パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ブレッド&タパス サワムラ広尾店(広尾)
194軒目(東京の200軒を巡る冒険)

サワムラの朝8時半。
外苑西通りに面したガラス張りのカウンターに座って、コーヒーとともにデニッシュを食べていた女性。
スーツ姿のその人は早足で店を出ると、走ってきたタクシーに乗り込んで、青山方面に向けて走り出していった。
出勤前のひととき朝食をサワムラでとる日常を彼女は過ごしているのだろう。
絵に描いたような都会の生活。
そのワンピースとしてサワムラが欠くべからざる存在になっていることを示すシーンだった。

食事とパンとを融合させるベーカリー・カフェ・レストランという戦略。
それは、広尾という土地柄と相まって成功を収めている。
なにより、森田良太シェフの作るパンは多くの人をとらえるなにかを持っている。
その「なにか」を本人に訊いてみたいと思った。

私が訪れたとき、森田さんは一般客に混じって、レストランのカウンターでパソコンに向かっていた。
若さ、たくわえた髭。
そのスタイルはこの店の自由闊達さを表している。
経営母体となっているのはフォンス。
川上庵などの飲食店を手がける、2000年に設立された若い会社であるが、グループ店舗はすでに20を数える。

「社訓は、型にはまらずということ。
多様性の容認ですね。
いろんな人、いろんなことがあるけれど、みんないいところがあるんで受け入れましょうと。
制限もなく、決まり事もなく。
本部もなく、ミーティングも各お店で行う。
社長も軽々としている。
会社という感じではなく、自由にやらせてもらってますね。
可能性のある会社だなと思います」

経営陣はノマドのように各店舗をまわって仕事をするのだという。
それならば事務所経費もかからないし、1カ所に閉じこめられるより、自由な発想も生まれるにちがいない。

「社長はまだ40歳。
大学卒業後、地元・軽井沢で友だちと協力して川上庵というそば屋をはじめました。
本店を出したのは軽井沢の一等地、ソニープラザの跡地。
ソニーにプレゼンして、計画書を出した。
よく貸してくれたなと。
いま会社がこんなに大きくなったのは、熱意があったからだと思います」

フォンスはパン屋を立ち上げようとしていて、そのシェフとなる人材として白羽の矢が立ったのが森田さんだった。
「『軽井沢のハルニレテラスで店をやりたいんだよね』と。
軽井沢で新規オープンする店の立ち上げ。
やりがいのある仕事だなと思いましたね。
もともとサワムラは軽井沢発祥のパン屋として、売り出す計画が考えられていました。
軽井沢には浅野屋さんがありましたが、それに負けないようなパン屋をやりたい」

外国人宣教師によって切り開かれ、かってはジョン・レノンも滞在していたリゾート地。
軽井沢はパンがおいしい場所だというイメージがある。
1号店を軽井沢に作ることで、それを巧みにブランドイメージに取り込み、その後東京へと進出するのは、当初からの戦略だったのだ。
それは、森田さんの情熱が生み出す商品のクオリティによって支えられている。

「観光地に行くと、必ずパン屋さんがある。
だけど、あんまりおいしいって感じたことなかった。
観光地はその日限りのお客様が多い。
そういうお客様をよろこばせたい。
またきたいと思ってもらえるように。
地方でもちゃんとしたパンがあるんだって思ってほしい」

軽井沢ホットドック
モーニング限定メニュー。
軽井沢デリカテッセンのチューリンガーをはさむ。
ぷりっとして、きちんと肉汁が垂れ、濃厚にしてくどさがない。
このホットドッグにはパンとソーセージとのあいだに黄金比があると思う。
北海道産キタノカオリに、バター、種子島産砂糖でコクを出したドッグパンは、ほんの少しの甘さによって肉と調和する。
少し噛みしめられるほどに硬く、同時にやわらかいという、食感のバランス。
肉味で口の中がいっぱいになったあと、麦の香ばしさが追いかけてくるところにもまたバランスが存在している。

沢村カレーパン
トマトなどの野菜の酸味とフルーティな香りが口の中で渦を巻き、それからじわりスパイスがやってくる。
それはじょじょに強さを増し、とともにゆっくりと複雑さの輪郭をはっきりとさせながら、ぴりぴりの範囲を広げ、ついに食道まで熱くさせてしまう。
さわやかなコクとスパイスのすーすー感は残って、口の中を心地いい状態で満たす。
カレーのサポートにまわる生地。
シンプルな味わいの中に、甘さをほんの少し入れリーンすぎることを避ける。
歯切れよく、口溶けのスムーズさもありながら、もちもちと麦の香りもあり、とポジショニングは巧みである。

シェフたちに大胆に責任を与え、職人の創作意欲にまかせることが、商品のクオリティと自由で楽しい空気を生む。
「ほぼ自由にやらせてもらってるんで。
いろんな粉を取り寄せて、試作しますし。
(経営陣からの)指示はほとんどないです」

その経営方針は、店にいるだけでも感じられた。
「ブレッド&タパス」というコンセプトの下、レストランでは焼きたてのパンと料理という組み合わせを楽しむことができる。
オープンキッチンでは、その日入ってきた旬の魚をさばく光景が見られた。
自由があるからやる気は生まれる。

「お客様をよろこばせたい。
どういうものを求めているのか。
レストランの料理に合うパンはどういうものか。
自分でイメージして、その中で粉を選んだり。
イメージする味、食感を出すにはどういう材料を選んで作ったらいいのか、考えながら作っています」

2階のレストランへと上がる螺旋階段の壁に置かれた、さまざまな小麦の粉袋。
それは森田シェフの試行錯誤の跡を物語っている。
とともに、キャリアを積む中で出会った2人の巨匠の影響を感じさせる。
ひとりはブラフベーカリーの栄徳剛シェフ。
「横浜にあるローズホテルで勤めていたとき、栄徳さんがシェフをしておられた」
栄徳さんはブーランジェリー ラ・テール、そしてブラフベーカリーでさまざまな国産小麦を使い尽くし、極めつつある。
螺旋階段の光景は、私の脳裏で、ブラフベーカリーのバックヤードに積まれていた、粉袋の種類の多さにそのままつながった。

もうひとりは、シニフィアン・シニフィエの志賀勝栄シェフ。
「ユーハイムの工場で、2年弱働いていました。
当時は、志賀さんが工場にくるのは月に2,3回で、直接教えてもらうということはありませんでしたが、いまのほうがよく会っていると思いますね。
話をしたり、ごはんを食べに行ったり。
長時間発酵の製法がいちばん粉のうまさを引き立たせると思っています。
最初は見よう見まね。
志賀さんのレシピを持ってる人から教えてもらったり。
でも、なかなか安定しなかった。
自分なりの作り方も加えていまに至っています。
あの製法(冷蔵長時間発酵)はすごい。
イースト(パン酵母)量を抑えて、研究して。
よく編み出したなと感心しますね」

バゲットBIO
皮には、発酵バターのような甘い香、加えて檜のような香り。
中身からはこっくりとした穀物香、白さの中からミネラル感が、印画紙に画像が感光していくようにすーっと浮かびあがる。
皮は厚く、甘さも分厚く、食感はかりかりとクリスピー。
一方、中身はやわらかでしゅわっとすぐ溶ける。
通常タイプのバゲットも充分なクオリティを持っているが、これはえぐみのなさ、上品さにおいて、さらに上をいく。
フランス産のオーガニック小麦の力である。

バゲットにある濃厚な色彩。
それは小麦のでんぷんが長時間発酵によって充分に糖化されたことによるものだ。
「糖分が残れば残るほど色は黒くなります。
長時間発酵の醍醐味です」
その甘さは食べずとも、鼻を近づけただけで感じられるほど濃い。
大事なのは、それが飽きないことだ。
コントレックスを使用して硬度をフランスの水に近づけるていて、さらにミネラルを感じさせていることも、そこに寄与しているのではないか。

多種多様な製法を自在に操る志賀勝栄シェフの引き出しの中から、森田さんが特に着目したのは「老麺」だった。
パン酵母を直接入れるのではなく、生地を元種にして、そこに粉と水を加えて仕込む。
老麺、すなわち「古い生地」。
前日の生地を取っておいてパンを作ることは、人類が古くから行ってきたプリミティブなやり方であるが、志賀シェフはそこに新たな光を当てた。
パン酵母の量を極限まで抑える長時間発酵に、「老麺」は向いていたのだ。

「最初は少量のイーストでやっていたが、よくぶれていました。
そこでなにかないかなと。
老麺法は、いま作ってるパンに合っている。
少量のイースト替わりになりますからね。
直接イーストを入れるより、老麺はふくらみ方もちがいます。
食感としては、しっとり、ちょっとどっしり。
食事のパンに向いているな。
その作り方でいまほとんどの種類のパンを作っています。
老麺をベースに他の種を加えることもありますね。
レーズン種でフレーバーを与えたり、ルヴァン種で酸味を加えたり。
一般的には、老麺として使用するのは、フランスパンの余り生地です。
日持ちさせたり、しっとりさせるために使う。
うちは粉から仕込んで各パンに配合している。
老麺を重視してパン作りしています。
そこがぶれちゃうと、いろいろぶれが出る。
余り生地ですと、分割しているあいだに発酵したり、ダメージがある。
それを翌日まで持ち越すと、酸味が出たり。
ちゃんとするにはひとつの生地として仕込んだほうがいい」

前日の生地を使うのではなく、わざわざそのために一から生地を作る。
手間のかかることを行うのは、もちろん味のためだ。
日本料理店ならばダシを引く。
フレンチならフォンドヴォー、中華料理店なら鶏スープの役割。
あらゆるメニューにそれは添加され、味を決定する。
その心臓部といえるパーツこそ丁寧に作るのが、森田流である。
そこで味を決めるから、さまざまなパンのクオリティを保てる。
サワムラのバラエティ豊かなパンと店舗展開を支えるのはこの製法なのである。(池田浩明)

東京メトロ日比谷線 広尾駅
03-5421-8686
7:00〜22:00


200(東京メトロ日比谷線) comments(1) trackbacks(0)
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from. - | 2019/12/21 18:31 |
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