テーラ・テール本日開店!【スギクボムーブメント第1弾】
2013.09.20 Friday 00:09
杉窪章匡(すぎくぼあきまさ)がついに動きだした。
デュヌラルテでコンセプチュアルなパンを展開し、理論と独創性を高く評価される杉窪シェフ。
デュヌラルテを辞め、プロデューサーとなり、今年中に全国に4店舗を出店する予定。
その第1弾、名古屋のテーラ・テールが20日にオープンする。
スギクボムーブメントの統一コンセプトはこうだ。
「契約農家の無農薬野菜を使い、無添加の素材でパンを作る。
国産小麦、一部には自家製粉の粉も使って、ドライフルーツはオーガニック、もしくはそれに準じるもの。
最低条件は、安全であるもの、ポストハーヴェストの心配がない国産のもの。
できるだけ地元の野菜や卵を使う。
生産者と直接つながっていく」
そして、各店舗には、それぞれ地域色を背負った独自コンセプトも用意される。
「名古屋の人はこってりした味のものが好き。
バターの甘さを強調したような、北の方のフランス(ノルマンディ、ブルターニュ)のスタイルを取り入れます。
だいぶ畑をまわったので、野菜を使ったパンが多いですね。
デュヌラルテのときより総菜パンが格段に増えている。
食感も軽めにしてるので、かなり食べやすいと思います」
その成果のひとつが、ノワール・エ・ノワール。
ゴボウとナスのピューレを、ビターチョコを混ぜこんだクロワッサン生地で包んでいる。
「ノワール」とは黒のこと。
食べ物の風味を色にたとえるのは、杉窪シェフ独特の表現。
「同系色による素材の合わせ方もあるし、同じ旬のものを合わせ方法もある。
秋ナスはおいしいし、ゴボウも今頃から冬にかけておいしいもの。
黒と黒という色同士でもあるし、もうひとつ黒い色バルサミコが、野菜をつなぐ役割をしている。
それを引き締めるためにカイエンペッパー(辛味の強いトウガラシ)を使っています」
あまり名前を聞かない製粉会社の粉袋が並んでいた。
なぜ杉窪シェフは小さな会社の製品にこだわるのか。
「小さいながらも、がんばっている生産者、製粉会社を応援したい。
ポストハーヴェストの心配がないものを作っている人への恩返しです」
3種類の食パンが目を引く。
まず、「石臼全粒粉」は岐阜県各務原市のサンミールが挽いた地粉を使っている。
名古屋周辺で小麦粉を探していた杉窪さんが、ある日「すごい製粉会社を見つけた」と興奮ぎみに語っていたのを思い出す。
「タマイズミという品種は、色でいうと白茶色の味。
もちろん、品種のちがいもあるが、製粉の仕方がすばらしい。
小麦の粒度が粗いんですよ。
どの製粉会社を探してもこんなに粒度が粗いのは少ない」
この食パンは衝撃的だった。
ハードな皮。
にもかかわらず、食パンとして極めて薄いゆえに、食べづらくはなく成立している。
バゲットさながらに、気泡がふつふつとヒョウ柄のように現れでて、それゆえに強烈で奥深いうまみがオイリーに滲む。
中身にある野の香り。
単に野生的なのではなく、極めてセグメントされている。
それはじょじょに、コーンのような明るい甘さへと変貌しつつ、ときどき噛む全粒粉の粒によって、再び野の香ばしさへと引き戻され、絡み合うのだ。
食感でいえば、実に軽くさわさわと舌に当たり、ちりちりとちぢれて、しゅっと溶けていく。
食パン「豆乳」は豆腐懐石店くすむらの豆乳を使用している。
すばらしい豆乳の甘さがパンにおいてまったく摩滅せず、活かされている。
むしろ、ふるふるとした食感、やわらかさ、麦の快楽と出会うことで、新たな翼が与えられている。
「豆乳」に限らず、これらの食パンはすごく唾液がでる。
それゆえにおかずがほしくなり、食事パンとして秀逸なのである。
(テーラ・テール佐藤一平シェフ)
食パン「牛乳とバター」。
「福岡県産小麦(太陽製粉のプラム)、北海道産小麦(ユメチカラ)を使っています。
口溶けのいいのができる組み合わせ」
いかにもゆめちから的なもちもちが、そのまますーっと溶けていく。
それにつれて、バターが濃厚に溶けだすのだが、強いだけでなくとてもうつくしく、清らか。
溶ければ溶けるほど甘さは高まって、喉で狂おしいほどになる。
クロワッサン「サリュー」。
テーラ・テールのスペシャリテ。
フランス語の「挨拶」を意味するこの名前をクロワッサンにつけたのは、スギクボが放つ名刺代わりの一撃だからだと、私は解釈した。
プライスカードに「食感とバターの香りが凄い」と自ら記す。
彼はこのクロワッサンを「日本一」と豪語しているのだ。
少し長くなるが、その理由は下記である。
「食べたら、びっくりしますよ。
バターの香りがあんまりしないクロワッサンってよくありますよね?
折り込みがうまくいってない。
バターと生地が混ざってしまっているから。
なぜうちのクロワッサンはおいしいのか。
要は、ぜんぶ理論的に進めているからです。
(一般的なものは)折り込むときに生地を薄くしすぎているから、プレスするときに、バターと生地が混ざってしまう。
そうならないように厚さをミリ単位で計算している。
それから、作業する温度は0度に近ければ近いほどいいので、パイルームをこの店には作りました。
あと、バターを包むとき、端が余りますよね?
バターののっていない、生地だけの部分ができる。
それをいかに少なくするか考えた折り方をしている。
これは講習会で話すと、みんな目から鱗だと言います。
それと水分。
水分を究極に減らして、一度冷凍し、また解凍すると水分移動が起きる。
それを利用して、いちばん少ない水分で生地をまとめているのも、層が崩れない理由です」
実際にクロワッサンを食べる。
聞いたことのない崩壊音を聞いた。
ざわざわ、あるいはしゅわしゅわ。
一瞬で、四方八方に亀裂は広がり、実に細かく木っ端みじんとなる。
中身に光の粒が見えた。
バターが光っているのだった。
もっとよく見てみると、中身に黄色と白のストライプができている。
バターと生地が完全に層になっているためにそう見えるのだった。
このクロワッサンを食べると、目の前が黄色く染まる。
バターの甘さが滴って、喉が心地よくて仕方がなくなる。
2階はカフェになっている。
ここで出す、自称「日本でいちばんおいしいパンケーキ」によって、パンケーキブームを一蹴するつもりである。
たしかに、うならされた。
食感は豆腐に似て、ぷるぷるしてちゅるんとして、なめらかで口溶けがいい。
それだけではなく、軽やかに、高らかに、麦の香りが歌っている。
添えられた、乳化剤を使わない自家製のアイスクリームがさわやかに甘く溶け、いちじく、ぶどう、ももという季節の果物がハーモニーに参加する。
とてつもない愉楽。
ここでスギクボムーブメントの真価に気づく。
麦の風味がきちんと聞こえているからこそ凡百のパンケーキを超えているのだと。
テクニックだけでも、新しい素材の組立てだけでもなく。
素材のすばらしさが合わさってこそ、一次元上の高みへと連れ去られるのだ。
スギクボムーブメントの今後の動向を記す。
福岡が10月開店予定。
川崎市向ヶ丘遊園が12月開店予定。
代々木公園(プロデュースではなく杉窪さん自らがオーナーシェフとなる店)も12月開店予定。
杉窪章匡のビッグマウスはとどまるところを知らない。
「いまの日本、いやこの世界、どうしようもない。
僕が変えていくつもりです」
(池田浩明)
terre à terre
052-930-5445
地下鉄桜通線高岳駅下車(栄の近く)
カフェ併設
9月20日(金)オープン