パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
フール・ドゥ・アッシュ(本町)
第4軒目(関西の200軒を巡る冒険)

関西では、町を行き交う人びとも、色とりどりの服を着て個性的だと、旅行者の目に映る。
パンも然り。
あらゆるパンが強く個性を発する。
たとえバゲットのようなシンプルなパンであってさえ。
だから、フール・ドゥ・アッシュにくると、大阪にきた、という思いを強くする。

それは、オーナーシェフの天野尚道さんが、パティシエからパンを作る道に入ってきた人だということも関係があるのかもしれない。

「基本的に自分がパン職人だと思っていません。
パンだけではなく、焼菓子、生菓子まで出したいが、手が回らなくて、パンだけをやっています。
個性というのは、たとえば菓子職人がパンを作るなら、フルーツのせたりすることだと誤解されます。
そうではなく、菓子屋の組み立てでパンを作ること。
バランスを取るために引き算するのではなく、生地に対してなにかを入れてバランスを取る」

「黒豆とフランボワーズがその例。
奇をてらったわけでもなんでもなく、自分のイメージで、菓子屋の組み立てをしていった結果です。
なぜ黒豆なのかというと、口の中で残る最後の香りがフランボワーズと似てたから。
生地にフランボワーズの果汁を練り込んで、黒豆とドライのフランボワーズも入れて、切れ目にフランボワーズジャムを入れて補強する。
それは菓子屋の手法。
パン屋としては、あくが強いとか、個性的ということになるけど、お菓子では普通のことです。
ひとつの食材をいろいろなパートで補強することによって複雑にする方法です」

黒豆とフランボワーズ(190円)
パン生地から滲みだすフランボワーズと、表面に塗られたジャムから輝き出すフランボワーズとはまったくちがうものだ。
生地に練り込まれたほうはパンと一体になってあたたかくおだやか。
ジャムは尖った酸味が予定調和に裂け目を作り出す。
フランボワーズの眩さでコーティングされた黒豆の慎み深い甘さ。
しかし、噛みしめていくと、ワインレッドの甘さという1点で両者は重なり合う。

まったく同じ味を、別の処理、別の角度から同時に投じられると舌が攪乱され、快感に幻惑される。
シンプルなものの強さと、複雑なものの奥深さを同居させることができる。

「たとえばオレンジエピなら、生地の中にオレンジのペーストを練り込み、オレンジのスライスのコンフィを中に入れて、それをエピにして焼く。
自分のイメージでは、夏のオレンジ。
オレンジの匂いのするグラン・マニエ(オレンジのリキュール)を塗ってあります。
パンは生地が強くて、他の素材が負けちゃう。
いろんな部分で補強をします」

優秀なブーランジェにパティシエ出身者は多い。
調理の技法についてより多くを学ぶにとどまらない。
天野さんは名店イル・プルー・シュル・ラ・セーヌにおける修業で、味覚に対する感性そのものを磨いた。

「人間の舌を研ぎすませていくと、砂糖の1グラム、2グラムまでわかるようになる。
いろいろなものを食べると、舌が麻痺してしまう。
自分の作ってるお菓子以外を食べない生活をしていました。
水以外は口にしない。
ものすごくはっきりと味がわかる。
一生のうち一回やると勉強になる。
研ぎすまされて、砂糖のひと粒ふた粒がわかる。
それでわかっても、他のものを食べるとまたぼやけてくる。
だけど、パンはもう少しおおらかな気持ちで作ったほうが、いいものができる。
素材の力にまかせてみようか、というような。
以前は、素材をねじ伏せようと思っていました。
そうじゃないほうがいいのかな。
パンとお菓子は同じ気持ちでは作れない」

パティシエがオーナーシェフを務めるフール・ドゥ・アッシュはいわゆるブーランジュリーではないのだろう。
あふれるほどにパンを置くパティスリーといったほうが、天野さんが抱くイメージを言い表しているのではないだろうか。

「フランスのパティスリーには、ヴィエノワズリー、バゲットが置いてある。
自分の店をはじめるときは、それをやってみたかった。
お菓子屋のパンはたいしたことがないと言われる。
パンもお菓子もしっかりしたものをやりたい。
パンもしっかり勉強しなければと思ってやり直した。
最初はお菓子も出す予定でしたが、オープン前にショックフリーザー(急速冷却器)が故障して、パンと焼菓子だけのスタートになりました。
それがよかったのか悪かったのかわかりません」

エリックカイザージャポンが設立される以前、カイザーと業務提携していた西宮のブーランジュリー・イブーに勤め、パン作りに触れた。
「菓子職人なんで、パンの作り方は自分のやり方以外ほとんど知りません。
メゾンカイザーしか知らない。
それが基礎です。
メゾンカイザーでやってたとき、パンがおいしかった。
こういうのが自分で作れるなら、という思いでカイザーでパン作りを学びました」

パリ左岸、1日2000本ものバゲットが売れる、メゾン・カイザーの本店で修行を積んだ。

「モンジュ通りのカイザーに行った。
フランス人って、こんなにがむしゃらに働くんだ、と。
僕らは時間が決まってないので20時間とか働きますけど、彼らは8、9時間で終わらせないといけない。
だから、ものすごくがむしゃらにやる。
それが意外でした。
雑に見えるし、いい加減に見える。
いまから考えたら、おおらかにやってたんだな、素材の力にまかせてたんだなと思います。
フランスには、粉だけでなく、いいものばかり揃ってる。
それがうらやましかった」

フランスという衝撃。
そこから目を逸らすことなく、フランスで感じたエッセンスを胸に刻んでパンを作る人だと思う。

「いま使ってるのも、フランス産の粉ですが、当時使っていたものとちがう。
バゲットは100%でなくてもいいから、フランスの粉を使うのが必然だと思います。
理念の問題。
中力の小麦しか育たない土地でパンを作ってるうちに、バゲットができた。
だから、カナダ産のバゲットの粉(いわゆるフランスパン専用粉)にはすごく抵抗がある。
アルカンのフランス産のTYPE110を使って、国産の粉をまぜて。
ルヴァンリキッド(液体の自家製酵母)を使って、あとは塩とイースト。
吸水は多い。
70%ぐらいが普通かと思いますが、うちは90%にしている。
口溶けというか、中身の食感がいいなと思ってそうしています。
オーバーナイトすると、皮が分厚くなる。
厚くて硬いが、水分の多い作り方に独特の身があるといい。
フランス産の粉もいろいろ試しましたが、アルカンさんの輸入している粉がいちばんよかった。
単体だと雑味が多すぎる気がして、国産の粉を混ぜてやわらげています。
それはたまたまで、国産にこだわっているわけではありませんが、アメリカ産、カナダ産に比べて、混ぜたときに、薄くする=水っぽくするっていう意味じゃなく、コクのある薄さになる。
濃すぎると、エグくなる。
2つの小麦粉は相性がよかったんだと思います」

バゲット・アンシェンヌ(300円)
濃厚さの嵐。
小麦の甘さとルヴァンの風味が相まって醤油に似ているとすら感じられる。
香りが残る石臼挽き、かつ小麦の粒の外側までミネラルの濃い小麦であることが、この濃厚さにつながっている。
豊かな甘さの中で、セレアル感や香ばしさがじょじょにはっきりとしてきて、最後はまろやかさの増した濃厚さがまた回帰してくる。
皮は頑丈で苦みも雑味も含みこれも豊潤。
中身の食感はキレのあるもちもち。

「ごく単純ですが、すべてのものに対して、フランス的であること、それがいちばん大事。
僕ら日本人なんで、経験して叩き込んできたフランスが、だんだんぼやける。
呪文のように『これはフランス的なのか?』いつも唱えています。
フランス人も日本人も何千年のDNA受け継いできた。
ついつい日本人なので、甘いといえば砂糖を減らすのが日本人。
他のどれを足してバランス取るのかを考えるのが、フランス人。
つい減らして、はしないように。
味覚の領域がずれてる。
フランス菓子は、甘い、くどいというイメージがある。
いちばん上の領域、複雑で多重的な領域が理解できない。
立体感、多重性が見えてくる。
フランス人には、わびさびというのは、水っぽくて味がしない。
通じている真ん中では理解しているが、上と下では理解できない。
自分も上の部分をと思ってやってます。
きついのはきついですけど、僕らこれを生業に選んだわけですから、好きでやっていることですから、いやいややってない。
お客さん見ると、つい笑顔になる」

フランス的であれ。
天野シェフは理性で自らの日本的感性に命令しつづける。
突き抜けること、一歩も引かないこと。
言い換えれば、新しい味に出会うための勇気なのかもしれない。


ブリオッシュフィユテ(ピスタチオクリーム)(230円)
ブリオッシュ生地にバターを折り込んでフィユタージュ(層を作ること)する離れ業。
ブリオッシュであってデニッシュ。
なんとすばらしいパンだろう。
バターがしゅわっと溶けて、しかもブリオッシュのあたたかい香ばしさもある。
食感でいえば、さくさくにしてぷりぷり。
ピスタチオクリームの思いもかけぬ酸味がさわやかで、クリームが洋酒の香りを華々しくふりまきながらすっと溶けるや、なんとも快い液体に変貌していく。
普段ならひとつの甘さだけで満足してしまうところが、このパンは地平線を突破して、その先にさらなる甘美さを発見させてくれる。

オレンジで統一された店内。
少し見えるどころではなく、パンが並べられたカウンターの、その向こう側にある調理場はフルオープンだ。
そこで見る天野シェフは、大柄で髭を生やしていることも手伝って、仁王立ちという印象を受ける。
どんな時間に行っても天野シェフはいる。
ひたむきに仕事をする姿は、情熱という言葉がぴったりくる。

「オープンキッチンにしたのは、誠実でありたいという思いからです。
自分はなにも隠すことはないし、見られても恥ずかしくない。
直接お客さんに『おいしかった』って言われると、気持ちが奮い立つ。
もっとがんばらないと」

(池田浩明)

フール・ドゥ・アッシュ
大阪市営地下鉄 御堂筋線・中央線・四つ橋線 本町駅/堺筋線 堺筋本町駅
06-6243-1330
10:00〜19:00(土・祝は〜18:00)
10:00〜18:00
月曜・日曜休み




にほんブログ村 グルメブログ パン(グルメ)へ panlaboをフォローしましょう
(応援ありがとうございます)
200(大阪市営地下鉄御堂筋線) comments(1) trackbacks(0)
Comment








ピスタチオに弱いんです。

ケーキでも焼き菓子でも、もちろんパンでもピスタチオと書かれてるだけで、無条件に反応してしまうほど、
ピスタチオに弱い、ピスタチオネーゼなんです。

おいしそうだなぁー

かし
from. かしわで | 2012/08/23 22:12 |
Trackback
この記事のトラックバックURL: http://panlabo.jugem.jp/trackback/1381
<< NEW | TOP | OLD>>