パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
第2回陸前高田「以心伝心」バスツアー
今回で9回目を数える「パンを届ける」の活動。
11月16日、私たちは陸前高田市を訪れた。
まずは、3.11の語り部、「陸前高田市ガイド部会」の会長である新沼岳志さんの案内で被害の遭った場所を巡った。

風光明媚な海水浴場として、多くの人たちが訪れる観光地だった、高田松原。
江戸時代から340年つづいた貴重な松は、3度の大きな津波に耐えたにもかかわらず、3.11では「奇跡の一本松」だけを残して壊滅した。
「道の駅 高田松原」の廃墟。
コンクリートがぼろぼろになった無惨な情景を目にすると、津波の圧倒的なパワー、それに飲み込まれた人の悲鳴や嘆きが聞こえてくるようだ。

(高田松原の松の木の根っこが無惨な姿をさらす)

新沼さんが海岸を指し示し、ここに作られようとしている巨大な防潮堤の計画を説明する。
高さ12.5メートル、底面の幅はなんと50メートル。
総延長5キロを建造するための工費は230億円に及ぶという。
けれども、陸前高田を襲った津波の高さは最大13.2メートルだった。
3.11の津波さえ防ぐことのできない堤防に230億円の巨費を注ぐ。
根本的な疑問は、本当にこれが津波から人を守るのかということだ。
巨大な堤防を作れば作るほど、安心を人に与えるために、逃げる意識を失わせはしないだろうか。
また海への視界を遮るために、沖からやってくる津波を見ることができない。
3.11で生と死と境目になったのは、海が見える場所にいて、津波がやってくるのをいちはやく目にすることができたかどうかだったと、私は逃げ延びた人たちから聞いたことがある。
新沼さんによると、この防潮堤の計画は、市民の間でも賛否が分かれているそうだ。

(かつての陸前高田駅前。手に持っている写真は震災前の同じ場所を同じ角度から見たもの)

いま無人の荒れ地となっているここはかって陸前高田の駅前商店街だった。
海沿いのこの場所に陸前高田の駅舎があり、ロータリーから一直線に商店街がつづいていた。
新沼さんによると、この商店街に住んでいた商店主の8割が亡くなったという。
高田町にあった緊急避難所11カ所のうち10カ所を津波が襲ったからだ。
小高い丘の上にあったわずかに1カ所のみが難を逃れたと。
「地震がきてから最初の津波がくるまでの約40分間。
通帳や赤ん坊の着替えを取りに家に戻った人が津波に遭ったんだ。
チリ地震のときは、この線路までしか津波がこなかったことで、みんな安心していた」
自然は常に人間の想定を超える。
それを肝に銘じ、万一の準備を怠ってはならないことを、この風景は教えてくれる。

今回、私たちは活動の範囲を広げた。
2カ所の仮設住宅でバーベキュー、同時並行して、米崎コミュニティセンターでパン教室を行った。
陸前高田には依然としてパン屋はない。
普段、スーパーのパンしか食べられないお母さんたちが、自分でパンを作りたいと希望したもの。
講師はベーカリーアドバイザーの加藤晃さん。
オーブンをお持ちでない方でもパンを作れるように、フライパンを使ったレシピを用意。
地元でとれたりんごとさつまいもをフィリングに利用したパンはパン屋で売っているパンさながらにおいしかった。
また、買ってきた食パンに惣菜をはさんで手軽に作れる、カレー揚げパンやポテトサラダ揚げパンも披露した。

私たちが米崎小学校に着くと、お母さんたちがベンチに座って待ってくれていた。
たくさんのなじみの顔。
男性は炭の火を起こし、コンロを設営する。
お母さんたちの中で動ける人は食器を洗い、野菜を焼き、足の悪い人に取ってあげたりと助け合う。

今回はZopfから吉澤さんがやってきていつもの巻パンを作ってくれた。
ブーランジェリー ボヌールの若手、斉藤君もサポートにまわる。

パン作りが大好きなお母さんがいて、つきっきりで手伝ってくれる。
文字通りの「昔とった杵柄」、モチをこねる要領でパンをこねるのでとてもうまい。

巻きパンはすっかりおなじみ。
慣れた手つきで棒をまわし、子供たちが手伝う。
2歳になる女の子が恐る恐るパンを齧り、おいしいと笑顔になる。
この子は地震のとき、まだ母親のお腹の中だった。
月日は確実に流れている。

巻きパンを食べ終わったあとの棒を持って踊りだすお母さんがいた。
この地に伝わる、和傘を使った踊りなのだという。
手つき、腰つきの流暢さ、鮮やかさにみんなが手を叩いて、盛り上がる。

牡蠣漁師である大和田晴男さんが蒸し牡蠣を作ってくれた。
ガスボンベとコンロを持参、「大和田家の牡蠣」と青空に幟(のぼり)が立つ。

コンロから湯気が上がり、おいしそうなスープがたっぷりと漏れ出る。
奥さんが殻にナイフを入れ、むいてくれた蒸したての牡蠣を食べる。
豊かな磯の香りとともに濃厚な甘さがジューシーにまったりと広がった。
現地にこなければ食べられないおいしさ、豪快さ。

忙しい合間を塗ってバーベキューに駆けつけた理由を大和田さんはこう話す。
「震災のときはたくさんのボランティアの人たちがきて、筏の再建を手伝ってくれた。
いまその人たちに直接恩返しすることはできないので、きてくれる人には安く牡蠣を振る舞っています」

みんなが思い思いのものを持ち寄る。
米崎女性会のみなさんは、三陸ならではの味、さんまのつみれ汁を振る舞ってくれた。
現地のスーパー「マイヤ」に売られる、新鮮なさんまのすり身。
陸前高田のしょう油屋ヤマニのしょうゆにみそ、白だし。
そして地元でとれた根ショウガをきかせ、実にいいスープが出ていて、身も心もあたたまった。

米崎町の金野直売センターにご協力いただいた活きホタテ。
網の上にのせようとすると、
「指をはさまれないように気をつけろよ」
と漁師の佐々木さんから声がかかる。
無雑作につかみあげると、ホタテは本当に活きていて、貝を閉じて指をはさまれそうになった。
火にかけるとほどなく、ふたを開いて、おいしそうな汁を滲ませる。
身のふくよかさ、こりこり感、臭みもなく、ひたすらに甘い。
「ほら、藻がついたりして、貝が汚くなってるのがあるだろ。
こういうのがおいしいんだ。
海面の近くにいて、養分のたっぷり入った水を吸っているからさ。
牡蠣もいっしょだけど、ホタテを選ぶときはきれいなのを選んじゃいけないよ」

米崎町の目の前に広がる広田湾は、気仙川の淡水が流れこむ。
外洋で育てるのとちがって、川が運びこむ陸の養分によって、身が甘く、貝柱の大きい貝が育まれる。
牡蠣が築地では高値で取引されるように、広田湾は名漁場として全国的に知られている。

サンマに牡蠣にホタテ、野菜。
コンロの上に地元の産物がたくさん置かれた光景は感慨深いものがある。
震災直後、ここを訪れたとき、新鮮な食べ物などまったくなかったのだから。
筏を作ってもう一度海に浮かべ、稚貝をつり下げ、1年以上の時間をかけて育ち、作業所も再建して、そうしてやっと出荷できるところまで漕ぎ着けた。
人びとの努力によって復興はだんだんと確かなものになってきている。

たくさん食べて一服しているところに、ポータブルCDが持ち込まれ、米崎音頭が流れる。
すると、お母さんたちが列を作って踊りはじめた。
私たちもその列に参加し、みんなで米崎音頭を踊った。
はじめてのことだったけれどなんだか楽しく、仲間になれた気がした。

りんご畑のある丘陵地帯には、西風道(ならいみち)仮設住宅など、世帯数10軒前後の仮設住宅が7、8カ所も点在している。
規模が小さいゆえに、いままであまり支援の手が及んでいなかった場所。
そうした住民の方にきていただきたくて、和野会館でもバーベキューを行った。
この小さな公民館は、かって避難所として、被災者の方々が身を寄せあうようにして生活をともにしていた。
坂道をわざわざ上がってここにやってきたお年寄りたちが、野外に並べられたテーブルを囲む。
みんな楽しそうな笑顔。
同じ集落だった人が離ればなれになっていて、久方ぶりの再会の機会になった。

「グロワール」の一楽千賀さんが大阪からわざわざ駆けつけ、米粉のパンケーキを作ってくれた。
ラ・テール洋菓子店の中村逸平グランシェフもそれを手伝う。
希望のりんごを使ったジャムをこの日のために仕込み、いちご、桃、パインなどもパンケーキの上にトッピングしてかわいいパンケーキができあがり。
子供たちが大よろこびで競い合うように食べていた。

りんご農家の菊池貞夫さんは、前日に鹿を撃ち、私たちに振る舞ってくれた。
厚切りにしたジビエを炭火で焼く、堪えられないおいしさ。
米崎町の海も山も様々な生き物を育み、実に豊かなのである。

(加藤晃さんと米崎町女性会の人たちが作ったパンをみんなで食べる)

ボランティア団体「ラブ・ギャザリング」の辻めぐみさんは言う。
「子供に話かけたとき『僕、ここに泊まったことあるんだよ』と話てくれて、なんて答えてよいのか言葉に詰まってしまいました。
3.11のとき避難所となった場所は子供達にとって、とても怖い思い出があるところだと思います。
今回こうして同じ場所に集まり、みんなの笑顔を見て、この場所が子供達にとっても大切な記憶となると思うと、とても感慨深く、もっとたくさん楽しい思い出を作ってあげたいと思いました」

同じ米崎町という場所に、被害に遭われた方とそうでない方がいる。
そして、被害の程度も、元の職業に復帰できたかどうかも、それぞれ異なる。
そうした人たちが笑いあい、絆を深めあう機会に、このバーベキューがなったとしたら幸いである。

10月16日、台風26号によってりんごが落下、未曾有の被害が出た。
いまりんご畑はどうなっているのか。
一刻も早く見たくもあり、見るのが怖くもあった。
だが、私は安堵した。
りんごは以前見たときよりはまばらな印象だったが、それでもあちらこちらに、赤く、黄色くなっていた。
宝の山。
それらは丘を明るく照らすたくさんの灯火に見えた。
主力品種であるジョナゴールドは9割が落下したものの、なるべく長期に渡って出荷できるよういくつもの品種を育てていたこともあって、ふじをはじめ難を逃れたものも多い。

収穫を体験する。
「持ち上げるようにしながらまわすと取れますよ」
金野秀一さんに教えられたようにやってみると、ちぎらなくてもすんなりと取れる。
もぎたてのりんごを口にしてみる。
いつも思うことだが、この風景、この風の中で食べるりんごがなぜかいちばんおいしい。
酸味はすがすがしく、甘さはやさしく、自然の味がする。
都会で忘れがちな、自然の中で生かされているという実感を取り戻させてくれる。

金野さんのお宅でさまざまな品種の食べ比べをさせてもらう。
りんごはすべて同じようなものだと思っていたが、そうではなかった。
1ケース(5キロ)がなんと2万円で取引されるという紅いわて。
やわらかな食感もまったりした甘さも洋梨に似ている。
他にも酸味がきりりとしたもの、甘さが丸いものなど、それぞれの品種がそれぞれの魅力を放って、どれもおいしかった。

深夜11時。
田舎ならではの真っ暗な闇の中、1軒だけ明かりの灯った建物。
「夜11時にくれば仕事が見られるよ」
バーベキューのとき、ホタテの世話を焼いてくれていた漁師の佐々木さんにそう言われ、作業場を訪ねた。

なぜ11時なのか。
中からかんかんかんとたくさんの貝殻同士が打ち合う音が聞こえてくる。
漁師たち、お母さん、おばあちゃん。
こんな夜更けにたくさんの人たちが働いている。
北海道から運び込まれた幼いホタテにロープを通す作業。
水揚げされたホタテを6時間かけて船で運び、それが到着するのが夜の11時なのだ。
がちゃんがちゃんと繰り返す音。
佐々木さんが機械で穴を開けている。
それをロープに通すのは、主に女性の役目。
作業が終わるとホタテはまたトラックに積まれ、海に持っていってすぐさまイカダに吊される。
家族総出でこれを朝方までずっとつづける。

この作業所は近隣の漁業者4人が共同で営む。
かってはそれぞれが独立したホタテの養殖をしていた。
ところが、津波で作業小屋を失い、船を流された。
1艘の船、1軒の作業小屋をみんなで分け合うことを余儀なくされている。
船が少ないので、作業性は低い。
生育していた稚貝も失った。
船を買い、家を再建するために、多額の借金を背負った。

「天国と地獄」
と佐々木さんは言った。
かってホタテの養殖は稼げる商売だったが、いまだ生産は回復せず、年収は70万円に留まっている。
船や作業場や養殖筏を含め、被害の総額は1億5000万〜2億円に及ぶという。
だが、悲観することはないと思った。
これだけおいしいホタテを世間が放っておくはずはない。
一度口にすれば、普通のホタテはもはや食べることができない。
りんご同様に応援することを約束し、活気に満ちた深夜の作業場を辞した。


翌日、一行はりんごの植樹を手伝った。
米崎町の一角に作られる岩手県農業技術センターによるりんごの新品種の展示場。
ジョナゴールドやふじの色も形もよくなった改良バージョン。
米崎りんごをさらに「希望」に満ちたものにするための実証実験である。

持ち慣れないスコップを握って穴を掘る。
苗木を運んで穴に入れる。
覆っていた不織布や茎を束ねるビニタイを取り除く。
土をかけ、肥料を与える。
大勢で手伝ったので、2時間ほどの作業で120本の植樹を完了することができた。

(別れを惜しむ、ラ・テール洋菓子店の中村逸平グランシェフと、りんご生産者の金野秀一さん)

いろんな人に会い、復興のたしかな足取りを目にした。
目を見て、話をして、短い間であるけれど希望や悲しみを共有する。
ささやかな応援のお礼に、心のかばんには思い出をいっぱいもらって、私たちは陸前高田米崎町を後にした。(池田浩明)

ご協力いただいた方々・団体

大和田晴男・三代子
大屋果樹園
櫛澤電機製作所
こんがりパンだ パンクラブ
金野直売センター
グロワール
Zopf(ツォップ)
日本製粉株式会社
ブーランジェリー ボヌール
マルグレーテ
民宿志田
米崎町女性会
米谷易寿子(ワーク小田工房)
ラ・テール洋菓子店
ラブギャザリング
和野下果樹園
その外、ツアー参加者の方々

写真・小池田芳晴(シミコムデザイン)
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