パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パン オ フゥ(五反田)
160軒目(東京の200軒を巡る冒険)

高層ビルの1Fにガラス張りの店舗を構える。
ボノミーというビストロが母体となっていて、レストランスペースが併設されている。
そこでは焼きたてのパンとフランス料理を楽しむことができる。
シェフを務める荻原浩さんは、つい2年前まで、フランスで修行していた。

「この店をはじめたとき、帰ってきたばかりだったので、100%フランスそのままをやろうと思って、この店をはじめました。
製法、材料、ラインナップもハード系中心、ヴィエノワズリーも向こうにあるものをほぼ揃えて。
お客さんの要望があって変えてきてはいますけど、基本はフランスのパン屋さんです。
フランスで学んできた製法は大事にしてやってます。
パン・トラディショナル(フランスパン)はまったく同じやり方です。
長時間発酵、酵母の起し方も同じ」

日本でパティシエとして経験を積み、最初の渡仏では菓子の勉強をした。
なのに荻原シェフは、なぜ途中からパン職人を目指したのか。

「最初にフランスに行ったとき食べたパンがおいしくて。
それまで私はパンを食べなかったんですが、パンに感動したんですよ。
バゲットですよね。
1本買って1ユーロぐらい。
お金がなかったのでそればかり食べてました。
バゲットを買って、切り込みを入れて、スーパーで買ったハムとチーズをはさんで、毎日食べてました。
それぐらい好きだった。
日本に帰ってきても、そのイメージが強くて。
具が主役っていうより、パンが主役であって、シンプルで、フランスでも長年愛されている。
普遍的なおいしさ。
日本の人の口に合わないことはない」

バゲットに、ハムやチーズをはさむ。
堅く、大きすぎて、食べにくいサンドイッチを、口の中を切りそうになりながら食べる。
凝ったドレッシングを作ったり、野菜を入れたりはあまりしない。
それは日本のおにぎりのありかたに極めて似ていると、以前、単行本『パンラボ』でも書いた。
小麦(あるいは米)と具材をただ対峙させる。
それは洋の東西を越えた、主食への信頼なのだろう。
人の味覚は、結局、原点へ戻っていく。
シンプルなものがおいしい。

2階のレストランスペースでランチ(1000円)をいただく。
バゲット、チーズのパン、ドライフルーツのパン、ベーコンのパン、ブリオッシュetc。
籠に盛られたさまざまなパンはおかわり自由。
それと生ハムかチーズかを選択する。

生ハムとパン、サラダとパン。
最低限調理されただけの素材と素材を、1対1で対峙させていく。
焼きたてのパンと生ハムの組み合わせがおいしくないわけがない。
私は息も切らせずむしゃぶりつく。
技を凝らしているのではないだけに、快楽はより本能的なのだ。
荻原シェフのいう「パンが主役」の食事がここにあった。

フランスそのままをコンセプトにするこの店で、バゲットや、ルヴァン(自家製酵母種)を使ったハードパンはもっとも重視しているものだ。

「最初に勤めていたショコラティエの紹介で、そこ出身で独立した人の小さなお店を紹介してもらった(パリ14区、アレジア)。
すんなりそこに入れた。
いろいろ食べ歩いた中で、働いた店がいちばんおいしかったんですね。
クロワッサンも、フランスパンも。
その店のイメージで、バゲットも作っています。
ライ麦から起こした自家製酵母を入れています。
バゲットに自家製酵母を入れていたわけではなかったんですけど、日本で試行錯誤して味の記憶に近づけているうちに、入れるようになりました。
小麦の香りを出すというより、味の奥行きを出すというイメージで。
フランスでは、小麦がいいんで、小麦の香りがストレートに出るパンが多いですね。
日本だと思ったようにできない、味が出ない。
12、3種類は小麦粉を使っていますが、フランスパンにはフランス産の小麦粉、パン・ド・ミのようなパンには日本の小麦粉を使っています」

フランスと日本の小麦粉の差。
輸入される原料の質、挽き方、コストの問題。
フランスと同じものを日常的に原料とするのはむずかしいが、その差は、味の記憶と、技術で埋める。

バゲット・トラディション(290円)
ビスケットのような香ばしいバター感、あるいはゴマの香ばしさが、このバゲットの皮にはある。
ざくざくと大きな音を立てて皮がクラッシュする。
皮の乾きとは対照的に、中身はしっとりむちっとして、迫力ある白い味わいは皮の強さに拮抗し、濃厚で、後味に塩気を感じさせる。
ゴマのように感じさせていたセレアル感が、咀嚼し、時間が経つにつれていっそうせりあがってくる。
このバゲットは実に豊かで、個性が強い。

チョコレートにはデニッシュかブリオッシュ、あんこには菓子パン生地。
そういう組み合わせが当たり前だと思いこんでいた。
しかし、どちらにも風味の強いルヴァン生地がとても合うことは、パン オ フゥで気づいた新しい発見だった。

ムスターシュ
引きの強いハード系生地は、あんぱん界最強の噛み応え。
噛んでも噛んでも味が滲みだし、酵母はおだやかに香りつづける。
小麦の甘さがじょじょに育っていき、やがて、あんこの甘さに追いつく。
やわらかめに煮上げた甘納豆、という加減の栗あんは実にまったり。
そののどかさにおいて、自家製酵母の生地と響き合っている。

荻原さんのパン作りに、フランスという体験はどのように生きているのか。

「(勤務していたパン屋さんの最寄りの)駅前にドミニク・サブロンができて、少しお客さんがそっちに流れましたね。
でも、常連さんは、ずっと気に入ったところでしか買わない。
同じものしか買わない。
新作が出ても手を出さない。
パンのできがよくないときには『今日はよくない』と言うし、翌日よければ『今日はいいね』と言ってくれる。
お客さんが育ててくれた。
その経験がすごく大きいです。
生まれたときから、赤ちゃんの歯がためでバゲットを食べてる、その人たちの意見は参考になりましたね。
お客さんがいいパンを知っている」

単にレシピや製法を知ったのではない。
バゲットを主食として育った人たちの感覚を日本人としての感覚に刷り込ませ、内在させていく経験だった。
また、もの作りの次元においても、フランス人のおおらかさは、日本人の几帳面さと対立関係にある。

「料理人が塩を計らずにぱっと入れるように、フランス人は感覚的。
粉の袋を開けてぱっと見たときに、そのとき頭にひらめいたイメージでなにをするか決めたり。
インスピレーションみたいなもの。
決められた製法や枠の中で作るんではなく、もっと広い視野でものを作る感覚がフランスにはある」

教科書にのっている製法に、日本人は忠実、悪く言えば従順すぎるのかもしれない。
だがそれは、フランスそのもののパンをより学ぼうとした結果なのだ。
もっとおおらかで、もっと感覚的であっていい。
パン オ フゥのバゲットにある突出した個性は、そう語っているようだった。

(池田浩明)

JR山手線 五反田駅
03-5420-5404
7:30〜19:30(日曜9:00〜18:00)

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