パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ムール ア・ラ ムール(伊勢原)
111軒目(東京の200軒を巡る冒険)

ムール ア・ラ ムールは、自家製粉で名を馳せた故高橋幸夫シェフのブノワトンを引き継ぎ、同じ場所で営まれている(湘南小麦プロジェクトの現在)。
「ベースはブノワトンですが、配合は一部を除いてすべて自分で考えました。
パン屋をやるからには自分のパンをやりたい」

店舗だけではなく、小麦への情熱も、高橋幸夫シェフから引き継いだ。
本杉正和シェフが自ら農家と契約し、収穫されたものをブレンドして、工場で自家製粉したばかりのものを使う。
「大手の製粉会社さんから普通に粉を仕入れてパンを作るよりたいへん。
でも味はまったく別物です」

ムール ア・ラ ムールのパンを食べると、職人の技も、情熱も、すべては小麦の風味に捧げられていると感じる。
それは、疾風のように口の中を吹き抜け、燃え盛る炎のように湧きあがり、谷を駈け下る奔流のように激しい。
そして、最後には草原に身を横たえたときのようにあたたかく包まれる。
すべてが自然であって、技術は巧みに自然へと寄り添う。

「外麦に比べて、湘南小麦は風味がだんとついいですよ。
風味でいえば、日本の小麦がいちばんじゃないかと思います。
外麦とはまたちがう香りがありますね。
品種ごとにちがいますし、同じ品種でもちがうところで育てると、またちがいます。
例えば、湘南小麦を育てていただいている平塚・真田は、川ひとつはさんで隣り合っている地区同士でも、麦の質がちがう。
山から水がくるところと、こないところでは差がありますし。
水質や土壌でちがってきますね」

「毎年、同じものは、上がりません。
自然のものなんで天候に左右されちゃうんで。
長雨がつづくと、たんぱく質量がちがってきちゃう。
その年、その年で、いちばんおいしく食べられるように、ブレンドしています」

本杉シェフが、小麦の言葉をここまで繊細に聞き取ることができるのは、小麦との向き合い方の深度が、普通のパン職人とは異なるからだろう。
いくつかの小麦粉をブレンドする、小麦粉1袋1袋の微妙な性質を感じ取って生地を作る。
そうしたことは、優秀なパン職人なら誰しも行う。
ムール ア・ラ ムールの場合、方程式の変数はもっと多い。
雨が降るとき、暑いとき、寒いとき、畑で育つ麦野ことを思い、今年の作柄を考える。
その特徴をどうやったら最大限に引き出せるのか、製粉段階から工夫を凝らす。
小麦粉の粗さや、小麦の粒のどの部分まで挽くか、ふすまはどの程度加えるのか。
そして、小麦を生産した農家の人たちの思いまで、パンに込める。

ブランオーレ(160円)
常連客の熱烈な支持を受け、ブノワトン時代と同レシピで焼かれる、ふすま入りのパン。
ヴィヴィッドで素朴な香ばしさ。
ふすまと聞いて想像するよりもはるかに軽やかで、目覚ましい甘さが印象的。
ぷりぷりと粒が弾けるような噛みごたえが心地いい。
噛めば噛むほど強くなる甘さが口いっぱいにふくらみ、草のような野生の風味が入り混じる。

ドイツ産生ハムとクリームチーズのバゲットサンド(290円)
東京で食べるバゲットの味わいとはまるでちがっていると思われた。
とてもあたたかい風味。
皮はしっかりとして風合いがありながら、しなやかで、やわらかい。
噛みしめていくときに快い弾力を感じ、それを越えて噛み破るとき、中身にある小麦味のニュアンスと一体となった具材の味わいを感じる。
かつてブノワトンでは自らハムを作っていた。
自家生産こそやめているとはいえ、意識の高さは変わることがないと、このドイツ産の生ハムを食べて思った。
香り高く、ナチュラルで、舌になめらか。
清らかなクリームチーズと相まりながら、口の中の至るところで、とろけいく快感が同時発火する。

黒い食パン(360円)
すっとする発酵の香り、なつかしい香ばしさ。
舌触りはしっとりとしてしなやか。
ここに麦がいる、と皮が主張をしてくる。
まるでクルミのように味わい深く、香り高い。
その分、やや重たくはあるが、風味の強さと食べやすさという相反するものの葛藤の中で、両者をぎりぎりで両立させている。

農薬、添加物、カロリーの過剰摂取、放射能…。
現代が抱える矛盾を超える未来がやってきたとき、食卓にのぼるのは、こうした素材そのものの味わいを感じさせるパンではないだろうか。(池田浩明)

ムール ア・ラ ムール
小田急線 伊勢原駅
0463-57-3085
神奈川県伊勢原市板戸645-5

10:00〜18:00(売切れ次第終了)
火曜水曜木曜休み

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店主の奥様夏子さんは数年前に高橋さんがお作りになられた湯本の「麦師」で働かれておりました。心が穏やかに見えていて秘められたパワーがありました。その頃は夏子さんの妹さんも助っ人で働いていましたね。数人しかいないパン工房で大変だったと思うんですがそれを顔に出さない、一枚目の写真に写っているようないい表情で接客していました。「ムールアラムール」これからの発展を心から願っております。
from. 長尾章司 | 2013/12/08 22:12 |
長尾様

コメントありがとうございます。
夏子さんの笑顔、ご主人の情熱、本当にすばらしいお店ですね。
新刊『パン欲』でも書かせていただきました。
妹さんも働いてらっしゃったのははじめて知りました。
from. 池田浩明 | 2013/12/13 02:31 |
管理者の承認待ちコメントです。
from. - | 2017/02/18 08:53 |
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