パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
CALVA(大船)
168軒目(東京の200軒を巡る冒険)

パンがあり、お菓子もある。
さらに上の階にはフレンチ・レストラン「シェ・ケンタロウ」も備える。
ルノートルやフォションのような、フランスのブーランジュリー・パティスリーのあり方。
ここにいけばなんでもあるという安心感、あるいは、ここにくればなにかがあるというわくわく感。

この店でシェフを呼ぶと、こう訊かれる。
「パンのシェフでしょうか、お菓子のシェフでしょうか?」
パンのシェフは兄、お菓子のシェフは弟。
1人でもじゅうぶんに店をまわせる2人が、CALVAの名のもと、五分に力を合わせる。

パンのシェフは田中聡さん。
「僕のおやじがケーキ屋さん。
30年ぐらい、お菓子屋をやっていました。
僕の弟がパティシエなので、『いっしょにやろう』みたいな話をして、建物もかなり古くなっていたので、建て替えました。
パンとお菓子の店をやろう。
東京の大きな店は、パンも、お菓子も、レストランもある。
だけど、パンとお菓子は、名前は同じでも、作るのも、経営もぜんぶ別々。
お金もそれぞれが自分で用意しました。
レストランは、僕が前にいた職場の同僚だった人がやっています。
独立を考えているようだったので、『レストランをやらないか』と声をかけました。
そうすれば、お菓子、パン、レストラン、この店にくればなんでもある。
誰でもできるとは思うけど、こういう店ってめずらしいんですよね」

「東京の大きな店」とは、VIRONであり、ジョエル・ロブションであろう。
資本力も、名前も、定評もある有名店に、兄と弟が組むことで、ここ大船で伍していこうとしている。

「お菓子屋さんといえば、コンクールで賞を取った人が、お店を出す。
雑誌に出て繁盛する店もあります。
でも、いまは景気がよくないですよね。
自分の知人でも、あんなにいいもの出してるのにっていう人が、苦戦している。
1人より、2人、3人が強い。
パンがテレビに出れば、必然的にお菓子やにもレストランにもお客さんがくっついてくる。
取り上げられる機会も3倍だし、お客さんも3倍」

パン職人、パティシエ、料理人が結集する「3本の矢」。
イタリアンとパン屋が隣り合って営業するタルイベーカリー然り、どの業界も経営が厳しい時代に、注目すべき新しい業態だと思う。

この店のシンボルマークはりんご。
「フランスに1年半いました。
弟も僕もノルマンディにいた。
ノルマンディの特産品といえばりんごだし、お店の名前をりんごにちなんで、カルヴァドス(りんごを原料に作られたブランデー)から取りました。
だから、りんごは素材としてなるべく使おうと思っています。
ただ、パン屋さんがりんごのデニッシュを作ってしまうと、弟の作っているお菓子とかぶってしまう。
だから、ルヴァン種をりんごから起こしてます」

りんごとクルミのパンペイザン(265円)
武骨な見かけと相反する中身の味わいの清らかさ。
だからどんどん食べられる。
皮の独特な崩壊感覚。
歯ごたえも香ばしさもくるみと響きあう。
くるみパンにもかかわらず、中身はきちんと湿って、食感はむにゅむにゅとしている。
(大きく焼いたパンをカットして売っているからなのだろう)
分厚い皮のかりかり感ともコントラストになっている。
りんごの酸味がフレッシュで、中身のほんのりとした甘さを、これもコントラストによって掻き立てる。

田中さんの作るパンは、細やかでとてもうつくしい。
だから、お菓子といっしょに置かれている姿にまったく違和感がないのだ。
パティシエ出身のパン職人が華やかなパンを作ることはえてして多い。
田中さんも、小さいときから父の仕事を見て育ったことが影響しているのかもしれない。

「ケーキが大嫌いなんです(笑)。
家が商売やってると、大好きになるか大嫌いになるかどっちかですよね。
高校出て、すぐ仕事はしたかったけど、やりたいことがわからなかった。
深く考えず、プリンスホテルに入って、パン職人になりました。
週2日休めるし、かっこいいし、いいんじゃない? って。
ところが、帰れないし、夜勤もあるし。
先輩もみんなすごく一生懸命な人ばかりで。
だけど、自分でやっても、先輩のようには作れない。
1個ぐらいちゃんとしたものを作ってから辞めようと思っていたら、こんな年になりました(笑)」

キャリアは約20年、ミクニのパン部門でシェフも務めた。
それでもまだ「ちゃんとしたもの」ができないとは、パンの奥深さを知っている人の言葉である。

「この仕事はおもしろい。
ファッションほど華やかじゃないけど、同じもの出すために朝から晩まで四苦八苦、見えないところでの大変さがおもしろい。
今日できても明日はできないし。
パンは生き物なんで。
むずかしいからつづいている。
簡単にできたら飽きちゃうんで」

3人が3人それぞれに仕事をしていながら、CALVAというブランドには統一感がある。
それは、「フランス」という一点で3人のイメージが一致しているからだ。
田中聡さんも、若き日に訪れたフランスでショックを受けた。

「23でフランスに行きました。
プリンスホテルにいた頃、先輩たちが辞めていって、教えてくれる人がいなくなった。
先輩たちに追いつけない。
このままやっても3年後には、先輩たちも3年先に行ってる。
誰も行ってないところに行ったら対等なはずだと。
フレンチの料理人でフランスに行っている人はいたが、パン屋さんはまだ行ってなかった頃。
『地球の歩き方』買って、大使館で学生ビザ取って。
パン職人をやるかどうかまだ迷っていました。
『この先どうするんだ、俺?
どうするか、早く決めないとやばいぞ』
遊びたい盛りだったし、この先もパン職人やるか、決めてなかった。
海外でいろんなもん見て決めようと」

田中さんにパン職人になることを決意させる体験があった。
「シャルル・プルーストというチョコレートの世界の大会があって、アテスゥエイの川村英樹さんが選手としてきていました。
僕も通訳兼お手伝いをさせていただきました。
そのとき、同じ会場でクープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・ブーランジュリー(パンの世界大会)も行われていた。
すごい人が代表になって、たくさんの人の前で作っている」

自家製酵母のおもしろさへ導かれたのは、あるフランス人との出会いがきっかけだった。
「僕がミクニ・マルノウチにいる頃、フランスフェアを行い、2つ星をとってるボルドーのレストランの人がきた。
ティエリー・マルクスさん。
おじいちゃんがパン屋さんだったらしく、自分自身でパンを作ってる。
僕もいっしょに作りました。
ティエリー(パン・オ・ルヴァン)は、そのとき教えてもらったのと、少しアレンジはしていますがほとんどそのまま。
この店をオープンするとき、名前を使っていいか訊いて、OKをもらいました。
すごく古い作り方。
僕なりに資料を調べたんですが、カルヴェル先生の本に出てくるようなやり方でした。
種も硬いし、生地も硬い。
いまのパン屋さんで流行っているスタンダード(水分の多い生地)じゃない。
売れなくてもいいから、思い入れがあるんだから、作ろうと。
はっきりいって、なにが正しい方法なのかはわからない。
『こうじゃねーの』って、手探りして作っています。
ティエリーさんはレストランのシェフなのに、料理は作らないで、朝は3時からきてパンばかり作っていました。
ティエリーさんが帰ったら、いいのがあがらなくなるし。
ぜんぜんわかってなかったんですね。
種も死にそうになった。
そのあとも勉強しながら、アレンジを加えつつ、なんとか形になりました。
そういう意味でつづけたい。
その人もりんごで種を起こしていた」

ティエリーのバターサンド(120円)
表面のひび割れとふりかけられた粉がうつくしい表情を見せる。
癖のない発酵のいい香りとわずかな酸味が、パン生地のうま味に絡み合いながら溶けていく。
香ばしさも若々しいし、強くなりすぎない白い繊細な甘さが活きている。
自家製酵母特有の目が詰まった生地だけに、味わいもその分密度が高い。
このバゲットに大量の無塩バターだけをサンドする、フランス的な思い切りのよさ。
バターがまるでクリームのようで、無塩なので強すぎないところも、この生地によく合っている。

ミクニ時代、田中さんは25歳でシェフに抜擢され、人を引っ張っていく立場になった。
だから誰にも教えられることはなかったが、フランスで、日本で、さまざまなものを見て、感化され、影響を受けてきた。

「ミクニにいたので、料理人が横にいたというのは、パンを作る上でも大きい経験でした。
それから、この店をオープンする前にはコムシノワに研修にもいきました。
西川功晃(現サ・マーシュ)さんはすごかった。
米山雅彦(現パンデュース)さんもまだいたし。
自分で勉強するしかなかったし、いろんな人に教わったり、本読んだり。
本見て、『これ、かわいいからやろう』とか、そんなのでうまいのできるわけないです。
パンにはその人の考え方とか、ストーリーが出るから、自分なりに解釈して作らないといけないんじゃないかな。
同じ工程をやっても、同じにできない。
人によってあがるパンはちがう」

野菜のスキャッチャータ(315円)
ごろごろと野菜ののったタルティーヌに大口を開けて齧りつく。
ジャガイモ、ズッキーニ、ピーマン、セミドライトマト。
さくっととも、しゃきっととも、にゅるっととも。
どの野菜も適切に火を入れられているがゆえに、さまざまな歯ごたえを豊かに感じさせてくれる。
一方で、パンはねちっという食感を残して一瞬にして歯切れて、ストレスがない。
パンの食べやすさは野菜の食感により意識を向け、シンプルな生地の味わいは野菜の滋味に寄り添う。
オイルとヴィネガーがうっすらと塗布されて、うつくしい照りを生み、野菜の味わいを活かしてもいる。

野菜を使ったパンは、神戸の名店コムシノワでの研修で学び取ったものだという。
「いろんな店で、似たようなのありますけど、なんかちがう。
生の野菜そのままのせるんじゃなく、ひとつひとつ下処理して、火を入れるものは入れる。
お菓子屋さんがあるので、パンにもうちの色を出そうと思って、そうしています。
野菜なら、お菓子屋さんの仕事じゃないから、かぶることがない。
3階の人間(フレンチのシェフ)にもソースとか相談できるし。
グリーンピースのソースとか、いろいろ教えてもらえる。
(ソースもフィリングも)ここでぜんぶ作ります。
それをよそから持ってくるんだったら、スタッフの子たちが勉強にならないですし。
たいへんだけど、やったほうがいいと思う」

本格的なお菓子のある店だから、スイーツ系のパンもおいしい。
レストランの同居する店だから、調理パンにもフレンチの技が活きる。
相乗効果、あるいは切磋琢磨の火花。
三本の矢はそんなところにも活きている。

「大事なのは、まじめにやること。
それ以外ないと思う。
僕らのやってることって、自分が作ったものオリジナルだって思ってる人もいるかもしれないけど、絶対にベースがある。
なにもないところから作ったものじゃない。
バゲットも、クロワッサンも。
パン自体にも名前にも歴史がある。
その商品のストーリーを知っておいて作るのと、思いつきで作るのとはぜんぜんちがう。
そういう気持ちが大事じゃないのかな」

タルティーヌがオリジナリティあふれる一方、ショーソン・オ・ポムやカヌレのようなフランス菓子は伝統的な形。
そして、おしゃれな店にもかかわらず、コロネやクリームパンも昔ながらの姿で棚に置かれている。
ユニークなパンも、定番のパンも、自家製酵母のパンも、フランスパンも。
その幅広さは例外的だが、まっとうさという点で1本筋が通っている。
(池田浩明)


0467-45-6260
7:30〜21:00
火曜・第3水曜休




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去年まで大船に住んでた者です。ケーキもおいしく、誕生日クリスマスには欠かしませんでした。CALVAのパンは大船ライフを間違いなく30%は幸せにしてくれました。カカオの入ったフランスパン(小さいハートサイズがまたニクいのです)美味しかったな…
from. booksotama | 2013/01/15 19:37 |
booksotama様
こんなパン屋・ケーキ屋が家の近くにあったのすごくラッキーでしたね!
僕の中で大船の好感度めちゃ上がりです。
from. 池田浩明 | 2013/01/15 23:28 |
大船に住んでいる者です。りんごとクルミのパンペイザンと野菜のスキャッチャータ美味しいです。前者は、りんごの甘すっぱさが生地にしみこんでいますし、後者は野菜と生地のマッチングが良く一個だけでもボリューウムがありお腹が満たされます。品ぞろえが多く職人さんは大変だろうなと思いながら食べています。お客さんも多いです、これからも頑張って作ってください。
from. パン好きファン | 2013/01/17 12:15 |
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