パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ダンディゾン木村シェフの「小麦ヌーヴォー」
「小麦ヌーヴォー」のキーパーソンに連続インタビューを行ってきた。
最後を飾るのはダンディゾンの木村昌之シェフ。
極めて感覚的、と同時に理論的にパンを作る木村さんは、新麦になにを思い、どうパンにしたのか。
今年のヌーヴォー小麦の評価、イベントの意義などを総括する。

食べ損ねたパンの、香りが忘れられなかった。
甘い香りの中に混じり込むさわやかな草の香り。
入り混じるさまざまな香りは複雑な襞を作りだし、たとえようもなく繊細であった。
その繊細さこそが「ヌーヴォー」なのだった。
小麦の中に潜み、挽いた瞬間から飛散していく、はかない香り。
難解な化学式で表わされるだろう数十、数百という成分が、まだ失われず、充分残っている。
このパンは私にかってないような体験を与えてくれるはずだ。
香りはそう確信させた。

「昨日よりもっと香りがあります。
今日のは、小麦袋の封を開けたばかりの粉で作った分ですから」

粉を使いきるまで、約3日。
たった数十時間でさえ、空気に触れれば、酸化の作用で、香りは変わっていく。
まるで野菜。
小麦は農産物なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、誰もが忘れかけていたその事実を、ヌーヴォー小麦は雄弁に語るのだった。

そのパンの名は新麦ブールという。 
サブレほどにも立ち込める甘い香り。
軽やかさ、毬のような弾力が支えた手から伝わってくる。
中身を嗅いだとき、草原を吹き抜ける風のような、さわやかな穀物系の香りが吹いてきた。
まるでじらすように、香りはあれほど甘いのに、味がなかなかやってこない。
ナチュラルなものは急がないのだ。
噛んで噛んで噛んで、もう飲み込もうと喉のあたりに至ったとき、おかゆに似た滋味に満ちた味わいが、じっとりと喉をうるおしていたのを感じた。

木村シェフは新麦ブールをこうして作った。
「実ははじめ、小麦ヌーヴォ−にそこまで積極的でなかったんです。
普段、農家さんから直接もらう中で全粒粉は経験もありましたし。
どこかイベントの本質を把握してなかった。
なので全くレシピを考えないままに、解禁日になってしまった。
ところが小麦ヌーヴォー解禁日当日に届いた袋をあけて触ってみた途端、楽しさがこみあげてしまって。
俄然火が付きました」

「手触りがちがうんですよね。
土や雪にいろんな種類があるみたいな、そんな感覚。
水分を感じるんじゃないのに、しっとりと感じて、でも軽い。
重みがあってべっとりしてるわけじゃなく。
この感覚は経験したことがあって、自分で小麦を挽いたときのテンションが上がる感じなんですよね。
もしくはふかふかの畑の土。
あるいは、たんぽぽの綿毛みたいに、ひと粒ひと粒がふわっとして、しっとりしている。
これはまちがいなく、吸水をまちがえる可能性があるだろう。
そう思ったので、バシナージュ(つながった生地に少しずつ加水していくこと)にして、『まだいけるのか』『これぐらいか』と、生地の状態を見ながらちょっとずつ水を入れました。
粉が届いてから10分で、もう生地ができそうになった。
シンプルに、粉とイーストと塩と水だけ。
この粉に対してなにをどうしたらいいのかということに集中して、なにも考えず、(粉の状態・性質を)感じながらやっていきました」

特にレシピを用意しなくても、パンはいつのまにかできあがっていたのだと。

「『これは、新米の炊いたごはんのようになるな』。
捏ねながら最終イメージがみるみる形作られていった。
イースト0.3%、塩2.1%。吸水100%(まだ入れられたが、吐き出す可能性も考慮した)。
パンチも必要だと感じたし、気付くとディレクト(フランスパンの基本とされる製法、ストレート法)の王道の工程を踏んでいた。
手が考える。
ぽんぽんと手が動くのにまかせた。
そのときの麦に対するちょうどよい水分量というのはあります。
セオリーじゃなくて。
粉と対峙したとき、水が入るなら入れよう。
これならもうちょっと発酵とろう。
粉にとっていいことをしよう
なんかわからないうちに、気づいたらブールにしてました。」

生地がささやくインスピレーションは、木村シェフをして、丸い形に成形させた。
ふわふわ感と、やさしいもちもち感を表現するのに、ふさわしい形。
小麦ヌーヴォーというイベントの目的のひとつは、バゲットのような舶来品ではなく、日本人の感性や嗜好に合った、日本の小麦による日本のパンを作ろう、というものだった。
木村さんはそんなことはなにも考えず、小麦に導かれるままにパンを作り、できあがったものはまさに「日本のパン」だった。

「毎日食べる炭水化物を生業にする身として、『甘い』『味が濃い』に違和感を感じていました。
もちろんパン単体ならいいし、スペシャリテとしてあってもいいと思う。       
でも食卓の上にあるすべてがそうであるのはいかがなものかと。
しかるべき製法を取れば、甘みも出るし、味は濃くできます。
でもそれは『野菜の味が濃い・甘い』をよしとするように、体に無理のある偏りが感じられてしまって。
体に残らないものを作りたい。
残らずエネルギーになって抜けてくような。
お蕎麦屋さんは『売れるようにしたければ、つゆに砂糖を入れろ』と言われてるそうです。
もちろん陰陽のバランス(マクロビオティックの原理で、食べ物には陰の性質を持つものと陽の性質を持つものがあり、互いにバランスをとるべきという考え方)もあるのですが。
パン生地に偏りを生みたくなくなってきた。
中庸でありたい。
これからの課題です。
新麦ブールは味を無理に出さず無垢でいい。
でも香りは大切にしたい。
そう思っています」

新麦ブールができあがったあとも、木村さんは観察をつづけた。
「老化をテストするために、数日かけて食べていったのですが、味、香りに変化がある。これうまいな、と思ったのは翌日だったんです。
翌々日になると、いままでに感じたことのない微かな酸味が出てきました。
これはパンを差し上げた、『銀座レカン』の割田さんのご指摘で気づきました。
狙っていたものではなかったですが、それも楽しめる。
ヌーヴォー小麦は、小麦粉の状態でも変化していくし、パンになってからも変化していく。
酸化してない状態だからこそなんですよね。
ドラスティックに変動している状態にある」

初日の鋭さ。
2日目、3日目にはだんだん、いくつかの要素に感じられていた風味がまとまり、丸く、まろやかになっていく。
エイジングした小麦粉(一般の小麦粉)がすでに変化を止め、安定期にある一方、ヌーヴォー小麦はいまだ変化の途中にあった。

「小麦の旬って9月なんだな。
夏から秋にかけてという時期。
そして冬に向けて。
小麦ヌーヴォーって、季節を意識することにつながると思うんです。
旬が同じ食材を合わせる食べ方もできる。
ただパン単体で食べるのではなく、旬の食べ物と合わせて食べてみてください」

そう言いながら、木村シェフがくれたのは、「きのこのペースト」だった。
「おかずデザインさん考案のものを妻が自分なりに作ったものです。
しめじ、まいたけ、マッシュルーム、にんにく、オリーブオイル、ローリエ、塩。おそらく秋刀魚や栗も合うのでは」

小麦ブールにきのこのペーストをのせて食べる。
パンの風味ときのこの風味。
両者は同じようなリズムで、波のように寄せては返すように思われた。
食材には波動があるのだ、と思った。
そんなことに考えが至ったことなど、それまで一度もなかったにも関わらず。

小麦ヌーヴォーの意義を木村さんはこう考える。
「いろいろ考えるより、最初に農家に行っちゃったほうがいい。
東京にいると、感覚、感性が閉じざるをえない。
こっち(東京)では嗅ぎたくない匂いとか騒音とか多い。
だから感性が閉じちゃうと思うんですよ。感性が開くっていうのは、芸術に触れたりしたときですよね。
自然の中にいると、五感、第六感まで含めてむしろ開いていたくなる。
パン屋は小麦を作ってる人と、東京じゃなく、出来たらその土地で会うべき。
農家さんも言葉で伝えることはできるが、畑で伝わることの大きさは計り知れない」

畑を訪れたときの、自由な気持ち、心ゆるやかな感じ。
かぶっていた重い鎧を脱ぎ捨てたような感覚。
ときどき木村さんが、都会の生活で忘れていた、自然への回路を取り戻すために、農村地帯へ出かける。

「自分も、しょっちゅう農家さんのところに行って、援農をします。
本州だと手作業が多い。刈って、はせがけ(上の写真。茎を紐で結んで棒などに干すこと)して。
生きるための疲労。ものすごくたいへんで。
やってみると、収穫がどれほどのよろこびかわかりますよね。
1年間やってきたことの成果でもあるし。
収穫はよろこびそのもの。
そのよろこびを食卓まで届けることができるのが収穫の時期。
毎年、この時期を待ちわびる。
それが食べ物本来の形だと思うんですよね。
パンは食べ物であって工業製品ではない。
それを再認識する。
農家、製粉会社、流通、パン屋、お客さん。
みんな同じ気持ちになれる。
一度そうなると、収穫のときだけでなく、種を蒔いたよ、芽が出たよ、作物が成長する経過すべてが気になるようになったり。
小麦ヌーヴォーによって、なくしちゃけない大事なことをはじめられた。
個別の農家さんとやりとりするのは、個人でしかやれなかったことですが、このイベントによって収穫のよろこびをみんなで分かち合えるようになりました」

小麦ヌーヴォーの意義とは、小麦が自然の恵みであることを意識しながらパンを作り、それをいただくということだ。
ヌーヴォー小麦だけがおいしい、という単に味だけにフォーカスするような考え方には与しない。

「ヌーヴォー小麦がすべてではなく、去年の小麦のよさもあります。
新麦のおいしさを強調することより、それ(収穫の時期を意識すること)によって得られることを大事にしています。
新麦ブールは季節限定商品として作りました。
レギュラー商品を新麦に替えるだけでなく。
フルーツや野菜だけでなく、小麦で旬を感じられたらいいなと。
わかりやすいのではないかと思いました」

「国産小麦のいいところも、外麦のいいところもあります。
大手製粉会社さんは(現状の日本の食を支える上で)必要です。
小麦を貯蔵する必要性もあります。
むしろこれは、小麦ヌーヴォーによって実感できたし。
そして本質を理解すれば、無理のある状態も見極めていけると」

小麦ヌーヴォーを通じて知るのは、食べ物の本質である。
どんな小麦も、農家が1年間、土にまみれて働くことなくして生産されない。
私たちがそれを手にするまで、製粉会社や、それを配送してくれる人など、多くの人の手を介している。
遠く、カナダやアメリカから運ばれてくる外麦であれば、なおのことだ。
収穫をよろこぶことは、1個のパンができるまでに関わったあらゆる人たちの仕事に思いを馳せ、リスペクトすること。
そして愛する人と実りを分け合うことである。

ここで、いま一度、今年のヌーヴォー小麦の特徴を製法的な面から見てみよう。
それはとれたてであるために、酸化が進んでおらず、風味に満ちている。
特に石臼挽きは顕著だし、挽きたてはなおさらのこと。
それゆえに、パン作りにおける「酸化」というキーワードを木村さんに見つめなおさせることになった。
新麦ブールを作る際、低温発酵ではなく、ディレクト法を選択したのも、それと関係している。

「まず低温発酵は酸化が抑えられる作り方(低温下で酵母が活性化しないため、もしくは酵母量が少ないため、小麦から生まれる糖が消費されず残る)。
ディレクトは、適度に酸化させていく作り方です。
エイジングによって酸化が進んでいる小麦(通常、小麦粉は製粉後約1ヶ月程度寝かせられる)に比べると、ヌーヴォー小麦は酸化させてもまだ味がある。
そんな状態のときはいましかないのだから。
ディレクトのほうが、いましかない味を表現できると思いました。
結果むしろバランスがとれた。
試しに酸化を抑えて味を濃く、甘みが出るように作ってみて、そのことがより感じられました。
もう少し酸化させようと自然に思えた。
酸化を抑える製法は、小麦がもっと酸化してからでいい。
今はしていないのだから」

とれたての小麦が時を経るごとに酸化の方向へと向かっていくということ。
玄麦を挽き、発酵を進ませるにつれ、生地が酸化していくということ。
オーブンで焼いてパンになってからも酸化(熟成であり風化)へ進むということ。
別々だと思われていた3つのプロセスを、ひとつのつながった線として考える。
小麦ヌーヴォーのインスピレーションは、木村さんにそうしたことを意識させたのだ。

「その後、コーヒー、蕎麦の職人さんに教わり、表現したかったことが、裏付けとして繋がった。
産地、品種、焼き、変化する割り」

そもそもボジョレヌーヴォーとは、その年のぶどうのでき具合をいち早くテイスティングする目的がある。
果たして、ヌーヴォー小麦の、2014年のヴィンテージとはどういうものなのか。

「今年のヌーヴォー小麦って、全体的にたんぱくが強い傾向(*1)があり、かつ、やや低アミロなため、酵素活性が盛んです(収穫期に雨に見舞われると、穂が発芽し、小麦の中の、でんぷんを糖に変える酵素であるアミラーゼなどが活発に働くようになる)。
そのため、発酵に必要な糖が十分に生成され、発酵はテンポよく進む。
ルヴァンを使うときは特に、適切なタイミングを逃せば酸味も出やすいので、調整が必須でした。
酸化が進んでないゆえか、酵素の働きゆえか、パンになったあと老化が遅く、保水性が保たれる。
水和を長時間取らずに、ディレクトでクイックに焼いても明らかにそれを感じました

「酸化を意識してから、新麦ブールをはじめとする商品の微調整をはじめることになりました。
初めはインスタントドライイーストだったが、たんぱくが強いためビタミンCの入らないセミドライイーストに変更。
酸化を考慮し、塩も減らせた。
石臼挽きを多く配合するものはモルトを抜いた。
充分にたんぱくのあるロール挽きの粉でディレクトには、モルトの必要性は感じます。
今年の新麦でパン・ド・ロデヴをやるときは、製法ゆえに特にゆるみの点で必要と感じた(吸水を増やしてゆるませるのは不適切だと思った)。
必要なものと、不必要なもの。
そのときふと気付く。
いまの日本の小麦で作れるものが日本のパンだっていうのであれば、レシピはその小麦に合っていて、おいしければいいと思う。
だってどの国でもきっと地粉を基準としてレシピは作られてきたのだから。
来年の小麦はちがって当然だから、また対峙すればいい」

「じゃあ、今年の小麦はなにが向いているの? っていえば、たとえば食パンが向いているんだと思います。
老化が遅いし、たんぱくも強いし、副材料も減らせる」

買ってきた翌日の朝、スライスしながら3日目と食べつづけていく食パンには、老化も遅く、体に負担にならない配合が向いているかもしれない。
いま風味に満ちたこのヌーヴォー小麦を得て、日本のパンも、素材に恵まれた本場のパン作りに追いついたのかもしれない。

「いい状態の小麦なら、ぽんぽんといいパンが作れる。
ヌーヴォー小麦によって、シンプルな本来のパンのあり方に向き合えた気がします」

(池田浩明)

*1
今年は雪解け後の4月中旬〜5月初旬(起生期〜幼穂形成期)にかけ干ばつに見舞われました。
この時期に肥料を追加(追肥)し、小麦の成長と茎数の分けつ(茎が枝分かれすること)を促します。
しかし、干ばつの影響により追肥が適時に吸収されず、茎数の分けつが例年にくらべ少ない状況になりました。(穂数が少ない)
その後の降雨により追肥が吸収されましたが、穂数が少ないため、1本あたりの小麦が吸収する肥料(窒素)が多くなったと考えられます。
そのため26年産小麦は全体的にタンパクが高めな傾向にあります。

(上から3枚の写真は池田が写す。それ以外は木村シェフによる撮影)


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スーパーで買える小麦ヌーヴォー
今年の夏とれたばかりの小麦を挽きたてのフレッシュな状態で使う「とかち小麦ヌーヴォー」。
その小麦を使ったパンをスーパーでも買える。
北海道の製パンメーカーである日糧製パンが、ヌーヴォー小麦を使ったパンを発売しているのだ。

ヌーヴォー小麦のフランスパン(はるきらり、きたほなみ、キタノカオリ使用)。
まさか、袋パンを食べて小麦畑の風景を連想しようとは思わなかった。
突刺すほどの猛々しいアロマ。
限定された条件のなかで、ヌーヴォー小麦らしさを全力で表現しようという情熱の現れ。
ソフトななかにフランスパンらしい引き、北海道産小麦らしいもちもちもあって。
塩気が中身の甘さを引き出してもいる。

ヌーヴォー小麦のフルーツブレッド(ゆめちから、キタノカオリ、きたほなみ使用)。
表面にはスイートブール的な甘いコーティング。
噛みごたえがもっちり。
レーズンやオレンジピールドライチェリーなどなどが入るゴージャスぶり。
ラム酒のような香りもむんむんとするリッチな味わいの合間に、麦の香りを感じることができる。

北海道産小麦の普及を狙って、リスクを承知で投入した商品。
北海道の製パンメーカーだから北海道の小麦を使いたい、という郷土愛が原動力となっているのだろう。
大胆な試みをぜひ応援したい。
北海道内のコンビニエンスストア、スーパーで、11月30日出荷分まで販売とのこと。


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とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りinTOKYOレポート
9月28日に行われた「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin TOKYO」。
上の写真のような長い列ができるなどたくさんの方にご来場いただき、イベントは成功のうちに終了した。
長い間お待ちいただいたお客様には、心よりの感謝とお詫びを申し上げたい。
 
午前午後を通じて出店
・カタネベーカリー(東京)
・ヨシダベーカリー(東京)
・もあ 四季彩館(神奈川)
・365日(東京)
 
午前中販売した店
・テーラ・テール(愛知)
・パラオア(千葉)
・パンストック(福岡)
・パンデュース(大阪)
・ベッカライ・ビオブロート(兵庫)
・ブルージャム(福岡)
 
午後販売した店
・komorebi(東京)
・ブーランジェリーレカン(東京)
・シティベーカリー(東京)
・セテュヌ・ボンニデー(神奈川)
・ダンディゾン(東京)
・チクテベーカリー(東京)
・パーラー江古田(東京)
・ル・ルソール(東京)
・nukumuku(東京)

販売された商品の一部をご紹介する。

パーラー江古田ぶどうのスキャッチャータ。
ぷちぷち梱包材ばりの快感で、弾け飛ぶ果汁、かりかり破裂する種。
このワイン用メルローの甘さは天恵。
渋いほど焼き締めた麦の味はパーラースタイル。
皮の甘みの後味に浮かぶ穀物感。 

ブーランジュリーレカンのコーンブレッド。
ポタージュみたいにじっとり濃厚に溶けるとうもろこしのつぶつぶ。
もはや、もろこし色に生地まで侵犯されているのでは、と思っていると、猛烈な小麦の巻き返しに出会う。
その麦の味までが、コーンのように黄色い甘さをしているのだ。 

13時から特設ステージで開かれた「小麦でつながるトークショー」。
40人の方たちで客席は満員となり、1時間のあいだとても熱心に聴いていただいた。
東京のど真ん中で、小麦を育てる人・寺町智彦さんの肉声に触れられたのは意義のあることだった。
寺町さんはこんなにたくさんの人が自分の作った小麦を味わいにきてくれることに驚き、それを北海道に伝えると言って帰られた。
大きく焼いたカンパーニュを1個持って新幹線に飛び乗りやってきた、ル・シュクレクールの岩永歩シェフ。
素材を尊重することで、ガストロノミーの世界では当たり前だった水準にパンの世界も到達しようとしていることを教えてくれた。
小麦ヌーヴォーの提唱者であり、立案から運営まで関わった、365日の杉窪章匡シェフ。
すばらしい素材はまちがいなくパンをおいしくすると、いまをときめくこの新進気鋭のシェフは、高らかに宣言した。

トークショーで参加者に配られたパン。

ブール(フランス語で「地球」であり「丸いパン」の意)こそブーランジュリーのオリジンであることを折に触れ強調する。
ル・シュクレクール岩永さんが持ち込んだのは、まさに原点である、そのブールを切り分けた一片。
強い火が衝突したことを物語る黒ずんだ皮、たくさんふった粉。
焼き切ったゆえに濃厚な中身から豊潤に麦の「果汁」が滴り落ちた。
小麦という自然に還るこのイベントにふさわしく、小麦を作る人とパンを作る人が分けられていなかった、中世の田舎で焼かれていたパンをイメージしたのだと思った。

365日のクロックムッシュ。
パンとは食事の中に位置づけられてこそはじめて意味を持つという考えから、プレーンなパンではなく、これになった。
自家製ハムに、良質なチーズに、やさしいベシャメルソース。
嫌みもえぐみもなく、ただすばらしい甘さとなってそれらが溶け合う。
それらのハーモニーの中で、ヌーヴォー小麦の音楽はかき消されているか。
まったくそんなことはなかった。
小麦それ自体の甘さは、ハーモニーをさらなる高みへ押し上げていたのだから。 
小麦へのこだわりは食事全体を幸福なものに変えることを示していた。

終了後、近くの店で行われた打ち上げに、イベントに関わった多くのシェフが顔をそろえた。
みんな曇りのない笑顔をしていた。
夢のような光景。
私の大好きなパンを作る人たちが一同に会し、思いをひとつにしている!
あるパン職人はこのように教えてくれた。
「(エイジングされていない挽きたてなので)むずかしい小麦をパンにした苦労を共有しているから、みんなこんなに打ち解け合っているのですよ」

とれたて挽きたてのヌーヴォー小麦を全国に流通させるはじめての試み。
はじまる前は、普段の小麦以上の香りや甘さ、あるいは去年と異なる特徴が本当にあるのか、一抹の不安があった。
けれど、幕が開いてみると、どのパン職人からも賞賛の声しかあがらない。
特徴は、パンにもはっきりと表れた。
目覚しい甘さ。
ビビッドな穀物感。
ここで風味が尽きる、と思ったところから、繊細なうつくしい声で麦が歌う。
それはなぜなのか。
エイジングの期間によって空気に触れ、じょじょに損なわれていくはずの、風味の元となる物質が、そのまま残されているからなのだ。
つまり、畑の思いは私たちの元まで届けられた。
それは、十勝の製粉会社アグリシステムが、農家の苦労の結晶である麦の風味が少しでも損なわれないよう、心を配って、管理・製粉・流通を行ったことによる。

バトンは受け継がれていく。
農家、製粉会社からパン職人へと。
技術的にむずかしい粉、だけれどその特徴をなんとか表現しようと、職人たちは腕によりをかけた。
最後にバトンを受けた私たち消費者は、いつも以上に、それを大事に味わった。
バトンを受け継ぐことは、自分の前を走る走者の仕事に敬意を払うことになる。

パンにとって大事なことはなにか。
生産者が食べる人のことを思いやって育てた麦はこんなにもおいしい。
そして、生命力に満ちていることを、私たちは舌で、全身で感じ取ることができる。
小麦とは、つまりパンとは、とりもなおさず生命なのだ。
小麦生産者、製粉会社、パン屋、消費者。
すべての立場の人が垣根を越えて、顔を合わせ、手を取り合ったこのイベントの成功は、それを証明するものだ。

この新しいムーブメントを広げ、育てていきたい。
地元で育てた麦でパンを作る。
食の根本に帰るようなこの試みを、全国で地道に行っている人たちとつながっていきたい。
「小麦ヌーヴォー」は、その人たちを励まし、きっと後押しするものとなるだろう。

最後に。
イベントにきていただいた方、小麦を作ってくれた農家さん、製粉を行ったアグリシステム、流通に携わった方、パンを焼き、パンを売ってくれたパン屋の方々、そして無償のボランティアとしてお手伝いいただいた方。
本当にありがとうございました。
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「小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」出品FILE10 パンストック
最先端のパンをユーザーフレンドリーなものへ落とし込む、未来志向の行列店。
福岡の雄パンストックが、「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」に満を持してパンを送り込む。

ヌーヴォー小麦は夏にとれたばかりの小麦を挽いたばかりのもの。
酸化によって失われることなく、繊細な部分まで残されたその風味は、平山哲生さんを揺さぶった。

「このキタノカオリはなんともいえない甘さがある。
かなりテンション上がりました。
キタノカオリT85、スムレラ、ゆめきらり、どれもきれいに上がりますし。
新麦っていままでマイナスのイメージ。
小麦は寝かせて使うものだと思ってました。
新麦だから、酸味が強かったりするんですけど、粉が甘いので、それもおいしさにつながる。
おいしさの懷が広かった感じです。
いろんな角度からのおいしさがあるんだってわかりました」

酸味、苦み、青さ。
新鮮な野菜ではそれらもまたおいしく感じられるのに、パンの世界ではそうしたファクターを負として排除してきた。
味わいや香りのエッジは心をえぐり、強烈な印象を与えるはずなのだ。

平山さんの小麦ヌーヴォーにかける意欲は並々ならぬものだ。
「ずっと試作して、冷蔵したり、吸水多くしたり、いろんなセッティングで試してみました。
結局シンプルに、2種類にしました」

・ルヴァン
・栗とナッツのパン

ヌーヴォー小麦から平山さんがふくらませたイメージは、中世の農村で作られていたような、自家製発酵種のパンだった。

「いろいろやって、やって、やったあと、普通の作り方に行き着きました。
ルヴァン(東京・代々木八幡にある日本で最初の自家製発酵種専門店)のような、真っ向勝負でいこうかな。
昔ながらの、ポワラーヌ(カンパーニュが名高いパリの名店)みたいなパン。
気泡ぼこぼこ空いてないけど、でも小麦の味がしておいしい。
吸水を上げたりしないで、原型的なものを作りたい。
逆にそっちのほうがおいしいんじゃないかな。
アンダーミキシング(標準的なこね方よりちょっと足りないぐらい)で粉の味わいを残したのは手ごねのイメージです。
昔はミキサーがなかったので、吸水を多くすることもできなかったはずですし。
でも、生地を置いとけばグルテンはつながる。
じわじわゆっくりと発酵させる。
小細工が入ってない小麦ですからね。
昔はエイジングもしないですぐ使ってたと思うんで」

福岡からパンを送るというハンデ。
それでも新麦の香りを感じさせたいと心を配る。

「焦げるぎりぎりまで焼いて、ぎゅっと締める。
窯伸びさせすぎないイメージ。
ナッツもグルテンを阻害してくれるので詰まった生地になる。
焼き固めると日持ちするんですよね。
しっかりと焼きこむと水が抜けにくいんですよ」

技でおいしさをキープさせる。
1週間もかけてパンを食べていたような中世の食文化を、最先端のテクノロジ−で再構築する。
それが「パンストック」(パンをストックする)のもともとのコンセプトでもある。
その通り、今春行われたパンコレというイベントでも、ルヴァン生地は際立ったクオリティを見せていた。

新しいテクノロジーやセオリーを覗き見、切り開く瞬間のぞくぞくするような快感。
それが、平山さんを飽くなきパンの探求に突き動かす。
小麦ヌーヴォーはそのトリガーになった。

「おいしさを見つける旅に出る。
いつもよく知っている町をうろうろしているんだけど、知らないところに行って、あっちに行ったらなにがある、こっちに行ったらなにがあるって、冒険してるような。
小麦のおいしさっていろいろあるんだな。
すごく勉強になりました」

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「小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」出品FILE09 ル・ルソール
9月28日、青山・国連大学前広場で開かれる「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」に参加の名店を連続で紹介しています。

国産小麦でバゲットやハード系を作る。
シャープな感覚でおいしい小麦とそうでないものを見分け、北海道、九州とあらゆる国産小麦を試作して特徴を手のうちに入れ、自分のイメージにもっとも合う配合と製法を見いだす。
皮の食感、中身の食感、口溶け、立ち上がりの香り、後味…。
あらゆるファクターを計算してブレンドを決める清水宣光シェフが、こう言ったときには驚きを抑えきれなかった。

「この週末から2週間、店に出すすべてのパンが小麦ヌーヴォーの粉になります。
ライ麦とスペルト小麦以外」

ヌーヴォー小麦と格闘し、あらゆるパンの配合を決め直す。
清水さんはそこまで腹を決めた。
今年のヌーヴォー小麦の評価はこういうものだ。

「悪くないです。
キタノカオリは気に入ってます。
いちばんはじめ、出始めに出会ったときいい印象をもってなかった。
内麦(国産小麦)は毎年特徴が変わります。
同じ品種でもちがうものになっていることがある。
タンパクが多い時期に出会うのか、ダレやすい時期に出会うのか。
出会ったタイミングだと思うんですよね。
生産者さんに出会って、この人の小麦をずっと使いつづけたいと思えば、ぶれてもずっと使いつづけることはあると思いますし」

パン職人にとってもっとも大事な小麦。
その出会いは一期一会である。
出会ったならば徹底的に付き合い、突き詰める。

「いちばんはじめに出会った小麦は春よ恋でした。
内麦のよさ、そういうところを見て、おいしいんだな。
キタノカオリはそのあとからでてきた小麦です。

清水シェフがブレンドの「土台」と呼ぶもの。
まず味・香りのベースとなる小麦を決める。
食感や口溶けのニュアンスはそこに他の小麦をプラスすることで、調整していく。
ル・ルソールの土台は長い間、春よ恋だった。
小麦ヌーヴォーの期間中(この週末から2週間)は、その土台をキタノカオリにする。

「例えばチャバタは、キタノカオリ3、ゆめきらり7(ゆめちから、はるきらり)。
僕はブレンドします。
キタノカオリで土台を作って、ゆめきらりでのばす。
北海道の粉は大きくわけて2つの方向があると思います。
キタノカオリ、春よ恋、はるゆたかは甘みがあるけれど詰まる傾向がある。
ゆめちから、はるきらりは伸びる(味はあっさり)傾向。
詰まるものに関しては水をたくさん入れてゆるませたり、ミキシングをしてふっくらさせることで口溶けがよくなる。
それと、ゆめきらりのような伸びる粉とブレンドしてあげることで、パンがふくらんで、食べやすくなります」

ミルクのような甘さと穀物感。
国産小麦のフランスパンの先端を快走するル・ルソールのパンがキタノカオリを得てどう変わるのか。
大注目だ。

ル・ルソールの「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」出品作
・パンブリエ(生クリームとバターを配合したパン)
・チャバタ
・スムレラ(石臼挽ききたほなみ)とキタノカオリのパン
・ピーカンナッツのパン
・ゆずとしょうがのショコラダマンド


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「小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」出品FILE08 パラオア
「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」に千葉・新鎌ケ谷の名店パラオアが参加する。

神経を研ぎ澄まし、身を削るように、パンに全身全霊を込める。
氷温下で長時間寝かせたパンは、まるで蝶が孵化するように、小麦のうつくしい風味を羽ばたかせる。
顕微鏡で小さなものをのぞきこんだときのように、小麦自体に含まれる微妙な味・香りが拡大されて、舌の上で展開する。
国産小麦に懸けてきた池口康雄さん。
だから、ヌーヴォー小麦で作るパラオアのパンを食べてみたいと思った。

普段から使っているアグリシステムゆめぶれんど。
この夏収穫した新年度バージョンに変えてみたら、驚くほどの変化があった。

「はじめてな感じですね。
通常、店頭でお出ししている商品を、ルセット(レシピ)は同じで粉だけ新麦に変えてやりました。
こんなにもちがうのかと。
一言で言うと、(今年の麦は)強いんですよ。
いつものミキシングやフロアタイム(一次発酵)、パンチでやると、どんどん力のついたパンになる。
ミキシングも1、2分少なくしています」

池口さんの言う通り、今年の麦は高めのタンパク値が出ている。
同じ銘柄を使っていたから、明確な差となって表れた。
味・香りについてはどうだろう。

「甘みが強いです。
砂糖で言うなら、2、3%余計に入ったような、甘さがあります」

扱いがむずかしいヌーヴォー小麦。
材料にこだわり、おいしさのためなら手間を惜しまない、職人気質の池口さんのような人にこそふさわしい。

「パンにしづらいから、いままで使われてなかったんでしょうけど、でもおいしさだけ求めるなら、エイジング(熟成)してないこの小麦のほうが、おもしろいですよね」

パラオアのパン
・パン ド ミ プリュノ
ゆめぶれんど(ゆめちから、きたほなみ、キタノカオリ)使用。
フランスパン生地にプルーンを混ぜたものを山型食パンの形に焼く。
砂糖も油脂も入らず、しっとりやわらかい。
店頭には並ばない、バゲットの形で直焼きしたセミハードバージョンも登場。

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「小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」出品FILE07 パーラー江古田
パーラー江古田でサンドイッチを食べる。
まちのパーラーでサルシッチャ(ソーセージ)を食べる。
シンプルに調理すればするほど、こんなにも野菜はおいしく、こんなにも肉はおいしい。
パーラーに行くたび、そのことを身に滲みて思う。

パーラー江古田と十勝小麦。
従来、「しらね」など長野県産小麦を基本に据えてきた原田浩次さんが、ヌーヴォー小麦と向かいあったらどんなパンができるのか。
それは実に興味深い。

「キタノカオリT85、スムレラ(石臼挽ききたほなみ)という石臼挽きの粉を使わせてもらいました。
おいしかったです。
新麦に切り替わるときはふくらみづらかったりするものだけど、そういう使いにくさもなく」

イタリアや山梨のぶどう畑に直接足を運ぶなど、原田さんは素材との出会いを大事にしてきた。
だから、「小麦ヌーヴォー」の意義を積極的に認めた上で、こう語る。

「新しいぶどうや新米って、新しいものの味がする。
じゃあ、新麦ってどうなんだろう。
新麦らしさをどうやってパンとして表現するかは、正直僕はまだ見いだせていません。
でも、新しい麦で作ることに意味があるんじゃないかな。
これからどうやってこのイベントを育てていくか。
すごくむずかしいと思うよ。
僕はいまちょうどいろんな粉を使って、小麦のことを再考している最中。
こういう機会を与えてもらえてよかったです」

では、パーラー江古田は「小麦ヌーヴォー」にどんなスタンスで取り組むのか。
「いまできることは、麦と同じく旬のものを入れてパンを作ること。
今回は楽しい具材でいこう。
季節感のある素材でパンを作るのはすごく新鮮でした」

旬の恵みを受けとり、収穫をよろこぶ。
「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」には、原田さんらしい楽しいパンが並ぶ。

・フランスパン(バゲット)

・とうもろこしのパン(ペッパー・コーン・チーズ)
「青森のとうもろこし『嶽きみ』というのを知り合いにもらいました。
標高が高くて寒暖の差が激しいところで育っているのですごく甘いんですよ」

・金時豆
「お客さんからリクエストがあったパン。
普段はぜんざい(沖縄のかき氷)にしている金時豆を入れる。
北海道産の金時豆だからいいかなと思って。
ぜんざいの煮汁で仕込むか、プレーンなフランスパン生地にするか、いま考えています」

・フォカッチャ
「普段出しているものですが、じゃがいもが練りこまれているので、北海道のイメージがあると思いました」

・ぶどうのスキャッチャータ
「薄くのばした生地の上に生のぶどうをのっけて。
お砂糖とオリーブオイルをかけて焼く。
ぶどうの種がぱちぱちはじけて、すっごいうまい。
ワイン用のぶどうの収穫がいまは旬。
ぶどう畑はよく足を運んでいるので、知り合いから分けてもらっています。
イタリアではこの季節だけ作られる旬の食べ物です」

スキャッチャータは個人的にすごく楽しみにしている。
小麦とぶどうの甘さが同時に香るとき、収穫の秋をきっと感じるはずだ。

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「小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」出品FILE06 ベッカライ・ビオブロート
9月28日(日)に青山・国連大学前広場で行われる「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」。
芦屋のベッカライ・ビオブロートが参加するという、グッドニュースを届けられることになった。

日々小麦と向かい合う。
ぶれず、媚びず。
伝統を見つめながら、新しい製法を生み出す。
よく働き、よく学び、ゆっくりと着実に歩みを進める。
職人という言葉を体現したような、松崎太さん。
オーガニックの小麦だけを使い、粒を仕入れて、自家製粉する。
だから、店にはいつも小麦の香りが立ちこめていて、パンから漂う香りは、一度嗅いでしまうと、ずっと忘れられない記憶を残す。

「いつもは基本カナダの小麦の玄麦を使っていますが、いまはカナダのがないので、アメリカのオーガニック小麦を使っています。
アメリカ産の小麦に100%満足しているわけではないのですが、その中でどれだけいいものが作れるかをテーマにしています」

私が聞きたかったこと。
麦を挽くところからパンを作ってきた松崎さんが、今年の十勝小麦をどう評価するのか。

「アグリシステムから粒の状態で仕入れたキタノカオリをお店で挽いています。
今度のキタノカオリはすごく気に入っています。
スタッフもみんな『すごくおいしいやん』って言ってますし。
オーガニックの小麦はほとんど使ったことがあるんですが、国産の小麦で本当においしいと思ったのは、このキタノカオリがはじめてです。
品種はすごく大事。
キタノカオリはすごくいい小麦です。
他の北海道産小麦も何種類か取り寄せたんですが、どれも力強い味はあります。
キタノカオリはすごく強い味というわけではなく、もっとスマート。
だけど、しっかり味がする。
それでいてふすま臭がなく。
全粒粉なのに野暮ったくないんですよね」

ビオブロートのパンはやさしい。
思わず深呼吸したくなるようないい香りのパンが、すんなりと喉を通る。
その松崎さんが、キタノカオリをおだやかで、かつ味わい深いと評している。
このインスピレーションをどのようなパンに結実させるのか、注目したい。

ベッカライ・ビオブロートのパン
・フォルコンブロート
・他に全粒粉の大きなパンを数種類

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「小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」出品FILE05 カタネベーカリー
カタネベーカリーが小麦畑とのつながりをどんどん深めている。
店で使っている小麦をあれよあれよという間に国産に変えてしまった。
北海道にも行くようになった。
畑から帰ってきたあとの片根大輔さんは元気そうな声で、自然栽培による小麦農家である中川さんの言葉を教えてくれた。

「中川さんが言うのは、
『小麦は私が作るのではなく、自然が作る』。
パン屋もいっしょだな。
環境を整えてあげて、最低限のものを使って、育ててあげる。
パン屋は(酵母という)生き物相手の仕事ですから。
パンは育てるもの。
農家さんと似てるんですよ。
僕も菜園とかやるけど、その日その日でこういうのがいいのかなって考えながらやるところが似ている」

毎日、食べつづけられるパン。
片根さんは、町に根づいたパン屋として、そのことを重視している。
常に自分が作ったパンを食べて、違和感がないかどうか確認し、配合をいつも変え、少しでもおいしいものにすることを怠らない。
あるとき、気づいたという。
そうした方向性と、国産小麦を使って畑のイメージを抱きながらパンを作ることは、ひとつのものだということに。

「北海道に畑を見に行ってから、パンの考え方が変わりました。
どんどんシンプルになる。
使う材料がどんどん少なくなってる。
パンって、なんとなく入れてるものがあるんですよ。
必要以上のものは取っ払っていく。
ある意味、ガストロノミーから遠ざかっている。
パンだからそれでいいかな。
パン屋の価値観としても、仕事としてもいいな。
原点に帰る。
どんどん点に向かってる。
体にやさしい世界に行けますよね。
町のパン屋だし、そのことってすごくいいですよ。
意外とお客さんもそれを求めている」

パンを磨きこむ。
不必要なものを取り除き、ぎりぎりまで絞り込むことで、素材の本質が現れる。
そのとき、もっと小麦の本領が問われることになる。

「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」にカタネベーカリーは14種ものパン(とお菓子)を並べる。
特に、パン オ ルヴァン、そしてキャロットケーキ、バナナケーキは、粒で仕入れたオーガニックのキタノカオリを自家製粉して使用している。
「2週間前から麦も自分で挽くようになりました。
まるごとの麦を挽いてパンを作ってるっていいですよね。
すごくリアルです」

「リアル」という言葉には、人類が数千年に渡ってつづけてきた食文化本来のありようを、まるごと体験するという意味が込められているにちがいない。
パン屋に届けられた粉袋にスコップを入れる、その瞬間の意識もちがってくる。

「このイベントによって、いつから粉が新年度の麦に切り替わるかはっきりわかりますよね。
1年間農家さんがやったことがリアルに感じられる。
このイベントはずっとつづけなきゃいけない」

・パンアングレ
(さくさく食べられて味わい深い山形食パン)
・フォカッチャ
・パン オ ルヴァン
(自家培養発酵種のパン)
・ノワ エ フィグ
・ノワゼット エ カレンズ
・ノワゼット エ レザン
(以上3点パン オ ルヴァン生地使用)
・バナナケーキ
・キャロットケーキ
・全粒粉食パン
・スコーン
(プレーンとチョコの2種類)
・パン オ ザルグ
(海草パンのヌーヴォーバージョン。バゲット生地)
・十勝あんぱん
(「素朴なあんぱんです」。十勝の良質な小豆をお店で炊いたもの)
・秋風カンパーニュ
(スムレラ(石臼挽ききたほなみ)使用。「軽い感じで、さわやかでうまいです」)
・カニストレリ
(カタネ家毎年恒例となっている約1ヶ月のフランスバカンスで見つけてきたもの。
「コルシカのお菓子。
マルシェに置いてあったり、コルシカのパン屋で売ってます。
ビスコッティの一種。
バターも卵も入りません。
まさに粉のお菓子という感じですね)

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「小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」出品FILE04 チクテベーカリー
9月28日(日)に青山・国連大学前広場で行われる「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin東京」。
ボジョレヌーヴォーのように、今年とれた麦をいち早くパンにして、みんなで味わう。
錚々たるパン屋が集結し、麦の豊穣をお祝いするお祭り。
アーティーかつ心温まる、唯一無二のパンを作る八王子の名店も参加します。

チクテベーカリーの北村千里さんは、店に届いたヌーヴォー小麦の袋を開けたとき、こう思ったという。
「袋を開けて粉を触った感じが、ぜんぜんちがっていて、それだけでテンションが上がりました。
空気がたくさん入っていて、新鮮な感じが伝わってきた。
畑からきた感じがしました。
キタノカオリは思った以上に水が入りました。
今年はタンパクが高いんじゃないかな、という気がしました」

いろんな人にヌーヴォー小麦の評価を求めてきたが、触感の感動を口にしたのは北村さんがはじめてだった。
タンパク値が高いという今年の麦の傾向まで触知したのだ。

「試作は手ごねでやってるんで、粉の感じが活きがいい。
試作はいつも手でします。
最初にアグリシステムの粉を使ったときと感触がちがうことを、今回たまたますごく感じました。
これをちゃんと活かさないといけないな」

北村さんのパンは心に響く。
それはしっかり素材のことを感じながらパンを作るからなのだろうと、この話を聞いて思った。

ヌーヴォーキタノカオリに、いま旬の栗を合わせたパンを作る。
「八王子産の蒸した栗を入れました。
キタノカオリの甘みと合うといいな」

チクテベーカリーの象徴アイテム、カンパーニュもヌーヴォー小麦バージョンで出品される。

・直火焼きマフィン
 キタノカオリT85使用
・バゲット
 スムレラ使用
・八王子の栗を使ったパン
 キタノカオリT85使用
・大きなカンパーニュ
 キタノカオリT85使用

八王子まで行かなければ食べられないパンを食べる得難い機会。
ぜひ足をお運びください。(池田浩明)



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