パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
十勝小麦キャンプレポート2 「バスツアー 製粉所見学篇」ヤマチュウ/アグリシステム
小麦畑のあと、私たちは十勝にある2つの製粉工場を訪れた。
さっき畑で見た小麦がどんな工程を経て、私たちのよく知る白い小麦粉になるのか。
それを見学するためである。

ヤマチュウ
車窓に広大な畑を見ながら、ツアー参加者は音更町にやってきた。
製粉工場「ヤマチュウ 北海道十勝製粉所 十勝☆夢mill」。
そこで最初に目にしたのは、銀色に光り輝く巨大なサイロ。
十勝の小麦生産者団体である「チホク会」と共同で設立された小麦の保管設備。
地域の農家と寄り添って製粉事業が営まれているのだ。

ヤマチュウは、パン用の十勝産小麦という新しい地平を切り開いたパイオニアである。
小麦の流通は長く政府の管理下にあって、自由な取り組みができるようになったのは、近年にすぎない。
ヤマチュウ専務の山本マサヒコさんは、十勝産小麦が認知されるまでの、一歩一歩の取り組みをこのように語る。

「平成12年に小麦の仕組みが民間流通に変わりました。
そのあとタイミングよく、平成15年に北農研でキタノカオリが開発されました。
秋まきのパン用小麦でいいのができた。
当時、農家さんは、麺用の国産小麦(当時の主力品種ホクシン)が需給バランスで供給過多と言われる中、売れる小麦とはなにかを模索していましたが、パン用の小麦は品質・収量ともに年度格差が激しく、取り組みがむずかしかった。
そこに、秋まきのパン用品種(キタノカオリ)が登場したことにより安定的な供給が可能になった。
将来に向かって大きな一歩になると予見、キタノカオリを北農研とともに試験栽培し、実用化に大きく貢献しました。
いずれは十勝にも小麦粉の生産工場を作ってくれないかと農家さんから要望が出たのもそのときです」

当時、北海道産のパン用小麦は、製パン性の高い春よ恋やはるゆたかといった春まき小麦が先行していた。
だが、収穫前年の秋に種をまく秋まき小麦に比べて、収穫年の春にまく春まき小麦は生育期間が短いために、栽培されていたのは、北海道でも気候に恵まれた空知、石狩を中心とした温暖な地域だった。
そこですら、春まき小麦の安定生産には困難がつきまとい、病気、雨害、冷害などの天候不安を抱えながらの生産活動を余儀なくされていた。
北海道の中でも冷涼な十勝は、春まき小麦の生産に適した土地柄ではなく、パン用小麦は、不作の危険と隣り合わせで、ほそぼそと作付が行われているのみだった。
この状況に革命を起こしたのが、キタノカオリである。

(*写真1)

「その昔、北海道産小麦は『まぜものだよね』と言われていた。
単体では使えない、輸入品を混ぜてしか使えない、製粉会社にとっては決して歓迎されない小麦」という意味です。
いまでこそ北海道産小麦でのパン作りは身近になってきましたが、10年前は、製パンに従事する方にも『北海道産小麦粉でパンを作れるわけがない』と思われていました。
混ぜ物だ、厄介者だと言われた生産者の気持を考えたことがあるでしょうか?
生産者は、消費者がよろこぶものを作りたいし、みんながいいと言ってくれるものを作りたい。
使ってくれる人、食べてくれる人の笑顔を見たい。
ただそれだけなんです。
その想いを、多くの人に知ってもらいたい。
ただ、その想いでやってきました」

(*写真2)

タンパク量が少なく、パンをふくらませる力に乏しかった国産小麦は、北米産小麦とブレンドしてやっと使えるという認識しか持たれていなかったのだ。
山本さんらは悔しい思いをバネにした。

「十勝産をなんとかPRできないか。
当時は、本当に駄目なものなのか、いいものなのかさえわかりませんでしたし。
自分たちの手で、その確証を得られるような、取り組みができないかと。
パン屋さんや製粉会社さんに求められるものを作りたいとみんなが思っている。
いいものをできたという自負はあっても、(十勝産単体での流通の仕組みが整備されていなかったこともあり)評価が受けにくかった」

いまでは一般的になった「十勝産小麦」という言葉。
だが、ヤマチュウが手がけるまで、それが流通されることはなかったのである。

「平成17年に十勝産の小麦粉『春の香りの青い空』を売り出しました。
帯広商工会議所で、十勝産小麦の取り組みができないかという話が持ち込まれても、それまでは『誰に聞いても難しいと言われた』そうです。
十勝産の小麦粉がないから、その小麦粉を使った商品もできない。
商品がなくて、売れるかどうかわからないから十勝産の小麦粉を作らない。
商品が先か、小麦粉が先か?
そんな、チキン&エッグ・ストーリーに見えました。
だったら、ヤマチュウのリスクで小麦粉をつくれば、一つの輪が動き出すかもしれない。
生産者との直接契約だから小麦を集めて出荷できる態勢がありました。
最初に取り組んだのは、学校給食へのアプローチです。
その他、イベントに参加して、パンを無料で配布することもやりました。
パン屋さんには、『作ったパンは買い取りますから、まず使ってください』というお願いをしました。
ますやパンさん、林製パンさんなど十勝の4軒のパン屋さんにお願いして。
十勝産の小麦は当時まだなかった。
20〜30トンの在庫を抱えて、販売ルートもないところからスタート。
売るというより、ほぼ配ったようなものでした。
パン屋さんにリスクをとらせるわけにはいきませんから。
誰がリスクをとるか。
リスクをとれる人がやらないといけない」

(*写真3)

開拓者ならではの苦悩を強いられた。
ニーズがどこにあるのか、それさえはっきりしていたわけではない。

「十勝産の小麦を誰がほしいかというと、十勝の人だった。
十勝の人が十勝の粉をほしいという声があった。
学校給食からまず変わって、十勝産でパンができるという認識がやっとできました」

ふるさとの小麦。
十勝産小麦を食べてみたいという声を上げたのは、普段から小麦畑を見ていた地元の人びとだったのである。

「十勝だけではなく、今度は外に向かってなにができるかと考えました。
行政から30万円という補助金をいただいてPRすることになった。
本州から子供たちを呼んでパン教室をし、畑を見学し、農家と交流を行った。
ベーカリーキャンプのミニチュア版でしたね。
3年間やって成果を認めてもらうことができた。
それで、平成21年からベーカリーキャンプがはじまったんです。
帯広市の産業連携室が、十勝の発信のために小麦を使おうと、動きだした」

小麦生産地・十勝に製粉工場を。
3年前、農家の悲願だった「ヤマチュウ 北海道十勝製粉所 十勝☆夢mill」が完成する。
この設備は十勝になにをもたらすのか。

「十勝産小麦は、まずはいろんな方に試していただくことからはじまりました。
そこには、ますやパンさんのがんばりもあったし、江別製粉さんの貢献もあって、1段1段と階段を上がってきた感じです。
この製粉施設が完成したことによって、さらに3段も5段も上がることができた。
それまでは江別製粉さんにお願いをしていたので1種類しか小麦粉ができなかったのが、何種類もできるようになりました。
結局は『江別の粉』というふうに見られていましたから。
十勝で生産された小麦を、十勝の製粉所で挽くことで『地粉』になった。
地域の中で完結するストーリーができた。
生産から製造への一本の筋ができたという感じですね。
農家さんにも自分たちの小麦という覚悟ができたんじゃないでしょうか。
落成のセレモニーでも、農家さんに『我々の工場』って言ってもらいました」

(*写真4)

スローフードや地産地消は世界の趨勢である。
パン用の小麦も海の向こうから買い集めなくてはならない時代ではなくなりつつある。
国産・地元産という誇り。
それはパンの新時代であり、同時に、食べ物の本質へ戻ることでもある。

「元々はしょう油屋さんでも生産物があってこその産業。
原料である小麦や大豆があるところにしょう油の産業も起こってきました。
いま日本の製粉施設の多くは湾岸にありますよね。
それは小麦が輸入されてきたからです。
イギリス・フランスに行くと、製粉工場は穀倉地帯にあります。
カントリーエレベーター、カントリーミルという考え方。
それは自然の流れだと思います」

顔の見える小麦として、原料はすべてチホク会との直接契約により購入される。
同じ地域にあって、小麦生産者と気心を通じ合っているから、消費者に自信をもって安全な商品を送り届けられる。

「生産者の思いは、まだまだ消費者の方に届いていないと思う。
農業と消費者をつなげたい。
農業の現場を知らない方はまだまだいらっしゃいますから。
みんな生産者は、安心・安全な、消費者に対して責任感のある農業をやりたいと思っています。
どんな人が買ってくれてるのか、おいしいと思ってくれているのかを知るのも、生産者にとって大事なことです。
流通と製粉という両方を担うことによって、それらを伝えることができる。
生産者と加工業者、更に、消費者といった離れている別々のギアーの間に入ったアイドルギアーになって、全てのギアーを一本の軸で回せる。
それが我々の製粉工場です」

*写真1
製粉までの前工程では挟殺物などが取り除かれる。その後、加水をすることで小麦をやわらかくし、粒の中心部まで効率よく製粉できるようにする。

*写真2
挽砕の工程。ブレーキロールと呼ばれる、向かい合って回転する一対のロールに潰されて小麦は挽砕され、つづいてスムースロールによって、小麦粉の粒度が整えられる。

*写真3
細かく震動するシフター。挽砕された小麦はシフターで振るわれ、粒度別に分けられる。その後、再度挽砕工程を経るなど、密閉されたパイプの中を空気の力で行き来しながら、製品になっていく。

*写真4
ビュリファイヤーは空気を送り込み、ふすまなどの不純物を除去する装置。さらにふるいにかけられ、最終製品としての白い小麦粉になる。



アグリシステム
バスツアー参加者は、アグリシステムの十勝麦の風工房へ、伊藤英拓専務の話を聞きつつ向かった。

(品質蘇生小麦倉庫。地下に炭が埋められるなど、小麦の品質を損なわず保存される)

「アグリシステムは、農協さんを通さず、農家さんと直接取り引きして、顔の見えるままお届けする会社です。
6年前の2008年から、製粉設備を持つ十勝麦の風工房を稼働させ、石臼挽き全粒粉を中心に小麦粉の販売を開始しました。
どこの誰が、どのような作り方、どのような資材(農薬・肥料)を使っているか。
すべての製品ロット(1t単位)にナンバリングして、わかるようにしています。
また、農家さんと消費者のみなさんとをつなぐ取り組みも行っています。
パン屋さんに畑まできてもらって、生産者さんに会って、思いを感じていただく。
顔の見える関係で小麦の流通が行われれば、パンを通じて社会は大きく変わってくる。
パン屋さんと交流された農家さんはみなさん、パン屋さんに必要とされるなら作りたいとおっしゃっています。
パン屋さんからも、『小麦粉の袋にスコップを入れる度に、生産者さんの顔が浮かぶ』という声をいただいております」


石臼挽き製粉の現場を見学する。
ここでは、もっとも有効に風味と栄養価を保てる方法で小麦が挽かれる。

「まず、クリーニングという工程で、小麦の皮の4層のうち、いちばん外側の外皮のみを削り取ります。
いちばん内側のアリューロン層に特にミネラルなどを多く含み、外皮はあまり栄養分を含まず、えぐみやふすま臭があります。
それを薄く削ることで癖のない全粒粉になり、小麦の風味がしっかりします」

「次に、大きな石臼で製粉していきます。
小麦は約60℃を超えると品質が劣化すると言われています。
石臼をゆっくりまわすことで、50℃前後の風味や栄養価が損なわれづらい温度で製粉できます。
出てきた粉は、シフターという機械を通して、ふるいにかけられます。
メッシュ(網目)を交換することで、粒度(粒の大きさ)や灰分値(ミネラル)を変えるのです」

一般に、粒の中心の白い部分は細かく粉砕され、タンパクの含有量も多いが、ミネラルは乏しい。
粒の外側にミネラルは豊富に含まれているので、大きい粒ほど灰分値も高い。

「当社ではTYPE110、85、70というように灰分量によって小麦粉を分類しています(数字が大きいほど灰分値は高い)。
日本で一般に流通しているものはTYPE40。
当社の『スム・レラ』(シニフィアン・シニフィエ志賀勝栄シェフ監修によるフランスパン用の粉)はTYPE70で、これはフランスのデ・コローニュ社のTYPE65をモデルにしています」

瓶の中に入れられた小麦粉。
アグリシステムのラインナップには、用途に応じてブレンドされた粉に加え、品種ごとに一本挽きした粉、オーガニックや、生産者限定の粉も取り揃えられる。

「色のちがいがおわかりになるかと思います。
キタノカオリは黄色。
キタホナミは薄いクリーム色。
ホクシンはグレー」

もともとアグリシステムの出発点は有機栽培・自然栽培による作物を流通させることにある。
農薬や化学肥料の使いすぎをなくすような技術指導を行うなど、独自の取り組みを行っている。

「生きた土、健全な作物、人間の健康というのが、アグリシステムの経営理念です。
オーガニックの農場65ヘクタールに自社でも栽培しています。
環境保全型の、持続可能な農業を十勝に広めていきたい。
外国産小麦には輸送のために使用される収穫後農薬(ポストハーヴェスト)の心配もあります。
未来の子どもたちのためにも、国産の小麦を食べてほしいと思います」

(池田浩明)




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