パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ボネダンヌ(三軒茶屋)

191軒目(東京の200軒を巡る冒険)

いろんなフランスがある。
ル・プチメックの表現するフランス、VIRONのフランス、ゴントラン・シェリエのフランス。
どれもこれもフランスだが、ボネダンヌのそれはまた異なる。
荻原浩シェフが、パリの隅っこで見たもの。
このフランスは、ごく私的で、つつましい。

開店からまだ半年。
パン・オ・フゥでシェフを務めていたが、独立。
パン・オ・フゥもフランスをテーマにしていたが、荻原シェフには本当にやりたかったフランスがあったのだ。

パリへの愛があふれる。
それは敷き詰められたカラフルなタイルであり、壁に掛けられたワッフル型であり。
「骨董屋さんによく通っていました。
このアールデコ調のシャンデリアもパリで買いました」
気に入ったものを見つけるたびにひとつ買い、ふたつ買いして、集めた古いものたち。
人生を懸けて集めたものや技術やアイデアでボネダンヌは形作られる。

かわいい白い頭巾が飾られていた。
うさぎの耳のようなかぶりもの。
それが店名の由来だという。

「ロバの耳に似せて作られている。
小学生が悪いことをすると、こういう帽子をかぶらされて、廊下に立たされた。
そんな話を、フランス人の友だちに聞いたことがあって。
店名を考えてるとき、思い出しました」

対面式の棚に、選び抜かれたアイテムが並ぶ。
決して多品種ではないこと、それがいい。
パリのパン屋は本当にパンの種類が少ないのだ。
バゲット、クロワッサン、いくつかのヴィエノワズリーに、サンドイッチぐらい。
それがごく普通のパリのパン屋で、意欲的なパン屋になると、ここにカンパーニュのような大型のパンが加わる。
ボネダンヌは、パリを歩いているとき偶然出くわすような、そうした「当たり」のパン屋の雰囲気がある。

大きなパンの量り売り。
細長いパンを、断面を伏せて立たせている。
シャルポンティエ(100g/180円)という、はじめて聞く名のパン。
中身は素敵に湿り、まるで水を吸い込んだスポンジ。
しゅわっと溶け、みずみずしさの中でミネラル感を放ち、後味には全粒粉のコク。
皮は分厚く、引きがある。
焦げるか焦げないかまで焼き込まれた皮ゆえに、全粒粉が香ばしさを発揮する。
スパイシーと言えるほど、その香りは強い。

「石臼挽き全粒粉をブレンドしていて、水がたくさん入ります。
グルテンが出にくいんでしっかり(ミキサーを)まわし、パンチを繰り返して発酵させる。
ルヴァン種も入るので、パン・ド・ロデヴに似ています。
大型で焼くことで、香りが閉じこもる。
全粒粉なので、よく焼くことで皮がおいしくなります。

バゲット
硬く分厚いけれど、歯が入ってばきばきと割れやすい皮。
フランス産小麦の甘い香り。
噛みしめれば、みしみしと音がする、その食感が快い。
皮とは対照的に中身はしめっている。
ほんのわずかな酸味とともに種が香る。
コクがあり、穀物的な甘さを感じ、かつさわやかな後味。
さまざまな風味が細身のバゲット1本の中でせめぎあっている。

「バゲットはフランス産小麦100%。
フランス産の塩と浄水を使ってます。
小麦から起こしたルヴァン種を入れて、ひと晩かけて熟成させる。
ハード系はルヴァン種とレーズンの酵母を併用してます。
ルヴァンってがつんとくる。
レーズンはまろやか。
香りの出方がちがうんですよね。
両方入れることで、いろんなアロマを味わえる。
バゲット・トラディションにルヴァン入れると、おもしろいアロマが出ます。
入れるのと入れないのでは、香りがぜんぜんちがう。
フランスのパンの特徴は香りがあること。
フランス人は香りを重視する人たち。
日本人は食感に対して敏感です。
当日、2日目、3日目の香りの変化。
楽しんでほしいなと考えて、やってます。
フランス産小麦を使うのは、自分の記憶の中の(フランスのパンの)香りに近いから。
国産が悪いわけではない」

パティシエ出身だからなのか。
ヴィエノワズリーの表情が本当に愛らしく、パリっぽい。
ブリオッシュ・シュクレ、タルト・オ・ポム。
大きめのポーションも、表面のひび割れも。

「私が見てきたものでやってるんで、そうなるんでしょうか。
きれいに作らないように心がけてます。
フランスのパン屋さんには、手作り感がすごくあって、それがいいなと。
ベーシックなものを出している。
昔から変わらないもの、奇をてらったものではなく。
フランス人に愛されてきたものを作っている」

パン・オ・ショコラ・オザマンド(260円)
クロワッサンではなく、パン・オ・ショコラで作るオザマンド。
粉糖のじゅわっと溶ける甘さが、背筋をぞくぞくさせる。
内側からはバターの甘さが滲みだしてきて、さらにアーモンドのコクのある甘さへと玉突き衝突して、3つの甘さが混ざりあう。
さらにチョコレートがねっとりととろけだして、喉の奥までびりびりと甘さで震わせて、めくるめく快感に気が遠くなる。

「コンセプトはクラシック。
フルーツケーキなんかもおもしろいですよ。
牛の挽肉をフルーツと漬け込んだもので作っている。
挽肉を入れることで、味がしっかりするのとしっとりする。
1年以上漬け込んで、熟成させる。
五十嵐敏夫さんの洋菓子製法大全集(1968年出版)が、探してたら4巻まとめてあった。
シンプルなルセットなので、初心に帰れます」

荻原さんはもともとパティシエとしてパリに渡って、現地でパンの魅力に取り憑かれた。
「最初はショコラティエに勤めていました。
そのお店が定年で辞めることになり、『どうする?』とシェフに訊かれた。
『パンをやりたい』って言ったら、そのショコラティエ出身で独立した人の小さなお店を紹介してもらった。
いろいろ食べ歩いた中でも、働いた店がいちばんおいしかったんですね。
クロワッサンも、フランスパンも。
その店のイメージで、バゲットも作っています」

三宿と三軒茶屋のあいだの裏通り。
おしゃれといわれるエリアとは思えないほど、このあたりには肩肘張ったところがまるでない。
荻原さんの勤めていた店があった、パリの南の端っこのアレジアに似ているのだという。
エッフェル塔があるわけでも、シャンゼリゼがあるわけでもない、ごく普通のパリ。

「お年寄り、お子さんが多い町。
14区の店もこんな感じの住宅街の中。
雰囲気が似てるなと。
子供からお年寄りまでお客さんでした。
子供のおやつにマドレーヌ。
おばあさんはあんぱん。
地域密着の、そういう店を作りたかった」

マドレーヌ。
知っている人は知っている。
いつも売り切れの、密かな人気商品。
なにげないちいさなひとかけらが、とんでもない爆発力を持つ。
バニラとバターのすてきな甘い香りの広がり。
表面はちょっとだけかりっとして、中はしっとりとやわらかく、舌に触れたとたんにしゅわしゅわ溶ける。
溶けて甘さを放ち、舌の上でふにゃふにゃになっていき、やがて跡形もなくなって、甘さもなくなってしまう、夢のような1分間。
幸福とは、このマドレーヌのことだ。

ボネダンヌ
田園都市線 三軒茶屋駅
世田谷区三宿1-28-1
03-6805-5848
8:00〜19:00
火曜・第2・4水曜休み

200(東急田園都市線) comments(0) trackbacks(0)
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://panlabo.jugem.jp/trackback/1717
<< NEW | TOP | OLD>>