パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
福島の小麦は安全か?
日々パンを食べる者として知りたいことがある。
いま国産小麦は安全なのだろうか。
それと表裏の関係にあるもうひとつの問題も訊ねたかった。
私たち消費者が放射能の入ったパンを拒否するとき、東北の人たちはどのような影響を受けるのか。
福島県郡山市の製粉会社、阿部製粉社長の阿部晃造さんに訊いた。

12月20日、食品に含まれる放射性セシウムの新たな規制案が厚生労働省から発表された(来年の4月から施行)。
小麦粉は現行で500ベクレル以下だったのが、新規制値では100ベクレル以下とより厳しくなった。

「国が安全な基準を決めてくれるのはいいけど、現実はそうなってない。
市場はND(不検出)じゃないと受け入れてくれない。
この前、明治の粉ミルク(ステップ)から30ベクレル検出されて問題になったように、検査してNDじゃないとおおかたの人は買ってくれません。
小麦の場合、全体の85%を占める外麦(アメリカ産、カナダ産、オーストラリア産)はもちろんND。
問題は内麦(国産小麦)で、放射能が検出されているのは、国内産でも、福島、茨城、栃木、宮城の一部に限られる。
新しい基準では、穀物は100ベクレル以下ということになったわけだけど、50ベクレルでも買っていただくのはむずかしい。
この前もあるところで学校給食の話になり、給食に使う食材はすべてNDじゃないとだめだと。
国が決めた基準があってもないのと同じことになっている。
従来の500ベクレル以下に比べたら100ベクレル以下というのは相当厳しい基準です。
野菜は多少の放射能があっても買ってもらえるが、やっぱり小麦だとそうはいかない。
小麦や加工食品の場合、少しでも入っていたら買ってはいただけない。
生鮮食品とちがって、他に買うものはいっぱいあるから。
この前ニュースで、あるショップでは、20ベクレル以下ですといったホウレンソウをみんなが買ってるシーンが出てた。
パンとか加工食品で、仮に正直に15ベクレルって表示して買ってくれるのか」

福島で生産される小麦の量は多くなく、民間に流通しているのは300トンだという。
福島第一原発のすぐ近く相馬地方では、うどんなど向けの中力粉に使われるきぬあずまが生産される。
「平成23年産はほとんどだめでした。
相馬地方はほとんど100以上にひっかかっちゃう」

福島県産のうち、パンに使われるのはゆきちからという品種。
「ゆきちからは会津地方で生産されています。
ほとんどがNDでしたが、中には10ベクレルとか、20とか、30とかという値が出たものもあります」

太平洋岸にある福島第一原発から、会津地方の中心都市、会津若松までは約100キロの距離にある。
原発事故当日の風向きによるものか、いくつもの山脈に隔てられているせいもあるのか、パン用の小麦を生産する会津地方に、放射能は微量しか降り注がなかった。

福島県にある製粉会社に、消費者が厳しい視線を向けるのは当然のことだ。
だからこそ、阿部製粉は国で決めた基準以上の厳しい管理基準を設けている。

「細心の注意を払っています。
県による検査もされていますが、挽く前にうちでも改めて検査をしています。
会津産のゆきちからの場合、ほとんどがNDですけど、なかには10ベクレル、20ベクレルが検出されているものもある。
産地ごとに選り分けて保管して、検出されたものと非検出が絶対混ざらないようにしている。
それぐらいやらないと会社がなくなっちゃう」

「本社・工場では測定器で放射線量を毎日モニタリングしています。
現在、屋外では0.8〜1マイクロシーベルト。
工場の入口で0.2、工場の中は0.1、サイロは0.1」

「いまは22年産の在庫があるので、23年産は挽かなくても間に合う。
そうはいっても、福島という環境の中で製粉してるんだから危ないっていうお客さんもいらっしゃるので、ちゃんとデータを公開できるよう常に検査をしています。
水は自治体が検査しているので、ホームページでいつもチェックしています。
食べ物で商売をしているわけだから、お客さんの不安には答えていかなくちゃいけない。
分析とかの化学的根拠はしっかりしていかないと。
幸い、福島の会社だから取引をやめるというお客さんはいまのところありません」

原発事故以前にも増して、阿部製粉の小麦粉は厳重に検査、保管され、ND以外は出荷されないようになっている。
消費者の立場からはとても頼もしいことだ。
以前、ある大手製粉会社に訊いたところ、放射能の問題に関しては国の基準に従うというのがその答えだった。
自主的な管理体制を敷いている阿部製粉は、誰もが厳しい目を向ける福島の製粉会社であるゆえに、より安全といえるかもしれない。
知っておかなければならないのは、原発事故がなかったとしても、日本人は平均して年間0.41ミリシーベルトの自然放射線を食物から取り入れているということ(ソース。一説に0.8とも)。
自然放射線まで換算するなら「0ベクレル」は幻想に過ぎない。

相馬地方を中心に、売ることのできない小麦が大量にある。
農家にとって大きな打撃にちがいないが、問題はそれにとどまらない。

「農家との約束では500ベクレル以下の小麦は買わざるをえない。
農協さんとも交渉して、(阿部製粉が損失をかぶる事態を)回避するにはどうするかということを、いま会社としてやっているところです。
そもそも以前から100ベクレルという基準が小麦の世界ではあった(農林水産省の指導で、100ベクレル以下のものは製粉して流通させることになっていた)。
100以下なら製粉して問題がないと。
国の方針に従うというのが、阿部製粉の方針でもあった。
500ベクレル以下のものは農家から買って、100〜300はできるものは飼料用にして、300〜500は廃棄処分にするという方針だった。
現状だと、ND以外ならすべて廃棄処分。
だけど、捨てる方法も、埋め立てる場所もないし、燃やすこともできない。
環境省の基準だと、8000ベクレル以下の焼却灰は埋め立てもできることになってるけど、福島の瓦礫を東京で埋めようったって、埋めさせてくれないでしょ」

つまり、500ベクレル以下、少しでも放射能の検出された小麦に関しては、商品として売ることができないので、製粉会社なのか、農協なのか、誰かが損を負わなくてはならない。
また、どのように処分するかに関しては未だ方法がない。
いま東北の瓦礫ですら近所に廃棄することを不安視する住民が多い。
まして、放射能を含む廃棄物の処理となればなおのことむずかしい。
廃棄物の処分方法が決まらないことは、さまざまな分野で復興の足かせとなっている。

「みんなが冷静になってくれないと、福島はたいへんです。
それはうちだけでなく、あらゆる業種がそう。
たとえば、うちがNDでない小麦を加工業者さんに売って、加工業者さんが『それでいいよ』と言ったとしても、加工業者さんの作った商品をNPO法人が独自にサンプリング検査して報道機関にたれこんだとしたら、10ベクレルでも大問題になる。
そういう心配までしないといけなくなっちゃう。
みんな悪意があって問題を大きくしているわけじゃないけど。
例えば粉ミルクの件でも、安全基準以下なので、法令に触れるわけでもないし、回収命令が出てるわけでもない。
だけど、国の基準以下だからといってお客さんが買ってくれるかといえば、そうではない。
ちょっとでも放射能が入っていたら、お母さんからしたら、赤ちゃんに飲ませられないと思うでしょ。
基準なんかはなっからないのと同じなんです」

「農家はかわいそう。
このままでは作ったものがぜんぜん売れない。
早く除染なりして、放射線のレベルが下がってくれればいいけど、相当な時間がかかるでしょう」

「いまのところ大丈夫」という前官房長官の発言が流行語になったように、政府の信用は(こと放射能の問題に関する限り)地に堕ちた。
情報を隠し、問題をなるべく小さく伝え、場当たり的に基準を変え、自分に責任が及ばないような発言に終始する。
政府が100ベクレル以下といったところで、誰も安全だと信用しない。
私もそう思う。
だが、そもそも基準とはなんのためにあるのか。
科学的な根拠に基づいて、安全に生活できるよう、国民の代表であるはずの政府が決めたものではないだろうか。
それは消費者のためのものであると同時に、生産者側の混乱も防ぎ、円滑に経済活動を行っていくためのものであるはずだ。
だが、現実には、有名無実となっている。
1ベクレルでも放射能は摂取したくないと、誰もがNDを求める。
そのつけは誰が払うのか。
東京電力に一義的な責任があるのは疑う余地がないが、すべての責任を積極的に負う姿勢ではないし、自然や心の傷は誰が責任を取ったとしても完全に回復できるものではない。
そうなれば、福島や東北の人たちにつけはまわってくる。
東北の産業が復興しなければ、ひいては日本全体の問題になる。
農業が立ち直らなければ、食料自給率の低下や、田畑の荒廃につながって、私たちが未来を生き延びられるかという問題に関わってくる。
私たちが放射能を含む食品を拒否するのは当然のことだ。
であると同時に、拒否した場合、福島や東北はどうなるのか、ということも同時に見ていきたい。

阿部さんは、放射能の問題に直面する食品会社の経営者であると同時に、もちろん大地震や原発事故の被災者であり、被災した郡山の様子をつぶさに見てきた。
「もちろん原発事故は東京電力が悪いけど、いつまでもそれ言ってたら立ち上がれないよ。
早く立ち上がらないと、福島県がおかしくなってしまう。
みんなボランティアで除染活動をやってますけど、学校や公園や通学路と細かくやっていけば必ず放射線の数値は下がる。
国がやってくれるの待ってたら遅い。
こんな目に遭うのは、俺たちだけでいい。
日本中でこんなことが起こったら、この国は終わりだよ」

「地震のときいちばん役に立ったのはパン。
パン屋さんに電気と水さえくれば、窯が動けば焼ける。
パンができれば長蛇の列ができた。
当時、粉を持ってこいって連絡があるのも、みんなパン屋さん。
リテールベーカリー(地域にあって店舗内に厨房を持つパン屋)が大活躍だよ。
ホールセール(工場で生産したものを各地のスーパーや小売店で売るパンメーカー)は、車が動かないからだめだった。
山崎パンさんも震災の3日後から。
3月、4月まではパンが大活躍だった。
パンは調理しなくても食べられる。
パンって災害のときに重要だよ。
町にひとつはパン屋さんがあるべきだと思う」

暗い夜道でパン屋に明かりが灯っているのを見るとほっとすることがある。
粉からパンを焼く手作りのパン屋が町にあることは、有事のときに、私たちの生命を守るライフラインになることを、地震の経験は教えてくれた。
もちろん、パン屋に原料を供給する製粉会社も、小麦を生産する農家の存在も同様である。

阿部社長はいう。
「来年度産も農家と契約はします」
それは経済的なメリットを追い求めるだけでは出てこない決断である。
今まで培ってきた農家との絆を守ることでもあるだろう。
福島の人たちがそうした努力を日々行っていることは、忘れずにいたい。(池田浩明)




にほんブログ村 グルメブログ パン(グルメ)へ panlaboをフォローしましょう
(応援ありがとうございます)


JUGEMテーマ:美味しいパン
パンの取材 comments(0) trackbacks(0)
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: トラックバック機能は終了しました。
<< NEW | TOP | OLD>>