パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
共働舎(立場)

121軒目(東京の200軒を巡る冒険)


障がいを持つ人がパンを作る。
その先駆けのひとつ、共働舎は21年前にスタートした。


「その当時は『知的障がいのある人は考えるなんてできやしない』と思われていました。
『単純作業しかできないよ』と。
一日中ボールペンを組み立てたり、ふきんをたたんだり、そういうことばっかりだった。
そういう仕事はやりたくない、って思ってパン作りをはじめたんです。
自分たちで、作って売って、入口から出口まで押さえられる仕事という意味で。
利用者(障がいのある人)にとっても、パンを作る仕事は単純作業とはよろこびの大きさがちがうと思います。
はっきりと比較できるわけではないですけど、自分が作ったパンがどうなったか知りたくなる。
社会とつながっていることが手に取るようにわかる」(萩原達也さん)


作ったパンは敷地内にあるショップで売られる。
そこでパンを買っていく人、食べる人の顔を見ることができる。
単純作業では、作業所の中で、まるで機械の部品のように仕事をこなすだけで、実際に誰かの役に立っていることを実感することは、特にむずかしい。
それは後述するような、知的障がいの特徴によるものだ。


「教えること自体は、はじめての人に教えるのと変わりません。
ただ、言葉で教えるのがむずかしいというだけで。
口で伝えて、それでもわからなければやってみせて、手の動作を見せて、教える。
パンの仕事は、仕込んで、分割して、丸めて、と毎日同じ仕事。
毎日同じ繰返しをすればいい。
こういう仕事はとても教えやすいのです。
障がいのある人というのは、1+1=2の「=」がわからない。
どんどん繰り返していくうちに、肌に滲み込んでいく。
理解しているかどうかはわからないのですが、ともかくパンができあがってオーブンから出てくると、『パンができたね』ということができる。
それが積み重なっていくと、ひとりで仕事をできるということになっていく」(鈴木康介さん)


(皿も施設の利用者が作ったもの)


「『=』がわからない」とは、因果関係を理解できない、あるいは概念的な把握を苦手にしているということである。
ただ、苦手にしているというだけで、その壁を超えられれば、できることは健常者と変わることがない。
「1次発酵○分」ではなく、実際にやってみることによって示し、繰り返すことで覚えてもらう。
現在、パンを作っている障がい者の事業所は全国数百か所にも及ぶという。
パンは障がいを持つ人の仕事として向いている。
その事実は、パン作りという仕事を理解するために、新しい照明を与えてくれた。


「パンは繰り返しのスパンが短い。
1日のうちに何回も完成品がでてくるので、それを見て覚えることができる。
共働舎の仕事でいえば、園芸なら花が咲く春は10年やって10回しか体験できない。
陶器も焼きあがるまで1カ月はかかります。
パンは、『仕事ってこういうことだよね』『働くってこういうことだよね』と毎日了解しながら作ることができる。
それから、発酵の過程を踏んでいかないといいパンにならない。
自分が気持のいいところで仕事をしちゃダメなんだよ、と。
パンの立場をいつも考えながら、仕事にアプローチしていかなくちゃいけない。
相手の立場に立つという社会性が身につく。
それがパンのいいところ」


これは、障がいのある人にとってだけ当てはまることではない。
手を動かし、生地という現実にいつも触れながら、毎日何度も自分の仕事の結実を目にすることも、食べることもできる。
そして、見方によっては単調ともいえる作業を毎日毎日地道に繰り返す。
それがパン作りの特徴であり、それをつづける才能を持ち、大きな果実を得て生きるのがパン職人という仕事である。


「丸めができなかった人が、毎日練習してできるようになる。
計量は、もともと数字に強かった人が、毎日やっていくうち、ほぼ100%のパンを、計量して、ミキサーにかけるまでの仕込み作業を、ひとりでできるようになった。
個別性(その人の性格)も考慮しながら、得意不得意にフィットした仕事をお願いしていく」
計量が得意な人、丸めが得意な人、成形が得意な人。
それぞれ得意な人にポジションをとってもらって、何人かのチームで、ひとりの職人さんの仕事をやれるように」


一心不乱に生地に向かう人を厨房で目にした。
写真を撮る私に注意を奪われることもなく。
「みんな手を抜きません。
調子が悪いとか、気分がのらなくてどうしても仕事ができないということはありますが、さぼろうとか、作業に飽きて遊んじゃったりとか、そういう感じの手の抜き方はしません」


それだけではない。
普通のパン屋さんを超えるようなことまで、障がいのある人たちが行う。
畑で小麦を育て、自家製粉した粉でパンが作られるということ。
山梨県北杜市の関係施設の畑に鈴木さんが派遣され、まったくのゼロから小麦作りをはじめたのは、8年前だった。
「小麦作りはおもしろくて、意外とはまっちゃった。
近所の農家さんにわからないことがあったらいちいち教わって。
ワインと同じでその年で作柄がちがうし、品種がちがえば、穂の形も、育て方も、味もちがう」


3年目に共働舎に戻り、車で1時間の距離にある秦野市に自前の畑を備えた。
施設の利用者が通って、小麦を育て、刈り取り、実った粒は施設内の石臼で製粉まで行う。
小麦を作るようになって、パン作り自体も変わってきた。


「一連の流れが伝えやすくなりました。
パンを作ってるスタッフも畑にいって、『これが実ってパンになり、食べられるんだよ』って教えることができる。
『小麦っていうものがあってね』と言葉で伝えるのとはぜんぜんちがって、かなり大きな差になる」


小麦からパンを作ることのメリットはそれだけにとどまらない。
「小麦作りは知的障がいのある人にすごく向いていると思います。
小麦を作ることで、福祉関係だけでなく、ちがう業界との付き合いがすごく増えてきた。
障がいのある人が、農業で働くことを試す、大きなチャンスを得ました。
利用者を農家さんに派遣して、いっしょに働いていただく。
なんかあったらすぐ戻してくれていい。
そういう敷居の低さがないと、障がいのある人が社会に進出することはできない。
一定規模以上の事業所には、法定雇用率以上に障がい者を雇うことが求められますし。
うちでもっているノウハウを利用してもらえるとありがたい」


土や植物という自然と向き合い、障がいのある人と小麦作りを通じてともに働くことで、生きる力を得る人たちがいる。
「農業関係は今後、障がいのある人の活動として、大きな期待が持てます。
最近、ひきこもりのような方が、ボランティアとしてうちにきてくれたりすることが増えてきて。
そういう方の活躍の場として、農業というフィールドは魅力的です。
障がいのある人たちって、基本的に付き合いやすい。
裏でなに考えてるんだろうとか考える必要がない。
おじさんだったり、すけべだったりということはありますが(笑)、考えを隠し持つということがないし、構えはない。
だから、精神のバランスを崩している人にとっては、ほっとするところがあります」


障がいのある人は付き合いにくい、怖い、というイメージを多くの方が持っておられるかもしれない。
私もそうだったが、一度、施設に遊びにいく機会があって、そのイメージは一変した。
私はどう付き合っていいかわからなかったので、ずっと黙って彼らのことを見ていたのだが、「生きているのになにもしゃべらない変な人」というキャラを私に与え、ありのままで受け入れてくれたのだった。
気を使うことも、気を使われることもない、実にすがすがしい体験だった。
障がいのある人の社会参加は、彼ら自身にとってももちろん、あらゆる人にとって得るものが多いのである。


そして、障がいのある人の小麦作りは、国産小麦をも活性化させるかもしれない。
食糧自給率アップの掛け声とは裏腹に、生産量はなかなか上昇しないのは、外麦と比べ価格競争力が低いからだ。
障がいのある人が小麦の生産や、製粉に携わることによって、国から補助が得られる。
そのために生産コストを下げられて、価格競争力を高めることができる。
また、農家の高齢化のために、担い手がどんどん減って、日本の農業の危機が叫ばれている。
障がいのある人の農業への参加は、そうした現状を打開し、食糧自給率のアップにも役立つ。


mugiげんこつパン(100円)

自ら育て、製粉した、「ぼくらの小麦」を30%配合したのが、mugiシリーズ。
げんこつパンはシンプルな食事パン。
皮に、麦を炒ったものをそのまま嗅いでいるような、強い香ばしさがある。
「石臼挽きの小麦はどうしてもふすまが入ってしまいます」
というせいか、小麦の風味は強く、あたたかい。
弾力があって、噛み切る瞬間、むちっとして、スモーキーなほど濃厚に小麦の味わいが押し出してくる。


(利用者によって焼き上げられた陶器。作り手の個性はありながら、規格が統一なので、重ねることができる)


「櫛澤電機さん、加藤晃(ベーカリーアドバイザー)さんとお付き合いさせてきたので、いろいろなアドバイスをいただくことができました。

経験者の職員がいない中、最初はまずかった。
歯が折れるようなパンができたり(笑)。
発酵状態を確認したりという、細かい感覚の部分は、支援の手が必要ですが。
夢としてはどんな人でもできる方法を見つけたい。
今年のチャレンジドカップは、支援者なしのチームで応募しています。
ここまできたのは21年ではじめてのことです」


櫛澤電機はパン焼き窯のメーカーで、「パン屋さんよろす相談室」を主宰するなど、まったくの初心者でもパン屋を開業し、人気店にするノウハウを持っている。
加藤晃さんはプロ向けの講師として活躍するなど一流の経歴を持つ。
さまざまな人たちの支援もあって、いまでは普通のパン屋さんとそん色のないパンを焼けるところまできた。
なににもまして、それは脇目もふらずパンを作りつづける毎日の積み重ねのたまものである。
私はたくさんの希望をここで目にした。(池田浩明)


共働舎(SHOP花郷)

横浜市営地下鉄 立場駅
045-802-9966
横浜市泉区中田西1-11-1
10:30〜17:30
土曜日曜祝日休み


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#121
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かしわで

経験で身につける。

ほんまもんの職人ってやつだね。
from. かしわで | 2011/10/29 09:18 |
障害を持つ子どもと、時間を過ごす仕事をしてきました。今も時々してます。(来月も予定がはいってます。)
健常児と言われている子どもと、障害を持つ子どもの線引きって、何かな?って思うことありますよ。みんな得手不得手ってありますよね。
発達障害と言われている子どもたちの中には、味覚に偏りがある子がいます。でも、それってこだわりの味覚と思えば、仕事に活かせる凄い能力なんじゃないかな?って思います。

ディスアビリテイ(能力障害)・インペアメント(身体的不全、機能刑能障害)・ハンディキャップ(社会的不利)と、先進国では、区別されてる事が、日本では、全てハンディキャップですよね。

健常の人に色々な人がいるように、世間で障害って言われてる人にも当たり前に色々います。

目黒区のしいの美社で、パンを作るのを目標にしている、いわいる障害児の未来を応援したいです。

美味しいですよ。


from. あーちゃん | 2011/10/29 16:50 |
あーちゃん様
そういうお仕事をなさっていたんですね。
ディスアビリテイ・インペアメント・ハンディキャップの区別は、僕も勉強不足で知りませんでした。
障害者とひと色で分けられる人たちが実は全員ちがった個性を持っているというご指摘は、当たり前のように思えてすごく重要だと思います。
私たちはみんな個性を尊重されるべきだと思うし、尊重されたら誰だってすごい能力を発揮できるはずだと思います。
この方面でもパンがこんなに役立っているということに、感動を禁じえませんでした。

かしわで様
言葉ではない了解の仕方ってありますよね。
そのほうがむしろ大事かなと思います。
from. 池田浩明 | 2011/10/30 10:21 |
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