パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パンの開き
東日本橋の北出食堂と銀座レカンのブーランジェ割田健一シェフがコラボしたシークレットイベント「キタデサンド」が開かれた。
「今度、北出食堂さんとサンドイッチのイベントやりますから」
と言われ、なにが起こるのか具体的にはわからないまま、割田さんがやるのだからなにかおもしろいことになるだろうという期待感だけにつられて、足を運んだ。

食前酒として洋梨のシードル。
アミューズは、メキシカンを得意とする北出食堂のスペシャリテ、4種のタコス。
素材の組み合わせの妙もさることながら、タコス自体の味わい深さに瞠目する。

この日のテーマはエビ。
「イメージは、ロブスターロール。
だけど、わざとロブスターロールは提供しないでエビで攻めようと」

菊芋と伊勢エビの冷製スープには生野菜が添えられ、バーニャカウダとしても楽しめるように。
新鮮な野菜は甘く、さわやかさ。
スープに溶け込んだエビのうまみは芋によって予想外にまろやかに、おだやかになっていた。

そのあとが問題の「パンの開き」である。
開きとはなんなのか?
列席者のあいだで話題にのぼってはいたけれど、割田さんは決して口を割ろうとしない。
運ばれてきた瞬間、一堂がびっくりした。
鮮やかさ、華やかさ、ヴァラエティ豊かさ、手間の込んでいることに。
1枚のパンをそれぞれ6つ、計12区画に分割したカナッペ。
カナッペとカナッペを合わせ、サンドにするのだ。
外側同士と、内側同士、それぞれ2枚をはさんで口に入れる。

手前外側、ボイルしたエビと、メキシカンのソースであるチポートレ(薫製したチリ)。
手前内側、築地で仕入れたマダコをボイルし、ゆで汁でソースを作ってからめたものと、甘いビーツとディルとレモンのソース。
手前から2番目外側、甘ダレ(みりんと酒)をからめたくるみ、焼いたししとうと、カッテージチーズ、ゆずジュース、ゆずピール、クランベリーを混ぜたもの。
手前から2番目内側、今日築地に入ったばかりの生の桜えびと、黒ごまと焼き海苔のペースト。
一番奥外側、生のエビのタルタルと、ドライトマトのガーリックオイル漬け
一番奥内側、エビのグリルと、パクチーとライムのゼスト(すりおろした皮)。

開きという、まったく新しいサンドイッチ。
具材はパンによって隠されず、すべて目を楽しませ、食べる前から味をイメージさせる。
作り手が意図したのと、別の組み合わせを試すことも許される。
別々だから、2つの組み合わせが口の中で混じりあいっていく。
たとえば、いまにも飛び跳ねそうなほど新鮮な桜えびが、オイリーなゴマと海苔の風味に口の中でからめとられていく。
あるいは、くるみとししとうのあいだの思わぬ香りの共通性に気づかされ、それがゆずのさわやかさと出会って軽やかに、甘美になっていく。
すべてを包み込む、「スペルト」と名づけられたパン。
スペルト(小麦の原生種)の粒がパンの中に練りこまれている。
そのおだやかにのびていくやさしい香ばしさの中に、どんな具材も抱擁してしまうのだ。

「スペルトは、出会いのパン。
実は初めて北出さんと出会ったときに、たまたま持っていたスペルトのパンを渡したところからこのイベントへと進んでいきました。
今回は3品もサンドを出すので、スペルトはいつもより軽く焼いています」

メイン2品目、「春…伊勢エビ」という名の、ボイルした伊勢エビのサンドイッチ。
ぷくっとしてやわらかく、甘いパンを合わせていることに、意表を突かれる。
パンから風のように発せられるココナッツの甘さはエビとこよなく合って、タイ料理のニュアンスがある。
そして、パンに混ぜ込まれた紫のつぶつぶ。
フランスのボルディエ海草バターに使われるのと同じ海草が、エビの後味をさわやかな海の香りに変えていくのだ。
マッシュポテトを練りこんで甘さとしっとり感を演出、そしてソフト感を生み出すための油分として、割田シェフはココナッツのショートニングを選択した。
ただ、食感を出すためだけではなく、エビをおいしくする香りのソースともなる。
パンの新しい可能性を広げる仕事だと思った。

「いかに軽くパンを作るのかが、自分の中では勝負。
軽い分は、ココナッツの香りや、スペルトのやさしい自然な味わいで満足してもらう感じ」

「春…伊勢エビ」には「Spring... w/ Ise-ebi lobster」という英語タイトルがつけられている。
この「Spring」に2つの意味が込められている。
「お皿の盛り付けは、トイストーリーに登場するスリンキードッグをイメージしています。
伊勢海老の飛び跳ねイメージとスリンキードッグのバネ、そして犬なんでドッグパン。
春のSpringとバネのSpringはスペルがいっしょなので」

メイン3品目のクラシックザリガニロールプレート。
ニューヨークの定番サンド「ロブスターロール」をアレンジしたパン。
クレイフィッシュと呼ばれるザリガニに椎茸オイルと九条ネギを合わせてフィリングにする。
アメリカの製粉会社キングアーサーの粉にオーガニックショートニング。
ここでも出会う、ふくよかな甘いパンを食事に合わせる感覚。
パーカーハウスという、日本ではコロッケサンドでおなじみの人も多い、2つ折りのパン(この皿に関しては、作者は割田さんではなくSさん)。
元をたどれば、ボストンのオムニパーカーハウスホテルで生まれたもの。

「アメリカの伝統的なサンドイッチを伝えられたらいいなっていうのもあって」
ヨーロッパのパンがメインストリームとなっている日本のパン業界にあって、割田シェフは、アメリカのラフでダイナミックな感覚に触発されている数少ない人だ。
ブルックリンスタイルの料理を出す北出食堂の感性と見事に響きあっていたと思う。

ロブスターロールの皿には、オールベジタブルのドーナツも付されていたことも忘れずに書いておきたい。
ルバーブと、カルダモン+メープルシュガーの2種。
揚げず、軽やかに。
スペシャルティコーヒーが合いそうな、NY的なドーナツだった。(池田浩明)

Today's Menu 本日のメニュー
[Amuse] Quatro Tacos 4種のタコス
[Soup] Sunchoke & Ise-ebi lobster Soup 菊芋と伊勢エビの冷製スープ
[1st] Spelt Bread, Cut opened Sand パンの開き
[2nd] Spring... w/ Ise-ebi lobster 春...伊勢エビ
[3rd] Classic Crayfish Roll Plate クラシックザリガニロールプレート

Wine List
1)Poire de la Pressoir
2)Savoie cuvée gastronmie Apremont 2012
3)Vouvrey sec 2010
4)Cotes du Rhone 2006
5)L'arnesque Plan de Dieu 2009
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