パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
『パン欲』発売記念イベント「小麦で巡る日本」
「小麦で旅する日本」
 
出演
米山雅彦(パンデュース)
蔭山充洋(充麦)
割田健一(銀座レカン)
池田浩明

池田浩明の新刊『パン欲 日本全国パンの聖地を巡る旅』発売記念イベント。
場所は東京駅前、話題のビルKITTE内にある書店マルノウチリーディングスタイル
日本の鉄道の起点となるこの駅から、空想のパンツアーに出かけます。

パンにおいて土地の風土をもっともよく表すのは、原料である小麦。
日本にあるさまざまな小麦の味は品種ごとにそれぞれ異なっており、生育する土地によっても風味(テロワール)は別のものになります。
ですが、それらの小麦のちがいを食べ比べ、実感する機会は稀です。
このイベントでは、小麦について熟知した3人のシェフにお越しいただき、北海道、関東、九州と3つの小麦を使ったパンを、ご来場の方々といっしょに食べます。

米山雅彦、九州を焼く。
熊本県・東さんの有機無農薬小麦使用のパン。

蔭山充洋、湘南を焼く。
自ら育てた三崎産小麦使用のパン。

割田健一、北海道を焼く。
『パン欲』冒頭に登場する十勝・前田農産の小麦使用のパン。

日時    2014年2月25日(火)
      19:00〜21:00 (開場18:30〜)
      終了後サイン会
場所    マルノウチリーディングスタイルカフェ (東京駅丸の内南口 KITTE4F)
料金    ¥1,500 (ドリンク・パン付) 
定員    先着60名
受付方法  ・店頭販売:事前にカフェにて、平日20:30・日・祝日19:30 まで販売
       ※一番確実にチケットをお求めになれる購入方法です。

      ・ネット予約は申し込みフォームからお願いします。
       定員に達したため予約を締切りました。ありがとうございました。
       ※料金はイベント当日のお支払いです。
       ※当日いらっしゃらないときも、料金が発生する場合があります。
       ※ご記入いただいたメールアドレスに、予約完了のお返事をさせて頂きま         す。確認に少々時間がかかることご了承ください。また先着60名様とな
        りますので、お申し込み時点で満席の場合があることもご了承ください。

出演者のプロフィール

米山雅彦
大阪の名店「パンデュース」シェフ。
国産小麦を使用、農家から直接野菜を仕入れてパンを作るなど、生産者の顔が見えるパン作りをすすめてきた。
2月1日、千葉・新鎌ヶ谷にオープンした「キャニス・ミノール」のプロデュースも行うなど、関東にも活躍の場を広げる。

蔭山充洋
神奈川県三浦市にある「充麦」のオーナーシェフ。
店の近くにある畑で自ら小麦を作り、パンを焼く、日本でも数少ないパン職人。

割田健一
「銀座レカン」でシェフブーランジェを務める。
マルノウチリーディングスタイルのホットドッグはじめ、レストラン・カフェとのコラボ、パンの提供を多数行う。
パンの世界大会「モンディアル・デュ・パン」の元日本代表。
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パンだけ食べて日本縦断【第6回大阪篇1】サミープー
サミープーのテラス席で、「トリッパ、赤インゲン、白インゲン、レンズ豆の農家風煮込み」を食べた。
ほんの少しとろっとした、半透明の液体を口にすくい入れると、あたたかな滋味がしみじみと伝わってくる。
宮本秀二さんにとってこの料理は特別なものだ。
盟友である、ル・プチメックの西山逸成さんとの大事な思い出につながっている。

「西山さんに最初にビストロに連れて行ってもらったとき、西山さんがトリッパ食べてらっしゃった。
そこからですね、僕がトリッパを意識するようになったのは。
短時間で内蔵を下処理するのはむずかしいと思ってました。
僕はフランスに行っているあいだも、土着しているもの見ていなくて、表面だけ。
有名なシェフの仕事だけ見て、ガストロノミックこんなもんなんだって、わかったつもりでいた。
西山さんはフランスでちゃんと仕事をして、ちゃんとつかんできている。
僕がフランスに行ったのはバブルの頃。
星付きのレストランで、マガモをライフル銃で一発で仕留めましたとか、そういうものが珍重された時代。
僕はトリッパを食べて頭叩かれた気持ちになりました」

パンの盛り合わせとともに、白いパテのようなものも置かれていた。
ブランダードという干し鱈とじゃがいもを煮込んだピューレ。
私はブリオッシュのかけらに、ブランダードをのせ、口に運んだ。
鱈の脂がなんとさわやかに、ブリオッシュのバター感と溶け合うことだろう。
この至福のひとかけらも、宮本さんによるプチメックへのオマージュだった。

「ブランダードをパン屋でやったいちばん最初は西山さん。
プチメックにはじめて行ったとき、『え、パン屋さんがブランダード?』ってすごく驚かされました。
僕は頭が硬いので、そんなことをパン屋さんがやるなんて、思いつかなかったです。
西山さんからしたら、それって延長線でつながってるんじゃないの、っていうことなんだと思います。
ムース、鶏レバーのパテもそう。
西山さんが最初にやってたものを、僕はまねしてるだけだと思う」

「いちばん苦しいときをいっしょに乗り越えた戦友」。
西山逸成さんは、宮本さんのことをこう呼んでいた。
ル・プチメックの2号店(黒メック)を立ち上げるとき、ともに寝ないで働いた。
フレンチビストロさながらの惣菜やサンドイッチが売り物のこの店では、パン以外に料理まで作らねばならず、厨房はまわりきらないほど忙殺された。
なぜ宮本さんは、それほどまでにして西山さんについていったのだろう。
2人は同じ夢を追っている。
パン屋でおいしいフレンチを提供するという夢を。
値段を安く、敷居を下げて、フランスのすばらしさをみんなに知ってもらう。
2人を結びつけるフランスへの思い。
宮本さんは料理人を目指してフランスに渡り、のちパン職人に転じた。
経歴においても西山さんと重なるところがある。

「高校生のときに、ファミレス、中華屋、ステーキハウスでアルバイトしてまして、19歳でフランスに行きました。
なにもわかってなかったので。
料理も作れないですし、すべて中途半端なんですけども。
たぶん、30のとき行きました、40のとき行きました、という目線とはちがって見えたはずです。
えらいシェフだなんてわからないまま、すごい人の仕事を見せてもらったり。
その代わり、仕事内容はたいしたことなかったですよ」

約20年前。
フランス修行はいまほど一般的ではなかった。
パイオニア独特の苦労があったはずだ。
言葉も自由に話せない、フレンチの経験がそれほどあるわけでもない。
それでも、弱冠19歳で海を渡った宮本さんの勇気に、私は感嘆するほかない。

「いろんなツテやコネを使って。
うちの親戚が日本のフランス領事館で働いていたので。
パリに行かなかったの大正解。
最初はスイスで働きまして、ブザンソン、アルザス…バブルの残り火で遊んどったんですよ。
料理やってたんですが、才能なくて。
すごい人たちに、いろいろ教えていただきました。
エミール・ユングさんというシェフ(アルザスの3つ星を獲得したこともあるレストラン「ル・クロコディル」)、そんなにえらい人だと思ってなかった。
『どうやったらおいしいもの作れるんですか?』って僕は訊いたことがあります。
『甘さ、酸っぱさ、辛さ、苦さ、しょっぱさ。五味さえちゃんと意識し、勉強すれば、おいしいものを作れます』と言われた」

「ブザンソンの、グランボワネットさんというパン屋で働きました。
すごく陽気で、楽しく仕事される方。
パリで、プラザ・アテネのシェフブーランジェをされていた。
どうやったら楽しめるか、すごく考えてた方ですね。
日本だったらいろんなものを混ぜたパンが多いけど、すごくシンプルに。
ブリオッシュをシロップに漬けて、ムラング(イタリアンメレンゲ=マカロンに使われる)で2次加工して出したり。
お客さんもそれを普通に買っていく。
日本なら残り物だと思われるようなものが、商品として認知されてたり、
パン屋さんも勉強してないといけないんだよ。
料理の範疇になるものでも、サヴァランやババ、ドイツに行けばクーヘンみたいな、酵母を使った食べ物いっぱいある。
パン屋さんもワインの勉強、チーズの勉強、タパスの勉強をしている。
日本では、ぜんぶ生地に具材をぶっこんじゃいますよね。
ピザのようなものを作っちゃう。
向こうはサンドイッチ止まりだと思います」

フランス人のパンに対する感覚、一流のシェフたちの姿勢や思考を、いっしょに仕事をする中で体感してきた。

「あるMOF[国家最優秀職人]のパン職人の方とも仕事させてもらいました。
紳士的で、すごく笑顔で、どんな人にも接する。
『みんな同じなんだよ。あなたに作れるものは私にも作れる。残念なことに、私に作れるものはあなたにも作れる』
自分の子供のように接してくれました」

「あとは食べました。
いろんなところで、いろんなものを食べました。
ディジョンの2つ星、ジャン・ピエール・ビュー。
ブザンソン、アルザス…。
運がよかったんです」

自家製酵母のパン作りを守り抜いた伝説的な人物、故リオネル・ポワラーヌに会ったことがある。
「ポワラーヌさんは生きておられて、パリのポワラーヌの厨房を見せてもらえた。
仕事のまねごとさせてもらえた。
お兄さんのマックス・ポワラーヌさんのお店に行ったとき、ちょうどブリオッシュを焼いてて、熱々のフランボワーズジャムとアイスのっけて、チョコレートをちょいちょいと絞って。
すごくおいしかったんですね」

聞いているだけで涎の出る話だ。
自由闊達に表現されるパンの醍醐味。
生まれながらにして、おいしくパンを食べることが体に染みついている人の仕事にほかならず、宮本さんがそこにあこがれる気持ちはよくわかった。
ポワラーヌがほぼカンパーニュしか置かないストイックな店であるのに対して、マックス・ポワラーヌはクオリティを誇りながら、バゲットも、クロワッサンのようなヴィエノワズリーも置く楽しい店である。

宮本さんはル・プチメックのほか、フレンチ・レストランを渡り歩いたり、シェ・ワダのシェフも務め、豊富な経験を積んだ。
そして、サミープーをオープンさせた。

「サミープーをはじめて4年。
最初は近くの別の場所でたった8坪、売り場は2坪でした。
オーナーは、前の店で働いてた頃のお客さんだった。
僕は、本当にパンは好きなんですよ。
でも、パン屋さんはもう辞めようと思って、下水道の中にもぐって、チェックしたり、掃除したり、作業やっとったんですよね。
たまたま下水から出て、マンホールにいたとき、信号待ちの車の窓がうぃーんってあいて、オーナーが『君、何してるの?』って。
いろいろ飲食を経営してる方で『今度お店しようと思ってんねん』と。
一日の売り上げがいくらあったらいいかとか教えてもらいながら、僕が出店計画書を書いて、サミープーをオープンしました。
こんな家賃が高いところでさせてもらえるのは、たまたま恵まれただけです」

パンから離れようとしていた宮本さんを再び呼び戻した運命だった。
その見えない力に、私は感謝する。
これだけフランスの食文化に造詣の深い人にパン屋をさせないのは、あまりにもったいない。

バターはおいしい。(229円)
クロワッサン生地のバター感。
表面にキャラメリゼされた砂糖の甘さ。
そこに重なるアーモンドパウダーの快感。
さくさくの生地にキャラメルのぱりぱり。
塩気と甘さとバターの融合はこのクイニーアマン的なパンの真骨頂。
一層一層が重なりあいうねる曲線が作りだすこの表情がいかにもおいしそうで、フランス的なのに目が奪われる。

なぜクイニーアマンと呼ばず、「バターはおいしい。」という名前なのか。
フランスのパンへのはてしないリスペクトが宮本さんにそうさせている。
自分がブルターニュで食べたものを日本で再現できない限りは、クイニーアマンという名前はつけられないというのだ。

「僕が食べたクイニーアマンには、りんごのコンポートが入っていました。
それから、海塩バターが使われていて、牛が食べる牧草のせいなのか、海風の塩分がある。
いま僕の店では海塩バターを手に入れることができません。
無塩バターを使っているんですが、あとから海塩を足す『もどき』はいやですし」

大西洋に面し、乳製品が豊富にあって、バターを日常でよく食べるブルターニュ。
その独特の風土が生んだヴィエノワズリー。
だから、海の香りがなければクイニーアマンとはいえないと、宮本さんは考える。
並べられたアイテムのひとつひとつに本物を求める。

「自分が努力して勉強してきました、ってものじゃないんです。
そういえばこうだったよね、だからこうだったんだ…あとから気づいた。
アルザスだったけど、僕はクグロフを作ってない。
でも、すごくおいしかったです。
口に入れたら溶けるし、詰まってないし、ふわっとしてるし。
それを僕はまだ作れてないんで、お出しすることができない」

香りひとつ、塩の量ひとつ。
誰も気づかないほどの細部まで意識は行き渡っている。
厨房へ走ってりんご酢とバルサミコを持ってくると、「おいしいでしょう」と私になめさせ、味わいの広がりと香りのちがいを説明する。

「トリッパのときに添えてあったサラダには、りんご酢だけかけてお出しします。
スープに塩がついているので、それで十分。
バルサミコはオールマイティに。
サンドイッチにちょっとからませたり」

食への造詣と情熱。
素材を吟味し、レシピを吟味し、自分がフランスで知ったおいしいものに近づく努力を徹底する。
それはなぜなのか。

「たとえばシュトーレンは、ドイツのより日本のほうが甘くて、洗練されてる。
でも、それは、大元のドイツから入ってきたものだし、アルザス、パリを通って、日本に入ってきた。
いろんな職人さん、食べた人の思いが重なって、末端の日本に入ってきた。
本物、伝統ってむずかしい。
デニッシュも、最初はバターを入れまちがえて、あわてて織りこんだのがはじまりだと、『ワーズワースの冒険』という番組でやってました。
後付けの伝説かもしれませんが。
そういうクラシックで地味なものが、日本で華やかなものに変わった。
人の思いが重なって、今の形になっているんですよね」

偉大なるフランスの食文化へのリスペクト。
サミープーは感動するほどに「フランス」である。
店に並ぶひとつひとつのパンが、その表情でフランス的であることを全力で訴えかけてくる。
思いはインテリアにもあふれる。
テラスをビニールのカーテンで覆って、ストーブを焚いてあたたかな空間と、開放感を共存させる。
壁にくっついた黒い背もたれが異常に背の高いものだったり。

「フランスからそのまま持ってくると高いですけど、扉も枠だけ買って持ってきたり。
置いてある小物も昔買ってたものだったり。
持って帰ってきたものがすごくたくさんある。
タイルも自分で貼ったんですよ。
当時働いていた、レストランのタイルがこんな感じの質感、黄色い色だった」

19歳の目で見て、以来あこがれつづけるフランス。
自分がフランスから受け取ったものをこんなに大事にしている人を、私は他に思いつかないほどだが、宮本さんは何度もこう繰り返すばかりだった。
「僕はそんなにたいした職人じゃない」
(池田浩明)

サミープー 
06-6282-0058
11:00〜21:00
不定休

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パンだけ食べて日本縦断【第5回京都篇】HANAKAGO
日本各地約50カ所のパン屋を紹介したこの本の制作のために、パンだけ食べて日本縦断の旅を敢行しました。
本に収録しきれなかったパン屋をご紹介しています。

HANAKAGO
京都の路地裏。
まだ宵の口だったけれど、軒並み店は閉じられ、通りは真っ暗だった。
1軒だけ灯りが漏れている間口の狭い店があり、なんの店だろうと思ったら、それがHANAKAGOだった。
看板もなにも出ていない。
本当に開いているのかどうか。
パン屋かどうかもちょっと見にはわからない。
ガラスケースの中にはワイン、チーズ、生ハム。
その横、棚の上にバゲットを中心にハード系のパンばかり発見し、ああよかった、ここはパン屋なのだと、やっと安堵する。

「もともとお菓子屋で雇われ店長してるときに、『パン作ってよ』って言われ、作って卸したら、『誰が作ったの?』って評判になりました。
『うちもほしい』と引き合いがきたんですが、店舗をもたないと作れない。
それでこの店を開きました。
まずパンからはじめ、いずれはカフェをやろうと思ってたんですが、パンの注文に応えるだけで仕事がいっぱいいっぱい。
はじめたときは10軒しかなかった卸先が、いまは25軒。
レストランなので、ハード系が中心です」

花籠賢俊さんは、パティシエとして有名店でシェフも務めた。
なのになぜかパン屋になった。
その原点はフランスにある。
ブルゴーニュにお菓子の修行に行き、ひょんなことからパン屋を手伝うことになった。

「ブルゴーニュなので、食事パンが中心の店でした。
田舎の人が必ず朝買いにくる。
フランス人は、パンで完結するよりかは、なにかと合わせる。
チーズ、パテ、お肉といっしょにパンを食べる」

ブルゴーニュに行った理由。
花籠さんはお菓子屋なのにワイン好きである。
だから、フランスへの旅は菓子修行とワインの勉強を兼ねていた。

「もともとワインの勉強がしたくて。
修行先を探したら、偶然ブルゴーニュに1軒ありました。
いいよって言われて行ったら、なぜか断られた。
路頭に迷いましたね。
23とまだ若かったんで勢いだけで、レストランに電話して働かせてくださいって頼んだ。
ワインも飲ませてくれたし、いろんな人に出会った。
ワインのインポーター、ソムリエ、ドメーヌの息子。
まかないも出たし、昼間っから飲んでました。
ブーランジュリーも何度か手伝いましたが、そこではモルダーを使って機械成形していた。
フランスではこうやって焼いてるんだって勉強になりました」

クロワッサン(158円)。
よく焼き込んだ皮は渋く、ほろ苦く、そして「じゅっ」と音がしそうなほど、バターの滲みだすのを感じる。
ざくざくざくと細かく割れる皮は、薄く、繊細で、はかない。
じゅわじゅわととめどなく甘さは流れ落ち、口腔に溜まる液体にはほろ苦さと甘さが共存し、喉ではひたすら甘い。

「パティシエなのでもともとクロワッサンは作っていました。
シェフパティシエをしていたブルディガラ大阪ではパンも作っていたので、横で見させてもらって、成形とかさせてもらってました。
ロブションにいたときにも、いろんな人に教えてもらいましたね」

パン屋で修行した成果を再現するというのではなく、センスでパンを作る。
パティシエとしての感覚であり、ワインを入り口にした、食全般への造詣の深さであり。
それがかえってHANAKAGOのおもしろさになっていると思った。

「パン屋さんというより、レストランでどんなパンが合うかを考えて、それを作っているという感じなんですよね。
一昨年の4月にオープンして、まだ2年弱。
西川さん(神戸サマーシュのシェフ)の本を見たり、そこで見たルセットをアレンジしたり。
最初に作ったとき、国産小麦で作ったらおいしかったのでそのまま使い、あとは営業しながら種類を増やしています
粉をどうしようか迷ったときも、本にのってるものしかわからなかった。
業者さんにもってきてもらって、作ってみてはじめてわかる。
見た目だったり、味だったり。
吸水がよくてふっくら上がるな、とか。
そこで、この粉いいなって判断します。
作りながら、いろいろ感じながら」

教えられたことではなく、暗闇の中を手探りで進み、自分の感覚だけで判断する。
それが花籠さんにとっての「作る」ということなのだろう。

それにしても、京都では、看板を掲げずにパン屋が成り立つのか。
近所においしい豆腐屋があり、魚屋があり、ということが生活の充実感や、自分だけが知っているという密かな優越感になる。
京都人のあいだには、まるで神経のように、見えないつながりや情報ネットワークが張り巡らされ、それが店の浮沈を握っているのではないかと思った。

「近所づきあいが大事なので。
ワインを買ったから、いいチーズがあるから、という人がうちにきてくれる。
『今日シチュー作ったんだけど』って、どのパンがいいのか訊いてくれる。
『サンドイッチないの?』って言われて作りはじめたのが、いまのサンドイッチ。
ほとんどメニューは変わってません。
やめるとお客さんに、あれないの、これないの、と言われる。
ほとんどが食事パンなので、お客さんにとって、ないと困るものばかり。
だからうちがやっていけてるのかな。
ワインと合わせるためだったり、お客さんそれぞれに買うものが決まってて。
ずっと買っていただいてる。
たとえばブリオッシュは、フランス帰りの方が毎朝食べる。
金曜土曜はお酒を飲む方がくる。
そういうふうになりたかった。
この店は小さいですけど、2、3人入ったらいっぱいという感覚がいいんですよね」

看板もないことと、アトリエのような小ささが相まって、花籠さんのプライヴェートな空間にいる感じがある。
だから、自然と会話が生まれる。
この界隈のパンソムリエ。
HANAKAGOさんはそういう存在として、ご近所に頼りにされているのだ。
たとえば、私たちがワイン屋に行ったとき、どれを買っていいかわからなければ、夕食のメニューや予算を言って、どれか勧めてもらうだろう。
HANAKAGOの常連さんたちのように、それと同じ意識でパン屋にみんなが行くようになったとき、日本のパンの文化はひとつ階段を上るだろう。

「フランスかぶれなんで、フランスの粉を使いたかった。
だけど、自分は日本人だし、と思って、日本の粉も使ったんですよね。
そのほうが食事に合う。
日本人の作るイタリアン・フレンチには、国産小麦がやっぱり相性がいい。
決して安くはないので、パンへのこだわりがあるシェフの方に使ってもらってます。
『粉の味がしっかりしてるね』とはよく言われます。
お年寄りの方に、『あんたんとこちゃんとしたパン屋だね』。
店の外に出る匂いが、粉の香りが強いって。
お年寄りがバゲットを買ってると、かっこいいんですよね」
バゲットを買い、家で嗜む老人がいるというのも、京都らしいと思った。

HANAKAGOには2つのカスクルート(バゲットのサンドイッチ)がある。
家に帰ってまず一杯、というときに「夕暮れのカスクルート」を、晩酌の〆には「夜のカスクルート」を食べるのだという。

夕暮れのカスクルート(300円)は生ハムとペコリーノチーズが最高の相性を発揮する。
甘さ、香りにおいて、一心同体といっていいほど、両者は響きあう。
バゲットには、国産小麦らしい、ぷりっとした食感と、香りの明るい広がりがある。
オリーブオイルが甘さの風を吹かせて、生ハムとチーズをも取り込んで、さらに席巻していく。

一方、夜のカスクルート(300円)は、焼き込んだ細身のバゲット。
香ばしさと、フランス産らしいとろけるようなコクと濃厚さがある。
それがサラミのコクや肉の香りと照応しあい、塊を残すほどたっぷりと塗られたバターも、強烈に後押しする。
硬いゆえにがっつりと割れる皮もフランス小麦らしい。
サラミの肉っ気が強い塩気によってびりびりと発散し、それを小麦の甘さが癒す。
赤ワインをこの口に注ぎ込むまで決して納得しない、などと駄々を捏ねたくなるほど、アルコールを呼ぶ。

パンとワインに合う食材も豊富に揃える。
「『あ、おいしいな』と思ったものを置いています。
もっと好きなのあるんですけど、チーズなんかは管理がむずかしい。
管理しなくておいしいもの。
生ハムやクリームチーズ、これならうちのバゲットに合うなというものを。
セミドライのアプリコットとイチジクなんか、値は張りますが、おいしいなと思いますね」

「パン屋さんぽくしたくなかった。
このテーブルは一目惚れして買いました。
スキマ家具屋というお店。
仲良くなって、トレイを作ってもらったりしました」

おいしそうなレストランのショップカードがたくさん置かれていた。
すべてHANAKAGOの卸先だという。
私もどこかでおいしいワインと料理とパンを楽しみたいと思った。
HANAKAGOさんは近所にある知り合いの店を教えてくれた。
最初の角を左に曲がって、ちょっと行ったところの右側にあります、と。
暗い夜道を歩いていくと、また一角だけ電気の点いたところがあり、古い町家の内部はワインバーになっている。
こんな店に、よそ者は、探してもたどりつくことができないだろう。
味にこだわる京都人たちと店をつなぐ見えない神経網。
HANAKAGOはしっかりとそこにつながっている。(池田浩明)

HANAKAGO
京都市中京区新町通六角東入玉蔵町129
075-231-8945
7:30〜18:30
日曜、第1・3月曜休み


「りんご食堂 〜おいしい陸前高田〜」@レフェクトワール

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パンだけ食べて日本縦断【第4回つくば篇2】ベッカライ・ブロートツァイト
日本各地約50カ所のパン屋を紹介したこの本の制作のために、パンだけ食べて日本縦断の旅を敢行しました。
本に収録しきれなかったパン屋をご紹介しています。

ベッカライ・ブロートツァイト
パンの街、つくば。
もしそこでパンが住民の生活に根づいているならば、そこにあるパンとは、シンプルで特別なところなどどこにもなく、かつ、上質で少し特別であるだろう。
そんなふうに想像していた通りの店が本当にあった。
ベッカライ・ブロートツァイト。
白い壁にウッディな棚とガラスケース、そしてシンプルなパンと、必要最小限のラインナップ。
日常使いの必要性を見事に満たし、遠くからやってきた者の高い期待値をも満たしていた。

ヴァイスブロート=食パン。
それは白いパンを意味する。
ドイツの発想で作った食パン生地。
同じ生地を、テーブルロールとして、小さく丸めたものはヴァイスブロートヒェン。
ごろごろと愛らしい姿で陳列棚の上に並んでいた。

ヴァイスブロートヒェン(90円)+ジャム(100円)
持った感じはすごく軽いのに、身の中にはぎっしりと小麦の白い味わいが詰まっている。
なにげないたたずまいでいて、ひどく味わい深い。
80円プラスすると注文してからパンを切り、もものジャム(*1)とバターをはさんでくれる。
ふさふさした生地の上のひやりとした甘さを感じ、バターがじょじょに溶けて甘さはさらに快楽の度を加えていく。
薄い皮を歯で引きちぎりながら、この小さなかわいいパンを食べるのが楽しい。
オーガニックのショートニングを使っているとのこと。
だから、麦の香りを邪魔せずして、ふわふわした食感のパンを作りだせているのだ。
*1 現在、オーストリアのオーガニックジャム(ゾネントア)を使用、ジャムの種類もアプリコット、ミックスベリーなど適宜変わっている)

菅原大輔さんはヴァイスブロートについてこのように言う。
「イーストが強いパンって、胸焼けしてしまう。
だけど、場所柄、食パンを置かないわけにいかない。
どうせなら、食べて快い、すーっとの喉を通るパンがいいのかと思って、これを作りました」

店名はドイツ語だが、いかにもドイツパン屋という感じはない。
やさしいドイツ。
そんなイメージだ。

「都内のパン屋で7年働き、店を開く前、1年間ドイツに行きました。
ドイツパンは割合としては少ないですけど、エッセンスだったり、材料を選ぶやり方はドイツで学びました。
ビオのパン屋で働いていたとき、そこのシェフと共感するものがあり、自分も極力オーガニックを使っていこうと思いました。
たとえば、オーガニック認証はとっていない小さい農家なんですが、栽培計画表を提示してくださっていて、全粒粉に関しては、どんな有機肥料を使っているのか、木酢液を使って防虫していることなどもわかるので、安心です。
小麦は、春よ恋を玄麦で取り寄せたもの、北海道十勝産の「春の香りの青い空」(春よ恋、キタノカオリ、ホクシンのブレンド)を使用しています。
もちろん食べる人たちの安全、健康も大事ですが、そういう栽培方法を行っている農家さんをサポートしたいという気持ちが強い。
自分が長生きするかどうかはどうでもよくって。
たいした力じゃないですけど、少しでもいまの農業がいい方向に変わっていく手助けになれば」

店の中で有機栽培の野菜を売っている。
オーガニックの紅茶やジュースを並べたり、それからドライフルーツも、業務用で大量に買ったものが小分けにして販売される。
良心的な生産者を応援したいという気持ち。
それはとりもなおさず、自らが職人として、まっとうなものを作っていきたいという決意と無縁ではないはずだ。

なぜ、つくばでパン屋になったのか。
「開店して8年目になります。
ここは筑波大学のキャンパスからも近い。
つくばは学生のときから住み慣れた町でした。
だけど、この町には小さな店がない。
海外の町って、小さな店がたくさん集まって、文化が作られてますよね。
そういう町を作る何十個の店のひとつに自分がなれればいいと思って。
実は、パン屋さんでなくてもなんでもよかったのかもしれません。
だけど、自分はなにか手で作るものを、淡々とやってるほうがいいのかな。
農業、環境に感心があるので、そこがパンとつながった部分もありますね」

環境への意識と、小さな手仕事の店への指向。
それはいま世界を飲み込もうとするグローバリズムに抗うことで、一致する。
大きな道が東西南北に貫くつくばは、大資本のスーパーマーケットやチェーンストアが多い。
大量に生産され、安く販売される。
そうした商品が席巻すれば、自然な農業は駆逐され、環境への負荷も増大するだろう。
安価な商品が出まわってデフレが進めば、ひとつひとつ手で作るパン屋も苦境に陥る。
だから、農業とパン職人が、環境と安全に配慮しながら丁寧な仕事を行っていくことで協力しあうことは正しい方向だし、未来に向けて必要なことでもある。

アプリコットとヘーゼルナッツ(現在はカシューナッツに変更)(1g=2円)。
ライ麦70%のドイツパンにドライフルーツとナッツ。
まるでウイスキーのようなライ麦の香りが、アプリコットのただれた甘さとこよなく合っている。
やわらかでなめらかな生地。
湿り気が十分なためにそれが粒だってほどけ、さらにしゅわしゅわっと溶けていく感じが快い。
有機のドライフルーツをおおぶりでリッチに入れて、甘さの箸休め的にヘーゼルナッツ、というバランス。

私がこの店に入ってきてすごく食べたいと思ったのはサンドイッチだった。
といっても、実物が並べてあったわけではない。
この日のメニューは、グリュイエールにリコッタにコンテにブルーチーズ、レバーペーストにロースハム。
黒板においしそうな食材の名だけ書かれていたために、きっとオーダーしてから作ってくれるのだろうと期待はさらに高まった。

「料理もなにもできないんで、はさむだけです。
だけど、作りおきしたくなくて。
ロスが出なければ、安い値段でいいものが使える。
鹿嶋のヴィアザビオから仕入れているオーガニックのチーズが本当においしいので。
チーズはほとんど利益なしでのせています。
ドイツにいたとき、乾いた感じのパンが多かった。
僕自身は水分が多いほうが好きで、だから作り立てにこだわっています。
乾いた感じもありながら、しっとりしてる部分もちゃんとあってほしいな。
そうすると、咀嚼してると出てくる味わいもある」

作り立てだからおいしい。
注文してから作るからロスがなく、安く出せる
忙しい朝だからこそ、いいものを提供したい。

「働いてる方は忙しいんで、サンドイッチがあればぱっと食べれますよね。
朝は、出勤前のお客さんがこられて、時間との戦い。
それでも、作り置きしちゃうと意味がないと思っています。
それに、この人のために作るってわかると、技術がなくてもおいしくなると思いますし。
いつもレバーのバターなしをオーダーする人がいたり。
その人に合わせて作る。
サンドイッチをやることで、お客さんにパンの食べ方もわかってもらえる。
次回はパンだけ買って自分でハムをはさんだり」

コンテ・ビオ(グリーンオリーブ)(450円)
グリーンオリーブ入りのチャバタ(現在は別のパンに変更)に、有機のコンテチーズをはさむ。
おいしいコンテのサンドイッチが、パン屋で買うだけで食べられるのは、予期せぬよろこびだった。
オリーブの酸味によって、チャバタの甘さがよりいっそう高められている。
唾液があふれだし、旨味の液体となって、舌に垂れる。
コンテのざらざらした素材感をしっとりしたパンがなだめる。
本当においしいチーズとパンがあれば、簡単な食事が、完全な食事になる。

ベッカライ・ブロートツァイト
029-859-3737

7:30〜売切れ終了(月曜火曜休み)

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パンだけ食べて日本縦断【第3回つくば篇1】ル パン グリグリ
日本各地約50カ所のパン屋を紹介したこの本の制作のために、パンだけ食べて日本受弾の旅を敢行しました。
本に収録しきれなかったパン屋をご紹介しています。

「パンの街」と呼ばれるつくばは「聖地」といってもいいかと思います。

ル パン グリグリ
青いインクで描かれたボブの女の子が手招きをしていた。
外壁は青。
緑のテラスをくぐり抜け、中へ入る。
うつくしい水色の壁にモビール。
かわいいパンが白いタイルの陳列棚の上に並んでいた。

たとえば、まるで絵本「はらぺこ青虫」みたいな、3つの丸パンをつなげた形のサンドイッチ。
生ハムのサンド、カマンベールのサンド、マッシュポテトのサンド、と3色パンならぬ、3色のサンドイッチとなっている。
やわらかでありながらプレーンでもちっとした生地はサンドイッチにうってつけで、特に生ハムの塩気との組み合わせはパンをよりいっそう甘く感じさせた。

開店して13年。
フランスを意識したブーランジュリーを、パンの町つくば、と呼ばれるようになるはるか前から営み、この地域のパンを引っ張る存在だった。
かってまだハード系を出す店が少なかった頃、時代を先駆けていたシェリュイのハナコウジ店、そして世田谷・梅が丘にあったラ・フーガスで修行を積んだ。

「フランスっぽいものを、という感じで、それに合うパンを考えています」
フランスへのあこがれ。
それを夫婦で共有する。
「お菓子専門学校を出て、フランスの学校を半年、研修半年。
モンテリマール(フランス南部の小都市)という、ヌガーが有名な町で働いていました。
パリに行くと、プージョランとかすごくおいしかったですね」

僕より妻のほうがフランス好き。
フランスでずっと仕事をしていましたし。
お菓子とサンドと販売が妻の担当です」

アプリコットのタルト。
アプリコットの舌をつんざくような酸味。
パイ生地はがりがりと割れ、
アプリコットのタルトは手のひらにすっぽりとおさまるほどの大きさだけれど、妥協のないうつくしい仕事がなされている。
薄切りにしたアプリコットを1枚1枚重ねて。
小さいものに心を尽くすことで、ぬくもりはこもるのだと思った。

「丁寧に1個1個やるように。
見た目も大事だと思ってるんで。
僕はパンのほうが合ってますね。
けっこう大雑把だし、パン大好きなんで」

4年前、店舗を新築し、カフェスペースができた。
黒板にもかわいいイラストが描かれる。

訪れたのは夏の日盛りだった。
それでも緑の蔦が作るカーテンは涼しさを届ける。
木いちごが店の前のテラスで小さな赤い身をつけていた。

「あれはブッラクベリー、ジャムにしようと思っています。
ジャムやキャラメルも自家製を売ってます」
心づくしの仕事は重ねられ、かわいいい店はできあがる。

ル パン グリグリ
029-857-7538
7:30〜18:30
(日祝は8:00〜17:00)
月曜、第2・4火曜休み 

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パンだけ食べて日本縦断【第2回小倉篇】OCM
池田浩明の新刊『パン欲』
「日本全国パンの聖地を旅する」という副題のこの本を作るべく、「パンだけ食べて日本縦断」を敢行しました。

九州・小倉では、昔懐かしい商店街のパン屋「シロヤ」を取り上げるも、実はそれ以外にもいろいろなパン屋を巡り歩いておりました。

OCM
かってアメリカが手の届かないあこがれだった頃。
ボウリングやジーンズが流行し、マクドナルドが上陸した1970年代。
当時の雰囲気を濃厚に残すサンドイッチ屋が小倉にあります。
アルファベット3文字、OCM。
オーナーである清水浩二さんに、創業の由来を聞きました。

「創業して35年になります。
当時、横浜にこういう業態の店があったので参考にしたのですが、いまはなくなりましたね。
すごくアメリカっぽい店で。
東京にマクドナルドができてからは、しばらく経っていましたが、北九州にはまだなかった。
モスバーガーもありませんでしたし」

入口をくぐると、まずガラスケース。
いろんなフィリングが並んでいます。
そこからおいしそうなものを選ぶと、注文してからサンドイッチにしてくれるというシステム。
自由にトッピングして、オリジナルになる。
マクドナルドさえ町になかった時代に、サブウェイを先駆けるとは。

「サンドイッチは、35年前とそんなに変わってません。
普通は具材をプラスするとそれだけ値段も上がる。
うちはダブルにすると、高いほうの具材の分だけの値段になる。
倍にならないので、お得感がある」

棚の上にキャンベルスープ、ハインツ。
ダンボール箱には「MADE IN U.S.A.」。
原材料さえ、気分を高揚させてくれる。

「いろいろ輸入したものを使ってます。
ケチャップはカゴメじゃなくハインツ使ったり。
アメリカの味つけは甘いですね。
アメリカ製だから、というわけではなく、すべて舌の感覚で決めて使っている。
ハインツマスタードもそうです。
パンはシロヤ。
最初に、山型がなかった頃に相談して焼いてもらった。
見た目に、四角いのよりかわいく感じる」

時代の流れを感じます。
35年前、山型の食パンはまだめずらしかったのです。
その形だけで、当時の人はOCMのサンドイッチにハイカラさを感じていたのでしょう。
いまはその感覚は、むしろなつかしさになっています。

心づかいはこんなところにも表れています。
「スライスしたものを切って置いとくと乾燥するので、オーダーが入ったとき切るようにしています。
いま切ってますよ、という感じにもなりますし」

1番人気という、オリジナル&チキン(460円)。
ミートソースにソテーしたチキンをはさんでいます。
ちょっと厚めの食パンのくねくねがフレッシュなトマトの酸味、チキンのしたたる肉汁を受け止めています。
ファミレスよりも安い値段で、洋食が食べられるというのは、若い世代にとって大いに魅力だと思います。
マクドナルドにも、スタバにも負けず。
小倉には手作りのアメリカがあります。(池田浩明)

OCM
福岡県北九州市小倉船場町3-6
093-522-5973
10:00〜20:30

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パンだけ食べて日本縦断【第1回沖縄編】・pain de kaito
池田浩明の新刊『パン欲』。
「日本全国パンの聖地を旅する」という副題の付されたこの本には沖縄から北海道まで日本中のパン屋が登場する。
私はこの本を作るため、「パンだけ食べて日本縦断」を敢行した。
一筆書きではなく自宅と各地方を行ったり来たりではあるが、旅に出ている間は腹に余裕のある限りパンを食べまくった。

『パン欲』で紹介した沖縄のパン屋
八重岳ベーカリー プラウマンズランチベーカリー 水円 宗像堂

沖縄はパンの島になった。
久しぶりに沖縄を訪れた私の感想である。
ページに限りがあり『パン欲』に収録することのできなかったパン屋を、「パンラボblog」で紹介したい。
第1回沖縄篇はpain de kaito。

那覇から車を飛ばして北へ1時間余り。
ヤンバルクイナさえいるような手つかずの自然がすぐそばに迫る町、名護。
肌を刺す日差し、湿気、そして海の気配。
まがうことない南国の空気の中で、バゲットやハード系のパンが並ぶブーランジュリーの扉をくぐるのは、不思議な体験だった。
pain de kaitoでパンを焼く河本雅一さんの明るい笑顔。
制服を脱いでアロハに着替えれば、もうウチナンチュー(沖縄人)そのものといった感じの人だった。

「沖縄はパンブームですね。
こっちへきて5年になりますが、その間、何十店舗開店したでしょうかね。
横浜出身。
新婚旅行で13年前にきたとき、こんなところでのんびり焼きたいなと思ったのがきっかけですね。
ダイユーというパン屋の立ち上げをする会社で働いていました。
新規開店の手伝いで行くと、地元の人に『パン屋ができてありがとう』と言われる。
なにもないところでパン屋やったら楽しいのかな。
ギター弾きながら飲みながら、色が黒いパン屋を目指そうかなって(笑)」

いったい沖縄の人はバゲットを食べるものなのか?
食べるから作る、食べないから作らない、ではない。
南国の青空の下でバゲットを食べる文化が育ったらおもしろい。
無謀な挑戦だからこそ、やってみる価値はある。

「僕のパンのベースはサンジェルマン。
最初はまったく売れませんでしたね。
田舎はコンビニのパンが、パン。
でも、食べてもらうと変わってくる。
バゲットって意外と硬くないんだ。
地元の人の意識を変えなきゃいけないな。
ハード系を中心にスタートしてみた。
まったく受け入れられず、お客さんが入ってきて『あんぱんないの?』と訊かれ、『ない』って言った瞬間、こなくなる(笑)。
このラインナップでお客さんがきてくれるようになるまではたいへんでした。
はじめたときどうしようかと思いました。
1日にバゲット1本、2本しか売れなかった。
それがバゲット100本売れたことがあった。
友だちのレストランでうちのパンを出してくれたのがよかったですね。
リエットやパテといっしょに。
そこでお客さんがバゲット意識してくれた。
いまでも1日50本、60本は売れます。
なんとかまた100本に持っていきたい。
作りきれないぐらいの数をひーひーいいながら作るのが楽しいんですよね(笑)」

アナナス(200円)
パイナップルのデニッシュ。
南国で食べるにふさわしいパンだと思った。
口にする前から濃厚に南の果物の熟れた匂いが香っていた。
パインのしゃきしゃき感と、薄く焼いたデニッシュのさくさく感。
汁気にあふれ、酸味がきりりとして。
カスタードが酸味と抱き合い、一方でヨーグルトは甘さをさわやかにする。

パンを置くガラスのケースのいちばん上の目立つところにバゲット、カンパーニュと、くるみやドライフルーツの入ったハード系。
地元農家でとれた、うりずん豆やトマト、おくらやへちまを使ったパン。
沖縄という土地に寄り添い、しかしおもねらず、フランスパンを焼く。
自家製酵母のハード系のパン屋は沖縄に数多いけれど、イーストを使った軽やかなフランスパンに関してはここkaitoが独走状態にある。

「沖縄は自然派のパンが多い。
宗像堂、水円、八重岳ベーカリー。
うちは町の素朴なパン屋。
値段を上げたくない。
高い粉は使わず、子供がお金握りしめてきて買えるような。
ただし、野菜はこだわってます。
地元の農家さんが持ってきてくれるものを使っています」

芳野さんの朝採れスパイシーサンド(150円)。
オクラ、シイタケ、ズッキーニ、パプリカ。
ゴントラン・シェリエばりに、カレー粉を練りこんだチャバタ生地に、ローストした野菜をはさむ。
スパイスがパンと野菜を結びつける。
野菜からは汁が滴って、身のやわらかいところが溶け、パンも溶け、マヨネーズのとろけとも合わさって、口の中で渾然一体となる快楽。

ガラスの向こうに知り合いらしき人がきていた。
「あれは地元の海人(うみんちゅ)さん。
急にイカを持ってきてくれて、『パンに使え』って(笑)」

海人さんは私の話を邪魔しないよう、終わるのをずっと待っていたのだ。
うちなんちゅとはなんと素朴で、奥ゆかしいのだろう。

「男の人は恥ずかしがって買いにきてくれない。
それが、『おまえんとこカレーパンうまいから買いにきた』と言ってくれる人が出はじめたり。
気がついたら地元に根づいてたのかな。
沖縄にいきなりやってきて、身よりもなにもないところでオープンしましたからね。
オープンのひと月後 に妻の陣痛がはじまっちゃうし。
身よりもないので、子供を預けるところもない。
お客さんに訊いてみたり、自然と地元の人に頼りますよね。
ゆいまーる(相互扶助)の文化だから、近所付き合いが深い。
一度飲んだ人は兄弟というような土地柄ですから」

そのあとやってきたのは、保育園の園長先生だった。
「巻きパンを保育園でやっています。
小学校でパンを作ったり、フランスパンを持ち込んだり。
バゲットを食べた子供が『硬くない』って言ってくれる。
焚き火であたためるとやわらかくなるんです。
こういう活動ってすごく大事で。
子供のうちに食べると味覚が変わりますからね。
休憩時間に園長先生や子供たちと話していると、パンをどう食べるかみんな知らなかった。
『サンドイッチの講習をやろうよ』。
夕飯の残りもってきてもらってサンドイッチを作る。
ひじき、ちゃんぷるーをあたためたパンにはさんで、マヨネーズ塗って。
おいしいですよ」

沖縄はちゃんぷるーの文化。
固有の文化に、日本、中国、アジアを融合させてきた。
戦後はアメリカまでも。
河本さんが狙うのは沖縄料理とフランスパンのちゃんぷるーだ。

「和と洋がうまく融合できたらいいですよね。
そういう店をやってみたくて。
焼肉屋でリエットを出し、七輪でバゲットをあぶって。
そんなことをやってくれる友人がいるので。
古民家借りて、沖縄文化とパン。
誰もやってないですし。
沖縄ではヤギとかイルカを食べますけど、問題なくパンと合いますよ。
豆腐ようにはちみつかけてバゲットにのせたタルティーヌもすごくおいしいですよ。
豆腐ようってブルーチーズのようなもんですからね。
泡盛ともすごく合う」

それはおいしそうですね、食べたいです。
と興奮ぎみに私は応じたが、いまkaitoで豆腐ようのタルティーヌは出していないという。

「1日1本も売れない日が出てきたもんで。
豆腐ようって地元の人が好きじゃない。
あれはお土産屋さんで売ってるもので、沖縄の人はぜんぜん食べないんですよ。
沖縄は食文化がおもしろい。
スーパーまわってみるとおもしろいですよ。
普通の売り場の中に突拍子もないものを売っている。
レタスをおでんに入れたり、へちまを味噌炒めにして食べたり。
うちでもへちまはグリルしてサンドイッチにします。
沖縄ではパパイヤも、フルーツでなく野菜として食べるんですね。
さっとゆがいて炒め物にしたり」

河本さんはフレンドリーな、気持ちのいい人だ。
この日、誕生日を迎える知人に贈るための飾りパンを作っていたところだった。

「これからハーリー(伝統漁船を使ったボートレース)の練習にいくんです。
気持ちが熱い人が多い。
最年長は60代で、僕が38で若手。
怖くて、地元の若者は近寄らない。
『もっと漕げー!』と怒られながら(笑)。
新しいところにきたから、なんでもチャレンジできる気分なんですよね。
先入観ゼロだから、スパっといける。
サーフィンもはじめましたし。
子供もうすぐ5歳ですが、いつも海で遊ぶので真っ黒です。
奇声あげながらサーフィンやってる(笑)」

取材しているときに感じたこと。
都会の人と話しているつもりが、いつのまにか沖縄の心を持つ人と話をしていた。
河本さんはうちなんちゅーの舌をバゲットに染め上げる一方、自分も沖縄に同化していたのだ。
相手を受け入れることなしに、自分が受け入れられることはむずかしい。
パンが土地に根づくとは、きっとこういうことだ(池田浩明)。

Pain de Kaito(パン・ド・カイト)
沖縄県名護市宇茂佐の森4-2-1
0980-53-5256
8:00〜19:00
日曜休み
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