パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
十勝小麦でパンを作るということ2 はるこまベーカリー
バゲット、リュスティック、パン・ド・セーグル。
ハード系のパンに出迎えられ、気持ちを持ち上げられる場所は、地方都市においてはますます貴重で、灯火のような存在になる。
帯広において、はるこまベーカリーはそういう一軒である。
そこに作り手の魂が籠っているならばなおさらだ。
オーナーシェフ、栗原民也さん。
十勝パンを創る会の前会長として、十勝産小麦を地元で使うムーブメントの先導役になってきた。

埼玉県出身の栗原さんを十勝愛に駆り立てるものとはなんなのだろう。
十勝へ導びかれたいくつかのきっかけがある。

「高校卒業して、自転車で日本一周しまして。
1年8ヶ月、旅をする中で、知床でユースホステルを経営する陶芸家に出会った。
『これから生きていくためには手に職があったほうがいい』と言われた。
日本一周終わったあと調理師学校に通ったんですが、パンの授業がいちばんおもしろくて、パン屋になりました。
その日本一周のとき、自転車漕ぎながら『北海道ってけっこう小麦作ってるよなあ』って思ってたんですよね。
その後、トロワグロに勤めたんですけど、シェフが室蘭の出身。
すごく厳しい人で、『ここ勤め上げたら、帯広のますやパン紹介してあげるぞ』って言ってくれてた。
当時、坪単位の売り上げが1番だったのがますや。
トロアグロは店の売り上げが1位」

日本一周しながら出会ったたくさんのものの中で、心にずっと残っていたのは、北海道の人や風景だった。

「トロアグロを辞めて、すぐ北海道にこようとも思ったが、ニュージーランドにワーキングホリデーに行きました。
パンも見たかったし、農業も身につけたい。
羊飼いをやって、シェアリング(羊毛を刈る仕事)の技術を身につけられないかなって。
人口500人の村で農家さんに4ヶ月ホームステイしてました。
『日本人はじめて見た』って言われるような村で(笑)。
なにより、日本とパンがぜんぜんちがうことに驚きましたね。
町まで5日おきに、こんなでっかいカンパーニュを買い出しに行くんです。
羊の農家なんで、年老いてよぼよぼの臭い羊を食べるんですけど、それをごまかすために煮込み料理なんかにする。
そういうどぎついソースにはカンパーニュが合う。
バゲットじゃなくて、カンパーニュみたいな重たいパンが絶対に合う。
日本のパン屋がまだ作ってないパンがここにあるって思いました。
そのときインプットされたのは、パンって私が思ってたよりも、もっと素朴なものだっていうこと。
菓子パンやデニッシュをやってきたけど、日本人が作るそんなこぎれいなものって、ここではちがうものなんだ」

赤道の向こう側で自分の知っていたものとまったく異なる食文化に出会った衝撃。
そのイメージは、パン職人としての足取りを決定づけるものとなる。
北海道での修行先は、サホロのホテル「クラブメッド」などパンと食事が共にある場所を選んだ。
釧路ではイタリアンレストランに併設された小さなパン屋のシェフにもなった。
やがて栗原さんは帯広にあこがれを抱くようになった。

「釧路では人間関係がぎくしゃくし、住みづらくなってきて、帯広に通うようになりました。
釧路は漁業や炭坑で栄えた、狩猟民族の町なので、みんな気性が荒い。
帯広にくると、麦の畑があった。
『またのびてるなー』『2週間でこんなに伸びるんだ』『穂がつきはじめた』『もうすぐ収穫だ』とか、くるたびに思うようになった。
釧路から車を走らせると、一面の湿原が、作物のとれる環境へと風景が移り変わっていく。
帯広は釧路より四季がきちんとしてるんですよ。
この小麦がパンに使えるんじゃないかって思っていたんですけど、当時栽培されていたホクシンはタンパク値が低く、私にも腕がないもんだから、作ってもまずかったんですよ」

15年前、帯広ではるこまベーカリーを開業する。
現在、小麦粉の90%を十勝産でまかなえるようになったが、当時の流通・製粉・品種では、まだ商品としてパンを作る段階にはなかった。
そこに至るまでには、きっかけとなる出来事が押し寄せ、少しずつ潮が満ちていったのだ。

「当時は、十勝産小麦って、名乗れるほどの量はまだ売られてなかったんですよ。
『十勝ブランド』の認証機構が立ち上げられ、十勝産限定の粉を江別製粉が挽いてくれることになった。
そのあと、前田農産の前田茂雄君が、麦種別(キタノカオリ、春よ恋など)に小麦粉を作るようになったのが7、8年前。
キタノカオリの一本挽きは江別製粉でありましたが、農家限定の一本挽きなんてほとんどなかったです。
前田君がきて『栗原さん、ぜひ使ってみて』。
前田君の粉は、志賀さん(シニフィアン・シニフィエ)、栄徳剛さん(ブラフベーカリー)も使いはじめました」

小麦の味わいは品種ごとにちがう。
さまざまな品種を一本挽きした小麦粉が発売され、それぞれのちがいをパン職人が感じながらパンを作れるようになったのは、この頃を境にしてのこと。
小麦粉といえば、製粉会社がブレンドし、銘柄をつけたものしかほぼ流通していなかったからだ。
品種固有の味が意識されるようになると、小麦は工業製品ではなく、農家が作りだす自然の原料という側面がはじめてクローズアップされることになる。
国産小麦の時代がついに到来したのだ。

(「Only  One」。店内に貼られた志賀勝栄シェフのサイン)

「その頃、帯広市の産業連携室の2人のお役人がベーカリーキャンプ(現在の小麦キャンプ)やりたいって、頭を下げにきた。
本当にそんなことできるのかなって思ってたけど、シニフィアン・シニフィエの志賀勝栄さんが、当時ラ・テールにいた栄徳さんといっしょに講師を引き受けてくれた。
それを聞いてびっくりして、『日本を代表するシェフが帯広にくるんですか?』って、すぐ2階から志賀さんの本を持ってきて『こんなすごい人がくる!』って言いました。
最初は集客30名からはじまって、そのあと150名になり、去年、5年目の節目で300人集められるようになりました。
いちばんうれしいのは講師の先生が十勝のファンになってくれること。
明石克彦さん(ベッカライ・ブロートハイム)のパンの作り方は、十勝にぜんぜん存在しなかったエッセンスですし。
行政、農家さん、パン屋さん、製粉会社さんみんなが協力しあう。
なにより、畑を体感したり、講習会を聴いたりと、一生懸命取り組んでるお客さんに感動する」

十勝の小麦について、知り合いの農家について、栗原さんが語り出すと止まらない。
小麦粉のことはどんなパン職人でさえ知悉しているけれど、植物としての小麦について、こんなに情熱をもって語るパン屋を私は知らない。

「開業した頃、100%日清製粉でした。
だけど、ブノワトンの高橋幸夫君(国産小麦によるパン作りをはじめた先駆者)や志賀さんに会ううちに変わってった。
前田君、土蔵(とくら)さん、中川さん、織笠さんといった小麦農家さんに会って変わってった。
実は前田君のキタノカオリと土蔵さんのキタノカオリはちがう。
土地もちがうし、雨がよく降ったとか、風が強いとかいうことでも変わってくる。
じゃあ、農家さんがどういうことをやるといい小麦になるのか。
(自ら卸先を探して小麦を販売している人は)農協に卸してる人とはモチベーションがちがう。
それぞれの人が誰に使ってもらうためのものかを考えて小麦に向かい合ってるので、農家さんごとの方向性が出る。
前田さんの小麦は力強い。
ただ、江別製粉で挽いてるから、粒度が低いし、白い。
土蔵さんのスム・レラ(志賀勝栄さんが監修したアグリシステムの粉)も、やっぱり力強い。
手ごねで作ると、前田君のきたほなみと、土蔵さんのきたほなみのちがいもわかった。
小麦粉が水和した段階でうわっと香りが立つ。
感動しましたね。
塩が入ると生地が締まるのわかりますし。
ダンディゾンの木村さんに『たまに手ごねやったほうがいいですよ、楽しいですよ』って言われた。
『手が考える時間になります』って表現してました。
触感的にパンを作ると、原点に戻る。
そこがわかってれば、引き出しから技術を引っ張り出すんじゃなく、水と麦と酵母で原点的なパンが作れる」

パンの原点。
それは素材から出発することに他ならない。
素材の作り手である農家の思いを知って、それを出発点にパンを作る。
あるいは手ごねによって、小麦という素材に直接触れ合い、そこからのインスピレーションによってパンを作る。
技術やマーケティングといった頭で考えるやり方ではなく、五感を大事にした「手で考える」やり方によって。

十勝での革新的な取り組みを特徴づけるもの。
それは、小麦農家と連携することであり、十勝のパン屋同士が地域のために協力しあうことだ。
商圏を同じくするライバルという関係性を超えて、十勝のパンのレベルアップという共通の目標を目指して切磋琢磨しあう。

「『十勝パンを創る会』を立ち上げました。
ベーカリーキャンプの講習会を下支えできるように自分たちが勉強しようというのが最初の目的。
志賀シェフに講習会を開いてもらう。
麦種ごとにそれぞれ特徴が出せるパンを作ろう。
いつまでもあんぱんを作っていても、いまのレベルから抜け出せないんじゃないか。
十勝小麦を使ったパンのレシピをメンバーがお互い持ち寄って、誰もがクオリティを保って作れるよう基準をきちんと定めた『十勝パン』を5年後に2つ、3つ出せればいいなと思ってはじまりました。
最初に生まれたのがキタノカオリのチャバタ。
キタノカオリの特性を出すなら水を100%入れよう(通常は対粉比60〜70%)というのがコンセプト。
その次に長芋のバゲットができあがりました。
加水上げるとか、地場産の野菜を使うとか、毎年いろんなテーマで行っています」

ますやパンの天方慎治さん、くるみのランプの小川雅之さんらと結成した十勝パンを創る会。
次にフォーカスした目標は、低アミロ小麦でパンを作ることだった。
低アミロ小麦とは。
収穫期に雨を浴びた小麦は穂が発芽してしまう。
すると、酵素活性が高くなって、小麦の中のデンプンが分解して糖に変わる。
粘性がなくなってパンが作りづらくなるため、パン用の小麦粉としては商品価値がなくなる。
特にキタノカオリやはるゆたかのような雨に弱い品種は低アミロになりやすい。
収穫期に雨が降れば、農家の1年の努力は水泡に帰す。
もし低アミロ小麦でパンを作ることができれば、農家の無念を晴らすことができる。
小麦を作る人の苦労を間近で知る十勝のパン屋ならではの着想。

そうして生まれたのが低アミロ小麦の食パン「完熟小麦パン」である。
水分の多いパンに特有の口溶けよさ、引きのなさ。
舌と鼻腔に濃厚に差し込んでくる強い甘さ。
甘く、やわらかいという、食パンの売れ線にのったこの食パンは多くの人の心をとらえるはずだ。

「普通にディレクト法(標準的な製法)でやったら低アミロ小麦でできないです。
6年前にキタノカオリが穂発芽して全滅したときがあったんですが、生地がべたついてぜんぜんパンになりませんでした。
グルテンの膜が溶ける。
でも、冷蔵なら低アミロ小麦でもできるんじゃないだろうか。
熟成は進むけど、発酵は進まない5℃の温度帯がいい。
15〜30℃の温度帯にいる時間をできる限り短くする。
5℃以上にしないよう、成形も指を冷やして行う。
ミキシングで捏ねたおして、最初からグルテンを形成してしまう。
85%以上の高加水、48時間以上の発酵、砂糖6%以下の食事パン、というのがこのパンの規定です。
食パンにしているのは型に入れないと溶けるから。
低アミロ小麦は、完熟して(でんぷんが麦芽糖に変わって)糖度が上がっている状態。
問題なのは、僕らがこれを作っても農家の所得にならないこと。
手助けにはならないが、食べられるようになったということで、モチベーションは上げてもらえるかもしれない。
低アミロ小麦でパンを作ることの意味を、天方君がこう言ってました。
キタノカオリをやめてほしくないから、そのアピールなんだって。
低アミロでもキタノカオリなら使いますよ、と。
いま農家さんはキタノカオリからゆめちからにシフトしてる。
キタノカオリは収量がとれないし、穂発芽の可能性がありますから。
でも、私たちはこう言いたいわけです。
お願いだからキタノカオリをやめないでください」

他の品種に代えがたいキタノカオリの甘さは、日本の自然が生む宝物だと思う。
キタノカオリがどれほど切望されているか、その声を農家に届けなくてはならない。
それは十勝のパン屋の務めなのであり、だからこそ低アミロ小麦でパンを作るのだ。

国産小麦というと、キタノカオリ、はるゆたか、春よ恋といった、甘さに特徴のある品種がパン屋から(ひいては消費者から)もてはやされてきた。
消えゆくキタノカオリの保存を後押しすることも大事だ。
一方、農家の立場、国産小麦の発展を考えるならば、病気や穂発芽に強く、収量も多いはるきらりの使用を広めたいというのが、栗原さんらの考えだ。

「はるきらりは不遇なんですよ。
1CWと交配させているので、カナダっぽい。
その評判といえば、道産ぽくないの一言。
志がある人は、はるきらりでこういうパンできるんじゃない? ということは考えていると思いますが。
いま道産を使うといえば、ほとんどの人は春よ恋が中心。
もっちりして、甘みが濃いですから。
はるきらりはまるっきり逆で、あっさりとして軽い。
(新品種の開発を担った)農業試験場にとっては、はるきらりは思惑通りにできた品種だったんですが、人気が出ない。
以前、春よ恋とはるきらりの両方バゲットにして、麦畑で官能検査したことがあります。
皮の部分、内相、噛みごたえをそれぞれ点数化しました。
年齢別と性別で分けたら、好みの傾向がはっきりでた。
女性は、もっちりして甘い、春よ恋を選ぶ。
男性ははるきらり。
皮がきちんとあって噛みごたえがありますから。
栄徳さんも、『あのときの、はるきらりのバゲットを超えるのできない』って言ってます」

はるこまベーカリーでは、はるきらり:きたほなみ:キタノカオリが5:4:1でブレンドされた、アグリシステムのモンスティル(栗原さん監修による小麦粉)でバゲットを焼く。
はるきらりから由来しているのだろう。
たしかにこのバゲットは、皮がぱりっとして香ばしさに秀で、すかっとしたおいしさがある。
どの品種がいちばんおいしい、というような考え方ではない。
この品種はこういう特徴があり、この品種にはまた別の特徴がある、という考え方。
それが定着することが、パンの文化をより深く、おもしろくしていく。
それに加えて、十勝のパン屋には、小麦農家との交流という、インスピレーションの源がある。

「農家さんが、何を考え、小麦を作っているのか。
畑に遊びに行ったとき、言葉の端々に出てくる。
農作物は毎年できがちがうんですよ。
今年はこういうふうに表現しようとか、その年の小麦に合わせて考えればいい」

小麦農家との付き合いは、パン作りに向き合う姿勢の変更をも迫った。
「変わったんだと思うんですよ。
植物のことなにも知らなくても、トマト育てただけでも変わるじゃないですか。
ニュージーランドで羊を締めたときも、食べ物のありがたさ、食べることの文化を痛切に感じた。
そこにパンがなくてはならないこともわかったし。
この前、テレビで見たんですけど、小麦という作物がなかったら、人類は絶滅してたらしい。
小麦を交配させて多粒にしたからこそ、農業をして生き残ることができた。
小麦は人類にとって原点的な食べ物。
その文化を構築したのがパン屋。
そこに誇りを持っていいし、それを知ってたらモチベーションも上がるじゃないですか」

パン屋の使命。
数千年の人類史をさかのぼり、あるいは現代の世界の食料事情を俯瞰してみるならば、北米産の小麦でなければおいしいパンは焼けない、という考えは再考する必要があるかもしれない。

「日本人は金にものをいわせて、世界中から上澄み(1CWのような製パン性の高い小麦)を集めている。
原麦の時点から、加工しやすいものばかりを。
それで日本のパンおいしいでしょって言ってる。
それはちがうでしょ。
日本のパン屋の平均的な技術はすごく高くなりました。
いい粉に対しての技術は高いんだけど、イレギュラーなものへの技術を私たちは持ってない。
どんな小麦でもおいしいパンにできる技術を持とうよ。
それが本当のパン屋じゃないんですかね。
昔は、竃(かまど)1個しかないところで、粉袋の底にたまっている小麦を掻き集めてパンを作った。
パン屋の原点はそこだと思う」

パン屋の原点。
はからずも栗原さんがそれを私に教えてくれるできごとがあった。
アグリシステム主催の『小麦ヌーヴォーツアー』。
全国からやってきたパン屋が農家を巡るイベントにおいて、土蔵信さんの畑に行ったときのこと。
栗原さんがきて、土蔵さんの石窯でパンを焼いてくれた。

土蔵さんのスム・レラT85(アグリシステム)とキタノカオリを使った、チャバタ。
ごつごつとした外皮、火傷のような荒々しい焦げ。
素朴な見た目とは裏腹に、中には水分がたっぷり籠って、小麦の香りを引き出す。
石窯特有の熱量がキタノカオリならではの甘さをマックスにまで高める。

そのパンにナイフを入れ、近隣の農家の人たちが持ち寄った野菜をはさんで手渡してくれた。
夢中で食べた。
本能に訴えかける味。
原点を見失わず、自然の恵みがパンになれば、それがいちばんおいしいのではないか。

「一人一人が船を持て」
志賀勝栄さんが勉強会で言った一言を、栗原さんは心に刻んでいる。
パン屋は、厨房という孤島にいて、ひとりパンを焼きつづける存在である。
自分の製法こそベストだと信じ、島に閉じ籠っていれば快いかもしれない。
だが、もっと進化するために、その孤島から出る勇気を表現したのが「船」という言葉だ。

「志賀さんは言ってました。
島を出て、船を漕ぎ出す勇気を持ってパンを作ろうよ。
パン屋はみんな他の島に行ってそこの種をもらってくる旅をしてる最中なんだって。
その旅にあるよろこび、悲しみ。
守ってたらダメだよ、出てかないとダメだよ。
そのとき、忘れてはいけない原点は小麦なんですよ」

かっては、それぞれの島にいた十勝のパン屋たちは、勇気を持って団結し、志賀勝栄シェフらの先端的なエッセンスを取り入れた。
はるこまベーカリーはじめ、ますやパン、くるみのランプは技術を進化させ、十勝小麦でほぼすべてのパンを作るようになり、売り上げを伸ばしている。
地産地消の先進地域十勝につづいて、今後全国各地のパン屋が船を漕ぎだすだろう。(池田浩明)

はるこまベーカリー

北海道帯広市西19条南5丁目43-11

0155-38-5311

8:30~19:00

日曜・第三月曜休み

十勝 comments(2) trackbacks(0)
十勝小麦でパンを作るということ1 くるみのランプ
地元でとれた小麦でパンを作る。
百年、千年という単位で人間の歴史を振り返ってみるなら、それが食べ物の本来的なありかたのはずだ。
北海道十勝で、そうした地産地消の取り組みが広がっている。
本格的な国産小麦の時代に突入しようとしているいま、それは全国に先駆けるものだ。
取り組みは実を結び、地元の人に愛されるパンが生まれ、ノウハウは蓄積しつつある。
十勝の知恵。
この地域の新しいパン作りを主導する2軒のパン屋に聞く、「十勝小麦でパンを作るということ」。

「くるみのランプのパンっておいしいね。
いちばん好きなのは、たっぷりコーンのチャバタ。
おにぎりを食べてるみたいな感じ。
これを食べれば、午前中いっぱいはお腹が持つ。
日本のパンってああいうことなんですよ」

そう言って、くるみのランプを教えてくれたのは、十勝の名物農家・前田農産の前田茂雄さんだった。
たっぷりコーンのチャバタは、前田さんの育てた、ゆめちからとはるきらりを使用している。
想像以上のもちもち感と甘さ、しっとり感。
細かく挽き割られた新鮮なコーンと長芋を練りこんでいる。
黒糖のような甘い香りが皮からむんむんきて、コーンはさらに甘さの総体を持ち上げながら調和する。
パンを飲み込んで、それが消え去ったあとにも、もちを食べたときに似た、穀物的な後味が、おだやかに残っている。
甘さの中にも、日本人のDNAに馴染むものとそうでないものがあるのだと、このパンを食べて知った。
前田さんが言うように、「腹持ち」も、おいしさの重要な要素だ。
このパンはお米のように、ずっしりと腹に溜まる感じがある。

前年の夏に食べて記憶に残り、再訪問したときはぜひ食べようと心待ちにしていたパン。
だが、たった2週間ずれていたために、出会うことはできなかった。
くるみのランプの小川雅之さんはいま十勝でとれている旬の材料を使うことにこだわっているからだ。

「長芋はまだ収穫されていないんですよね。
このパンには前田さんのゆめちから、はるきらりを使っています。
長芋を入れて、水をたくさん入れて、ミキシングは長くします。
ゆめちからじゃないとダメなんです。
普通の国産小麦だとだれちゃいますからね。
両方とも味は淡白な小麦なので、そこを玄米などの具材で強調できればいいかな。
長芋ってパンを甘くしてくれるんです」

地元産小麦を使ったパンを、力仕事に追われる当の小麦生産者が日常で食べる。
ここには、パンと小麦のもっとも幸福な関係が成立している。

くるみのランプが開店して約10年。
小川さんはすべてのパンを十勝産小麦で作る取り組みをつづけてきた。
当時は、ここ十勝でさえ、十勝産小麦がパンに使われることはほとんどなかった。

「地元のものを地元の人に食べてもらいたい。
そう思って国産小麦に切り替えました。
うちらのお客さん、小麦畑を日常で見てるでしょ。
それがパンになってることをわかってる。
『こんなにいっぱい畑があるのに、なんで十勝産小麦のパン高いの?』って言われたこともありました。
いまでは地元の小麦の価値がわかってるお客さんが増えてる。
10年前、いまみたいにはパン用粉ってありませんでした。
江別製粉さんとうちあわせさせてもらって、
いまでこそ、キタノカオリ、春よ恋、はるゆたか、ホクシンとありますが。
製粉技術も進んでなかったと思いますし。
ロッドによって製粉状態がちがっていてパンは作りにくいけれど、それも楽しみながらやってましたね。
ちょっとずつよくしていけばいいかなって」

国産小麦でパンを作ること、国産小麦のパンを根づかせること。
技術的、経営的にも平坦な道のりではない。
小川さんの情熱はどこからやってきたのか。

「もともと札幌出身。
ドンク時代、帯広に転勤になったとき、『小麦作ってる町なんだ』ってわかった。
自分が店を出すんだったら、この町がいいな。
飛行機で降りる途中、小麦畑が見えますけど、はじめはお米だと思ってたぐらい知らなかった。
国産小麦を使いはじめて、パン用小麦を作ってる農家さんと話をしてみたいと思った。
音更農協に最初に紹介してもらった庄司さん、彼なんか全品種を作ってる。
その人と出会ってから、いちだんと小麦に対して思いが深まった。
生産過程もわかりましたし。
芽が出て、雪をかぶり、雪が溶けて、茎が出てくる。
おとといも小麦畑を見る機会があったんですけど、だいぶ色づいてましたね」

農家と会い、小麦畑を見て。
小麦栽培という苦楽を共有することが、農家とパン屋との絆になっている。

「庄司さんには、ライ麦作ってくださいって、僕からリクエストした。
1年目は全滅。
いまは順調です。
ライ麦は背が高くて、1m7、80になる。
強風が吹いたら倒れちゃう。
うちでもなるべく使いたいんですけど、ライ麦ばっかり使うわけにはいかない。
ダンディゾンの木村さんはじめ、いろんなところで使ってもらえたのはよかったですね。
去年のベーカリーキャンプでは明石さん(ベッカライ・ブロートハイム)にも使っていただいた。
だいぶ広まってきました」

日本でライ麦を生産する数少ない農家の一軒が庄司さん。
ライ麦は丈の高さゆえに栽培が容易でない。
庄司さんにわざわざライ麦を作ってもらったという感謝が、おいしいライ麦パンを作ってたくさん売りたいというモチベーションにつながっている。

十勝産小麦100%という取り組み。
それを自分のものにしていくまで、どのような葛藤があったのか。
「外麦(外国産小麦)を基準にして比べちゃうから(劣って見えていた)、というのはあるんですけど、内麦には内麦のよさがあるのかな、と開き直った部分もあった。
お客さんに、『これが地元でとれた麦なんですよ』って謳い方もしたし。
北海道の人はもちもち好き。
そこが合っていましたね」

国産小麦には共通して低アミロース(食感がもちもちになる)という特徴がある。
それはもちを好んで食べてきた日本人の味覚に刻み込まれたおいしさでもある。

「(もちもち感という意味で)いちばんストレートなのは春よ恋。
食パンは春よ恋を100%使用しています。
国産小麦は全品種もちもち感があるんですけど、それだけじゃなく、小麦の風味もある。
国産小麦は一歩まちがうと口の中でダンゴになりやすい。
それが春よ恋にはありません」

小川さんが修行したドンクは、フランスの伝統的なパン作りを守りつづけることを社是としている。
それが、小川さんの葛藤の元となっているのではないか。
本物のパン・トラディショネルにもちもち感は必要ない。
そうなれば、国産小麦を無理して使うより、日清製粉リスドオルのようなフランスパン専用粉を使ったほうがいいことになる。

「いまだに伝統を守るべきなのか。
地元にある素材でいちばんそれらしく作るべきなのか。
だけど、リスドオルで作るバゲットを国産小麦で作りなさい、というのは、正直むずかしい。
バゲットはもちもち感を出さないように、国産小麦の中では、唯一もち感が少ない小麦はるきらりを使っています」

国産小麦でも人気が高いのは、国産小麦らしいもちもち感や甘さの感じられる、キタノカオリや春よ恋である。
そうした特徴のないはるきらりは軽視されがちだが、国産小麦であらゆるパンに対応するためには、むしろ重要になる品種だ。

「クロワッサンははるきらりで作っています。
はるきらりは味が淡白な粉ですが、(はるきらりの)全粒粉を2割入れると、風味が豊かになります。
最初ははるきらり以外の粉を2割入れてたんですが、なんかしっくりこない。
自分の求めてる食感じゃなかった。
たかが2割だけど、もち感が出るんですよね。
クロワッサンに小麦の風味はそこまで求めてない。
バターが出ればいいかなと」

小麦がごりごりと全面に出ることは、小川さんの抱くイメージではない。
くるみのランプのクロワッサンは、皮がさくさくして、中身はあっさり崩れてすーっと溶け、バターの風味が豊かに広がっていく。
自らの存在感を意識させず、脇役に徹して、その他の材料を活かすことも、小麦の仕事のひとつだ。
このクロワッサンで小麦はまさにそのような役割を果たしているが、存在感が完全にゼロかというとそうではない。
そこはかとなく漏れ出る小麦の個性はあって、やさしさとして感じられる。
それが国産小麦を使う意味ではないだろうか。

「はるきらりをいちばん作ってる農家は前田さんですが、売れない、売れないと言っていましたね。
パン屋が使ってないから、いま農家がはるきらりを作る方向にいってない。
農協でも、はるきらりは売れないので作るなって指示してるそうです。
はるきらりは、春よ恋などより、病気になりにくいので、農家にとって作りやすい品種なのですが」

おいしいパンを作るためにこの麦がほしいとパン屋が考える品種と、政策誘導によって導かれる品種のあいだにはずれがある。
かって麺用小麦として盛んに作られていたホクシンが、後継品種であるキタホナミにとって替わられたことを惜しむ声は多い。

「ホクシンがなくなって、キタホナミに替わった。
でも、ホクシンでしか作れないパンがありました。
風味は圧倒的にいいです。
キタホナミは(小麦を製粉したときの)歩留まりが多いんで、(味が薄まって)風味が悪くなるはず。
その前には、チホク小麦っていう、うどんやラーメン用の小麦があったんですが、それがやっぱりホクシンより、よかった」

小麦は品種改良によってどんどんよくなっているというのが定説であるが、むしろ味が薄まっていると考える小川さんの意見は新鮮だった。

「キタホナミは風味が少ないですね。
だから、キタホナミを使うときは、2等粉(小麦の皮に近い外側の風味が強い黒っぽい部分を挽いた粉)を1等粉(小麦の粒の中心の白い部分を挽いた粉)に混ぜて使っている。
バゲットは、キタホナミをベースに、いろんな小麦粉の黒っぽい部分(外側の風味が強い部分)を混ぜたものを使っています。
ヤマチュウ(十勝の製粉会社)さんにPB(プライベートブランド)で作ってもらったもの。
何回か試作し、やりとりを重ねて、作りました。
(ヤマチュウとしては)その代わり、新しい小麦が出たときには、売り込み方をアドバイスしてね、と。
製粉会社さんは粉を知っててもパンの作り方を知らないわけですから。
目と鼻の先の製粉会社さんなんで、協力しあっていくのはいいことだと思います」

小麦の個性がもっとも活かせるブレンドとはなにか。
十勝産小麦を使い尽くした小川さんは、製粉会社にとってまたとないアドバイザーにちがいない。
こうした形でも、「十勝の知恵」が全国に拡散されていく契機になるとしたら、よろこばしいことだ。

小川さんの継続的な努力によって、十勝産小麦は地元に浸透してきた。
そのことを端的に示すエピソードがある。

「いまだと、プライスカードに品種を書いてないと、『なんの品種を使ってるの?』って聞いてくるようになりました。
『生産者限定』と書いてあると、『どの生産者なの?』と」

ここ十勝では、消費者が、自分の好きな品種、自分の好きな生産者を持ちはじめている。
5年後、10年後、全国でこれが当たり前になったとしてもおかしくない。

十勝小麦を体感的に知り尽くした小川さんは、各小麦粉の特徴をどのように捉え、どんなパンに対して、どのように配合しているのか。

「カンパーニュはベースがヤマチュウさんの専用粉(前述のくるみのランプ用PB)。
2割が庄司さんのライ麦。
2割がはるきらりの全粒粉。
庄司さんのキタノカオリを2割にしようか迷ったのですが、キタノカオリの全粒粉はクラスト(皮)がやわらかくなりやすい。
ビニール袋に入れるとぱりぱり感がなくなってしまうので、はるきらりを選択しました」

キタノカオリの風味をとるか、はるきらりのさくさく感をとるか。
カンパーニュの性格を決定づける分かれ道。
結果として、くるみのランプのカンパーニュは軽快さに傾いたものとなった。
食べ口は軽く、しかし発酵種の風味がかなりきいていることとも相まって、味わいは深く。
食感・口溶けと、風味とのかけ算がパン作りだとするならば、小川さんは国産小麦同士のブレンドによって、その両方を満たすような合理的な答えを与えていくのだ。

「キタノカオリで食パンを作るとケービング(パンが曲がる)しちゃう。
だけど、ちいさいパンに使うとソフト感が期待できる。
うちはあんぱんとかにキタノカオリを使ってます。
ブリオッシュにはお菓子用に製粉されたキタホナミを2割。
こうすると口溶けがよくなります。
キタホナミは(現在パンに使われる主な十勝小麦の中で)いちばんタンパクが低い品種です」

十勝小麦を使いつづけることで、品種の特徴は手のうちに入った。
では、その技術はどんなふうに使われるべきなのか。
国産小麦らしさを消しながら、フランスの伝統的なパンを再現する方向へ向かうのか。
十勝の人たちのために、十勝小麦を使った、新しいパンを作ることに舵を切るのか。
小川さんの口ぶりは2つの方向性のあいだで葛藤しているように聞こえていたけれど、本当はそうではなかった。
別れ際に言った一言は、決意表明のように聞こえた。

「年配の人がすごく多いので、ハード系は硬すぎるという人がいる。
そういう人でも、具材が入っているハード系なら食べられるんですよね。
田舎ではバゲットを出しても、よろこばれない。
(フランスの)伝統だけが本当に正しいのかなって、ずっと思ってました。
ここ北海道でしょって言われたらなにも言えない。
伝統を使いながら、地元ならではのパンでいいのかなと思ってます」

(池田浩明)

くるみのランプ
0155-30-3210
10:00〜18:00
日曜休み




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十勝小麦キャンプレポート4『ベッカライブロートハイム明石克彦シェフ講習会』
熱心な聴衆にとっては、開始時刻の30分も前から講習がはじまっていた。
下準備のために、パン・オ・ヴァン(赤ワインの入りのパン)の仕込みを行っていた明石氏。
一挙手一投足さえ見逃したくないと、参加者がミキサーのまわりに人垣を作っていた。
彼らに向かって、冗談まじりに、ときには脱線しつつ、説明する言葉すべてが金言だった。

ミキサーで生地をまわしながらバシナージュ(足し水)を行う。
「水をいっぺんに入れたらいいじゃないかと思うかもしれないけど、ミキシングを余計にかけなくちゃいけなくなる。
余計なミキシングかけると、味・香りが抜けちゃう。
ほら、グルテンがつながりかかったのが、新たな水を入れるとまたゆるんでくるでしょ。
これ、すごくやわらかい生地ですよ」

見ているだけではパン作りのことはわからない。
できあがった生地をミキサーから取りだしながら、参加者にも触ってみるように促す。
このとき、感じなければならないポイントとはなにか。
「温度と生地のつながり具合。
グルテンの組織ができてきて、しっかりつながっています。
ミキサーの底から生地がはがれてくるのは、つながってきましたよということ」

こうしてできたパン・オ・ヴァンはどういう味だったか。
薄い皮はかりかり、中はふんわり、やわらかいという食感のめりはり。
噛むとふわんと沈んで、すぐに溶けていく。
ワインの香りはサラミの風味をやさしくし、かつ色気を与える。
うまみを引き出す絶妙な塩のバランス。
サラミの塩分を引いて、巧みに計算しているのだろう。

講習会の本番がはじまる。
まず取り掛かったのはヴァイツェンミッシュブロート。
「ライ麦比率40%のパンです。
グルテンが少ないパンなんで、さっきとは別の見極めをします。
副材料が混ざったらミキシングは終わりです。
パンは3回ぐらい失敗するとうまいのができる。
1回でうまいの作ろうとするのがまちがいです。
一度作っていろいろな条件などを反省し、仮定を考えて次への準備をする」

つづいて成形。
ひとつの作業が、パン作りという全体にとってどういう意味を持っているのか。
明石さんはそれを常に意識させようとしていた。
明石さんの呼びかけに促され、一般の聴衆も前に出てみんなで成形を行う。

「ミキサーでぜんぶ生地ができているわけじゃないんですよ。
最後の感覚はここですから。
ライ麦パンは成形できつく締めすぎてたら、ふくらまないですよ。
フランスパンみたいに生地を締めちゃダメです。
ドイツパンは初心者にやらせろと言われる。
ちょっとうまい奴は生地を締めちゃう。
ライブレッドは締めると台無しになります。
成形は『最後のミキシング』だと思ってやってください。
『もういいよ』って生地が言ってくるのが手のひらの感覚でわかりますんで」

「一般的にドイツではパンをスライスしたら焼かずにそのまま食べる。
トーストする文化はドイツにはないっていわれるんだけど、このパンはトーストするとおいしいと思います」

ライ麦パン特有の歯切れの良さとやや粘りけのある食感に、サワー種の酸味とうまみが浮かびあがってくる。
しっかりとした厚い皮はさまざまな風味に満ちている。
十分な塩気とうまみ、渋み、香ばしさ、そしてキャラウェイの清涼感。

「ドイツではキャラウェイをライブレッドに入れるんですけど、僕はそれが非常に好き。
ザワークラウトにもキャラウェイは入れることがあります」

パンの作り方だけではなく、現地でどのようにパンが食べられているかやパンの歴史について精通。
その深み、厚みが、客の頭の中でパンのイメージをふくらませるのに役立つのだ。

「パンの香りが食欲を呼ぶんですよね。
食事中、パンを食べることによって、口の中が一回リフレッシュする。
それがパンの役目。
パンがなければ、フルコースが食べられない。
腹をふくらませる役割もあるし、今日作ったようなちょっと酸味のあるパンは、料理の脂肪分をクリアにする。
それがパンの役割だろうと思います」

パン単体ではなく、おかずやワインなど食事全体の中の欠かせないパーツとしてパンを見る視点。
それは、十勝でパンの文化が広まっていくためにも重要になってくるはずだ。

サワー種を使ったドイツのライブレッドのあとは、ルヴァン種を使ったフランスのライ麦パン、パン・ド・セーグルの仕込みに入った。
ライ麦から作られるサワー種、小麦粉から作られるルヴァン種。
なぜ、ライ麦パンを、ドイツ流・フランス流両方で作るのか。
国境を越え、ライ麦パンの文化に通底する普遍性があることこそ、明石さんの伝えたかった眼目だった。

「ライ麦の少ないのはパン・オ・セーグル(ライ麦入りのパン)。
65〜70%とライ麦比率が高いのがパン・ド・セーグル(ライ麦のパン)。
ドイツとフランスって隣同士ですごく近い関係にある。
アルザスなんか戦争するたびに、ドイツになったり、フランスになったりしてますよね。
国柄や国民性はちがうけど、ライブレッドだけは考え方がいっしょなんです。
レイモン・カルヴェルさん(元国立製パン学校教授)が、日本にきて広めたのがパン・ド・セーグル。
カルヴェルさんの古い資料を見てたら『ドイツパンと同じように焼く』って書いてある。
ドイツパンのように蒸気をたっぷり入れて焼きなさいと。
だけど、ライ麦の比率が高いので、普通に(パン酵母で)仕込んでもパンはできません。
サワー種とルヴァン種は考え方がいっしょなんです。
生地のphを低くもってって、酸性にして生地の進展性を良くしてガスを含みやすくする。
目的はまったくいっしょ。
乳酸菌をパン作りにうまく使おうという考え方。
それはパネトーネ、サンフランシスコサワーブレッド、すべて同じです」

パン・ド・セーグルを試食する(写真奥はカイザーゼンメル)。
「今日はデザートみたいに食べてもらおうと思っています。
マスカルポーネを塗って、ハスカップのジャムをのせて」

十勝の生産者・庄司さんのライ麦。
明石シェフも気に入り、昨年の「十勝ベーカリーキャンプ」でも使用。
外国産と比べるとパン作りはむずかしいというが、素朴な深い味わいがある。
やわらかく、口溶けのいい生地が、それを見事に活かしている。
ライ麦パンの香りは、ジャムとマスカルポーネに少しも負けていない。

パンの適切なスライス厚もおいしさを演出する。
「ライ麦100%だったら5〜6ミリ。
ライ麦65%だったら10〜12ミリの厚さで、口の中にあるライ麦の量がちょうどよくなる」
覚えておきたい法則である。

近年、国産小麦のパン作りが日本でも一般的になってきた。
けれども、パンの長い歴史にとって、まったく新しい事態。
ドイツ、そしてフランスの伝統に即したパン作りをつづけてきた明石さんの目に、それはどのように映っているだろう。

「日本中、内麦ブームで、いいことだと思ってるんですけど、僕はちがうほうにいこうかなと思ってた。
内麦にはいいところもデメリットもある。
内麦の特徴はもちもちすぎるということ。
もちもちというのはたまにだったらおいしいけど、毎日食べるパンには合わないんで、逆にどうやってもちもちを減らそうかと考えています」

「僕は26のときパン職人をはじめて、37年やってきました。
パンはおもしろい。
日本のパン業界は長い間ほとんどアメリカを向いてパンを作ってた。
それがカルヴェルさんがきてフランスパンを広めてから、僕も西へ向いた。
ずっと、タンパクが高い粉で作るパン(食パンや菓子パンなどアメリカ指向のパン)しかなかったところへ、直焼きのパン(フランスパン/ハード系)に向いた粉がいろいろ出てきた。
(フランスの伝統において)『パン』というのは穀物だけで作るもの。
牛乳やバター、砂糖、卵などが入ったのは『パン』って言わない。
灰分が高めの粉は、直焼きにすれば、臭みも抜けておいしい。
そういうものが十勝の粉で十分できる」

食パンや菓子パンが、日本人にとってはパンでありつづけた。
そこへ、フランスパンやドイツパンがやってきて、本場に追いつこうと、パン職人は修練を重ねてきた。
灰分の高さは、国産小麦ならではの味の深みとなるが、一歩まちがえば過度な癖になる。
それを活かすには、この講習会で明石シェフが伝えたような、フランスパン・ドイツパンの方法論が有効である。
パンの普遍性。
ヨーロッパの伝統を見つめ直すことが、国産小麦を真に活かす道なのだ。

講習の最後に明石さんが披露した話を、ぜひ書いておきたい。
生地が手や台にくっつかないようにふる「手粉」の話である。

「前日の夜に、手粉は必ずふるいをかけておきます。
そうすると、朝ふったときに、さっと広がる。
朝からぼてっと塊が落ちると、やる気がなくなるでしょ。
仕事ってそういうところ(が大事)なのかな。
(作業台の上にちらばっている粉を集めて)これ、捨てる店が多いんですよ。
畑に生えている麦って、ひとつの穂に40粒ついている。
40粒で何グラムの小麦粉ができると思います?
すぐに答えは言いませんので、ちょっと考えてみてください」

「(わざと話題を変えて)フランスパンを作るときは、作業台の上を一回オールクリアにしてください。
ブリオッシュ、菓子パン生地のあとフランスパンを作ると、黒い点がつく(焦げやすい糖分や油分がフランスパン生地に混入してしまうため)。
パンの表面に黒い点がついてるってことは、麺台を掃除してないパン屋だってこと。
仕事ってそこらへんかなと僕は思う」

「(話を戻して)さっきの答えですが、5g? 3g?
そんな量ないんですよ。
ひとつの穂でたったの1g。
これ(作業台の上にちらばってた粉)だけでも6、7gありますよ。
これを捨てるってことは、昨日見たようないっぱい実った麦の穂を6、7本捨ててるのと同じことです。
台の上にちらばってる手粉は必ず集めて、ふるってから、こっち(ふるいの上に残ったほう)だけを捨ててください。
手粉を使うのは使っていいんです。
無駄をするなということなんですよね。
こっちにきて、畑に行ったり、農家の人と話したりして、改めて思う」

作業の丁寧さや厨房の清潔さなど「基本」を大事にしてきた明石さんでなければできない話だと思った。
ベッカライ・ブロートハイムの、何度食べても飽きないベーシックなおいしさ。
基本に忠実な仕事だけがそうしたパンを作りだせる。
明石さんの教え。
ひと粒の麦さえ大事にするという倫理と、仕事への心構え、そうして完成したパンのおいしさとは互いにつながりあっているのだ(池田浩明)。



パンの漫画JUGEMテーマ:美味しいパン 
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十勝小麦キャンプレポート3『オーボンヴュータン河田勝彦シェフ講習会』
オーボンヴュータンのお菓子からあふれでる作り手の激しい思い。
その流れ出てくる源を知りたくて、河田勝彦シェフの仕事をこの目で見てみたいとずっと思っていた。
その河田さんが、昨年から小麦キャンプ(ベーカリーキャンプ)の講師に名を連ねている。

「講習会をするのなんて数年ぶりだよ」

お菓子は砂糖や生クリームや卵などたくさんの副材料を入れて作られる。
そこに「十勝産」小麦の風味は必要なのだろうか。
大いなる興味を持って見守った。

「粉が中心の考え方で、今日は焼き物が中心です。
菓子屋って、粉の特徴を表現するのはむずかしいです。
粉の香りを残すには、生菓子を作るわけにいかない。
焼菓子にするしかないですし。
どうやったら粉が力強く出るか」

なるべく粉の魅力を表現できるお菓子を。
この講習会でとりあげたアイテムは、その基準で選ばれた。

ケーク・オ・シトロンは、すりおろしたレモンの皮が入る、香りのいいレモンケーキ。
ボウルに材料を入れると、河田さんはごつごつした太い指を突っ込み、力強く混ぜはじめた。
手が汚れようとかまわず、素材に全身でぶつかり、声を聞き届けようとする姿に思えた。

「粉の合わせ方の見極めは、つやが出てきたことで判断するのがいちばんの基本だと思う。
混ぜれば、混ぜるほど、つやは出てきますが、そのときにはもうどんどん進んでしまっている。
最初につやが出たところでいいと思います」

焼き上がった生地に、グラス・ア・ロ(フォンダンにシロップを入れたもの)をたっぷりとかけ、輝く滴りを作りだす。

「フォンダンを1週間に1回は自分のところで作ってます。
このうまさは代えられるものがない。
お砂糖と水しか入ってないんですよ。
それでも、自分のとこで練ったものは、市販のものとぜんぜんちがう。
フォンダンもいろんな味つけがあります。
コーヒー、チョコレート、水の代わりにジュースで練ったり。
それをコンフィズリーに使っています。
うまいものを作るためにどうするか。
僕らの仕事は、材料からいかに加工するか。
そうしないと、自分の店の特徴を出すところがなにもなくなっちゃう。
ここにきて、すばらしい畑を見たり、農家さんに出会ったりすると改めて思いますけど、僕ら菓子屋は、材料の力にはかなわないんです」

(写真=左からビスキュイ・ド・シャンパーニュ、ナヴェット、ケーク・オ・シトロン)

材料の力。
それはオーボンビュータンのお菓子を食べるとき、いつも思い知らされる。
ケーク・オ・シトロンもしかり。
しっとり湿って、ねっとりと広がる甘さ。
グラス・ア・ロが溶けるとともに、表面に塗られたアプリコットジャムも溶け、変化する香りのニュアンスが実に豊か。
やがて訪れるアプリコットの酸味と、しっとりした生地から訪れる甘さのバランス。
そこに小麦の香りも参加する。
素材の風味から生まれる愉楽とは、人間の企みを超えて感動的なものだ。

ビスキュイ・ド・シャンパーニュはシャンパーニュ地方で食べられる地方菓子。
「粉を表現しようと思って、これを選びました。
別名ビスキュイローズといって、ピンク色にします。
からからに焼いて、シャンパーニュにつけながら食べるお菓子なんです」

軽やかなかりかり感がすばらしかった。
メレンゲみたいな感覚で甘さが溶けだして、そこに表面に雪のように降り積もった粉糖の甘さも唱和して、素朴な香ばしさややさしさを感じさせるのだった。
ここにシャンパーニュの香りが加わればどれだけ甘美な体験になるかしれない。

ナヴェットはマルセイユの地方菓子。
ナヴェット(小舟)という名は、上に切り込みを入れた、ボート型の形からくる。
「グリーンアニスがいいアクセントになる。
僕の好きなオレンジの花のアロマです。
この香りを嗅ぐとフランスの香りを思い出すんです」

思ったよりもずっと硬いことに歯が驚き、思い切って噛み切る。
そこからアニスやオレンジの香りが強烈にあふれだす。
そしてじんわりと甘さが滲み、小麦の香ばしい香りも顔を出す。
河田シェフが「フランスの香り」と呼んだもの。
素材の発する香りがインスピレーションを生みだし、それをなんとか表現しようという情熱が河田さんを突き動かしているにちがいない。
このお菓子を食べて、そのように思った。

3種類のサブレにとりかかる。
「次はサブレを仕込みます。
お菓子は粉がなきゃ成立しません。
今日のテーマである、粉の風味を表現したい。
粉のうまみをいちばん感じるのはサブレだと思います。
粉とバターが多いので小麦の風味を表現しやすいとかなと思って」

(写真=手前から時計回りにパレ・オ・フランボワーズ、サブレ・ド・サヴォワ、サブレ・ノルマン)

サブレ・ド・サヴォワは、さっくりとした食感。
すぐさま崩れさっていく。
するとつぶつぶとなった生地ははかなく溶けて、小麦の香り、卵の味わいが口の中ですばらしい広がりとなる。
サブレ・ノルマンは、同じくかりかりとしていても、崩れ方はちがっていて、粉々になっていくところに快楽がある。
2つのサブレはともに小麦のあたたかみが活きていたけれど、ひとつひとつ食感はちがい、そこにも繊細な表現があるのだった。

レシピや材料はもちろん、工程ひとつひとつに徹底した思考の跡があるのが言葉の端々から感じられた。
生地を焼くという当たり前のことにも。

「彼ら(フランス人)が長い歴史の中で築きあげてきたもの。
僕が考えて疑問に思ったこと。
合ってることもまちがってることもある。
いかにしっかり乾かすか。
焼くというよりも、乾かすということが、彼らの狙っている方向性じゃないかな。
たとえば、マカロンもそうです。
外はかりかり、中はねちっと。
これがフランス人のいちばん好きな食感です」

職人にとっていちばん大事なこととは?
最後に飛んだ質問に河田さんは答える。

「自分で材料に向かい合う。
目の前に材料があり直接触っているわけですから。
素材の特徴を表現することが大事。
たとえば、(十勝で出会った)しんむら牧場のクロテッドクリームが大好きで。
ああいう素材をもらうのがいちばんうれしいです。
素材を表現するのが僕らの仕事ですから」

徹頭徹尾、素材。
自然の凄さは、人間ひとりのイマジネーションなど簡単に超えてしまう。
お菓子を作って、作って、作り尽くしたあと、河田さんはそのように考えているのではないだろうか。

「まだ自分のやりたいことが残っている。
そのあいだはまだ生きようと思ってます。
職人は意欲がなくなったら終わりです」

いま、目の前に素材がある。
その魅力を表現し、命を吹き込まずにいられない。
河田さんは生涯厨房に立ちつづける覚悟かもしれない。

翌日、満寿屋パン麦音店で開かれた「とかち農業生産者と職人と小麦畑の集い」。
野外に、農家や牧場による、思い思いの出店が立ち並ぶ。
3日間の小麦キャンプで私たちを歓迎してくれた十勝の人びとへ感謝を表わすように、河田シェフはとっておきのスペシャリテ「ガトー・ピレネー」を焼いた。
たき火の上に、肉の丸焼きでも焼くように、手回しで軸を回転させる機構。
軸に生地をかけまわして炭の上におき、火の上でそれが乾き、焼き色がつき、香ばしい香りが漂うようになると、また火からおろして生地をかける。
繰り返すこと約15回。
炎天下、炉端で、吹き出す汗をぬぐいながら、時間をかけ、つづけていくと、ガトーピレネーがゆっくり太っていく。
河田シェフも、手伝う人たちも、見ている人も、火のまわりにいる人たちは、祝祭的な雰囲気につられみんな笑顔だった。
お菓子の原点。
昔、晴れの日には、こんなふうに野外で、人びとの真ん中で焼かれたのだろう。

食べてみると、この粗野な魅力のお菓子に、十勝の小麦はとても似合っているのだった。
歯に、唇に伝わってくる、ぷりっと押し返すような食感。
そして飲み込んで、甘みが引きはじめたのちに、いよいよ小麦の草のような風味が口の中でふくらんでくる。

ガトーピレネーを焼き終えた河田さんに、十勝小麦の評価を尋ねた。
「フランスに行ったばかりの頃。
行く店、行く店で同じような粉を当たり前のように使っていました。
まだ駆け出しで、粉に対する特別な意識もありませんでした。
日本に帰ってきて、久しぶりに日本の粉を使ってみると、フランスでの当たり前が、当たり前じゃないわけです。
日本の粉はなんて力がなくて、細かいんだろう。
お菓子が成立しなかった。
サブレしかり、ジェノワーズしかり。
フランスでやってきたのとぜんぜんちがう。
薄力粉、強力粉いろいろあり、メーカーによってもちがいますけど、自分の求めるものをなんとか集めて使ってきました。
3年前からは、中力で灰分0.55%のものを使いだして、それからは昔フランスで作っていたお菓子に近づきました。
去年からは北海道のいろんな粉をいただくようになり、中力的な粉を出してもらいましたが、十勝の粉は力がある。
3年前から使っているその粉よりさらにおいしいです」

「十勝の粉は力がある」。
それは物理的なグルテンの力に加え、風味のインパクトという意味でもあるだろう。
フランスから帰国以来、抱いてきた小麦粉に対する不満を解消するほどのクオリティを十勝小麦は持っていたと。
お菓子にとって小麦の風味は必要なのか。
もう一度訊ねると、河田シェフはこう断言した。
「絶対に必要なものです」

十勝にとって、日本の小麦にとって、巨匠の言葉はとてつもない援軍だ。
もしそうなら、勃興する十勝小麦によって、日本におけるフランス菓子はルネッサンスを迎えるだろう。(池田浩明)



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十勝小麦キャンプレポート2 「バスツアー 製粉所見学篇」ヤマチュウ/アグリシステム
小麦畑のあと、私たちは十勝にある2つの製粉工場を訪れた。
さっき畑で見た小麦がどんな工程を経て、私たちのよく知る白い小麦粉になるのか。
それを見学するためである。

ヤマチュウ
車窓に広大な畑を見ながら、ツアー参加者は音更町にやってきた。
製粉工場「ヤマチュウ 北海道十勝製粉所 十勝☆夢mill」。
そこで最初に目にしたのは、銀色に光り輝く巨大なサイロ。
十勝の小麦生産者団体である「チホク会」と共同で設立された小麦の保管設備。
地域の農家と寄り添って製粉事業が営まれているのだ。

ヤマチュウは、パン用の十勝産小麦という新しい地平を切り開いたパイオニアである。
小麦の流通は長く政府の管理下にあって、自由な取り組みができるようになったのは、近年にすぎない。
ヤマチュウ専務の山本マサヒコさんは、十勝産小麦が認知されるまでの、一歩一歩の取り組みをこのように語る。

「平成12年に小麦の仕組みが民間流通に変わりました。
そのあとタイミングよく、平成15年に北農研でキタノカオリが開発されました。
秋まきのパン用小麦でいいのができた。
当時、農家さんは、麺用の国産小麦(当時の主力品種ホクシン)が需給バランスで供給過多と言われる中、売れる小麦とはなにかを模索していましたが、パン用の小麦は品質・収量ともに年度格差が激しく、取り組みがむずかしかった。
そこに、秋まきのパン用品種(キタノカオリ)が登場したことにより安定的な供給が可能になった。
将来に向かって大きな一歩になると予見、キタノカオリを北農研とともに試験栽培し、実用化に大きく貢献しました。
いずれは十勝にも小麦粉の生産工場を作ってくれないかと農家さんから要望が出たのもそのときです」

当時、北海道産のパン用小麦は、製パン性の高い春よ恋やはるゆたかといった春まき小麦が先行していた。
だが、収穫前年の秋に種をまく秋まき小麦に比べて、収穫年の春にまく春まき小麦は生育期間が短いために、栽培されていたのは、北海道でも気候に恵まれた空知、石狩を中心とした温暖な地域だった。
そこですら、春まき小麦の安定生産には困難がつきまとい、病気、雨害、冷害などの天候不安を抱えながらの生産活動を余儀なくされていた。
北海道の中でも冷涼な十勝は、春まき小麦の生産に適した土地柄ではなく、パン用小麦は、不作の危険と隣り合わせで、ほそぼそと作付が行われているのみだった。
この状況に革命を起こしたのが、キタノカオリである。

(*写真1)

「その昔、北海道産小麦は『まぜものだよね』と言われていた。
単体では使えない、輸入品を混ぜてしか使えない、製粉会社にとっては決して歓迎されない小麦」という意味です。
いまでこそ北海道産小麦でのパン作りは身近になってきましたが、10年前は、製パンに従事する方にも『北海道産小麦粉でパンを作れるわけがない』と思われていました。
混ぜ物だ、厄介者だと言われた生産者の気持を考えたことがあるでしょうか?
生産者は、消費者がよろこぶものを作りたいし、みんながいいと言ってくれるものを作りたい。
使ってくれる人、食べてくれる人の笑顔を見たい。
ただそれだけなんです。
その想いを、多くの人に知ってもらいたい。
ただ、その想いでやってきました」

(*写真2)

タンパク量が少なく、パンをふくらませる力に乏しかった国産小麦は、北米産小麦とブレンドしてやっと使えるという認識しか持たれていなかったのだ。
山本さんらは悔しい思いをバネにした。

「十勝産をなんとかPRできないか。
当時は、本当に駄目なものなのか、いいものなのかさえわかりませんでしたし。
自分たちの手で、その確証を得られるような、取り組みができないかと。
パン屋さんや製粉会社さんに求められるものを作りたいとみんなが思っている。
いいものをできたという自負はあっても、(十勝産単体での流通の仕組みが整備されていなかったこともあり)評価が受けにくかった」

いまでは一般的になった「十勝産小麦」という言葉。
だが、ヤマチュウが手がけるまで、それが流通されることはなかったのである。

「平成17年に十勝産の小麦粉『春の香りの青い空』を売り出しました。
帯広商工会議所で、十勝産小麦の取り組みができないかという話が持ち込まれても、それまでは『誰に聞いても難しいと言われた』そうです。
十勝産の小麦粉がないから、その小麦粉を使った商品もできない。
商品がなくて、売れるかどうかわからないから十勝産の小麦粉を作らない。
商品が先か、小麦粉が先か?
そんな、チキン&エッグ・ストーリーに見えました。
だったら、ヤマチュウのリスクで小麦粉をつくれば、一つの輪が動き出すかもしれない。
生産者との直接契約だから小麦を集めて出荷できる態勢がありました。
最初に取り組んだのは、学校給食へのアプローチです。
その他、イベントに参加して、パンを無料で配布することもやりました。
パン屋さんには、『作ったパンは買い取りますから、まず使ってください』というお願いをしました。
ますやパンさん、林製パンさんなど十勝の4軒のパン屋さんにお願いして。
十勝産の小麦は当時まだなかった。
20〜30トンの在庫を抱えて、販売ルートもないところからスタート。
売るというより、ほぼ配ったようなものでした。
パン屋さんにリスクをとらせるわけにはいきませんから。
誰がリスクをとるか。
リスクをとれる人がやらないといけない」

(*写真3)

開拓者ならではの苦悩を強いられた。
ニーズがどこにあるのか、それさえはっきりしていたわけではない。

「十勝産の小麦を誰がほしいかというと、十勝の人だった。
十勝の人が十勝の粉をほしいという声があった。
学校給食からまず変わって、十勝産でパンができるという認識がやっとできました」

ふるさとの小麦。
十勝産小麦を食べてみたいという声を上げたのは、普段から小麦畑を見ていた地元の人びとだったのである。

「十勝だけではなく、今度は外に向かってなにができるかと考えました。
行政から30万円という補助金をいただいてPRすることになった。
本州から子供たちを呼んでパン教室をし、畑を見学し、農家と交流を行った。
ベーカリーキャンプのミニチュア版でしたね。
3年間やって成果を認めてもらうことができた。
それで、平成21年からベーカリーキャンプがはじまったんです。
帯広市の産業連携室が、十勝の発信のために小麦を使おうと、動きだした」

小麦生産地・十勝に製粉工場を。
3年前、農家の悲願だった「ヤマチュウ 北海道十勝製粉所 十勝☆夢mill」が完成する。
この設備は十勝になにをもたらすのか。

「十勝産小麦は、まずはいろんな方に試していただくことからはじまりました。
そこには、ますやパンさんのがんばりもあったし、江別製粉さんの貢献もあって、1段1段と階段を上がってきた感じです。
この製粉施設が完成したことによって、さらに3段も5段も上がることができた。
それまでは江別製粉さんにお願いをしていたので1種類しか小麦粉ができなかったのが、何種類もできるようになりました。
結局は『江別の粉』というふうに見られていましたから。
十勝で生産された小麦を、十勝の製粉所で挽くことで『地粉』になった。
地域の中で完結するストーリーができた。
生産から製造への一本の筋ができたという感じですね。
農家さんにも自分たちの小麦という覚悟ができたんじゃないでしょうか。
落成のセレモニーでも、農家さんに『我々の工場』って言ってもらいました」

(*写真4)

スローフードや地産地消は世界の趨勢である。
パン用の小麦も海の向こうから買い集めなくてはならない時代ではなくなりつつある。
国産・地元産という誇り。
それはパンの新時代であり、同時に、食べ物の本質へ戻ることでもある。

「元々はしょう油屋さんでも生産物があってこその産業。
原料である小麦や大豆があるところにしょう油の産業も起こってきました。
いま日本の製粉施設の多くは湾岸にありますよね。
それは小麦が輸入されてきたからです。
イギリス・フランスに行くと、製粉工場は穀倉地帯にあります。
カントリーエレベーター、カントリーミルという考え方。
それは自然の流れだと思います」

顔の見える小麦として、原料はすべてチホク会との直接契約により購入される。
同じ地域にあって、小麦生産者と気心を通じ合っているから、消費者に自信をもって安全な商品を送り届けられる。

「生産者の思いは、まだまだ消費者の方に届いていないと思う。
農業と消費者をつなげたい。
農業の現場を知らない方はまだまだいらっしゃいますから。
みんな生産者は、安心・安全な、消費者に対して責任感のある農業をやりたいと思っています。
どんな人が買ってくれてるのか、おいしいと思ってくれているのかを知るのも、生産者にとって大事なことです。
流通と製粉という両方を担うことによって、それらを伝えることができる。
生産者と加工業者、更に、消費者といった離れている別々のギアーの間に入ったアイドルギアーになって、全てのギアーを一本の軸で回せる。
それが我々の製粉工場です」

*写真1
製粉までの前工程では挟殺物などが取り除かれる。その後、加水をすることで小麦をやわらかくし、粒の中心部まで効率よく製粉できるようにする。

*写真2
挽砕の工程。ブレーキロールと呼ばれる、向かい合って回転する一対のロールに潰されて小麦は挽砕され、つづいてスムースロールによって、小麦粉の粒度が整えられる。

*写真3
細かく震動するシフター。挽砕された小麦はシフターで振るわれ、粒度別に分けられる。その後、再度挽砕工程を経るなど、密閉されたパイプの中を空気の力で行き来しながら、製品になっていく。

*写真4
ビュリファイヤーは空気を送り込み、ふすまなどの不純物を除去する装置。さらにふるいにかけられ、最終製品としての白い小麦粉になる。



アグリシステム
バスツアー参加者は、アグリシステムの十勝麦の風工房へ、伊藤英拓専務の話を聞きつつ向かった。

(品質蘇生小麦倉庫。地下に炭が埋められるなど、小麦の品質を損なわず保存される)

「アグリシステムは、農協さんを通さず、農家さんと直接取り引きして、顔の見えるままお届けする会社です。
6年前の2008年から、製粉設備を持つ十勝麦の風工房を稼働させ、石臼挽き全粒粉を中心に小麦粉の販売を開始しました。
どこの誰が、どのような作り方、どのような資材(農薬・肥料)を使っているか。
すべての製品ロット(1t単位)にナンバリングして、わかるようにしています。
また、農家さんと消費者のみなさんとをつなぐ取り組みも行っています。
パン屋さんに畑まできてもらって、生産者さんに会って、思いを感じていただく。
顔の見える関係で小麦の流通が行われれば、パンを通じて社会は大きく変わってくる。
パン屋さんと交流された農家さんはみなさん、パン屋さんに必要とされるなら作りたいとおっしゃっています。
パン屋さんからも、『小麦粉の袋にスコップを入れる度に、生産者さんの顔が浮かぶ』という声をいただいております」


石臼挽き製粉の現場を見学する。
ここでは、もっとも有効に風味と栄養価を保てる方法で小麦が挽かれる。

「まず、クリーニングという工程で、小麦の皮の4層のうち、いちばん外側の外皮のみを削り取ります。
いちばん内側のアリューロン層に特にミネラルなどを多く含み、外皮はあまり栄養分を含まず、えぐみやふすま臭があります。
それを薄く削ることで癖のない全粒粉になり、小麦の風味がしっかりします」

「次に、大きな石臼で製粉していきます。
小麦は約60℃を超えると品質が劣化すると言われています。
石臼をゆっくりまわすことで、50℃前後の風味や栄養価が損なわれづらい温度で製粉できます。
出てきた粉は、シフターという機械を通して、ふるいにかけられます。
メッシュ(網目)を交換することで、粒度(粒の大きさ)や灰分値(ミネラル)を変えるのです」

一般に、粒の中心の白い部分は細かく粉砕され、タンパクの含有量も多いが、ミネラルは乏しい。
粒の外側にミネラルは豊富に含まれているので、大きい粒ほど灰分値も高い。

「当社ではTYPE110、85、70というように灰分量によって小麦粉を分類しています(数字が大きいほど灰分値は高い)。
日本で一般に流通しているものはTYPE40。
当社の『スム・レラ』(シニフィアン・シニフィエ志賀勝栄シェフ監修によるフランスパン用の粉)はTYPE70で、これはフランスのデ・コローニュ社のTYPE65をモデルにしています」

瓶の中に入れられた小麦粉。
アグリシステムのラインナップには、用途に応じてブレンドされた粉に加え、品種ごとに一本挽きした粉、オーガニックや、生産者限定の粉も取り揃えられる。

「色のちがいがおわかりになるかと思います。
キタノカオリは黄色。
キタホナミは薄いクリーム色。
ホクシンはグレー」

もともとアグリシステムの出発点は有機栽培・自然栽培による作物を流通させることにある。
農薬や化学肥料の使いすぎをなくすような技術指導を行うなど、独自の取り組みを行っている。

「生きた土、健全な作物、人間の健康というのが、アグリシステムの経営理念です。
オーガニックの農場65ヘクタールに自社でも栽培しています。
環境保全型の、持続可能な農業を十勝に広めていきたい。
外国産小麦には輸送のために使用される収穫後農薬(ポストハーヴェスト)の心配もあります。
未来の子どもたちのためにも、国産の小麦を食べてほしいと思います」

(池田浩明)




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十勝小麦キャンプレポート1『小麦畑体験バスツアー』 
小麦農家、製粉会社、ベーカリーが手を携える1年1度のイベント
日本最大の小麦産地、北海道・十勝地方。
全国の人たちに十勝小麦で作られるパンのおいしさを知ってもらうため、あるいは十勝のパン屋のレベルアップのために「ベーカリーキャンプ」がはじまったのが6年前。
シニフィアン・シニフィエ志賀勝栄シェフ、元ジェラール・ミュロ山院丙蝓頬シェフ、ブラフベーカリー栄徳剛シェフなど、国産小麦を熟知した有名シェフを十勝へ招き、地元のパン屋、小麦農家、全国から集まったパン関係者と交流を深めてきた。
そこで培われた知見や人びとの絆が、国産小麦の普及にどれだけ貢献してきたか知れない。

北海道農業研究センターで育種という仕事を覗いてみる
6年目の今年も7月15〜17日まで、帯広市を中心としたエリアを舞台に「小麦キャンプ」と名を代えて行われた。
第一日目の行程は、育種、生産、製粉と、種から小麦粉になるまでの現場を、順を追って巡るものだ。
参加者をのせ、帯広空港、帯広駅を出発したバスは、帯広近郊の芽室町にある北海道農業研究センターへと向かった。
かってはほとんどが外国産小麦で作られていたパンだが、近年、国産小麦のパンもポピュラーな存在になった。
農業研究機関によって開発された新品種が日本の小麦粉の製パン適性を飛躍的に向上させたためだ。
北海道農業研究センター(北農研)の長澤幸一さんが、「育種」と呼ばれる仕事について教えてくれた。

別の品種同士を掛け合わせ、新しい品種を生む「交配」はどのように行われるのだろう。
小麦の花が咲く6月中旬、別の品種の雄しべと雌しべを交配させ、掛け合わせる。
「穂の半分ぐらいをざくっと切って、上は取っ払います。
穂の真ん中あたりにある花が成長が早いのでその雌しべを使います。
同じ穂にある雄しべは、受粉しないように、花粉を出す前にピンセットで取り除いてしまう。
お父さんにしたいほうは、花が咲きはじめた穂の下の方(花粉を出す準備段階のもの)を切って雄しべを取り出して、手であたためながら花粉を出して、それを雌しべにかける。
そうしてできた実を種として使います」

新しくできあがったさまざまな種から、いらないものをふるい落とし、優秀なものを選びだす。
目指すのは、たくさんの収量が安定的にとれ、タンパク量が多くてパンを作りやすい小麦。
「1シーズンに3000種の交配種子を手作業で蒔いていきます。
前年に花粉をつけて作った貴重な品種ですが、まずは見た目でばっさりふるい落とします。
病気のものはダメだし、単位面積当たりの収量も検討します。
製粉性や、歩留まり(粒のうちどれぐらいの割合を小麦粉として使えるか)。
パン、ラーメン、パスタ、お菓子を作って、ダメとなったら、どんどん切る。
パンではグルテンがきちんとできたかどうかや、内相のでき方を調べたり、実際に食べてみて味、口溶けなどの官能評価を行います。
この作業は1年がかり。
交配から10年でやっと1つの品種が完成する。
数万種からたった1つが選びだされます」

こうして誕生したものにはどんな品種があるのか。
それまで麺用ばかりだった国産小麦において、早くからパン用として生みだされたのがキタノカオリだった。
「小麦には、秋に種をまく『秋まき小麦』と、春にまく『春まき小麦』があります。
北農研では秋まき小麦に注目してきました。
秋まき小麦は生育期間が長いため多収(たくさん小麦がとれる)が見込まれるからです。
子実が多いということは、ひと粒あたりの栄養分が薄まりやすく、低タンパクなものが多い傾向があります。
その中にあって、キタノカオリはタンパクが高めでパンに使える品種です。
けれども、農業特性が不十分(収穫期に穂発芽したり、病気になりやすい)だったものですから、アメリカの超強力小麦とかけあわせて、ゆめちからが生まれた」

「(きたほなみのような)麺用の中力小麦とゆめちからでは、グルテンの質もちがっております。
グルテンのネットワークは、生地を作ったときにグルテニンというタンパク分子が互いにS-S結合しあうことで形成されます。
1分子にS-S結合できる手が2つついているグルテニンからなるものは、中力粉に多いタイプです。
強力粉はS-S結合できる手が3つついているグルテニンを一部含むものです。
したがって、より多くの結合が生まれるようになるためグルテンも強いです。
手が3つの分子がさらに多いのがゆめちからです。
ゆめちからの兄の北海259号はもっとグルテンが強い。
ゆめちからはもちもちタイプ(低アミロース)ですが、北海259号は通常アミロースなので麺にするとぷつぷつ切れる特徴があり、パスタに向いています。
ゆめちからときたほなみから生まれた「みのりのちから」という新品種は収量がすごくいい。
グルテンも北海259号と同じタイプで強く、もちもちのタイプです」

講義のあと、実験用の圃場(畑)を訪ねる。
快晴の高い空、本州とはまったく異なる、広々とした畑に胸が踊った。
広さ約1畳ごとの区画に分けられているのは、「肥料を与える時期を変えたり、種の量を変えたり、栽培条件を変え」て実験するため。
小麦はどれでも同じではなく、よく見ると品種ごとに特徴があることがわかる。

(キタノカオリ)

「キタノカオリを見てください、昔の品種よりも背が低いですよね。
品種改良を進めていくにつれ、小麦はどんどん背が低くなっています。
低いと倒れにくく、コンバインでも収穫しやすい。
桿も太くするともっと倒れにくくなる」

(北海259号)

「きたほなみは葉っぱが垂れずに上に伸びていますよね。
こういうタイプは葉が密集したところでは下の葉に光が届くので、光合成の効率がよくなり、収量が多くなると考えられております。
みのりのちからは、ひとつの根っこから枝分かれして伸びている茎が多いため穂が多くなり収量がよいです。

(ゆめちから)

「ゆめちからには野毛があります。
野毛は収穫するときにコンバインに詰まるなど、困った点もありますが、鳥から子実を防御するのに役立つ。また、光合成にも関与していると言われております。
これらの特徴が両立すると、多収量の品種になりやすいと考えております」

いろんな品種が植わっている一画もある。北海道では見られない本州、海外の品種ばかりである。
今後育種に使われる可能性がある品種を保存しているのだ。
「ここには変わり者が植わっている。
例えば、背が高く倒れやすいのは難点だけど、病気には強いとか、収量が多いとか。どっか取り柄があるものばかりです」

生命という神秘を、進歩へ結びつける。
北海道の大きな風景の中で、自然の摂理に則りながら。
何千、何万の種を生み出しては、奇跡の一品種を拾いだすという、気の遠くなる作業だった。

小麦畑を自分の目で見る感動
次に参加者はまたバスに乗り込み、実際の小麦生産農家を見学に行く。
同じ芽室町にある竹内敬太さんの畑。
ただ見ているだけではなく、実際に小麦と触れ合う。
一行は竹内さんを先頭に金色の麦が揺れる大海原へ入っていき、畑の中で話を聞いた。

「ここではキタノカオリ、キタホナミを栽培しています。
きたほなみ4ヘクタール、キタノカオリは7ヘクタール。
東京ドーム3個分の畑です。
播種されるのは秋。
トラクターで平らにした後、グレンドリルという機械で、肥料といっしょに種を蒔きます。
芽室町の種農家で生産されたキタノカオリの種を、10アール(1アールは100平方メートル)あたり、7から8キロ蒔く。
発芽のあと雪の下でひと冬を過ごす。
雪が布団となり、凍結しないようになっています。
今年は雪がなく、−20〜30℃にもなる日がつづきましたが、この畑は大丈夫でした。
近隣でも根が切れたりしてやられ、他の作物をまいた畑がある。
雪が多くても、雪腐病という病気になる。
ですから、雪が溶ける4月中旬に小麦が出てくるのですが、自分たちは出てくるまでどきどきしています。
麦を目覚めさせる、茎数確保の意味で、ここで追肥。
凍(しば)れて浮いた根をローラーで踏み固めます。
6月中旬、穂が出てくる。
花を咲かせながら出てくる。
このとき、赤カビ、青カビが生えないよう、殺菌をします」

「7月に入ると麦の色が抜けだし、ひと雨ごとに加速します。
(この日は7月15日)あと1週間か2週間すると収穫です。
その頃は天気を見ながら時には24時間体勢で動きます。
水分量25%、粒を指で強く押してみて潰れるよりちょっと硬い状態が収穫の目安です。
5、6時間でこの7ヘクタールの畑を収穫、工場で乾燥させます。
茎の部分はロールにしばられて、牛屋さんにいきます。
飼料や麦藁に使われる。
家畜が食べて、肉や牛乳になる大事な資源。
糞尿は私たちのところへ戻ってくる。
1年数ヶ月寝かされて、畑にまく。
次の農産物の化学肥料の低減、食味の向上に役立ちます」

キタノカオリだけで7ヘクタールもある畑がなぜ5、6時間で収穫できるのか。
巨大な外国製のコンバイン。
雨を嫌う小麦の収穫に高性能のコンバインは威力を発揮する。
小麦が収穫期に長雨に当たると「穂発芽」という問題が起きる。
長雨に当たった穂の中の実が発芽して、酵素活性が高くなり、製パン性に影響が出るので、パン用としては使えなくなってしまう(でんぷん分解酵素α-アミラーゼの活性が高くなり、でんぷんの粘度が低下する)。
特にキタノカオリのような雨に弱い品種の場合、1年間の労苦が一雨で水の泡となる。
小麦農家は天気予報と空模様を睨み、祈るようにこの時期を過ごす。

「昨年、キタノカオリは町内の9割がダメになりました。
長雨が降ったら見てるしかない。
収穫期はここで寝るんですけど(と言いながら建物の屋根を指差す)、雨のしたたる音が煙突にかんかん響くと、もう心配で眠れなくなる」

小麦は製粉され、パンとして焼かれ、はじめて食べることができる。
農家が作った小麦は農協などに一括して集められて、製粉会社などに渡る。
だから、小麦農家といえど、自分の作った作物が、誰かにおいしく食べられているというイメージを抱きにくい。

「自分の小麦を食べたことがなかった。
2年前、札幌のパン屋さんに作ってもらって、おいしいんだなとはじめてわかりました。
おいしい小麦が作れるんだな、じゃ作ろうよ。
ベーカリーキャンプにきたパン屋さんとしゃべってみて、そう思うようになった。
山泳シェフがキタノカオリのことを『世界で戦える小麦だよ』と。
意味がわからなくて、『?』マークでした。
だけど、やらなきゃいかん。
そう思ってキタノカオリを作っている。
キタノカオリは見た目は、ぼろぼろした実をしている。
はじめてできたとき、『俺、なんていう小麦を作っちゃったんだ』。
『これでいいんですか?』って、農協に訊きに行きました」

雨に弱くリスクのつきまとうキタノカオリだけれど、口溶けのとき発する香りは他の小麦に抜きん出て甘く、魅惑的である。
パン職人がキタノカオリをどれほど貴重なものと考えているか知ったとき、竹内さんは穂発芽の危険を冒しても作ろうと思った。
誰かの情熱を感じて、自分の情熱が動きだす。
小麦生産者とパン職人が出会う小麦キャンプが、どれほど有意義な場か、このことからもわかる。

竹内さんと話したあるパン職人はこのように言った。
「農家さんに会って、小麦畑を見て、パンを作るときの思いが変わってきそうです」
その言葉に竹内さんも応じる。
「つながりできるとまた小麦が作りたくなるんですよね」

キタノカオリや春よ恋、ホクシンといった品種ごとにある固有の風味。
前田農産の前田茂雄さんは自分の畑でとれた小麦を品種ごとに一本挽きして販売する。
品種の味、生産者ごとの味を世間に知らしめた立役者のひとりである。

「畑の小麦を1本抜いてみてください。
小麦の粒の皮は指ではなかなか剥がしにくいんですけど、噛むと中身が出てくるでしょ。
白いところが胚乳。
小麦粉になる部分です」

キタノカオリの胚乳は甘かった。
たった数ミリの麦粒からなぜこんなにきらきらとした甘さを発散しているのか不思議なほどに。
小麦の力。
それはキタノカオリから作られたパンを食べたときに感じるおいしさと同じものだった。

農場に持ち込まれた、移動式の石窯トラック。
地元産の素材で作られた、焼きたてのピッツァを、地元ベーカリーの雄であるますやパンが振る舞った。
農家から製粉会社、原料問屋、そしてパン屋。
さまざまな人の苦労を経て小麦の恵みは私たちの元へ届く。
そう思って畑で食べるピッツァは格別においしかった。(池田浩明)

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