パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ブーランジェリー ロブ(恵比寿)
159軒目(東京の200軒を巡る冒険)
シンプルな内装、シンプルなパン。
バゲットやカンパーニュ、チャバタといった食事パン、デニッシュやタルトといったベーシックなペストリーばかりが並ぶ店内はうつくしい。
渋谷川沿いの路地。
花房幸子さんがここに小さな店を構えて1ヶ月あまり。
ナイフを持ち、窯入れ直前のバゲット生地に相対し、一瞬深呼吸するように手を止めてから、思い切ったようにクープを入れはじめる。
10年以上のキャリアがあっても、それでもクープを入れるたびに、悩む。
「窯伸びすると形が変わるのでむずかしいですね。
バランスを考えて、前もって計算して、こうやったらきれいになるだろう、もっとこうすればよかった、毎日それの繰り返しです。
見た目も楽しんで、食べても楽しんでもらえればいいですね。
タルトも色とりどりに並べたり」
シンプルなパンなのに、ではない。
シンプルなパンだから、作り手のセンスは現れ出る。
見た目しかり、微妙な甘さの感覚にも。
ローブのパンはどれも甘さ控えめだが、物足りなくはない。
甘さを空気のようにまとわせている。
クロワッサン(180円)
バターと香ばしさがバランスよく入り混じるこの香りがクロワッサンの醍醐味だと再確認する。
噛むと、なめらかに沈んでいく。
そしてかさかさと音を立てすぐに崩れる。
ウェルメイドなクロワッサンの基準をすべて満たす。
個性は強くきかせた塩にある。
塩に導きかれ、淡い甘さが引き立てられる。
がゆえに、余韻の印象はいっそう強まり、甘さではなく、香ばしい空気が口の中に満ちている。
「クロワッサンの塩は、ぎりぎりの加減です。
オープン前に手伝いにきてくれた根本さん(ネモ ベーカリー&カフェ)が、塩を足してくれた。
ちょっと味がぼやけていたので。
これ以上多いと、人によっては味が濃いと思うだろうし、これ以上少ないと、食べ飽きちゃう」
確かに、パン好きの間では名高いネモ ベーカリーのクロワッサンに似てはいて、そこに女性らしい軽やかさという新しい個性がさりげなく付け加えられている。
「オーバカナルの頃から根本さんの下でずっとやってきました。
根本さんに会ってなかったら、パン職人はつづけてなかった。
何回やめようかと思ったかわかりません。
職人になりたかったわけではなく、バゲットとクロワッサンが作れるようになりたかっただけなので(笑)」
花房さんは、竹下通りの角にあった往事のオーバカナルに惹かれ、パン職人になった。
そして、根本シェフの独立とともに、ネモベーカリーに入った。
「根本さんは、すごく厳しかった。
その代わり、私が失敗してもできるまでフォローしてくれる。
いまでも覚えているのは、ぺーぺーのとき教わった、カスタードの炊きかた。
できなくて、残ってやっていました。
力がないから、火の加減とか、勝手にやりやすいようにやってた。
「おまえ、できないのに変えてんじゃねーよ」。
職人的な手順もちゃんとやってかないとできない。
ルセットを見ただけじゃわからない、細かいところが大事だと、根本さんには教わった」
10年以上の修行期間を経て、やっと表現できる個性がある。
レシピや材料が大きく変わっているのではなく、心地よい甘さが引き出されていたり、繊細な食感があったり。
それがロブの魅力である。
バゲット(260円)
漂う甘い酵母の香り。
それがパンを噛むと、かりっと快い音とともに、香ばしさに塗り変えられ、やがて塩気によって持ち上げられる甘さがやってくる。
塩気はさっぱりと乾き、うまみともしょっぱさとも感じられながら後を引き、すばらしい印象とともに口から鼻孔まで満たす。
パンが溶けたあとも、消え残った小麦の甘さ、香ばしさ、酵母の香りが少しずつ残って、渾然一体となる。
小麦、香ばしさ、発酵の香り、どれにも傾かないバランスが爽快である。
バゲットのやさしい甘さは国産小麦ならではのものだ。
それは花房シェフの作り出すパンの個性とも似合っている。
「春よ恋の全粒粉を使っています。
そのおかげじゃないでしょうかね。
香りがいいんです。
北海道に遊びに行って紹介してもらった農家さんに、おみやげにもらった。
それで作ったらすごくおいしくて。
絶対作りたいなって思いました。
自家製酵母をベースにして、一晩冷蔵発酵。
イーストはちょっとだけ」
菓子パンや総菜パンではなく、シンプルなパンを基本に据える。
パンのあるべき姿を追い求める志があるからだ。
「パンはお菓子だって思われている。
それを食事パンにもっていきたい。
ハードパンを食べやすくしたい。
晩ごはんに食べていただけるように」
生ハムとルッコラのサンドイッチ(400円)
ローズマリーが甘い。
このチャバタをそう感じさせるのは、生地の甘さとの巧みなバランスによってだ。
たくさんの水分を吸った中身のやわらかさと、鎧のような、かさかさした皮とのコントラストが意表を突く。
オイルによって引き出された甘さが、ローズマリーとオリーブの香りが加わって、上品でさわやかなものになっている。
塩気が痛快で、肉から肉味がとろけ、スモークの香りに色気がある生ハムが、このチャバタにのっかっただけでなにもいうことはない。
唾を飲み込むたびに、喉に肉汁が滴ってあっという。
チャバタの表面を走る線がストライプになっていて、いかにもイタリアの街角で売られているようなそっけなさだった。
「イタリア人だったらこれぐらい適当に作ってるんじゃないかな。
生地を縮めて伸ばしてばんとなって、こんな感じなのかな。
本で読んだり、見たり、想像で。
いまはyoutubeでもいろいろ見れますし」
製法を尋ねると、花房シェフは「適当に」という言葉を何度も使う。
「こんなので取材になりますかね?」と心配しながら、「適当に」と言う。
水加減、発酵時間、ミキシング。
繊細な「適当」がロブの味を作る。
「とくに発酵の加減は大事にしていますね。
完璧にできた日、1度もない。
お客さんにせかされても、発酵は取ります(笑)。
妥協しちゃうと、焼き上がって「あーあ」となっちゃうので、時間に余裕がある限りは生地がちゃんと発酵するまで待つようにしています」
「自分でやったら本当にむずかしいな」
悩みながら、自分の店を持ったよろこびを実感する日々だ。
「いまはお客さんとの距離が近いので、お客さに尋ねられても説明しやすい。
お客さんと話ができるのがいちばん楽しいですね。
子供が「おいしい」と言ってくれたり」
「大震災のあとで、私が作ったパンを友達が東北に持ってってくれたり。
自己満足なんですが、役に立てたな。
怒られて涙流したのがやっと報われたな。
私、泣き虫なんで」
(池田浩明)
JR山手線 恵比寿駅
03-6721-6822
8:30〜19:30
日曜休み
*ブーランジェリーロブ+パンラボ
200(JR山手線) comments(2) trackbacks(1)
Comment








ロブさん、昨日初めて行きました。
やさしさがあふれるパンでした。
ところで、お店の情報ですが「渋谷駅」が最寄りのように書かれていますが、「恵比寿駅」の間違いではないでしょうか?
from. 通りすがりのものです | 2015/11/14 11:33 |
通りすがりの方、ありがとうございます。
恵比寿のほうが近いですね。
訂正しておきます。
from. パンラボ・かし | 2015/11/20 19:15 |
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| - | 2012/09/21 06:37 |
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