パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ヴァン・ドゥ・リュド(尾山台)
163軒目(東京の200軒を巡る冒険)

石畳に青い外観がフランスそのもの。
ヴァン・ドゥ・リュドは、MOF(フランス最優秀職人)のリシャール・リュドヴィックを監修者に迎え、パン業界大手のポンパドールが母体となって、オープンした。
ポンパドールといえば、繁華街や都心の駅前、デパ地下などの立地が多い。
それが、自由が丘からさらに電車を乗り継いだ、尾山台の瀟洒な商店街にこの店を開店させたのだ。

小西店長はヴァン・ドゥ・リュドのコンセプトについてこのように語る
「経営者はいろいろな物件を見ましたが、あえて激戦区ではなく、地域のお客さんに愛されるブランドを目指すため、最終的にここに決めたそうです。
尾山台の商店街は石畳がフランスに似ている。
この辺りのお客様は食に対する意識も高いですし。
パリのような都会ではなくて、地方の小さな町のような雰囲気。
パリのトップのお店を持ってきたのではなく、あくまで、ブルターニュ出身のリシャール・リュドヴィックさん監修のブランド。
リュドヴィックさんは、お店を開いているわけではなく、教育者。
自身のブランドができるのは、はじめてのことです。
店名のリュドはリュドヴィックの愛称、ヴァンは風。
ブルターニュから吹いてくる風をイメージしています」

リュドヴィック氏は、ブルターニュの国立製パン学校で教鞭をとる。
フランス人の名が冠されたブランドの多くは、パン職人かパン屋の店名であり、教育者・研究者監修の店は珍しい。
特に理論的厳密さにおいては、著名なシェフ以上のものをもっているかもしれない。
加えて、パリではなく、ブルターニュという特色ある地域をテーマにしているのもユニークである。

「ブルターニュは寒いところなので小麦が育ちにくい。
そば粉やりんご、素朴な素材を使ったパン作りもこの店のコンセプトです。
製造スタッフはみんなブルターニュに行っています。
製法だけではなく、哲学からなにから、教えを学んで、帰ってくる。
リュドヴィックさんは柔軟な方で、日本でもまったく同じレシピや材料で作りなさい、というわけではありません。
無理して、バターや小麦粉を空輸しなくても、日本にいいものがいっぱいある。
日本の感性で作りなさいと。
ブルターニュで有名なゲランドの塩は使っていますが、そのほかはうまく日本の材料をリュドヴィックさんの方法に融合させています。
バゲットは特に独特でおいしいものに仕上がっています。
何度も何度も試作をして、いちばんこの店の精神が入っているものです」

バゲットLUDO(294円)
このようなタイプのバゲットは私の記憶にない。
軽やかだが、湿り気と味わいに満ちている。
皮が薄いのに、かりっという音とともに、重層的に弾けて、実にクリスピーなのだ。
味わいはみずみずしく透明だが、やがて塩気とセレアル的な風味とともに、次々とさまざまな味わいが湧き上がってくる。
焼きの浅さのために、より軽やかさ、白さが強調されてもいる。

シェフの吉田賢治さんは、ポンパドールで製品開発を行っていた。
最初にブルゴーニュを訪れたのは3年前。
国立製パン学校で、また、リュドヴィック氏の友人のパン屋でも毎日仕事をし、本場のパンを学び取ることに努めた。
そこで学んだのはこのようなことだった。

「向こうのパンの作り方は、あまりこねないで、とにかく発酵を長くとる。
それによって、小麦粉のよさを最大限に引き出します。
ミキサーの高速を使わないで、ほとんどローでゆっくりと生地をつなげていく。
うちでやってるバゲットは、向こうでリュドヴィックさんに習った、冷蔵で15時間発酵をとる方法です。
水もかなり入っています。
ただ、歯切れのよさという意味では、やはりミキシングを抑えることが大事です」

ただ味わいが濃いというだけではなく、風味に複雑性があって繊細に伸びてくるのは、そのためなのだろう。
では、食感の快さはどのように形成されているのか。

「食感を出すために2種類の粉を使っています。
いろいろやっているうちに、向こうの食感に近くなっていきました。
たどりついたのは、フランス産小麦と国産小麦をミックスすること。
フランス産小麦はタンパクが少なくて、灰分量がやや高めな分、粉の風味があります。
国産小麦は、タンパク量はフランス産に近いし、風味も遜色がないのですが、いちばんちがうのは、粒度のちがいです。
フランス産のほうが粒度が粗くて、歯切れが出しやすい。
国産は粒度が細かいので、つながりがよくなり、引きが出た感じになりやすい。
そのほうがふくらませやすく、きれいな形にはなりやすいのですが、歯切れにくくなります」

砂地と岩のちがいといえばいいだろうか。
フランス産の小麦粉の粒は岩のように大きいために、粒と粒のあいだに空間が空き、歯を少し入れただけで、すぐに切れる。
一方、日本の小麦粉は砂粒のようにくっつきあっているために、なかなか歯切れないが、ふくらませることは容易だと。
日本の小麦粉のよさと、フランスの小麦粉のよさをうまくミックスしながら、リュドヴィック流のフランスパンを日本で再現している。

また、溶けていくごとに発揮されてくる、塩味のうまみ。
これは、ブルゴーニュ特産のゲランド塩を使用することによるものだ。

「ゲランドの塩を使うと後味がちがうと思います。
特にシンプルなパンにとっては、塩の存在は大きいですね。
バゲットは塩加減がいいと、言っていただけますね。
塩味が強すぎず、後から効いてくる。
それが尖っていない」

バゲットの白っぽい色合いも一般的な日本のバゲットとは異なっている。
「強く焼きすぎないようにしています。
冷蔵発酵しているパンなので火を入れすぎると、かちかちに硬くなる」

にもかかわらず、音が聞こえるほどのかりかり感がある。
また、中身の味わいの微妙さ、白っぽい領域の味わいが湧き上がってくるように豊かだということも、焼きすぎいないことと関係があるのかもしれない。

私はいままでフランスらしいバゲットとして、VIRONのレトロドールを考えていた。
リュドのバゲットはこれとはまったく異なるが、しかしこれもフランスなのである。
まさにリュドは日本のパンの世界に新しい風を吹かせている。

もっとも、焼きの強いもの、焼きの浅いもの、どちらが正統かという問いは無意味であると、吉田シェフもいう。
「フランスでは色が黒いバゲットも、白いバゲットも統一しないでいろいろ置いている。
お客さんは自分の好みでそこから選んで買っていくのですから」

リンゴのそば粉パン(378円)
そば粉のすばらしい香り。
鼻へと抜け、すがすがしい風を吹かせる。
次の瞬間、その香りをシナモンとりんごのさわやかな甘酸っぱさが更新する。
ごろごろと入ったりんごが、次々と破裂しては果汁を滴らせ、生地の味わいを快いものにしていく。
皮はかりかりして、バゲット同様のクリスピー感がある。
中身はウエットで、おっとりとみずみずしいかと思えば、そばと小麦の味わいが後から後からと湧きだしてくる。
生地の味とりんごの味にじんわりとした調和がある。

「そば粉のパンのレシピもリュドヴィックさんが持っていたものです。
ブルゴーニュらしさを出すために、りんごを入れています」

「人気1位」と書かれていたのは、他のパン屋とはちがい、バゲットでもクロワッサンでも、その他の調理パンでもなく、リンゴのそば粉パンだったのである。
食べやすい上に、生地とりんごにやさしい調和があるためだろう。
ブルターニュのおいしいものといえば、そば粉で作ったガレット(クレープ)とシードル(りんご酒)の組み合わせ。
ブルターニュらしさを売りにする、ヴァン・ドゥ・リュドのコンセプトは確実に受け入れられている。

クロワッサン(168円)
皮にさくさく感がある一方、内側は圧倒的に湿っていて、そのコントラストが秀逸である。
表面近くの皮が軽くて薄いのに、中心部1層が厚めで、それゆえにぷるぷる感までを感じることができるのだ。
その中にたっぷりとバターの甘さをたくわえている。
それはオイリーに滲みだし、コクがあるために、いっそうの満足感を与える。

「クロワッサンはこっちで試作をして、リュドさんと話をしながら、日本に合ったものにたどりつきました。
向こうのはぱさついた感じですね。
カフェオレにじゃぶじゃぶつけて食べるぐらいですから。
ヨーロッパの人は唾液が多いので、水分がないものでも、平気で食べます。
口溶けにバターのジューシーさ、レアさが残る配合にしています」

フランスと寸分違わぬものを提供するという方針ではなく、フランスの本格的な製法を借りながら、日本人の舌に合ったものを提供する。
地域密着であり、長年にわたってポンパドールが培ってきたものが生きているのかもしれない。
国を越えたコラボレーション。
吉田さんとリュドヴィック氏のあいだで、パンに対する思いは一致しているという。

「私もリュドさんも同じなんですけど、愛情をこめて作るということ。
食べてくれる人の気持ちになってパンを作る。
パンは自然のものなんで、自然に感謝して。
パンは技術ではなくて、気持ちなのかな」

ヴァン・ドゥ・リュドに、いまのところ新規出店の計画はないという。
そこにはこのブランドを大事に育てていきたいという意図がある。
リョドヴィック氏の思いとずれないよう、ひとつひとつのパンをきちんと作る。
尾山台の人たちに愛され、ブルターニュのりんごの木のように、この土地にしっかりと根づこうとしている。(池田浩明)

世田谷区等々力2-19-15
03−6809−7405
10:00〜20:00(不定休)

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