パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パン・ド・ロデヴを食べる会レポート
パン・ド・ロデヴとはなにか?
ごつごつした皮はとても香ばしく、光輝く中身はしっとりして、歯と歯のあいだでぴちぴちと弾ける。
繊細な甘さが、長く、やさしく持続する。
食べやすいのでいくらでも喉を通り、皮の強い香りと中身の淡麗な味わいが同居しているだけに、どんな食事にも合う。
洋食のみならず、味の濃くない和食にも。
そして、日持ちがする。
だから、その日に食べなくても、大きな1個を会社帰りに買って、翌日の朝、翌日の夕飯、そのまた翌日と、スライスして食べていける。
食べやすく、しかも日常の食卓に入っていきやすいので、日本のパン文化を変えるポテンシャルを持っている。

このパンを日本に広めることを使命とする「パン・ド・ロデヴ 普及委員会」が立ち上がった。
「上質なパン・ド・ロデヴ」を守ることで、ロデヴのおいしさを多くの人に知ってもらう。
一方で、作り手と食べ手がともに参加して食べ方などを提案しあい、ロデヴのある食卓をイメージしていく。

(「パン・ド・ロデヴを食べる会」では、フェルミエのチーズなど、おいしい食事とともに、ロデヴが供された)

10月29日、パン・ド・ロデヴ 普及委員会の発足式を兼ねた「パン・ド・ロデヴを食べる会」が、ドンク東京工場で行われた。
パン・ド・ロデヴを日本に紹介した仁瓶利夫(ドンク顧問)が「家元」、いち早く仁瓶のレシピを取り入れブロートハイムでこのパンを売り続けてきた明石克彦が「師匠」、「親方」という愛称で親しまれる元帝国ホテルの金林達郎(ボワドオル)はそのまま「親方」。
パン業界を代表する三巨匠が、技術顧問としてこの日、結集した。

ロデヴとは南フランスの小さな町の名前である。
ここではじまった独特のパンの作り方が、パン・ド・ロデヴとして、フランスで知られるようになった。
たくさんの水を入れてゆっくりと練った生地を計量もしないで適当に切り分け、ただねじっただけ。
現地でパン・パイヤス(パイヤスとは柳のかごのこと)と呼ばれるのは、発酵させるとき、中に布地を張った柳のかごを使ったからだ。

(仁瓶利夫氏)

ロデヴに足を運び、現地でこのパンを調査した仁瓶が、プロジェクターを使って講演を行った。
「パン・パイヤスはトルデュという形に焼かれます。
細長く切ってひねりを入れる。
生地にテンションがかかる成形ですね。
日本の職人から見たら戻りそうなんだけど、フランス小麦で作った生地だと、それが戻らない」

(ロデヴの町並み。ロデヴは聖地サンジャック・デ・コンポステーラに向かう巡礼街道の通過点にある)

「むかしからロデヴの町のスペシャリテとして有名でした。
近隣の町からきた人がおみやげとして買っていく。
しかし、ロデヴの人にとって、いまや日常的に買うパンになりました」

(ねじったものがトルデュ型のロデヴ)

パン・ド・ロデヴは計量されず、できあがった生地を適当に分割して作られる。
「生地をアトランダムに切るので2つと同じ形のものはありません」
だから、1本1本すべて目方は異なる。
プライスカードに書き込まれた4ユーロ10という価格は、1キロあたりのもの。
これに実際の目方をかけて1本あたりの値段を決める。
昔は鉛筆で値段をパンに直接書き込んだ。
と、リオネル・ポワラーヌ(パリの名店ポワラーヌの店主)も書いている。
いまは紙でくるんで、そこに値段を書いていましたが」

3代つづいたサンショーは、この町でも老舗に属する。
「サンショーでは、2年前まで、パン・パイヤスの由来になった柳のかごを使っていたというんですが、もうどこにいったかわからないと(笑)。
実際に柳のかごを使っているところは、いまどこにもない。
ようやく、この写真を見つけだしたんですが、こんなのを使っていたとは考えられない。
よっぽど生地が弱ければ(ふくらみにくければ)こういうのに入れる可能性はありますが。
いまはプラスティック製のフラットな箱を使っている」

発酵ボックスの形状は、焼きあがった生地の形に形状記憶合金のように影響を与える。
柳のかごの形状を考察することも、在りし日のパン・パイヤスの実像に迫るための大事な材料となるのだ。

日本でパン・ド・ロデヴとして広まったレシピは、トルデュ型ではない。
チャバタに近いような、成形しない、切りっぱなしの形。
この形は、もともと明石シェフがベッカライ・ブロートハイムで作っていたものだ。
2002年のクープ・デュ・モンドで、優勝したドンクの菊谷尚宏が作ったのもこのタイプ。
トルデュのように目が詰まらないから、ロデヴに特徴的なぷるぷるのなめらかな中身をより強調することにつながっている。

「パン・ド・ロデヴは、生地にストレスをかけないよう焼いたパン。
必要以上に酸化させなければ、生地に特徴的な風味が残る。
とはいっても、あまりにも手をかけなければ、発酵が進まないので、うどん(麩みたいなパン)にしかならない」

トルデュは、畳んだり、丸めたりではなく、ひねることのテンションによって、生地を丸く持ち上げる。
だが、それさえも切りっぱなしのロデヴは放棄する。
生地へのストレスを最小限に抑えることによって、繊細な甘さを表現するためだ。

「パンを作るためには酸化をさせないといけない。
酸化させないと、パンがふくらまない。
だけど、ふくらませるために、ミキシングをしすぎたり、パンチや成形を含めて手を加えていけば、(糖分がパン酵母に食われて)風味も吹っ飛んでいく」

ボリュームを出すか、風味を重視するか。
仁瓶はそれを「せめぎ合い」と表現した。
それは、どこで両者のバランスを取るのか、というぎりぎりの決断のことである。
あるいは、ボリュームのあるパンとは、生地が扱いやすいので技術を必要とされず、生産効率の高いパンでもある。
せめぎ合いとは、見た目や能率を重視するのか、風味や職人の誇りを重視するのか、の選択でもある。

(菊谷尚宏氏(ドンク)、佐藤広樹氏(ドンク)、二宮茂彰氏(帝国ホテル)がアシストを行った)

それは、パン・ド・ロデヴのもうひとつの特徴、水を多く加えることにもつながっている。
加水を増やしたパンは成形はしづらい。
技巧的な形より、みずみずしい味わい。
仁瓶が紹介に勉めてきたもうひとつのパン、リュスティックと同じ方法論。
そもそも、「パンの神様」レイモン・カルヴェルは、パン・ド・ロデヴからヒントを得て、パン・リュスティックを考案している。
両者は兄弟のような関係にある。
ロデヴとリュスティックは、いま流行の多加水・こねすぎないパンの先駆けとなった。
だが、いたずらな多加水、いたずらなアンダーミキシング(あまり生地を練らないこと)は、仁瓶の目指すところとは異なる。
ロデヴを極めることは、パンの本質を見つめることである。

「イタリアはチャバッタ、ドイツはセーレーン。
各国に多加水のパンはあります。
日本でも、まるで競い合うように100%以上水分のあるパンを作っているけど、自分は多く入れることが自慢でもなんでもない(通常のバゲットで約70%)。
多加水の生地を高温でガツンと焼く。
それでしか作れないパンのキャラクターに、私ははまっているだけであって。
(ロデヴにおいては)80%よりは90%のほうが、それがより際だつということ。
内相のつややかさもそうだし、日持ちもぜんぜんちがう」

仁瓶の博識は驚くべきものだ。
フランスパンに関するあらゆる文献にあたり、フランス語の原書まで紐解く。
パン・ド・ロデヴが成立してきた歴史的な経緯をこのように推理する。

「なんでパン・ド・ロデヴというパンがフランスのパン屋のあいだで知られるようになったのか。
昔はパンの値段は法律で決まっていました(現在は自由)。
たとえば、バゲットの重量は250グラムと決まっていて、1個あたりの公定価格も決まっていた。
それでは儲からないから、バゲットのような法律で定められたパンではなく、公定価格から外れるパンを作ろうとした。
ジェラール・ムニエ(フランスのパン職人。仁瓶は彼からリュスティックを学びとった)も夜中の1時半から、70センチのまじめなバゲットを作っていた。
だけど、どんないいものを作っても、隣のパン屋のノータイム(発酵時間を短縮した、生産効率重視の製法)のバゲットと同じ価格でしか売れない現実が、昔のフランスにはあった。
ムニエもたくさん水を入れていました。
『水は儲かるだろ?』と。
うまいパンを作れば、公定価格から外れた割高なパンであっても、お客さんに買ってもらえるから。
公定価格から逃れるために、パン屋が必死に考えた苦肉の策がロデヴだった。
これは私の想像ですが」

ロデヴとは、もっとおいしいパンを提供し、それによってもっと利益を得たいと願う、職人の本能が生みだしたパンといえる。

参加者には、仁瓶・明石・金林による三者三様のロデヴが配られた。
比べてみると、味わいにも表情にも個性がある。

仁瓶ロデヴはこんなふうだった。
皮が複雑に崩れ落ちる快楽。
香ばしさを感じたかと思うと爽快な苦み、はたまた渋み、そうかと思えば発酵の風味。
そして、圧倒的に快い甘さ。
持続する甘さの中で、塩気が強まり、それもやがて、中身のうま味へと熟していく。
この変幻自在こそ、パンの深みではないか。
パンを深く理解することにより、味わいの射程まで深くなったというように。

明石克彦作は、ごくやんわりとやさしい甘さの調子が印象的だった。
わずかな酸味とともに、発酵の香りが濃厚に広がる。
ややもすると嫌みにもなりがちな発酵の香りが、作り方次第でこんなにもすばらしいものになる。

(金林達郎氏)

金林達郎作には、誰もが好むような明快な甘さがあった。
ドンクのパン=フランスパン専用粉リスドオルの風味として、私たちが馴染んできたもの。
それがもっとも表現されていたのは、このロデヴだったかもしれない。

3人のパンがロデヴの頂点なのか?
よき手本ではあっても、絶対とはいえない。
バゲットのように、あるいはクロワッサンのように、思い思いのロデヴが百家争鳴を繰り広げるようになったときこそ、ロデヴが本当の意味で日本に根付くときだろう。

仁瓶は言う。
「ロデヴとはなにか?
おいしければいいじゃん。
いまバゲットに定義ってある?
ルヴァンリキッド入ってたって、なんだってバゲットだよ」

ロデヴの可能性はいまだ尽くされていない。
巨匠たちを乗り越えていく新しいロデヴを求めたい。(池田浩明)

パン・ド・ロデヴ普及委員会
本部:336-0932 埼玉県さいたま市緑区中尾2614ー3ー107 TEL 048-712-5810 
代表理事 松成容子
事務局:542-0082 大阪市中央区島之内1-13-30 洋菓子会館原ビル2階 Tel 06-6241-6180
事務局長 塚本有紀

「食べるよ会員」「作るよ会員(プロのみ)」「支えるよ会員(関連法人)」を募集。
お問い合わせは上記まで。




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