パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
タルイベーカリー(参宮橋)
153軒目(東京の200軒を巡る冒険)

風が吹き、光が降り、緑があふれる。
居心地のいいテラスはもちろん、落ち着いた半地下の空間にも、大きな開口部から自然が差し込んでくる。
シンプルなコンクリートの壁に、OFCの木の家具がぬくもりを与える。
参宮橋に新しくできたタルイベーカリーは、インテリアをランドスケーププロダクツが手がけた。
そのテイストはアメリカ的な自由を感じさせるものだが、コンセプトの起点は西海岸にある。

「代々木上原のイタリアンレストランLIFEのオーナー、相葉さんとこの本を見て『すっごいいいね』て言ってたのからはじまりました」

TARTINE BREADという本がある。
サンフランシスコにあるタルティーヌベーカリーのレシピ集である。
樽井勇人さんが本のページをめくりながら、「この写真いいなー」とたびたび発する。
なぜなのだろう、この写真に写っているのはフランスパンなのに、どこか西海岸らしさが息づいているのだ。



「すごく楽しそうにやっていて、まさに『これやりたい』というイメージでした。
バゲットの形や、ポーリッシュ法を使っているというところは、メゾンカイザーに似ています。
クロワッサンなんか形がざっくりしていて、かなり適当。
youtubeでタルティーヌベーカリーのビデオがあるんですが、カンパーニュも丸めるんじゃなくて、たたんで締めていく。
ラフで、自由なスタイル。
1個1個形がちがったほうがむしろいい気がして。
揃いすぎなくていい。
相葉さんとこの本を見て「すっごいいいね」て言ってたのからはじまった」

天然酵母の草分けルヴァン出身。
その影響下にあることをまったく隠そうとしない。
「この前、久しぶりに食べたんですが、いやーすごいと思いました。
やっぱり深いなーって。
自分の種はまだ6年半しか経ってないけど、ルヴァンは何十年。
つないできた何十人もの思いが入ってるわけですからね」

種はつなげばつなぐほど育ち、作用する微生物の種類も高度化、複雑化し、さらに深い味わいになっていくことはまちがいない。
だが、できたばかりのタルイベーカリーのパンは、むしろ「若さ」を味方につけている。

ブール(1/2 315円)
コクよりもキレに傾いている。
酸味のさわやかな広がりの中に小麦のうまさが沸き立つ。
カリカリした皮にはコーンに似た強い甘さがある。
香りほどに中身はすっぱくはなく、むしろそれは快さとして感じられる。
熟成しすぎない酵母の若さが、小麦の味を余さず伝えて、軽やか。
何口食べてもやめられず、口に運んでしまう。

「ルヴァンには7年と9ヶ月いました。
僕なんか本当にオリジナルってないから。
甲田さんに教えてもらったパンをやってるだけなんで。
ルヴァンのパンは好きだけど、重たくて硬い。
ふわっと軽くて、より口溶けのいい、もっとしっとりした、一般の人にも食べやすいところに持ってっていきたい。
その上でルヴァンと同じ、2日目の香りや味わいがあればいいなと。
そういう視点で粉も選んでいます。
これからもっと水を増やしていけば、もっともっとふわっとしたものができる」

なにがなんでもオーガニックという堅苦しさは排して、誰にでも食べやすく、買いやすい、日常のパンを目指す。
「変なこだわりはなしにして、楽しい感じがいいですね。
もちろん、どんな材料でも使っていいかといえばそうじゃない。
ルヴァンではなるべくオーガニックを使おうという制限があった。
いまは自分で決めることができる。
あまりにも高いものばかりだと、非日常のハレの日しか食べられないパンになってしまう。
日常的といっても、安ければなんでもいい、というようなのはどうなんだろう。
中間ぐらいでいいと思います。
とびきりじゃないが、自分の目で選んで、決めてったものを使っていきたい」

二十歳から14年間も勤めた仕事を辞め、パン職人になった。
その理由を問うと、樽井さんは、ひどく長い間を置いてから、その頃訪れた価値観の転換を語った。

「高級レストランで仕事をしていました。
でもそれは一部の方向けにある感じで。
人工的というか、本当に非日常の、作られた世界。
残飯もすごく出る。
高いお金払って、気に入らなければ残して、どんどん残飯が出る。
そういう世界だってわかって入ったつもりだったんですが、途中からちがうと感じはじめました。
本当にお腹を満たしたくて食べるんじゃない。
味覚を満たしたくて食べる。
もちろん、自分もそういう店に出かけることもありますが、仕事をするんだったら、生活に根ざしたというか、ものを大事にして食べてもらえる職業がいい」

「自然を求めるようになった。
山に行ったりするようになって。
信州の奥のほうまで行って山の仕事もやりましたが、大変すぎてつづかなかった。
草刈り機の振動がすごくて、1ヶ月ぐらいしびれが取れない。
どんな仕事をしようか模索しているとき、甲田さん(甲田幹夫ルヴァンオーナー)に出会った」

ルヴァンで教わったこととは?
という問いに、「ふたつあります」と樽井さんは答えた。

「ひとつは、どれだけうまい具合に力を抜けるか。
力を入れなくてもいいんだよ、というのを、ルヴァンのみんなから勝手に学んだと思っています。
力を入れすぎると、硬くなったり、ぎくしゃくする。
逆に力を抜くとだらんとなる。
『いい加減がよい加減』だと甲田さんもよくいってましたね。
甲田さんは力を抜く達人。
生活も行動も仕事も、すべてがいい加減でいいんだよって教えてくれましたね」

「もうひとつは、自分も大切だけど、相手の気持ちになること。
相手と共有するというか、ひとに手を差し伸べる。
相手のことを考えるというのが、ルヴァンでは徹底されてましたね。
作業をやってもらっても、必ずお礼をいう。
洗い物でも、僕のを洗ってもらったらお礼をいうし、僕もひとのを洗う。
上下関係はあまりない。
そういうのも勉強になりました。
この店やるようになって、人とのつながりにすべて意味があることをつくづく感じてますね。
人にいいことしてれば自分に返ってくる。
自分のことを大切にしつつ、他人も大切にすると、つながりが出てくる。
必死にかけずり回らなくても、向こうからやってくる。
近くの人に話をすると、誰かが持ってきてくれる。
うちの店にあるもの、材料もそうですね。
小麦もcimaiの大久保さんに紹介してもらったり」

タルイベーカリーはもうひとつ別の店と「つながって」いる。
壁に開けられた出入り口によって。
ちょうど樽井さんが独立を考えていた頃、元々知り合いだった、代々木上原のイタリアンレストランLIFEのオーナー相葉さんに声をかけられた。
「いい物件があるんだけど、ひとりでは広すぎるから、半分半分でできないかな?」

イタリアンと天然酵母パンのマリアージュはすばらしい相乗効果を生んだ。
単に1店舗が開店するよりもイベント性があって、遠くからでも行ってみたいと思える。
レストランでパンを出すことができる。
「ぜんぶうちのパンを使ってくれてありがたいですね。
レストランでタルティーヌ食べたお客さんが、同じパンを、といって帰りに買っていってくれたり」

ランチでもディナーでもタルイベーカリーのパンはテーブルに供される。
ランチ(1250円)でまず出される、野菜のコクが溶けだした濃厚なミネストローネに、自家製酵母のパンはすばらしい相性を発揮し、私はパンにスープをたっぷりと滲みこませて食べた。

そして、卵とアンチョビのタルティーヌ。
アンチョビの小片が舌に触れるたびに、塩気によってとろとろの卵の甘みが心地よく変化する。
隠れるほどたっぷりの具材の下に隠れているカンパーニュは嫌が応にもおいしく感じられるし、こうやって食べればいいのか、と食べ方の勉強にもなる。

タルイベーカリーはルヴァンの単純なフォロワーではない。
引き継ぎながらさらに発展させている。
無理矢理作られた「コンセプト」ではなく、「向こうからやってきた」のである。

「『白い酵母』を作ったのは偶然でした。
もちろんあるのは知ってたけど、種は全粒粉で作るものだと思っていた。
ルヴァンのやり方に縛られていた。
夏休みに、ルヴァンの併設されたカフェ・ルシァレでワインバーをやってました。
そのとき、仕込みを頼んでいた女の子がまちがえて、全粒粉と中力粉の割合を逆にした。
明日のパン作れなくなった、と思ったら、それが案外よくて、『これいいじゃない、ふわふわしていいね!』。
それが転機になりました。
白い酵母、作っていいんだ」

バゲット(294円)
手強い引き、強烈な噛みごたえ。
野蛮人のようにかぶりつき、引きちぎって、噛みつづければ、その報酬はきっと大きなものになる。
白い小麦の風味が分厚く立ちはだかったかと思うと、やがてクリーム色に変貌して溶けていく。
皮も白めで、香ばしさより、なにより小麦の白さ、引き算のミネラル感。
酵母に色がついてないことにより、小麦の風味がダイレクトに伝わるからだ。

インタビューをしているとき常連客のひとりが樽井さんに声をかけた。
「イタリア大使館に持っていったら、おいしいおいしいっていわれたよ」
たしかに、このバゲットの目が詰まってもっちりして、分厚く、そして白い感じは、イタリアのカンパーニュに似ているのだった。
イタリア小麦のもっさりした感じは、国産小麦のみずみずしさに変わってはいるけれど。

楽しさという言葉が樽井さんの口から何度か出た。
それはタルイベーカリーのキーワードである。
パンの軽やかさ。
イタリアンとのコラボによって表出されるにぎやかさ。
客と店員とのコミュニケーションが作り上げる空気。
それらはすべて楽しさにつながる。
そして、パン作りも。

「楽しく作りたいと思っています。
意味はちょっとむずかしくて、心地よく、というか。
いつもにこにこして仕事はできませんけど。
そういう意味の楽しいじゃなく。
本当にやりたいことをやっているわけだし、こういうイメージでパンを作りたいなと想像しながらやることが、すべてにおいて大事。
強い気持ち、腹立たしい気持ちでいたら、そういうパンになる気がするし。
感情はパンに出ると思う。
おにぎりが作った人の味がするというのと同じで。
パンも手で成形しますしね。
気持ちが大事になる」

(池田浩明)

タルイベーカリー
小田急線 参宮橋駅
03-6276-7610
10:00〜19:00
月曜休み




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#153
200(小田急線) comments(5) trackbacks(0)
Comment








◆パンラボ単行本3刷出来>
おめでとうございます。ちかごろは、そんなに刷ってるパンの本はないんじゃないかと。
from. 通りすがりのネコですが。。。 | 2012/07/02 07:44 |

YOU TUBE

スッとクープを入れるシーン

サンドイッチを作ってるシーン

パンを横にして半分に切ってるシーン

もう一回、サンドイッチを作ってるシーン
何を挟んでいるんだ
2度見。

香りがいいね。

from. かしわで | 2012/07/02 19:18 |
棚に「パンラボ」が置いてあるような写真が1枚。
ほっこり。
from. 研究員D | 2012/07/03 00:00 |
ネコ様
ありがとうございます。
みなさまの応援のたまものでございます。

かしわで様
かっこいいですよね。
時代はヨーロッパから西海岸へ、です。

D様
ウォーリーを探せレベルのをよく見つけましたね。
from. 池田浩明 | 2012/07/03 04:29 |
かしわで

その、時代はヨーロッパから西海岸てのは、
どこまでー?
どこまでリアリズムなのー!?

少し前にかの小山の薫堂さんが料理系で書いてたのを記憶してるし、
ちょっと前にかのブルーのタスさんもキャフェ特集で取り上げてた。

で、今回はパン。


キャフェと店の醸す感じが似てるんだよね。
from. かしわで | 2012/07/04 00:31 |
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