パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
震災復興 チャリティ製パン講習会 in京都
山崎豊シェフ(元ジェラール・ミュロ)、ホテルグランヴィア京都の齊藤康憲ベーカリーシェフ、井上克哉シェフ(ブーランジュリー オーヴェルニュ)、伊原靖友シェフ(Zopf)(写真右から)による「チャリティ製パン講習会」。
10月18日、製菓製パンの材料業者である「京都麻袋」の講習会場「おかげの間」で行われた。
収益はあしなが育英会を通じて東日本大震災の被災者のために役立てられる。

震災直後からはじまって今回で7回目。
山崎さんがこの活動をはじめたきっかけはどういうものか。
「地震があった日、東京駅で電車が止まって家に帰れなくなって、ひと晩ずっと考えました。
自分のできることはなんだろう。
僕ができるのは、講習会を開いてお金を被災地に送ることではないかと思った。
だけど、ひとりでは広がらない。
Zopfの伊原さん、オーヴェルニュの井上さんに相談したら、快くいいですよいと言ってくれた。
nippn(日本製粉)さんにも相談したら、ご協力させていただきますと言ってもらいました」

山崎豊さんは、ブルディガラのシェフなどを歴任し、日本のフランスパンの進化に大きな役割を果たした名シェフ。
どんなバゲットを作るのか、私は大きな期待を込めて見守った。
今回は、nippnのメルベイユ(フランス産小麦)、Fナポレオン(フランスパン専用粉)をハーフ&ハーフで材料とし、ミキサーを使わず手でこねる。

ボウルに水を張り、粉とイースト、塩を合わせ、かきまぜる。
「粉はふるってから使ってください。
吸水量が上がります。
粉と粉の間に空気があって、水も入りやすくなるし、いい状態になります」
生地中の酸素が増えることで、酵母が増殖しやすく、ボリュームも出るという。

「生地を叩くことはしません。
混ぜたら終わりです」
本当に軽く合わせただけ、これで本当にパンになるのかと心配になるほど。
「あとは、気持ちを入れていただければ、パンはできる。
みなさん念じてください(笑)」

「まだぼそぼそです。
この状態を見ておいてください。
ここからパンチでつないでいきます」
パンチ(ガスを抜き、折り畳む工程)によって、生地を作っていく。
レシピによるとフロアタイム(1次発酵)は「60分パンチ60分パンチ60分パンチ」。

1時間が経過したあと生地はこのようになった(写真参照)
「1時間でここまでつながります」

分割のとき、成形のときには、このような注意があった。
「力の弱い生地なのでガスをしっかり抜いてください。
いじめるとのびるんで」

できあがったバゲットは、ばりばりと音を立てて崩れた。
皮と中身のほどよいバランス。
中身のおだやかな甘さと、後味にうっすらとミネラル感、穀物的なうまみ。
山崎さんの手にかかると、本格的なバゲットが、いとも簡単にできあがるのは不思議だ。

伊原シェフが作る「手まぜフォカッチャ」。
「フォカッチャは、普通中力粉で作りますが、今日は強力粉でやりたいと思います。
よく山崎さんが、実験として、薄力粉でバゲットを作ったりしていますが、それを見てやってみようと思いました。
このパンにはこの粉という先入観を持たずに。
強力粉で作ると、もちもち感が強くておいしいフォカッチャができます。
なぜ今日はこれでやるのかというと、ミキシングの話をするための、題材として選びました」

伊原シェフは、オートリーズ(小麦粉を水と合わせたあと休ませる時間のこと)の重要性を力説する。
ミキシングにおいては、低速・中速・高速といった速さや強度が考慮される。
実は、本当に重要なのは「時間」ではないかと。

「家庭製パンの人を教えるようになって思ったのが、こねるのがうまくなればなるほど、パンのボリュームが減ってきちゃうってこと。
こねるのが速くできるようになるから、こねる回数が同じでも全体の時間が短くなってしまうんですね。
それを見て、こねる回数もそうだけど、時間も大事だと思うようになってきた。
たとえば、50回ミキサーが回転するとしますよね。
10分間で50回なのか、1分間で50回なのか、大きくちがう。
それは強さもあるけど、オートリーズがどれぐらい効いてくるのかのちがいでもあります。
小麦粉と水が合わさることで、グルテンが裂けて、細かくなっていく。
細くなったグルテンの束を絡めたほうが、グルテンが太いまま絡めるより、細かい気泡を包める。
ロープで布を作るのか、細い糸で布を作るのかのちがいと同じ。
だから、15分ミキシングかけますよというときに、途中で5分、10分止めてあげると、それだけで、食感がやわらかくなり、ボリュームが出る。
グルテンが細く分かれて、それからミキシングをかけていくのか、そうじゃないのか。
からませるというイメージを持ったほうがいいです。
細かくしてからからませるのか、太いままからませるのか。
今日使ってるのは強力粉なので、すでにグルテンはたっぷりある。
練ることで、グルテンを量的に増やすというイメージは持たなくていいと思います。
しっかりからませて、それを利用する」

グルテンの束を絡ませて、そこに空気を抱き込むイメージで作られたフォカッチャ。
ボリュームが出ていて、とても背が高い。
ふわふわとして、かつ、ぶりっとした歯ごたえも楽しめる。
食パンとフォカッチャのいいとこ取りだから、食パンが好きな人も、本場っぽいパンが好きな人も好きになるだろう。
オイルと粒、ツープラトンであふれでるオリーブの香り。
表面の甘さ、香ばしさと相まって、とても力強い。

「クローネ」(ブリオッシュ生地の中にドライフルーツを練りこんだもの)のドーナツ型は、肘を使って作る。
「内側に引っ張られるので皮が切れずに残ります。
綿棒だとぷつっと切れる」

受講者も成形に参加。
自分の成形したものを指差し、「丸めがきちんとできていると、こんなふうに皮が張るでしょ」と説明。

井上シェフは「マニトバブレッド」という名の食パン生地を披露。
「マニトバはカナダにある州の名前で、小麦の産地として有名なところです。
このパンはカナダ小麦コンテストの食パン部門でグランプリを取りました。
ポーリッシュを使って、極力リーン(副材料を入れない)にして、フランスパンみたいな配合にしています。
ショートニングを入れるのは、窯伸びさせる(ボリュームを出す)ためですが、(バターなど他の油脂に比べて)香りがないので、小麦の風味を邪魔しないと考えました」

ポーリッシュ(前日に水気の多い種を作る製法)を使って、しっとりの食感と、小麦の味わい深さを両立させる。
「ポーリッシュはnippnのフランスパン専用粉ジェニーを使います。
灰分が高いので味がある粉です。
本ごねでは、nippnの超強力粉ゴールデンヨット。
これぐらいタンパクの多い粉を使わないと窯伸びしない」

同じ生地で、型に入れた食パン、そして、型に入れずフランスパンのように直焼きする「塩パン」を作った。
「塩パンは3年ぐらい前に関東で流行ったもの。
スリッパ型に成形して、指で穴を空けて、塩をふって焼きます。
270〜260℃の高温に上がったところで一気に焼いて、5、6分で出すので、やわらかくてふわふわしています。
日本人の好きな感じのパン」

ふわふわっとしているのに、しめっていて、中心がもっちりしているので、噛む瞬間に粘って、歯にくっつくほど。
しなやかさもあり、しゃきしゃきとした音が聞こえる。
いかにも北米産らしい風味が濃厚に漂って、口の中で渦巻く。
振りまかれた塩とオイルをランダムに感じ、それらが舌に触れるたび甘さが激しい強度へと振り切れる。

ブレッツェルの成形を井上シェフが実演。
空中でくるくるっと巻く、鮮やかな手つき。

「チャリティ製パン講習会」では、毎回若手シェフが講師となる。
今回はホテルグランヴィア京都の齊藤シェフが登場、「栗のカンパーニュ」を作った。
カンパーニュと名はつけど、油脂が入り、やわらかい。
ホテルのパンらしい、食べやすさとリッチさ、洗練を兼ね備えたパン。

「栗にはミルク味を合わせるとおいしい。
脱脂粉乳と生クリームを入れることで、生地がやわらかく、甘くなる。
両方作ってみて、栗粉だけよりもいいと思いました。
栗粉だけだと、栗の味が強くなりすぎるので」

齊藤シェフが作るパンドショコラ。
ユニークなジグザグのクープ。

昼食は伊原さんが、Zopfのカフェで提供されているものを再現。
パテ・ド・カンパーニュ、スモークサーモン、マッシュルームバター、サラダにはブルーチーズのドレッシング、ディジョンマスタード、モッツァレラ(高梨乳業)。

盛りだくさんのパン。
伊原シェフによるバターロール、齊藤さんによる「栗のカンパーニュ」「パンドショコラ」、山崎シェフの作ったフォカッチャ、「アッフェルシュトロイゼルクーヘン」とりんごジャム、井上さんのブレッツェルも。

陸前高田の津波を生き残った「希望のりんご」も題材として使っていただいた。
落下して傷が入り、市価の数分の一で取引されるりんご(味は通常のものと変わらず)を、パンやお菓子として使うことで、復興に役立てたい。
その弾みになればと、山崎さんに、使用をお願いしたところ、ご快諾いただいたのだ。
今年の初物、早成りのジョナゴールド。
熟した赤いものだけを、米崎町の農家金野秀一さんが選び、送ってくれた。
それを山崎さんが、ドイツ風のアップルパイ、アッフェルシュトロイゼルクーヘンに仕立てる。

「アッフェルはドイツ語でリンゴのこと。
シュトロイゼルは粉とバターと砂糖を手でこすりながら混ぜて焼き、ぽろぽろのそぼろ状にしたもの。
クーヘンは四角いお菓子のことです。
丸いお菓子だと、トルテという呼び方になります。
土台になるのはミルベ(ミルベタイク)、クッキー生地のことです。
そこにアーモンドクリームをのせます。
ドイツではアーモンドパウダーではなく、マジパンを使うことが多い」

「りんごのコンポートは、プレザーブを作ると思ってください。
砂糖とレモンゼスト(レモンの皮をすりおろしたもの)、バニラビーンズを混ぜたものといっしょにりんごを炒めます。
ドイツではバニラとレモンは対で使います。
そのほうが両方のよさが出るから。
僕の場合、プレザーブはいっぺんにたくさん作って冷凍します。
市販のプレザーブより、糖度が決められるのがいいですね。
皮といっしょに炒めるとペクチンが出ます。
皮の色素が出てきれいな赤い色になるし、香りも強くなる。
煮汁を固める作用があるので、ジャムを作るときも皮は必ずいっしょに入れます。
今日はシナモンは入れてません。
りんごの風味をそのまま出したかったんで。
生で食べたとき、酸味と甘みのバランスがよかった。
身もしっかりとしていて、歯ごたえが出ますね」

さくさくのクッキー生地、レーズンの香り、かりかりのシュトロイゼル、スポンジの甘さ。
りんごの酸味に対して、さまざまな甘さと香りが組み合わせられ、対置されることで、至福の階段を上がっていく。
りんごのやわらかな甘さの中に切れのあるフレッシュな酸味が滲み、広がっていく。
りんごを噛んでいるあいだしばらく口の中をさわやかさが駆けめぐって、心地よい時間が過ぎる。

ジャムもお作りいただいた。
砂糖をあまり加えず淡い甘さは、りんごそのものの持ち味を活かし、増粘材などを入れて無理に固めることもせず、水分たっぷりでしゅりしゅりな食感もかえってフレッシュさを感じさせ、素材の味わいが活きている。

りんごは必ず完熟させて出荷される。
農産物には見えないところでたくさんの努力が払われている。
この甘さ、この酸味は一朝一夕にはできないものなのだ。
山崎さんはりんごの声を聞き取り、すばらしい技術でそれを活かしてくれた。

実は、この早成りのりんごが収穫された直後、つまり講習会前日の10月17日に、台風26号が陸前高田を襲い、ジョナゴールドのほぼすべてを強風によって木から震い落としてしまった。
1年の努力が無に帰し、落胆して当然であるべきところ。
しかし、金野さんら農家は必死に前を向いている。
被災地のためになにかをしたい。
山崎豊さんはもちろん、今回ご参加いただいた受講者の方々も、真剣に心配をし、励ましをいただいた。
この熱い気持ちをりんご農家に届けたい。(池田浩明)
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