パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ペカとクラプフェン
舟田詠子さんを知っているだろうか?
『誰も知らないクリスマス』『パンの文化史』などの著書を持つ、ウィーン在住のパンの歴史家である。

先日、彼女は日本に帰国し、ドゥブロヴニクについての講演会を開いた。
ドゥブロヴニクとは「アドリア海の真珠」と呼ばれるクロアチアの都市で、小島を城塞が取り囲みその中には中世以来の建物が立ち並んで、世界遺産にも登録されている。
ドゥブロヴニクとの縁は、舟田さんが雑誌の中で鍋の写真を見つけたことによる。
ペカという名の、いまはオーブンに取って代わられて失われつつある、古いタイプのもの。
つまり、それは鍋というよりも、かぶせものであって、食材を置き、鍋をそれを覆うようにかぶせ、その上から炭を置いて、熱を上から加え、内部に対流を起こして調理をする仕組みのものだった。

舟田さんは、年来の希望がかなってドゥブロヴニクを訪ね、ペカを使用するレストランを訪ねる。
標高の高い場所で育った特別な仔牛をペカでじっくりと煮たその料理は、遠赤外線の効果もあって、それまで食べたことのないようなすばらしい味わいだったと。

話は、5500年前、人類が食べた最初期のパンの話へ飛ぶ。
遺跡で発見されたその化石を顕微鏡で観察すると、微細な気泡が中身にあって、それが発酵を経て膨らんだものだとわかるという。
オーブンのように、上下から火をあてなければ、パンは膨らむことはない。
土器が作られる以前の時代に、どうやってオーブンのような装置を、石器人が作ることができたのか?
おそらくはペカのようなものだったろうと、舟田さんはいう。
石を加工して、内部が丸天井になるような、ドーム型の小さな鍋を作り、それを生地の上にかぶせて、焼いたはずだと。

クロアチアで綿々と受け継がれ、いまは途絶えそうになっている珍しい鍋が、実は人類がパンを焼きはじめた原点を、教えてくれている。
「5500年前の人が現代にきて、私たちの食事を見たら、なんと貧しいものを食べているかと思うかもしれません」
といって会場を笑わせたとき、舟田さんは、ドゥブロヴニクのペカのおいしさを思いだしていたのだろう。

講演会の最後に登場したお楽しみ。
舟田さんのレシピを元に、Zopfがこの日のために特別に作った「ウィーン風ファンシングのクラプフェン」。
ファンシングとは謝肉祭のことで、カトリックの四旬節と呼ばれる40日の絶食期間を前に最後の大騒ぎをする。
そのときにウィーンでは、このクラプフェンが食べられる。
お祭りの雰囲気の中、飛ぶように売れていくので粗製濫造される本場のものより、Zopfのクラプフェンはきっとおいしいはずだった。

ふわふわとねっちりさが同時に表現されたドーナツ生地。
粉糖の甘さ、卵とバターの甘さ、中から香りだすラムの香りが沸き出し、混淆して、喉を刺す。
味の決め手は中からとろけだす、あんずジャム。
あんずのないいまの季節だが、既製品には頼らず、冷凍のものを煮て手作り。
尖った酸味が、甘さにコントラストとさわやかさを与えるのは、そのひと手間のためなのだろう。



パンラボ単行本増刷完了しました。


にほんブログ村 グルメブログ パン(グルメ)へ panlaboをフォローしましょう
(応援ありがとうございます)
パンの取材 comments(4) trackbacks(0)
Comment








ペカっつたら、自分の中では「ランプが静かに光る様」を表す擬音語でしかなく、鍋的なものと言われて気になったので検索してみた。

http://plaza.rakuten.co.jp/livingincroatia/diary/200610160000/

なるほど。クロアチアの鉄鍋のようなものね。
下から熱を通すのではなく、上から熱を下ろすような。そんな感じか。

ポルトガルのカタプラーナ鍋にも興味津々だったけど、
クロアチアにも面白そうな鍋があるんだね。

鍋って各国、各民族の機能美の集大成みたいなところがあって、
眺めるのが楽しいんだよね。
from. かしわで | 2012/04/02 13:21 |
かしわで様
ペカ画像あったんですね。
ありがとうございます。
これでイメージしやすいと思います。
舟田さんは世界中の窯や鍋のことを研究している方です。
from. 池田浩明 | 2012/04/02 20:55 |
クラプフェンはベルリーナーとも呼ばれるようですね。タイトルをみた瞬間「ペカ」という異名もあったのかと思っちゃいました(笑
from. ナホ | 2012/04/03 20:30 |
ナホ様
その話も講演で出たのです。
ベルリン風クラプフェンとウィーン風クラプフェンがあると。
大岡山のベッカライヒンメルには、岩石みたいなクラプフェン(ドーナツの原型と呼ばれるもの)と、ベルリナーの両方があります。
from. 池田浩明 | 2012/04/04 01:50 |
Trackback
この記事のトラックバックURL: http://panlabo.jugem.jp/trackback/1264
<< NEW | TOP | OLD>>