パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
中日パン子さんはバルバリの夢をみるか?
「ぱんとたまねぎ」こと林舞さんから、
「『パン語辞典』という本を出すことになりまして」
と電話があったのはいつのことだっただろう。
それから長い時が経って、本屋で『パン語辞典』(誠文堂新光社)を見つけ、ページをめくったとき、完成まで時間がかかった理由がわかった。
とにかく細かく、たくさんの項目があり、それぞれすべてにかわいいイラストが付されている。
見ているとにやにやしてしまうぐらいかわいい。
かわいいだけではなく、とてもよく調べられている。
製法やパンの種類というまともなことだけではない。
パンに関するあらゆることが取り上げられている。

たとえば、「ゆるキャラ」という項目では「中日パン子さん」という、中日新聞出版局による局地的キャラクターが食パンであるという事実に着目している。
かと思えば、セラミックのついたパン専用の「焼き網」という便利グッズについても書かれ、製作者本人にまでインタビューしている。
あるいは、『ブルータスCASA』の求めに応じて1999年、2001年と2度に渡って来日し、日本のパンに、叱咤と激励と愛の言葉を投げかけていった、フランスの料理評論家フランソア・シモンのことまで触れられている。
林舞さんは自分がイラストやデザインをものするために、パンを題材にするアーティストに対してはことのほか愛情深く、リトアニアのアーティストによるパンで作った靴「bread shoes」のことが出ているのもそのひとつである。
それからまた、かわいいものを発見するセンスも人並み優れていて、あのアンデルセン(高木ベーカリー)が、アンデルセン童話をモチーフにしたパン(人魚姫、親指姫などなど)を作っていることを見逃していない。
読み飽きた頃には、ちょうどよく彼女自身が描いたマンガが出てきて、ほっと一息つける趣向になっている。
はたまた、歴史小説の巨匠・吉川英治が「蜜パン」(トーストに黒蜜をかけたもの)を食べていた事実を発掘もしている。
伊勢原や湯河原という、パン好きには特別な響きのある地名が出てきて、それぞれブノワトンとブレッド&サーカスについて愛情の籠った説明がなされている。
この本を読むと、パンという世界はこんなにもかわいく、楽しいことに満ちているのだと、誰でも気づくことはできる。

なぜ、林舞さんはこんな本を作ることができたのか。
彼女は長い間かかって、パンにまつわる宝物(それが形のあるものであれ、ないものであれ)をずっと収集してきた。
私は林さんのお母さんに会ったことがあるが、
「舞は、昔からパンと名のつくものなら、パンダとかパンティまで調べてました」と言っていた。
つまり、170ページ以上もある(作るの大変だっただろなー)この本は、林舞さんの「人生の本」なのである。

知らないパンが食べたい。
自分の中のパンフロンティアをいつも広げていたい。
パン好きにはそうした、アレキサンダー大王か豊臣秀吉的な欲望が内在している。
自分の食べるべきパンはあとどれぐらいあるのか。
そうした取らぬ狸ならぬ食べぬパンを皮算用するのにもってこいの本が、『世界のパン図鑑』(平凡社)である。
ワルン・ロティの大和田聡子さんが監修をしている。
大和田さんは、ポルトガルへのパンツアーを企画するなど、世界のパンに並々ならぬ関心を寄せてきたアレキサンダーパン屋である。

従来、日本のパン業界がお手本にしてきた、フランスパン、ドイツパン、イギリス・アメリカといったパンに目配りがされているのは当然だが、第三世界のパンに多くの記述が割かれているのがうれしい。
最初の章は中近東からはじまる。
いきなり、バルバリ、ラバシュ、ピデとわけのわからないパンの乱れ打ちである。
(4つ目にやっとエキメキというトルコのちょっと知っているパンの話)
それから、アフリカがあって、西欧編ではイタリアのスフォリアテッラの、ひだを重ねた貝殻のような形に心が踊る。
その横のシュッテル・ブロットというチロル地方の保存用のパンは、「専用の道具で砕いてお団子にしたりして食べます」という想定外の食べ方が書かれている。

東欧のパンは日本ではまったくわからない。
ラーンゴシュはハンガリーのリゾート地の屋台で食べる揚げパン(ジャガイモ、ヨーグルトなどが入る)だそうで、このパンを食べにだけでも、そこに行ってみたいと思う。
バニツァというブルガリアのパイは、カボチャ、キャベツ、ネギ、ホウレンソウ、肉、ライスなどから作られたフィリングが中に巻き込まれていて、ヨーロッパではほとんど見られない惣菜パンが、東欧では食べられることを知る。

これらの取らぬ狸を知り、自分が食べたことのないパンがあることに欲望を掻き立てられて焦り、と同時に安堵する。
『世界のパン図鑑』『パン語辞典』の項目をひとつひとつ深堀していくだけでも、パンラボのネタには永久に困ることがないのだ。

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