パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ベッカライ・タカヤマ(辻堂)
142軒目(東京の200軒を巡る冒険)

「この辺でパンを食べられる公園はないですか?」
私が尋ねると、店の人たちは顔を見あわせてしばらく考えたあと、
「海になっちゃいますね」

いちばん近い公園は、海。
いわれてみれば、さっきからほんのかすかに海の気配がしているような気がする。
「店の前の道をまっすぐに」
ざっくりと道を教えられただけだったが、迷ってはいないという確信があった。
磯の香りがじょじょに強まっていたからだ。
やがて、眼前に海が広がった。
海を見ただけで、子供みたいに胸が躍った。
波は心の中にまで押し寄せ、潮騒を鳴らしていた。

高山シェフも、海に誘われて、この場所に店を構えた人だった。
「この仕事はもう30年近くやっています。
もともと浅草(入谷)のパン屋で生まれたので。
父親がやっていましたが、いまは死んじゃったので、兄が継いでいます。
小学校の頃から見ていたので、自然とこの道に。
最初の10年間はあちこちやって、30からはベッカライ・ブロートハイム。
明石さんの影響は大きいですね。
でもブロートハイムとは、水もちがうし、機械もちがうし、近づけようとしても同じものは作れないです」

ベッカライ・ブロートハイムと同じではない。
比較すると、ベッカライ・タカヤマのバゲットには、気持ち程度だが、グラマラスな甘さがあるような気がする。

バゲット(230円)
ドンク、ブロートハイム…日本に根づいたバゲットのプロトタイプを踏襲。
きちんとふくらんでいるから、軽やかである。
薄い皮が割れるぱりぱりとした音や、馴染み深い香ばしさに思わず頷く。
やがてリスドオル的な小麦味が口いっぱいに広がってくる。
それはとりも直さず、皮と中身にバランスがあって、皮の風味に中身がかき消されていないからである。
皮の硬さに比べて、中身が十分にしっとりしているから、このバランスになる。

「地域の人によろこんでもらえるのがいちばん。
お年寄りが多いんで、菓子パンや、惣菜パン。
最初は試行錯誤していたんですが、ハード系でも酸味があるのは受け付けない。
食べやすいもので、飽きられないように。
ここらへんの方はあちこちのパン屋さん行くんで。
1軒だけじゃなく、このパンはあそこ、このパンはあそこって決めてる人が多い。
だから、インパクトがあるものを作っていきたい」

バジルソースとベーコン たっぷりチーズ(200円 1/2)
巨大な惣菜パンを抱え込む。
つかむのではなく、ひと抱えある。
好きな大きさにスライスしながら、惣菜パンを食べる。
家族で分け合って食べられる。
パンの中でチーズが溶け、ベーコンとバジルの風味は濃厚に周囲へまき散らされる。
それでもなお、この大きなパンにあっては、白い味わいのままの部分が残されていて、舌に残る味を極められる。
がりがりと皮を感じ、中身の清冽さを感じられるフランスパン生地。
惣菜とパンのあいだを行き来する。

下町生まれの高山さんが湘南でパン屋を営む理由。
いつでもサーフィンができるから。

「子供といっしょにやってます。
小学校の頃からやってるから、いま17,8で、プロ並みの腕になりました。
冬はできませんが、夏は忙しいですね」

波の上に立った時の快楽はまるで麻薬のように強烈で、いちど虜になると、なかなか抜け出せないという。
夏になると、サーフィンのことが気になって、パン作りもままならないのではないか。
そう尋ねると、
「ここらへんは波がないので、いつでもできるわけじゃないから逆によかったかも」といって笑った。
だが、ひとたび風が吹けば、うってつけの波がやってくる。

「住みたいところで、パン屋をやりたかったんで。
最初は藤沢の駅前でやろうかと悩みましたが、やっぱり無理せずやりたいなと。
数字を追いかけるんじゃなくて。
週休2日。
この場所はのんびりしてるんで、がむしゃらに仕事というのでもなく。
ここらへんのパン屋さんはそういう感じが多いですね。
釣りが趣味だったり、サーフィンやったり。
ナノッシュさん、プルクワさんもそうです」

休みの日には子供といっしょにサーフィンに興じる。
家族にすばらしい環境を与え、自分自身も日々を楽しむ。
それは仕事をないがしろにすることではなく、かえって作り手の心の安定がパンにもいい影響を与えるかもしれない。
とはいえ、ただ安穏として仕事をしているわけではない。

「あんこも自分で作らないと、気が済まない。
性格なんで。
夜中の3時まで仕事をして、2、3時間寝て、また朝早くから仕事。
大変ですけど、ここでパン屋をやってよかったなと思いますね。
僕の育ったところでは、コンクリートしか知らなかった。
入谷なんて、学校のグランドがコンクリート。
空も広いし。
いちばん最初にここにきたときの第一印象が、ビルがなくて、空が広いということでした」

クラブハウスサンド(300円)
しっかりとした皮に古酒のような深い風味がのっかって、しかし酸味も重さもない。
中身はふわふわで、しかし適度な反発もあって、このカンパーニュ(ペイザン)は、理想的な食べやすさをしている。
ベーコン、チェダーチーズ、トマトにレタス、そしてマヨネーズ。
想像通りの味わいをぐにゃりと噛みちぎる。

海でいちばん食べてみたかったのが、このクラブハウスサンド。
隙を見せると潮風に吹き飛ばされそうになるパンやレタスを、手で引っ掴みながら齧りついた。


ベッカライ タカヤマ 
JR東海道線 辻堂駅
0467-26-8885
9:00〜21:00
月曜 第1・3・5火曜休み

#142

パンラボ単行本増刷完了しました。


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Comment








湘南ってパンが似合うよね。
いや逆に湘南のパン屋はおいしいに決まってる!
ってついつい決めつけてしまうんだよね。

きっとそういう人ばっかりなんじゃないか?だから必然的にレベルが上がるとでもいいましょうか。

ベッカライ系のバゲットが食べられる。
それだけで立ち寄りたくなる。

サーフ&ブレッド。

うん、カッコイイ!

鎌倉行ったら、足を伸ばしてみよう。
from. かしわで | 2012/04/02 12:56 |
かしわで様
海に行ってパンが食べられたら最高じゃないですか?
夏にまた行きたいです。
from. 池田浩明 | 2012/04/02 20:52 |
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