セテュヌ ボンニデー、開店。【スギクボムーブメント第3弾】
2013.12.12 Thursday 01:07
元「デュヌラルテ」シェフの杉窪章匡(すぎくぼ・あきまさ)さんが日本全国をまたにかけ次々とベーカリーをプロデュースする「スギクボムーブメント」。
【スギクボムーブメント統一コンセプト】…添加物は一切使わず、国産小麦のみ使用(一部自家製粉)。ドライフルーツもオーガニックかそれに準ずるものを使う。
名古屋「テーラテール」(http://panlabo.jugem.jp/?day=20130920)、福岡「ブルージャム」。
そして、「セテュヌ ボンニデー」(C'est une bonne idée)が、12月11日(水)、川崎市の向ケ丘遊園にオープンした。
杉窪さんはパリに滞在し、ジョエル・ロブションの三ツ星レストラン「ジャマン」で修行を積んだ経歴を持つ。
彼はまたひとつ引き出しを開け、セテュヌ ボンニデーに、思い出深いフランスをコンセプトとして与えた。
「ル・プチメックが男性形だとするなら、ここは女性形です。
パンの形も女性的。
感覚的にいうなら、プチメックはエッジが立っているけど、ここは丸くて角がない。
自分の中に、男性的な部分もあれば、女性的な部分もある。
その振り幅が大きいほど、表現はすばらしいものになる。
若い頃それに気づいたので、僕はそういう生き方をしてきました」
杉窪さん自らがパリに飛び、女性的なかわいさをもつ備品を買い付けた。
テーマカラーは赤。
パンを置く器の赤。
サンタクロースの人形の赤。
パンを置く皿にタルト型を使用するなど、ガーリーに演出している。
杉窪さんの考える、フランス的なるもの。
たとえばクロワッサン。
「(スギクボムーブメントの)4店舗の中でいちばんミルキーに作ってあります。
日本はさくさくかどうかに重きを置く。
フランスは、クロワッサンといえば、バター、小麦粉のおいしさ」
名古屋テーラテールで見せつけられた、バターが光り輝くクロワッサン。
セテュヌ ボンニデーではどんな驚きが仕組まれているのか。
そう思いながら、クロワッサン生地のパン・オ・レザンを食べた。
ばりばりとポテトチップスが割れるような響き。
皮が乾いているのに、中身はあふれるほどのバターで湿っている。
そして、黄金色の輝き。
それが予感させた通り、バター感は鮮烈で豊か。
濃厚に、甘美に、あたたかく広がり、レーズンの酸味のつめたさとうつくしいコントラストを描く。
一瞬フランスを想起させ、次の瞬間にはそれを超え出るほどの快楽に酔いしれることになる。
秘密はどこにあるのか。
杉窪さんに店舗の2階部分を案内してもらった。
「ここはパイルーム。
室温は常に18℃に設定してあります」
パイルームとは、クロワッサンのような折り込み生地を作るための部屋。
低温に管理されることで、バターを溶かさずに生地を作ることができる。
「パイルームの最大のメリットは、パイシーター(生地を伸ばして折り込むための機械)を冷やせること。
常温のままだと、パイシーターを通した瞬間、バターが溶ける。
溶けると生地がぎゅっとなって(層が密着して)しまう。
そうすると、バターの香りが出ない。
窯の中ではじめて溶けたら、いちばん香りが出る。
折り込み生地でいちばん大事なのは、デトランプ(生地の部分)とバターの厚さをキープすることです。
みんな三つ折りが何回なのかばかり気にするけど、ポイントは、バターを潰さないようにしながら目的の薄さまで持っていくこと。
きちんと作るには、最初のスタートはむしろ厚いほうがいい。
これを見てください。
ヨーロッパのパイシーターなので40mmの厚さまで通せる(日本製は30mmが一般的)。
最後までバターの層を残すことでバターの風味が残る。
きれいに折れてると、窯の中でバターが溶けたときの流れ方も変わる。
クロワッサンは横巻きだし、パンオレザンは縦巻き。
縦巻きにして、あえてバターを流したり。
巻き方で特徴が出るのは、生地が潰れていないからできること。
きちんとした仕事をすると、作るものの幅が広がる」
ふたたび、パン・オ・レザンの話に戻る。
巻いた生地に遠心力が働くように外へ外へと広がりだすような形をしている。
バターによって生地の一枚一枚がきれいに分離しているからこうなる。
ばりばりとした食感も同様で、バターが完全に生地とからむことで、油で揚げたような感じになっているのだ。
同じ縦巻きクロワッサン生地のアイテムとしては、自然栽培のゆず入りのものもある。
ゆずのすっとする香りが、バターの甘さにせつない刺激を与える。
一口食べて、これは本当にエロティックだなー、と思わず呟くと、杉窪さんは答える。
「本当においしいものはどんどんエロくなるんです」。
セテュヌ ボンニデーのスペシャリテはキッシュ。
そのレシピもパリを感じさせるものだ。
「ブリゼ(キッシュ生地)はジェラール・ミュロと同じ配合。
20年前に『とっておきのレシピ』がフィガロにのってたのを見逃さなかった(笑)。
片栗粉が入っている。
フランスでは片栗粉とコーンスターチをうまく使い分ける。
しっかり火を通すものはコーンスターチ。
クラフティ(プリンのような生地)とか中途半端に火を通すものは片栗粉。
コーンスターチはパティシエールに入れるぐらいしかほとんど使いません」
台になるタルト部分はかきっとしてさくさくなのに、中身はおいしい卵焼きのようにとろとろ。
そして具材は惜しみなく。
私の食べたものには鮭がぎっしり詰まって、ホウレンソウが合わせられていた。
「向こうのキッシュは具がいっぱい入っている。
日本のはアパレイユ(生地)のほうが多い。
お好み焼でも、キャベツいっぱいのほうがおいしいでしょ」
ちなみに、ジェラール・ミュロといえば、1軒の店でパンもお菓子もトレトゥール(惣菜)も売る老舗。
クロワッサンが名高く、ジャンルをまたにかけてクオリティが高い。
それは、小さい店ながら、セテュヌ ボンニデーの目指すところ。
朝はクロワッサンとコーヒー、昼はキッシュやリエットといった惣菜とワインを、併設の小さなカウンターで楽しむという、まるでパリのような体験ができるのも、セテュヌ ボンニデーの魅力のひとつ。
姉妹店であるビストロカプリシューから運ばれるリエットやパテ・ド・カンパーニュ。
それらを使った極上のサンドイッチも用意される。
リエットサンド。
ハード系の生地にカレンズを混ぜ込んで細く焼き、そこに切り込みを入れてリエットを塗り、クルミをたっぷりとはさむ。
リエットの肉味、熟成香がたなびき、やがてクルミの香ばしさ、カレンズのゆっくりとした甘さが寄り添っていき、曰く言いがたい完全なマリアージュとして立ち現れる。
リエットの癖の強さが逆回転して、食べやめられないほどの快楽へ引きずり込まれる。
さらには、パンに転向する前は腕利きのパティシエとして鳴らした経歴を活かし、入魂のプティフールセック(クッキーのような小さな焼菓子)も店頭に並べられる。
ガレット・ブルトンヌの衝撃。
表面はかりかり、ぽろぽろと崩れたかと思うと、じゅわっと滲みだす、バターの豊かな味わい。
鼻へ、口中へとあふれだしてとどまるところを知らず。
そして、本当にうつくしいバターの甘さが喉へと流れこみ、しばらくのあいだじんじんとして、たまらない心地よさとして留まっている。
「お菓子屋の売り上げを取れって、スタッフには発破をかけている。
パン屋でこのクオリティやられたら、お菓子屋はたまったもんじゃないでしょ?(笑)」
丸い食事パン。
その不思議な食感は驚くべきものだった。
ちぎろうとすると、チューインガムか餅のようにびよーんと伸びる。
皮は薄く、香ばしく、一方で中身はむにゅむにゅとした食感。
並外れた水分量と相まって、歯にくっつくのも楽しい。
よけいな香りは一切なく、ゆえに小麦の繊細な風味のささやきが邪魔されることは決してない。
「吸水が100%(通常のパンは60〜70%)。
そんなに水が多かったら、普通は成形できないでしょ。
(どうして成形できるのか?)ミキシングの仕方ですね。
たくさんまわして引きを出している。
引きがあるから力が強くなっているはずなのに、こんなに歯切れがいいのは吸水が多いから。
素材と向き合って、理論を勉強すれば、イメージしたものはなんでも作れます」
秘密は水分量だけではない。
このパンの薄い皮、独特の食感はコンベクションオーブン(ファンがついていて対流を作りだすことで均一にすばやく焼ける)ならではのもの。
パンにはデッキオーブンと思われているが、杉窪さんはコンベクションの利点を強調する。
「コンベクションオーブン用の配合にすれば、まったく問題ありません。
逆にいま出まわっているレシピが、デッキオーブン用の配合、デッキ用の発酵の取り方というだけで。
水分の多いパンはむしろコンベクションのほうが向いている。
デッキだと生地が硬くなる。
コンベクションのほうが伸びる。
だから皮が伸びて、薄くできる。
デッキの優位性は遠赤外線にあります。
だから、この店ではハード系はデッキで焼きます」
セテュヌ ボンニデーは、コンベクションとデッキ両方を備える。
ブリオッシュや食パンなどやわらかいパンはコンベクションで。
ハード系のようながっちりとした硬い皮が求められるものはデッキオーブンで焼かれる。
たとえば、カンパーニュ。
ここを強調してきたか、と思った。
麦の粒の外側の、穀物的な、癖のある香り。
一歩まちがえれば野暮ったくなりがちなこの香りを、その他の余計な匂いをなくし、食感も口溶けも食べやすいものにすることで、好ましい野趣として取りだしている。
遅れて持ち上がってくる甘さやコクと次々と結びあうことで、それが奥深くなっていく。
中身の湿り、ぷりんとした噛みごたえ。
ちゅるちゅるとよく溶けて、ひたひたとうまみを含んだ液体を舌のあたりにしたたらせるとき、焼きもちを食べているかのように錯覚する。
(杉窪章匡さん[左]と有形泰輔シェフ)
この店にシェフとして送り込まれた有形泰輔さんは、カンパーニュの粉をこのように選択したという。
「基本になるのは北海道産のキタノカオリ。
そこにKJ15(熊本県産ミナミノカオリ石臼挽き)と北海道産のライ麦全粒粉をブレンドしました。
KJ15はおいしい粉。
粉屋さんには種で使うように言われてましたが、特徴である穀物臭をうまく活かしたかった」
都心からやや離れた町の商店街に突如現れたモダンな店舗は、早くも付近の人たちの注目を浴びている。
店名「セテュヌ ボンニデー」(C'est une bonne idée)とはフランスの日常会話でよく使われる表現で、「それはいいアイデアだね」の意。
フランスの伝統に、新しいアイデアを加えてイノベーションを起こそうとするこの店の名にとてもふさわしい。
スギクボムーブメントはまだつづく。(池田浩明)
セテュヌ ボンニデー
神奈川県川崎市多摩区登戸1889 今野ビル1F
044-931-9610
www.cetune-bonneidee.com(製作中)
火曜定休