パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パンと放射能 甲田幹夫の考え
ルヴァンは自家製酵母パンの草分けといわれる。
加えて、もうひとつ画期的だったことがある。
外国産小麦でしかパンは作れないといわれていた、それまでの常識を覆したこと。
製粉会社から買った小麦粉ではなく、国内の生産者から直接仕入れた小麦の粒を自家製粉する。
特に種には全粒粉を用い、白い部分のみならずミネラルや食物繊維に満ちたふすままで用いて、自然から与えられた恵みすべてを体に取り入れる。
国産小麦には、外麦のようにポストハーヴェスト(海外から船で輸送されるときに噴霧される農薬の問題)の問題がない。
だから、自家製酵母+国産小麦のパンは、「健康にいい」と思われてきた。
そのイメージは、福島第一原発の事故以降、変質した。

「揺らいじゃったよね。
スモッグとか、水俣の問題とか、いままでも公害はあったけども、原発事故は日本にとって新しい経験。
起きないようにと思っていても、起きちゃった。
人間が作りだしたこと、人間のおろかさ。
うちは東北のものを使ってるけど、すぐに外国のものを使うって気持ちにならない。
作った人の気持ちをいただいているんだから。
いちばん悩んでるのは生産者だし、暗くなるのは農家の人」

どういう麦を使うかは、パンを作る上でもっとも重要で、基本的な選択である。
ルヴァンでは絶大な信頼をもって、自然農法・有機栽培の農家、栃木県の上野長一さんの麦を長年使ってきた。
その上野さんの小麦から微量の放射能が検出された(過去記事『心の霧』参照)。
今後も使いつづけるかどうか、甲田さんは判断を迫られた。

「ひきつづきうちとしては使っていく方針。
こちらの責任で判断して、お客さんに聞かれたらその通り答える。
来年はまたもっと放射能が濃くなるのか、薄くなるか、わかんないけど、薄くなる希望を持って。
政府の基準(100ベクレル)がいいかどうかわからないし、小さい子供や若い女性は特に心配。
かといって、外国の小麦がいいのかわからない。
国産小麦でも、九州とか影響ないものもあるし、紀州のほうにもルートがあって、それをもらって使ったり」

「大人というか、我々ぐらいの年齢になったら気にしないけど、子供はかわいそう。
10年、15年それぐらい経ってみないとどうなるかわからないし。
チェルノブイリもいまになってやっとわかってきた。
あんまりみんな知らされてなかった。
逆に、情報がありすぎてみんな迷っちゃってる。
ありすぎは注意して、自分が独立した一国家の気持ちで、独立した判断基準を確立するというか。
いろんな情報の中で、私はこうするんだ、こう生きていくと。
これは、生き方までいく問題。
食べることは生きること。
農家の人たちが作ってくれた作物を見ると、『ありがたい』って感じがする」

野菜や農作物は突然スーパーの棚に並ぶわけではない。
自然がなければ、土にまみれて作る人がいなければ、存在しえない。
流通の発達した現代の資本主義社会はそのことを見失わさせる。
ルヴァンが標榜する「原点のパン」。
それはもちろん、約4000年前、古代エジプトで偶然から発見されたのと同じ発酵の方法で作られることを意味する。
のみならず、農家から直接取り寄せた麦を自家製粉することも、含意している。
古代エジプトで最初に生まれたパンは、トラックに載せられて袋入りで届いた小麦粉で焼かれたわけではなかっただろう。
ルヴァンのように、自ら畑に足を運んで農家に会い、あるいは自ら収穫した麦を、自分で製粉して作られたはずだ。
イーストも、製粉会社の小麦粉もない。
すべてを人の手で作らなければ生きていけない。
それが人間にとっての「原点」であるはずだ。
麦を求めて畑を訪ね、生産者の顔を知ったとき、「自然に」沸き起こるのは、甲田さんのいう「ありがたい」という感情だ。
甲田さんだけではなく、私の知る限り、農家から取り寄せた麦でパンを作るパン職人のたちはみな、この気持ちに急き立てられるようにして、パンを作っている。
甲田さんは「つながり」という言葉も使った。
単なる物としてではなく、物の上に「ありがたい」という感情ものっけて、作物をやりとりする。
そのときそのときの感情が記憶として心に降り積もった関係を「つながり」と呼ぶのかもしれない。
原発事故はなにより、ルヴァンが「つながり」を築いてきた生産農家にとっての苦境である。
微量の放射能が含まれているから取引をやめる、と簡単にいえるのかどうか。
もちろん、お客に危険なものを食べさせられない、ということは大前提としてある。

「放射能が入っているから食べない、といいたいし、そこがなんともいえない、結論がでない。
(自分のことではない)相手のことは、食べちゃいけないともいえないし、食べていいともいえないし。
今回の集まり(上野長一さん、橋本宣之さんを迎えたトークショー[文末参照])の話で、ここのところが、俺も結論でないけど、むずかしい話だなと思う。
聞きにくる人がどう考えるか。
結論は出ない、むずかしいよ、と前提に置かないと。
放射能の専門家じゃないし、生産者だし、パンを作ってる側だから」

原発事故で被害にあった農家の人を救いたい。
と同時に、東京電力の放出した放射能を決して食べてはならない。
2つの命題は矛盾する。
東北の人たちのために放射能を含んだ食品を食べることは、原発事故の責任者たちの尻拭いを、私たちが代わりにするのと同じにならないか。
一方、自分と家族の身の安全を守るために、東北産の農作物を拒否して、それを作る人たちの心情に思いを寄せないことにも、さびしさを覚える。
結論は、おそらくない。
「福島以後」の時代が要求するのは、矛盾を矛盾のまま生きること、単純な二者択一を拒むことだ。

「イエスかノーですべてを割り切るのは、アメリカナイズされた世界。
本当はグレーがたくさんある。
そういうの(日本的な思考)って世界的にも評価されてる。
曖昧だね。
曖昧がいい。
すべての問題は、イエスとノーで答えられないことがすごく多い」

「震災からまだずっと、秋の土日なんかも、例年よりはルヴァンの売り上げが回復しきっていない。
その原因は、放射能の影響だけじゃなくて、景気低迷だったり。
『喪に服す』という期間がある。
俺もおふくろなくしたとき、自分ではわからないが、なんか調子が出てこなかった。
精神的にも、肉体的にも、喪に服してる期間あると思うよ。
意識してる人もいるし、してない人も、大きな親族なしくたり。
去年いっぱいだったのか、来年なのか、必ず喪は明けてくるはず」

未来に希望が見えない。
いつも放射能に取り巻かれている息苦しさなのか、世界的な景気後退のせいなのか。
甲田さんは「喪に服す」という言葉で説明した。
喪ならば必ず明けるはずだ。
それは、苦境を乗り越えるために、私たちに与えられた自然な心の動きだと。
そう考えれば、希望が開けてくる。

「大震災のような人生観が変わるできごとは、一人の人生の中にそんなにないけど、歴史の長い流れの中では何度も起きてる。
江戸時代にも大地震があって、みんながパニクってるのが、資料に残っている。
東北大震災はもちろん忘れられない事件だけど、いつかは心の中で消化していく」

昨年の3月11日、地震のあとの数時間を私は甲田さんといっしょに過ごした(過去記事「甲田幹夫インタビュー」参照)。
交通機関が止まって、井の頭通りを徒歩で帰宅する人びとを、ルヴァンのパンは励ました。
余震で揺れるたびに、ルヴァンのカフェ「ル・シァレ」にいる人びとの表情に不安がよぎったが、甲田さんの明るさはそれを救った。
甲田さんがエッセイを連載する雑誌『うかたま』の編集者も、不安におびえ、ルヴァンにやってきた。

「すごくあのときにうれしかったというんだよね。
『どうしよう、どうしよう』ってひとりで悩んで、いたたまれない。
それで、ルヴァンにきた。
なおかつ、俺がいた。
ひとりよりもふたり。
そういう気持ちになってくれた。
それがうちの存在意義。
関西のときも、今回の地震も、被災地に行かなきゃいけないっていう気持ちあるけど、まず自分の店をきちっと営業することが大事かな。
癒されたい(と思う人たちがいる)。
ルヴァンのできることは、その人たちを見守ったりとか」

孤独におびえるよりも、誰かといっしょにいること。
ひとりでパンを食べるのではなく、誰かといっしょに食べること。
それがパン屋の役目であり、本当の「原点」だと、甲田さんはいう。

放射能被害は国産小麦離れを引き起こしたが、そのとき感じる、もうひとつの矛盾がある。
もっとも割を食うのが、有機農業を行うまじめな生産者や、国産小麦にこだわって安全なパンを売ってきた店だということ。
よりナチュラルな生き方を志向するこういう人たちこそ、本来、原発のような科学文明の産物にもっとも反対してきたのではなかったか。
甲田幹夫さんもそのひとりである。

「原発事故は、人間が起こしてしまった文明の過ち。
それを機に、原発に依存しない社会をみんなに意識してもらえれば。
原発をなくしてく世界のほうが、光が見えてくるよね。
今回の事故でそう思ったし、そうなったほうがいいと思う。
荻窪のグルッペというオーガニックの八百屋さんが、『私たちは原発に反対しています』(という垂れ幕を出していた)。
ルヴァンもパンを売りながら、そういうメッセージを出したい。
以前、卸をやっていたとき、ビニール包装に貼る、原材料を表示するシールに『NO NUKES』と書いていた。
原発事故は、チェルノブイリやスリーマイルで実際にあったこと。
だけど、みんな、原発事故は起きない、起こしたくないという前提で生きてる。
若いときは、自分が年老いたり、病気になったり、怪我したりするということがわからないよね。
それと同じように。
天然酵母のパンというのは反体制の運動から起こってきた。
農薬反対とか、空気を汚すもの、身近にある公害だったり、なにかに反対してやりはじめた運動。
それを持続させるために、自然食品屋やったり、デザイナーを生業にしたり。
そういう成り立ちがあるから、うちもパン屋をやるからには、メッセージを出していこうかなと思って、15年以上つづけていた」

私は核物理学も、医学もわからないが、なにかがちがう気がする。
国産小麦は危険で、外国産小麦が安全なのか。
たしかに、降り積もる放射能は小麦の外側に付着する。
農薬も、そのほかあらゆる危険物質も。
農林水産省のデータによると、ふすま(小麦の粒の外側の茶色い部分)を取り去った白い粉では、放射能の量は半分以下になる。
つまり100ベクレルの放射能が検出された麦でも、白い小麦粉に製粉すれば、50よりももっと低い値になる。
反対に、ふすまは、白い粉よりもより放射能が濃縮されるので、農水省では「3」という係数で仮計算を行っている(余分を見てあえて高い数字にしているとのこと)。
つまり、粒の状態で100ベクレルならば、ふすまだけを取り出したものは、300ベクレルと推計できる。
だが、ふすまこそ、白い中心部分以上に、ミネラルや食物繊維などの栄養素を豊富に含む。
私たちは「おいしさ」を求め、ふすまを食べずに捨て去ってきた。
それがむしろ現代人から健康を奪ってきたのではないか。
という前提で、精製されることのない茶色の食品(玄米、全粒粉、砂糖…)を食べようというのが、自然食の運動だった。
原発事故はその運動にさえ影を落としている。

「玄米にしても、全粒粉にしても、毒素を出す力がある。
胚芽や小麦ファイバーはお腹の調整をしたり、毒素を出してくれる。
白いパンよりも、黒いパンのほうが、害に対して本来はいいはず。
噛めば噛むほどおいしいし、頭がクリアになってくる。
ふすまも取りよう。
あとは自己判断になるけど。
むずかしい判断になっちゃう。
(全粒粉・国産小麦離れは)一時のことだと思う。
江戸時代まで玄米を食べていたから、明治になって白いお米を食べるようになったら、みんな脚気になった。
それも同じようなこと。
目に見えるものやデータだけが、ものの基準ということではない。
精神的なことや、気持ちをどう考えるかも大事。
この問題を考えてたらどうしても暗い気分になっちゃうけど。
イエスとノー、白と黒に割り切れる問題じゃないけど、なるべく白いほうのグレーに持っていかないと」

そして、甲田さんの次の一言は、私の心にもっとも深く響いた。
「人間の生命の力っていうのは、毒をも浄化していくような、再生能力を持ってるはず。
個々の判断だけど、俺は人間の能力を信じていく」

2012年2月11日
心の霧(トークショーのゲスト、上野長一さんに取材)





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from. - | 2012/02/15 13:52 |
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