パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ラ・ヴィ・ア・ラ・カンパーニュ(中目黒)
181軒目(東京の200軒を巡る冒険)

この店の陰影は、薄暗い納屋に差す光線を思い起こさせる。
床に落ちる光が、コンクリートの三和土の素朴な質感やガラス瓶の色彩に気付かせたり。
あるいは、暗い部屋に吊るされたバラがわずかな光のためにかえってうつくしく浮かび上がる。
ラ・ヴィ・ア・ラ・カンパーニュ=田舎の生活。
幼い日に、田舎の家の片隅に置かれた使われていない古い品物がまるで宝物に見えたように。
この店に置かれたアンティークも、混乱した世界からひとつの美意識によって拾い集められた宝物である。
キリスト像や棚、ハーブを入れている大きなガラス瓶、十字架の刻まれた教会の椅子。

「ここにあるものはヨーロッパで買ってきたもので、19世紀や1920年ぐらいまでのものが多いですね」
とオーナーシェフのロシャン・シルバさんはいう。

パンもアンティークのようだ。
ひび割れが、皺が、ふぞろいの形が、なにかを語りかける。
しかも、この宝物は日々作られ、日々消えて、生きる糧となるのだ。

「パンは本を読んで独学で勉強しました。
本の通りやってもなかなかうまくいかない。
粉とお水の分量を何パーセントにするかとか、試行錯誤を重ねて、自分で考えてやっています。
うちのお店3店舗の分、伊勢丹などデパートに卸すものも、ここで作っています。
元々は鎌倉でカフェをはじめて、そのあと池尻でちいちゃな雑貨屋さんを開きました。
古い家を探して、すべて内装も自分で作りました。
天井、床、壁。
地震が怖いので、大事なところは大工さんも入れましたが。
家具もすべて自分で選びました。
元々は洋服屋だったのですが、アトリエを持っていてすべてオリジナルを作っていますし、このお店で売っているアロマも自分たちで作っています」

都市での生活があらゆるものを買うこと=消費によっている一方、田舎の生活は自分で作ること=ブリコラージュによって営まれる。
たとえば、壁の塗りムラは風合いとなって、なめらかな既製品の壁紙よりよほどあたたかい。
ラ・ヴィ・ア・ラ・カンパーニュというコンセプトによって、インテリアのうつくしさと、シルバさんの生き方が重なり合う。

「パンも昔から興味がありました。
すべて自分で作るほうが、安心で、おいしい。
よそで買ってくるより、おもしろいもの、変わったものを作りたい。
ヨーロッパで日常的に食べられているパンではなく、ちょっと挑戦。
カンパーニュに紅茶を入れてみたり。
赤ワインのパン、ミルクパン、バニラのパン。
形もちょっと変えて、おいしそうに見えるように。
パンはずっと作っていきたいと思っています。
朝3時から働かないと9時の開店には間に合わないけど」

香水のパン(360円)
パンで香水を表現する。
なんとうつくしい思いつきだろう。
ローズペタル、ハイビスカス、マリーゴールド、ブルーマロウ、ラベンダー。
ハード系だが少し甘味がつけられている。
これらのハーブのミックスは、甘さとあいまって、ローズシロップのピンク色を思わせる。
それがバラを想像させ、ひいては香水への連想へとつながるのだ。
味覚が記憶とさまざまな近くの連合であることをそれは思い起こさせる。

シルバさんは、アパレル会社の経営者として成功している。
何人もの社員を雇う立場にある人が、未明から起き出し、自らパンを焼くのはなぜなのか。

「パンを作ることは趣味ではじまっています。
儲けるとかじゃなく、楽しく、いいものを作って、みんなによろこんでもらえたらいいかな。
食べ物は体の中に入るものだし、おいしいものを食べたら幸せになれるから、ちゃんと作りたい」

自分の納得した素材のみを使ってパンは作られる。
「酵母は、海水から採取した海洋酵母を使っていますし、自分で作った種からもパンを作っています。
北海道産は粉の甘さはすごくいいと思いますが、それを使ってハード系を作るのは簡単ではありません。
むずかしい仕事。
水も多めに、80〜90%は入れます(通常の製法では約70%)」

普通のパン屋なら、数種類の基本生地に、混ぜ込むものを変えて、バリエーションを作る。
ラ・ヴィ・ア・ラ・カンパーニュでは、そうではない。

「ひとつひとつのアイテムごとに別の生地を作っています。
うちはミキサーも小さいからいっぺんにたくさんの生地を仕込むことができないですし。
でも、それぞれ別の味になるから、かえっていいと思います。
普通のベーカリーなら、電器オーブンでスチームもあると思うけど、うちにはなにもない。
ガス窯だし、スチームをするなら、お水を自分で汲んで入れないといけない。
それでいいと思います」

食パンの皮のざらざらした質感の、ひび割れのうつくしさ。
それは、限られた設備で作られることによって生じているのだ。

「うちは田舎のイメージで、昔の感じでやりたい。
内装だけが田舎風で、実際に作っているものがちがったら、よくないことだと思います。
コーヒー豆を挽く機械も手で回す。
ひとつひとつ手でやって。
最近、10年間パンをやってきた子を入れたんですが、ここで作るやり方は、他のパン屋さんとはぜんぜんちがうと言ってました。
私は他のパン屋さんで働いていないので。
パンを作ることはおもしろい。
スタッフもすごく気持ちを込めて仕事をしているので、楽しくできています」

ジャムパン
イタリア人であるシルバさんが、日本人にとってなつかしい味のパンを作った。
ほんのりとした甘さはやさしさへつながる。
ふわふわがおとなしく、素朴。
そして、皮が並外れて香ばしい。
水分はやや少なく、唾液を奪われるけれども、みかんのマーマレードに癒されつつ食べていく。
オレンジではなくみかんだからなつかしい。
酸味も、皮の苦みも、尖りがなく、しみじみとするからだ。

彼の、パンに対する思いを形作った、原体験について訊ねた。

「イタリアで生まれて、父はスペイン、母はスリランカ人。
小学校から大学まではスイスで学校に行っていました。
スポーツ終わって、お腹がすいたら、焼きたてのパンをどんどん食べていた。
朝ごはんでも、ランチでも、夕食でも」

シルバさんは、さまざまな国で育ち、暮らしてきた。
だが、どんな国においても、焼きたてのあたたかいパンへの憧憬は変わることがない。

2階のカフェではつい長居をしてしまう。
手作りの料理とパン、そして古い、うつくしいものに囲まれて。

この店の名が付けられたピザトースト、ラ・ヴィ・ア・ラ・カンパーニュ(1000円)。
半斤分の食パンをくりぬいてトマトソースとバジルソース、野菜を入れてトーストし、チーズをとろけさせたもの。
技術を尽くしたような料理ではないが、おいしいものとおいしいものを豪快に融合させ、誰もがしあわせになれるパンである。


東急東横線・東京メトロ日比谷線 中目黒駅
03-6412-7350
モーニング9:00〜11:30 ランチ11:30〜14:30 
ティータイム15:00〜18:00 ディナー18:00〜22:00
無休


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200(東急東横線) comments(2) trackbacks(0)
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いいなぁ〜行ってみたいなぁ〜
ここでぼんやり過ごせたら、さぞエレガントにぼんやりできるんだろうなあ〜
なんて思ったけど、場所はナカメだった。
やっぱナカメなのね。
ピッツァレベルの高いナカメだけにピザトーストもダイナミックでおいしそうだ。

ジュクやババや東ノナカに欲しい。
from. かしわで | 2013/06/18 10:16 |
3枚切り、4枚切りを超えた、2枚切りピザトーストです
from. 池田浩明 | 2013/06/18 10:51 |
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