パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ロワンモンターニュ(王子)
130軒目(東京の200軒を巡る冒険)

この店は誰もが気さくに入れる地元密着のベーカリーである。
「食べづらい」とよくいわれる、天然酵母・国産小麦のパン屋に、お年寄りから、サラリーマン、主婦まで、ご近所の幅広い客層が詰めかけている。
ハード系も、食パンも、あんぱん、カレーパン、デニッシュも。
どれも、イーストとまったく遜色なく、食べやすい。

ごった返す昼時の店内で、丁寧にひとりひとりの客に挨拶をする遠山広シェフの姿があった。
たくさんの従業員を率いる老練のシェフが、自ら品出しをし、率先して「いらっしゃいませ」と声を出し、厨房に戻ってはすばらしい速度と確実さで成形をこなしていた。

「ここは私の地元なんですね。
自分の技術を地元の方に、ちっちゃいお子さんにも食べていただく。
安心・安全、おいしいものでなくちゃ。
よく有名な料理人の方が『愛情をこめて』とおっしゃる。
そういう考え方でけっこうだと思います。
添加物は使わず、異物混入ないかどうかも、細かいところまで神経を使って。
自分の子供だと思ったらそういうの食べさせられないじゃないですか」

「うちの仕事はホテルスタイルです」
と遠山シェフは胸を張った。
ロシアから招かれ、帝国ホテルに最初のベーカリー部を作ったイワン・サゴヤン。
その弟子で、ホテルパンの父と呼ばれた福田元吉。
福田門下のパン職人がシェフを務めていた、ルノートルなどで修行を積んだ遠山シェフは、イワン・サゴヤン以来の伝統を受け継いでいる。

「ホテル系統かどうかは仕事でわかります。
ストレート法、押し丸めの仕方。
普通は丸めるとき手前に引いてくるでしょ。
ホテル系統では押して丸める」
押すか、引くか、これはひとつの例にすぎない。
受け継がれた仕事の流儀は、有形無形問わず、あらゆる影響を与えるだろう。

白神(280円)
まっすぐなパンだった。
塩と水と国産小麦と酵母。
白神こだま酵母がほんのりと野性を漂わせながら、やさしく香る。
小麦味はじわりじわりと忍び寄ってくる。
いまくるかいまくるかと思うと、もうそこにいる。
おだやかだが、きらっと光る。
ごはんを口にしたとき、淡い甘さが、噛んでいるうちに思わぬ甘さを獲得しているのによく似ていた。
皮はぱりっと薄く、しなやか。
微妙に引きのない、ふわふわの中身。
なにもかもが急ぎすぎず、日常に寄り添っている。
いくらでも強く、濃くできるものを、あえておだやかなものに抑制している。
そういうやさしさがこのパンにはある。

伝統的なストレート法による、みずみずしく、軽やかな味わいこそ、ホテルスタイルの仕事の特徴ではないだろうか。
ロワンモンターニュと同じくJPB(福田門下の集い)に属する、明石克彦シェフのベッカライ・ブロートハイムなどの名店とも共通している。

「いまのパン屋さんはパンをおいしくしすぎている。
みなさん技術が上がっている。
いまのお店は、液体のサワー種を使って、ぶどうから起こした種を入れて、イーストも入れる。
複合的な味はそれはそれでいいと思います。
私は、パンは味が濃くなくていいな。
ナチュラルな発酵でいい。
他のもの、おかずなどといっしょに召し上がっていただいても、パンが味を邪魔しないような」

2001年のオープンから白神こだま酵母と国産小麦にこだわる。
食事パンでも、菓子パンでも、どのパンを食べても、国産小麦の味わいをしっかりと、まったりと感じる。
癖のない白神こだま酵母によって、決してあざとくなく、まっすぐに、国産小麦のやさしさが引き出されている。

「天然酵母にも、フルーツから起こす種や、ホシノ酵母、あこ酵母、いろいろある。
その中から自分の製法にあったものを選びました。
天然酵母のイメージといえば、硬くて、重くて、すっぱくて。
それじゃ商売としてむずかしい。
白神こだま酵母は、華やかで甘い香りがあって、皮も薄くて、数日間おいしく召し上がっていただける。
しっとりと、やわらかく焼ける。
日本人の味覚はそういうものを好むんですね」

白神こだま酵母は、秋田県の白神山地で小玉健吉博士によって採取された酵母菌を元にしている。
さまざまな長所のひとつは、トレハロースを普通の酵母の5、6倍も作ること。
トレハロースは甘味料として使われるように甘く、化粧品として使われるように保湿効果がある。
だから、ほんのりと甘く、しっとりしたパンが焼ける。
いつまでも食べ飽きることのない、炊きたてのごはんの味わいは、遠山シェフが目指すところのものだ。
国産小麦と白神こだま酵母の組み合わせは、その理想に限りなく近づけてくれる。

「国内産小麦は外麦に比べてグルテンが少なく、でんぷんが多い。
でんぷんが多いともっちり感が強い。
これも日本人好みなんですね。
ライ麦も北海道産はすごく食べやすいし、すべて国産のものは、チーズでもワインでもコクがないでしょ。
日本人のDNAに訴えかけるのかな。
炊いたごはんの感覚好きなのかな。
炊飯器あけたときの、いい香り、いいつや。
なんか食べたくなる。
麻薬みたいに。
国産小麦のパンを毎日食べるのは小さな贅沢。
米だとこしひかり100%にみなさんこだわるのに、なぜパンは外麦でも気にしないんだろう」

グルテンが少ないとパンがふくらみにくいので、ふわふわのパンを作ろうと思えば国産小麦はマイナスである。
だが、白神こだま酵母の発酵力はそれを見事に補う。
遠山シェフは売り場から食パンを持ってきて両手でそれをはさみ、あらん限りの力で押しつぶした。
角食パンは厚切り1枚分ぐらいまで薄くなったが、手を離すとむくむくとふくらみ、完全に元に戻った。

「タンパク量が少ない日本の粉を使っているのに、潰しても戻っちゃう。
研究者の人とお話ししたとき、グルテンは鉄筋で、でんぷんはコンクリートだと。
白神こだま酵母で作ると、グルテンのネットワークがきれいにできて、酵母のガスが保たれる。
その隙間にでんぷんのコンクリートがしっかりと入っているから、鉄筋コンクリートのように強いんですね」

カレーパン(キーマカレー)(170円)
「白神こだま酵母だと生地を揚げても油が滲みこまないんですよ」
遠山シェフの言う通りだった。
カレーパンの、あの厚めの生地の本当の意味が、このパンを食べてわかった。
油に触れた表面だけ強く焼かれ油が滲みて、小麦の味わいがマックスに引き出される。
一方、その数ミリ内側の白い部分は、おっとりと純粋な、白い小麦の味わいをうつくしく保って、かりかりの皮と、もちもちの中身が鮮明なコントラストを描く。
…実は、そんなことをじっくり味わっている余裕はない。
スパイスは爽快に、舌一面をぴりぴりさわさわと刺激し、肉の旨味とコクは怒濤のように襲う。
カレーが溶けたあと、図ったように訪れるひときわ強い甘さによって辛さは一挙に癒される。

運命の石(160円)
おいしい小麦でパンやお菓子を焼くよろこびがこのスコーンには満ちあふれている。
甘さが刺さない。
向こうが透けて見えるような薄布を宙へ放り投げたように、ふわりふわりと舌の上へ落下してくる。
粉の粒が崩れ、微細な粒へ分かれ、じゅわっとやさしい甘さを滲みださせる。
その様がこよなく可憐である。
小麦のあたたかさの中で、ときどきクランベリーの小片が甘酸っぱさを光らせる。
それさえ、はちみつに漬け込まれ、舌を驚かせるところは少しもないのだ。

「口の中でぼろぼろっと崩れるようにスコーンを作ってるんですよ。
粉がすごくいいから。
うちのはみんな、お菓子じゃなくて、おやつね。
パン屋が背伸びしてもしょうがない」

どの菓子パンを食べても甘さがおだやかなのは、花見糖を使用しているせいでもある。
「グラニュー糖みたいに甘さがすかっと切れて、メープルシロップみたいなフルーティな香りがあります」

クロテットクリームというものを教えてくれた(ロワンモンターニュで売っている)。
「あれつけて、スコーン食べると絶対おいしいですよ」
といいながら、食べる瞬間を自分で想像して、相好を崩す。
自分のことを食いしん坊だという遠山シェフはさまざまなおいしいスプレッドも店内に集めている。

食べ歩きが大好きだというだけに、カレーパンのフィリングも、カツサンドのカツも、ホットドッグのウインナーも本当においしい。
おいしいもののこと、小麦のこと、パンのこと。
それを語るときの遠山シェフは本当にうれしそうで、話はいつまでも止まることがない。

パン作りは激務である。
ある年齢に達すると厨房を離れ、経営者に徹する人も多い。
遠山シェフは現場に立ちつづける。

「生地を触るのが好きなんでしょうね。
作る楽しみを忘れてしまうと、お客さまに自分の思いが伝わらない。
感動が伝わらない。
お客さまによろこんでもらうために作っている。
『おいちゃん、またくるよ』『おいしかったよ』。
そういっていただくのが、いちばんうれしい」

実は、遠山シェフが窯前に立つことはない。
厨房の中で、シェフの立ち位置は常に決まっている。
「麺台(成形などをする場所)が司令塔なんです。
仕込み、窯、ぜんぶ見える。
『これどうなの?』って話がすぐできる。
スタッフ本人は一生懸命でも気がつかないことはあります。
だから、『捏ね上げ温度1度ぐらい上げてね』とか、『丸めを強めにやってね』とか。
やな奴がいるとみんな緊張してやるでしょ(笑)」

熟練した感性は、音を聞いただけで、まるで見ているように生地の状態を把握する。
「ブリオッシュは特に『ミキサーの音を聞け』って言われる。
音の変化で生地の状態がわかる。
最初はやわらかいので生地がミキサーの容器の壁に当たる音がしているけど、そのうち固まってくると中心に集まって、当たる音がしなくなる。
それからまたグルテンができると伸びがよくなって、壁に当たる音がしてくる。
音でどれぐらい捏ねるかの加減がわかります」

ロワンモンターニュのどのパンでも、国産小麦の軽やかで、繊細な風味が絶妙に引き出されている。
だから、遠山シェフの話には大いにうなずけるところがあった。
「オーバーミキシングって外麦(外国産小麦)だとならないですね。
反対に、国産小麦はキャパが狭い。
30秒捏ねすぎても生地の状態が変わる。
うちの子たち、外麦を使ってるパン屋さんなら、鼻歌まじりにできるでしょうね。
国産小麦は水を吸わない。
生地が硬めでもあとでだれる。
それを計算しないといけません。
そば屋みたいなもんです」

そばの味やのどごしは水分量の微妙なちがいで決まる。
それと同じように、繊細な国産小麦は、捏ねる時間も、水分量も、最適な分量の幅が狭い。
だから、細やかな気配りと技術が要求される。
それを毎日、全種類のパンでやってのけることが、ロワンモンターニュの誇りである。(池田浩明)

JR京浜東北線/東京メトロ南北線 王子駅
03-3900-7676
9:30〜18:30
日祝、第2・4土曜休み

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