パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
THE CITY BAKERY(品川・広尾)
195軒目(東京の200軒を巡る冒険)

ベーカリーという言葉の意味が変わる。
THE CITY BAKERYで待っていたのはそんな体験だった。
この店にはニューヨークの風が吹いている。
THE CITY BAKERYとロゴの入ったサファイアブルーの紙コップ、木目のうつくしいテーブルとペンダントライト。
チョコクッキーは一人では食べられないほど大きく、マフィンはいかにも無造作に詰まれる。
それらが舞台装置になるせいなのか、ここでは人びとのざわめきは音楽に聞こえ、窓の外を行き交う人びとの動きもダンスに見える。

大人気のプレッツェルクロワッサン。
まず最初にオープンした大阪で火がつき、さまざまなメディアでも取り上げられた。
それを食べることは、1度目はどきどきさせる冒険であり、2度目には食べる自分が、ニューヨークという劇の登場人物になったような気分になれる。

表面をプレッツェルのように加工することで得られる、普通のクロワッサンではありえないような、皮のかりかりとその下の中身のしっとり感のコントラスト。
トッピングされたゴマと岩塩。
容赦ない塩気は舌を直撃し、ゴマの香ばしさはプレッツェル特有の香りへと導いていく。
発酵の香りは香らせながら、熟し具合でいうとどこか足りない感じがある。
それが、岩塩に触れるところから発光し、甘く輝きだす。
塩気と甘さのまだら、強く味わいを感じるところとどこか足りない感じのまだらが、逆ベクトルのエクスタシーとなる。

プレッツェルクロワッサンには、ホームメイドマシュマロを浮かべたホットチョコレートがニューヨークで定番の組み合わせなのだという。
苦くもあり、甘くもあり、ときにすっぱくも感じられるどろっとした液体はあまりに濃厚で、口全体を塞がれたようになる。
そこへ、ぷりんとしたマシュマロが、ねめっとして、しゅーんと溶けていき、チョコとは異なる2様の甘さとなりいっしょに溶けていくのだ。
プレッツェルクロワッサンをこの液体をで流しこむ。
甘さと塩気、塩気と甘さ。
溶け合わないはずの2つが溶け合ったとき、新しい味覚の体験が立ち上がり、ニューヨークへの憧れは掻き立てられる。

THE CITY BAKERYを日本で運営するのは、ベーカリー&レストラン サワムラほか川上庵などの飲食店を経営する株式会社フォンス。
ベーカリー&レストラン サワムラの統括シェフであり、THE CITY BAKERYの立ち上げにも関わった森田良太さんは、フォンスがTHE CITY BAKERYをはじめた経緯をこう語る。

「向こうのオーナー、モーリー・ルービンはTHE CITY BAKERYを日本に出したがっていました。
提携相手を探すため、東京にきて何社か見まして、いちばん気持ちが合うのがうちの会社だったらしくて。
2008年に1回日本にきて、話をしていった。
そのとき、モーリーはまだどこと組もうか迷ってる段階だったんですが、『実際にニューヨークにTHE CITY BAKERYを見に行こう』という話になった。
工房の中を見たり、オーナーと話をしたりしたのですが、最終的にはうちの会社を選んでくれました」

THE CITY BAKERYとフォンスの組み合わせは、ベストなものだったと思う。
フォンスは、高いレベルでパンを作る技術力をもち、コンセプトをソフィスティケイトされた形で表現できるだけの店づくりのセンスを持っている。
そして、若い会社であって、新しいことをはじめたいというエネルギーに満ちあふれているのだから。

「フォンスという会社のスタイルは、型にこだわらないこと。
THE CITY BAKERYも、同じようなところがありました。
モーリーが言ってたのは『アウト・オブ・センターをいつも狙ってる』。
THE CITY BAKERYの商品は、きっちりしすぎていない。
クッキ−でいえば、ホームメイド感がある。
以前、フェスティバルにクッキーを納めなければならなかったとき、大量に作る機械を導入したそうなんです。
クッキーがぜんぶ決まった形で出てくるので、ホームメイド感がなくなった。
それがわかったので、機械を使わずに手で丸めるようになった。
生地を量らずに感覚でカットする。
あとで足りなくなったら、生地を継ぎ足したり。
本当に形にこだわらない」

アウト・オブ・センター。
人がやっていることは、決して繰り返さないという強靭な意志。
それは、プレッツェルクロワッサンの型破りな製法からもうかがえる。

「モーリーはもともとテレビのプロデューサーでした。
アート関係の仕事をやめて、ヨーロッパに修行に行き、プレッツェルクロワッサンを考えて、ニューヨークに店を出した。
普通とはちがった感覚の持ち主。
プレッツェル・クロワッサンをはじめて見たときは衝撃でしたね。
見た目も食感も普通のクロワッサンとはまったくちがいますから。
自分らが教わってきたクロワッサンの考え方がまったく覆りました。
すごい発想力だなと。
ラウゲン液(劇薬である苛性ソーダを水で溶いたもの。プレッツェルの独特の食感を生む)をはけで生地に塗っているので、ばりばり感が増します。
かなり水分量の多い配合なので、びろーんと伸びちゃって、普通だとパンにならないんですが、成形のとききつめに巻くことで、プレッシャーによって生地をぎゅっと締める。
発酵もさせません。
成形したらすぐ冷凍庫に入れる。
成形してすぐだとやわらかくて、生地が暴れるんですね。
冷凍で生地を締めることで安定する。
ニューヨークのTHE CITY BAKERYにはパン屋なのにホイロ(発酵器)がありませんでした。
『発酵どれぐらいとってるの?』って訊いたんですが、意味が通じなかった。
『どのタイミングでオーブン入れるの?』って訊いてみたら、『フィーリングだよ』(笑)。
いま思うと、発酵という概念が向こうにはない。
スコーン、マフィン、ビスケットはそのまま焼くだけですし。
ベイカーズマフィンも冷凍庫から出して、やわらかくなったら、オーブンに入れる。
多少は発酵しているのかもしれないですけど、感覚で入れている。
パン職人じゃ作れない商品ですね」

テレビやアートという、手順や常識よりもアイデアを先行させる職業の出身。
パン職人というバックボーンを持たないので、教科書的なパンの知識を叩き込まれることもなかった。
もしぱりぱりのクロワッサンを作りたいのであれば、ラウゲン液を塗ってしまえばいい。
生地がゆるくて困るのであれば、凍らせてしまえばいい。
常識にとらわれない発想によって、プレッツェルクロワッサンは生まれた。
その味をニューヨークで食べるのとまったく同じにしたいと、森田さんは最大限の努力を払う。

「まったく同じレシピですが、日本ではアメリカと同じ材料がそろわない。
いちばん苦労したのが粉選びですね。
ある製粉会社からもらったサンプルを試作して改良を重ね、5種類ぐらいの粉をブレンドして粉をつくりました。
薄力、強力、全粒粉と3種類。
THE CITY BAKERYオリジナルの粉です。
1CW(北米産の小麦粉)に、その他のものを混ぜています。
アメリカでどういうものを使っているか、麦の品種は特定できたのですが、苦労したのが挽き方です。
アメリカから同じものを取り寄せても、粒子が粗かったり、細かかったり、ばらつきがあって特定できない。
日本とアメリカの製粉技術のちがいですね。
粗いと扱いにくかったり、つながりにくかったりするんですが、粉の風味が出る。
狙ってやってるわけではないが、風味が出る粉にたどりつきましたね」

アメリカ人らしいアバウトさ。
プレッツェルクロワッサンの製法でも見たように、日本人のように細かいところにこだわらないからこそ、大胆な味になる。
小麦粉もしかりで、粒の粗さゆえに、溶けたときに口の中で発せられる風味は濃厚である。
製法においても原料においてもなるべくアバウトさを消さず、日本人的な緻密さにはふらない。
アメリカへのリスペクトとして。

「どうしても日本人なので、きっちり作るところが抜けなくて。
モーリーも、グラムを量ってるの見て、『日本人だな』と言ってましたね(笑)。
チョコクッキーやマフィンも日本人にはサイズが大きい。
現地のをそのまま出すのは決めてたが、日本のサイズで出そうかなと迷ったこともありました。
でも、あの大きさこそアメリカン。
陳列の仕方でもニューヨークっぽい感じを出してます。
こんなにずらっと並べてるところも日本ではあまりないでしょうし。
自分は、向こうのものをそのまま伝えたい、という思いで、ニューヨークに修行に行った。
甘すぎる、大きすぎるんじゃないか、というところは、社長と議論がありました。
最終的には、アメリカと同じでやって、だめだったら変えようよ、ということになった。
いまはそれで受け入れられてるし、いいなと思います」

アメリカと同じサイズで本当によかったと思う。
正直に言えば、私もチョコチャンククッキーを食べきれず残した。
でも、それはおみやげになり、別の誰かをよろこばせたのである。
パンを食べることの本当の感動。
作り手の嗜好や才能を感じることもそのひとつであるけれど、もっと大きなものは、個人を超えて、歴史や風土や自然といったものを感じる瞬間にある。
異文化という、いままで知らなかった、ごつごつした感触のなにかに触れている驚き。
だからこそ、好奇心が動きだし、THE CITY BAKERYに人びとは列をなすのだろう。

「自分自身を出すのはサワムラで、いくらでもできる。
向こうの人の思いをこっちに伝えられれば、自分の仕事は成功だなと思っていました。
なるべく現地のスタッフと話して、ごはんを食べたりして、こういうこと考えて作ってるんだろうなと思い描いた。
それを日本の人たちに伝えたいな」

ブルーベリーコーンマフィン
表面は硬く乾いていながら、中身は実に湿っている。
ぼろぼろと崩れる。
そして口が渇くような感じはまったくなく、なめらかに溶けてくれる。
やさしい甘さとともに、粉の風味がぐっと押し込んでくる。
ふすまのような香りが鼻へ流れこんで、甘さと素材感が連結するのはいかにもアメリカ的。
ブルーベリーも酸味を際立たせ、ベリーの野生感を強調する。

「マフィンにはコーングリッツが混ざっています。
向こうは生地の粗いマフィンが多い。
コーングリッツを使うことで、ほろほろと崩れる食感になって、飲み込みづらいという食感にならないんですね」

メープルベーコンビスケット
このスコーンの中には男性と女性が共存する。
言い換えれば、肉への欲望と癒しという両面が。
プレッツェルクロワッサンと同じく、またも甘さと塩気が共存する。
パンケーキでも知られた、メープルとベーコンというアメリカンな組み合わせ。
マフィンと同じく、表面かりかりにして中はしっとりという黄金食感である。(池田浩明)

品川店
JR山手線・東海道線・京浜東北線・横須賀線/京浜急行線  品川駅
03-6717-0960
8:00〜22:00
不定休(アトレ品川に準じる)

広尾店
東京メトロ日比谷線 広尾駅
03-6450-4440
8:00〜22:00

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