この夏とれた麦をすぐ製粉、みんなで味わう収穫祭が「新麦コレクション」。
今日から3回シリーズで、北海道でいま収穫が行われている新麦の現場をレポートする。
ミルキーな甘さが食べた者を虜にする、キタノカオリ。
この小麦に農家としての命運を懸けてきた人たちがいる。
岩見沢の生産者集団、IW。
新麦コレクションでは、江別製粉がIW限定の減農薬栽培「キタノカオリ100」を発売する。
7月7日、IW所属の農家、渡辺辰一さんの圃場「渡辺農場」を訪ねた。
「もともとはJAいわみざわの米穀担当者西飯弘行さんが、キタノカオリに惚れ込んだのがはじまりです。
パンを趣味で作ってた人。
食べておいしいし、うちの得意技にしようと。
僕たちもその呼びかけに応えた。
当時(十数年前)は、北海道産の秋まき小麦で強力品種はなかった。
春まきなら強力品種があったが、そのころはハルユタカが不作で製品にならなかったりしていました。
それなら、キタノカオリを作ろう」
えも言われぬ甘さを持つ代わりに、雨に弱く生産が不安定。
ただでさえ希少なキタノカオリを、減農薬で育てるのだからハードルは高い。
「北海道基準より農薬を3割減らしています。
そのために、作物をよく観察して、それに適した最小限の防除を心がけています。
それから、農薬を減らすために大事になるのが土壌。
土が元気であれば細菌を抑えられますから」
化学肥料ばかりに頼らず、土の中の微生物の働きをなるべく活発にすることで、健全な土壌を作る。
「基本の土作りは、たい肥、緑肥の投入。
畜産農家からたい肥を持ってきたり、緑肥を鋤込んで、土作りをします。」
緑肥とは、窒素(肥料の三要素のひとつ)を土の中に固定する能力のある豆科の植物を育てて、土に還すことで肥料にすることだ。
「春に雪が溶けたとき、小麦畑にクローバーの種を播いておきます。
小麦の生育期間は、(小麦の丈が上回るために)日陰になるので、クローバーは大きくならない。
小麦を刈り取ると、旺盛に繁茂します。
9月には、クローバーは膝ぐらいまで育ちます。
それも鋤込むし、刈り取った麦の殻も細かく裁断して鋤込みます。
植物を有機物として投入するわけです」
減農薬を行うためには、輪作(毎年同じ作物を育てる[連作]と病気が出やすくなるので、数種類の作物をまわして栽培すること)の徹底も必要とされるが、ここ岩見沢で、それは綱渡りとなる。
「キタノカオリは9月15日前後に種をまきます。
輪作しているので、たまねぎを収穫したら、すぐ小麦を播かなければならない。
夜中に畑を作って、昼間はタマネギ収穫。
北海道は秋が短い。
ここは雪が多い地域。
雪が降っちゃうと作業ができないので、どうにもならない」
収穫期に雨に対してとてもセンシティブなキタノカオリの栽培は常に不作と背中合わせにある。
「デビューしたとき(2003年)は豊作だった。
そのあと2、3年は最悪の年がつづいた。
雪が多かったり、雨に当たったり。
キタノカオリは穂発芽しやすい(収穫期に雨に当たって小麦の穂が発芽すること。酵素の働きによってパンが作りにくくなるので、商品として出荷できなくなる)。
粒の付き方が開いていて、穂発芽しやすい。
他の品種はこんなに開いてないですから」
渡辺さんはキタノカオリの穂をつかんで、私たちに示した。
たしかに粒が横に開いているので、雨が溜まりやすい構造にある。
小麦とは、ほんの少しのDNAのいたずらが、決定的な意味を持つのだと知った。
キタノカオリが生まれながらにして持つリスク。
それを背負いながら、渡辺さんがキタノカオリを作るのはなぜか。
「小麦をずっと作ってきたけど、以前は食べた人に会ったことなかったです。
玉ねぎは直接買いにきている人がいたけど。
小麦は、『あなたのところのおいしいです』って言われたことなかった。
キタノカオリを作るようになって、『小麦粉がおいしいね』ってはじめて言われるようになりました」
「おいしい」という言葉が、小麦を作る人をどれほど励ますことか。
収入減のリスクさえものともせず、栽培のむずかしい品種にさえチャレンジさせる魔法の言葉。
だから、あなたの「おいしい」が農家に届けば、日本のパンはきっとおいしくなるはずだ。
そこに、パン屋の努力と共感が加われば。
この日、私たちといっしょに渡辺農場を訪ねていた、宇都宮市パネッテリアヴィヴォの荒川佳和さん。
キタノカオリのデビューの頃から、この品種に魅せられ、使いつづけている。
だが、穂発芽の影響で不作だった年には小麦粉自体にもその影響が現われ、思ったようなパンが焼けなかった。
「ケービング(食パンが自重に耐えられず折れてしまうこと)に次ぐケービングでしたね。
40本のうち20本が駄目になった」
(いちばん前が荒川さん、3番目が渡辺さん)
それでも、キタノカオリで食パンを焼くことをやめなかったのは、お客さんからの圧倒的な支持があったからなのだという。
渡辺さんが不作で苦しんでいたとき、荒川さんも難儀を強いられてパンを焼いていた。
北海道と消費地。
遠く離れていても、運命共同体のように、農家とパン屋は小麦を介してつながっている。
食べる人の「おいしい」という言葉に支えられて。
もっとも、今年は穂発芽による品質の低下の心配は、いまのところいらないようだ。
渡辺さんは言う。
「今年は品質がよさそう。
全体的に穂の本数が多く立ってるでしょ。
穂が揃っていて、遅れ穂がない」
青空の下、見渡す限りのキタノカオリは気持ちよく風に揺れている。
どの穂もきちんと成長して、色も形もそろって、そのせいでますますうつくしく。
この風景の幸福は、そのまま食卓の幸福を保証している。
ベーカリー様へのご案内
江別製粉の新麦コレクション
いわみざわIW集団限定「キタノカオリ100」
10月初旬発売予定
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