パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
十勝小麦でパンを作るということ1 くるみのランプ
地元でとれた小麦でパンを作る。
百年、千年という単位で人間の歴史を振り返ってみるなら、それが食べ物の本来的なありかたのはずだ。
北海道十勝で、そうした地産地消の取り組みが広がっている。
本格的な国産小麦の時代に突入しようとしているいま、それは全国に先駆けるものだ。
取り組みは実を結び、地元の人に愛されるパンが生まれ、ノウハウは蓄積しつつある。
十勝の知恵。
この地域の新しいパン作りを主導する2軒のパン屋に聞く、「十勝小麦でパンを作るということ」。

「くるみのランプのパンっておいしいね。
いちばん好きなのは、たっぷりコーンのチャバタ。
おにぎりを食べてるみたいな感じ。
これを食べれば、午前中いっぱいはお腹が持つ。
日本のパンってああいうことなんですよ」

そう言って、くるみのランプを教えてくれたのは、十勝の名物農家・前田農産の前田茂雄さんだった。
たっぷりコーンのチャバタは、前田さんの育てた、ゆめちからとはるきらりを使用している。
想像以上のもちもち感と甘さ、しっとり感。
細かく挽き割られた新鮮なコーンと長芋を練りこんでいる。
黒糖のような甘い香りが皮からむんむんきて、コーンはさらに甘さの総体を持ち上げながら調和する。
パンを飲み込んで、それが消え去ったあとにも、もちを食べたときに似た、穀物的な後味が、おだやかに残っている。
甘さの中にも、日本人のDNAに馴染むものとそうでないものがあるのだと、このパンを食べて知った。
前田さんが言うように、「腹持ち」も、おいしさの重要な要素だ。
このパンはお米のように、ずっしりと腹に溜まる感じがある。

前年の夏に食べて記憶に残り、再訪問したときはぜひ食べようと心待ちにしていたパン。
だが、たった2週間ずれていたために、出会うことはできなかった。
くるみのランプの小川雅之さんはいま十勝でとれている旬の材料を使うことにこだわっているからだ。

「長芋はまだ収穫されていないんですよね。
このパンには前田さんのゆめちから、はるきらりを使っています。
長芋を入れて、水をたくさん入れて、ミキシングは長くします。
ゆめちからじゃないとダメなんです。
普通の国産小麦だとだれちゃいますからね。
両方とも味は淡白な小麦なので、そこを玄米などの具材で強調できればいいかな。
長芋ってパンを甘くしてくれるんです」

地元産小麦を使ったパンを、力仕事に追われる当の小麦生産者が日常で食べる。
ここには、パンと小麦のもっとも幸福な関係が成立している。

くるみのランプが開店して約10年。
小川さんはすべてのパンを十勝産小麦で作る取り組みをつづけてきた。
当時は、ここ十勝でさえ、十勝産小麦がパンに使われることはほとんどなかった。

「地元のものを地元の人に食べてもらいたい。
そう思って国産小麦に切り替えました。
うちらのお客さん、小麦畑を日常で見てるでしょ。
それがパンになってることをわかってる。
『こんなにいっぱい畑があるのに、なんで十勝産小麦のパン高いの?』って言われたこともありました。
いまでは地元の小麦の価値がわかってるお客さんが増えてる。
10年前、いまみたいにはパン用粉ってありませんでした。
江別製粉さんとうちあわせさせてもらって、
いまでこそ、キタノカオリ、春よ恋、はるゆたか、ホクシンとありますが。
製粉技術も進んでなかったと思いますし。
ロッドによって製粉状態がちがっていてパンは作りにくいけれど、それも楽しみながらやってましたね。
ちょっとずつよくしていけばいいかなって」

国産小麦でパンを作ること、国産小麦のパンを根づかせること。
技術的、経営的にも平坦な道のりではない。
小川さんの情熱はどこからやってきたのか。

「もともと札幌出身。
ドンク時代、帯広に転勤になったとき、『小麦作ってる町なんだ』ってわかった。
自分が店を出すんだったら、この町がいいな。
飛行機で降りる途中、小麦畑が見えますけど、はじめはお米だと思ってたぐらい知らなかった。
国産小麦を使いはじめて、パン用小麦を作ってる農家さんと話をしてみたいと思った。
音更農協に最初に紹介してもらった庄司さん、彼なんか全品種を作ってる。
その人と出会ってから、いちだんと小麦に対して思いが深まった。
生産過程もわかりましたし。
芽が出て、雪をかぶり、雪が溶けて、茎が出てくる。
おとといも小麦畑を見る機会があったんですけど、だいぶ色づいてましたね」

農家と会い、小麦畑を見て。
小麦栽培という苦楽を共有することが、農家とパン屋との絆になっている。

「庄司さんには、ライ麦作ってくださいって、僕からリクエストした。
1年目は全滅。
いまは順調です。
ライ麦は背が高くて、1m7、80になる。
強風が吹いたら倒れちゃう。
うちでもなるべく使いたいんですけど、ライ麦ばっかり使うわけにはいかない。
ダンディゾンの木村さんはじめ、いろんなところで使ってもらえたのはよかったですね。
去年のベーカリーキャンプでは明石さん(ベッカライ・ブロートハイム)にも使っていただいた。
だいぶ広まってきました」

日本でライ麦を生産する数少ない農家の一軒が庄司さん。
ライ麦は丈の高さゆえに栽培が容易でない。
庄司さんにわざわざライ麦を作ってもらったという感謝が、おいしいライ麦パンを作ってたくさん売りたいというモチベーションにつながっている。

十勝産小麦100%という取り組み。
それを自分のものにしていくまで、どのような葛藤があったのか。
「外麦(外国産小麦)を基準にして比べちゃうから(劣って見えていた)、というのはあるんですけど、内麦には内麦のよさがあるのかな、と開き直った部分もあった。
お客さんに、『これが地元でとれた麦なんですよ』って謳い方もしたし。
北海道の人はもちもち好き。
そこが合っていましたね」

国産小麦には共通して低アミロース(食感がもちもちになる)という特徴がある。
それはもちを好んで食べてきた日本人の味覚に刻み込まれたおいしさでもある。

「(もちもち感という意味で)いちばんストレートなのは春よ恋。
食パンは春よ恋を100%使用しています。
国産小麦は全品種もちもち感があるんですけど、それだけじゃなく、小麦の風味もある。
国産小麦は一歩まちがうと口の中でダンゴになりやすい。
それが春よ恋にはありません」

小川さんが修行したドンクは、フランスの伝統的なパン作りを守りつづけることを社是としている。
それが、小川さんの葛藤の元となっているのではないか。
本物のパン・トラディショネルにもちもち感は必要ない。
そうなれば、国産小麦を無理して使うより、日清製粉リスドオルのようなフランスパン専用粉を使ったほうがいいことになる。

「いまだに伝統を守るべきなのか。
地元にある素材でいちばんそれらしく作るべきなのか。
だけど、リスドオルで作るバゲットを国産小麦で作りなさい、というのは、正直むずかしい。
バゲットはもちもち感を出さないように、国産小麦の中では、唯一もち感が少ない小麦はるきらりを使っています」

国産小麦でも人気が高いのは、国産小麦らしいもちもち感や甘さの感じられる、キタノカオリや春よ恋である。
そうした特徴のないはるきらりは軽視されがちだが、国産小麦であらゆるパンに対応するためには、むしろ重要になる品種だ。

「クロワッサンははるきらりで作っています。
はるきらりは味が淡白な粉ですが、(はるきらりの)全粒粉を2割入れると、風味が豊かになります。
最初ははるきらり以外の粉を2割入れてたんですが、なんかしっくりこない。
自分の求めてる食感じゃなかった。
たかが2割だけど、もち感が出るんですよね。
クロワッサンに小麦の風味はそこまで求めてない。
バターが出ればいいかなと」

小麦がごりごりと全面に出ることは、小川さんの抱くイメージではない。
くるみのランプのクロワッサンは、皮がさくさくして、中身はあっさり崩れてすーっと溶け、バターの風味が豊かに広がっていく。
自らの存在感を意識させず、脇役に徹して、その他の材料を活かすことも、小麦の仕事のひとつだ。
このクロワッサンで小麦はまさにそのような役割を果たしているが、存在感が完全にゼロかというとそうではない。
そこはかとなく漏れ出る小麦の個性はあって、やさしさとして感じられる。
それが国産小麦を使う意味ではないだろうか。

「はるきらりをいちばん作ってる農家は前田さんですが、売れない、売れないと言っていましたね。
パン屋が使ってないから、いま農家がはるきらりを作る方向にいってない。
農協でも、はるきらりは売れないので作るなって指示してるそうです。
はるきらりは、春よ恋などより、病気になりにくいので、農家にとって作りやすい品種なのですが」

おいしいパンを作るためにこの麦がほしいとパン屋が考える品種と、政策誘導によって導かれる品種のあいだにはずれがある。
かって麺用小麦として盛んに作られていたホクシンが、後継品種であるキタホナミにとって替わられたことを惜しむ声は多い。

「ホクシンがなくなって、キタホナミに替わった。
でも、ホクシンでしか作れないパンがありました。
風味は圧倒的にいいです。
キタホナミは(小麦を製粉したときの)歩留まりが多いんで、(味が薄まって)風味が悪くなるはず。
その前には、チホク小麦っていう、うどんやラーメン用の小麦があったんですが、それがやっぱりホクシンより、よかった」

小麦は品種改良によってどんどんよくなっているというのが定説であるが、むしろ味が薄まっていると考える小川さんの意見は新鮮だった。

「キタホナミは風味が少ないですね。
だから、キタホナミを使うときは、2等粉(小麦の皮に近い外側の風味が強い黒っぽい部分を挽いた粉)を1等粉(小麦の粒の中心の白い部分を挽いた粉)に混ぜて使っている。
バゲットは、キタホナミをベースに、いろんな小麦粉の黒っぽい部分(外側の風味が強い部分)を混ぜたものを使っています。
ヤマチュウ(十勝の製粉会社)さんにPB(プライベートブランド)で作ってもらったもの。
何回か試作し、やりとりを重ねて、作りました。
(ヤマチュウとしては)その代わり、新しい小麦が出たときには、売り込み方をアドバイスしてね、と。
製粉会社さんは粉を知っててもパンの作り方を知らないわけですから。
目と鼻の先の製粉会社さんなんで、協力しあっていくのはいいことだと思います」

小麦の個性がもっとも活かせるブレンドとはなにか。
十勝産小麦を使い尽くした小川さんは、製粉会社にとってまたとないアドバイザーにちがいない。
こうした形でも、「十勝の知恵」が全国に拡散されていく契機になるとしたら、よろこばしいことだ。

小川さんの継続的な努力によって、十勝産小麦は地元に浸透してきた。
そのことを端的に示すエピソードがある。

「いまだと、プライスカードに品種を書いてないと、『なんの品種を使ってるの?』って聞いてくるようになりました。
『生産者限定』と書いてあると、『どの生産者なの?』と」

ここ十勝では、消費者が、自分の好きな品種、自分の好きな生産者を持ちはじめている。
5年後、10年後、全国でこれが当たり前になったとしてもおかしくない。

十勝小麦を体感的に知り尽くした小川さんは、各小麦粉の特徴をどのように捉え、どんなパンに対して、どのように配合しているのか。

「カンパーニュはベースがヤマチュウさんの専用粉(前述のくるみのランプ用PB)。
2割が庄司さんのライ麦。
2割がはるきらりの全粒粉。
庄司さんのキタノカオリを2割にしようか迷ったのですが、キタノカオリの全粒粉はクラスト(皮)がやわらかくなりやすい。
ビニール袋に入れるとぱりぱり感がなくなってしまうので、はるきらりを選択しました」

キタノカオリの風味をとるか、はるきらりのさくさく感をとるか。
カンパーニュの性格を決定づける分かれ道。
結果として、くるみのランプのカンパーニュは軽快さに傾いたものとなった。
食べ口は軽く、しかし発酵種の風味がかなりきいていることとも相まって、味わいは深く。
食感・口溶けと、風味とのかけ算がパン作りだとするならば、小川さんは国産小麦同士のブレンドによって、その両方を満たすような合理的な答えを与えていくのだ。

「キタノカオリで食パンを作るとケービング(パンが曲がる)しちゃう。
だけど、ちいさいパンに使うとソフト感が期待できる。
うちはあんぱんとかにキタノカオリを使ってます。
ブリオッシュにはお菓子用に製粉されたキタホナミを2割。
こうすると口溶けがよくなります。
キタホナミは(現在パンに使われる主な十勝小麦の中で)いちばんタンパクが低い品種です」

十勝小麦を使いつづけることで、品種の特徴は手のうちに入った。
では、その技術はどんなふうに使われるべきなのか。
国産小麦らしさを消しながら、フランスの伝統的なパンを再現する方向へ向かうのか。
十勝の人たちのために、十勝小麦を使った、新しいパンを作ることに舵を切るのか。
小川さんの口ぶりは2つの方向性のあいだで葛藤しているように聞こえていたけれど、本当はそうではなかった。
別れ際に言った一言は、決意表明のように聞こえた。

「年配の人がすごく多いので、ハード系は硬すぎるという人がいる。
そういう人でも、具材が入っているハード系なら食べられるんですよね。
田舎ではバゲットを出しても、よろこばれない。
(フランスの)伝統だけが本当に正しいのかなって、ずっと思ってました。
ここ北海道でしょって言われたらなにも言えない。
伝統を使いながら、地元ならではのパンでいいのかなと思ってます」

(池田浩明)

くるみのランプ
0155-30-3210
10:00〜18:00
日曜休み




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