パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
カンパーニュを伝えた男 ピエール・ブッシュ【職人インタビュー 007】
1981年、日本ではじめての自家製酵母種パン専門店であるルヴァンを創業。
1985年、オーガニック原料の輸入と、国産小麦による自家製酵母種パンを手がける(株)ノヴァを設立。
現在はベーカリー部門を閉じ、酵母の研究にいそしむ。


「日本のパンの歴史。そのパズルの中に大事なピースがない。
このままでは永遠にパズルは終わらない」

いま自家製酵母のパンはさまざまな場所で見かけられるものになった。
だが、この人がいなければ、現在の隆盛はなかっただろう。
ピエール・ブッシュ。
フランスから、パン・ド・カンパーニュを伝えた男。
彼のプロフィール、日本で最初の自家製酵母パン専門店であるルヴァンを設立するまでの経緯を知るには、単行本『パンラボ』からの引用を読んでいただくのが、もっとも早い。

(引用はじめ)
1975年。
ひとりの若者がヒッチハイクで4ヶ月かかつてフランスから日本にたどりついた。
ピエール・ブッシュはオーガニックレストランを営み、マクロビオティックを実践していた。
味噌や醤油など日本の伝統的な発酵食品を学ぶためやってきたのだった。
当時の東京にはすでにあらゆるパンがあった。
食パン、菓子パンはもとより、フランスパン、ドイツパン…。
たったひとつだけ、大事なパンがなかった。
自家製酵母種を使った伝統的な製法のカンパーニュ。
パンの歴史の原点に位置する、もっとも素朴で、基本のパン。

「なぜ私がパン屋になったかというと、フランス人で、外人だから?
パンが好きだから。
探して見つからないとなると、
食べたいパンを自分で作るしかなかった。
すべての基本はカンパーニュ。
当時、日本にパンの土台がないと強烈に感じました。
パンというパズルの中に大事なピースがない。
このままでは永遠にパズルは終わらない」

1978年、2度目の来日のとき、小さな電動石臼を持参した。
全粒粉の自家製酵母パンを主食にしていた彼は、まず、全粒粉を探したが、自然食品店にもなかった。
当時、小麦の粒は、自由に市販することが法律(食料管理法)で許されていなかった。
伝手をたどって農家から買った麦を石臼で挽き、カンパーニュを焼いた。
70年代まで、フランスでも自家製酵母は下火になっていた。
人びとはバゲットなどイーストで作られたパンを食べていたが、オーガニックブームが起こって、自然食品店や有名レストランで求められるようになった。
だが、当時住んでいたプロヴァンス地方に彼の求めるカンパーニュはなかった。
自分の店で出すパンを、400キロ離れたところまで、買いに行った。
そのパン屋が薪窯で焼くさまを目に焼きつけ、手本にした。
水分たっぷりでうまく扱えないほどの生地。

「身が詰まったパンや重いパンはよく出回っている。
しかしパンは穴(気泡)が空かないと…。
穴が空くには元気な酵母種が大事だし、それだけでなく水も重要。
たくさん水が入ったほうがグルテンがやわらかくなってのびやすく、小麦本来のおいしさを引き出す」

パン作りの根拠にしたのは、350年前の農学書。
高校のとき、骨董好きの友人が農家でみつけ、なぜか彼に渡した。
その本の内容に彼は釘づけになった。
「フルーツからもパンが作れる」
それからレーズンで自家製酵母を起こす作り方に取り組むようになった。
1981年、日本で最初の自家製酵母パン専門店ルヴァンを設立した。
その直前、彼は帰国した。
パリでたった1軒、何代にもわたって、昔ながらの製法でカンパーニュを焼きつづける、リオネル・ポワラーヌに挨拶するために。
「あなたのパン、大ファン。私は日本でカンパーニュを広めます」
ポワラーヌはいった。
「遠い日本でもパンのルーツであるカンパーニュを作れるなんて! こんなうれしいことはないよ」(引用終わり)

「カンパーニュは私にとっての『飯』だから。
これがあればあとはなんにもいらない」

インタビューは、栃木県那須塩原にあるピエール・ブッシュの自宅で行われた。
「ここが私のパンラボです」
と、彼は自分の工房を紹介した。
パン屋を畳み、現役から退いたあとも、日々、自分や家族、友人のためにパンを焼く。
よりよいパンを求めての実験、挑戦である。

「いつも同じ量で焼きます。
そのほうが比較しやすい。
配合だけじゃなく、発酵時間など、すべて記録します。
きのうはこうなってた、きょうはこうなってたと。
原因をつかみたい。
種がすべて。
種によって、風味は決まっちゃう。
酵母がすべてだからね。
種をちょっと失敗したら、ごまかしはできるんだけど、わかる人にはわかる。
パンにはなったけど、目指してるパンとはちがう。
種がしっかりしてれば、あとはよっぽど失敗しなければ、いいパンになる」

ピエール・ブッシュは、自作のバゲットカンパーニュを、こういいながらふるまってくれた。
「これは、私にとって『飯』だから。
いつもこれ食ってるんだね。
いつも同じパンしか食べない。
オリジン(原点、基礎、元、源)のパン、基本のパンね。
あとはなにもいらないもん」

私はそれを夢中になって食べた。
味わいは充実して、とても豊かだが、風味も食感もあたたかく、尖りはない。
酸味はかすか。
たしかに、たくさんの気泡のせいで重さはほとんどなく、軽さの裏側にはめまいがするような複雑さがあった。
香ばしさ、発酵の香り、全粒粉の濃い味わい、あらゆるものがじわじわと滲みだし、移ろっていく。

(ブッシュ氏の振る舞った、バゲットにゴマペースト、納豆、チーズのタルティーヌ)

「発酵とは、命が宿っていること、酵母菌が生きていることそのもの。
毎秒変化していく、発酵の魅力、不思議さ」

ピエール・ブッシュは自らの焼くパンを、「オリジンのパン」と呼ぶ。
それは人類がいちばんはじめに出会ったパンと同じものだという意味が込められている。
ファラオ時代のエジプトで、放置した生地が偶然ふくらんでいるのを見て、人がはじめて発見した発酵の奇跡。
彼はパンを焼くたびに、その原点を現出させようとする。

(人類最初のパンをブッシュ氏が再現したもの)

「私の焼きたいパンは基礎のパンだ。
ナチュラルなこと、オーガニックにずっと関心を持っていたので、そういうパンを大事に思うようになった。
日本でとれた小麦を使ってそういう素朴なパンに親しんでもらえたらいいな。
基礎のパンには生命力が満ちあふれている。
酵母菌が命そのもの。
毎秒、変化していく発酵の魅力、不思議さ。
ほかの発酵食品と比べて、変化の進み具合がパンはできあがるまでが速いから、ある意味ではわかりやすい。
パンだって、種ができるまでは数日間かかるけど、発酵にもっと時間を要する食品もある。
味噌、しょう油、ワイン、日本酒。
味噌は、半年、1年、2年。
パンは短期間ですべてのプロセスがものになっちゃう。
私みたいなせっかちな人は、すぐ結果が出るから合ってるね(笑)」

味噌、しょう油、納豆、漬け物。
滲みわたるようでも、安らぐようでも、取り憑かれるようでもある、発酵食品の魅力。
かつて、イーストのパンしか知らなかった日本人は、パンもそれらと同じであるという視座が欠けていた。
そのことを、彼は「土台がない」と表現しているのかもしれない。

イーストの大量生産に成功すると、人は発酵という神秘にますます介入するようになる。
「イーストはパン用酵母菌を集めたものです。
その酵母菌は自然なもので、自然界ではほかの菌や微生物とともにいます。
しかし、研究室において酵母菌だけ集めるには、まず抗生物質を使って他の菌を殺し、単一の酵母菌だけを選んでえさを与え、培養して、クローンのように増やしていきます。(註1)
工場でイーストを生産するとき、培養地はモラセス(砂糖を精製するときに発生する糖蜜)でナチュラルのようだけど、そのほかにもリン酸、チッ素、栄養剤などもしっかりと入れるようですね。(註2)
たしかに、そうした純粋なものを与えれば酵母菌はたくさん増える。
でも、完全に純粋なものって、本当は自然界にはないんですね。
自然界では色々な菌が家族のようにいっしょに生きている。
化学肥料や農薬をやると土が荒れてしまうように、もしかしたら菌の世界でも、自然が整えたバランスを崩したらなにかが荒れてしまうのではないでしょうか。
お米だって、精米されるときに、命の入っている芽を取って、ぬかを取りのぞく。
小麦を製粉することも同じ。
分解して、分けた上で、使いたい部分だけ取って、純粋にする。
人間の頭の中に、純粋だと安心するという、なにかフォルムのようなもの(思考のフォーマット)があるんだね。
人間の心理の中にそういうものがあるんだと思う。
科学的に純粋だから、ミスがないかぎり、イーストはいつもパンの作り手の思った通りに動いてくれる。
一方、自家製酵母というのは、ひとつのものだけを育てることができません。
全体を活かして培養するんだから、酵母菌だけではなく、乳酸菌など、いっしょにいる微生物も育つ。
発酵というプロセスにおいて酵母菌は中心的な働きをもっています。
しかしそれだけでなく、他の菌の複雑な働きの影響を受けるため、できたパンに豊かな味わいや深みのある香りが加わる」

科学は、本来分けることのできないものを分けた。
「ふくらむ」という見た目の現象だけに着目して、見えないものを切り捨てた。
たとえば、乳酸菌は必須アミノ酸など人体にとって極めて有用なものを作り出す。
発酵の生み出す、そうした目に見えない作用まで、イーストの普及は失わせることになった。

「酵母菌と乳酸菌のバランス、それがパン作りの醍醐味。
種はすべてなんだよ。自由に遊べたらとても楽しい」

ピエール・ブッシュが、「パンのすべて」と呼ぶ種づくり。
古代以来の長い経験によって培われた技術は、イーストの登場によってパン職人にとって必須のものでなくなり、発酵を待つ長い時間からも開放された。
だが、本来パン職人の仕事とは、種を作り、種を育てるという作業からはじまると彼は考える。

「自家製酵母の場合、乳酸菌が増えやすい。
乳酸菌は他の雑菌の繁殖を防ぐから、酵母菌を他の雑菌から守る。
酵母菌の力をより高めながら、乳酸菌も活かしたい。
酵母と乳酸菌のバランス、そこがポイントだね。
乳酸菌の働きを抑えて、酸味の少ないパンも作りたい。
逆に、カンパーニュの場合は、乳酸菌がまったくなくても物足りない。
パンの種類によって種の個性のバランスをとることがとってもむずかしいけれど、反面それがパン作りのおもしろさ。
ドイツ人は乳酸菌の働きをよく活かしている。
ある程度酸っぱいほうがライ麦パンはおいしい。
ものによるんだね。
現在、日本の多くの自家製酵母パン屋さんではどの種類を食べても同じような味がするように感じますが、それではものたりないのではないでしょうか。
いろんなバリエーションをそろえるのはパン屋の腕だと思う。
たとえば、パン屋さんは3種類の種があればさらにバリエーションを増やせる。
ひとつは乳酸菌の働きがとても弱い種で、酸味のない菓子パンもできる。
もうひとつは、発酵力がしっかりとありながら、乳酸菌の働きも活かして静かな酸味の出来るパン。
また乳酸菌の働きをしっかりと活かした種は、個性的で酸味のきいている通好みのパンになる」

「種はすべてですよ」と、ピエール・ブッシュは何度も繰り返した。
彼がかつて営んでいたNOVAベーカリーも、何種類かの酵母を使い分け、さまざまなパンを作りだしていた。
単に副素材を混ぜ込んで目先を変えるのではない。
発酵の神秘によって、小麦の味わいを存分に引き出し、あるいは発酵の風味を加えて、単にあれとこれを組み合わせるというものを超えた、複雑微妙な味わいを提供すること。それがパン職人の本当の仕事だと、彼は言おうとしていたのではないか。

「いま、大規模なパン屋、大手メーカーで、なにを目指しているか。
イーストが飽きられたところがあるので、酸味も入れたいと思っている。
ドイツのサワードゥ(サワー種)が市販されていて、最近みんなが隠し味として入れたがってる。
いいことだね。
種はすべてなんだよ。
種のオリジナリティで自由に遊べたら、とても楽しい仕事」

「焼き上がったパンを見ているときの満足感がなんともいえない。
豊かというか、かっこいいんです」

ルヴァンのあと、ピエール・ブッシュが設立したのが(株)ノヴァ。
ベーカリー部門はいまはすでにない。
「1999年の8月に閉店しました。
それまでは自分でパンを焼いていた。
もともと身障者です。
体が持たなくなっちゃった。
つづけてたほうがよかったとたまに思いますよ。
いまでも厨房に立つと楽しくてしょうがないもん。
体はくたくたになるけど。
焼き上がったパンを見ているときの満足感がなんともいえないですね。
自分のスタイルは、種類は少なく、1種類のパンを100個どーんと作ること。
それが並んでると達成感がある。
豊かな気分になる」

それを言う彼は、実に幸福そうな微笑みを浮かべていた。
きっと脳裏には100個の同じパンが並ぶ壮観が浮かんでいたにちがいない。
そして一転し、彼の表情は、戦う人のように険しくなった。

「作るときだって、大変なんだよ。
必死だよ、時間勝負。
時間との戦い。
想像してごらん。
このぐらいの生地(両手を広げる)4キロ、8つに分けると500グラム。
8個に切る時間、成形する時間、窯に入れる時間があるとするでしょ。
その何倍もの生地、50キロはまるで山なんですよ。
でも、8個と同じように短時間で、凝縮してやらないと。
なぜかというと、発酵が進んじゃうから。
100個というのはスピーディにやらないと。
1個目と100個目でちがってくる。
1個目を(ベストの発酵状態になって)窯に入れるとき、(まだベストまでいってない)100個目も入れなきゃいけない。
それはいけない。
時間との勝負がなんともいえないんだよ。
自分との戦い。
2人、3人いるとすると、呼吸が大事。
ひとつのテーブルを囲んでアイコンタクトだけで作業が進む。
職人の世界、職人の空気ね。
半端じゃないよ。
オーケストラのメンバーといっしょ。
パンという作品、一日の作業という作品をいいものにしたい。
勝負なんだから、ミスしちゃだめね。
その空気がなんともいえないね。
ちょっとタイミングがずれただけで、他の職人の表情に怒りがぴっと出るからね。
みんなができのいいものを作りたいんだっていう、同じ目標を持って。
いい意味での緊張感がとてもなつかしいですね。
パン屋をまた復活したいなと思う時もあるよ」

「白いパンはかつては王様しか食べられなかった。
白を手に入れたい。白という色には特別ななにかがある」

自家製酵母と全粒粉を使ったカンパーニュ。
「パンのオリジン」とは、ひとつの思想である。
パンの歴史は、科学と技術の発達によって、穀物というマクロレベルのものから、酵母や旨味というミクロなものまで、人類が分けつづけてきた連続であると、ピエール・ブッシュはいう。
それ以前の姿、もっともシンプルな素に戻って、すべてを考えようと、彼は呼びかける。

「人間は、本能的にものをより分けたり、組み合わせたりしたがってる動物ではないでしょうか。
パンもそうだし、米もそう。
どこの国や時代にいってもそうだと思うんだけど、人間は、食べやすく、もっとおいしくするために、食べにくいところを取り除く。
そうすると、分けるということになっちゃうんだよね。
小麦粉を挽くと全粒粉ができる。
エジプト時代でも石臼で挽いて、ふるいにかけていた。
ふすま(皮)がふるいに残って、小麦の芯の白いところだけ選ばれる。
お米もそうじゃないですか。
白米のほうが玄米より甘い。
でも玄米をよく噛んで食べたらヘルシー。
ほうきの役目をして、胃腸をきれいにしてくれる。
なんで白米がいいのか、不思議でしょ。
人間には、白=純粋というイメージがあるんじゃないかな。
白、ホワイト。
自分のほしい白を体に入れたい。
昔から人間にとって、白という色には特別ななにかがあると思う。
きれいで、純粋だからなのでしょうか」

フルール・ド・ファリーヌ。
直訳すれば、粉の花。
ふすまを丹念にふるって、ブラウンを完全に取り除いたあとの、目の覚めるような純白の粉を、フランス語でそう呼ぶ。
王侯貴族しか食べられない、権力と富の象徴。
小麦粉だけではない。
米、砂糖、塩。
人は褐色を嫌って、それを取り除くたび、豊かになったと錯覚するが、体に有用なミネラルを実は捨て去っている。

「白いパンは昔は贅沢なもので、王様しか食べられなかった。
農民はふすまを食べていた。
日本だって、農民はおいしいお米を作って、大名に納めた。
雑穀とかふすま、いま家畜のエサになっているようなものは、人間が食べていた。
この苦労を何千年もしてきて、王様と同じものを食べたい、という気持ちが、人間の細胞のどこかにある。
それがこの100年でぱっと手に入るものになった。
私のおじいちゃんは白いパンを食べられなかったんだからね」

「バゲットをみんなが食べられるようになったのは、第1次大戦以降。
真っ白のバゲットを食べると、自分の地位まで上がる。

パン・トラディショネル(伝統的なパン)とも呼ばれる、フランスパン。
その伝統は、数千年を誇るカンパーニュに比べたら、実は最近のことに過ぎない。

「歴史を見ると、第1次大戦が終わってから、経済が豊かになって、白いパンをみんなが食べるようになった。
昔は王様とか金持ちしか食べられなかった。
それを庶民も食べたいって思った。
フランスという国は平等を大事にする。
上と下をなくすという主義。
だから、バゲットをみんなが食べるようになった。
第2次大戦終わってから、田舎まで『バゲットうまいぞ』となった。
バゲットは真っ白。
食べたとき、自分の地位まで上がる。
食べてみたかったものを食べられるようになったんだからね。
60年代になっても、バゲットよりおいしいパンはない、という時代がつづいた」

白い小麦粉、イースト、そしてミキサーが、白くてふわふわのパンを誰もが食べられるようになるための三種の神器である。

「戦争中、機械のミキサーが発達するようになった。
1秒間に1回の回転だけだったのを、1.5倍、2倍の速さでも回せるようになった。
そうすると、同じ生地が軽くなる。
空気が入って、グルテンが出せるようになって。
しかも、酸素が入ると白くなる。
白でふわっと軽い。
ずっと自家製酵母の重たいパンしか食べてこなかったからね。
金持ちになりたい、王様になりたいという、人間のどっかにある欲望を白いパンがくすぐったんだよね。
欲張るから、白が欲しいから。
しかし、それは果たして身体にとっていいことなんだろうか?
いろいろ分けたり、組み合わせたり。
原発といっしょ。
科学的な操作への過度な信仰という意味では、原発と共通する部分もあるように感じます。
人間が進歩のために、さまざまな分野でものをばらばらにして部分的に使ったり組み合わせたりしている。
便利さや、メリット、おいしさがあるように、一時的に感じさせてくれたとしても、倫理的に許されるのか、疑問に思うことがあります

「森に入って、東西南北が分からなくなったとき、どうするか。
最初にやってきたところ、オリジンに戻る」

「原発といっしょ」。
あまりにリアリティのある比喩だった。
栃木県那須塩原市は福島第一原発から約100キロの場所にある。
風向きも手伝って、ここにはかなりの量の放射能が降り注いだ。
彼はガイガーカウンターで放射線量を計ったのち、業者に頼んで除染を行ったという。いま私たちが向かいあっているテーブルから見える外の景色は一見美しいが、実は放射能に包囲されている。夕暮れの薄暗さのせいで、ますますそのように思われた。
たしかに、人類はコンクリートの分厚い壁によって、核と平和な世界を完全に分けられると錯覚した。
だが、フクシマの壁は粉々に砕け散り、分けたはずの放射能は私たちの住むこの自然の中に混ざり込むようになった。
私たちはいま、答えの見いだせないような混迷の中にいる。

「問題があると、元を見直そうという気持ちになる。
このままではもうもたないと。
オリジン、源。
そこには全てがある。
もしかして答えがあるのではないか?」

「旅に出かけたとする。
森に入って、東西南北が分からなくなったとき、どうするか。
最初にやってきたところに戻ろうとする。
ここからきたんだ、元はこれなんだ。
甘くて、軽くて、柔らかいパンが豊富にあるけど、大元、原型、パンの源はこれなんだ。
元を知ったほうが、不安がないんじゃないのかな。
原発もそうだけど、どこにいっちゃうのか、困ったときは、元を見直す。
原点に戻って学習して、またちがうところに行ってもいいし。
すべては元なんですね。
日本に伝わってきたもの、菓子パン、デニッシュペストリー、食パン、ドイツパン。
日本にすべては来たんだけど、それらの元はなんだったんですか。
私が日本に来たとき、それがなかったんだけど、元はカンパーニュだよ。
国によっていろいろな種類のパンに分かれたけど、オリジンはこれだから。
元を感じてもらいたかった。日本でのカンパーニュを食べたかった。
自分だけが大事な情報を持ってちゃいけない。
日本のパンの歴史というパズルの中に、最初にあるべきピースがないじゃないか。
入れてはじめて完成する。
そういう思いでパン屋になりました」

ルヴァンの甲田幹夫は、ピエール・ブッシュの元でパンを焼きはじめた。
ルヴァンから、NOVAベーカリーから、たくさんの弟子が巣立って、自家製酵母のパンは全国どこでも食べられるものになった。
最後のピースはやっと収まって、パズルは完成し、パンの全体像は1枚の絵となった。

たったひとつかみのパン種が生地全体を発酵させ、パンがふくらむように、ピエール・ブッシュの伝えたメッセージ、「自家製酵母のカンパーニュ」は、ますます多くの職人たちに共有され、もっとたくさんの人びとに口にされるようになるだろう。

「僕は種蒔きする人なんだよ。
あとはそれをみんなで育てていく。
すべてが種。
種がなければパンはないからね」





註1
複数の酵母研究者に取材したところ、以下のような回答を得た。

「酵母菌を自然界から分離するとき、雑菌が混じらないような純粋状態で取り出すために、カビなどの雑菌が繁殖しないよう、状況によっては抗生物質を使うこともあります。
このとき使われる抗生物質はカナマイシン、クロラムフェニコールなど」

カナマイシンは人に対する毒性がわずかだが、クロラムフェニコールは骨髄に損傷を与えるなど重大な副作用があり、過去に薬害訴訟も起こっている。

「抗生物質を使うのは最初に自然界から分離するときだけ。
そのあとはクリーンベンチという無菌状態を作る機械の中に入れて、植え継いでいく。
クリーンベンチ内は無菌状態なので抗生物質を使う必要がありません。
何度も何度もそこで植え継いでいくので、希釈されます。
酵母が殖えると肉眼でも見えるようなコロニーを形成する。
そこから少しつまんで、植え替えてまた殖やし…というようにして、単一菌にしていきます。
抗生物質というのは、酵母菌にとって不必要なものなので体外に排出されます。
残っていることはまずありません」

つまり、イーストの製造に使われるのは、抗生物質を使ったときの酵母菌から幾世代も経たあとの菌である。
だが、酵母内に残っていないとしても、抗生物質の影響でDNAが損傷を受けるということはないのだろうか。
たとえば、結核の治療にも使われるストレプトマイシンは、バクテリアのみに作用し、酵母菌や人体には作用しないので安全だとされるが、細胞内のミトコンドリアにだけは影響を与えて、RNAの形成を阻害する可能性がある。

「たしかに、DNAに影響を与える可能性が完全にないとは言い切れません。
しかし、自然界から抗生物質を使って酵母を分離する作業は日常的に行われています。
それは、パンだけではなく、アルコール、味噌、しょうゆ、あらゆる食品分野で利用されている。
それで問題が出ていないことが、逆に安全の例証だといえるのではないでしょうか」

註2
イースト会社に取材したところ、以下のようなコメントだった。
「イーストは、生イーストと、ドライイーストに分けられるということを、まずご理解ください。
現在、日本で作られているのは1社を除いてすべて生イーストで、ドライイーストはフランス製が主です。
弊社の生イーストは窒素・リンを栄養源(培養基質)として製造しております。
イースト=酵母であり、生き物である酵母に『天然』や『人工』『合成』という区別はありません。またドライイーストは乾燥工程を有するため『生鮮食品』と『加工食品』の区別で言いますと『加工食品』に該当いたします」
イーストは砂糖きびから採れる糖蜜(モラセス)を栄養分として培養される。培地に補われる窒素やリンは酵母に吸収され、細胞を形成する有機質となる(化学肥料で育った農作物と同じ)。吸収されなかった窒素やリンは何度も洗浄除去されるので、イーストに付着することはない。商品として販売されるイーストは純粋なパン酵母であり、不純物は混在していない。







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Comment








ブッシュさん、お大事に。こんどの菌は手ごわいから。
ああ、NOVAのパン食べたかったなー。ブッシュさんの事をもっと早く知っていればよかった。今回ばかりは池田さんにジェラシィです。
from. 鉄吉 | 2012/02/09 12:19 |
鉄吉様
ジェラってください。
ブッシュさんのパンって本当においしいです。
日本人の感性ではないようななにかがありました。
from. 池田浩明 | 2012/02/09 17:12 |
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