パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ショーマッカー(大岡山)
108軒目(東京の200軒を巡る冒険)

外見や先入観とは異なって、ライ麦パンのインナーワールドは華やいで、豊かである。
ドイツの巨大な石造りのバロック教会が、中に入ると、きらめくばかりのバロック様式の装飾で飾られているように。
ライ麦パンの時間と、小麦の時間は異なっている。
ふわふわとして胃にも軽い小麦のパンの時間感覚の中に生きている私たちは、すぐ隣り合ったライ麦のややゆっくりとした時間感覚に気づかない。
ライ麦のパンの豊かな世界と出会うためには、すぐれたパン職人の手を借りるほかない。

ロゲンブロート(450円)
指で弾くとぱちんといい音がする薄くて硬い皮と、対照的にようかんのようなやわらかい中身。
粒が散るように口の中にライ麦の中身が散乱し、たくさんの粒のひとつひとつが同時に溶けていく。
ゆっくりと花びらが開くように、口の中に味わいが広がっていき、ライ麦の味わいが華やかに、明確になっていく。
味わいは少しずつ変化して、軌跡は移ろいゆく。
ライムのようにぴりりとした酸味とほのかな甘さが同居している。
この酸味は決して邪魔になるものではない。
ライムを調味料としておかずにふりかけるように、このパンをいっしょに食べることで、さまざまな食べ物をさらにおいしくしていくだろう。

誰もが実力を認める一流店に勤めていた清水信孝さんが、店を辞めドイツに渡ったのはなぜか。
「ドイツパンをドイツ人が買おうとしていませんでした。
見た感じは同じだが、製造方法がちがっていました。
サワー種の扱い方がちがう。
その扱い方で味が左右される。
ドイツ人は日本のドイツパンを1回食べたら、買わなくなります。
レシピも製造方法もちがうんです」

行ってみなければ、まったくわからなかった。
目から鱗、のちがいがあった。
「粉の中に水が混ざる量、生地っぽくまとまる量=吸水量が、ドイツの製法と日本の製法では異なります。
日本では水かぬるま湯を生地に混ぜます。
ドイツでは粉の一部に熱湯を混ぜる。
熱湯だとライ麦はもっともっと吸うので、より多くの水分を加えることができます。
70%以上、80との間ぐらい。
しっとりしてるほうが、香りもいいし、いいライ麦パン独特のしっとり感がでる。
生地を押したとき返ってくる。
硬いパンだからドイツ人に売れなかったんです」

サワー種の製法も、異なっていた。
「日本では種継ぎは1日1回するのが普通なんですが、ドイツでは朝昼晩と3回に分けます。
それぞれ水温を変え、分量を変えます」
サワー種は乳酸菌や酢酸菌などいくつかの菌からできあがっていて、それぞれ繁殖に適した温度がちがっている。
それを1度ですべて増殖させようとすると、十分にうまみをだそうとすれば、その間に酸味をだす菌まで増えてしまう。
だから、時間を変えて菌ごとに繁殖に適切な環境を整えることによって、それぞれの菌を必要量だけ増殖させられるので、いたずらに酸味や臭みがでない。
ドイツ人らしい合理性と、主食に対して数百年というスパンで長く向き合った民族だけに可能な深い洞察がその製法には含まれている。

ショーマッカーにはドイツ人が訪れる姿が絶えない。
清水さんはドイツ語を流暢に操って対応する。
海外での修行経験があっても、言葉まで完全に習得して帰国するパン職人は少ない。
「ドイツでは、日本人となるべく付き合わないようにして、遊ぶときも、ドイツ人といっしょに行くようにしていました。
本当の食生活も見れますし。
ドイツのパン屋は、朝6時、7時に開いて、みんなその時間に朝食のパンを買いにくる。
日本人は米にみそ汁ですが、ドイツにも同じような定番のメニューがあります。
朝は、パンに生ハム、チーズ、コーヒー。
昼は、サンドイッチを自分で作って会社に持っていったり。
夜は、じゃがいもやパスタを食べたりもしますが、だいたいパンが主食です」

ドイツでは欠かせないもので、日本にはないスプレッドがある。
「ドイツ人はてん菜糖をべったりパンに塗って食べます。
ドイツのスーパーでは、ジャムとかといっしょに、当たり前のようにあるもので、ぜひ日本に輸入したかった」

ベルリナーラントブロートにてん菜糖(50円)をたっぷり塗って食べた。
プリンの上のカラメルのようなコク。
むっとする香りと、舌の上でぬたっとする感触は、プルーンにそっくりだった。
コクのあるライ麦のパンに、見事に同調する。

ショーマッカーには食事パンしかない。
自分の屋号を冠せず、ドイツでの修行先「ショーマッカー」の東京支店としている。
日本人に合うサイズや、日本で入手可能な原料のみで作るという限定こそあれ、基本的には、ドイツのショーマッカーと同じパンをだす。
日本人に合わせることはなく、本物のドイツパンをストイックに追い求める。

「レシピは変えないし、それを変えれば媚びるようなものだと思っています。
コンセプトはずらさない。
そこさえ崩さなければ大丈夫。
万人受けするパンだとは思っていませんが、1度食べると癖になって、ずっと食べつづけてもらえます。
糖尿病の人で買ってくれている方が何人もいらっしゃいます。
小麦だと血糖値が上がるが、ライ麦だと安定するそうです」
また、サワー種の主成分である乳酸菌は、たくさんのアミノ酸を作り出す。
現代人に欠けた栄養素を補ってくれるものとして期待もされている。

製法の効率も日本のパンにない特徴である。
「この小さな店で、横浜の店と合わせて、ひとりで2店舗分を焼いています。
日本では1次発酵と2次発酵がありますが、ドイツには1次しかない。
夕方、バケツに材料を入れて仕込んでおくと、夜中ひとりでにがんばって、翌朝わーっと発酵している。
うまく工程を組めば常にオーブンを稼働させ、24時間なにかが動いている状態にできます。
日本のパンの作り方も知っているので比較できるのですが、たとえばデニッシュなら、折り込んだり、仕上げをしたり、3人ぐらいの手がかかって、1個120円とか150円で売りますよね。
ドイツ人は理にかなったことしかしない。
もちろん効率がいいといっても、手を抜くのではなく、品質ありきの話です」

ドイツパンには、デニッシュとは別の美がある。
人手をかけないシンプルな形、生硬な質感ゆえにこそ、表面のひび割れさえうつくしく見える。

パーティクランツ(380円)
色彩のない花。
ひまわり、かぼちゃの種、亜麻の実、白ごま、黒ごま。
ライ麦を食べる北ドイツには長く厳しい冬がある。
かつては、フレッシュな野菜を口にする機会は少なく、貯蔵した穀物やナッツを食べて、冬を越えていくのだろう。
その食生活に豊かさはないのだろうか。
そうではないという答えをこのパンが教えてくれている。
食感のおもしろさ、それぞれのコク、それぞれの苦み。
噛みしめれば噛みしめるほど、モノクロームと思えたものが、華やかになっていく。
生地には思わぬ軽さがあり、むっちりした食感の中に、淡い酸味がある。
生地の中のふすまの粒は、溶けるたびに、ひときわ明るい甘さを舌の上へ滲みださせていく。
その甘さと、それぞれのトッピングとの間に独特のマリアージュを作りだす。

健康にいいこと、製造コストが低いこと。
ドイツパンのあり方は現代に必要とされるパンの姿について、多くのヒントを与えてくれている。
これからはじまるルネッサンスの入口、「ドイツパン零年」に私たちはいるのかもしれない。(池田浩明)

東急目黒線/大井町線 大岡山駅
03-3727-5201
9:00〜18:00
月曜休み

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