ってるんです」

ご主人の腕前をとことん信頼する。
口では悪く言ってもそこだけは決してぶれない。

奥さん「サラリーマンの人と結婚するのは無理やわと思います。
全然感覚がちがうし。
お給料の中だけで生活するんとちゃう。
商売してると、浮き沈みあるけど、やり繰りする。
従業員もおって、誰かのためになにかをすることが多い。
自分の労力、惜しまない。
できる人って、パンでもケーキでも、どこで何やってても作る。
この人は、近所で有名な働き者。
もっともっと上を目指す。
そこがぜんぜんちがうと思う」

ご主人「ものを作る仕事で、労力惜しんだらできへん。
パンを作ってよろこんでもらう。
できたときは満足するけど、自分自身の中でもっとできるんじゃないかと。
上を目指して、その繰り返し。
終わりはない。
ずっとつづく」

(約20種類の食パンを売る。
食パンの値段ごとに4種類のサービス券を手渡す細かいサービス)

2つの人気商品を生み出し、スーパーでの出店やデパートの催事で引っぱりだこになっている。
技のデパートである夫と、下町おばちゃんマーケッターである妻の、コラボのたまもの。
ひとつは店名を冠したブリオッシュ食パン「パン・ド・グロワール」。


ご主人「砂糖がすごく多いから、できるまでだいぶ苦労した。
焼く温度とか、発酵時間とか。
ほとんど菓子パンだから、型のサイズや焼き時間もいろいろやってみました。
大きすぎると、潰れちゃったり」

もうひとつはミニパンアソート。
メロンパン、あんぱん、デニッシュ…。
ひと盛りの中にパン屋1軒分にもなりそうなほどいろいろな種類が詰まっている。

「みなさん癒しに使ってる。
ちょっと食べたいいうときに、いろんな種類ある。
ミニパンセットもフランスパン使ったり、デニッシュ、クロワッサン使ったり。
ぜんぶで20種類あります。
実はちがう目的でトレイを買ったら、あんまり売れなくて、外した(笑)。
余っちゃって。
詰め合わせしたらものすごい好評やった。
おばあちゃん心をつかんだんやね。
中身の見える福袋というか。
その後、進化して、いまみたいな好きなのを8種類自分で選ぶ形(金曜日)になった。
近くのスーパーでも販売してるんですけど、うちがくる日はみんな待ってはって、作ったら作っただけ売れます。
選ぶ楽しさ、見る楽しさ。
プレゼントしてもよろこんでもらえるし」

小さなパンであっても、普通のパンと変わらない味、見た目のクオリティ。
腕と根気、なにより下町のおばちゃん、おばあちゃん、子供たちをよろこばせようという気持ちなくして、できない仕事だ。(池田浩明)

大阪市営地下鉄谷町線 千林大宮駅
0120-517314
7:00〜20:00
水曜休み




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